●職を失った -Jobless Chef- 二十四節気の上では、大雪と呼ばれる時期である。 『武装料理長』ゴッデス・ムッシュ・田中は、中華鍋を背負った白衣姿で、住宅街の細道をトボトボ歩いていた。 アテはない。寒空の下で途方に暮れていたという方が正しい。 後ろに同じような格好をした配下の五人がついてくる。肉叩きめいたハンマーや、トゲが生えた金棒、火炎放射器等の調理器具を携えている。 「シェフ……何処行きましょう?」 「うるせぇ! 今考えてんだよ!」 彼等は、裏野部に所属するフィクサードである。正確には、裏野部派の新人訓練所で、働いていた給食担当達であった。 「畜生め、アーク……!」 長年勤めてきた、裏野部の新人訓練所。その訓練所の管理人が、些細な事件でアークによって撃破された結果、働き口が空中分解したのである。 職を失った。 「俺の職場を! 聖域を! 生き甲斐を! 良くも良くも!」 講義の度に、生傷を増やして来る訓練生達。 自分をオヤッサンと親しんでくれた可愛い訓練生達。 彼等に腹いっぱい食べさせてあげようと、八百屋や魚屋から食材を『強奪して』旨いものを作り、お残しをしたら血祭りに上げる。その日常が田中にとって、生き甲斐であった。 「ぬぉぉおおおお!」 田中はおもむろに中華包丁を出して、アスファルトに八つ当たりの如く叩きつける。アスファルトが地割れの様に砕け、そのまま力なく電信柱の横で体育座りをする。 同じような格好の五人も体育座りで塀に並ぶ。 道行く通行人が、チラチラと見ては見ないふりをして通り過ぎて行く。アスファルトの割れをヒョいっとジャンプして通り過ぎて行く。 「シェフ……何処行きましょう?」 「うるせぇ! 今考えてんだよ!」 このやりとりが何往復目か。 項垂れること半半刻ほどの後、間抜けな音が耳に入ってきた。 『かれーかれー、かれーらいすはいらんかねー? おいしいおいしい、すーぷかれーもありますよー? ちゃんちゃかちゃんちゃか』 移動販売のカレー屋ワゴンが、のろのろと路地を走ってくる。 ちゃんちゃかちゃんちゃかの部分は女の声だ。肉声で言っている。呑気なものだ。 「……昼時か」 田中を顔を起こし、冬の空を見る。 そういえば腹が減った。普段ならばこの時間は、お残しをした訓練生達を血祭りにあげたり、商店を襲撃したりと楽しい一時を過ごしていた筈なのだ。 移動販売のワゴンを見る。 途端に怒りが湧いてくる。次に、この移動販売のワゴンを強奪して新しく商売を始められないか。考えが入り混じって巡り巡った後に。 「ひゃあ! そのワゴンをよこせぇえややあああ!!」 田中は、体育座りから跳躍する。 中華包丁を片手に、ワゴンへ蛮族の如く躍りかかった。 ●インド行きたい -Kasakara Remnants- 「裏野部派フィクサード。『武装料理長』ゴッデス・ムッシュ・田中を撃破する」 アークのブリーフィングルーム。『参考人』粋狂堂 デス子(nBNE000240)は、端末を操作しながら溜息をついた。 裏野部派は、日本のフィクサード組織である主流七派の一柱であり、無秩序な暴力を振るう武闘派集団とされている。元気さえあれば何でもできるという事か。 「こいつだ」 映像に顔が出る。痩せ型で禿頭。禿頭にハートと矢が刺さったデザインのタトゥーを入れ、浅黒い肌色のコケた頬である。白衣でコック帽子を被っているものの、典型的な裏野部顔と言えようか。 「奴等は、このまま怒りに任せて住宅街のど真ん中で大暴れをする。道や塀を砕き、ワゴンをひっくり返し、爆発させるなど。放っておけば被害が出る」 そもそも、ワゴンが欲しくて暴れるのではないのか。ひっくり返して爆発させてどうするのか。 フォーチュナが予見した情報の資料が配られる。 「一応、腐っても料理人らしい。料理人にとって我慢ならないことや、料理人としての業前を見せつける事で、隙を作る事ができるだろう」 前者は、おそらく不衛生であろうか。後者は、料理自慢が料理の業前を披露するか、タッパに詰めて持って行けばいいか。彼の料理を強請る等も使えそうだ。 ただ、方針は前者か後者、無礼を使うか巧言を使うかで、一方に決めた方が良さそうだ。不衛生な環境を作った上で料理の披露や強請っても、効果は薄そうである。まあ細かい事抜きに問答無用で叩きのめしても良いのだが。 「しかしカレーか……暖かいインドに行きたいものだ」 行けないだろうなぁ。とデス子は二度目の溜息をつく。 「――ああ、それから。ワゴンに関しては気にしなくても良い。自分の身くらい守れるだろうからな。裏野部の撃破に専念してくれ」 クエスチョンマークが、リベリスタの頭上に浮かんだ。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:Celloskii | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年12月24日(火)22:18 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●暴力シェフ -Violent Chief- 「ヒャッハー!」 ムッシュ田中は中華包丁を道路に叩きつけた。 たちまち道路のコンクリートに亀裂が走り、亀裂にカレーワゴンの片輪が囚われる。 「な、何ですか? 貴方達は!」 カレーワゴンから、女が一人。エプロン姿の上半身を窓から出してムッシュ田中を睨みつける。 「ひゃあ、じっくり料理してやるぜぇ!」 田中は白目を剥きながら、地面を叩き切った包丁をぺろりと舐める。裏野部のコック系フィクサード達も、首をカクカクさせた威嚇でワゴンへにじり寄る。 「え、ちょっと! こ、こないで下さい!」 ワゴンに近づかんとした裏野部派達。その間を、颯爽と影が刺した。 「またまたアークだよ。ご機嫌麗しゅう」 『覇界闘士<アンブレイカブル>』御厨・夏栖斗(BNE000004)がワゴンを背に、ムッシュ田中と対峙する。ヤァといった風情で挨拶をする。 「ア、アークだと!?」 田中は分かりやすい後ずさりの様な三下っぽい反応を見せる。 『アリアドネの銀弾』不動峰 杏樹(BNE000062)は、夏栖斗とほぼ同時にワゴンと裏野部派達に割って入る。 「腐ってもコックなのか裏野部なのか。どちらにせよ、更生が必要だな」 杏樹は、兎が刻印された自動拳銃のスライドストッパーをジャギリと外して裏野部へ向ける。次に瞳を右へ大きく寄せて、カレーワゴンを尻目に据える。 「ギブアンドテイク、でどうだ? ついでにカレー貰えると嬉しい」 「へ?」 カレーワゴンの穏健派が、頓狂な反応をした。 「カレーワゴンは私が護る!」 『まだ本気を出す時じゃない』春津見・小梢(BNE000805)は、意を決した眦で決意を述べて先の二人においつく、追い越す。追い越して真っ向、田中にカレー皿を叩きつけた。 「正義の味方が口上前の俺に、速度勝ち先手必勝とかどうなんだそれは!」 「ムッシュむらむらは絶対に通さない」 憤慨する田中を真っ直ぐ見据え、今日の小梢はやる気である。全身に聖気の様な、血中カレーが気化したのかわからないオーラが漲るのである。 「アークですか!? シェフ」 ワンテンポ遅れて、火炎放射器等の調理器具をいよいよ構えた裏野部達であったが、足は後ずさる。 「だが、飛んで火に入る腹の虫だ。俺の聖域を、よくもやってくれたな! ひゃあ! 者共! やっちまえ!」 矛先をリベリスタ達に変えた裏野部達である。肉叩きのハンマーがぶん投げられる。ごぉぉぉと火炎放射器などが火を放つ。 迎え撃つ様に夏栖斗が炎を蹴り払う。飛来した肉叩きハンマーを杏樹は一発の弾丸で叩き落とす。戦闘開始とあいなった所で、突如良く通った声が場を一喝した。 「その戦い待った!」 『足らずの』晦 烏(BNE002858)である。 なお、田中の特殊能力により、覆面に三角の上らへんに『味』のマークが浮かんでいる。 「おじさんは味頭巾! 勝負は『味勝負』で決着を着けるべし!」 人差し指と中指を立て揃えた形の手を、大きく天に掲げる。今日はツゴモリさんではない。通りすがりの味頭巾である。 「味頭巾だと……!? 味勝負だとぅ!?」 田中は歯をギリリと噛みしめて、リベリスタ達を睨みつける。 ここでノソリと『遺志を継ぐ双子の姉』丸田 富江(BNE004309)が、夏栖斗の横をゆっくり通りすぎて最前列。ドンと腕を組み仁王立つ。 「そうだ。ムッシュ! アタシと料理で勝負だよっ!!!」 富江は、幻想纏いから冷凍保マグロを取り出してムッシュに突きつける。面食らった様な表情の田中であったが、次に憎悪の顔が卑猥な笑顔に変わる。 「キキキ、俺に料理勝負か。料理勝負を挑むか? 俺は自慢じゃないが中国とフランスで長年修行し、栄養士の資格もある。一ニ三様の献立を考えた時期もある。裏野部でも名のある料理人よ。幹部に推挙の話が出た程の――」 「黙らっしゃい!」 富江が田中の能書きを切り捨てる。 「アンタだっていっぱしの料理人、まさかこんな定食屋のおばちゃんに挑まれた勝負から逃げたりしないよねぇ」 田中は白目を剥いてぺろりと包丁を舐めて頬肉を大きく吊り上げる。 「良いだろう。身の程知らずめが!」 決する。 決するや否や、味頭巾こと烏が幻想纏いから取り出したるは、食材が詰まったトラックである。 『破邪の魔術師』霧島 俊介(BNE000082)は、ワゴン側の反対側、裏野部達の後方に居た。ワゴン側の味方が時間を稼ぐ間に、敵の逃亡を許さない境界を詠唱する事が役割であった。 「最近、裏野部元気やなぁ……」 俊介がボソりと俊介語で呟いた言葉に対して、『ライトニング・フェミニーヌ』大御堂 彩花(BNE000609)は、顎に手を当てて頷く。 「裏野部といえば親玉とその取り巻きが騒動を起こしているようですが――」 裏野部派の首領である『裏野部 一ニ三』は、『儀式』の為に精鋭を集めたと聞き及んでいる。名のある裏野部派フィクサード達があちらに集っている。 「――あちらの状況に対し、必要とされていない時点で彼らの評価は察しが付きます」 俊介が「うわぁひどい」と返す。 「でも当たってるかもなぁ」 うんうんと頷き、地面に手を当てて陣地作成の詠唱を締めに入る。 オーバーリアクション空間がなんぼのもんじゃ。ならば此方は逃れられない空間である。ただし、やや時間がかかる。かかるも、遠目に見えるトラックや幻想纏いから入る通信が、作戦の初手の成功を意味している。時間の問題だと感じた。 一方、『デストロイド・メイド』モニカ・アウステルハム・大御堂(BNE001150)は、正面でも後方でもなく、横の塀の向こうに潜伏していた。 脚立をうんとこしょと設置して、あとは時間を待つばかりである。塀の穴からこっそり覗く。富江の提案で勝負のお題はカレーと決したらしい。小梢の目が輝くのが見える。 「ちなみにカレーよりはシチューのが好みです」 モニカはデキたメイドである。主張は一旦控える。 ●富江vs田中 -Cooking Battle- 「ヒャハハハ! 秘技! 斬鯨包丁!」 田中は瞬く間にマグロを解体した。次に自前の鰹節の様な何かをカンナで削る。尚、威嚇用の中華包丁を使っていない。別の中華包丁を使っている。衛生面で心配だからだろうか。 「只者ではないねぇ」 富江は一瞬圧倒されかけるも、玉ねぎを切る。 トントントンと小気味の良い家庭料理の音とリズムに対して、田中の派手なパフォーマンスめいた調理方法は対極と言えた。 富江が田中を抑えている間、他リベリスタは作戦の第二段階に入る。夏栖斗がワゴン近くまで後退する。 「僕たちはおねーさん達に害はあたえるつもりはないんで、安心してください。あとでカレー食べさせてね――ってあれ?」 「これはこれはご丁寧なリベリスタ――あら?」 夏栖斗も小梢と同様に、遭遇したことがあり顔を覚えていたのである。 「知り合い?」 杏樹が夏栖斗に言う。 「ん~~~。このおねーさんが一般人だった時さ、おねーさんが経営するカレー屋に食べに行った事があるんだよね」 過去、カレーがエリューション化するという事件での接点である。加えて、三高平にも来たことがあるとかなんとか。 「そう。なら任せたわ」 杏樹は裏野部側に視線を戻すと、どうも狼狽している様子であった。 「おい、どうするよ?」「どうするたって、シェフが完全にラリってるんじゃ」「と、とりあえずアークを攻撃しねえか?」 止めるにはもう一押しが要る。配下が再び調理器具を手にして蛮族の如く突進してくる。 敵のデッドオアアライブ刺身包丁を小梢がカレー皿で受け止める。 「カレーガード。カレーを凌辱しようとした者許すまじ、マジ絶対許さない」 そのまま、ぽかんのぶん殴って雑魚を押し返す。 「料理長の舞台に水を差すのか? そんなにプライドが低いのか?」 杏樹が放った一言が決定打となったか突進が止まる。 効果的な一言である。 少なくとも彼らは職を失っているのにも、料理長に付いてきているのだから。 「審査はどうするんだよ! ああ?」 モヒカンコックが吠える。対して味頭巾(烏)が再び手を天に掲げて遮る。 「抜かりなし」 味頭巾が手刀で空を切り指し示す先には。 「おねーさん達OKだって」 夏栖斗が、中立のカレーワゴンのフィクサードに交渉を二つ返事で終えさせた。審査は彼女達に頼む形にあいなったのである。 ここで、指をパチンと鳴らす音が喧騒の中で明瞭に響く。 彩花である。ゆったり歩いて合流する。背後を突く位置にいたのに、自身の存在を知らせたその意図は。 「話が纏まったようですね。では、皆さんの燃える料理対決に華を添えるプレゼントです」 「プレゼントだと?」 料理人達は挟撃されていた事に気がついたか、中腰でバスケットボールのマークの様な姿勢で前に後ろに首を振って警戒する。 彩花の指パチンが合図か。モニカが登場する。塀の上に巨大な砲塔を携える。 「少し考えたのですが、新人まで定期的に募集とか、アークなんかよりよっぽど人事能力に優れてるんじゃないですか?」 背が足りないので脚立を昇り、塀に片足を乗せた姿勢で威圧する。砲塔は即座にフィクサード達に向けられる。 「穏健派の方は審判OKとの事で心配はしてませんが、双方とも無駄に暴れないようお願いします。その時は新鮮な肉入りカレーがワゴンごと出来上がるだけですが」 『料理の邪魔はしないが、勝負の妨害企む敵がいれば攻撃する』という明瞭な殺意を端的に告げると、その砲塔の鈍い輝きに、敵方の一番よわっちそうなモヒカンがヒィと怯え竦む。 「よし、やっと終わった!」 気がつけば、魔術式の境界が場を包んでいた。 ゆるゆると俊介が「よ、裏野部」と軽い調子で彩花に追いつく。 「陣地設置完了!」 俊介の様子は軽いながらも、誰も死なせたい為に頑張る想いが胸裏にあった。相手が裏野部であろうとも、命だけは落とさせないと胸裏に秘めている。配下は杏樹やモニカの抑えが効いている。 ならば後は田中である。富江との勝負の行方を様子見る。 「ヒャッハッハッハッハ! じっくり出汁をとった鮫節汁を煮込んで濃縮ぅ! 刻んだマグロをぶちこみぃ!」 どうも絶好調であるらしい。白目を剥きながらも正確に調理をしていく。 「むぅぅ! 鮫節だと!?」 ここで味頭巾こと烏が、田中の言葉を拾って唸った。 知ってるのか!? というツッコミ役は本日不在であったことを思い出して、言葉を続ける。 「鮫節とは、青森の食文化。鮫の肉は本来アンモニアを含み、鮮度が落ちる程に臭くなる。だが逆に言えば腐りにくい。鰹節の鮫版というべきか! 既に途絶えた珍味だと思っていたが! むぅぅ!」 田中はシーフードカレーと推測された。 一方、富江はフライパンで丹念に玉ねぎを炒めている。田中が横槍を入れる。 「キキキ、玉ねぎをなぁ、飴色になるまで焼くなんて基本中の基本だァ。テメーじゃ俺にゃ勝てねぇな!」 卑猥な笑みを浮かべた田中はタマネギ、ニンジンにとりかかった。田中の言葉に富江は沈黙で返す。額から滴る汗玉をそのままに、玉ねぎに集中している。 得体がしれない田中の料理。鮫節にマグロ。味も何もまるで読めないのである。 お富さんが不利なのかもしれない──と、誰ともなく心配そうに眺める視線が確かに存在した。 ●実食 -Overd- 田中は、さらりとしたルーの和風シーフードカレー。 富江はモダンなカレーライスであった。 しからば実食に入る。各々、田中のカレーを一さじ掬って食べる。 カレーのスパイスの中に、鮫節を煮詰めて凝縮したスープカレーである。表面の魚油膜で冷めにくい、寒い時期にたまらなく染み渡る心地であった。 「……!?」 それだけではない。日々の疲れが取れていく様なまどろみ。オーバーリアクション空間が発動する。 「熱を通したマグロは、酸味がキツくなった覚えがありますが……何故」 彩花は、口当たりの良さに驚いた。 途端に足元から大海原が広がった。 脚が人魚の様に変じる。最初は戸惑うも回遊しながら大量の薔薇が乱舞させ、海をローズバスの様に、嗚呼、埋め尽くす。 「マグロになってしまう! アタシがマグロになってしまうよぉ!!」 対戦相手のカレーを食べた富江は、彩花と同様に下半身が人魚になる。いや下半身だけマグロになってしまった。ざぶんと海中から空に飛び跳ねる。全身を海面に叩きつけた途端、100m超の高波が生じる。 「ひゃー」 あらゆる攻撃を右に曲げるスーパーインド人小梢は実際インド人になってしまった。ヨガの達人めいて、富江が発生させた高波から日本列島を浮遊させて回避する。 「むぅぅ、まったりとしていてしつこくなく、それでいてシャッキリポン。即ち美味いぞー!」 烏が覆面を突き破って口から超巨大ハイドロポンプを放つ。小梢が浮遊させた日本列島はこれを推力に宇宙へ飛び立った。 ──という幻覚を共有したのである。 田中が、機嫌良さそうに講釈を述べた。 「キキキキキ! マグロの酸味の正体は乳酸だ。鮫節には乳酸を分解するアンセリンの含有が凄まじい。出汁にマグロを漬けておけば、マイルドになるのだ」 『おまけにアンセリンは肉体的な乳酸も盛大に取るんだぜぇ』と付け加える。 「疲れを取るシーフードカレー。とても美味しかったです」 カレーワゴンの内の一人が優雅に口を拭く。 他二人の穏健派フィクサードは、ざぶんざぶんと人魚になって飛び跳ねているが、普通のリアクションしかないのは何故なのか。 「美味かったよ、ムッシュ。さ、次はアタシのカレー、食べておくれ」 富江がカレーを差し出す。 負ける事は怖くない。何より耐えられないのは全力を出し切れない事。全ての料理へ愛情を注ぎ一品一品、その瞬間、最高の料理を全力で作る。これが富江の理念である。 一匙目にして、素朴な味わいが口中に広がる。特殊な食材も無い。玉ねぎのとろける甘味。頬に沁みる旨味。途端に空間が発動する。 広がった光景は、夕暮れ時の下町の町並であった。脇に河川敷。市販のカレーの匂いのたち込め、低い軒の立ち並び、郷愁を呼ぶようなものである。 とかく静かである。鈴虫の音色も聴こえてくる。 「何といいますか、らしいです」 モニカが淡々と空間に感想を述べた。 「だね! すっげーお富さんらしい!」 うんうんと夏栖斗も応じる。 「多くは語らずとも伝わるものがある」 杏樹は沈みゆく夕日を、しっとりと眺めている。 「誰もオーバーリアクションしないんなら、オーバーリアクション空間破れたりってトコ?」 俊介が小石を手にとって、河川敷に投げる。 夏栖斗も真似して石を投げる。ぱしゃぱしゃと小石が跳ねた所で幻覚は終了した。 「畜生! 汚ねぇ! ノルスタジィだとおお!!」 原風景の投影か。ならば果たして誰のものか。 田中から真っ先に口汚い罵声がリベリスタに飛んだ。三白眼だった目は円らな子犬のような目に変わり、四つん這いの姿勢からダクダクと涙を流していた。 ●『地獄カレー』 -Hell Carry- 「俺の……負けだ」 田中が降参すると、途端にコック配下達が暴走する。 「野郎アーク! 何しやがった! ぶっ殺してやる!」 即座に動くは、大御堂の姓を持つ双方。 「生肉量産、生肉量産」 モニカが無表情で躊躇無く砲弾を連射する。 「勝敗の決した事案を、暴力でひっくり返そうとしますか」 彩花が拳を握り固め、肘を引く。 「エレガントとは言い難いです」 引いた肘を真っ直ぐ突き出し、掌に雷陣を纏いコック系の胸部を穿つ。 「撤退しろ、マジ撤退しろ!」 俊介が、この様子に撤退を煽る。 この二人は、とかく容赦の無さに定評があった。特にモニカ。 "残務"をタコ殴りしている裏で、富江の要望から中立派の審査が呑気に行われる。 穏健派三人の内、二人は『裏野部』『アーク』と拮抗するも。 「『裏野部』です」 最初にカレーワゴンから顔を出した女が決する。 「寒い日の野外勝負でした。冷めにくいという工夫のちょっぴりな差です。同等なら愛情たっぷりな貴女に投票していたと思います」 「成程ねぇ。アッハッハッハッハッ!」 富江は豪快に笑う。勝敗は重要ではない。無いから田中の肩を叩く。 「美味かったよ! ムッシュ!」 残務処理が終わりかけ、残されたるは田中一人。 「就職できないのはアークの所為だとか責任転嫁して、そりゃアークは悪さするフィクサードは退治っすっけどさ」 夏栖斗が田中の肩をぱしぱし叩く。 「再就職するなら、逆凪とかおすすめだよ。ボスが人材マニアだから」 続いて杏樹が言葉をかける。 「働き口がないならアークへ来るか?」 杏樹の勧誘に、夏栖斗が驚愕していた。 「うまうまー」 小梢はひたすらに両者のカレーを食っていた。あ、そうそうとタッパを取り出す。 「私の作ったさくらカレーも持ってきてるよ。理想の味にはまだ一歩及ばないけどかなりの自信作」 反応するはカレーワゴンの女である。 「馬カレー! なんて斬新! 味見させてください!」 実にカレー好きと見える。いや知っていた。 「いつもいただいてばかりですから、皆で一緒に馬馬しましょう、麗華さん」 味頭巾こと烏は、どこかに連絡をしていた。穏健派の一人に問いただした直通である。 「あぁ、佐藤田君。おじさんだけど料理関連の仕事ない?」 ブチっと切られた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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