●鬼の住処 「かってうれしいはないちもんめ――って、意味もわからず口にしてたよね」 「突然なんです?」 楽しげな表情の少年に、呆れた声を返したのはスーツ姿の男。ただし、身につけた悪趣味な蜘蛛の仮面がとても真っ当な会社員には見せていないが。 「買って嬉しい花一匁。商人なら当然の心得だよね」 「値切られて悔しい――ですか。諸説ありますからどうかと思いますが……結局何が言いたいので?」 彼らは高みの位置でそれを見下ろしていた。周囲から隠蔽された山中の研究所内、響き渡るのは男たちの悲鳴、絶叫。 縛られ並ばされた男たちは自分の番が近づくたびに怯え泣き喚く。反して、番が回り処理された当事者は感情を無くしたように大人しくなった。研究員の指示に黙って従い――従順な兵士として。 その姿を見て少年――細川央海が耐え切れないというように高らかに笑い出した。 「彼らの命はいったい幾らなんだろうね! ねぇ信じられる? あれらは神秘について何一つ知らない一般人。 なのに、ボクの完成させた理論によって彼らは操作可能のエリューションに早変わり! それも初めから神秘の知識をインプットされて戦い方を学んだ兵士だ!」 彼らが所属するフィクサード組織『企業』の十八番、アーティファクトに仕込まれた装着者の精神を操る感応と呼ばれる力が従順な兵士を生み出す。素材は使い捨ての一般人。安価で替えの利く量産品。一つのデータを共有し、フェーズの進行が更にその価値を高めていく。これこそがボクの理論。ボクの作り上げる最強の兵士。 「どこの国でも引っ張りだこさ。最強の兵士が戦場を変える。ボクが歴史を変えるんだ」 「少々目立ちすぎませんかね。それにアークはすでに手を打っているでしょうね」 冷たい響きに央海が鼻を鳴らした。 「どこの国でも喉から手が出るほどの価値さ、ボクは最高のVIPとして匿われるだろうよ。外国に出ればアークだってそう簡単に介入できるものか」 だから急いでると口にして。これまで央海は最強の兵士プロジェクトのために、リベリスタたちを誘き出してその行動や戦闘データを記録していった。 しかしその際に彼の義父である身体強化研究部所長、三淵晴信がアークに捕まり、結果企業独自の感応の力の解析が行われてしまっただろう。今後は感応への対処法を用意される可能性があるのだ。だがそうなったとしても外国に出てさえしまえば何も問題ないだろう。 「明日にはこの国とはおさらばさ。ボクの才能を高く買う国で、ボクは歴史を影から動かした天才として名を残すのさ」 最終調整だと兵士や装置を点検する央海が2人の幹部を振り返る。 「お任せを。今日一日、全て死守しましょう」 「しかし連中が来るとは思えないですし」 ボディガードである津田幹雄と和田椎名の言葉は、アークの捕虜になった者たちはこの場所を知らないという事実から。それには「念のためだよ」と答えて。 「まぁ、理論はこのボクの頭の中に完成してるわけだから、ボクの身さえ無事ならなんとでもなるけどさ」 そう笑った央海がもう一度振り返って。 「そういうわけで。報告は以上だよナビゲーター。ボクの企業での功績は社長を越えるだろう。今のうちに鞍替えした方がいいと思うよ」 見下した表情の少年に、スーツの男は口元に笑みを浮かべて。 「考えておきましょう」 央海は気づかない。仮面に隠れたナビゲーターの笑みが、嘲るようなものであったことに。 ●命の値段 「Miss.Mr.リベリスタ。これから皆さんにはフィクサードの施設に突入していただきマス」 信憑性の高いと思われる情報でしてと『廃テンション↑↑Girl』ロイヤー・東谷山(nBNE000227)が口にした。 「企業『アシカガ』が起こしてきた蜘蛛の糸事件の中でも、副社長細川央海が最近連続して起こしていた事件の続報デス」 蜘蛛の糸事件。兵器を生み出す彼らは企業と呼ばれ、リベリスタ・フィクサード問わずフェイトを失わせるアーティファクトをばら撒いてそれに関わった人々を破滅に導く連続事件。 その目的は未だ不明だが――細川央海率いる副社長派の目的ははっきりしている。 彼の立ち上げる最強の兵士プロジェクト。安価で強力な人間兵器の量産。そのためのデータ収集も終わり、いよいよそれは完成してしまったのだという。 先日捕えた三淵晴信から得た情報で、アークはとうとう企業のアーティファクトの厄介な特性、人を操り支配する『感応』の力の対策を完成させた矢先の出来事だ。 「さすがはアークの研究室長というところデースが、あくまで治せるのはまだかつて感応の支配にあった者を再度操られないようにするという段階デスし。 それにアークでは対処できるというだけで、外国に行かれたらお手上げデースね」 さすがにそこまでの介入は出来ない。故に、ここで確実に捕えろという話だ。 「研究は進めていきマス。感応を恐れるのは今回限りでショー」 それもここで決着をつけれたらの話だ。 ―――― テキスト【最強の兵士】データ 『Type:D』:龍の如く縦横無尽に戦場を蹂躙する者。デュランダルのランク1スキルを全て習得。フェーズ進行時にランク2スキル習得。 攻撃手。合理的判断力が強く、敵を分断したり敵の範囲攻撃に多を巻き込ませないよう進路を限定させて動く。 二刀流。 『Type:N』:屈強な肉体で進撃を食い止める守護者。クロスイージスのランク1スキルを全て習得。フェーズ進行時にランク2スキル習得。 防衛者。敵のブロックは勿論出入り口の封鎖、全身を使い敵の視界を塞ぎ全体攻撃に対し仲間の遮蔽になるなどの戦法を取る。 他と区別がつくよう金の鎧を着込んでいる。 『Type:L』:戦況を見極め最善を打つ遊撃の差し手。フラッシュバンとインヤンマスターのランク1スキルを全て習得。フェーズ進行時にランク2スキル習得。 遊撃者。攻撃範囲外へと立ち回り、被害を少なくするためなら仲間を庇う。また、効果を上げれると判断したなら飛び出すことも躊躇しない。 全員男だが時折少女の様な仕草をする。 ―――― 「研究所には資料のように3タイプの最強の兵士がいマス。今までのリベリスタとの戦いで得たデータ。かなり戦いにくいと思いマースが」 一区切り。 「なに、作り物に負けるような皆さんじゃないでショーよ」 研究所内の資料を手渡し、研究所内では企業お馴染みとなった、ノーフェイスのフェーズ進行を促進する装置があることを告げ。 「時間が勝負。さあ急いでくださいMiss.Mr.リベリスタ!」 送り出すロイヤーに頷いて……足を止めた。 「今回の情報の出所は?」 資料の内容が詳しすぎるのだ。 ロイヤーは少し考えてから……隠すことでもないと判断したらしい。匿名のタレコミですよと画面に映した。 簡単な地図と、隅に残された悪趣味な蜘蛛のマーク。 ●君の価値 「ご命令の通りに」 ナビゲーターは自身の身体に埋め込まれた強化アーティファクトを通して連絡を取る。彼の、ただ1人の上司に。 「ですが、よかったのですか? 研究所が潰されれば今後は感応の力は期待できませんよ」 企業のアーティファクトはその強い効果の他に、フェイトを失う力と、装着者を操り支配する感応の力がある。その片方が無くなるのは企業にとって痛手ではないだろうか。 ――元よりそのようなモノ、従えようなどと思ったことは1度たりともない―― 瞬間返った言葉は、びくりと身を震わせる響きがあった。憎しみとも取れるような、そんな響き。 「……僕は命令に従うまでですね。ではこの後もPresidentの命令のままに」 ――私の前で英語は使うなと言ったはずだ―― 途切れた通信に息を吐き。さてさてとナビゲーターが背筋を伸ばした。 「まずは高みからじっくり楽しませてもらうとしましょうかね」 糸を手繰る、その時まで。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:BRN-D | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年01月02日(木)23:22 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●見積 研究所内に警報が鳴り響く。 慌てふためく研究員を尻目に、ケラケラと少年の笑い声。 「全く万華鏡というのは厄介だね」 この場所を知る方法があるならば、それはアーク独自の技術万華鏡の存在に違いないと推測して。事実は央海には知りようもないことだ。 「相手の拠点に攻め入るとはどういうことか、教えてあげるよ」 央海が笑って視線を上げる。 その先にあったのは無数のモニター。研究所内を網羅して―― 通路を駆け抜ける一行。その先頭で小さく舌打ちしたのは『さすらいの遊び人』ブレス・ダブルクロス(BNE003169)だ。その視線が無数の監視カメラを捉えている。 「こちらの動きは筒抜けかよ」 逡巡は一瞬。この数では壊すのも無意味だ。それより迅速な突入こそ意味がある。 そう、今回は時間が敵になる。ノーフェイスの増殖、フェーズ進行、そして細川央海の逃亡…… 「海外に逃げられる直前に補足出来るたぁ、幸運だぜ。……って、言うには情報源があの野郎ってのが気にくわねぇな」 「どうせ何か企んでるのだろうけど」 ブレスの言葉に重ねたのは『K2』小雪・綺沙羅(BNE003284)。 「ただで利用されるつもりはない」 利用し返してやると呟く綺沙羅の意気込みは日頃の比ではない。その理由は――後でわかる。 「小雪……お前のはさすがに同情するわ……」 ツァイン・ウォーレス(BNE001520)の渇いた笑いに、綺沙羅の返した視線は殺気とも呼ぶ。 「キサへの当てつけか。あの合法ショタ殺す……」 「手早く頼んだぜ? 余り長時間は持たないからよっ」 聖句を告げて、聖戦の加護が仲間を送り出す。別ルートに向かう背中を見送り、ついで正面に目を向けて。 この先だ。幾度も見てきた不愉快なやり取り。実体のない絡め手。命の軽視。 口元が笑みを作る。悪漢をぶん殴ることこそツァインの本懐! 「おぅ、やっとだな、待ってたぜ! 奴等に手痛い一撃を喰らわせられるこの時をなぁ!」 ●発注 自動扉が開かれ突入を開始した、リベリスタの左右に瞬時迫る影! 「分断されるわよ!」 前方の仲間との間に敵が割り込もうとすれば、『慈愛と背徳の女教師』ティアリア・フォン・シュッツヒェン(BNE003064)の叫びに反応をみせ。 散弾がばら撒かれ敵の動きを止める。足が止まったなら、それはもう終わりだ。重く剛い鉄塊がノーフェイスを粉砕し道を空けた。 「さて、仕事の時間だ」 敵を蹴り飛ばし『終極粉砕機構』富永・喜平(BNE000939)が戦場へと躍りこむ。 扉を抜ける一行に迫る集団は全て金の輝きをもって。 「突っ込まねぇぞ……金の鎧には突っ込まねぇぞ……!」 「言ってる場合じゃないでしょう。封鎖されるわよ」 声の震えてるツァインの背中に翼が形成された。ティアリアの祈りが仲間に翼をもたらし移動を助ければ、おうと叫んでツァインが手近の1人を薙ぎ倒す! 「押し込まれればフェーズ進行の時間を稼がれるわ」 故に強行突破。少数の敵だけを相手にすれば耐えるのは容易だが、増殖と進行の前に抵抗は不可能になろう。 事前に体内の魔力を循環させ、ティアリアは長期的に仲間を癒し続ける準備を完了していた。 (なにせ、この数だもの) 人数差は6倍以上。周囲で複数の二刀が音を鳴らした。 綺沙羅の撃ち込んだ閃光弾を大盾を構えて阻止すれば、影響は前衛の少数にとどまった。 「やっぱ視界遮蔽か……!」 重鎧に大盾を構え、それに専念すれば後方への攻撃を遮断も出来よう。 その肉体の脇から飛び出す影。俊敏な動きでツァイン目掛けて一気に切り込む! 盾で弾けども、次々と数で押し寄せる波となって。 データによって作られた動き。組み込まれたその連携。つまり。 「アイツならここでこう動くッ……とぉ!」 二刀ごと切り払う。自分を、仲間を、知っていればこそ負けるものか。 「ははは、頑張ってるねぇ。だけど最強の兵士の本領はここからだよ」 無数の兵に阻まれて姿も見えない央海の声。周囲の兵を取り巻いたものは彼の悪意そのもの。形成された結界がその戦術性を更に高めて。 「ふぅん……最強の兵士、ねぇ」 ティアリアがくすりと笑みを零した。 「合理性ではかなりのもの。けれど、合理を超えた個人主義というのもなかなか悪くないものよ?」 ――ま、それには信頼し合う仲間がいてこそなのでしょうけれど。 兵の隙間から覗かせた顔を一瞥して。 「……貴方人望なさそうだものねぇ?」 「他者なんて天才の足を引っ張るだけ。人望なんて必要ないね」 つまらなそうに鼻を鳴らし央海が続けた。 「いつも歴史を変えてきたのは商人さ。愚者はボクらの生み出す兵器によって淘汰されるだけだよ」 「兵器作る奴は反吐が出る程嫌いだ、お前等はいつも戦いをつまらなくする」 割り込んだのはツァイン。 「そういう人間は負けて駆逐されてきたのかもしれない。それでもな、忘れちゃいけないもんが、失っちゃいけないもんがあるんだよ」 心無き兵器。犠牲の土台。命の価値をわからなくするもの―― 「歴史のお勉強だ坊主、その眼に刻んでいけ……!」 「年上への態度がなってないね。まして世界に名を残す天才にさ!」 「世界に名を残すのは構わんのだが、其の手段が世界を滅ぼす因子であるとは考えないんだろうか?」 ――名誉や功績なんて記録されて何ぼなのにな。 にんまり笑って巨銃を構える。高めた闘気は破壊の衝動となって内から溢れ。 「優れた科学者とは笑わせる、明らかに阿呆の部類だね」 気を抑えることをやめた。歯を剥きだして喜平が本能のままに敵を求め躍りかかる。 西側の通路に入ってすぐに視界が開けた。 熱感知で敵を探る必要もない。ブロックの奥で待ち受ける大男、その背後の巨大な装置。これがノーフェイスのフェーズ進行を促進させているのだろう。「おーおー見た顔ですし」と愉快げな声。 「相棒のお気に入りもこっちですし?」 「心配しなくても順番にぶっ潰すさ」 和田椎名の言葉に『一人焼肉マスター』結城 ”Dragon” 竜一(BNE000210)が答え二刀を構えた。その手にあるのは未来と祈り。 その横を大振りの太刀が駆け抜ける。口元を引き締め、真っ直ぐに椎名を睨めつけ。 ――私は必死で生きる人間が好きだ。 人の命をさも、消耗品の様にされるのは気に入らない。不愉快だと呟いた『骸』黄桜 魅零(BNE003845)の、その口元がふと緩み。 「でもでも? やっぱり一番は強い奴いるのかなーって! いいね強そうじゃない、面白そうじゃない!」 きししと零れた笑みは強者との邂逅の喜び。 「感じさせてよエクスタシー☆ウェルカム傷痕!」 「ひゃはは! 面白くなりそうですし!」 周囲を塗りつぶした漆黒が椎名へと真っ直ぐに切り込んだ。 太刀の一撃を弾き、その魂を掴まんと魔術を構成する椎名が慌てて身をよじった。装甲を叩く音が響けば、小さな舌打ちを残し気糸を引き戻して影が動く。 気配を断てばチャンスを狙い、『名無し』ジュリー・モーガン(BNE004849)がゆらりと動く。まともに攻撃を受ければ華奢な彼女では耐えられない。故に知恵を振るい、力を尽くそう。 「ちっ邪魔ですし」 魅零の影から打ち込まれた気糸を払えば竜一が間を詰める。味方の影となればその動きを助け優位を生み出す一手となり。苛立つ椎名に涼しい表情を返してジュリーが走る。 「気を取られてると危ないよ!」 太刀を振るえば黒の瘴気が装置ごと押し包む。纏めてご臨終と笑った魅零があれっと表情を崩し。 「俺も装置も頑丈ですし。その程度じゃ効かないですし?」 ひひと笑ってその身体に虚無の手を伸ばす。滅びの魔術がその身を穿つ――前に霧散した。 虚無の手ごと真一文字に斬り放つ衝撃。二振りの剣を合わせた限界の先を行く一撃に強固な装甲が砕け散った。 「があぁ!?」 血反吐を撒き散らし距離を取る。あと1歩深く斬られていれば身体を2つに割かれていただろう。自慢の装甲も、規格外の一撃の前では布と変わらない。 前に進み出る。最強の一撃はその消耗も高いが、後方のジュリーが精神に働きかけ支援を施せば力を枯渇させることもない。 「さっさと片付けて、装置をぶっ壊させてもらうぞ」 にっと笑えば二刀をかざす。竜一のプレッシャーに後ずさりしながら、けれど椎名がひひと笑い返した。 「俺にばかり気を取られてて大丈夫ですし?」 後方で鮮血が舞ったのは同時だった。 「――っぁ」 胸元を切り裂かれゆっくりとジュリーが自身の流した血に沈む。その奥から小さな影、二刀を構えて津田幹雄が進み出た。 「研究所内の動きは監視している。大人しく敵を待つ道理はない」 中央はその数で動きを制限させている。ならば別働隊を潰せば東西ブロックは安泰だ。 「よくも!」 「おっと、アンタの相手は俺ですし」 飛び出そうとした魅零の身体を魔術が走り抜ける。ギリと歯を食いしばり、魅零の太刀が音を鳴らした。 激闘を再開した者たちとは別に、静かに対峙する者たちもいる。 「悪いな。おっさんとの腐れ縁も此処までだ。それとも次の就職先でも見つけてるのか」 「そうだな。外国ではぼうずの酷い匂いも届かんだろうさ」 竜一と幹雄。互いの手にした二刀は床を向く。だからと油断すれば一瞬で首が飛ぶだろう。 「まあ、どっちでもいいし、どうでもいい。兵士の本分は戦ってこそ、だろ?」 音が鳴る。剣先がひとたび宙に浮けば、星が弾けたような衝撃が全身を揺すった。 一合二合とかち鳴らす。洗練された剣戟が織り成す戦場の楽曲。 「探り合いの時間は終わったはずだ。見せてみろよ、おっさんの本気ってのをな!」 「まだまだ! いくらでも評価してやるぞ!」 一振り二振りと剣閃が躍る。軌跡が徐々に赤を纏い。 「どうしたこぞう! その程度で――」 言葉は続かない。危険を肌で察知した。そこにある嫌な気配に身をよじった。その場所を死が通過した。 空間を絶つ斬撃にまともに受ければ腕を持っていかれると確信した。目の前の男は「もうちょっと修正がいるな」と軽口を叩き。 「二発食らっても、一発で纏めて返せばいい」 ――それが、デュランダルだ。 にっと笑う竜一相手に、最早言葉を返す余裕はない。 「アンタ、なんでそんなに必死ですし」 装置は頑丈で簡単には壊れない。それを守る椎名の魔術が虚無を象れば、魅零の身体に深い傷を残し。崩れかけた膝を、運命が支え立たせていた。 「アンタらが守ってるモンなんて価値のない奴らばっかですし」 ひひと笑う声が止まった。きしりきしりと歯刃が鳴る。目を見開き、開いた口が笑みを作る。 「人の命ってなんだと思っているんだい」 椎名が背筋を震わせた。そのぞっとする笑顔の前で。 「大事なんだよ命って。君らがまだ他の命を脅かすならば」 良かったと。魅零がはっきりと呟いた。 ――心置きなく殺せるというもの。 誰もが深く傷を負い、誰が勝っても不思議ではない。 そんな折に、入った通信。 何事かといぶかしむ幹雄が、続いた言葉に表情を凍らせて。 ●納品 「行かせねぇよっと!」 ブレスの撃ち込んだ閃光弾が背後に回らんとする敵を抑え、その拒絶の結界を打ち消せば巨銃の弾丸がそれを撃ち貫く。 「どんどん堅くなっていくね」 接近を仕掛けてくる者を優先で撃ち抜く喜平だが、その包囲は徐々に狭まっていった。 「追加が来るわよ」 ティアリアの言葉と同時に東側の壁から機械音。特別通路のレーンから新手が3体押し出され。 反応してそちらに向き直れば逆側から数人が一気に飛び出す! 「ちっめんどくせぇ!」 ブレスの掃射が連続でヒットするも、後方で温存されていた兵士はすでに高い能力を誇り。傷つきながらも携えた閃光弾を投げ込み兵士が駆け抜ける。内股で。 「動きは良くできてるわねぇ。確かにこれは怖いわ」 状況を分析していたティアリアが、くすくすと笑みを漏らした。 「ふふ、それにしても。時折『らしさ』が出てるじゃない? ……あらあら、そんな怒らないのよ?」 背後からの綺沙羅の刺すような視線を手で遮った。 状況は良くはない。兵士たちは新手を前衛に使い潰し、初めから存在する数人を後方で温存していた。その狙いは明確。 「能力の上昇が早い! これ以上は手がつけれなくなるぜ」 ブレスは舌打ちしてブレードを向けた。喜平との視線の交差は一瞬。左右に別れれば火器の乱舞が暴風巻き起こし兵士を薙ぎ飛ばした。 ツァインと綺沙羅が兵士の動きを抑え、喜平とブレスが切り開く。その消耗をティアリアがコントロールすれば耐え切ることは難しくない。 それも、時間が敵でなければだ。 一部の兵士はすでにフェーズを進行させ、それを倒そうにも新手が動きを阻害する。突出すれば何倍もの攻撃が身を穿つだろう。 「いよいよまずいな」 「……信じて耐えきるのみよ」 ブレスの傷を癒し、ティアリアが息を吐く。幾度目かのマナの取り込みを終えたことが時間の経過を意味していた。装置の破壊はまだか―― それに気付いたのはブレスだった。 定期的に現れる新手に向けるはずの銃が獲物を求め彷徨う。 ――新手が来ていない! 「待ち疲れたっつーの!」 ツァインが笑って盾を叩きつけ道を開ける。 「こうなりゃこっちのもんだぜ!」 綺沙羅の閃光弾を待ってブレスはより奥へ。進行より先に駆逐するのみ! 「ばかな、いったい……」 別働隊はここで抑えている。では誰が東ブロックを殲滅したというのか。戸惑い動く幹雄の目が、それを見た。 血溜まり。自分が切り倒した女の血。 ……それだけ。 運命の炎が生命を保ちながら、気配を断てば物質の概念は意味を成さない。 そこにあってそこにあらず。激闘の中でジュリーが姿を消すことは容易だった。 ただ走る。音を断ち、自身の存在を断ち、壁の概念の意味すら断ち。 ――やるべきことをやるために。 男たちの悲鳴、科学者の愉悦。 それら全てが音を断つ。 身体に纏わりつく清流の如き気に科学者は気付かない。 だから。濁流の渦に自身が呑みこまれたことに最期まで気付かなかっただろう。 操り収めた気を纏い、静かに目を向けた暗殺者に誰も言葉を口にしない。 「……大人しくしていてね」 アーティファクトを回収して、ジェリーはついと通路を戻った。 「油断大敵ってやつだな」 笑う竜一に剣戟をぶつける。ただ吹き飛ばせばいい。その数瞬で幹雄が背を向ける。 最早ここは時間の問題。央海の撤退を援護せねば! 俊足を誇る男が扉を抜ける……その肩を、気糸が貫いた。 「終わり」 通路の先でジュリーが気糸を引く。致命傷ではない。だが、致命的だ。 足が止まった。背後の気配に振り向き剣を突き出す。 それごと断ち切るデュランダルの一撃! 粉々に砕け散った剣の欠片。その中で幹雄が笑う。 「採点のしようがないな」 ゆっくりと後ろに倒れていく。 ――量る器に入りきらん。 満足げな顔に竜一も笑みを返し。 瞬間飛び出した椎名が脇目も振らず入り口へと走る。 「あ、待ちなさい!」 追う魅零が足を止めた。目の前で倒れた竜一に気を取られ。 運命を燃やしてなお限界まで戦った竜一の意識はすでになく。 「……逃げたみたいよ」 外へと走る椎名を見届けたジュリーが戻ってきた。 「んーまぁいっか☆」 いひひと零れた笑みと太刀の煌き。「張り切って壊しちゃおう」と装置に向かう魅零を見送り。 「お疲れ様」 ジュリーが竜一の介抱を急いだ。 ●受領 「終わったみたい、だね」 綺沙羅の冷たい声にも、央海は唖然とするだけだ。 増援はなく、進行も止まった。そうである以上、ノーフェイスは綺沙羅たちの敵ではない。 事実、立ち向かう兵士を業火が押し包む。舞い上がり駆け抜けた炎の鳥の後に地に伏すのみ。 「どうする?」 言葉に意味はない。すでにその感情を読み取っている。 「死守しろ!」 兵士に死ねと命令して、自身は背を向けた。自分用の脱出路目掛けて。 2つの銃が音を立てる。左右の足を撃ち抜き央海が転倒すれば、喜平とブレスが距離を詰め。 それでも兵士が命のままに立ちはだかれば、足を引きずって央海が通路に消える。 それを綺沙羅は最後まで見送った。感情はすでに拾っている。通路の先の、断罪の意志を。 遠く響く悲鳴が、兵士たちの動きを止めた。 天才の最期は実にあっけないものだった。 通路の先でナビゲーターが頭を下げる。ご苦労様と口にして。 「どーせ利益の為とか言うんだろ?」 ツァインの言葉に、蜘蛛の男は首を振り笑った。 「残念ながら今日の僕の任務は失敗ですよ」 「……どういうこと?」 綺沙羅の疑問に微笑んで。 「件の結界の構築を確認せよと」 幾度も企業の活動の邪魔をした秘術。 「対策を完全にするために必須とのことでしたが……まぁ仕方ありませんね」 笑って手を振る。またお会いしましょうと背を向けて。 「……全く、最近人使いが荒い仕事ばかりね。これではこの子の振るい甲斐がないじゃないの」 愛しい鉄球をひと撫でしてティアリアが笑う中、リベリスタたちが事後処理を行う。 「貴重な研究データだろうに。完全に廃棄ってとこかね」 所詮他所の研究所かねと喜平が呟いて書類を投げ込んだ。 「ナビ野郎は気に喰わねぇが、企業を削ったのは違いねぇさ」 ブレスの言葉に、小さく綺沙羅が頷いた。 ――企業製品の根底。社長の意思。央海の悪意はあれに比べれば生ぬるい。 けれど確かに前進している。 ……対峙は近いのかもしれない。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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