● 赤、緑、黄、橙。 ステンドグラスにも似た色合いの小さな星たちが、暗闇の中光を放っている。 針葉樹の群れは今の時期も葉を落とさず、闇と共に枝に下げた星々の光を降り注がせていた。 赤、緑、黄、橙。 玩具箱の色合い。微かにくすんだ色の光は、眩いほどには明るくない。 ただ、夜道にモザイクタイルのように仄かに点る光。 足元を辛うじて照らしてくれる程度の、隣にいる人の顔を照らしてくれる程度の小さなもの。 赤、緑、黄、橙。 冬の森はとても寒い。星たちの示す道に従って行く途中で暖かい飲み物を手に歩いていく。 口に入れれば香辛料の風味が広がるクッキーに似たお菓子も体を温めるのに一役買ってくれるはずだ。 幾つもの光に彩られた道の最後には、広場と大きな樹がある。 空っぽのランプが枝に掛かった、大きな樹。 望めば広場の入り口で、小さなキャンドルが貰えるのだ。 空っぽのランプの蓋を開けて、キャンドルを仕舞えば――クリスマスツリーの飾りが、一つ増えた。 ● 「はい、クリスマスですね。皆さんのお口の恋人断頭台ギロチンはクリスマスに予定がある人もない人も分け隔てなくお誘いしますよ寂しいじゃないですか遊んで下さいよ」 何処までが冗談か、『スピーカー内臓』断頭台・ギロチン(nBNE000215)はそう笑いながら口を開いた。 「ええとですね、三高平では毎年色々クリスマスやってますけど、これもその一環ですね。湖からちょっと離れた所に森みたいになってる所あるじゃないですか。あそこでイベントをやるそうで」 赤、緑、黄、橙。 掌よりも小さな星でライトアップされた道は、街で煌くイルミネーションの様に華やかではないけれど、ガラスのランプのように穏やかに道を照らしている。 道の途中には橙色のランプを下げた屋台がいくつか。 グリューワインにジンジャーアップル、レモネード、紅茶にコーヒー、ミルクにホットチョコレート。 ジンジャーブレッドの一種、生姜などの香辛料をたっぷり使ったピェルニクは本場より少し甘さを控えて作られているから持て余す事もないだろう。 「で、このちょっとレトロな感じの色合いの道を散歩するだけでもいいんですけど、奥の広場に大きな樹があるんですよ。空っぽのランプがたくさんあって、言えばそのランプに入れるキャンドルを貰えます」 一人、二人、三人……。 人が増えれば増えるほど、樹は輝きを増す。 一つずつ明かりが増えていく様を楽しむのも良いし、自ら灯しに行ってもいい。 皆の手で輝くツリーは、きっととても綺麗だろうから。 「まあ毎年の事ですけど、寒いのであったかい格好はしてきてくださいね。年末年始を風邪引きでわざわざ迎えることもないですし」 良かったら、行きましょう? 薄ら笑って、フォーチュナは首を傾げた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:黒歌鳥 | ||||
■難易度:VERY EASY | ■ イベントシナリオ | |||
■参加人数制限: なし | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年01月10日(金)23:49 |
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● 赤、緑、黄、橙。 星々は色とりどりの光を投げ掛け、木の葉の上に透明なモザイクタイルを敷いた様。 人の影に隠れて消えて、また現れる幻想の床。 「暖を取る為にもまた腕をお借りしても良いかしら……?」 触れる温度。雷慈慟にとっては比較的長い付き合いの婦人であれば、無碍にすることも叶わず、けれど軽口を呟ける性分でもなければ、されるままに任せる。 「……人の温もりを、尊く感じるモノだ」 呟きながら進む二人の前に映るのは、遠くに見えるキャンドルの明かり。冬のこの時期だからこそ見られる景色だから、寒いのも少しばかりは……と思うけれど、視線を少し動かしてみれば暖かい色の光の下に、曇る湯気。腕を組んだまま、ミサは雷慈慟に微笑んだ。 「折角だから飲んじゃいましょうか? 私はそうね……ホットチョコレートで」 「ホットチョコレート了解。折角だ、自分もグリューワインを」 クリスマス仕様に彩られたプラスチックのカップのふちを軽く合わせ、白い息を更に色濃く。 「寒くなると人恋しくなるのか、街中にはカップルが増えるわね」 視線を巡らせる今も、ミサの目には何組もの恋人達。寒さから来る人恋しさは、雷慈慟とて分からないでもない。寒ければ自然、人は寄り添うものなのだから。 もっと誰かと一緒に楽しい事を経験すれば良い、と言うミサを見下ろし、雷慈慟は首を傾げた。 「今、自分は比較的その傾向にあるのだが、貴女はどう体感してるのだろうか」 真面目だがやや婉曲的にも聞こえる言葉に、ミサは笑う。その微笑みこそが答えだと。 真っ白な雪にも似た、白いポンチョとワンピース。隣に並ぶのは、白の少女が選んでくれた黒のダウンベストとセーター。色は違えど暖かさに包まれた雷音と快が見上げるのは、ランプの吊り下がった大樹だ。 「この大きな木に皆が飾りを付け終わったら、きっと凄く綺麗だろうね」 「皆で作るツリーとはロマンチックなのだ」 今はまだ、半分と行ったところか。二人が手にしたのは、それぞれ赤と緑。クリスマスカラーだ、と呟く雷音は、自然と零れた微笑みを何より暖かく感じながら樹に明かりを灯した。 雷音お手製の紅茶を分け合って、見上げる内にも次々にクリスマスツリーの飾りは増えていく。明るく確かになっていく少女の横顔に、快はふとリボンが巻かれたミニポッドを差し出した。 「俺からのクリスマスプレゼント。今年一年、色々ありがとね」 「! 可愛らしい。いいのか? ボクは何も用意してなかった」 目をまあるくして瞬く雷音の掌に移されたのは、ちらつく雪の中でもひときわ輝く紅のポインセチア。生き物を愛する彼女なら、きっと大事にしてくれるだろうと選んだ品に、雷音は大きく頷いて礼を言う。ありがとう、けれどその途中に零れたのは涙の雫。 「わわ、嬉しすぎて、その、恥ずかしいのだ」 「――光栄だよ」 拭う間も、雷音の『お兄さん』は冗談めかして笑ってくれた。 緩やかに増えていく光、街中のイルミネーションほどに鮮やかではなく、暖かく。 「こんな大役、俺でよかったの?」 「ふふ……わたくしが誘ったのですから役者不足なんてことは決してありませんわ」 問いに答え、艶やかに笑うティアリアに綾兎は少し赤くなった顔を隠すように手を差し出した。女性のエスコートなんて慣れないけれど、つまりこういう事だろう。少しぎこちなくも取った手を握り、綾兎が向かうのはツリーの広場。 「足元、気をつけなよね。……それにしても、先生と一緒にこういう時間を過ごせるなんて、何だか不思議な感じ」 「あら、わたくしと一緒に過ごす時間は嫌かしら?」 キャンドルを受け取りながら呟けば、返るのは悪戯っぽい声。そんな事はないと慌てて首を振る綾兎だが、ツリーを正面から捉えるとその目は瞬き惹き付けられた。 駆け出して近寄りたい衝動をぐっと押さえ、エスコートの体は崩さぬままゆっくりと近寄っていく。綺麗ね、と笑うティアリアにキャンドルを手渡し、彼はその背を押した。 「っと……綾兎?」 声に綾兎が笑ってレディーファーストだと告げれば、ティアリアは微笑みに表情を戻してキャンドルをランプに灯す。 柔らかな光が、二人を照らしていた。 吐き出す息が白い。ちらついているのは雪だ。光は温かでも、気温は低い。 「寒ィッ!」 「さっむいねー」 鼻の頭を少し赤くして、一度震えたのは壱也とコヨーテ。マフラーに首筋を埋めるようにしたコヨーテに暖かそう、と目を向けた壱也はふと彼の手に視線を落とす。メタルフレームである彼の手は冬では大変ではないかと。自分では分からないと首を傾げたコヨーテだが、すぐにその顔が笑みに染まる。 「体動かしたらあったかくなっかなッ、走るぞいちやッ!」 「あ、待って!」 光のモザイクタイルの森を追いかけ追い越し走り抜け、広場の入り口で立ち止まった壱也は目を細めた。暗闇に灯された光は、柔らかく明るく。気温は変わらないはずなのに、そこだけどこか暖かいように思える。 クリスマスだけの光景だからこそ、余計に美しく見えるのか。 「よしッ、キャンドル入れッか! オレは黒がイイなァ、いちや何色にするッ?」 「うんっ! コヨーテくん黒好きだもんね。わたしは赤にする~!」 笑いながら火を灯したキャンドル、手が届く一番高い所に入れようと賑やかに喋るも――やはり、そこはコヨーテの方が有利である。背伸びをしても届かない。悔しがる壱也に勝った、と快活に笑った彼は少し離れた明かりを示した。 「寒ィし飲みモン買うかァ。甘くねェのがイイなァ 何かあッかな?」 「あっちに飲み物あったねっ。ブラックペッパーはなさそうだけどジンジャーとかなら辛いかも」 「お、ジンジャーうまそうッ!」 「わたしはホットチョコレートがいいなあっ」 ちょっと飲む? と壱也が悪戯っぽく問えば、先程まで勝ち誇っていたコヨーテの顔が少し情けなく歪められて――二人でまた、弾けるように笑うのだ。 競争の様に掛けていった二人とすれ違うのは、コートにマフラー、手袋にイヤーマフ……それに加えてリュミエールを装備した完全防寒の旭。尻尾をもふもふしているから装備で間違いないのだ。何かそれに疑問を持ったリュミエールが逆方向に行こうとしたものの、結局むぎゅりと手を掴まれて今に到る。 ホットミルクを少しずつ飲みながら、辿り着いたのはツリーの広場。 「ふわぁ、おっきなツリー……!」 感嘆の声を漏らしながら、旭はホットミルクに負けない白さの息を吐き出した。寒い。寒いけれど、ホットミルクを片手にスパイスのたっぷり効いたピェルニクを齧り、隣にリュミエールがいるのならば、これはもう暖かい。 「ポーランドの奴ダッタナ。本場で食べた事はアル」 「そうなんだ。えへへ、あったかいねー」 もふもふの尻尾で包まれてにこにこ笑う旭だが、次はキャンドルを燈しに行くのだ。どこにしよう、と首を傾げる彼女だったが――。 「高いところガイイノカ?」 「! 連れてってくれるの?」 リュミエールが問い、無造作に旭を抱え跳んだのは、幹の上。足が着く場所ならば彼女は重力にだって逆らえる。てっぺん! と目を輝かせる彼女に任セロ、と返したリュミエールは、一番星に向かって駆けて行くのだった。 煌く夜空は雲と雪に覆われているけれど、星々は木々の間に輝いている。 シナモンの香りを漂わせたグリューワインで乾杯するには、三郎太の年はまだ足りなかった。とは言え計都はそれを不満には思わない。少年はゆっくり大人になっていけばいいのだ。 「うひひ、三郎太かわいいよ三郎太、もっふもっふ」 「わ、わわ、九曜さん!?」 「ワインの温もりお裾分けッスよー」 コートで包んでぎゅっと抱きしめてみれば照れる彼が可愛くて、計都はその頭を些か強く撫でながら笑った。賑やかに進む内にも、色とりどりの光は近付いてくる。 「んー、綺麗ッスねー」 「綺麗ですね……きっとこのランプの数だけ皆さんの素敵な願いや幸せがあるんでしょうね……っ」 嬉しげに笑う三郎太に目を細め、上からも眺めてみようと計都が宿したのは光の翼。 舞い上がった先でキャンドルをランプに入れた三郎太は、彼女を見てまた笑うのだ。 「九曜さん、ボク、これからももっともっと頑張りますねっ」 「……うん。大切な人を守るために、強くなるのは素敵なことね」 大切なものを守りたいと、幸せな時間を続けたいと強さを願う少年の夢はきっと尊いだろう。けれど、その夢を追う背中を大切にいる者がいることも忘れないで欲しい、と計都は笑った。 「どんなに辛くても、傷ついても、絶対に帰ってきてね」 メリークリスマス、とその言葉を、もう一度言う為に。 ● 寒い森の中、身を寄せ合って光の森を歩む――何とも恋人同士で歩くのが似合うシチュエーションだ。 けれど、一人で眺めていても悪い事なんてあるはずがない。 木の葉を踏み締めたそあらが星を仰ぎ、次いで視界に入ったのは黒い後姿。 見慣れた姿にこんばんは、と声を掛ければ同じく挨拶が返る。その隣に誰かの姿はない。 「あ、ギロチンさんもしかしてボッチなのです?」 「やだなー皆と一緒って心だからボッチなんて事はないですよ、ってそあらさんもじゃないですか」 「あたしは違うのです。さおりんはほら、こういうイベントの時はいろいろ事情があるから……」 笑うギロチンに少し拗ねた様に返すそあらの想い人は忙しい。付かず離れず絶妙な距離で人の間を渡り歩く彼に必要以上について回るほど、そあらは『分からない』女ではないのだ。 とは言え、やはりロマンチックな場所に好きな人と一緒に居たい、と思うのは乙女の心。 「次はさおりんとこういうところでおでいとできると嬉しいなって思うです」 その時は勿論、24時間独占で。その日を思い微笑むそあらに、ギロチンは頑張って下さいね、と笑って二人で掌を打ち鳴らした。 眩い街の光よりは一段暗く。 暗闇も光のモザイクの内に取り込んだ道を歩んだ先には、揺れる火を宿した大樹。 「道中も穏やかでしたが、ツリーも温かい光で良いですね」 「あたしはネオンの明かりよりは、こちらの方が落ち着くわ」 呟いたミカサに軽く笑ったエレオノーラが手にしているのはグリューワイン。兄妹にしては似付かぬ組み合わせであるが、三高平内であれば、彼らのどちらが年長かは知っている者も多いだろう。 だから、ホットチョコレートとピェルニクを手に持ったミカサがツリーと配布しているキャンドルにチラチラと目を向けているのにエレオノーラが仕方ないなというように笑みを零したとして――何もおかしくはない。 「ねえ、折角だしやってみない?」 「! 行きたいです」 表情の動きの少ない彼ではあるが、エレオノーラにしてみれば可愛い位に分かり易いもの。キャンドルを手に、ミカサが視線を向けるのは彼の翼。 「エレオノーラさんは一番高い所にしましょう」 「あら、じゃ、貴方のも一緒に持って行くわね」 青年の視線が上の星に向いていたのにも気付かぬ彼ではない。白い翼で天を翔け、ミカサの視線が届く場所へとキャンドルを灯す。一つ、二つ、増えた光にそっと息を吐いたミカサは、改めてエレオノーラに向き直った。 「少し早いけれど今年もお世話になりました」 「こちらこそ、楽しい一年だったわ。来年もよろしくね」 冷めた大人の容貌に子供の心を秘めた彼と、少女の容貌に老獪な精神を備えた彼は微かに笑い合い――再びツリーを眺めるのだった。 灯りが増えていく、ツリーが飾りを増やしていく。 それを遠目で眺めながら、穏やかな光のモザイクの中をふらりふらりと歩んでいく那雪。目が捉えたのは、見覚えのある姿。悪戯心を湧かせた彼女は、そっと背後に忍び寄り……ぺたり。首筋に当てたのは、冷たい手。 「ひゃっ!?」 「……あ、びっくりした……。……今年はすごい、クリスマスなの……」 首を引っ込めたギロチンは、珍しく笑みを引っ込めて瞬いている。普段見ない表情であれば、中々の収穫と言えよう。 「はい、どうぞ……お裾分けなのよ……」 「あ、これはどうもありがとうございます。もう、那雪さんもちゃんと温まって下さいね!」 グリューワインとピェルニクを差し出せば、ギロチンはいつもの様に軽く笑った。勿論、と頷いた那雪もホットチョコレートを手にしている。ピェルニクを一口。広がるのは、ジンジャーの風味と各種スパイスの香り。美味しいは美味しいけれど、那雪の好みとしては甘さを控えないでくれると嬉しかった。告げればギロチンは甘党ですね、とまた笑う。 「キラキラ、ね……。ギロチンさんは、賑やかなの、好き……?」 「ええ、ぼくは賑やかなのが好きですよ。寂しいのは切ないじゃないですか」 輝く星に目を向けて問えば、ギロチンは頷き――あ、今は寂しくないですけど、と付け足した。 ランプの吊り下げられた木は、彼女よりも彼よりも、ずっと大きかった。 「シエルさんシエルさん。ずっと上の方、あの辺りに灯したいです!」 「はい、ちょっと失礼致しますね……」 キャンドルを片手に光介がねだれば、背に翼を持った恋人は優しく微笑んで彼を抱き上げる。革醒者であれば、人ひとり程度を抱いて飛ぶのに支障はない。光介が息を吸って吐く間に、木々に掛かっていた星の光はあっという間に小さくなった。 二人の火も飾りに加え、更に上へ、上へ。 「わぁ、幻想的ですね」 「ええ、とても綺麗……」 星屑を宿したツリーは、上空から眺めれば暗闇の中で一層輝いて見える。暫し見入っていた光介だが、直ぐ傍に愛しい人の羽ばたく気配があるのを思い出し……湧いてくるのは、悪戯心。 緩やかに羽ばたくその翼を、指先で突くように撫でて――。 「あ、危険ですから此処で私の羽をちょんちょんするのは……ひゃん!?」 「のわっ!」 気配を感じたシエルが注意するもやや遅く、びくりと震えた体は光介を取り落としかけて慌てて正面から抱き止めた。ほう、と二人揃って安堵の溜息。ごめんなさい、と紡ごうとしたシエルの唇を塞いだのは、羊の温度。優しく触れて離れた唇に、彼女は抱き締める力を強めた。 「ふふ、幸せ、呼び込んじゃいました?」 抱き返しながら笑う恋人に、シエルは少し唇を尖らせるのだ。こうなったのは、貴方のせい(おかげ)だ、と。 二人の下で灯る火は、様々な色を映し出して輝いていた。 「私はピンク、スケキヨさんは?」 「ボクは大好きな色、ルアくんの瞳と同じ空色のキャンドルにしよう」 雪のちらつく中だけれど、光も心も温かい。小柄なルアを抱き上げたスケキヨは、並んだランプに二人で火を入れた。そのままツリーを見上げれば、遠くから眺めていた時よりも更に美しく見えて微笑みあう。 一年が、もうすぐ終わる。時は早いけれど、重ねてきた思い出はたくさんあった。 カフェに花火、砂浜でのまどろみ。眺めてきた景色は、どれも美しかったけれど。ルアと一緒だったからこそ、どんな普通の日や景色でも何より素敵に感じたのかも知れない、とスケキヨは囁いた。 ルアにとっても、忙しい中でこうして一緒にいられる事が何より嬉しい宝物。 例えゆっくりだとしても、これからも思い出は二人で一緒に作っていけばいい。二人で彩る景色は、他の何にも変え難いのだから。未来も過去も現在も、思えば想う程に心を甘く締め付ける。 「大好き」 首筋に抱きついて耳元で囁いたルアに、スケキヨは笑い――抱き締めて、その耳に返すのだ。 「ボクもだよ」 照らし出す光、あたたかないろ。 それぞれの手に持ったキャンドルをランプに入れながら、喜平とプレインフェザーはツリーを見上げた。もうすぐ一年が終わる。あっという間だったけれど、濃密な一年。 危険な戦場を渡り歩く喜平にとっては綱渡りのような一年だった。助けられなかったものも失ったものも数多く、心に残るのは慙愧の念。圧し潰されそうだと思った事も、一度や二度ではない。 けれど、そうならなかったのは……言葉を交わし、共に戦い、今傍に在ってくれる人のお陰。 「……一年、お疲れ様」 微か笑うプレインフェザーにとっても、この一年は喜平と過ごした一年だ。イベントは勿論、仕事である戦場でヒヤヒヤした事も多々ある。それでも二人で一緒に一年を締め括りを迎えることができたのは、本当に幸せだろう。 柔らかく二人を照らす光は美しいが、願い事を託すものではない。ならば。 「あんたを守り続けられるように、もっと強くなってみせるって誓うよ。お互い頑張って生き残ろうぜ、来年も」 「――ありがとう」 隣に立つ為に、生き残って二人で歩む為に。そう笑う彼女の手を強く強く握った喜平の手を、プレインフェザーも握り返す。 「冷えるな、飲み物買いに行こうか」 その手の存在と温もりを確かめるように、強く、強く。 ● 少しレトロな星の光に染められた、木の葉柄のモザイクタイルの上を歩いたって――いつも通り、変わらぬ面子は変わらぬものだ。 「ギーロチーン。聞いて! 俺、20stアニバーサリー☆」 「わ、おめでとうございます。大人の仲間入りですね!」 十日ほど前に誕生日を迎えた俊介が後ろから背を叩いて二本指を立てれば、ギロチンもお揃いの様にピースの形で返す。 「よかったら、奢るからさぁグリューワイン一緒に飲んでよ! お、俺一人だとなんかぼっちクリスマスしてるみたいでなんか寂しくて……」 「誕生日ならぼくが奢りますよ、ってあれ霧島さんご予定は」 「ちゃんとあるよ!? けどほらあれだよ、待ち合わせ時間より早すぎる時間に家出ちゃったからこんなって感じだよ!」 賑やかに会話しながら、触れ合わせるのはプラスチックカップ。クリスマスに彩られたそれで乾杯すれば、ささやかな祝宴の始まりだ。 「さてここで二十歳になっての展望とか豊富とかは」 「え、ヒモで生きてる駄目男のギロチンにそんな事言われても」 「ヒモで生きるのも割と色々いるんですよ?」 「成程、それも才能って言えば才能……あれ褒めてないな俺」 顔を付き合せて真顔で喋る駄目男二人の背を叩いたのは、もう一人の駄目男である。 「よおギロチン、飲んでるか! 酒を飲んでいろいろと辛い記憶を忘れようぜ!」 「あ、竜一さん……は飲んでますねもう」 「俺に話して気を軽くしてもいいぞ、大丈夫、別に弱み握ろうって考えじゃないさ!」 「ぼくの弱み握ったって何も出ませんよ!」 半年ほど前に二十歳を迎えた竜一はばしばしと背を叩きながら、グリューワインを飲み干した。メリークリスマス! 明るい声が響き、湯気に混じるアルコールの香りが強くなる。 「そういやギロチンは特定の彼女とか彼氏とかいないわけ?」 「彼氏はいつでもいないですけど、彼女もアークに来てからはないですねぇ」 「どういう子がタイプなの? 俺としてはやっぱ少女がいいよね、少女!」 酔っているのかと思えど、竜一はこれがデフォルトだった。 「あー、どっかに美少女転がってねえかなあ」 「実名報道される年だから気を付けましょうね色々」 っていうか一緒に過ごす人居るくせに何言ってんですか。会話の間も飲み続ける竜一のカップに更にグリューワインを足したとして――ギロチンは悪くないだろう。多分。 薄く積もり始めた雪の上に付く足跡は、二人分。 「寒いねー。でもクリスマスって街がキラキラしてて、歩くの楽しいねっ」 「イルミネーションに飾られたクリスマスの夜は、この時期にしか感じられないワクワクがあるわね」 可愛らしい少女が二人きりで夜に歩く姿も、クリスマスの輝きの中では一つの絵のように華やかだ。イベントに浮き立つ街は賑やかで、軽く見て回るだけでも楽しくて。 多くの光で彩られたツリーの前に、夜に来るのは初めてだ。 「私たちもキャンドル入れようよっ」 「ええ、今日という日の記念にね?」 ツリーを指差し無邪気に笑う少女に、糾華も頷きを返し――キャンドルを手にしたアリステアは、そんな彼女に向けて少し首を傾げた。折角だから、高い所に入れないか、と。 素敵な提案だ、と微笑んだ糾華に下ろすのは、魔力の翼。ほう、と息を吐いたアリステアは天使のようだと思うけれど……彼女の姿だって、同じように見えていたに違いない。 地から離れる爪先。戦場では『飛ぶ』という事自体を意識している暇もないから、ゆっくりと空を飛ぶ感覚は、神秘を得てそれなりの時間を経た糾華でも新鮮なものだ。 ランプにキャンドルを入れ、三高平市を遠く見渡せるくらいに高く、高く。 「ねえ、アリステア。……来年も、よろしくね?」 「うん、糾華ちゃん。来年も沢山遊んで、沢山笑おうね」 輝く街の光を眼下に――二人の天使は、そう笑い合った。 夜が更けて行き、空気が冷たさに研ぎ澄まされていく。 暖かい格好をして、けれど手袋は付けず。握り合った掌を、互いの何よりの温かさとしてミュゼーヌと三千はツリーを見上げていた。 「きれいですね……これをミュゼーヌさんと一緒に飾り付けることができるのが嬉しいです」 「うん……色とりどりに煌めいて、とても綺麗」 三千が見詰めるのは美しい恋人の横顔。意志の強い澄んだ瞳を今輝かせているのは、頭上に灯る幾つもの灯り。地上に程近いランプは、既に多くが埋まっていた。 「僕達は上を飾り付けましょうかっ」 「え、でも上まではちょっと届きにく……わ、わっ」 告げられた言葉にミュゼーヌが瞬けば、彼女の恋人は微かに笑って『上へ』とその手を引く。自らの背に生えた翼に気付いたミュゼーヌもなるほど、と笑って、手を繋いだまま空へと。 二つ空いたランプ、蒼いキャンドルの隣に自らの火を灯して三千はその背を抱き締めた。 「メリークリスマス、ミュゼーヌさん」 「きゃっ……ふふ。もう、こんな所で……」 並んだ光に満足げな表情をしていたミュゼーヌの頬が赤く染まったのに、小さく笑う恋人の声。他の人もいる場所で、抱き締められるのは少し恥ずかしかったけれど……温もりはとても嬉しいものだったから。 「メリークリスマス、三千さん」 その肩に頭を預け、ミュゼーヌは柔らかに微笑んだ。 クリスマスという華やかなイベントに張り切るのは恋人同士だけではない。 気の合う友人と参加するのもまた、楽しいものだ。 「折角だから上の方に入れるか」 「そういえばユーヌ飛べるもんね、入れよー入れよー♪」 キャンドルを片手にツリーを見上げたユーヌに、真独楽が大きく頷いた。じゃあ、と差し出されたのは途中で買った飲み物。 「両手が塞がるから、代わりに持ってくれると助かる」 「え、まこも運んでくれるの? ダイジョブかな、まこ重……くないけどっ!」 心配すれど、そこは否定するのが微妙に揺れ動く乙女のデリカシー。浮かび上がり眺めるツリーの色は、先程までとはまた違う雰囲気でユーヌと真独楽の下に広がっていた。 「高い所から見るツリー、すごくキレイ!」 「次々灯ってく様も良いな、連なりあって」 大きな粒となった雪が光の前を過ぎるのも、ちらちらと点滅しているようで美しい。けれど十二月末の上空の風は、想像以上に強かった。見惚れていたら、うっかりバランスを崩す程に。 「クリスマスに空の上なんて、天使の気分だね。ユーヌ、ありが「すまん、落ちる」 「んにゃあ!?」 戦場で気を張り詰めている訳でもなければ、ユーヌは普段から飛んでいる訳でもなく……一瞬の油断で煽られた二人は仲良く雪の積もった枝で一度跳ね、枝から落ちた雪山の上にぼすりと着地する。 怪我はないかと雪を払いながら、零すのは楽しかったねという言葉。 「暖まったら急降下ぐらいでもう一度挑戦しようか。ジェットコースター嫌いじゃないだろう?」 「えへへ、超スキ! 次はもっと高いところ目指そぉ♪」 アクシデントもイベントに変えて、少女達は暖かな光を目指し駆けて行く。 入れ違いのように、キャンドルを手にしたミリィがリコルを手招いた。 そんな彼女の為にホットチョコレートとピェルニクを手にしたリコルも微笑みながらランプに火を灯す。多くのランプは埋まり、きらきらと光を放っていた。 冷えないように敷物を敷いたベンチの上にミリィを座らせたリコルは、その肩にストールを掛けながらツリーを見上げる。ホットチョコレートを手に視線を追ったミリィは、微かに笑って目を細めた。 「こうして見つめていると、灯された火の数だけ誰かの温もりを感じます」 「皆で持ち寄った明かりを灯す度に光は強くなり、一段と輝きを増す。……こう言うと何だかアークみたいですね」 「増え行く火は箱舟の光……まさしくでございます」 暖かな光は、世界を救う為に集う彼女達の『舟』とも似て。もうすぐ、光は一杯になる。そうしたら、二人で記念写真を撮るのも良いだろう。だって、今日は二人で過ごす久しぶりのクリスマスなのだから。 「メリークリスマス、リコル!」 「メリークリスマス、お嬢様」 忘れられない思い出を光にして、ミリィの道を照らそうと――リコルは笑って、答えるのだった。 既に日が落ちて数時間。 「寒い」 「寒いですねえ」 マフラーを首元ギリギリまで引き上げながら義衛郎が呟けば、嶺もこくりと頷いた。嶺は北陸育ちだが、東海の冬だって寒いものは寒い。二人が手にするのは、寒さに抗う為に買った温かい飲み物。けれど寒くても、来た理由はあるのだ。 「この珊瑚色のキャンドルをくださいな」 「私はその銀色のキャンドルで」 ツリーに『飾り』をつける為、掌に灯したのは小さな炎。何処にキャンドルを入れようか、と視線を巡らせて義衛郎は気付く。上の方に入れようと思ったら、フライエンジェ系の皆さんじゃないと難しい。 フライエンジェ系の皆さん。 僅かな沈黙。 「……あら、どうしました? 羽根をじーっと見て」 隣にいた。丁度良い人。 「れーちゃん、オレのキャンドル、ちょっと上の方に入れてきてくれない」 はい、と差し出してみれば、彼女自身飛べる事を失念していたようであっと手を叩いたりしている。すいませんね、と言えば嶺は笑って義衛郎のキャンドルを受け取った。 「お安い御用ですよ。私は義衛郎さんの翼ですから」 空席になっていた二つのランプに光が灯り――大きなツリーはようやく『完成』を迎える。輝くツリーを背に空から舞い降りる嶺に目を細めた義衛郎だが、吐き出す息は雪のように真っ白だ。 「ああ、やっぱり寒い。帰りもホットチョコレート買おう」 「二人分、ね」 いつもの調子で、変わらぬままに。 くすりと笑って付け足した嶺に義衛郎も頷いて、もう一度ツリーを見上げる。 沢山の人の手によって飾り付けられたクリスマスツリーは、柔らかく温かく――暗闇を照らし出していた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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