●クリスマスの横浜港 何事であっても準備というものは大変だ。想定外の出来事が起こったり、見落とされていた欠点が明らかになったりして、3時間のパーティに3日も4日も準備期間をとらなくてはならなかったりする。これは慣れた場合であって、初めての企画なら10倍にも20倍にも期間が長引いたりもする。だから、世間がクリスマスで浮かれているときも横浜港の外れに停泊している船の周囲はせわしく行き交う人々がいた。 「あぁ~あ。今頃三高平のあちこちじゃ楽しいクリスマスイベントが目白押しなんだろうなぁ。いいなぁ~僕も行きたかったなぁ」 完全に仕事をサボり、甲板にぐてっと座り込んだ男は盛大に愚痴をこぼした。辺りは美しいイルミネーションに彩られ、空も地上も星に囲まれているように美しい。 「せっかくのクリスマスなんだから、三尋木さんと一緒か……アークのクリスマスに乱入したら、きっとどこでも楽しくかっただろうなぁ。ねぇ、君もそうそう思うよね新顔君」 右腕を三角巾で吊った上から外套を羽織った金髪の男が笑っていた。『裏切りは未知なる孤独の為に』配島・聖(nBNE000620)だ。 「その場で瞬殺される配島君の情けない格好を見物出来るならちょっと楽しいかな」 その配島の背後でクリスマスらしいパリッとしたスーツ姿の若い男は気さくに笑った。どこか仕草が大仰なのは外国暮らしが長いからだというが、その割にはこの日本特有のクリスマス風景にも馴染んでいる様に見受けられる。 「あれ、浦田君いたんだ。って、やばっ。『招待状をご持参ですね。では、これまで会った人の中で今一番なりたい人物を思い浮かべてこちらのキャン……」 「あれほどお願いしたのに練習、サボっていましたね」 慌てて暗唱しはじめる配島に浦田は溜息混じりに言った。浅場から引き継いではいたが、やはり配島をキリキリ働かせるのは至難の業だ。 「でも今はこっちの仕事を優先しましょう。どうせなら最後の実験はアークのリベリスタさん達にお手伝いしてもらおうっていう俺のプランに配島君も賛成したじゃないですか。三尋木を裏切るわけでもないのにリベリスタさん達には会いたいんでしょう?」 ごく短い時間で浦田は配島を使役するツボを掴んでいる様だった。今も配島は表情を変え嬉しそうな笑顔を浮かべる。 「しょうがないなぁ……せっかく来てくれるリベリスタにプレゼントするキャンディーの準備と口上、練習しとこっかな」 あっさりと配島は立ち上がり船室へと戻ろうとする。それが不気味に感じたのか、浦田は配島を呼び止めた。 「おかしいですね、貴方が素直に応じるなんて。何か企んでいるのなら……潰しますよ」 口調は穏やかであったが、男性モデルあがりの俳優に似た容姿の浦田は目だけに殺気にも似た気をまとい、配島は階段を軽快に駆け下りひょっこりと頭だけをのぞかせた。 「僕も実験データには興味があるんだよ。それに浦田君が言った通り、アークの人達はみんな個性的でステキだからね。また会えるかと思うとゾクゾクする、それだけだよ」 笑って三角巾で吊ったまま包帯だけの右腕を振った。 ●クリスマスのブリーフィングルーム 普段よりも2割り増しぐらいで『ディディウスモルフォ』シビル・ジンデル(nBNE000265)は不愉快そうだった。 「まったく空気を読まないフィクサードって大嫌いだよ。読めても嫌うけどね!」 シビルは一通の封書をデスクの上に放り投げた。中には数枚のカードが入っている。 「大胆だけど、これは三尋木のフィクサードからの招待状。横浜港から午後10時に出港する湾内周遊の船で年越しパーティをするんだって」 差出人は配島聖となっていて、日頃お世話になっているアークのリベリスタ達を一緒に新年を祝いたいと書いてある。ドレスコードは『仮装(コスプレ可)』とあり、しかも何故かリベリスタ様には特別なキャンディーを差し上げますと小さな赤い文字で添えられている。 「三尋木とアークは仲良しじゃないけど、今回ボクは危険を感じなかった。だから、この招待状がなかったらこの船の事はスルーしてしまったかも。でもね……」 シビルは招待状を裏返してそこにある小さな文字を皆に見せる。 「ここに追伸ってあって、来てくれなかったら何も知らない一般客が無事に年を越せないかもとか書いてある。これって人質とか脅迫とかってことだよね。本気じゃないみたいだけど、どうしてもリベリスタを呼び寄せる必要があるんだと思う」 その理由はあまりにも悪意が希薄すぎてわからないとシビルは言う。 「でも、何も知らない人達を見捨てるのも新年早々嫌だよね。だから、用心しながら行ってみてくれないかな? それから、今自分がもしなれるとしたらなりたい人物を1人考えて置いてくれだって。どういう意味だろう?」 それはさておき、横浜のお土産ならシュウマイとギョウザのマスコット人形がいいなぁとこっそり添えながらシビルは言った。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:深紅蒼 | ||||
■難易度:EASY | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 6人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年01月12日(日)22:55 |
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■メイン参加者 5人■ | |||||
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●新年のボンボヤージ 2013年も残すところあと3時間。午後9時少し前に船はタラップを降ろし、白いセーラー姿男2人がしっかりとロープで括る。いよいよ搭乗が始まるのだ。奇抜な格好をした乗客達が集団となって細いタラップをあがってゆく。 「あんたが噂の死にぞこない? そこの新顔もさっさと縁切った方が身の為だよ。そいつと関わると大体左遷コースだし」 乗船手続きを終えた『K2』小雪・綺沙羅(BNE003284)はヴェネチアのカーニバル風ドレスと仮面に着替えると、カウントダウンパーティ会場で『裏切りは未知なる孤独の為に』配島・聖(nBNE000620)と隣の新顔に突っかかった。 「僕、結構苦労して生還した……」 「そういうの聞いてない。じゃあんたは左遷上等で配島に肩入れしているの?」 配島の言葉を遮り綺紗羅は浦田に向き直る。 「左遷は配島さんのせいじゃないですよ。本人の能力不足。だから俺は大丈夫です」 「……ふん、たいした自信じゃない」 「人質のいる敵地でこの態度。俺の自信なんて貴方ほどじゃありませんよ」 綺紗羅も浦田もニコニコしながら一歩も退かない。 「こういったのはまずあんた達が食べてみせてよ。それとも、もう食べてるの?」 「俺達はもう食べました」 「あ、そう」 綺紗羅はそれ以上追求せずに赤い包装紙を無造作に開き、中のキャンディーを口の中に放り込んだ。 「あ、当たり前の事ですが噛まずにゆっくり舐めてくださいね。分量が変わるとデータの信頼性に影響があります」 「わかってるわよ!」 キャンディーを口に含んだまま綺紗羅は胸を反らせて言い、会場の人混みに紛れてゆく。 「ごきげんよう、三尋木の殿方。可愛らしいキャンディーですね」 大きく肌を露出させた扇情的な衣装をまとって会場に現れた『天の魔女』銀咲 嶺(BNE002104)は黒いスーツ姿の配島と浦田に淑やかに一礼した。そうして僅かに動くだけでも布に取り付けられた小さな鈴がシャラシャラと軽い金属の音をたててゆく。 「うわ~れいちゃん凄いなぁ。超えっちっちいじゃん。風営法的なコスプレ?」 「お褒めにあずかり恐縮ですよ、箱船から来た美しい人」 砕けた様子で返事をした配島と違い、浦田は嶺に一礼して言う。 「配島さん、この衣装はインドの女神サラスヴァティーです」 嶺は『怒ってますよ』と素直にわかる視線で配島を優しく睨む。 「配島さん、大切なゲストを怒らせないでください。さぁ、このキャンディーをどうぞ。他人の目に触れない場所でご賞味下さい。特定の人物を思い描きながら、ね」 浦田もことさら神秘を一般人にひけらかしたいわけではないらしく、細々と注文や注意を口にしながら赤い包装紙で包まれたキャンディーを差し出す。 「……確かに受け取りました」 嶺は浦田のてのひらからキャンディーをつまみ上げた。 「こんばんはー! あ、これいただけるんですか? 食べ物ですよね! 嬉しいです。ありがとう!」 なんのためらいも屈託も疑念もなく『究極健全ロリ』キンバレイ・ハルゼー(BNE004455)はいかにも意味深長な赤い包み紙を受け取ると、すぐに中のキャンディーを口に入れた。 「豪傑ですね」 感心したように浦田はキンバレイを見る。 「ほんらことはらいれすよぉ~れも、ごーれつってなんれすか?」 「えっと、キンバレイは『そんなことはないですよ~でも、豪傑ってなんで……』」 「通訳は要りません。俺も聞き取れてます」 「ほーれすか。あ、なんか気分が……」 配島と浦田の間ではもはもとキャンディーを口いっぱいにほおばっていたキンバレイがいきなり両手で口を押さえてうずくまった。 「配島さん、救護室へ運んでください。ここで粗相は困ります」 「えー僕、右手これなのに?」 「いいから早く!」 浦田は無理矢理配島にキンバレイを背負わせ、強引に会場から外へ出した。 救護室に着く前にキンバレイの姿は配島の背で劇的に変わっていた。 「うわっ、アシュレイちゃん」 パイプベッドに降ろして振り返った配島はその姿にビックリした。ほぼ紐な水着姿のアシュレイなんて卑猥以外のなにものでもない。しかも中身はキンバレイだ。あわてて薄い掛布を頭から被せる。 「あの、配島さんにずっと聞きたい事があったんです。ずばり! 三尋木の給料って幾らぐらいなんですか?」 「ええぇ!? いきなりそんなデリケートな話題?」 キンバレイは掛布から飛び出した。他にも色々飛び出したが気にせず配島へと身を乗り出した。 「就職するならエントリーシートとか書かなきゃ駄目ですか? 会社概要が書かれたパンフとかありますか?」 「えっと、関連会社は色々あるけど僕は人事権とか持ってないし!」 「えー!」 もう一度配島は落ちた掛布を拾って不満顔のアシュレイの姿をしたキンバレイをすっぽりくるんだ。 「気分はもう大丈夫そうだけどここで少し休むといいよ。元の姿に戻ったらその時間を覚えておいて教えてね」 あまり関わり合いにならないほうがイイと思ったのか、配島はそそくさと救護室を出ていってしまう。 「つまんないなぁ~でも、今はこのお部屋、わたしが自由に使ってもいいのかな?」 ひとりがつまらないのなら、楽しくなるようにすればいい。幸い、船にはもっと沢山の人がいる。元の姿では罪悪感から尻込みするような大人も今夜は、今なら成功するだろう。 「一人でいるエロそうな脂ぎったおじさまとか、いないかな?」 キンバレイはそろそろと扉を開け、誰もいないのを確認すると船内へと探検と逆ナンパの旅に出た。 「はいじまー!」 絶対に見間違う筈のないその姿を見つけた途端『灯蝙蝠』アナスタシア・カシミィル(BNE000102)はダイブした。自分がいるのが甲板から2階分ほど高い場所であったとしても、その衝動を止められるものではない。 「な、ナースチャ!?」 配島は両手で抱えていた大きな段ボールをなるべくそっと横に投げ、ボディプレスの要領で迫るアナスタシアに両手を差し伸べ……ようとして右手が挙がらずアナスタシアと一緒になって右方向にゴロゴロと転がってゆく。壁に背中からぶち当たった仰向けに転がった配島の上に馬乗りになったアナスタシアは、その男の胸元を掴み強引に引き上げた。 「心配したのに生きてるなら生きてるって言わなきゃダメでしょー! ベシベシするよぅ!」 「うっかり死にそうなくらい熱烈歓迎って事でいいのかな、ナースチャ。殺気もなし仕掛けてくるなんてずるいなぁ。しかも、髪型とか服装、三尋木さん激似だし」 配島はヘラヘラと笑う。 「え? わかってくれるだねぃ。嬉しい! 過去の資料とか見て頑張ってみたんだよぅ。ほら、髪の色とか全然違うから激似は褒め過ぎだろうけどぅ、嬉しいねぃ」 アナスタシアは配島の胸元を掴んでいた手を放し、華やかな染めの着物地を使ったドレスやゆるやかに結い上げた髪やそこに挿した銀色のかんざしに手を添える。 「アッ、実は下の名前知っちゃったんだよねぃ。聖って呼んでもイイ?」 「どうぞ、どうぞ。僕もナースチャって呼んでるし、ナースチャも好きに呼んでよ。で、僕はまだこの少々刺激的なナースチャの格好と眺めを堪能してていいのかな?」 「え? わわぁあああ! ごめんだよぅ」 メチャメチャ素早く配島から飛び退いたアナスタシアはドレスの裾を直し、少しだけ頬を染めながらなんでもなかったかのようにニコッと笑った。 「じゃあたしもキャンディー食べてみるねぃ。乞うご期待だよぅ」 アナスタシアと分かれて3分も経たないうちにその声は階下から聞こえてきた。 「こンのクソ野郎がァア!!」 側頭部から2本のねじくれた角を生やし、ラグジュアリーでゴージャスっぽい赤い悪魔の扮装をした『破邪の魔術師』霧島 俊介(BNE000082)は幾つもの集団を掻き分け甲板にあがると、もう既に見つけていた人物に向かって跳んだ。 「わあぁぁぁあ」 綺麗な姿勢で繰り出された俊介の膝蹴りは段ボールに大穴を開けるだけでは勢いを失わず、2人とも一緒くたになってゴロゴロと甲板を転がってゆく。 「俺がどれだけ友達失くした後悔と自己嫌悪に苛まれたか知ってるか!」 叫んだ後でひしゃげた段ボール越しにギュッと抱きしめる。 「すっかり元気そうだね、俊ちゃん……いてっ」 「っわわわわっ、痛たたたたっ」 飛び膝蹴りで盛大にクラッシュした段ボールから舞い上がった大粒のキャンデーが雨の様に2人の周囲に降り注いだのだ。 「や、ヤバいっ。浦田君にバレたら執拗な言葉責めだ。俊ちゃんも拾うの手伝って」 スーツを着ても尚右腕をギプスのようなもので固定し三角巾で吊っている配島が言う。 「お、おう」 勢いで1つ2つと拾い始めた俊介だが、手を止めて配島を見る。 「これか? 俺達に試そうっていう飴ちゃんは……」 俊介の声音は少し緊張した様子だったが、配島は首を横に振った。 「これは普通のお客用。こっちがアーク仕様だよ」 無造作に両手の飴を段ボールに放り投げ、配島は本来ならばポケットチーフを覗かせるべき胸のポケットから赤い包装紙の飴を取り出した。 「何をやらせてもヘマばかりと聞いたけど、さすが配島さん! お客に配る大事な飴をぶちまけて、しかも拾いもせずにオトモダチと雑談ですか。清々しい程の使えなさっぷりですね」 高みからの聞き覚えのない若い男の声に俊介が顔をあげる。一段高くなった船首方向に若い男の姿がある。 「もしかして浦田くん? 俺霧島、宜しく!」 ニッコリ微笑む俊介の表情や態度を値踏みするように凝視した浦田は小さくうなずいた。 「なるほど。君が『あの』霧島ですか。お目にかかれて光栄……いや、それは盛りすぎかな。でも、会わないより会っておいた方が良い。俺が新顔の浦田樹里(うらた・じゅり)20歳独身です。どうぞよろしく」 浦田は絵に描いた様な慇懃無礼なお辞儀をする。 「配島さん。せっかくですからそのキャンデー、貴方の手から霧島さんにプレゼントしたらどうですか?」 「そうだね。どうぞ、俊ちゃん。ハチミツでコートしてあるからすっごく甘いけど平気かな?」 「ありがとう。でも、今は食べないよ。神秘の暴露はお互い困るだろ? だからカウントダウン終わってからにしよう? 食って如何にかなる前に楽しいコトしたいやん!」 「僕は俊ちゃんのプランに賛成。浦田君もいいよね」 「お好きにどうぞ」 配島の物騒な雰囲気をはらむ視線で見つめられ、浦田は手近な階段から船内へと降りてゆく。 「そうだ。今更だけど聖って呼んでいい?」 俊介に聞かれた配島は数回瞬きを繰り返した。 「20年ぐらい呼ばれてないけど俊ちゃんならお好きにどうぞ。でも、僕の名前よくわかったね。誰も呼んでないのに」 「……結構あちこちで使われてるぞ、名前」 「え? マジ?」 心底気の毒そうに俊介は言った。 薄紫色の髪と瞳、ボリューム感満載の胸元を誇示させながら綺紗羅はパーティ会場に戻ってきた。或る意味理想と思える人物と同じ外見を手に入れて、普段通りのようでいてどこかテンションがあがっていた。 「シトリィン・フォン・ローエンヴァイスですか。なかなかの大物になったじゃないですか?」 めざとく綺紗羅を見つけた浦田がすぐに近寄ってきた。あちらはあちらで綺紗羅の様子を実験データとして欲しているのだろう。 「気分はどうですか? イメージしたシトリィンと実際の身体、どこか差異はあるように感じますか?」 その度にに『ない』と言い続けた綺紗羅は浦田の矢継ぎ早な質問が途切れると、小さくつぶやいた。 「あんた、海外から来たんだってね。今、この時期に日本に何の用?」 「日本はいつだって注目の的ですよ。アークの躍進が伝わってからはね。実際に接触したくなったって不思議じゃないでしょう?」 「胡散臭い男ね、あんたって」 「良く言われますよ。こんなに良心的で穏健……そう、三尋木は七派じゃ穏健派なんでしたっけ。俺にピッタリな職場ですよ」 「どうだか!」 綺紗羅は吐き捨てる。けれど誰でもキャンディー1つで見分けつかないくらい別の人間になりきれるとしたら……要人になり変わるとか面白く無い事に使われるかもしれない。綺紗羅は別人の顔で眉を寄せる。 思い浮かべるのは『銀咲 峰香』。すらりと背が高く、榛色の少しきつい目元、緩やかに波打つセミロングの髪……鏡の中にいるのは記憶通りの、けれど憶えている母の顔とは違和感があった。 「この顔は……母?」 鏡に触れようとする指先も見慣れた嶺のものではない。先ほどまでの大胆な衣装から白い洒落たスーツ姿の麗人となった嶺が会場に戻るとすぐに浦田が近寄ってきた。 「先ほどまでの貴方とよく似た方になりましたね。近親、母親か姉の姿ですか?」 それが誰なのかまでは特定出来ないようだ。 「あの……この飴、どのような目的で? もしかして革醒者でないと効かないものなんじゃないですか?」 嶺が質問を返す。それが正鵠を射ていたのか浦田の笑顔にほころびが入る。 「勘がいいのかな? それとも熟考した結論ですか? 仕方がないから言いますけどその通りです。だからアークの方々に協力をとお願いしたんです」 不快そうな浦田がしぶしぶと言った様子で説明する。 「目的は……完成すればまぁ色々使えるでしょう」 「三尋木のために使うつもりですね」 「……」 浦田は無言でたちが悪そうな笑みを浮かべ……けれど、会場入り口に現れた姿に一瞬で身体が硬直した。 「三尋木さぁぁあああん!!!!」 浦田の横を飛ぶように駆け抜けた配島は直前で足を止めた。 「……もしかしてナースチャ?」 「あったりぃ~」 三尋木の首魁ならしない仕草と口調、なにより近づいてみればまとう雰囲気がまるで違う。 「心臓に悪い人物をチョイスしたものですね」 それでも三尋木凛子の姿をしたアナスタシアを粗略には扱えず、浦田は会場の奥まった場所にある豪奢なソファに案内した。『三尋木さん、三尋木さん!』と無駄にうるさく邪魔くさいので配島は追い払ってある。 「くすん……三尋木さん。浦田君と楽しそうにしてるなんて」 「だからあれは首領ちゃんじゃないって」 俊介は配島の更にあれこれと料理を取り分けてんこ盛りにしながら言う。 「そうだった! 俊ちゃん三尋木さんとキスしてたよね。そっかー俊ちゃんとキスしたら僕、三尋木さんと間接キス……」 「になるか! 青春真っ直中の中学生か!」 遠くでじゃれあう様な俊介と配島にクスッと吹き出したアナスタシアだが、不意に真顔に戻って傍らのフィクサードに問いかける。新顔だけに聞きたい事は山ほどある。 「ねね、浦田殿はなんで三尋木に入ったの? 組織って他にもイッパイあるよねぃ」 「弱そうだからですよ」 コースターの上にシェリー酒をサーブしながら浦田は即答した。 「その姿の貴方に言うのはなんだか奇妙な感じですが、僕は武闘派向きではありませんし、権謀術数に長けているわけでもない半端者ですからね。三尋木ぐらいしか潜り込むところはなかったんですよ」 「ふぅ~ん。そうなんだねぃ」 その答えを聞いてもアナスタシアの警戒は少しも解く事が出来ない。それどころかやはり何か何処かのスパイなのではないかと疑ってしまう。 「さぁ、そろそろお時間です。カウントダウンは皆さんで!」 低い壇上にあがった浦田がマイク越しに客に呼びかける。会場にある幾つかのモニターにアナログ時計が映し出され、もう新年まで1分もない。 「3、2、1……ハッピーニューイヤー!」 クラクションがあちこちで破裂音をあげ、空には花火が大輪の花を咲かせる。あちこちでおめでとうの声があがり、グラスを鳴らす音やポンとシャンパンを開ける音が響く。 「どうやら普通の客にあのキャンディーは配らなかったみたいね」 マイクを戻した浦田にシトリィンの姿をした綺紗羅が言う。 「これって『怪盗』と全く同じの効果よね」 いつもと違う薄紫色の瞳が浦田の一挙手一投足を見逃すまいと見つめ続ける。観念したのか浦田はうなずいた。 「そうですよ。でも便利でしょう? 今のところ1日に1度しか使えませんけど」 「配島って今まで若返りや臓器製造に関わっていたじゃない? じゃあこれはあんたの手土産ってわけ?」 「さぁ、どうでしょう。今までの実験ではそろそろ効果が切れますよ。その姿を堪能しましたか?」 浦田はわざと大袈裟に腕時計を見るしぐさをする。 「ちょ、後でまた来るから待ってなさいよ!」 綺紗羅はそう言い捨ててパーティ会場の中心へと進み出た。せっかくのシトリィンの姿なのだから、まだまだダンスもご馳走も花火も楽しまないともったいない。 その頃、イイ感じに脂ぎった親父をゲットしたキンバレイは新年を祝う花火を見ながら異変に気が付いていた。 「あれれ? わたしの身体が……」 効果が切れてしまったらしくキンバレイは外見もキンバレイに戻っている。 「嬢ちゃん! これでもっと暖かい服でも買ってくれ。くれぐれもここにわしがいたことは内緒じゃぞ!」 半裸のキンバレイに酔いもぶっ飛んだのか親父は一番安い札を2枚渡して逃げてゆく。 「……わーい、おとうさんに喜んで貰えるかな?」 どうやら今年は幸先が良さそうだとキンバレイはニコッと笑った。 個人差はあったものの小一時間でキャンディーの効果は消え、今回は剣呑な事態になることもなく船は横浜に帰港した。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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