●今日も今日 「どうなるんだろーねうふふのふ。ねぇどうなると思う黒ちゃんや?」 「……」 「全く無口だな~アンタって子は! 誰に似たのかしら!」 「……」 「うへへへへ。ほんとにもう。ねぇ。こいつぁ間違いなく、間違いなく大きな事が起きるわよ黒たん。全部がぐるぐるのぐじゃぐじゃのパーになっちまうのだわさ。一二三の親分はそれを望んでる。こんな――『超絶な』事なんかやらかしなすってさーっ! はっは! なァ! 楽しいねぇ黒ちゃん! 裏野部でよかったねぇーーっ! 裏野部サイコーッ! ギャハハ! ゲラゲラ! ひふみさまばんじゃーい! ひゃはー!」 「……」 「……。ったくも~偶にはノレよな~? なぁ唆聞さんもそー思うでしょ?」 「ねむい」 「言うと思ったよコンチキショー俺はこのあふるる誰かと喋りたい欲をどーしたらいいのよボケ」 雨が降り、雨が降る、薙ぎ払われた街中で。 3つの人影。胡乱な人影。空を仰ぐ『鏡の様な真っ黒い顔』の男の、その顔面に、重く垂れ下がった雲の空が映っている。それから酷い土砂降りだ。 きっと。これは。もっと。広がって。 飲み込んでいくのだろう。 この国を。 その全てを。 壊して。 毀して。 薙いで。 潰して。 そうすれば。 ――きっと素敵な事が起きる! ●あめふれ、はらえ 主流七派フィクサード『裏野部』。それを一言で言うなれば、『過激派』。 リベリスタの中でもそれらと剣を交えた者は多いだろう。そしてその者ならば、誰よりも知っている事だろう。 裏野部が何故、『裏野部』たるか。その厄介さを。 「国内主流七派フィクサード裏野部、その首領たる裏野部一二三が――動き出しました」 事務椅子に座した『歪曲芸師』名古屋・T・メルクリィ(nBNE000209)の表情には緊張が滲んでいた。 最近、裏野部のフィクサードが『まつろわぬ民』なる古のリベリスタに封印されていたアザーバイドと共に不穏な動きをしていた件――若い女の革醒者の拉致――については既に報告書が上がっている。そしてその真相の断片が今、明らかになろうとしているのだ。 「裏野部一二三が居る奈良県を中心に、彼の部下が事件が起こす地点は他4つ。岐阜、京都、大阪、四国。私が担当致します地点は大阪でございますぞ。 彼らはまつろわぬ民と共に儀式を行う事で神秘の力を秘めた超巨大雷雲<スーパーセル>を発生させ、古のリベリスタが残した封印――なんでもまつろわぬ民の一族を封じるものだそうで――を破壊する心算のようですぞ。 その儀式の要として用いられるのがアーティファクト『蜂比礼(はちのひれ)』。これは『負の想念を吸収し溜め込み力と変える』という裏野部一二三の刺青型アーティファクト『蛇比礼(おろちのひれ)』とリンクしておりまして、この所持者たるフィクサードは能力が強化されておりますぞ。 蜂比礼自体も負の想念の吸収・貯蔵を可能としております。つまり皆々様の恨み怒りが大きければそれをも吸って、強くなるでしょうな。ですがこれは蛇比礼と比較すれば小規模且つ、溜め込みすぎると所持者がそれに耐え切れず精神崩壊する可能性すらあるそうです」 さて、とメルクリィは一つの間を置く。それで、その儀式を阻止する為にはどうすればいいのか。彼の背後モニターが展開した。映されたのは、幾何学的な球体とつるりとした黒い機械顔をした男。 「儀式阻止の為の手段は二つあります。一つはこの儀式陣自体を破壊してしまう事。当然ですがすぐ壊れるような代物ではございませんし、裏野部勢力が邪魔をしてくる事でしょう。 もう一つ。先ほど申し上げました蜂比礼を、その心臓の上に刻んだフィクサード『黒鏡面』の心臓を、止める事。彼はこのアーティファクトによって強化されており、これもまた困難を極める事でしょう」 どちらを選ぶか、どのような作戦を組み立てるかはリベリスタ次第だ。既に纏められた敵情報や現場に関する資料からフォーチュナへと、リベリスタは視線を移す。機械の男はじっと、彼らを見澄ましていた。 「……『儀式によって封印を破壊してそれでどうしたいのか』までは未だ謎のままですが、斯様な悪事を放って置く訳にはいきません。非常に危険な任務ですが……どうかどうか、お気を付けて!」 そしてフォーチュナは締め括る。いつものように、「応援しとりますぞ」と笑みを浮かべて。 ●くろく、くろ 「……」 自分の手を見た。さっき皆殺した人達の恐怖。絶望。それらが全部、力となっているのが分かる。心地良い。もっと頑張れる。 裏野部で良かった。裏野部に裏野部一二三という男が居て良かった。 いつ裏野部になったのかは分からない。兄が勝手に自分を裏野部にしていたから。 それでも裏野部一二三という男に恩義と忠義を感じている。これだけ好き勝手暴れても、怒るどころか褒めてくれるもの。魚にとっては水の様な。植物にとっては土の様な。そんな存在。無くては困る。あの男が居なければきっと人生は糞つまらなかっただろう。 人は社会不適合だとか不良とか罵ってくるけれど、それで良かったと心から思う。片手を毟られ片目を穿たれ、いつか胸すら貫かれようと。それでも尚、『好き勝手』出来るのなら。 裏野部として、本望だ。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:ガンマ | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ EXタイプ | |||
■参加人数制限: 10人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年12月28日(土)23:46 |
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■メイン参加者 10人■ | |||||
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● いつだってそうだ殺すか殺されるか ●腐敗縁 雨だ。雨がざぁざぁと降っていた。重く立ち込めた雲。灰色の空。風が吹く。 一面に広がっていたのは暴力に吹き飛ばされた街『だった』所。虐殺の痕。瓦礫の隙間から死んだ人間の腕が覗く。雨で流される血。生存者の気配もない。 やれやれ、だ。こうも雨が酷いと、煙草に火を点けても意味が無い――『十三代目紅椿』依代 椿(BNE000728)は濡れた煙草を咥えたまま息を吐く。 裏野部。七派の一角の暴走。それが何を意味するか。それを鎮めて一派を崩して何が起きるか。想像つかぬと言えば嘘になる。が、 「さて、お仕事させてもらうとしよか」 今はただ、目の前の敵を全力で殴り飛ばすのみ。 「ロンドンで大変な時に全く……もう少しタイミングというものを考えて欲しい物です。尤も、考えないから裏野部のフィクサードなのかもしれませんが」 「うむうむ。何を考えてるか分からん輩じゃが毎回やらかす事がとんでもない奴じゃのう……!」 魔術書と魔導銃を手に『魔術師』風見 七花(BNE003013)が口にした言葉に、『ふたまたしっぽ』レイライン・エレアニック(BNE002137)が眉根を寄せつつ応える。それらに、「裏野部は相も変わらず派手好きだな」と普段通りの皮肉を揮うのは『普通の少女』ユーヌ・プロメース(BNE001086)だ。 「まったくコメディアンにでもなれば天職だろうに。いや、一発屋にすらなれないか」 意味もオチも有りはしない。ならばとっととご退場願おうか。 一方で『愛を求める少女』アンジェリカ・ミスティオラ(BNE000759)はつい先日の出来事に思いを馳せる。あのフィクサードにアザーバイドの動きは今回の作戦の為だったのか。 「だけど思い通りにはさせない。絶対阻止してみせるよ!」 アンジェリカを始めとしたリベリスタ達が向ける視線の先。 雨の中。 佇み、こちらを見ていたのは裏野部のフィクサード二人。黒鏡面、白鏡面。それから奥に瓦礫に腰掛けたアザーバイド。まつろわぬ民、唆聞。そして諸々の異形達。 いつも通りの裏野部だ。ならばもう、細かい事などどうでもいい。 「会うのは三度目。四度目は、お前の墓前だ。黒坊」 言って、銃を突きつけて、黒鏡面へ言い放ったのは『アリアドネの銀弾』不動峰 杏樹(BNE000062)だった。 「……お墓参り、……き、来てくれるん、だね」 「コラ黒ちゃん女の子と話す機会が滅多に無いからってトキめかないの」 兄弟フィクサードの腹立つ態度も相変わらず。呆れた様に『ディフェンシブハーフ』エルヴィン・ガーネット(BNE002792)は息を吐く。 「王とか神とか口だけは偉そうだが。R-TYPEの時も、鬼や死霊使いの時も、お前らは見てただけだろうが」 「だってだって~白ちゃんってばフィクサードだもの MITUWO」 「好きに言ってろや、あるのはお前らが戦わなかったって事実だけだ。自分より弱い相手としか戦えないクセに、都合のいい時だけ調子付いてんじゃねぇよ」 「弱い者イジメって最高やん? あはん? 俺マゾちゃうしおすし? 鬼畜サディスティック(笑)的な?」 ヘラヘラと受け流す白鏡面。喧嘩は黒、口喧嘩は白が担当らしい。 まぁ、なんだ。 「毎度毎度半端な喧嘩強いられてるんだ。お前もいい加減決着つけてぇだろ? 黒豆野郎。白黒つけようぜ」 拳を鳴らし、『ザミエルの弾丸』坂本 瀬恋(BNE002749)が吐き捨てる様に。 「お前は最初から黒いから負け犬ムードだけどな」 「じゃあ白い俺は勝ち星ムードが」 「卵野郎はそこで弟がかち割られるの見てな」 「またホラ~~豆と卵ってアンタどんだけタンパク質っこなのよもっつぁん! 美味しいけど! 美味しいけどさ!」 「テメーらじゃ豚の餌にもなりゃぁしねぇよボケ」 「てめぇ! 豚さんに謝れ! ってまたタンパク質じゃねーか! やべぇよもっつぁん超やべぇよ!!」 白鏡面はゲラゲラ笑っている。その笑い声も、何も言わない黒鏡面の様子も、『消せない炎』宮部乃宮 火車(BNE001845)にはもう見飽きた光景だった。年初めから年の瀬まで良くもまぁ。毎度失敗したがる奴等だ。 「しかしなんだ? 失敗しても喜んでるテメェラみてぇな盆暗に何時までも与える時間なんざねぇし、年跨ぎで残すモンでもねぇしよ。好い加減仕舞ぇにすんべ」 拳に灯した炎。ぼーっと俯いて黙っていた黒鏡面が顔を上げる。好戦。構えた。振り被る。 戦いが、始まる。 ●血戦1 蜂比礼。負の想念を吸収し蓄積し装備者の力と成す、黒鏡面の心臓の上に刻まれたアーティファクト。 戦場は鏖の痕が生々しい街だった所。つまり、そこに居た人々の恐怖や絶望や諸々の感情が既に彼へと流し込まれたという事。どれだけの感情が吸収されたのか、それは周囲の惨劇を見ればあまりにも明白であった。 ざくり。 藁人形の的と俺の奴隷と前に出ていた土くれ木偶をも巻き込んで。道具である的からは反射を受けないとは言え、返る痛みを意に介さず、リベリスタ達へいきなり牙を剥いたのは黒鏡面が振るう孤独の破軍であった。 肌が組織が肉が血管が。それは『斬られた』という確かな感触。痛みの信号。が、『墓掘』ランディ・益母(BNE001403)は表情一つ変える事無く真っ直ぐ真っ直ぐ黒鏡面へ駆けていた。 「よう」 挨拶も程ほどに。視線が合った。顔の見えないフィクサードがにぱっと笑った気がした。そんなに俺がお気に入りかい。ランディは口角の端でふっと笑って、概念兵器と成った両手斧グレイヴディガー・ドライに己の闘気を流し込む。踏み込んだ。振り上げて。叩き下ろす。黒鏡面が防御に構えた孤独の破軍とぶつかり合った。火花、零距離、物理的。 それに続くように瀬恋も前へ。土くれ木偶はどうやら後方に居るのが支援型か。が、行く手を阻む攻撃型の木偶。うぜぇ。邪魔だ。反射とか知るかボケ。握り締める拳。剣らしきモノを握った様な腕で斬りかかって来るそれの間合いへと踏み込んだ。回転する様に、拳で薙ぎ払う周囲。鈍い衝撃。 「思い切りいくよ……!」 木偶達を注視するアンジェリカも攻撃態勢に入っていた。La regina infernale、地獄の女王の名を冠した大鎌を雨の降り注ぐ天に掲げる。赤い光。それは滅びを示す脅威の月。巻き込む数だけ反射の棘が少女の肌に突き刺さるも、制圧の火力。火力。火力とやる気は高い方が良い。七花は魔導書''Rousalka''を魔術触媒にその魔力を高めてゆく。 「いきます」 向ける魔導銃。弾倉に込められた炎の魔石が赤い魔方陣を展開する。引き金を引けば、吹き上がる火柱。木偶達を巻き込んでゆく。 ならばこっちも。白鏡面が全身の銃砲をリベリスタへと差し向けた。奴隷達と共に。 「ヒャッハー! 目には目を歯には歯を火には火を! お返しじゃぁあーい」 回る銃砲と火焔の雨と。熱。熱。 だがそれをも焼く尽くす様な、爆熱。 「白面ちったぁ静かにできんか? テメェの相手はオレだよ 雑音ラジヲ野郎」 右手に『爆』の字。白鏡面に迫る火車が燃える拳を振り被る。顔面狙いのストレート。一直線。だがそれは白鏡面が、傍らに居た耐久型の木偶を掴んで盾にして。ぼぐしゃぁ。ぱらぱら。 「俺は黙ると死ぬんだよくわしゃーーーんッ今日も可愛いねはすはすぺろぺろパンツ何色! 赤? 赤なの!? 業炎撃色なの!!? ヒュ---ッ!」 「日本語でオーケーだカスが 愉快な口振り通りの下品な鏡面 パリンと割ってやるって な?」 その顔面に噛み付くほどのド接近。実際噛み付けるなら食い千切る心算。歯列を剥く。何度でも振り被る炎の拳。その憎たらしい顔面を叩き割るのも一興だが、石なりで二度と治らないような落書きを付けまくって写真撮って裏野部に添付メールするのも悪くない。想像したら悪い笑みが口に浮かんだ。 「あ~~っ……さてはぁ、エッチなことかんがえてるぅ~っ!」 「きもいわ」 うざたらしい絡みをしてくる白鏡面にいっそ簡潔に吐き返した。 (それにしても、まぁ、なんというか……怖い面子が集まったもんやな) 火車の傍ら、鬼人を召喚しつつ椿は思う。自分では役不足かもしれないが、出来る限り頑張ろうか。 そう、出来る限り。 「……誰一人生かして帰さん意気込みで行こうやないか」 指先を黒鏡面に向けつつ、その目に宿る殺意は本物。 戦場をを見る。 或いは、杏樹は鼻で耳で肌で全てを捉える。研ぎ澄ませる。加護を得た射撃体勢。Amenと呟く様に祈るのは決して己の為ではない。魔銃バーニーの引き金を引けば、光り輝く鉄の雨が獣の咆哮の様な音を立てて降り注ぐ。 銃弾の合間を縫う様に、身体のギアを極限に引き上げたレイラインは駆けていた。高速、放たれる敵の攻撃は舞う様に回避して。 「さぁさぁ、鬼ごっこは嫌いかえ?」 手の鳴る方へ。不敵に笑う唇で紡ぐのは惹き付ける魔の言霊。それは俺の奴隷達の意識をひきつけターゲットを彼女に絞らせる。放たれる魔弾、接近してくる攻撃、それらを鮮やかに受け流し、後退し。 「以前やられた痛み、忘れてはないぞよ。何倍にもして返してやるから覚悟するのじゃ!」 各々に切られた火蓋。其々に動き出す戦場。 「さて、ゆるりと遊ぼうか?」 普段は隠している翼を翻し、ユーヌが降り立ったのはだらだらと瓦礫に座ってた唆聞の正面。「うん?」と異形が返事をして視線を向ける――のよりも早く投げつけたのは神秘閃光弾。炸裂。 「うおっまぶしっ」 「いや、流石物臭。地蔵のように固まるか」 「うらめしやー」 目がチカチカしているアザーバイドへ、更に立ち塞がるのはエルヴィンだった。抑えながらも仲間へ視線をやるのも忘れない。全体攻撃を行った仲間はやはり傷が深い、黒鏡面の孤独の破軍が齎す被害も無視できない。 抑えて治して、忙しい戦いになりそうだ。 「負ける訳にはいかねぇんでな」 ミスティコアに魔力が巡る。神秘キマイラとでも呼べるそれはエルヴィンの神秘の力を増幅させ、効率化させ、詠唱によって齎された癒しの風を戦場の隅々にまで行き渡らせた。 リベリスタは只管に前を向く。武器を振るう。呪文を唱える。 不気味な儀式陣が見下ろしている状況は何処までもシンプルにして暴力的だった。 即ち――殺るか、殺られるか。 ●血戦2 この作戦において、任務達成の方法は二つあった。一つは儀式破壊、一つは黒鏡面の心臓破壊。 それに対しリベリスタが提示した答はシンプルにして、迷い無く揺ぎ無いものだった。 リベリスタの目標は一つ。『黒鏡面の心臓を破壊する』。 そんな戦況、雨の中。俺の奴隷、土くれ木偶。流石に全滅まで持っていくのは厳しいだろうが、際限なく増やされ手数の差で圧殺されてしまう事は防いでいた。 反射の痛みに傷つきながらもアンジェリカは月の光で滅びと破壊を謳い続ける。木偶の攻撃に黒鏡面の斧で大きく身体を引き裂かれて蹌踉めきながらも、運命を代価に踏み止まった。血を吐いた。雨に流れる血が、血が、垂れてゆく。弾んだ吐息。 恐怖も、怒りも、欲しいのならばくれてやる。己はそんなにできた人間ではない。 だが。どれだけ傷ついてもどれだけ倒れても、身体が1ミリでも動くのならば。 「諦めない……それだけは絶対に奪わせないよ!」 少女が凛と張り上げるその声の通りだった。七花にとっても。喋っている暇も余裕もない。黙々粛々、機械少女は己に出来る事を最大限に努力し続ける。放つ弾丸は大いなる癒しであり、或いは恐るべき呪いの魔弾であり。 「負けません……!」 じわり、垂れた血が魔導書の頁に落ち、赤い染みを作り出す。幾度も襲い来る凶刃と弾幕は彼女の全身に夥しい量の傷を刻み、夥しい量の血を流させる。が、まだ倒れる訳にはいかなかった。例え運命を燃やしても。 勇猛果敢に、二つの足で立つ。 見据えた正面。狂った様な軌跡を描いて跳んでくる暴力。 杏樹の五感に生々と叩き付けられた危険信号。その恐ろしさはもう、知っている。否なほど知っている。文字通り身に染みて知っている。小型盾、錆び付いた白を姿勢を低くしながら構えた。がりがり、と火花を散らして盾を滑った暴力装置が杏樹の肌を裂いてゆく。直撃は免れ深手ではない。 「お返しだ」 構え、撃った銃。降り頻る弾丸。集中的に狙われる支援型は数を減らしてゆく。最初に居た支援型の木偶は全て、砕かれ割られ土に還る。 ならば。 「ブチ殺す!」 思い切り地を蹴って、飛び出した瀬恋は真っ直ぐに黒鏡面を狙っていた。視線。「できるの?」といつもの様に黒鏡面は問うてくる。「出来なきゃ言うか」と吐き捨てた。突きつける指。 「てめーを殺す理由は2つ。一つは散々舐め腐った真似してくれやがった。もう一つは、ツラが気に食わねえ」 「……」 黒鏡面は何か言い返そうかなぁと思った。だが上手く言葉が思いつかなかった。自慢じゃないが頭は良い方じゃない。いつだってそうなので、行動で示そうと思った。いつもの様に。暴力的に。衝動的に。突発的に。 それに真っ向から立ち向かうのは二つの銃砲。瀬恋が構えるTerrible Disasterと、椿が構えるRetribution。 反射も反動も何だというのだ。全力で徹底的に、殺らねば殺られる。単純明快。 「確実に、間違いなく、しっかりと絶命させよか」 世界を壊そうとする馬鹿共は、1人残らず極刑執行。椿が弾倉に込めるは断罪、呪い、殺意、敵意、因果応報。 「死んでその馬鹿治してきぃ」 冷徹に見据え、引き金を引いた。 ギルティドライブ。二つの断罪。螺旋を描き、唸りを上げて、立て続けに。 「おぉ、怖い怖い」 それを横目、猛攻を仕掛け猛攻を浴びる弟の姿に白鏡面は軽く笑う。殺意漲るリベリスタも恐ろしいが、黒鏡面も恐ろしい。元々狂ったような兵器を使いこなしている狂ったように喧嘩の強い狂ったように暴力的な奴が、裏野部一二三から賜った力と儀式陣の加護によって文字通り人外じみた暴力を自由奔放に吐き散らかしている。 二回行動を利用して作り出した俺の奴隷に自身を庇わせつつ。バックステップした白鏡面は黒鏡面と背中合わせ。 「いくわよ黒ちゃん」 「……うん、兄さん」 斧と銃。即ち暴力。手の届く全てを力のままに薙ぎ倒す、執拗な処刑兄弟。防御も無視して暴力的。 噴き出す鮮血はウンザリするほど、熱くて赤い。シャワー。雨交じりの血。血交じりの雨。 「……オレぁ最近嬉しくってよぉ」 赤いまま。立ったまま。焼け付く様な気が火車の足に集中する。ゆら、と彼の足元より立ち上る陽炎。構える拳。集中とともに狙い定める。傷を数えるのはとうの昔に止めていた。力めば傷がズクッと痛むがどうでも良かった。踏みしめる地面が軋むほどに、踏み込んだ。下から抉り込む様なボディブロー炎つき。を、白鏡面に。「ぐふっ」と悲鳴。その声に自然と、火車の口角が吊りあがる。 「も~とっくに 恨みとか憎しみですらねぇんだわ コレが……ただ只管に 喜びでテメェ等を殴ってんだよ」 「だろうなぁ、ああそうだろうなぁ! 楽しそ~な顔しちゃってさぁ、ヌヒャヒャ! お前裏野部こればいいのに」 「考えといてやるよ。お前らが全員クソみてぇに死んだらなぁ?」 踏み込む再度。死ぬまでリピート。 混沌極まりない死闘の様相。 から、少し距離のある所より。黒鏡面を庇わんとした木偶を縛り上げたのはユーヌが繰り出す呪いの鎖だった。 「自分勝手の好き勝手。餓鬼のようだな、何もかも……ああ、否定はしないし気が合うな?」 思考も思想も知りはしない、好き勝手に消すだけ。さて。向き直るは唆聞。成る丈封じてやろうと目論み行動を潰す技を行使するユーヌの命中精度は確かに鬼の如しだ。だが、それを察し唆聞が取った手は、耐久型の木偶に己を庇わせる事で。 せせら笑い翳した手。から、放ったのは粘つく呪糸。それはユーヌ、エルヴィン、アンジェリカを絡め取ってその傍に引き寄せる。 「よーし捕まえた」 「そりゃどうかな?」 が、例外が一人。絶対者たるエルヴィンだけはその身に絡んだ糸を振り払い、不敵な笑みで一瞥するや破魔の光で戦場を燦然と照らし渡す。まつろわぬ民の悪しき糸を焼き払う。身体の自由を得たアンジェリカは飛び退きながら、蔑む目線を異形に向けて。 「相変わらず物臭な奴だね。動かなすぎて色々役に立たなくなってるんじゃない? このイ■■野郎!」 はしたないけど、こんな言葉でもまだ生温い方だ。 冷たい雨が降っているのに体は熱い。 頑なな意地。ランディは運命を代価にしてでも膝を突く事を拒絶した。誰よりも黒鏡面の傍に居る事は即ち、誰よりも傷つく事と同じ意味である。ましてや黒鏡面はランディを甚く気に入っている。何も言わないなんの表情もないクセに、分かるのだ。ヘラヘラにやにやしやがって。 が。負ける訳にはいかないのだ。負けるのは嫌いだ。息を整えながら一旦跳び下がる。満身創痍だ。力尽くで叩きつけられる斧を受け止め続けた腕が痺れている。だがそれはランディが弱いからそうなったのではない。逆だ。強いから『それで済んだ』のだ。 だがしかしランディは『じゃあ仕方ないね』で納得できる男では、決してなかった。腹の底から湧き上がるもどかしさのような感情。苛立っている。その思いに応える様に、グレイヴディガー・ドライに纏わり付く瘴気が禍々しく揺らめいた。込める闘気。放つは何処までも荒々しい、破壊の砲撃。 震える空気。確かに空気が震えていた。 ランディが放つアルティメットキャノンと並走する様に、レイラインが空をも切り裂く速度で黒鏡面との間合いを詰める。俺の奴隷や木偶達に手酷い妨害を受ける状況にはなっていない今の状況は――正しくは状況だけをピックアップするならば――リベリスタがやや優勢と言えるだろうか。 だからこそ攻める。攻めろ。攻めるのみ。攻める他に無い。濃密な暴力の気配。猫の眼が零の距離。ランディの一撃に押し遣られた黒いフィクサードの、つるりとした顔面にレイラインの薄笑んだ表情が映り込む。 「久しぶりじゃのう? 今回も必ず止めさせてもらうぞよ! 貴様の斧ごと、計画も一緒に叩き壊してくれるわ!」 乱戦故に誰も巻き込まずに範囲攻撃を放つのは難しいか。だが攻撃手段はある。そんな瞬間にはもう、レイラインの攻撃は終わっていた。目にも留まらぬ速度。猫の爪は速くて鋭いのだ。返り血も着かぬ速度。 容赦はしない。黒鏡面を生かしておけば、一二三と共に際限なく災厄を引き起こすだろう。だから、故に。振るわれる攻撃に飛び退き間合いを取りながら、油断無く得物を構えつつ。 「貴様はここで、確実に仕留める! 覚悟するのじゃ!」 「……じゃあ……ぼ、僕、頑張ら、ないと……」 のっぺりした変わらぬ物言い。けれどどうしようもない歓喜と愉悦に満ちた気配。「恐みも白す」と黒鏡面が呟いた。その瞬間、膨れ上がる戦気がいよいよ以ておどろおどろしいほど戦場に満ち満ちる。彼方の裏野部一二三から、蜂比礼を介して力を得たのだ。 「……!」 ぞっとする。レイラインは己の意に反して尻尾の毛が逆立つのを感じていた。 だが黒鏡面のその行動は、そうまでしないとリベリスタを倒しきれないだろうと判断したからこそである。戦況は未だ混沌。削り、削られ、血塗り合う。 永遠のようで。 されど終わりは確実に、すぐそこにまで、迫っていた。 ●血戦3 戦闘が始まってそんなにも時間は経っていない気がした。なのに、何時間も戦闘し続けたかの様に、誰も彼もが傷だらけだった。リベリスタも、フィクサードも。 倒れた者が居る。アンジェリカ、七花。少女達の冷たい身体を、冬の雨がいっそう冷たく濡らしてゆく。赤く冷たく。 ばちん、とアザーバイドの毒顎が凶悪に振るわれる音が響いた。それは断固として縛り上げんとしてくるどこまでも嗜虐的戦法を取るユーヌと、彼女と同じく唆聞の抑えに当たっているエルヴィンの身体を容赦なく切り裂く。 これしきで。これしきで倒れるものか。受け継ぎし盾、最後の教えを構えたエルヴィンは裏野部勢力が無秩序に撒き散らす暴力を捻じ伏せんばかりに、癒しと安らぎと火力補給を徹底して展開する。防衛線にして生命線。倒れる事は赦されない。 「ぶっは げっほげほ、趣味悪ぃぃ~~~」 一方で湿った咳き込み。だくだくと血を流す白鏡面の正面に居るのは、だくだくと血を流す火車だった。前半戦では白鏡面の顔ばかり狙っていた火車だが、現在は彼の腹のみを狙い続けている。散々殴ってやったんだ、早々に腹のガードに徹せられるか?腹のみと見せかけて顔を殴るフェイントだって使えるのだ。 「ぶん殴ってぶん殴り尽くしてぶっ潰す テメェの何もかも粉ッ々にぶち砕いてやっから! オレのこの! 業炎撃でぇ!!」 「じゃー俺は対抗してインドラの矢でめらめらばーんと燃やし尽くして火葬してあげますからァ! 冠婚葬祭ッ!!」 零距離で交差する弾丸、拳、燃えて赤。 轟音。 軽やかな羽と、獣の鉤爪が音速に乗って閃いた。影をも絶つその恐るべき速度で、黒鏡面へと吶喊攻撃を仕掛けたのはレイライン。裂けた額、そこから溢れる血が片目に入って歪んだ視界。不愉快な世界。何かを口走ったと思う。「かかってこい」だったかもしれないし、「ここで倒す」だったかもしれないし、或いは言葉にならない咆哮だったかもしれない。 極致の暴力。戦闘の昂揚。心臓の音。感覚に雪崩れ込む。その渦中で椿は敵に銃を向けた。くらついて仕方がないので両手でしっかり握りこんで。深呼吸を一つ。 「……少なくとも五体満足で帰れると思いなや。死刑や」 絶対絞首。撃ち出すのは憎悪の鎖。地震に逆らう愚か者を侵食し喰らい墜とし殺す断罪。咽笛を締め付けられた黒鏡面が苦悶の息を小さく漏らした。それから呻く。止まらぬ覇気を纏った彼が立ち止まる事は無いけれど、片手は首に絡んだ鎖を掴み。片手は斧を振り上げて。 振るわれた斬撃――それに対し、瀬恋がとった行動は至極単純明快だった。 即ち、真正面からぶん殴る。ブチ砕いてやる、と腹の底から声を張り上げ。鮮血。刃の滑った拳が腕が真っ二つ寸前。ほぼ真っ二つ。もう真っ二つかもしれない。分からない。知らない。感覚は無い。それでも拳を、握り締める。握り締めていたと思う。痺れる様な冷たい様な、神経も筋肉も千切れているだろうけど。きっとその拳は、堅い堅い鉄拳だった。 敵の武器を破壊する事。それは容易な事ではない所か、不可能に近い。だが知ったこっちゃなかった。無理だ無駄だの言いたい奴にゃ言わせておけや。 「舐めんなボケナス!! 腕の一本もくれてやらぁ!! 腕なんざ一本残ってりゃぶん殴るには十分だろうがよぉ!」 腕が無ければ蹴り殺す。足が無いなら噛み殺す。牙さえ無いなら頭突きがある。 「アタシは坂本組の坂本瀬恋だ。覚えて死ね!!」 例え体が砕けようと――その魂は、砕けない。 誰だろうが、砕けない。 絶対に、砕けない! 「ブチ砕けろ糞野郎おおおおおおおおおおお!!」 修羅の如き咆哮だった。構えた拳に有りっ丈の力を込めて、込めて。迫る。渾身。破壊的。 ずぶり、と。致命的なそれは確かに、フィクサードの左胸をブチ抜いた。 「ぐっ、ふ」 ただしそれは黒鏡面のものではない。彼を庇って割って入った白鏡面のものだった。ぶしっと血飛沫。己の胸を貫通した瀬恋の腕を苦し紛れに掴んで、「へへへっ」と笑う赤い白い男。 「さ させるかよゴルァ……コイツ死んだら俺が一二三様に殺されるだろヴォケェ……いやほら 生まれた時も一緒なら死ぬ時も一緒っつーかコラ黒ォ! てめぇが死んだら俺が出世できねーだろーがァこのボケ! ボサッとすんなこのアh あ゛ げふっ」 最期の最後まで減らず口だった。白鏡面はある種謙虚な男だった。己の実力を弁えていた。己には、弟の様に超暴力装置を使いこなす才能も、喧嘩に対する天才的センスも、天下を取れるようなカリスマ性も、無かった。裏野部と言うよりは恐山気質。なのにどうして裏野部になったんだっけ?そうだよ弟。こいつが何処までも裏野部気質だったからだ。だから弟を利用した。こいつを上手く制御できるのは自分だけだ。こいつが成り上がれば。だから。なんだっけ。どうなったんだっけ。 「ああそうかい」 霞み逝くフィクサードの鼓膜に響いたのは瀬恋のそんな声だった。次に「なら死んどけ」と。瀬恋は今にも事切れるだろう白鏡面から右拳を引き抜いて、血潮を上げるそれを蹴っ飛ばし、その彼方に居る黒鏡面を睨んだ。 ふらふら、幽霊の様に佇む黒鏡面。けれど悪寒がするほどにその殺気が高まっているのは、蜂比礼を介しあの裏野部一二三より更に力を受け取っているからだ。これ以上受け取ると壊れてしまうかもしれない。それでも良かった。そうなっても良かった。 「……お馬鹿な兄さん。ばいばい、ありがと」 言葉の割には感情のない声だった。その時にはもう、孤独の破軍が唸り声を上げていた。 ざく。 たった一振るい。なのにそれが齎す被害はあまりにもあまりにも大きくて。 遂に黒鏡面は己と唆聞すらも攻撃対象に含めるようになった。そして死に掛けていた白鏡面の、その首をも刎ね飛ばし。本当に殺す気で殺しに来ているのだろう。自棄ではない。殺意だ。そして暴力の愉悦。破壊の恍惚。衝動の悦楽。つまりは絶頂。彼は今幸せなのである。お小言がうるさい兄も死んだ。なにやってもいいんだ。 戦場に生血でできた赤い花。雨に流されても尚温かい。腹部を致命的に抉られたユーヌが遂に倒れた。咽笛を切り裂かれた椿が血に溺れる様に頽れた。雨の音が聞こえる。ざーーーーーーー。 やらせるものか。これ以上。これ以上。杏樹は血を失いすぎて霞む視界で照準を合わせる。既視感――そう言えば黒鏡面と始めて対峙した時もこんな風に、ズタボロになったっけ。そしてあの時自分は彼の目を射抜いたのだ。そしてまた遭遇した時に彼は自分を含むリベリスタに指を突きつける。 殺してやるぞ、と。 「――!」 再びざくりと。刃。杏樹の上体が大きく揺らいだ。下腹部から胸を通って頬を通って右目の上まで。一本の赤い線。深い深い傷。ぱっと鮮血。思わず呻いた。赤い。血と闇に閉ざされた右目はどうなったか。分からない。けれど杏樹は悲鳴を上げなかった。痛くないと言えば嘘になった。ぼたぼたぼたぼた。夥しい出血。奥歯を食い縛る。 「眼ならくれてやる。けどその前に、今度は心臓を頂くぞ」 あの時の仕返しだろうか。ならば同じ様に、『あの時の様に』撃ち抜いてやる。 「これで終わりだ、黒鏡面ッ!」 構えた拳銃。火を噴く魔獣。螺旋を描く弾丸。一直線に、それは寸分違わず、或いは吸い込まれる様に。 胸の真ん中。 「う」 黒鏡面がタタラを踏んで後退した。 「うぅ、う」 ぼたぼた。血。血みどろ。血達磨。 「う うへへ うえへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへ」 肩をびくびく震わせて、黒鏡面は笑っていた。気味の悪い笑い声。暴力。暴力。なんて素敵で素晴らしい。振り上げる斧。ひゅん。ぶしゅ。ざく。ぐしゃ。制圧。鏖殺。破壊が全て。誰も彼も。 「僕楽しいよ」 「良かったな」 至近距離で応えたのは、再度前に出たランディだった。倒れはしない。負けるものか。その為には運命すらも焼き尽くす覚悟が、彼の心にはあった。 「似てるな」 「……何、が?」 「最初の時と攻める正義と守る悪、今回も似ている」 「うん……な、懐かしいね……」 「ただ俺は正義じゃねぇ、好き勝手やってるだけだ。世界の気紛れで振り回されるルールには心底うんざりしてるだけなんでね」 「に、似て、るね」 「何がだ?」 「僕は悪を気取るつもりなんてないし……好き勝手やってて……ああしなさいこうしなさいってのは……嫌い……」 斧と斧がぶつかり合う。思えば奇妙な縁だった。 けれど朝と夜が同時に来ないように。 二つは共生など決して出来ない。 予感、直感。 どちらかが死に、どちらかが生きる。 血みどろ。傷を負いすぎたランディは最早前が良く見えていない状況であった。なのに不思議と、黒鏡面の居る所は手に取るように分かる。さあ兄弟。握り締める斧に呼びかける。元々俺達に名など無かった。墓堀でもない唯のナナシノケモノとして、気に入らないルールと結末を破壊しようじゃあないか。 「テメェも全部振り絞ってかかってきな、ケダモノ同士、今度こそ決着だ!!」 「……うんっ、いいよ……!」 踏み込んだ。 振り被った。 一撃に全てを込めた。 赤黒い斧と鈍色の斧が交差した。 爆発せんほどの闘気が大気を大きく震わせ、慄かせ。 ビシリ。 二つの斧の刃にヒビが入る。 その亀裂は少しずつ、少しずつ大きくなって――がしゃんと、砕けた。 孤独の破軍の刃はもう無かった。けれどグレイヴディガーにはもう片方、刃があった。 あの時。 リベリスタが全ての力と誇りをかけて、孤独の破軍の刃を片方、砕いていなかったら。 「俺達の、」 片刃のグレイヴディガーを振り上げたランディの声が、目が、闘気が、一撃が。 「――勝ちだ」 ●おしまい。 そうして、雨の音だけが聞こえていた。 雨水に赤い色が混じっている。血だ。 静かなものである。 倒れている。首と胴が離れた白鏡面は既に冷たく死んでいるのは明白で、仰向けた黒鏡面はぼんやり空を眺めている。唆聞は劣勢を見るやとっとと撤退してしまった。儀式陣も直に崩れ落ちるだろう。 紛れもなく、リベリスタの勝利である。 「……」 その事実を噛み締めるように確認し。はぁ、とグレイヴディガーを地に突いて支えにしたランディは深く深く息を吐いた。赤い髪から水が垂れるままに見下ろすのは、物言わぬ状態の黒鏡面。胸に開いた大きな穴。どくどくと血。けれどまだか細い呼吸音。辛うじて生きている。尤も、立ち上がる事も戦う事も最早出来ず、死を待つだけの状態ではあるが。 目が合った気がした。ので、ランディは言葉を発する。 「3度目になるか、俺と遊ぶのは楽しかったかい?」 「……ランディ君、は?」 「俺か? そうだな――」 一呼吸分の間。ランディは言い放つ。 「――俺はしんどかったぜ、戦うの嫌いだからよ。残念ながら、まだ戦わなきゃならんがな」 「そんなのズルいよ。僕はこんなにも楽しかったのに」 珍しく黒鏡面にしては通る声で詰まる事なくそう言って。 永遠に、永久に、何も言わなくなった。 やがて雨は少しずつ小雨になってゆき。雨が上がる。 そうすれば、雨音すらも居なくなる。 『了』 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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