● 暖かい暖炉もなければ一本の蝋燭もない。 優しい家族もいなければ、信じる神様もいなかった。 ――シルヴェスターを迎える前に何としても教会に辿りつこう。きっとそこには神様がいるよ。 そう言ったのは誰だったのか。 人ならざる者同士、何かの波長が合ったのかもしれない。 ただの石ころであるというのに、落し物を拾った主は初めてできた友達だと言わんばかりに幸せそうだ。 美しい街並みで、新しい友達が出来たと喜ぶように尾をくねらせる彼に呆れたもんだと笑ったことも記憶に新しい。 「Dobranoc」 囁かれた言葉の後のことを覚えてはいない。 シルヴェスターを迎えるまでに彼は這って教会へ行くのだという。 そこに行けば、きっと、自分たちは人間になって優しさに触れることが出来るだろうから―― ● 「シルヴェスター――大晦日のことね。そろそろ年の瀬だなって実感するわね」 『恋色エストント』月鍵・世恋(nBNE000234)はモニターに映した世界地図をトントンと指先で叩いた。 指し示した先は『ポーランド』。ヨーロッパに位置する国の一つであり、ケイオス・カントーリオが起こした『混沌事件』の舞台にもなった国だ。それから幾年かの時を経て、その面影は今や美しい街並みに隠され感じられない。かの事件からか、ケイオスを打ち破ったアークには比較的好意的であり、今までも快く迎えられることが多かった。 「期待されるってのもなんだかくすぐったい話だけれども、アークに是非にと声が掛かったから」 お願いしたいの、と世恋がモニターに映したのは首都であるワルシャワの旧市街。歴史地区とも呼ばれる美しい景観が見られる観光地の一つだ。 「ええと、ここで発見されたのはアーティファクト。それから、アザーバイドよ。 お願いしたいのはアザーバイドの対応とアーティファクトの破壊。アザーバイドを討伐しないことにはアーティファクトも破壊できないのだけれど……」 他の可能性もあるかもしれない、と世恋は悩ましそうに呟いた。 『万華鏡』のない国外ではフォーチュナの能力も発揮されない。予知の利かない場所では集められた情報だけが頼りになるのだろう。 何かと不測の事態が起こり得る可能性のある国外だが、その不測の事態を出来る限り回避するために頑張りましたと集めた資料を掲げている。 「こちら、アザーバイド、識別名『鎧の蛇』よ。端的に言えば、鎧を纏った大蛇ね。 この体の中。丁度額の中にアーティファクトが埋まっているわ。『鐘の騎士』の額へ攻撃を加え取り出さないことにはアーティファクトへの攻撃は与えられないの」 アザーバイドに取り込まれたアーティファクトの効力は同化したてのために本領発揮には至らない。 しかし、アザーバイドに戦闘力を与えていることは確かだと世恋は告げた。 「希望論。アーティファクトは意志がある存在なの。今は蛇の中で眠っている。 もしも、起こすことが出来たなら、蛇を殺さずにアーティファクトを取り出すこともできるかもしれない」 それでも、可能性の範囲の話であり、殺すのが手っ取り早いと世恋はリベリスタを見回す。 「アザーバイドをこのまま野放しには出来ないし、アーティファクトだって置いておけないわ。 誰かが犠牲になる前に。美しい景観を護る為に。どうか、宜しくね」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:椿しいな | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年12月30日(月)22:45 |
||
|
||||
|
■メイン参加者 8人■ | |||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
● 誰かが言っていた。世界は残酷だ、と。 優しくない世界は常に不条理と不義理に溢れ、理不尽を罷り通らせる。 そんな物が罷り通る世界だからこそ、優しさが尊いものだと実感できるのだ。 丸い紫色を向けながら、雪を被っても美しい景観を崩さないワルシャワの歴史区画を眺めながら『アクスミラージュ』中山 真咲(BNE004687)は小さく吐息を漏らした。 ポーランドはお国柄、キリスト降誕祭(クリスマス)を家族や親戚で集まり過ごす。 その暖かさを感じた事がない『K2』小雪・綺沙羅(BNE003284)にとって、ぬくもりとは何と理解出来ないものか。 「……、暖かい」 生まれた時は知らずとも、物心付いた時には暖かなもの何一つ持ってはいなかった。 両親のぬくもりも、暖炉の火さえ自分にとっては羨ましくて、恨めしい。 ノートパソコンを抱き締めた両手に伝わる起動音が仄かに暖かさを伝えてくれるようだった。 誰かが言っていた。世界は、残酷だった。けれど、とても優しいのだ、と。 ● ポーランドはワルシャワ。首都であるこの街には美しい景観を残す歴史地区がある。その中にその教会はぽつりと存在していた。 日本から出国し、直ぐにこの教会に訪れた四条・理央(BNE000319)は海外旅行を楽しむ様に胸を躍らせた『ベビーマム』ミリー・ゴールド(BNE003737)を連れ立って、探索を行っている。 「ふぅん、綺麗なもんなのだわ。何かあるかしら?」 「少し、探してみようか」 伊達眼鏡のレンズ越しに理央が教会を覗く。きょろきょろと見回すミリーは神父の姿を探している。 『蛇』の姿をしたアザーバイド。その彼が望む神秘。人ならざるものが求めるものを探すが、この聖域にはどうやら存在して居ない。何処か不服そうな理央の元へと「こっちなのだわ」と明るいミリーの声が届く。 「神父さんに話を聞いてくるのだわ。ミリーに任せなさい! 情報はしっかり集めるのだわ!」 「うん、ボクは皆と一緒に対応してくる。こっちは任せるね」 そろそろ、彼が来る時間だろうから。 この国はアークのリベリスタには寛容だ。『かの事件』を経て英雄視されているということもあるが、何よりも何度かの事件で実績を残した極東の地のリベリスタ達へとポーランド現地リベリスタ達からの信頼が生まれて居たのだろう。 彼らの案内を受けて、『終極粉砕機構』富永・喜平(BNE000939)は降る雪を払いながら現場へと到着する。 美しい町並みに人々の姿は少ない。寒さの所為だろうか、閑散としている上に空は雪のせいで生憎ながら晴天の青を拝む事はできない。日本よりも冷え込む寒さに震えることなく肩に掛けたコートを改めて羽織り直した喜平は愛用している打撃系散弾銃「SUICIDAL/echo」を握り直して大仰な溜め息を吐いた。 「困った時の神頼み……それで解決すれば世の中楽なんだけどね」 やれやれと言わんばかりに竦めた肩に同意する様に俯いた『約束のスノウ・ライラック』浅雛・淑子(BNE004204)は長い雪色の髪を垂らし、両手を組み合わす。 淑子は神に祈るでは無く、己を何時だって守ってくれる両親へと祈る。それは彼女の習わしだ。今、この時にミリーが訪れて居る教会で教徒達の礼拝が行われてるその行為と同じ様に。 (お父様、お母様。どうか私達と――異界からのお客様を、護って) 異界、その言葉を思い浮かべるたびに心はどうにも晴れ渡らない。『深樹の眠仔』リオ フューム(BNE003213)の様に動物にも異界の生物にも開けた心の持ち主からすると、この『蛇退治』をそのまま遂行することは納得できない事例だ。 「望みがあるんだよな……」 ぽつりと、リオや淑子の横顔を眺めながら呟いた『銀狼のオクルス』草臥 木蓮(BNE002229)の首で揺れた婚約指輪は冬の外気に中てられて冷え切っている。頬に触れる雪の冷たさに、日本とはまた違った気候に身体を震わせた木蓮の瞳に映ったのは彼女の髪と同じ様な色をした体躯の巨大な蛇だった。 ずるり、と。身体を滑らせる姿。額に埋め込まれたアーティファクト――意思を持った災厄の存在『石』の所為であろうか、鎧を纏った様にも見えるその姿は騎士と呼ぶにも相応しい。 「蛇も石も、両方悪くないんだよな……?」 マフラーに埋めた口元だけが暖かい。木蓮の言葉に目を伏せて、愛用のパソコンから手を離し武装を解除した綺沙羅の瞳に宿された色は恐らくは同情だ。 自分と、同じだった。きっと。家は檻であり監獄だ。両親は看守か。自分を飼い虐げるだけの醜い存在。親だと言うラベルを張られた人間がそのラベルを元に両手を振り下ろす。大義名分の下に手を下すリベリスタと同じ様な―― 「……叶えて、やりたかったよ。きっとサンタにすら叶えられないことだって、分かってるんだ」 プレゼントを配り歩く伝説の人は夢や希望を与える存在だろうから。それでも、彼にも叶えられぬことはあるのだろう。 消え入るような声で呟いた謝罪に被さる様に、一歩踏み出したリオの瞳に宿された緊張の色に武装を解除せず、何時でも戦闘態勢には居れる様にと整えて居た喜平が身構える。 「ようこそ、ボトムチャンネルへ。そして、ごめんなさい。あなた達を通す訳にはいかないの」 両手を広げたリオの澄み透った鮮やかな紫に宿されたのは。 ● 「この教会に神様っているの? シルヴェスターを迎える前に此処にくればって話を聞いたんだけど」 物怖じせず、ポーランド語が使えなくともたどたどしくも伝える客人に神父は柔らかく笑った。 彼等は信仰の民だ。神に使える者だからこそミリーの言葉に優しく微笑んだのだろう。両手を組み合わせる教徒達に目を遣りながらミリーは「お願い事が叶うらしいと聞いたのだわ」と再度、念を押す様に神父へと問いかける。 「シルヴェスターの夜は一際盛り上がるんですよ、お客人。 そんな夜にひっそりと願いを叶えて欲しい人が居るのかもしれませんな」 ゆっくりと囁かれる言葉を聞きながら、ミリー・ゴールドは結い上げた金髪を揺らしてこてんと首を傾げる。 神秘的で、ロマンチックな話はどうやら直情型の少女にはあまり馴染みがない。 美しい教会を見回して、「神様はどこにだって、今、あなたの前にだっていますよ」と柔らかに告げられた言葉にミリーは納得したのか、していないのか。気難しそうな顔をして「分かったのだわ」と頷いた。 人避けの為にと結界を張り巡らせた真咲に念には念をと強結界を重ねた理央は緊張に胸を高鳴らせる。 誰かを救うために行動するのは誰かを倒すよりも難しい。万華鏡という予知の力が乏しい場所ではどうにも任務自体が難しく感じてしまうのだ。彼女が参加した英国の事件よりも難しいと思えるのはこれが討伐では無く救出任務だと彼女が考えているからか。 「小雪ちゃん、通訳をお願いしてもいいかな?」 「分かった。キサに任せて」 引き留め、怪我人が出る事は蛇にとっては何ら問題はないのだろう。人を殺す存在は人の生き死にを恐れない。足を止めて欲しいと告げる事が出来る異界との通訳者を介し、意思を伝えんと理央はその両目で蛇をしっかりと見つめていた。 「聴いて欲しい事がある。あんた達にとっても大事な話だから止まって欲しい」 淡々と告げる綺沙羅の言葉に耳を傾けながらふわりとしたドレスを揺らした淑子はスカートの裾を持ち上げて「こんにちは、淑子と言うわ」と蛇へと優しく囁いた。 両手を広げたリオの隣、同じ様に手を広げ、武器の存在が無い事を顕す真咲の表情も緊張の色が濃い。 (人じゃないのに人に憧れる蛇さんと、その願いを叶えたい石さん、か) 何の因果か。波長があったのか。石を拾い初めてできた友達だとはしゃいだという蛇は人間の姿を見るなり不信感を露わにし武装を続ける喜平へと恐怖心を剥き出しに襲い掛かる。その尾を受け止め、自身の身体を強固に強化した喜平が表情を歪めるが今は説得だと言う様に真咲が「聴いて」と続ける様に両手を広げた。 「……ごめんね、これ以上は進ませてあげられないんだ」 唇を噛み締めて、真咲の表情が歪んだのは蛇と石の物語にくさびを打ち込む様な気にもなった。 『大丈夫よ! ブリーフィングルームで皆いっぱい悩みあったじゃない! 上手く行くと良いわよね! それに、正直、難しい事ってわかんないけど、友達作りでしょ? それなら手伝うわよ!』 明るく、この場の誰よりも元気に満ち溢れた声が幻想纏いから響き渡る。 炎を思わせるミリーらしい燃え滾る明るさにほっと息を吐いた木蓮は身ぶり手ぶりでは何もできないと蛇と意思を通わせる事の出来るリオ、綺沙羅、淑子へとその役割を任せ、じっと見つめている。 「やれやれ……どんな奴だろうな。嫌な話し、『石』が友好的じゃなく蛇を唆してるだけという可能性もある」 「そうだね。でも、どうなのかは起きてからじゃないと分からない」 乾き切った口内に酸素を取り入れて吐き出す理央の言葉に攻撃を受け流しながらもしっかりと蛇を見据える喜平は頷いた。 武装を行っている彼が攻撃の為の集中と自分の強化を怠らなかったのは石がどの様な性格であるかが分からないからだ。第一印象は災厄の種。その災厄の種が『聖女』であるか、それとも人を惑わす『魔女』であるかは分からない。情を弄ぶ輩であればその代価を頂戴するのみだ。 「大丈夫。聴いてみましょう? あなたの友人にもお話しがあるんだけど、起こしてはくれないかしら」 不穏な空気を悟られぬ様。誰よりも優しく接すると淑子は心に決めて居た。 「いじわる、しないから。騎士のお友達の名前を聞きたいの。だから」 「大丈夫、起きて。――『Dzień dobry』」 リオの言葉に続き、綺沙羅が囁いた声に応える様にリベリスタ達の脳裏に響き渡ったのは件の『石』だったのだろう。 その声を聞き、教会から駆けてきたミリーは小さく頷いて「おはようだわ」と笑った。 ● 不信感と言うものは拭い難い。この蛇が人間に――武装した喜平に攻撃を与えたのは自身がこの世界に受け入れられない存在だと分かっていたのかもしれない。 「ふたり一緒に願いを叶えさせてあげられたら。そうじゃなくても、ふたり一緒に元の世界に送りかえらせる事が出来たら……」 ぎゅ、と掌に力を込めて真咲は大きな瞳で蛇を見詰める。起きた石と、攻撃を繰り出す蛇の往く手を遮りながら、優しさを以って接する事を忘れない。 いただきます、ごちそうさま。その二言を言わぬ様に。自分の出来る事を探す様に真咲は蛇と石へとその身を以って思いを伝えている。広げた両手に掠めた攻撃で、血が伝う。痛みに眉を寄せる真咲は耐える様に小さく笑った。 「大丈夫だよ。優しさに、触れさせてあげられるから」 「あのね、蛇さん。人間に持つ不信感は、何かがあったせいなの? それでも、人間になりたいと……その優しさに触れたいと願っているのでしょう?」 淑子は自分の言葉に吐き気を感じながらも懸命に紡いだ。童話に出るならば『わるい魔女』だ。 人魚姫の声を奪って王子様と出逢う切欠を与える魔女のように、白雪姫に毒林檎を渡す魔女のように。 「あなたは誰よりも人の優しさを信じてるのね。お願いよ。わたし達を信じては頂けないかしら」 ひどい、嘘吐きだ。 蛇が舌を出し、それでも警戒を弱めない中でゆっくりと歩みよって綺沙羅が両手を広げる。 ノートパソコンを抱き締めた時感じたぬくもりの様に。自分が得られなかった両親のぬくもりの様に。 ぎゅっと、抱き締めて。駄々を捏ねる子供の様に綺沙羅に対して受ける攻撃を彼女は耐える様に目を閉じる。 「石は災いを齎す。その災いは蛇を呑みこむ可能性だってあるんだ。キサ達は災厄を防がなくちゃならない」 「あなたは自分の正体を知っていた? 悪意が生みの親であると、知っているかしら。 災厄を防ぐために、あなたを殺さねばならぬ事はとても納得して欲しいとは言えない事ね」 吐き出す言葉に、リオはふるりと震える。蛇の動きが徐々に緩やかになっていくにつれて喜平が武器を降ろし、ゆっくりと理央が歩み寄った。 「君も、蛇を『災厄』には巻き込みたくないでしょ?」 返答を待つ様に喜平がじっと見つめている。彼の鼓動に重なる様に胸に入れた懐中時計が時を刻んでいる。 防御に徹して居た木蓮の手首を飾る腕時計が重ねる時も同じはずであるのに、秒針が重たく感じるのは何故だろうか。 「……石は如何しても壊さなくちゃならない。けど、蛇には生きる道が残ってるんだ」 自身が発する言葉に木蓮はどうしようもなく嫌気を感じて居た。 攻撃を行うでもなく、ただ、『言葉』だけで伝えるのはなんと難しい事か! 「仮に先に進んで人の姿を得たとしても、災厄を持ちこんでしまった者には人は優しさを向けられない。 お願いよ――私は争うことなく、穏便に済ませたいのよ」 リオの語調が段々と激しくなっていく。荒げられる声に、真咲が悴む掌を広げ蛇の表情を伺っている。 ゆっくりと歩みより、ミリーはこてんと首を傾げて淑子へと通訳を頼み「ねえ」と囁いた。 「沢山の人を不幸にしてしまってでも叶えたいことなの?」 ――。 「あなたも人間になりたかったの? ミリーはあなたとも友達になれたらきっと楽しかったと思うのだわ」 ―――。 「優しさって人の形をしてなきゃ触れられないもんじゃないと思うのよ。 一緒に住む事も、直ぐに合う事もできないけど、ちょっと遠い所に住むお友達にならなれると思うのだわ」 友達作りだ、とミリーは決めて居た。その言葉に頷き「お友達にならなれるよ」と微笑んだ真咲に蛇が舌を出し戸惑いを浮かべて居る。 脳裏に伝わる石の言葉に頷いて、淑子は『あなたにとっても友人であるなら、どうか』と懇願した。 友人である石の戸惑いに――馬鹿らしいほどに素直に「初めてできた友達だ」と大層喜んだ蛇に辛い思いをさせることになると自覚している彼に――綺沙羅は抱き締めながらぽつりと呟いた。 「あんた達が優しさに触れられる世界で有れば良かった。神の奇跡があれば良かった。 あんた達と、友人になれる時間があればよかった」 得られる時に得られない。その存在を自覚しながら、欲しながらも手にする事の出来ない不安な毎日に。 どうしようもなく辛さだけが胸に過ぎる。 「友達を壊したくはないのだわ。蛇が悲しむだけだもの」 ――――。 「それでも、あなたが、蛇が生きる事を選んでくれるなら」 脳裏に直接囁かれる声に淑子は眼を伏せ返す。成り行きを見守っていた理央が「破壊させて貰いたい」としっかりと意思を固めて伝えれば石はその行為を促す様に蛇の額から零れ落ちた。 あ、と声を出す様に眼を開く蛇の姿はなんと痛ましいのか。 「……知ってるか? 生物は二回死ぬんだよ。一度目は命が消える時、二度目は忘れられる時。 亡くした誰かの事を覚えておく奴が必要だろ? だから、こいつのこと覚えておいてやってくれよ」 災厄の塊を見詰めながら蛇は応えることも出来ないままにちろりと舌を出す。 優しさに触れる為、初めてできた友達と人になって二人で凄そう。きっとこんなバケモノじゃなければ人だって優しい筈なのだから。 閑散とした美しい街並みで、降る雪に埋もれるように舌を出して。 ――シルヴェスターを迎える前に何としても教会に辿りつこう。きっとそこには神様がいるよ。 「神様ってどこにでも存在してるらしいのだわ。だから、大丈夫よ。ミリーが友達になったげるから」 寂しくなんてないから。人間じゃなくっても優しさに触れられる。 言葉と言うものは魔法の様なものだ。使い方を誤れば悪い方向に行くこともある。良い方向に行く可能性だって捨てきれない。蛇が戸惑い、与えた攻撃がリベリスタ達にとって打撃であったのは言わずもがなだ。だが、懸命な説得は確かに届いたのだろう。 「Dziękuję……」 伸ばした綺沙羅の指先が冷たい鱗を撫でる。微動だにしない蛇の体は冷たく、ぬくもりを感じられない。 それでも、傷を負いながら抱き締めた彼女は「暖かい」と囁いて眼を伏せた。 喜平が構えた打撃系散弾銃「SUICIDAL/echo」は蛇を狙っていた。だが、攻撃の必要もないだろう。彼は帰っていく。平和的解決を望んでいた喜平が漏らした溜め息は安堵からか、それとも拍子抜けしたものかは分からない。 ぱりん、と余りにも呆気なく。軽い音を立てて割れた石は「イタダキマス」と「ゴチソウサマ」を告げた真咲の手によってだ。 石であれど、それは意思があり話す事も出来た存在だ。命を奪ったことには違いない。命を奪う時は何時だって告げる言葉に重みを感じ、真咲はその身に合わぬ巨大な斧を握りしめて俯いた。 眼を伏せた蛇の中にもう『友達』は存在して居ない。初めてできた友達が居ない事に蛇は小さく舌を出すだけだった。 名前すら存在して居ない『石』の欠片を見詰めてリオは白い息を吐く。 「この世界の神は、とても意地悪だから」 天竺葵。カーネーション咲きは花弁のフチが細かく切れ込み、可愛らしく見える。その花へときっと彼が欲しがった思いを込めて。 差し出した花の愛らしさに蛇が「嗚呼」と囁いた。帰り路は知っているから、彼と一緒に送って行こう。 はらり、と降った雪にそろそろシルヴェスターの夜を迎えるのだなと実感する。 寒さに身を縮こまらせたミリーが帰りましょうと仲間を振り仰いだ。 その夜が、明ける前に。 |
■シナリオ結果■ | |||
|
|||
■あとがき■ | |||
|