●空からの襲撃 ロンドン近郊、テムズ川流域。 丘の上に建てられた建物が夕焼けに浮かびあがっていた。古びているものの薄汚れた様子はない。天井の一角に、大きな丸いドームが乗っている。 流域、とは言ったものの、川からは数百メートルの距離があったが。 ドーム内には天体観測を行うための大型望遠鏡が設置されていた。 ありていに言えば、そこは天文台なのだ。 だが、その日望遠鏡が捕らえたのは天体現象ではなかった。 高々度から降下する異形の影。 「あれはエリューション……いや、キマイラかっ!」 天文学博士にして、リベリスタ組織『スコットランド・ヤード』の一員でもある、ジョゼフ・ハーシェルは即座に立ちあがった。 大きく広がるのはコウモリを醜悪にしたとしか評しようのないねじくれた翼。 遠目に見える体格は並の人間よりも二周りは大きく、まるで金属製であるかのように黒光りしている。 人間と同様の手足や頭部を備えていたが、化け物であることは明白だ。 何故なら、その生き物には口も鼻もなく、巨大な目……らしきものが1つきりあるばかりだった。顔面いっぱいに広がる窪みの奥に闇色に輝くなにかがあるのを目と呼べるとするならば、だが。 奇妙な音が天文台に降り注ぐ。キマイラの顔から発される音だ。 ドーム上の天井がひび割れ、望遠鏡が砕けていく――。 同じ頃、テムズ川に無数の気泡が沸き立った。 次の瞬間、水柱を上げて飛び出したのは、トカゲのように水かきのついた手足を持つ四足の生物たち。 だが、その頭部はトカゲではない。流線型をした魚だ。 大きさは人より少し小さい程度。 腹部から長く伸びた細長い翼のようなひれを広げた生物は、川と天文台の間をへだてるいくつかの建物を一気に飛び越える。 天文台周辺に広がる公園の土に水滴を垂らしながら着地したかと思うと、すぐさま再び跳躍して見せる。 驚異的な飛距離の連続ジャンプで一気に接近したサカナトカゲは建物に向かって水の球を叩きつける。 壁にぶつかって弾けたその場所が、見る間に溶けていく。 川とは逆の方向にも怪しい影があった。 公園内の舗装された道路の脇に立ち並ぶ木立ちに身を隠して天文台の様子をうかがう者たち。 まるで喪服のようなダークスーツを身にまとった彼らは、今度はまっとうな人の姿をしていた。 もっとも、目元を黒い覆面で覆った姿はとてもまっとうな人生を歩いている者とは思えなかったが。 「キマイラたちは順調に動いているようだな」 「『ヤード』の連中が来なければすぐに制圧できるだろう。もっとも、抵抗してもらえないと困るがね」 「来るまで続けるだけのことだ。近くに博物館や大学があったはずだな」 スーツの下に銃器や刃物を隠したフィクサードたちは身を潜めて襲撃の機をうかがっていた。 ●ブリーフィング 集まったリベリスタたちに、『ファントム・オブ・アーク』塀無 虹乃 (nBNE000222) は説明を始めた。 「ロンドン市内で発生しているキマイラ事件は、今のところ収まる気配がありません」 『六道』に所属するフィクサードが作り上げたキマイラについてはアークにも関わった者が少なくない。 そのキマイラの改良種がロンドン市内に何体も出現している。 『倫敦の蜘蛛の巣』のフィクサードたちは関与していないと主張しているが、彼らと対立する『スコットランド・ヤード』はそれが方便であることを確信している。 防戦に努め、様子見をしていた『ヤード』も被害が拡大するにつれようやく行動を開始する。 長年戦い続けてきた『ヤード』でさえも倫敦派の全容はつかんでいない。ロンドンに立ち込める霧に身を隠すように、フィクサードたちは巧妙に潜み続けていた。 頻発する事件の中、『ヤード』はキマイラの影に隠れるフィクサードたちを補足する策を練っていた。 主戦力を積極的に運用し、アークの援軍を要請することで戦力を増強。末端の敵フィクサードたちから戦略情報を得ることを考えたのだ。 アーク側も要請を受けた。 「ですが、どうやら敵のほうが一手早かったようです」 フィクサードたちはキマイラも用いてロンドンの市街と、網の目のように走る対して地下鉄に攻撃をしかけてきている。 その陽動で『ヤード』の戦力を引っ張り出しておいて、敵は彼らの本拠地『ロンドン警視庁地下』の制圧を狙っているのだ。 拠点を守る必要があるのはもちろんのこと、そのためにロンドンの街を見捨てることも看過はできない。 「皆さんは『スコットランド・ヤード』と協力し、陽動のフィクサードたちを撃破しつつ本拠地も防衛していただくことになります」 この場にいるチームは陽動を行う敵の一集団に対処してもらうことになる。 陽動とはいえ、うまくすれば今後の行動につながる情報を得る可能性もある。決して本拠地防衛のおまけと決まったわけではない。 襲撃が起こるのはロンドン近郊に存在するとある天文台。 周囲に広がる公園とともに観光地となっている場所だ。 天文台にはジョゼフ・ハーシェルなる人物以下数名『ヤード』のリベリスタがいる。襲撃を受けて派遣される援軍も含めてこの場にいるのと同数程度の戦力がキマイラと交戦する。 アークのリベリスタはそこに駆けつける形になる。 「ロンドンには万華鏡の効果が及びません。ですから、敵について十分な情報を得た上で行動するというわけにはいきません」 あるのは現地のフォーチュナから得られている限定的な情報のみ。 キマイラは二種類。ねじくれた翼を持つ漆黒の巨人『スクリーム』が1体、トビウオとトカゲのあいのこのような姿を持つ『フライリザード』が10体ほどだ。 スクリームは羽を震わせて破壊音波を起こす能力を持つ。 巨大な一つ目にもなんらかの能力があるものと思われるが現状では不明。 フライリザードたちはスクリームよりも弱い。高速で跳躍し、速度と重さを乗せた攻撃を行うことができる他、爆発して酸を撒き散らす球を吐き出すことができる。 「付近に潜んでいるであろうフィクサードについてはまったく情報がありません」 フィクサードたちを見つけ出すのは防戦中の『ヤード』よりもアークが行うべき役目だろう。 ただ、そればかりに傾倒してもキマイラが防ぎきれない。 「どのように『ヤード』と連携し、どのように人員を割り振るか……よく考えて行動してください。無事に帰ることを祈っています」 淡々とした口調で虹乃は告げた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:青葉桂都 | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年12月21日(土)22:49 |
||
|
||||
|
■メイン参加者 8人■ | |||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
● ロンドンにあるその天文台では、今しもキマイラとの戦いが始まろうとしていた。 「正直、来訪が突然過ぎて倫敦の街にあまり愛着は湧きませんが……」 『ライトニング・フェミニーヌ』大御堂 彩花(BNE000609)は夕焼けに赤く染まる公園の木々を見やる。 敵のうち、見えるのは高空より飛来する一つ目のみ。それもまだはるか彼方だ。 「個人的には全くブリテンでこんな事が起きるのは宜しくないですね。紅茶の国で好き勝手はさせませんよ」 左右で瞳の色が違う女性が、彩花の言葉を聞いて言った。 太ももまで届く艶やかな黒髪の美少女は、『大雪崩霧姫』鈴宮・慧架(BNE000666)へと振り向く。 「この地は、私の母の故郷でもありますしね……」 「ああ、お母さんが……それで、慧架さんはこの国に思い入れがあるんですね」 静かな笑顔を見せた慧架へ彩花は上品に微笑を返す。 「私のやるべきことに変わりはありません。守る国は違えど今回も全力でリベリスタとしての責務を全うしましょう」 凛とした彩花の表情に迷いはなかった。 遠く離れた国であれ、守るべき人がいることに違いはない。 「天文台はモニカさんと一緒に私が守りますから、フィクサードのことはお願いいたしますね」 「ええ。探索はキンバレイさんに任せることになると思いますけど」 慧架は大御堂重機械工業株式会社の三高平支部のメンバーでもある。彩花はその大御堂重機械工業の社長令嬢だ。 天文台周囲の公園にはあと2人、大御堂重機械工業の関係者が訪れていた。 「キマイラ込みとはいえ我々がいなきゃ完全に制圧されてるじゃないですか。こっちのヤードとかいうリベリスタもこんな有様でよく蜘蛛連中と百年も抗争が続きましたね」 アークでは毒舌メイドとして知られた『デストロイド・メイド』モニカ・アウステルハム・大御堂(BNE001150)が辛らつな言葉を放つ。 「確かに、面目ない話だな。こちらに抑えられているように見せかけて、連中は着々と力をたくわえていたということなんだろう」 増援および案内役として同道するヤードのリベリスタは、幼い少女の忌憚ない言葉を無礼と受け取ることはなかった。 もっとも、幼いのは見た目だけだ。外見こそ12歳程度に見えるが、モニカは慧架や彩花の倍も生きている。おそらくはヤードの男よりも年上だろう。 「まさか海外連中の尻拭いさせられるとは思いませんでしたが、まあこれもお仕事ならば致し方ありませんね。こっちの土産物には興味が無いので後で使えそうなヤードの恩だけ買って帰りますよ」 「ああ、少なくとも私は恩は忘れん……生き伸びられればの話だがな」 「ジョンブルの誇りがどうとか英国の方はよくおっしゃる割りに借りを作ったまま死ぬことをよしとするんですね」 モニカの言葉に、彼は冷や汗をハンカチでぬぐう。 慧架と別れた彩花は付近に存在しているだろうフィクサードを探索する2人と共に行動を開始する。 「さて、倫敦……と小学生には難しい単語を使ってみましたけどどうしますか……ところで19歳スク水とか19歳魔法少女とかやらないんですか? 非戦スキルに余裕があったら怪盗で大御堂のマジカル☆SAYAKAをヤードの皆様にアピールするところだったのですが」 ノートパソコンを叩きながら『究極健全ロリ』キンバレイ・ハルゼー(BNE004455)が問うてくる。 「……やりませんっ。遊んでいて勝てる相手ではないでしょう」 モニカと違って本当に幼いキンバレイだが、胸はやたら大きい。 均整の取れたスタイルを誇る彩花だが、サイズだけならキンバレイのほうが大きく見える。 神秘の力で母乳も出るようになったと言っていたが果たして本当だろうか。 「油断はせずにいきましょう。どんな相手が出てくるかもわかっていませんからね」 フィクサードを探るもう1人のリベリスタ、雪白 桐(BNE000185)が無表情に2人をうながした。 小さな翼を背に、リベリスタたちは二手に分かれて公園内に突入した。 夕焼けの赤色で燃えるように染まる木々の間を、リベリスタたちが駆け抜ける。 キマイラたちが進行方向の空に見えた。 「倫敦の蜘蛛の糸っていうのはむちゃくちゃだねっ!? 自分たちが住む町の文化とかまで壊しちゃったら、後々困ると思うんだけどなっ!」 テムズ川のほうから飛来するトカゲを見上げて『アメジスト・ワーク』エフェメラ・ノイン(BNE004345)が声をあげる。 「『倫敦は燃えているか』ってありましたよね、映画やゲームで……あれ、何か違いましたっけ?」 霧の街では珍しい巫女服をまとった『局地戦支援用狐巫女型ドジっ娘』神谷 小夜(BNE001462)が言った。 「燻りだしが目的だとはいえ、もうちょっとスマートにすればいいのにっ!」 風を切るキマイラへと、エフェメラが魔弓を向けた。 建物の上空、高高度から飛来する一つ目の敵を鷲峰 クロト(BNE004319)が見上げる。 天文台のドームは、スクリームの初撃で少なからぬダメージを受けているようだ。 「差し詰めこれは、特撮ヒーローものでありがちなコウモリ怪人もどきとトカゲ怪人もどきといったところかな。まぁ、やばい相手に変わりはねーんだけど」 不敵な表情でクロトは両手にナイフを構えた。 「敵の能力が不明だからって尻込みするつもりはねー。今の俺の全力をぶつけてやるまでさ」 高速で跳躍し、彼は再び衝撃波を放とうとする敵に切りかかった。 ● 天文台周辺部。 接近する10体の敵に向けて、ヤードのリベリスタたちはいっせいに銃を放った。 もともと天文台にいた者と、増援とあわせて5名がフライリザードとの戦いに当たっている。 エフェメラは遠く離れた故郷を思いやる。 仲間たちにしてみればここは故郷から海を隔てた場所だろう。だが、彼女にとっては海どころか世界を隔てた場所だ。 異世界人であるフェリエのエフェメラは彼方にある故郷、エクスィスの加護を願った。 動きは鈍るものの、もとより彼女はさして回避力に優れたタイプではない。 「さあ、これで何匹突撃してきても怖くなんかないよっ!」 銃撃を受けながらフライリザードたちが突進してくる。 ヤードのメンバーが2人、立て続けの突進を受けてたたらを踏んだ。 けれども、エフェメラにとってそれはもはや恐れるべき攻撃ではない。 「モニカさんも、攻撃がきつかったらボクに言ってねっ」 「ええ。とりあえずは盾がありますから問題ないと思いますが。っていうかせめて盾くらいにはなってもらわないと困りますし」 無表情にモニカはヤードのリベリスタたちを見やった。 金属音を放ちながら、腕に装着した砲を敵に向ける。それはエフェメラの魔弓に比べて、あまりにも凶悪な武器だった。 小柄なモニカの体と同じくらいあるようにも見える怪物的な自動砲を構えて、彼女は極限まで集中力を高めているようだ。 慧架はヤードのメンバーとともに前衛に立っている。 「さあ、それじゃ派手に行くよっ!」 引き絞った弓をエフェメラは天に向けた。 モニカの自動砲の弾倉が回転しながら、リザードたちを蜂の巣にしようと襲い掛かる。 攻撃を受けながらも跳躍するキマイラ。 エフェメラが魔弓を弾くと、宙を舞うリザードたちへ雨のように火炎弾が降り注ぎ、炸裂した。 小夜は2つの戦いの中間地点あたりにいた。 もう1人の回復役であるキンバレイがフィクサード捜索に向かったので、彼女はキマイラと戦う者たちの回復に回ったのだ。 エフェメラたちがフライリザードと交戦している間に、クロトはスクリームへと向かっている。 「俺が引き受けるから、今のうちに態勢を立て直せ!」 羽音が響き、衝撃波がヤードのリベリスタたちとクロトを襲った。 「気をつけてくれたまえ。広域攻撃だが、威力も高いぞ!」 ジョゼフ=ハーシェルという名のヤードのリベリスタが気糸を放ちながらクロトに声をかける。 「安心しな! その分俺は頑丈だぜ!」 両手のナイフがスクリームを強襲する。 深く切り裂いた刃にキマイラがうめきをあげた。空中戦の不利を悟った敵が低空へと降下し始める。 安定した高度からの攻撃が、さらなる打撃をリベリスタたちに加えた。 ジョゼフが膝を突く。 小夜は大いなる存在へと静かに祈りを捧げた。 偉大なる奇跡が、学者然とした男の傷を癒していく。 「すまないな、助かった」 「礼には及びません。私の力は、守るため、死なせないために得たものです」 「よい言葉だ。気負うことなくその言葉を言える貴女は尊敬に値する」 立ち上がった男は、小夜をかばうように立つと極細の気糸を生み出し始める。 スクリームにはまだまだ弱った様子は見られなかった。 リザードとの戦いも続いている。 慧架は弾雨と酸の雨の中を駆け抜けていた。 足に気を集中し、回避を主体としてリザードたちに対応する。 少なくともヤードのリベリスタたちよりは慧架のほうが攻撃に対応できているようだ。 「無理はせず、傷ついたらすぐ回復してもらってください。望めるならば、私は貴方がたにも無事に帰っていただきたいのです」 傷ついたヤードのリベリスタを、赤と青の瞳で静かに見つめる。 「わかった。無理はしない」 回復役のリベリスタに近づいていく男を慧架は見送る。 その間にも、モニカの弾丸はエフェメラの攻撃と共にキマイラたちを弱らせていた。 もっとも弱っている1体を見分けて、慧架は疾走する。 「――参ります」 和風美人といった風情の慧架に羅刹のごとき勢いが宿る。 双手に構えた鉄扇が流れるようにリザードを打った。 息もつかせぬ連打が身動きさえできないキマイラを叩きのめす。 動きを止めたキマイラに背を向け、慧架は次なる獲物を探し始めた。 ● 天文台を囲む公園内では、フィクサードの探索が行われていた。 キンバレイは持ち込んだノートパソコンを操作していた。 「うーん、なかなかうまくいかないですね。これなら、シャチョー弄りをもっと真剣に考えたほうがよかったかなあ」 革醒した力が及ぶのは戦闘能力ばかりではない。彼女はリベリスタの能力を活用してハッキングを試みていた。 ……のだが。 そうそう都合のいい位置に監視カメラがあるとは限らないし、それを特定するのにも時間がかかる。そもそも、どこをハックすれば公園に仕掛けられた監視カメラを操作できるのかから調べねばならない。 すでに襲撃が行われている状況下で行うには少し無理がある。 目的とすべき電子機器の情報がアークなりヤードなりから事前に提示されている依頼ならハッキングも有効な手段の1つになったかもしれないが……。 「仕方ありません。ここで続けていても効果がないと、勘が告げています」 現地に行って探索するしかない。敵の姿はきっと見れば勘でわかるだろう。 大御堂重工製の術杖を手に、キンバレイは移動を始めた。 桐は木陰を利用しながら移動していた。 一方で、彩花は堂々と目立つように歩いていた。 むしろ自ら囮となって、フィクサードの目論み通り見つけてもらおうというのだろう。クロスイージスの防御力あってこそのやり方だ。 孤立を避けるため、桐は彩花から離れないように、木陰を利用しつつ行動する。 彼の瞳はワシの目のごとく周囲を見通す。 彩花の目論見どおりに彼女を狙う敵に、一瞬早く桐は気づいた。 アクセス・ファンタズムを通じて仲間に情報を共有する。 彩花が振り向き、フィクサードが武器であろうステッキを振り上げた瞬間……桐はさらに、微かな物音に気づいた。 「気をつけてください、彩花さん!」 声をかけると同時に桐はアクセス・ファンタズムから巨大なまんぼうを取り出した。 敵は1――いや、2。 十字砲火とステッキの打撃が彩花をとらえる寸前、彼女は幻想の闘衣をまとっていた。 「無関係と言われる蜘蛛の方がこんな処で何をしていますか?」 銃を手にした1人を桐のまんぼう型大剣が狙う。 「ヤードの拠点である天文台を我々が狙うのがそんなに不思議かね? キマイラとやらまで現れるのは予想外だったがな」 桐の言葉に、平然とした顔で蜘蛛の巣のフィクサードは答えてみせる。 彼らが身につけているのは、まるで喪服のようなブラックスーツ。 フィクサードとの戦いがはじまった。 ● 天文台での戦いは続いていた。 クロトは至近距離から巨大な一つ目と睨み合う。 残念ながら凍結の刃はこのキマイラには通じないようだ。高速のラッシュが黒光りする不気味な肉体を切り裂く。 「表情も変えやがらねえ。けど、手応えはあるぜ!」 ヤードのメンバーたちも、衝撃波に耐えつつ攻撃を加えている。 クロトがナイフを振り抜く。 その時、一つ目が泥のように濁ったことにクロトは気づいた。 「来をつけろ! なにかしてくるぞ!」 飛びのいて警告する……が、それは一歩遅かった。 濁った光と共に目が大きく見開かれる。 ひどい脱力感を感じて、クロトはその場に膝をついてしまった。 ヤードの者たちも同じだ。 違ったのは、クロトだけはそのまま力尽きることを全力で拒否したこと。 「クロトさん回復します!」 「助かる!」 小夜が奇跡を願い、青年は力を取り戻す。 再び瞳が濁り始めたのを見て、クロトは全力で跳躍した。 「何回もやられてたまるかよ!」 脱力感は立ち上がると同時に失せていた。運命に守られているかのように。 速度を乗せた連斬がさらに加速する。目にも留まらぬほどの速度となったとき、ナイフはスクリームの決定的な一点を断ち切っていた。 リザードとの戦いでも、敵味方の数はすでに減じていた。 モニカはエフェメラと共に広域への攻撃を続けていた。 敵は傷だらけで半数を残すばかり。 ヤードのメンバーは回復役の2人ばかりが残っている。最前戦で立っているのは慧架だけだ。 彼女も一度倒れかけたものの、運命の力と小夜の回復で事なきを得ている。 「まだ面倒な人たちが残ってるみたいですからね。そろそろ数が多いだけの化け物には退場してもらいましょうか」 慧架を飛び越え、突撃してきたリザードがモニカとエフェメラを直撃する。 エフェメラが行使した異世界の守りが、彼女への突撃を弾き返す。 モニカには痛烈な衝撃を与えた突撃も、彼女に眉一つ動かさせることはなかった。 「あまり近づかれると、ちょっと狙いにくいですね」 心にもない言葉を放ち、モニカはリザードの鼻先に砲口を押し付ける。 キマイラの頭部を粉砕した大口径弾は、そのまま後方にいた敵だけを確実に蜂の巣に変える。 傷ついた敵へと滑るように慧架が近づいたところで、モニカは引き金を引く指から一度力を抜いた。 ● 彩花は3人のフィクサードと激戦を繰り広げていた。 この国に思い入れはない。それでも、戦うと決めた以上負けるつもりはない。 中になにか仕込んでいるらしい重たいステッキが彼女を打つ。 だが、体内の多くが機械化した彩花は華奢な体型に似合わぬ重量と、そして防御力を誇る。 受け止めた瞬間、彩花を守る英霊の魂が隙を逃さずにフィクサードの体力を削り取った。 「なかなかの威力ですわね。受けたのが私以外だったらとうに倒れていたでしょう」 紳士の町にふさわしからぬ、舌打ちが聞こえた。 残る2人のフィクサードが神速の抜き撃ちで彩花と桐を撃ち抜くものの、まだ倒れるほどのダメージではない。 2人の前衛ほど頑丈でないキンバレイは、木々を遮蔽として活用してなるべく狙われないようにしていた。 「全部治しちゃいますから、好きなだけ殴られていいですよー、シャチョーさん」 彩花の守りが強いばかりか、キンバレイが高次存在の力を息吹として具現化させる。 少しずつダメージは蓄積していっているが、まだまだ倒れることはない。 横合いからまんぼうを平たくしたような奇妙な剣が敵を薙いだ。 小さめな桐の体から湯気が立ち上り、最強の破壊力でもってフィクサードを薙いだのだ。 うめき声をあげるフィクサード。桐の強烈な斬撃を何度もくらって、まだ立っているだけ褒めてやるべきか。 もっとも、余裕を持って戦えているのは、彩花の防御力と桐の攻撃力があってのことだ。 彩花は英霊の加護を受けた拳を握る。 象牙色の特殊合金で作られた愛用の格闘用ガントレットが神気を帯びる。 「あなたがた3人、絶対に逃がしはしないからね!」 できれば生かして捕らえてヤードに引き渡したいところだが、加減している余裕はない。倒してみて生きていれば……というところか。 十字をきった拳が重たいステッキを叩き折り、フィクサードの体をくの字に曲げる。 1人目が倒れたところで、キマイラたちを全滅させたと仲間から連絡があった。 ヤードのリベリスタは軒並み倒れていたが、アークのリベリスタたちに倒れた者はいない。 残る2人のフィクサードたちは、他の仲間たちが駆けつけるまでに彩花を倒しきることはできなかった。 ……程なく、戦いは終わった。 「できればヤードの方も欠けることなく納めたかったのですけれど……残念です」 慧架が物憂げに息を吐く。 「死人は出てないみたいですから、それでよしとするしかないですよ、慧架様。後始末は生き残ったヤードの皆さんに任せて、私たちは撤収しましょう」 モニカが言った。 この場は勝った。だが、倫敦を襲う蜘蛛の魔手が収まったのかどうか――それはまだわからなかった。 |
■シナリオ結果■ | |||
|
|||
■あとがき■ | |||
|