● アザーバイドを捕らえて研究している小組織の人員全てと、件のアザーバイドを抹殺せよ。 今回の目的は、そんなものだった。 組織の大半が神秘を齧っただけの一般人である事は、特に考慮されなかった。 急所を狙って一撃。無用な苦痛なく、過剰な恐怖なく。 力を持たない人も、力を持たない人であったものも、『処理』するのは慣れていた。 『慣れてるだろ、頼んだ』 軽く言われた言葉だが、慣れていると好きであるのとはイコールではない。 だからどう、という訳ではないのだけど。 立ち止まる。階段をゆっくりと上がってくるのは、見知ったメンバーの気配ではない。 武器を構える。這い上がってきたのは、熊にも似た異形。ひっ、と詰めた息が聞こえた。 血に塗れた女。その傷は目の前の異形の爪や牙ではなく、鋭利な刃物で付けられたもの。 「た、倒し、……ころ、……殺しなさい!」 悲鳴の様に叫んだ女に答えるように、異形が踏み出した。それが食んでいる腕には覚えがあった。――なるほど、全滅か。笑える。更に横から小型の異形が現れた。一歩後退。今ならまだ逃げられる。一人で挑んで勝てるはずもない。それが賢い。けれど。 先程殺した男がこちらを見ている。 このアザーバイドを殺す為に、彼らを殺したのは自分だ。 今、アザーバイドを逃がせば、彼らを殺した意味はなくなる。 ここだけで十以上殺しておいて、今更自分の一を惜しむのもおかしな話だろう。 「……あー、……」 引きそうになった足を止めて構えても、気の利いた言葉も浮かばない。自分はどうせ、そんなものだ。女は階段の奥に引っ込むようにして震えている。自身が戦う気はないらしい。せめてもの幸い。 ガリ、と口に入れていた飴が砕けた。ああ、これで最後だったのに。 チョコレートでもガムでも、別の物も持ってきておけば良かった。下らない事を考えずに済むのに。 精々、食われたメンバーが致命傷を与えてくれていた事を期待しよう。 いや。何に対しても期待なんかしない方がいいって、知ってるけど。 怯えた目で、女が見ている。 ああそうだ。生き残れたら、あの女も殺さないと。 ● 「さて皆さん、年も末ですが相変わらず色々と忙しい世情ですねぇ。皆さんのお口の恋人断頭台ギロチンが一服の清涼剤を……と言えれば良かったのですが、今度も今度のアザーバイド退治です」 手を広げリベリスタを迎えた『スピーカー内臓』断頭台・ギロチン(nBNE000215)はそう首を振った。 ブルーベア、と彼が呼んだのは、モニターに映し出された青みがかった毛並みの、けれど熊というには関節や背から飛び出す黒い骨に似た外殻が異質な存在。 このアザーバイドは、フィクサード組織に捕らえられていたのだという。 「ま、『捕らえた』と思っていたのは組織の方だけですね。彼は傷が癒えるまで耐えていただけだった。本気を出せばいつでも脱出できたし、『餌』も傍に沢山あるのが分かっていたからです」 この場合の餌、が何を指すかなんて、言わずとも分かる。 自らを研究する『ヒト』など、この獣には肉が動き回っているようにしか見えなかっただろう。 「で。それを知ったリベリスタ組織がここに襲撃をかけました。……彼らはフォーチュナ不在の組織で、割とその……過激と言いますか、少々やり過ぎの気のある方々で……」 薄い笑顔が、少しだけ困ったように傾げられた。 世界の為という目的こそ違えてはいないが、彼らは情報の少なさから『加減』をしない。 今は無害でも、もし戦場から逃した相手が革醒して害をなしたら? 今は後悔していても、もし更に心変わりを起こして反撃に来たら? もし、と考え出すと可能性は数限りなく存在する。 彼らはそんな『危険の芽』を叶う限り潰して行く戦術で、組織として生き永らえてきた。 「でもその徹底さが仇となって逆に損害が増えたり、一般人の被害が甚大になって他のリベリスタ組織とトラブルになったり――それで更にメンバーが少数に排他的になって過激ぶりが増す、という悪循環だったのですが……まあ、ご覧の通り過去形となります」 溜息。 ブルーベアの性質は、肉を食らう事による回復と分身の作成。 襲ってきたリベリスタを、リベリスタが殺したフィクサードを食らい、既に六体の分身を作り出している。 「フィクサードの方も安全策として行動を操る……というか痛みを与える事でコントロールしようとブルーベアにアーティファクトの首輪を装着させていたのですが、いかんせん殆ど効いていない。単に首輪の支配権を握る人物に近付くと若干不快だ、と感じる程度です」 つまりブルーベアは『命令に従っている』のではない為、結局倒さねばその歩みは止められない、という訳だ。 「正直、このフィクサード組織は積極的に人に害をなしていた訳ではありません。七派のような大きな後ろ盾も持たず、ただ『上位世界を研究したい』という思考の革醒者の集まりでした。とはいえその結果、惨劇を巻き起こす事も考えられなくはなかったので、襲撃したリベリスタが早計だったとも言えないのですが……」 ほんの僅か、微妙な顔。けれどすぐに薄い笑みに戻り、フォーチュナは地図を出す。 「何にせよ、このアザーバイドが出現した穴はもう閉じている様子です。即座に意思疎通できる程の知能もなく、フェイトもないとなれば共存は不可能。どうか、倒してきて下さい」 そう告げて、手を上げたギロチンは、そこでふと思い出したように口を開いた。 「……あ、ただこの生き残りの彼、間庭シキミさん。ちょっと、周囲を巻き込む技が得意らしく……共闘する場合、巻き添えを食らわれないようにご注意下さい。悪気はないでしょうけど、狭いんですよね、そこ」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:黒歌鳥 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年01月02日(木)23:08 |
||
|
||||
|
■メイン参加者 8人■ | |||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
● 施設に満ちていたのは血の臭いだった。 ここにはもう、リベリスタ以外に誰もいない。たった二人を除いては。 「ふふ、私好みの戦場ですね」 何処か陶酔したような虚ろな瞳を先に向け、『グラファイトの黒』山田・珍粘(BNE002078)もとい那由他は呟いた。散らばっている命の欠片。消えていった声。 丈夫な部屋と思しき場所では爆発物でも使ったのか、残っているのはパーツだけだったけれど、多くは首や胸を切り裂かれて絶命している。 一度眉を上げて、『ヴァルプルギスナハト』海依音・レヒニッツ・神裂(BNE004230)はその横を通過した。疑わしきは罰せよ。敵は根こそぎ絶やせ。過激派と言っても自由が故の加熱、非寛容が故の排斥と様々ではあるが、世に名を轟かす『ヴァチカン』を好まないように、海依音はその類の集団・人種が好きではない。だが、気に入らないから死んでしまえと言うならば、それはあちらと変わらないし、何より気分が良くない。 「これじゃあどっちがフィクサードなんだか、わからないね」 ぽつりと呟いた『(l l』伊波 佐奈(BNE004833)にとっては忌まわしく、そして未だ慣れぬ光景。無造作に首を飛ばされた一人にちらりと目線をやって、肩を竦めた。 凄惨な光景ではあるが、たまたまの巡り会わせで今回この場に集った他のリベリスタはアークでも精鋭揃い。佐奈にとってはこれがアークでの初仕事となれば、まずは勉強から、だ。 「そうね」 答えるように、『ならず』曳馬野・涼子(BNE003471)は口を開く。血溜りを飛び越えて、目的の場所へ。未だ命が残る場所へ。大多数のリベリスタは多かれ少なかれ『殺さねばならない』存在と相対した経験がある。死んで貰わねばならない。それはリベリスタの、世界の都合だ。そんな理由でひとを殺す事は、恐らくもう慣れてしまった。でも。 「殺されるひとにとっては、いつも初めてだって。……わたしは、それは忘れていないけれど」 澄んだ青の目が細められる。『間庭シキミ』にとっては『いつもの仕事』だとして、殺された人にとっては『最初で最後の人生の終焉』なのだ。変わり映えのしないルーチン作業なんかじゃない。 ……彼はきっと、そんな事も忘れてしまっている。 「リベリスタとフィクサードとアザーバイドが一同に、ってのも和やかな場なら感動的だったんだがな」 苦笑を浮かべ、『ディフェンシブハーフ』エルヴィン・ガーネット(BNE002792)は首を振った。 立場の違いを、思想の違いを、種族の違いを乗り越えて分かり合えるのならばこんなに素晴らしいことはないが、ここにあるのは入り乱れて破滅するしかない対立だ。 殺したがりのリベリスタ、害の少ないフィクサード、本能に従うだけのアザーバイド。 面倒な状況、と言えばそうなのだろう。こんな状況だからこそアークらしさを――違う。 「だからこそ、俺らしさを貫かせてもらうぜ!」 健康的な相貌に見合った笑みを浮かべ、『生かしたがり』の青年は掌を拳で打った。 音が聞こえる。気配がする。もう、すぐだ。 見えたのは背中。 「ハイドーモ! アークが邪魔しにきたわよ!」 威勢の良い少女の高い声が響き、『ベビーマム』ミリー・ゴールド(BNE003737)がその前に滑り込む。 「パッと見劣勢じゃない、加勢するけど文句言わないでね!」 青年、シキミは一度警戒したように獲物の大鎌を振るおうとしたけれど、ミリーの視線がブルーベアに向かっている事と、後ろからの足音に構えを直す。 「退けと言っても退けないようでしたら、男の子らしく頑張ってくださいな。こちらはこちららしく対応させていただきますので」 「目的は同じようですし、一人で挑むよりは勝率が上がると思いますよ」 片目を瞑って合図した海依音と、告げた那由他にシキミの唇がアーク、と呟いたのを見ながら、『0』氏名 姓(BNE002967)が横に立つ。 「その熊、肉食べると回復するらしいんだ。だからまず、小さい熊から潰したいんだよね」 「……あ、」 「そっちに小さい熊送るから階段脇の通路でそいつらの相手に集中して貰っていいかな? はいこれ」 「……あー、……うん」 姓の手から渡されたガム。指示に従いシキミが向くのは横の通路。 「間庭君だっけかね。甘いものならこし餡の薄皮饅頭ならあるがどうだい」 「あー、……今はなんか、喉に詰まりそうだから、……どうも」 仲間と同じ速度で、けれど何処か悠々と現れた『足らずの』晦 烏(BNE002858)の言葉に、シキミは色々と思考を放棄したのか姓に示された方に足を向けた。結構、と笑った烏は胸元から新しい煙草を取り出して咥える。 助けたり助けなかったり、人の思惑が違えばその行動も自ずから異なってはくるものだが――。 「ま、おじさんはマイペースかな」 血の匂いも掻き消す紫煙。肺に広がるそれは、飽きる程に嗅いで最早体に染み付いた一部。身体を程好く緩和し同時に精神を研ぎ澄ませるその煙と共に、熟練の狙撃手は一瞬にして二五式・真改(あいようのえもの)から弾丸を吐き出した。 ● 血と体の内容物が零れる臭いに烏の煙草の香りが混じりだす間に、リベリスタは素早く行動を展開している。多少細かい部分での入れ違いはあったものの――相手は獣であり、こちらは経験豊富な者の多いリベリスタとなれば齟齬を埋める事は然程難しくはなかった。戦場自体が狭い場所であったからこそ、立て直しが容易であったのも幸いする。 「よ、よら、よらないでよ、ひ――……ひとごろし!」 姓が引き付けた小熊と、那由他の食い止めより潮 裕美の前に飛び込んだエルヴィンに絶叫が向けられた。扉の前で尻餅を付いて叫び、近くに転がっていた用箋挟から、胸ポケットのボールペンまでを投げつけてくるが、当然エルヴィンには効くはずもない。インヤンマスターだというのに符の一つも飛ばして来ないのはそれだけ混乱しているのか、はたまた『戦い方』自体をロクに知らないのか。 「落ち着いて、お嬢さん。降伏してもらえないかな」 「うそ、……嘘」 その顔は見知らぬ男の接近で気持ちが振り切れたのか、血と涙でぐちゃぐちゃだ。それでもエルヴィンは声も荒げず根気良く言葉を続ける。 「迷惑をかけないなら、アークで研究者になれるかもしれない。悪いようにはしないからさ」 「……1号、ねえ1号、殺して、早く殺しなさいよ! 殺して!」 「一応教えとくけど、その熊アンタの言うこと聞いてないわよ?」 恐らくブルーベアを指すのだろう、呼び掛ける裕美にミリーが掛けた言葉に、彼女はぽかんとした表情を浮かべた。そんな事、考えもしていなかったのだろう。 エルヴィンの立ち位置は、裕美とブルーベアの間。ブルーベアは目前の那由他に意識を向けていて、裕美の声にも振り向きもしない。 「大丈夫。……答えは戦闘の後でいい。それまでは俺が護ってやるさ」 感じる視線は、シキミのものか。それでも言葉を覆すことはせず、エルヴィンは歴戦の盾を構えながら、ミスティコアを展開した。 その目前で咲く花は、裏街道を生きる暗黒世界の住人二人の手による饗宴。烏と涼子の発する銃声は重なって一発に聞こえた。弾痕が数多の小熊に穿たれて弾け飛ぶ。 「ミリーの炎は熱いわよ、巻き込み注意ね!」 距離を測りながら、それでも周囲に声を掛けてミリーが放つのは炎舞。細い腕に業火を纏った彼女は、一度振り抜くだけで小熊を複数叩き伏せ炎上させた。 本体と言うべきブルーベアは那由他が抑え、エルヴィンはその後方、地下へと続く階段上にて裕美の前。ミリーとシキミはそれぞれ十字の左右から姓の引き寄せた小熊を狙う。 一匹だけ意図的に攻撃から外された小熊はじゃれつくように、けれど明確な殺意を持って後衛へと飛び掛った。 「見た目は可愛い熊さんなんだけどね。いや、やっぱり怖いかも」 開かれた顎。佐奈の前には烏がいる。小熊を遮るように立った烏が翳した腕の肉を牙が噛み千切るその光景は眩暈がする程に痛いが、佐奈の視界に満ちたのは白い光。海依音の放った聖なる光は小熊を焼き、腕から口を放させる。それは裕美も巻き込んで昏倒させた。 入れ違いの様に、那由他は薄ら笑って槍の柄で床を突いた。何処からともなく現れた漆黒の霧が一瞬にしてブルーベアを巻き取り、瞬きの間に黒い箱と化して閉じ込める。 次の瞬きの間に箱は開き、残るのは防御に展開した外殻を元に戻されたブルーベア。動きを止めるのが叶わないのは知っている。ならば別の苦痛で殺すだけ、だ。 「回復されると厄介だ、地下室に宜しく!」 「おう!」 「ほらおいで、蜂蜜舐めてる様な可愛い連中じゃないんだろ? ここにも肉があるよ、持っていけるならご自由に」 倒れた裕美を抱えるエルヴィンに声を掛け、範囲から外していた小熊も含め姓が放つアッパーユアハート。果たしてこの獣に人の言葉が通じるのかは甚だ疑問だが、魔力を含めた言葉は理解するしないに関わらずその精神を逆撫でする。 「はい間庭君、そこで一呼吸だけ溜めて」 「――」 放たれようとしたシキミのダンシングリッパー。烏の声に一瞬止まったその間は、半身だけ範囲に含まれていた那由他がほんの少し身を引くには十分な時間。咲き乱れる血の中に、那由他のものは一滴たりとも入らない。 有利な戦場であり、フォローすべく注意深くシキミを眺めている烏と、その巻き込み範囲から外れる事を心がけていた那由他であったから可能とした芸当に佐奈は感心しながら、全身の膂力を持って先程近寄ってきた小熊を分厚い魔術書で殴り倒す。 硬い、けれど生き物を殴るその感触。今後幾度も味わうだろうその手応え。今は非力であれ、いつかその一撃はこの小熊の頭すら砕くようになるのかも知れない。例えばその時の自分が、この不思議な状況に当ったとしたならば、一体どんな顔をするんだろう。 「ボクには無用な心配だけどね」 機械と化した頭部。感情を浮かべぬモニターの頭で呟いて佐奈は首を振った。 ● 裕美がいなくなり、小熊の数を減らし続ければ後はリベリスタの障害はないに等しい。 シキミも『熊は肉を食って回復する』という情報を与えられたせいか、優先度として裕美より熊が高いせいか、少なくとも今の所はアークの行動に文句を言う様子もなく黙々と攻撃を続けていた。 被害がない訳ではない。分身の攻撃を引き付けた姓は多く傷を負っているし、本体を抑えていた那由他も血を流していた。それでも、致命傷にはなりえていない。 「エルヴィン、今出てきちゃダメよ!」 燃え盛るのは、ミリーの龍。魔力で模られた炎龍は場を熱気で満たし、ブルーベアを巻き取って暴れ狂う。涼子の抜き撃ちは、最初から違う事のない素早さでブルーベアを捉えていた。 くすくすと、笑い声を漏らしそうな那由他が己の槍にこの世の呪いを込めて穂先で切り刻む。既に食らう肉もない中で更に回復を封じられ、よろけるそこに重ねられたのは佐奈の援護を受けた海依音のジャッジメントレイだ。身を護る姓の傷は、すぐにエルヴィンが癒してくれるだろう。細々と援護に回る佐奈に精神力を分け与えられた烏は、今まで澄ましに澄まして来た集中が示したただ一点――最適解へと銃口を向けた。 「さて、随分と悪食なその口の中に銃弾を馳走してやるとしようかね」 銃口は顎、銃弾は牙。 命を食らい穿つ『チェックメイト』が、ブルーベアの頭の上半分を吹き飛ばした。 巨体が揺らいだ。横向きに倒れる。その瞬間、すい、とシキミの目が地下室に向いた。 駆けてアークの間を抜けられるか。いっそ纏めて薙ぎ払えば裕美だけ殺せるか。 向きを変えたシキミの足に、地下室の扉を背にしたエルヴィンが反応して――。 「……離して」 「だーめ」 シキミの武器が振られる前に手首を掴んだ海依音が、首を振る。 「言ったでしょう? こちらはこちららしく対応すると」 笑う海依音の言葉に、次には攻撃が来ると踏んだのか。振り払うように手首を回し刃を向けたシキミの手を離さず、海依音はもう片方の手で包んだ。 「アークは甘い組織だとは思うわ。助けられるものは、何もかも助けたくなってしまうの」 「…………」 シキミの刃は、海依音の首の手前で止まっている。このまま掻っ切った所で、現状ほぼ無傷の彼女には致命傷にならないとしても――わざわざ攻撃を受ける意味が分からないのだろう。危険だが分かりやすい、敵意のない事を示す証だ。 腕を動かさず顔を見詰めるシキミに、海依音はくすりと笑いを零した。 「やっかいだわ。ワタシ、もっとクールだと思っていたのに。たった一年アークにいただけで、こんなに感化されているんですもの」 絶望の中でも誰かを救いたいと、一つでも多くその命を助けたいと、足掻いて手を伸ばし続けるものが、アークには沢山いるのだ。 腕を組んだミリーが、付け加えるように口を開いた。 「アークはカレイドシステムとかいう予知能力の精度がウリなんだけど、ソイツはほっといても平気だって言ったわよ。見逃してもいーんじゃない?」 「それでも殺す、っていうなら俺を越えていってくれよ」 「ま、ミリーがいる前で殺させはしないけどね!」 敵意はなく、あくまでも壁として立ち塞がるエルヴィンにミリーが笑い――シキミは腕を握ったままの海依音に顔を戻す。多くが彼の行動を注視していて、それを抜ける隙はありそうにない。 暫くの沈黙。 首を振ったシキミは、海依音の傍から刃を下ろす。 「……分かった。あんた達の好きに」 肩を竦めた彼に――ようやく、最後の緊張が解けた。 ● 「上に何か言われたら全部アークのせいにしていいよ。監視と更生は約束するし」 「……じゃあ遠慮なく。まあ実際、俺が言わなきゃ分かんないと思うけど」 ここに来たの、他に誰もいなくなったし。もう残りも少ないし。 口にするシキミに、烏が地下室から引き揚げた武器を差し出した。そんな事は思いもよらなかったというように慌てて両手で受け取って仲間の遺品を見下ろす彼に、ミリーや佐奈、涼子から距離を取ったヘビースモーカーは新しい煙草を取り出して火をつけた。 「で、間庭君。これからどうするんだ」 「どうする、って?」 「せっかくだし、お前もアークに来てみないか?」 「アンタの組織も疑わしきは殺せっていう感じなんでしょ? 情報不足が原因ならアークにくればもうちょっとマシになるのだわ」 意識を失ったままの裕美を背負ったエルヴィンと、ミリーが重ねて問う。 烏に預けられた武器を片手に移し、先程海依音が握り締めたもう片方をぼんやり見下ろすと、シキミは地面に落とした血に塗れた己の武器を取り――首を横に振った。 「……俺は、『これ』以外できそうにないから」 「戦い方はこれから修正していけば、若いから幾らでも変わっていけるさな」 「……ありがとう、でも、」 諦念にも似た言葉。烏が見る限り、シキミの巻き込み癖はそもそも『仲間と戦う』事に慣れていない節もあった。だから、と告げた言葉にもシキミはぼんやりと首を振る。 「まあ、別に無理に誘おうとは言いませんよ。まだ若いんですから、色々と試してみるのも悪くはないとは思いますけどね」 那由他の言葉に、海依音が頷いた。組織の在り方自体が違うのだ。神の眼を持つアークだからこそ、平和的に対処可能な案件は多くある。イレギュラーが起こった時に対応するか、イレギュラーを起こさないようにするか、それは組織が違うのだから責める場所ではない。 「間庭 シキミだっけ。君はリベリスタって何だと思う?」 黙った彼に、佐奈が問い掛ける。革醒者になって日の浅い彼女がまだ分からない、その在り方。 仕事だからと人を殺し続ける彼には、確たる信念が存在するのだろうか。 けれどシキミは再び首を横に振る。 「……さあ。フィクサードって呼ばれてた時も、リベリスタって呼ばれてる今も、やってる事自体は何も変わんないし。自分達の都合の為に死んでくれって」 ぽつぽつと。返る答えに佐奈は首を傾げた。 「君は分からないの?」 「普通の答えならかえせるよ。世界を守る為に戦ってるからリベリスタ、神秘の脅威からこの世界を守る存在」 「正義の味方とは、違うと思う?」 「あんたの正義が何か知らない。何かの為に何かを殺すのも正義だって言う人達もいるから、そういう人には正義の味方じゃないの」 「……そう」 リベリスタか、フィクサードか。その定義で分類するならば、シキミをリベリスタにしているのは、『リベリスタ組織に所属しているから』ということだけのようだ。ある意味では佐奈と同じ――いや、『理解したい』という意志をなくした分、佐奈よりも曖昧な状態なのかも知れない。 自分は、果たしてどちらなのか。考え出した佐奈から視線を外し、シキミは軽く頭を下げて歩き出す。汚れた大鎌を何処か重そうに引き摺り歩くその姿に、涼子が声を掛ける。 「シキミ」 「うん?」 「ほら、あげるよ」 掌に押し付けた一つの飴。涼子の目の色にも似た、ソーダ味の。 「……ありがとう。俺が生きてたら、どこかでお礼できるといいね」 一瞬それを見下ろして、シキミは軽く手を上げた。 明日か、明後日か、明々後日か。 いつか途絶えるにしても、その命を助けたいと願うリベリスタの手によって彼の『日常』のルーチンは繋げられたのだ。 |
■シナリオ結果■ | |||
|
|||
■あとがき■ | |||
|