●さなぎの見る夢 飛び立ちたい。ただそれだけを夢見て、私は眠っていた。 冷たい風の中、ひとり、蹲って眠り続ける。 暖かい日の光を浴びる日を待ちながら。羽根で空を切るその時を待ちながら。 ただ、それだけだったのに―― 身体中に痛みが走る。鋳型の中から溶けた鉄が溢れ出すかのように、私の手が、足が、目が、耳が、心臓が、どろどろになって溢れていく。 戻らない砂時計のように、上から下へ、真っ直ぐに。 嫌だ、いやだ、死にたくない。こんなところで死にたくない。 念じると、光が射したような気がした。それに必死で縋りつく。 そうだ、死にたくない。私は飛びたい。ただそれだけの願いだもの、叶えられないなんて、そんなのは悲しすぎる。 飛びたい。どこまでも。 私は、私たちは、この空を下を、いつまでも―― そうして、蝶は目覚めた。 下界の空は時に嵐となることも知らずに、ただ温かなそよ風の中を羽ばたくことだけを夢想して。 ●依頼概要 メインモニターに資料を映し出し、『運命オペレーター』天原和泉(nBNE000024)はリベリスタたちに向け口を開いた。 「『万華鏡』システムにより、エリューション・フォースの発現が予知されました」 モニターに映っていたのは、一本の木に張り付いた、一つの白いさなぎだった。 「今回のエリューションは、生きられなかった『蝶』です」 和泉は、正確には『さなぎ』ですが、と付け加えた。 「『さなぎ』は蝶として羽化する前に息絶えたようです。その死の間際、エリューション化を起こした」 生まれることができなかったはずの『蝶』が、その瞬間エリューションとしての生を得た。 『さなぎ』は、ただ蝶として生まれ飛びたい、という願いのままに、ただ現し世を彷徨い飛ぶだけの蝶を生み出すことになった。 「『さなぎ』は、放っておけば『蝶』のエリューションを生み出し続けますが、これ自体は攻撃行動に出ることはないようです」 なので、まずはこの『さなぎ』の力を潰してください、と和泉は続けた。 「身を守るために体を硬化させたりしますが、皆さんのお力であれば対処できると思います。どうか、成仏させてあげてください」 それが、蝶になることだけを夢見ていた『さなぎ』に対して私たちができること。 「厄介なのは、『蝶』の方かもしれません」 モニターにその姿が映し出される。 手のひらほどの大きさの、虹色の輝く羽根を持った、美しい蝶だった。 「この『蝶』は小型で素早いため、攻撃が当たりにくい傾向があるようです」 皆さんの戦略に頼らざるを得ないところです、と和泉は告げた。 「加えて、戦場は街外れの林の中になります。見通しが悪いので、不意打ちに注意してください。ひらけた場所へ『蝶』を誘導するのも一手だと思います」 闘いの場となるのは、『さなぎ』がその身を置いた木々の中だ。大型の武器などはその使用が制限される恐れがあった。 「フェーズは最大で2です」 少しでも視界を確保するために、作戦は昼間決行の予定です、と和泉が言う。 「人通りのない場所なので、白日の戦闘になっても問題はないという結論です」 何か質問はありますか、と問う和泉に、リベリスタたちは決意を秘めた眼差しで返した。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:ニケ | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年12月23日(月)22:29 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●蝶の羽ばたき ざわめく街から取り残されたような、枯れ枝も目立つ冬を前にした林の中。 その静けさの中に、八人のリベリスタたちはいた。 落ち葉を踏む音がさくさくと響く。 夢見る蝶を討伐する――それが彼らに与えられた任務だった。 「ここで三箇所目ね」 『薄明』東雲 未明(BNE000340)が指を折り数えながら言う。彼らは林の中にある、戦闘時に使える足場の平坦な、視界のひらけた場所を探している最中だった。 「二つ目のポイントから南へ数メートル、というところですね」 『現の月』風宮 悠月(BNE001450)が答えた。 「最初のポイントを合流点にしましょう。戦闘中に隊が分断されても、そこで落ち合えます」 悠月は落ち着いた口調で、頭の中の地図に経路を書き込んでゆく。 同時に、『メガメガネ』イスタルテ・セイジ(BNE002937)が千里眼を用いて、対象となるエリューションの居場所を探っていた。羽根を纏ったその背中に緊張が漂っている。 そのイスタルテの背と、小柄な体をした『さぽーたーみならい』テテロ ミミミルノ(BNE004222)を中心とした隊列で、リベリスタたちは周囲の景色を注意深く観察しながら動いていた。 「どきどきしますっ」 「大丈夫ですよ」 ミミミルノの抑えた呟きに、『シャドーストライカー』レイチェル・ガーネット(BNE002439)がそっと笑って言った。その落ち着いた表情の中にも、ミミミルノに向かう彼女の優しさの萌芽のようなものが見えていた。 「蝶になる夢見て眠る蛹さんね。何だかロマンチックよね」 彼女たちの背を見守れる位置に立ち、『花喰い蝶々』ルクレツィア・クリベリ(BNE004744)はうっとりと囁く。彼女は美しいものが好きだ。 「ここもそうね」 『クオンタムデーモン』鳩目・ラプラース・あばた(BNE004018)を筆頭に、リベリスタたちは四箇所目の平地に辿り着く。林の中にぽっかりと空いた場所。 その時だった。イスタルテがばさりと翼をはためかせる。 「……見つけました!ここから十二時の方角へ十メートル!『さなぎ』です!」 イスタルテの言葉と共に、一羽の小鳥が彼方から舞い降りる。 それを指先に受け止め、『落ち零れ』赤禰 諭(BNE004571)も静かに笑った。ファミリアーで支配した小鳥が彼に囁く。 「こちらも見つけました。『さなぎ』の傍に『蝶』が二体。もう一体は――」 「みぎなのっ!」 ミミミルノが指を指す。超反射神経を持つ彼女に対して不意打ちは通用しない。右側の木陰から飛び出してきた蝶の突進を、リベリスタたちはひらりと身を躱して避けた。 木々の隙間をこぼれ落ちてくる陽光に、蝶の虹色の羽根がきらきらと輝く。誰からともなく、綺麗、という呟きが漏れた。 この蝶こそが、今回の標的となるエリューション・フォースの一体だった。 「どんなに見た目が美しくとも、エリューションはエリューション。同情はします、でもそれだけです。世界を害する化物として、速やかに排除させていただきます」 レイチェルが身構える。レイチェルはトラップネストを発動させ、蝶の羽根を絡め取る。 張り巡らされた罠にその身を捕らえられた蝶は、苛立つように羽根を振った。 その隙をついて、レイチェルが叫んだ。 「今です、抜けてください!」 その言葉を合図に、リベリスタたちは駆け出した。 戦闘の始まりだった。 レイチェルは罠に捕らえた蝶へと向き直り、精神を集中させる。小型の敵だ、攻撃を違わず当てていくには集中力が必要になる。 だからとて、レイチェルは己の力を疑ってなどいない。必ず倒してみせる。 「ここから先へは行かせませんよ」 黒い尾をゆらりと振る。蝶はレイチェルの眼鏡の奥にある瞳をじっと見つめてくるようだった。 突如、蝶が羽根を翻してレイチェルへと向かってくる。彼女は尾を揺らしてそれを躱し、カウンターにルーラータイムを放った。 最高級の精度を誇る一撃。魔性を込めたその一撃は、蝶の羽根の一部に風穴を開けた。 蝶は怒り狂ったかのように羽ばたきを繰り返す。が、レイチェルは怯まない。耳を揺らし、風を読む。蝶の軌道から身を躱し、攻撃を繰り返す。 まずは蝶を生み出すさなぎのエリューションの撃破からだ。その邪魔は決してさせない。そんな決意がレイチェルの体からは溢れていた。 翼の加護の力を纏ったイスタルテがその後に続いた。彼女は低く飛行することで足場の悪さを物ともせずに動き回ることが出来る。 「あなたの相手は私たちです!」 翼をひらめかせ、逃げようとする蝶へとスターライトシュートを打つ。輝きを纏った攻撃が蝶の羽根を穿った。 蝶が失速する。それでもなおよろよろとふらめきながら飛び去ろうとする蝶を追って、イスタルテは林の中を奔った。 千里眼の力を持つイスタルテにとって、立ち並ぶ木々は障害物足り得ない。迫り来る樹木を次々と躱し、イスタルテは逃げる蝶との距離を詰めていく。 「逃しません!」 再び、一閃。イスタルテの攻撃が蝶の両翼を打ち砕いた。蝶は虹色の飛沫となって、林の中を舞った。泡沫の夢の如く、蝶は粉々になって地に墜ちた。 その最期を見届けて、イスタルテはそっと膝をつく。 輝きの濁った蝶の羽根の断片を拾い上げ、痛々しげに胸に抱いた。 「可哀想な蝶さん。どうか天国で安らかに……」 これが、飛ぶことだけを夢見ていた蝶に対するせめてもの葬送だった。 生きることができなかった生き物に対する鎮魂の想いが、彼女の胸に降りかかっていた。 彼女は蝶の墓標を作ると、毅然とした面持ちで顔を上げた。まだイスタルテの仕事は終わっていない。千里眼を用い、にわかに始まった戦闘の様子を注意深く見守りながら、仲間たちの元へ急いだ。 それはすぐに見つかった。 「いたのっ」 ミミミルノが示す先へ、皆の視線が集中する。 大きさは、握り拳二つ分ほどだろうか。やや大きめのそれは、表面はさらりとなめらかで、グロテスクというよりはある種の白い宝石のようにも見えた。 一本の木に張り付いたエリューション――まやかしの蝶を生み出すさなぎだった。 その周囲を二羽の蝶が舞っている。 さなぎはまるで歓迎でもするかのように微かに震え、もう一羽の輝く蝶を生み出した。羽化だ。 これ以上のエリューションの増殖は許されない。 「みなさんにっ、ひかりのかごを!なのっ!」 ミミミルノは素早く浄化の鎧と翼の加護を仲間たちに与えた。 優しい光に輝く鎧がリベリスタたちを包む。ミミミルノが持つ聖なる力。 その光と小さな翼を背に、あばたは火器を構え、仲間のリベリスタたちに告げる。 「わたしはあれを」 新たに生まれた蝶の一羽に狙いを定める。まずはそれをトラップネストで捕縛し、さなぎ諸共蝶を撃破しようと試みる。が、蝶はぶるりと身震いをするようにして捕縛を抜け出し、その攻撃を躱した。 「虫けら風情でも敵意はあるのですか」 あばたは小さく溜息をつく。面倒な闘いになるかもしれない。 足場の悪さを物ともせず、あばたは林の土の上を駆けた。大きく張り出していた木の根を飛び越え、蝶に狙いをつける。 銃口から、鋭い弾丸が飛び出した。気糸による精密な射撃。その攻撃は蝶の羽根に小さな穴を開けた。 蝶の羽根はどうやら身を守ることに突出してはいないようだった。ならばあばたの得物で十分に倒すことが出来る。 蝶が振りまく鱗粉を浴びないように飛ぶように走りながら、あばたはその射程に蝶を捉えた。 あばたの銃が火を吹く。その一撃を食らった蝶は、怒りに猛るかのようにあばたへと突進を繰り返した。右へ、左へ、それを避ける。 あばたはピンポイントで蝶の注意を引き寄せては、その躯体を着実に抉っていった。 もう一羽の蝶の前に未明が飛び出し、剣の切っ先を向けた。 「さなぎか蝶か。どちらが本当の自分かなんて、もう関係ないわよね」 蝶は既にその望みの通りに飛び立った。本来であれば起こり得なかった、許されざる飛翔。 「どちらが本当の姿であっても、貴方はもう十分でしょう」 仲間たちがさなぎの力を潰すまで、その邪魔はさせない。 ミミミルノの力によって与えられた、蝶と同じ一対の翼をその背に纏い、前衛に立ち未明は蝶と対峙した。 「まずはさなぎからですね。動けないなら良い的です、さっさと潰してしまいましょうか」 諭が言い放ち、式符・影人によって式神『影人』を作り出した。彼とよく似た姿をした影人は、重火器を構えた砲台となる。 影人は諭の術によって増え続ける。身を固くするさなぎを撃破するための圧倒的な火力。 「邪魔ですね、ひらひら舞って」 飛び出した影人がぼんやりと漂う残る二羽の蝶へと向かう。さなぎを潰すまでの抑えとしては、十分だった。 「これでひとまずの攻撃は凌げるでしょう」 ルーンシールドを展開させた悠月が言う。 蝶の無念は泡沫に溶けて消えるべきもの。在り続ける事は許されない。 さなぎに向け、諭と影人による砲撃が始まった。煙に包まれ、みしり、と白いさなぎが軋む。 そこへ、ルクレツィアの術が追い重なった。属性の異なる魔術が連続で組み上げられ、四色に煌く光が敵を撃つ。さなぎは震えながらその攻撃を受け止めた。 「美しい夢もいつかは覚めるもの。起きて頂戴、揺り籠の中のお寝坊さん? 貴方が舞うべき場所は夢の中では無く、神の園。痛み無きエデンよ」 さなぎに与えられるべき葬列。それを与えるため、ルクレツィアは魔曲という目覚めの歌を奏でる。 夢の覚める時間だ。死せる者は死せる者として、逝かねばならない。 白いさなぎにヒビが入る。 「ごめんなさい、なのっ」 ミミミルノが小さく詠唱する。その小柄な体の前に大きな魔法陣が現れ、さなぎに向けて一条の矢が放たれた。小さな、けれど身を守る術を持たないさなぎにとっては大きな一撃。 さなぎの背のヒビ割れが大きくなる。蜘蛛の巣のようなヒビを見つめ、悠月は救いを与えるように腕を伸ばす。 「諸共に砕き果たしてみせましょう。――眠らざる無念に終わりの幕を引くのです」 悠月の言葉は、さなぎへ向けられた送辞でもあった。 彼女の一撃が――ソウルクラッシュがさなぎへと炸裂する。魂をも砕く虚無の一手。相手の肉体を、その精神を、ありとあらゆるものを貫き通して全てを破壊し尽くす一撃。 パァン!という、風船が割れるような音がした。音と共に、白い宝石が――蝶になる夢を見続けたさなぎが打ち砕かれる。 その体は細かな砂礫となって、大地と混じり、長い夢が終わりを告げた。 時を同じくして、あばたが蝶の一体を打ち砕いた。 その一報をアクセス・ファンタズムの通信で聴きながら、未明は頷いた。 残る蝶は三体である。一体ずつ、着実に殲滅していく。 イスタルテの千里眼による誘導で、リベリスタたちは、その戦場をさなぎのあった木から東へ数メートルの地点にある平地へと移していた。 これまでは味方を庇い、攻撃よりも防御に重点を置いてきた。だがそれも終わりだ。 一体の蝶と対峙しながら、未明は攻撃の隙を探る。 「もう十分飛んだとは言えないでしょうけど、この辺りが限界よ。季節も冬、蝶が舞うには辛い時期だわ」 未明の限界をも越えんばかりの攻撃が炸裂する。抗い様もない破壊力に、砂埃に呑まれた蝶の体が滅茶苦茶に宙を舞う。 最強の破壊力を持った、全てを粉砕する一撃。 くるり、と未明が手にした剣をひらめかせる。 「これで終わりね」 立て続けに、未明の剣が陽光を跳ねさせて閃いた。高速で跳躍し、樹木を蹴り上げ、一気に蝶へと肉薄する。その剣の切っ先が、動いた。目にも止まらぬ早さで強襲攻撃が展開される。 その剣撃が、蝶の片翼を切り裂いた。バランスを失った蝶に、再び未明の刃が襲いかかる。なす術もなく蝶は切り裂かれ、その羽根を大地に散らした。 両翼を失くした胴体の中心を、未明の剣が刺し貫いた。悲鳴を上げることもなく、蝶は絶命する。まずは一体。 仲間を失った残る二羽の蝶たちを、悠月のチェインライトニングが呑み込んだ。 放たれた一条の雷が荒れ狂い、エリューションとして生まれた蝶たちを貫いていく。 「一寸の虫にも五分の魂ですか。虫けらの割には以外としぶとい」 諭が嘲笑するかのように呟いた。影人の砲火が一羽の蝶を襲う。蝶はそれでもなお身軽だったが、悠月の攻撃を受けてその飛行はひどく不安定なものになっていた。 影人による銃撃を躱しきれず、蝶の羽根は虫食いの痕も生々しい木の葉のようになっていく。 その惨憺たる有様を見、諭は呆れたように首を振る。 「不味い不味い。中が柔らかくとも、虫を食べる風習の気が知れませんね。……いや、早計でしたか。死に損ないのでは不味いのも当然ですね」 諭がすっと腕を伸ばす。それに合わせて、影人たちの銃口が一箇所に向けられた。傷ついた蝶の胴体。 腕が、空を薙いだ。銃口が一斉に火を噴いて、蝶の体を撃ち貫いた。 夢の名残が、穴だらけになった蝶の死骸が、ひらひらと林の中を彷徨い落ちる。 その様を見届け、諭の赤い瞳が笑みの形に細められた。 「さあ、あとはあなただけよ」 ルクレツィアが甘い声で囁く。その声に誘われたかの如く突進してきた蝶の躯体を、ルクレツィアは木々の影に身を寄せて躱す。まるで悪戯な隠れんぼをするかのように。 ルクレツィアは謳う。密やかなる魔曲を。戯れの子守唄のように。 四つの光が蝶の羽根に、体に突き刺さる。その様子は、光に祝福されているようにも見えた。蝶は身を捩るように羽根を羽ばたかせた。 「こんなのはどうかしら?」 ルクレツィアの声は続く。歌うように紡がれた詠唱によって、彼女の周囲に輝く魔法陣が展開された。 最後に、キスを。 ルクレツィアの宙へのキスを合図に、魔法陣から魔力弾が放たれ蝶を襲った。 その羽根に風穴を開け、蝶は彼女の歌の中を彷徨う。ただ一羽残った、さなぎが見た夢の残骸。その哀しげな姿に寄り添うように、ルクレツィアは無邪気とも呼べる純心さでもって歌い続ける。こんな形でしか飛ぶことができなかった蝶に対する鎮魂歌を。 その横に立ち、悠月は祈りを捧げるように手を組んだ。長衣の裾が風に揺れる。 ここはあのさなぎが飛びたいと夢想した、その風の中だ。 蝶の、蛹の無念。飛び立ちたい。故に、空を飛ぶ自らの姿を夢想し、蝶を生み出し続けたエリューション・フォース。許されざる存在、せめてその安寧の眠りを願いたかった。 その羽根に、悠月の放った魔曲・四重奏が突き刺さった。 虹色の羽根は、四色の光を反射させ、傾き始めた陽光の下で寂しく輝き、そして消えた。 ●胡蝶の夢 とある蝶が最期に見た、夢幻の欠片の終わりだった。 悠月は地に墜ちた一羽の蝶の羽根を拾い上げる。羽根はもう光らない。もう風を切って飛ぶことはない。 彼女の手の中で、羽根がぽろぽろとその形を崩していく。それは錆びた虹色の砂礫となって、悠月の手からこぼれ落ちていった。 木々に隠された空を見上げる。悠月の視線に、リベリスタたちは次いで夕暮れを迎え始めた天を見た。そこに白日の満月が浮かんでいる。 あの蝶たちは――満足だっただろうか? 一時の、まやかしの翼を手に入れた、飛べなかったさなぎと蝶たち。 空を飛ぶ夢は、見られただろうか? くいくい、と悠月の長衣の袖が引かれた。 目を落とすと、ミミミルノがこちらを覗き込んでいる。 「どうしました?」 「おはか、つくりましょー?」 ちょうちょさんの、とミミミルノが言う。その言葉に、悠月は小さく笑みを浮かべた。 「ええ。……そうですね」 全ては一つのさなぎが見た、胡蝶の夢。 その夢の名残は、静かに林の中で眠っている。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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