● クリスマスを控えた十二月の終わり。吐く息も白くなった早朝の事。 煌びやかに彩られた街から二時間余りも電車に揺られて見れば、そこには古い日本の面影が残されている。 一度目の下車。乗り換えの為にホームを渡り冷え切った空のコーヒー缶を屑篭に捨てる。 開店間際の蕎麦屋から良い香りがしたけれど、見知った味だからここは駅弁を一つ買った。 次の電車まであと二十七分もあったから、おっさんはヤカンが乗せられたストーブを眺めながら弁当の包みを開いた。中は鶏そぼろ飯、から揚げが一つ、鶏の焼物が三切れ、出汁巻き、漬物、煮物だ。朝から贅沢をしたものであるが、それは未だ目的とは程遠い。 山間を走る単線の電車はワンマンと呼ばれる形式で、レトロな乗車券は今や物珍しく映る。 揺られ揺られてまた一時間。これで二度目の下車だ。 鄙びたホーム降り立ち電車を見送れば、枕木に残雪が積もっている。 それにしても寒い。早い所、宿にたどり着いて一杯ひっかけたいものだ。いやその前に温泉か。 無人の改札口を出て、一人バスを待つおっさん。目的地は温泉宿だ。 大小様々、二十四の湯を持つと言うその宿が誇るのは、何より源泉掛け流しの塩化物泉だ。 僅かに薄黄緑色の湯はこの宿の個性だ。様々な効能を持ち、何より湯冷めしづらいらしい。 それに――この旅で何よりおっさんが愉しみなのは冬の海の幸だった。地酒も良いらしく、心が躍る。 その時だった。 「下がってて!」 炸裂音。石ころのエリューションがリベリスタの一撃の元に粉砕された。 アークのリベリスタ達の勝利だ。 神秘は秘匿するべし。おっさんは記憶を消され、哀れ自宅に戻されてしまったと言う。 ● 「行きましょう」 開口一番、『翠玉公主』エスターテ・ダ・レオンフォルテ(nBNE000218)はそう述べた。 「え、温泉?」 「はい」 アークのリベリスタは田舎の町で石ころのエリューションを倒したと言う。 報告書には見当たらない気がするが、深く考えてはいけない。 「ちょっと可哀想だな」 被害に遭う予定だったおっさんは記憶を消され、哀れ自宅へ戻る羽目になったようだ。 最も、命を失うよりはマシなのだろうが。 兎も角。リベリスタによってもたらされた情報は、アークにちょっとした衝撃を与えたのだ。 そこには、イイ感じの温泉があったのである。 パンフレットの頁を捲れば、空想も膨らんでくる。 大きな和風の建物に、温泉施設がいくつか。それから広い中庭まで完備されているではないか。 冷え切った身体を綺麗に洗い流し、湯船にそっと沈めれば強張った足先から痺れるような暖かさが身体中に広がってくる。外は寒い季節だが、露天風呂にゆっくりとつかれば身体は芯まで暖かくなるから、辺りを覆わんと降り続ける雪も風流に思えて来る。 お食事は和食のコースで。食前の梅酒を頂きながら先付けに箸を伸ばす。切干大根か。前菜の小皿には海老芋とレンコン、カニ、小鉢に入った胡麻豆腐等。酢の物は氷頭なますだろうか。 お酒のメニューに視線を走らせて。さあ、何を頂こう―― |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:pipi | ||||
■難易度:VERY EASY | ■ イベントシナリオ | |||
■参加人数制限: なし | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年01月02日(木)23:06 |
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●男湯 「ふう……」 つい、声が漏れてしまうのも無理はない。 僅かに粉雪舞う朝の露天風呂には、まず入るまでが一苦労なのだ。 更衣室で服を脱ぎ、手ぬぐいと共に洗い場へ向かうだけで身体はしんと冷えてくる。 身体をしっかりと清め、いざ内湯の戸を開いて外に出れば、凍てついた空気が全身を刺し貫いてくる。 寒さと戦いながら、つるつるとした石の階段を転ばぬ様にゆっくりと歩く。 そうして漸くたどり着き、ゆっくりと湯船に身体を沈めるのだ。 やっぱり気持ちが良いものだ。湯船に浸かりながらそう想い三郎太は目を閉じた。 年も暮れならば、そうしているとふと最近の出来事を思い返すのも、また常だろう。 お姫様おすすめの洋食屋に、ハロウィンに。 『こんなにステキな温泉旅館だったなら』 そんなお姫様と一緒しても良かったとも想ったり―― 兎も角。温泉である。温泉と言えば露天風呂である。 空を仰ぎ、広々と足が伸ばせる。 例えれば行儀は悪いのだが、泳いでしまえる程の広さというのは、やはり別格の心地よさがあるだろう。 比べて部屋の内風呂は温泉としての効能は兎も角、開放感では家の風呂と変わらないとも想ってしまう。 ただ一つだけ――残念なのは混浴でないことか。 毒島桃次郎。胸はタオルで隠す派のロリロリな男の娘。見た目は少女でも、中身はれっきとした健全男子ならば想う事もある。 もしも事を起す派が居るなら、口では避難しつつもさりげなく混ざったりなんかしてしまう風情もあれど、この温泉旅行は、今のところけっこう健全な感じなのであった。 ●骨休め 所変わって岩と仕切りを隔てればこちらは女湯である。 その言葉で集まったのは天乃、紫月、エフィカの三名だ。 未だ午前中の、少しひっそりとした温泉に浸かりにと紫月の計らいで。 「背中でも、流そう」 とは天乃。フライエンジェの背を流す機会なんてそうそうないから、特に羽の辺りは丁寧にしてみたいのだ。 「そうですね」 微笑む紫月の胸元を、ついぞ見てしまうエフィカ。 別に見ようとした訳ではないが、そこには姉譲りの二門巨砲が鎮座していらっしゃるのだから仕方が無い。 こう、ちょっとその。軽く落ち込みそうである。 それでも笑顔を振りまく健気なエフィカ。 「良いなぁ……」 これでも結構意識して色々頑張っているつもりなのだが、これは遺伝なのだろうか。 そのハイライトはゆっくりとログアウトして行くのだった―― さておき。湯浴みである。 「……ふぅ、良い温泉ですね」 肩までそっと入れば、お湯の温かみが全身に広がって行く。 「疲れが少しずつ溶けていく様です……」 さて骨休めである。激闘に激闘を重ねた天乃にとって、これ以上ぴったりなものはない。 全身を浸して五感の全てで湯を感じるのだ。 「ん―――っ、何だかこういうの久しぶりな気がしますーっ」 程よく温い露天風呂では、エフィカの全身が解きほぐされて往くのを感じる。 「あ、えと、エフィカさん。その。こんにちは……」 「こんにちは」 一足先、一人湯船に浸かっていたエスターテも交えて、四人ゆっくりと湯治を愉しむ。 「そういえば、エフィカさんは普段から旅行などによく出かけられるとの事ですし……温泉地にもよく足を運ぶのでしょうか?」 「温泉ですか? はい、大きいお風呂大好きですよっ」 問う紫月にエフィカが答える。 「皆さんは、どんな所に行かれたのですか?」 おずおずと尋ねるエスターテ。 「武者修行であちこち回った、けど……旅行というよりは、旅だったから、ね」 両腕をゆっくりと伸ばして、天乃が返す。 「観光地、には詳しくは無いけど……温泉なら幾つか、回ったよ」 なるほど、そういうのもあるのか。エスターテはなぜか神妙に頷く。 道後や白馬は天乃の良く記憶する温泉だ。特に長野は白馬、冬であれば雪に囲まれ風情も楽しめる。一方のここ静岡では、今はまだ小降りなのだ。 ともかく旅行と武者修行。目的は違えど兼ねた所もあるという事か。ならばいっそ、次は温泉以外に行ってみたい所も出てくるというもの。 「温泉だけでなく、何れはエフィカさんのお勧めの旅行地に行ってみたいですね。それこそ、新しい場所を一緒に開拓……という手もありますが」 「あ、それじゃあハイキングとかどうですか? 晴れた日にお弁当持って」 「楽しそうです」 ゆっくりと身体を温めて。 「料理も美味しいとの事ですし、時間はまだありますから……楽しんで帰りましょうね」 お昼ご飯にするのだ。 外なのに水着を着ないという風習に、半年以上も前には戸惑いもしたリリス。異世界からの来訪者である。 とはいえ幾度目かになれば風情も掴めて来る。 『ん~……暖かくて幸せぇ~……』 口元まで沈み込む。 そうして想うのは矢張り温泉というのは普通のお風呂とは違うという事だ。こればかりは自宅では味わえない。 「気持ちいいねぇ……。身体がポカポカあたたまるよ」 同じ世界からやってきたリリィも共に、この世界にも慣れたものである。 貸切ならばお酒なんかも用意出来たりして、リリィがリリスの為に頼んだのは熱燗だ。これで冷え切った体も内から外からじんわりと温まってくる。 リリィに注がれたお猪口から、一口飲めば身体が温まり、二口飲めばふわふわと楽しくなってくる。 「……今までワインばかり飲んでたけどぉ……コレはコレで良いかもだねぇ~」 ともすればむせがちな熱燗のアルコールに負けない山廃純米の香りが心地よい。 リリスが誇る長く美しい髪がリリィに絡まぬ様にまとめていれば、このまま酔っても大丈夫な様、リリィによって片隅の浅瀬へと誘導される。狭いかと思いきやしっぽりとした風情は乙なものだった。細やかな気遣いだ。 身体が十分に温まってくれば、今度は冷酒も欲しくなってくる。運ばれたのは同じく石川、別の蔵元から香りと飲み口の良い純米大吟醸。リリィも一緒に頂いてしまうのだ。 ずるっ。 「お姉ちゃん、大丈夫……?」 リリィはふらりとしたリリスを膝の上に乗せてぎゅっと抱きしめる。二合、三合と進んでくればちょっと危ないけれど、こうしていれればきっと安心だ。 ふわふわで。気持ちがよくて―― 「リリィちゃん、大好き~……」 「私もお姉ちゃん大好きだよ」 すう、と。返事は健やかな寝息だけ。もうすこしのんびりとこのままで。 「もう少し温まったらお風呂出ようね」 起きたらお布団に寝かせないと。 ●堕天~グレタイム~ みんなで一緒に温泉! 「マリアと愉快な仲間達で温泉にゃっはー!」 「なんかちょっとした家族旅行的な感じやね」 テンションを上げるみんなの還暦プラスワン。レイラインに椿が答える。 と、こうして揃ったのは数名の女子。女子会ではなく家族旅行と来れば、みんなのグレさんこと紅椿組の『一家』に見えて来るのはご愛嬌か。 兎も角、先の倫敦事変の慰労もかねて、一同はのんびりと羽を伸ばすつもりなのである。 「マリアも頑張ったのだからご褒美が必要ね?」 氷璃がマリアの髪をそっと撫でる。どちらが先にヤードを救えるか。例のパンダ根暗との勝負には敗れたが、彼女等の主目的たる戦闘結果は良好なものだった。その上リベリスタ達は作戦全体の勝利も掴んでいるのだから良いではないか。なにより休息だって必要だ。 「前頑張ったご褒美? 何かしら」 「後でご馳走を食べましょう」 きゃっきゃとはしゃぐマリアの瞳はイタズラ気に輝いている。 「但し、お風呂で大騒ぎしたらデザート抜きよ?」 一向が脱衣場の扉を開けると、彼女等を出迎えたのは暖かな湯気と―― 風呂っていいよな。 なんつーか、こうあったけーし―― 広い湯船の中で手足を伸ばし、瀬恋は日ごろの疲れをぶっ飛ばすのだ。 苛烈な戦いぶりに定評のある瀬恋の事、こうした日々の有り難味は一入なのかもしれない。 「あー、極楽極楽っと。クミチョー!?」 「組長ちゃうわ!」 と、こうして『年末やし、ゆっくり過ごそか』と、そう思った瞬間が、椿にもあった筈なのだが―― 「あっ大きなプール!」 そう見えるのも無理はない。 「遊んでいいのよね!?」 クレイジーマリア。間髪いれずにレッツダイブ。 ばっしゃーん! 「これこれ、ちゃんと頭を洗ってから湯船に……にゃぷっ!?」 ばぁっしゃーん! 「こりゃ! お風呂で暴れるんじゃにゃ……にゃぶぶっ!?」 BBA――N! 「もー、大人しくしにゃさい!」 頭からお湯をぶちまけるレイライン。 とはいえ舐められたら負けだ。誰にもマリアは止められない。ここは葬操曲でも一発―― 「うるせー静かにしろ!」 頭から水を滴らせ、マリアを思い切り湯船に沈める瀬恋。 氷璃はため息一つ。 『まぁ、騒がないようにと釘を刺した結果、騒いで湯船に沈められるのは様式美かしら?』 流石のマリアもこれには大人しくなるが、口はへの字に、上気した頬はちょっと膨れている。 「あぁ、でも騒いだからってあんまり過激なお仕置きは……」 駆けつけた椿はマリアを庇うが、騒いだら他の人の迷惑になることは伝えねばなるまい。 「のんびりしとるところを無理やり邪魔されたら、マリアさんやって嫌やろ?」 それに葬操曲は――その。 「や、やらないわよぅ……っ」 素直になれないお年頃のマリアの髪を、瀬恋はそっと梳る。 「そういやお前の髪サラサラだな」 濡れて尚、指通り良いのは少女の特権か。 「髪触られるとくすぐったいわ!」 ともかく身体を洗わねば湯も楽しめぬ。 「クミチョーもこの前撫でた時サラサラだったし、宵咲のネーサンも見た感じそれっぽいな」 「マリアは元より椿やレイラインも良い髪質ね」 「折角の綺麗な髪なんじゃから、お手入れはしっかりしないとダメじゃよ?」 さらさらとした髪には手入れも欠かせぬとは言え、瀬恋には少々面倒にも思え。 「ま、そんかわりって訳じゃねーけど、この中での発育はアタシが一番みてーだな」 『……所でさっきから妙に視線を感じるんじゃが』 その、主に胸部に。 「ま、ごく一部分に関しちゃレイラインのネーサンには全然かなわねーけどな」 「……こう、皆と並ぶとあれやな……うちほんまに成長してへんな……」 胸部に関しては瀬恋よりレイラインか。 「こんなもの、重いだけで有り難味なんて大してないんじゃけどのう……」 ……ひっ! さ、殺気!? だが他は―― 「瀬恋も確りと女を磨けば見違えそうだけれど、世界には椿のような体型を好む男性も多いわ」 しっかりと需要はある。氷璃お姉様の含蓄あるお言葉。 「それなんかあんまり嬉しくないんやけど!?」 と、そんな中。 「マリアに構いなさい、構いなさいよ!」 年相応の少女、素直になれない心の本音がついぞ零れて。 「よかったら大きな羽、洗うの手伝って頂戴くるしゅうないわ、愚民共!」 「ほれ、お婆ちゃんが洗ってあげるのじゃ」 レイラインが微笑む。 初めての温泉。ゆっくり浸かって。ご飯を食べて、お部屋でゆっくりとして。楽しみはまだまだこれからなのだ。 ● さて。 こちらどこまでやっちゃっていいのか際どいポイント。 金髪碧眼細マッチョのイケメンが堂々と女湯に入っていく。身の丈は百八十センチメートルだろうか。 何より大変なのは顔に縞パンをつけている所。『中身はきんば』という紙だけがキンバレイである事を示していた。 その姿は彼女の父の姿。『温泉に行く』と言ったら『女湯に行きたい』と言うので、その願いをかなえる約束をしたのである。 お父さん。社会的フェイトか何かがマッハという気がするが、最早いつもの事という気もしないでもない。 大丈夫なの? ねえこれ、大丈夫なの!? ● 温泉から出たあとはやっぱりこれだ。三郎太はビン牛乳の蓋をかぱっと開く。 今日びビン牛乳というのは、こういう時でなければ飲めない気もするから。 ここはソファーに背を預けて一気飲みだ。 何から何まで、しっかりと満喫する。それが明日の活力になるのだから―― その外。旅館から一歩足を踏み出せば、そこには小さな町が広がっている。 温泉街特有の独特の風情は、懐かしい昭和の気配を漂わせているのだ。 浴衣だけでは寒いので、凛子は丹前を羽織り、リルはマフラーを巻いて防寒である。 温泉に入り、骨までぽかぽかになっているとはいえ、ずっとこのままでは湯冷めしてしまいそうだから、戻ったらもう一度入りなおすほうがいいのかもしれない。 「雪ッスか」 午前中には僅かに舞っていただけの雪は、午後になり少しずつ強さを増してきている。あと小一時間もすれば本格的に降ってくるだろう。 「冷えますよね」 それから二人で、ぎゅっと手を繋いで。寒くないように。 「そのまま雪見風呂も風流ッスかね」 石畳をゆっくりと歩く。 みやげ物屋の中にあるレトロなゲーム屋さんが目を惹いた。もちろん今時の電子ゲームが売っている訳ではなく射撃やピンボール等を愉しむのだ。 「ピンボールとかありますが……リルさんは知らないですか?」 「リルは、ゲーム機、あまり自体見たこと無いんスよね。こういう古いのは新鮮ッスよ」 ちょっと触ってみたいが、きっと瞬く間に時間が過ぎてしまうからここは我慢だ。湯冷めしてはかなわない。 「凛子さん物知りッスね。日本に来る前はそういう余裕もなかったッスから」 「……私の方が年上ですからね」 いくらかのお土産を購入して、宿のほうに歩き戻ればおいしそうなお饅頭屋さんがあったりして。 「寄ってらっしゃい?」 優しげな老婆に惹かれ、店の戸に入ればそこは暖かく、すぐさまお茶を出されればついつい二つ買ってしまう。 二人寄り添い口に運べば、もちもちの皮に包まれた漉し餡が優しい。 食べ終えれば外はとうとう雪だ。天気予報――アークの情報から予測していた凛子は風流な和傘を一本開いた。 そっと身を寄り添えて凛子が囁く。 「帰ったら部屋の露天風呂に一緒に入りますか?」 「一緒に入ってもいいんスか?」 耳元がくすぐったくて、照れくさくて。 「冗談ッスよ」 照れ隠しの攻撃のつもりだったけれど。 「ふふっ、リルさんとなら本当に入って良いですよ。」 睦まじく―― ● 親友が宿に到着する時間だったから。宿の玄関まで迎えたエスターテである。 既に浴衣。午前中にひと浴びしたけれど、昼食をとって一息つけばまた入りたくもなってくる。 ルアはそんな彼女の手を引くと、部屋に荷物を置くなり駆け出した。 寒くって寒くってもうどうにもならないから、とにかく二人で温泉に入るのだ。 即刻、服を脱ぎ捨てて速度286の特攻だ。 ガラ! タタタッ! ツルン――ガッ! ザブーン! 「ルア、さんっ!?」 「びええええええ! 鼻にお湯入ったぁあああ!」 其れはさて置き。並んでゆっくりお風呂である。 ルアは髪は頭の上でお団子にして、エスターテは結んで。 湯船の端の石に手を掛けて後ろに足を伸ばしたり、彼女と胸の大きさを比べてみたり。 胸元はあまり違わないけれど、ほんの少しだけエスターテの背が高い事をルアは知っている。 出会った頃はルアのほうが大きかったのに。 成長期ね…… これからきっと、親友は大人の女性になっていく。ルアはそのまま小さいままで。 それでもずっと一緒に居たいから、ルアはお風呂の中で親友の身体を抱きしめた。 革醒。ティーンズの少女から一度子供の姿に戻ってから、ルアはそのままだったから。親友がきっとこれからどうなるのか少しだけ分かっている。教えてあげなきゃいけないことも、きっとあるのだろう。 「え、と、その……」 「あれ、エスターテちゃん顔赤いよ、のぼせちゃった!?」 「はい、少し……」 湯上りのジースが休憩室に来て見れば、ふらふらしたエスターテを肩に抱えたルアが右往左往している。親友の額にフルーツ牛乳をあててなんだか騒がしい。 「大丈夫か?」 とりあえずそのまま体重を預けさせ、ソファにそっと寝かせてやる。いつもは青白い顔をしている少女が、今日は赤く色づいているのだ。のぼせたか。 「冷たいタオルとお水持ってきたよ!」 超速ダッシュで整った看護体制に一安心。とりあえず冷えたタオルを首の後ろに敷いてやる。 「少し寝てれば大丈夫」 姉が水を飲ませる姿を眺めながら、ジースも漸くほっと一息。 それから三十分。仰ぎながらのブレイクフィアーと傷癒術が効いたのか、エスターテもようやく起き上がる。 「え、と、その。すみませんでした……」 ぺこりと頭を下げる姿はどうにか元気を取り戻したように見える。 「一休みしたら食事でもするか」 「エスターテちゃんも一緒に食べるの!」 「はい……!」 仲睦まじい姉とエスターテの姿が微笑ましくて、けれどじわりと胸の奥に染み込む淡い切なさは――いや、きっと気のせいだろう。 二人の笑顔を見るのが花護竜には嬉しい事なのだから、と。 『温泉、素晴らしいですね』 珍n……那由他もその昔は直ぐにお風呂を上がっていたのだが、ゆっくりと身体を暖める事にも幸せを感じるようになったものだ。あらさ……オトナになったからだろうか。 なにより温泉客が可愛い子揃いというのも素晴らしい事だ。 お気に入りの某月の座や、気になる可愛いみかんなフォーチュナの姿はないけれど、兎も角。 世界屈指の戦闘能力を誇るアークであるが、なぜだか女子のレベルの高さも素晴らしいのである。 と、ふと見れば一端部屋に戻ろうとするエスターテの姿が目にとまる。 「あ、山田さ…「那由他とお呼びください」 危ない所だった。 「コーヒー牛乳とか、奢りますよ?」 「い、いえ。その」 どうやら飲んだばかりらしい。 まあ。特にこれといった用件はなかったが、余り接点も無かったし、これを機会に親交を深めようかと思った訳なのだ。それに何よりエスターテからは――那由他好みの匂いを感じるのだ。 「誰かの不幸を悲しめるその優しい心、失くさないでくださいね?」 「え、えと」 戸惑う少女に那由他はすっと近寄る。 「あ、ところで質問なんですが」 「はい」 「抱き締めても、構いませんか?」 「いえ、え、と」 慌てたように、めまぐるしく表情を変えながら戸惑う少女に那由他は微笑む。 突然、面と向かってそんなことを言われても困るのであろうか。 「それは、ちょっと」 珍ね――残念な結末であった。 同じく休憩室。 こちら祥子と義弘の二人も湯上りだ。 恋人同士なら、混浴がないのはちょっと残念だったりもするが。それはさておき祥子にとって久しぶりの温泉だ。 「見てみて、美肌効果♪」 うら若い彼女にとって身体が温まるのは嬉しいのは当然。肌だってもっとすべすべになった気がする。 義弘の目にも、頬にほんのり赤みがさした姿はいつもよりもっと綺麗に見えていたりもして。 「いやまあ、その、浴衣も似合ってるぞ、祥子。うん」 まだいくぶか湿った髪を照れ隠しに撫でてみた。 お食事の前に二人。定番のコーヒー牛乳を買ってソファに腰を降ろせばとりとめもない話に花が咲く。 温泉が気持ちよかった事。この後のおいしそうな夕食の話。 そんな他愛も無い話が楽しくて、時を忘れてしまいそうだ。 夕食後にはもう一度お風呂に入るつもりだが、義弘にはちょっと気になっている所があったりもする。 一階の片隅にひっそりとあるオーセンティックバーだ。 「バーにでも行ってみないか?」 出たら、またこうして待ち合わせして。 「え? バーもあるの? いいね、行ってみたい」 祥子が営むお店とは、どこか似ていて違うお店だ。 「こういう雰囲気で二人で飲む、というのもいいだろう?」 是非も無い。 酔いつぶれちゃったらもったいないから、飲みすぎないように気を付けないとね♪ ● 日も暮れて、いよいよ第二の楽しみ宴会である。 「浴衣姿のターテもかぁいいな~!」 「いえ。え、と、その」 ルアとジースに連れられてやってきたエスターテ一行に、ツァインはすぐさま席を用意する。 「さぁさぁ食おうぜ!」 目の前には、次々と料理が運ばれてくる。 「今年もお疲れ様でしたー! 乾杯~~ッ!」 「はい、乾杯……っ」 「乾杯!」 「かんぱーい!」 ツァインはお酒、子供組はウーロン茶で。 まずは先付けに箸を伸ばして、蓋を開けてゆく。 「さて、俺は牡蠣のグラタンと揚げ物が美味そうと見るがどうかなグルメ公っ?」 「え、と」 おずおずと答える。 「このゆり根、です……」 しゃきしゃきと供される事の多いゆり根だが、ここでは一つ一つ丹念に解して香ばしくほくほくな掻き揚げに仕立てられている様だ。芋の様なでんぷん質の食感と、独特の爽やかな香りが―― 「ま、まいった……さすがだぜ……」 ずいぶん渋い好みであった。 おなか、すいた…… お腹からぐぎゅるるると可愛らしい音を立て、はらぺこ少女シエナがやってきた。 アークに来て日の浅い彼女の事、特に誰かと連れ立つ約束は無かったけれど、この温泉企画を立てたらしいエスターテが遠慮がちに呼ぶのでそこに座ってみる。折角だから少しくらいお話も出来たらと思っていたから丁度よかった。 方や現代の魔女として研究機関に能力開発された少女。方やお人形然としたクラシカルな少女。そんな二人は対極的な面もあれど、どこか似ているのはその浮世離れした気配だろうか。 「沢山、ですね」 エスターテの問いは、シエナの前に並んだ大量の料理への驚きである。 「前にいた、ウェールズの研究所の人に、言われた……の」 ぽつりぽつりと話し始めるシエナは、体の中が機械になったメタルフレームであるようだ。 そのせいか燃費がとってもとっても悪いらしい。 「食べても食べても、おなかがすくの。オールウェイズ、空腹?」 けれどここはご飯がいっぱいだから、安心。そう、安心なのだ。 先付けにお刺身、酢の物はちょっと渋好みのお味だが。 「ん、牡蠣のグラタン、おいしい」 少女達にもお口に合うものがあって良かった。 「もうちょっと、もらいたい、な」 あと二十皿――? それからお鍋だ。四合の土鍋にお豆腐、お野菜、カニ足、鶏肉、鳥団子等がたっぷりと詰まっている。 「日本の人っていいね」 「はい」 シエナの何気ない問いにエスターテが即答する。シチリア生まれの少女は、いつしか日本の料理がお気に入りになっていたから。 「みんな、こんなに大きくて深いお皿で、ごはんを食べるんだ……ね」 抱えないと大変だと主張するシエナ。 「え、と、それは」 あれ? 「……え? 一人分、だよね?」 「……え?」 「……え??」 足りなくなったらまた頼めるから、やっぱり安心だ。 「牡蠣よこしなさい牡蠣!」 こちら、近くに陣取った騒がしいお姉さんは、おなじみ杏である。 「グラタンだけじゃなくてもっといろんな牡蠣料理を出しなさい!」 彼女が一番好きな食べ方は『殻付きバーベキュー』なのである。 ふと近くを見やれば、エスターテが何人かと楽しそうにやっている。 いままで幾度も、なんとなく見守って来ていたが、とりあえず大丈夫そうだ。 これと言って話すこともなかったが、元気にやっているならそれでいいだろう。 さて。用意された一人用の七輪に、新鮮な牡蠣を殻ごと乗せてくつくつと煮立たせる。 そこに醤油をたらしてレモンをひと絞りしていただくのだ。ぷりぷりとした身から溢れる旨みが口いっぱいに広がって。 「これに勝る食べ方はないと思うわ」 ご尤も。 そして海産物と来れば日本酒だ。彼女が薦めるのは広島の大吟醸。すっと辛口でフルーティな香りが胸に広がる。 ああ、牡蠣食べたい牡蠣。バーベキューは元より。お刺身に、天麩羅にお鍋。オリーブオイルでくつくつ煮込んだアヒージョに、意外な所でクリームコロッケ。色々な牡蠣料理を検索させる事で『誰かさん』に間接的な飯テロを行ってやるのである。って、どういう事なの>< 「なあターテ」 「はい」 「海外の依頼もくるようになったし、世界中の美味いもん色々食いに行けるといいよなぁ~」 「――っ!」 ツァインは今、とんでもないことを言ってしまった気がする。 静謐を湛えたエメラルドの瞳が輝いている。もう、きっと手遅れだ。 ●女子会 宴もたけなわ。こちらは騒ぎ隊。 4にんで2013ねんおつかれさまじょしかいするのだ。 そんなこんなで集まったのがミーノ、フランシスカ、リュミエールそしてシュスカことシュスタイナである。 「みんなでおとまり! ちょーごーかなゆうごはん!」 にゃっほい! みんなで女子会、忘年会。無礼講だ! 今年は色々あった、疲れたとはフランシスカだが、皆も同じ想いである。 隣に座るシュスカだって嫌な事を忘れるがごとく、ぱーっと騒いで過ごすつもりだ。 「みんな、おつかれさまでした、なの~」 「うん、おつかれさまー! さー、今日は飲んで食って騒ごう!」 という訳で、まずは飲み物だ。 「らいねん18さいのミーノ! おねいさん!」 さいしょはみんなにじゅーすをついでまわるの~である。 「コイツ一応数日早生まれナンダヨナシンシ゛ラレネーコトニ」 『そういやミーノもそんな年なのね』 「フランシスカ20ナノカ、ミエネエナ」 そんなフランシスカも今年で二十歳である。 それにしてもあのミーノ。来年で十八歳だと言う。戦場ではちょー頼りになるわんだふるさぽーたーだが、少女と言うか幼女と言うか。いや、まあ。ミーノはミーノだ。 「あらあらおきゃくさん、まずはいっぱい!」←ぼーよみ気味 「おっとと、はい、ありがとう」 ともあれ注がれたジュースで、まずは―― 「「「「かんぱーい!」」」」 \ふぉぉぉぉぉぉーーーーvvvvv/ 「さーて、料理!」 少女達の眼前にお料理が次々と運び込まれる。 「ミーノせれくしょん!」 七輪のカニ、おっきな海老。どちらもお刺身でも頂ける鮮度らしい。 一人用の焼き物皿の下に火をつけて、良い音を立て始めるのは小さなステーキ。和牛の霜降りだ。 それから肉汁溢れるハンバーグにすき焼き、しゃぶしゃぶ、食後にはケーキとプリンだ。 「うお、すごい量だわ」 ともあれ。 「全部食い尽くすのみ!」 いっただきまーす! 「日本料理カ」 リュミエールの前に並んでいる大部分は、紛れも無いソレである。 そしてそれを囲む外国人。お箸的な所が、ちょっと面倒くさい。 「ソウイヤ日本人イネーナこの面子」 言われて見れば…… 「今日は二人ジャネーシ会話位シヨウゼ」 9ほんのしっぽがぜんかいでゆれているから、ミーノのきつねみみもぴこぴこMAX! 「ソウイヤ良く言われるがモフリタイカ?」 そんなこんなで楽しいおしゃべりと美味しいお食事。けれどシュスカの箸がとまってしまうのは―― (年上の方に失礼だけれど、なにこの可愛い生き物) 運ばれてきたお料理をぱくぱくと食べるミーノの愛らしい姿を、ついついじっと見てしまうのだ。 「少しは落ち着いて食エ」 ミーノの為に料理をとりわけ、配分良く食べさせて往くリュミエール。 尻尾を揺らしながらかいがいしく世話している姿も、シュスカにはまたなんだか可愛らしくて。 ふふ……じゃあ。 「フランさん、あーんしてあげましょうか?」 「え? あ? あーん?」 「シュスカ無礼講カ、ナラお前ニモアーンシテヤロウ」 一瞬の硬直。けれど困惑しつつも断れず、フランシスカはなんだかこの子達には冷たくは出来ないのだ。 「……ああ、うん。好きにしてよ」 喧嘩早く猪突猛進。何より戦いと誇りを胸に抱いて生きてきた彼女も、少し丸くなったのだろうか。 もしかしたら嫌がられるかもしれないと思ったシュスカだが、フランシスカのまんざらでもない様子にほっとした。いつもより緩んだ事を言ってしまっても、こんな日なのだから無礼講ってことできっと許してもらえる筈だ。 それにしても。 『こんなにもお食事がおいしくて、一緒にそれを楽しめる人がいて』 シュスカはそっとグラスを傾ける。 『幸せ者よね、私』 そっと一口。甘酸っぱいオレンジジュースの香りが胸いっぱいに広がった。 ●忘年宴会 「温泉広くてのびのび!」 広間に足を踏み入れる壱也は浴衣姿である。 「気持ち良かったねー」 返す七もやっぱり浴衣。上気した頬はちょっとのぼせ気味である。 ともあれ、温泉に浸かったあとは、皆で着替えて広間で宴会だ。 温泉宿のメシは何が最高か。快は想う。風呂あがりに寛いで食べられる事だ。 旅館の浴衣に丹前羽織って。移動の手間もなくすぐそこには食事があり。 地域の旬を知り尽くした料理と、土地ならではの地酒が待っている。 帰りの電車を心配する事なく、酒と食事を楽しめる。 いやー、最高ではないか。 「温泉覗くスキがなかった……っ!」 残念無念、どうにか隙がないか頑張ってはみたのだが、ついぞ機会が来なかった。 夏栖斗も腰を降ろす。 まずは飲み物 「よーしまずはビール飲んで喉の渇きを潤しちゃうぞー」 にこりと七お姉さん。 「俺は純米の冷やかな」 こちらは酒護神。既に湯上がりのビールは済んでる。お宿のおすすめは三高平の近くに古くからある地酒らしい。すっきりとキレの良い辛口ながら、口当たり良く香り高いのだ。 そんなこんなで悠里、快、雷慈慟は日本酒だ。 「コヨーテくんと夏栖斗は未成年だからジュースかな? 何飲む?」 「飲み物……オレ炭酸水ッ!」 「僕オレンジジュース!」 「そうか、二人はまだ未成年だったのか」 「あ、そっか御厨くんとコヨーテくんはお酒まだ飲めないんだね」 雷慈慟と七の言葉。宴の席の度、夏栖斗は成人していたらと思うがあと二年は待ち遠しい。 二人? 「わたしはお酒飲めるもーん! 甘いカクテル!」 眉を潜めた雷慈慟に答えるのはもうすぐ二十一歳になる壱也。そろそろ一年も経とうと言うのにひどい話である。 「まぁ、ちょびっとだけね!」 「酒かァ、オトナはやっぱかっけェなァ……オレもいつかそっち行くッ!」 「成人したらお酒おしえてくれよな」 「飲める歳になればまた。共に杯を合わせよう」 「大人になったらまた改めてお酒で乾杯しようねー」 コヨーテと夏栖斗。未成年二人。あと少しの辛抱だ。 「みんな飲み物行き渡った?」 目配せする悠里に頷く快。天性の幹事気質。 「それじゃ、今年も色々あったけど……とりあえずはお疲れ様でした。乾杯!」 「「「かんぱーい!!」」」 わいのわいの。お造りからはじめる一同。 マカジキにヒラメ。鮭に帆立。カニやイクラ。それからここ静岡と言えばマグロ。赤身からトロまで。お刺身ではないがかま焼きや目玉だって美味しい。それに冬と言えば何よりも寒ブリだ。 「え、マジで生魚食うのかよ? す、すげェな…」 海外育ちのコヨーテ。 「!?」 なんとなく肉っぽいから。マグロの赤身をおそるおそる口にすれば、それは初めてのお味で。 「何これうめェじゃん!」 「わたしもお造りだいすきー!!」 壱也は早速ヒラメを頂いている。 「ワサビいっぱいつけよッ」 それは――大丈夫!? 食が進めば酒も進む。今度はきもとの熱燗で。 「僕はね、思うんだよ。湯上がりの女の子って素晴らしいよねって。しかも浴衣とか最高じゃないかな! ねぇ雷慈慟くん!」 「設楽くん酔ってる……」 酒が進めば酔いも進む。 何? 湯上り美女の浴衣? 「湯上りの女性が素敵な事には違いないが 浴衣でなくともその魅力が劣る様な事は」 ちらりと視界に入るのは眩しい七の姿。 「七ちゃんはスタイルいいから浴衣は結構目の毒だよね」 「スタイル? 普通じゃないかなぁ……?」 「七ちゃんのスタイルはよかったよ」 先ほど裸の付き合いをしてきたのだ。うなじもいい。この羽柴壱也が保障する。 「うなじってよく聞くけどそんなに良いものなのかなあ……?」 「壱也ちゃんは……浴衣が似合う体型だよね……」 そっと目をそらす悠里。 「なんで目をそらすの設楽くん、ねえ、なんで」 和装が似合うっていう褒め言葉が意味するのは大抵の場合―― 「いっちー、まだ成長するかもしれないって! 無理だとおもうけど」 「御厨くんそれフォローしたつもり!? 追撃だよ!?」 「浴衣女子……ほォ、そういうモンかァ! でも確かにいつもとちょっと違うカンジして、なんか新鮮だよなァ。『あの壱也さえ』すげェお淑やかに見えるんだぜッ?」 「コヨーテくんもそれ、ほめ、ほめてる? あの壱也さえって……!」 「いや。しかし。まぁ。その。愛らしくはあるし。そういった需要がきっとあるのでは」 頭を撫でる。しかしまさか成人していたとは――! 「酒呑くんに至ってはもう子供扱いじゃないですかー!」 「うん、まあ浴衣の女の子は素晴らしいと思うよ。羽柴さんも良く似合っててとっても可愛いしね」 しかし浴衣美人が二人も居るというのは良いものだ。 「七ちん胸元くるしくない? 緩めていいんだよ」 「胸元……浴衣って割とゆったりしてるから苦しくはないけど……」 もうなんかセクハラである。 「七もいつもより大人ッてカンジでアレだな、セクシーだなッ」 「セクシーって言われるとちょっと恥ずかしいな…悪い気はしないけどねぇ」 「まぁでもいつもと違って見えるのは、女子だけじゃないんだけどね……?」 頬を染めた壱也。散々ディスられているが、彼女が可愛らしいのは誰もが保障する所である。 けれど―― 「ねえ、七ちゃん。それは女子の秘密にしておこっか」 湯上りの酒、美女、信頼に足る同僚達。舌鼓必死の料理群。感無量な夜である。 「そう言えば――」 そんな夜。雷慈慟にはどうしても確認しておきたい事があった。返答を貰っていない事案があったのだ。 「宜しければ今からでも 自分の子を宿してもらえないだろうか」 ド直球。え、と。なんという純真。ピュアな下心とでも表現すればよかろうか。 「今からでも子作りって……ま、またそのお誘い?」 七に問う雷慈慟の目は真剣なれど。 「それはさすがに遠慮しておきます……!」 もうなんかすごい感じだが、そんな様子を横目に快はそっと杯を煽る。 浴衣はいいね。 胸元よし。うなじよし。 ちょっと腕を上げた時に覗く袖口よし。 でも、あんまりはしゃぐと、裾からおみ足が見えちゃうよ? こいつもであった。新田快。男子たるもの三合も飲み込めば仕方の無い事でもある。 「温泉に浴衣に宴会に……イイなァ、日本の冬ッ! ってカンジじゃん!」 さわやかなコヨーテが眩しい。 「へへッ、みんなと一緒で楽しいし嬉しいぜッ!」 色気より食い気だ。 「そォだ、折角浴衣着たしよ、卓球しに行こォぜ! 勝負ッ!」 食い気より血の気だ。そういえば二階のほうに卓球台があったような気もする。 「じゃ、ちょっと休憩したら一勝負といこうか」 悠里が乗った。 コヨーテ君。君だけはいつまでも綺麗で居て欲しい。そんな夜なのであった。 ●温泉&卓球! まだまだ夜は早く、湯を愉しむ足も絶えない。 ゆっくりと湯船を楽しみ英気を養う。和ロリ巨乳にフュリエ耳。リシェナもそんな一人であった。 「ふー、いいお湯でござる」 色白の肌は白磁のよう。その肌をお湯が滑り、輝くような美しさを見せる。 色気というよりは健康的な体だが、その発育のよさがリシェナのアンバランスな魅力をかもし出していた。 「……とか、『どくどく』って人が言ってたでござる」 後、脂肪はお湯に浮きます。いや、クノイチだし(?)――ってその解説してる人。たぶんアザーバイドです>< さて 「温泉で疲れを癒した後はこれでしょう!」 という訳で異界からやってきたリシェナに色んな世界を知って貰いたく、亘は浴衣で温泉卓球のお誘いをしたのである。そういえばちゃんとした挨拶はまだだった。 「改めてですが天風亘と申します」 「リシェナ・ミスカルフォにござる!」 「ふふ、今日は宜しくお願いします」 ルールの説明は――と、おや? 「ふっふっふ。『モルの穴』で鍛えた卓球力。今見せてやるでござる」 始めは軽いラリーをとも思ったが、なんだかすごいやる気である。 とにかく、いざ尋常に勝負! 球を上げ、亘のサーブだ。 ワンバウンド。ネットを越えたドライブが更に速度を上げる。 食い込む様に迫る球にリシェナも深くかぶせたフォアドライブで応戦する。 激しいラリーの応酬の末―― 「くらえ! 必殺ハイテクニンジャスマーッシュ!」 弾ける球が亘の頬を掠め、後ろのカーテンを抉る。 「ふふ……」 もうなんかスマッシュが決まったらサーと言うとか、折角だから必殺技を編み出そうとか、なんかそういうつもりであったが、これは――最早死合であった。 「やりますね……」 亘がゆらりとシェークハンドを構える。 「卓球力……六千……七千……まだ上がるだと!?」 「いきますよ――!」 卓・シャンパーニュ――ばかな。カットサーブの方向が読めない!? まあ、そんな普通の卓球である。 リシェナは動く度にいろいろ揺れる。 もうなんかぽよんぽよんする。妖しの花。クノイチだから。そう、クノイチだから。 だが亘。クラリスお嬢様一筋。心頭滅却してあくまで優雅な笑顔で答えるのだ。 対戦、特訓後は腰に手を当てて。ビン牛乳を一気飲みして〆だ。 良い汗が額を伝う。ともかく彼女が楽しめたなら、亘にとってそれ以上の事はなかった。 ● この日丁度良く、義衛郎の働く市役所も仕事納めだったので、ちょっと遅れての参戦である。 たどり着いたのは日もどっぷり暮れた午後八時頃。既に寝泊りする準備が出来た室内に、義衛郎は荷物をどさりと置く。まずは浴衣に着替えて、広間に向かって楽しみにしていたお料理だ。 コースの内容は全く詳しくないからお店にお任せだ。 まずは先付け。口に運べば胡麻の香りがふわりと漂う。 そういえば子供の頃、この胡麻豆腐というのは苦手だった。今は全く平気なのだが。 それから酢の物。爽やかな酸味がこれからの食欲をそそる。 『牡蠣でかいな、おい』 クリーミーなグラタンに旨みをたっぷり閉じ込めた牡蠣はぷりぷりのおおぶりだ。 お次はてんぷら。 『白子は初めて食べたなあ』 濃厚でとろける舌触りの白子は、これまた美味い。 それから九条葱。噛んだ瞬間に広がる香りと仄かな甘みが、もうね。 たまらない。 それから寄せ鍋の後は冷や飯に溶き卵を落として、もう一度小さなカセットコンロに火をつける。 火を止めてもくつくつと煮立つ熱々土鍋の雑炊だ。 ……あー、黙々と食べたわ。美味しかった。おなかいっぱい。もう入りません。 そろそろお仕事モードは抜け出せた頃だろうか。 さあ。お腹が落ち着いたら温泉でゆっくりと温まって就寝だ。 お疲れ様です。 ● 一方ではそろそろお部屋に向かう姿も見える。 この部屋ではリンシードと糾華。西洋人形の様に可憐な二人が宿泊している。 いつも一緒の二人だけれど、いつもと違う場所というのはなんだかドキドキするものだ。 この日、糾華は一人、部屋の露天風呂から外の景色を眺めていた。 冷たい空気に雪景色。暖かいお風呂。とても贅沢な時間だ。 やはりいつも一緒の二人だけれど、これまたいつもお風呂だけは別なのだ。 けれどそんなお風呂に呼ばれた事に、リンシードは戸惑いを感じている。 遠慮がちに戸を開ければ。 「待ってたわ…… お姉様の柔らかな笑みが出迎える。 「遠慮せず、近づいて良いのよ?」 湯船に入っても尚、緊張の色を隠せないリンシードを糾華はそっと抱き寄せた。 糾華とて、今日、この日の決心はしていたつもりだ。 「あのね、貴女に見せたいものがあるの……」 いつもの様に涼しげで、けれどどこか暖かい表情を崩してはいないけれど。 それでもどうにかこの言葉を吐き出すまでに、数分が必要だった。 己が言葉に促される様、意を決しゆっくりと立ち上がる。 その背には痕。 革醒したあの日。全てを喪った記憶。 心と身体に。その背から胸まで貫かれた、深い傷。 それは昔。本当に昔。彼女に刻まれた――――彼女の痕。 醜いでしょう? 幻滅したでしょう? 糾華の頬が歪む。ぎゅっと目を閉じる。 私、貴女に慕って貰えるような、綺麗な姉様では無かったの。 「――ごめんね」 掠れた、悲痛な声を絞り出す。 刹那の静寂を打ち破ったのは、僅かに跳ねた湯音だった。 「何か、抱えているのは解っていましたけど……やっと話してくれましたね……」 暖かな声。 「私はお姉様の、全てが好きなんです……この傷も含めて、です。 幻滅なんてしません……むしろ、お姉様を更に知る事が出来て、私はとても嬉しいです」 リンシードの鼓動が伝わってくる。震える身体を抱きしめられている。亜麻花色の長い髪が肩をくすぐる。 「勇気を出して話してくれてありがとうございます、お姉様……隠すのはつらかったでしょう?」 胸の奥が締め付けられ、雪風に悴む頬を涙が伝う。 「ありがとう……私、貴女と一緒で良かった」 暖かな優しさに包まれて―― ●夜猫 おいしいご飯も食べて、お風呂にも入って。 いよいよお休み前のごろごろタイムだ。 畳の上に敷かれた布団に、うつ伏せになる。 湯に火照った浴衣姿で、ひんやりと柔らかな布団にうずもれるのは、誰しもやってしまう事だろう。 そんなレイチェルのまだ少し濡れた髪を夜鷹は指で梳る。 そんな彼の袖の裾をつまんで、枕に顔を埋めて。 「……最近、ずっと戦ってばかりだったけど」 ――こうやって貴方の側に居ることで。 「ようやく、一息つけた気がする」 ぽつり、と。 「お疲れ様、今日はゆっくり休もう」 そっと寝かせて、腕を枕にしてやる。 「大丈夫? 血のにおい、しない?」 抱き寄せる腕に手を添えて。 「大丈夫。血の匂いなんてしないよ」 どこか不安そうなレイチェルは平素の彼女、その怜悧な姿には見えないけれど。 「私は、多分これからもずっと、戦いの中で血にまみれ続ける」 それは彼にしか見せられない、甘えでありワガママ。 「ねぇ、こんな私でも、側にいてくれる……?」 「ああ、側に居るよ。こんなにも可愛い黒猫を離すものか」 レイチェルの艶やかな黒髪も、その美しい褐色の肌も、全てが愛しいから。 力の抜けた小さな身体をぎゅっと抱き寄せて。 「……あったかい」 そう呟く彼女の頬にくちづけを。 戦場から離れて、今はゆっくりとその身をゆだねて。 夜鷹は黒猫の揺り籠になるから―― 別のお部屋。 こちらも恋人達のしっぽりとした時間。 この日、竜一は露天風呂付きの二人部屋を占拠してユーヌの慰労をしようと思っていたのだが。 「さて、背中流すから反対向け」 ユーヌの言葉はにべもなく、気付いたら竜一のほうが洗われていた。 恋人の背中を洗っていると改めて気付くのが、結構広いという事だ。 「しかし、意外と背中は綺麗なものだな?」 激闘を重ねるアークデュランダル代表の背には、意外に傷がない。 「……あー、まー……背中の傷は武士の恥、らしいしね」 「まぁ、背中にばかり傷があっても困るのだが」 「ま! 逃げていい時は遠慮なく逃げるけどね! 俺!」 それから竜一はユーヌを反対にくるりと向かせる。 「今度はユーヌたんを俺が洗う番だよ!」 柔肌をきっちりケアしなければ! すべすべすりすりいいにおい…… すんすんすーはーする竜一。ロリコン竜一。 「匂い嗅ぐなら洗った後でな?」 あまり良い匂いはしないだろうしと、ユーヌは思っているけれど―― 体を流したら湯船をゆっくりと愉しもう。 膝に乗せぎゅっと抱きしめれば、遠く階下の喧騒が聞こえる。 飲み会や卓球はまだまだ続いている様だ。 抱きしめられていればユーヌの背に、暖かな鼓動が聞こえてくる。 「ユーヌたんは今日もかわいいなあ」 ちゅっちゅ。 「ふむ、そんなに強く抱きしめなくても逃げはしないのにな?」 「やっぱり、ずっとこうしていたい」 うなじじゅるじゅる。 「抱きしめられるのは嫌いではないけれど――」 こう抱きしめていると。 「おや、もぞもぞしてどうした?」 逃さぬ様、腕をぎゅっと捕まえて。 「何を隠す気なのやら」 おい竜一! そろそろアウトなので次、次! ●親友 お風呂に身体を肩まで沈めれば凍てつく空気も気にならない。 「ふわ、あったか……」 「ええ、あったかい……心まで温まる気分ね」 舞い散る羽の様に、しんしんと降り続ける雪を見上げる。 霧音と旭は一緒に夜空を見上げる。 ふと。 「ね、きりねさん。クリスマスってご予定、あいてるかな」 呟く旭に、霧音は顔を向ける。 「クリスマス……ええ、特に予定は無いわ」 「あのね」 ぽつり。 「来年も一緒にってやくそくしたひとがいるの」 「……でももう、一緒にいけなくなっちゃった」 刹那の静寂。その人はもう、この世界には居ないのだ。 それが誰なのか霧音は良く知っている。彼女であって彼女ではない。それはその身に、心に宿る――記憶。 「かわりってゆーわけじゃないんだけどね。 ひとりだと、ちょっとさみしーから。よかったら、一緒にいかない?」 それは旭も分かっている。 剣に生きる強さと、花の様に可憐な儚さと。何処か似ているけれど、でも決して代わりなんかじゃない 「……うん、構わないわ。一緒に行きましょう」 それも分かるから、霧音はそう言った。 「わ。ほんと? ありがと……うれしい。じゃあやくそく、ね?」 ゆびきりげんまん。 そんなこと、初めてかもしれない。 誰かと過ごすクリスマスだって初めてで。 だから互いににっこりと、とっておきの笑顔で答えあったのだ。 メイはこの日。ごく普通に料理を堪能して、ごく普通に温泉を愉しんだ。 お小遣いが足りなかったから催しに参加出来ないかもしれないと思っていたけれど、どうにか安い部屋が見つかったから丁度良かった。 それにしても安い。安すぎる。良いお宿の筈だったが、用意したのはほとんどお料理の代金だけではないかと思える。いったいなぜだろう。 兎も角、写真で見る限りはとても広くて、景色も良い綺麗なお部屋だったのだ。 きっと日ごろの行いのお陰だ。ほくほく気分でラッキーな事この上ない。 そんなこんなで夜も更け、いよいよお休みの時間なのだが―― 布団の中から天井を見上げると、なにやら大量の紙が張ってある。あれはなんだろうか。梵字だろうか。 気付けば壁のあちらこちらにも、そんなお札が貼ってある。 ま、いいか。 おやすみなさい。良い夢を。 こういうのは気にしたらいけない。 けれど良かった。 もし好奇心にかられて剥がしてしまったら。もしも『深淵ヲ覗ク』なんてしてみたりしてしまったら。 きっと彼女の旅は違ったものになってしまっていただろうから。 メイが泊まったのは、そんな『曰く付きの部屋』だったのだった。 ●俺祝☆20stアニバーサリー! いぇーい。どんどんぱふぱふ。 国産ウィスキーのハイボールで乾杯だ。 「いくつになっても祝われるのは嬉しいものなのさ」 「はぴばすでー、殺人鬼がお誕生日お祝いするのって変?」 バーのカウンターに並んで座るのは殺人鬼熾喜多葬識。そして誰よりも殺しを憎む霧島俊介の二人だ。 「殺人鬼だろうとエリューションだろうとフィクサードだろうと問題ナシ」 数奇な事に二人は長らく友人付き合いをしている。 何より重い生命を守る者。それを知り、だからこそ破壊する二人の因果はいかなるものか。 「いっき! いっき!」 半月前に二十歳になったばかりの俊介は今度も一気飲み。何度目だろう。これは悪酔い必至である。 「葬ちゃん!! この液体すっごいうsyじこlp!」 したよねー、わかってた。 泣きながら笑う俊介、この器用さプライスレス。 とりあえず泣き上戸なのはよくわかった。 「葬ぢゃあ聞いてよ! 命尊いって解ってるのにフィクサードは聞いてくれない」 目の前で人が死ぬ。戦い、或いは犠牲となり、尊い命が失われて逝く。 そんな光景を何度目にした事だろう。何度味わった事だろう。 ならば俊介は何を恨めばよいのか、それすらも分からずに。 「全国のフィクサードを産み落とした親御さんが避妊失敗したとこから恨めばいい?!」 「俺様ちゃんは全ての生命の寿ぎは全部尊いものだと思ってるよ」 「うん、そーだねー」 となりでちびちび飲みながら、葬識は気のない返事をする。俊介は既にうつ伏せだ。 まあもう、そろそろ友人は飲めないだろうから、彼の為に今度はチェイサーを一杯頂く。 酔いつぶれた霧島ちゃんはとりあえず、介抱するしかないよねー☆ 「酒。飲む。よ」 まあ水なのだが、最早そんなことはわからない。 「本日の霧島の精神は終了しました、葬ちゃん後で起こして」 「うんうん、愛してるから、今度殺させてね」 眠い。眠いけど。その一言には超反応。 「殺される俺……警察……警察に電話しなきゃ……」 葬識はため息一つ。今度は飲ませ過ぎに気をつけないとなあと想った。 ● さて夜も更け。 館内を歩く姿もまばらになってきた頃。 「やっぱ温泉サイコーだったわ!」 黎子に年忘れの豪勢な旅行に誘われて、火車も鄙びた温泉宿にやってきていた。 「バー……ねぇ?」 これまた黎子の一言で。バーになんて行った事もない。 それより湯上りの女ってのは――って、そういうんじゃないけれど。 「色々と飲み慣れておいたほうがいいですよー。いずれ役に立ちます」 数少ない、黎子が火車に対して優位になれる事だから。 「んあ? ……んん? 酒飲み慣れてっと何の役に立つんだ……?」 兎も角、店に入った二人はカウンターの前に促される。 頼んだのはお任せで。 「こちらラムにアプリコット、ライムジュースにグレナデンというシロップで味付けした甘酸っぱいカクテルです」 炎の様なキューバンが火車へ。 「こちらアプリコットにオレンジジュース。ほんの少し苦味を加えたバレンシアというカクテルです」 爽やかなオレンジのバレンシアが黎子へ。 それはそれ。お酒はともかく酔っている時の気分は良いものだ。飲んでいる記憶はあまり無いのだが……。 「少しは強くなりました? お酒。前は一瞬で寝てましたけど」 ……気付いてます? 「何…? 一瞬で寝てた? 何言ってんだ。そんな訳ねぇだろ」 気付いてない。 改めて。二十歳になったばかりの火車はこれまで酒を飲むという事をあまり意識してこなかったが。 『まぁ、酒は嫌いじゃあねぇな、実際』 お酒を飲むと気分も変わってくる。 「お酒を楽しめないのは損ですからねえ。呑兵衛になれとは言いませんが弱くてすぐに倒れるよりは……」 それに。 「宮部乃宮さんにはかっこいい男性であってほしいですし」 なんだぁ? 今なんと言ったのか。 火車が黎子の顎をクイっと上げる。 「カッコ良いって何が?」 聞き捨てなら無い。 「……少し酔いすぎましたかね」 ボキ! ぐええ――!? ● ほの暗いバーに聞こえるのはジャズの音。丸氷がグラスと触れ合う小さな音。 涼は一人、バーでスペイサイドのシングルモルトを傾けていた。 ふと視線を上げると、そこには見知った恋人の姿があったから、涼は軽く手招いた。 少しお話したいなと思いながらも、ちょっと大人の空気に遠慮して入り口で様子を伺っていたアリステアだったが、呼んで貰えたからにはお隣に座る。 「何がイイ?」 問うてから、バーテンダーにオレンジジュースと注げる。 「和歌山のオレンジを絞りました」 コースターに置かれたのはカットオレンジが飾られた絞りたてのストレートだ。 ストローを口に運んで涼の顔を見れば、薄暗い店内でも頬が少し赤く見えるから。 「少し酔ってる?」 恋人の言葉に涼は苦笑一つ。 「結構飲んだかな」 「頬が赤くなって可愛いって言ったら怒る?」 普段の姿を知っているからこその言葉であろうが。 「……可愛い、て言うのはちょっとな。俺には似合わんだろ?」 なんだか照れくさい。 「この前一緒に戦ったけど、戦ってる姿かっこよくて好きだなぁ」 「戦ってる姿が少しでもカッコ良く見えてたら嬉しいな」 零れ落ちるのは確かな本音で。 「でも、まあ、キミがいてくれたから、ってのはあったしさ」 ……あ。 グラスを持つ涼。その手の甲に、薄い傷痕が見える。 「……ん? どした。と首を傾げて」 「ううん」 彼は常に最前線に居るから怪我が多くて心配だから。 「折角の骨休めだもん、満喫しようね。飲んでもいいよ? 酔っぱらったらお部屋までちゃんと送るからねっ」 「そうだな。偶にはアリステアに甘えさせて貰うのも良いかもしれない」 アリステアはまだまだ、一緒に酔う事は出来ないけれど、それでも。 こういう時間は大切にしたいと思うから。 たまには甘えて欲しいなぁって思うから。 だから―― この後は送ってもらう事ににして。 丸氷の上に、あとワンショットだけ頂こう。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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