● メインストリートはまるで玩具箱だ。 人や物がごった返し、喧騒を感じさせるその空間は何かを紛れさせるには丁度良い。 翼を広げた天使の像が見下ろす場所は未だに人々が闊歩し、日常を謳歌しているようだ。 ――その地下、轟々と響く音の中で唸る声が響き渡る。 鼠や鼬といった動物達が潜む闇の世界は、メインストリートの華やかさを忘れさせるかのような毒々しさを感じさせた。 「君、そんなに身体を揺らすのは止めないか? はしゃぎたいのは良く分かるが『ヤマトナデシコ』に笑われてしまうよ」 囁かれる声は『The Tube』――地下鉄の線路上から響いている。 人の声に混じって聞こえる獣の声は何らかの『異変』を感じずには居られない。 「我等が親愛なる『あの人』に女心についてのレポート提出してきなさいな」 蔑む様な声に重なった獣の呼び声に重なって、一つ、銃声が響いた。 ● 成程、倫敦に襲い掛からんとする凶行は長年の『因縁』が絡んでるとでも言うのか。 「倫敦には二つの派閥があるわ。どちらも私達とは面識があるのだけれども。 一つはアークへと救援を掛けてきたリベリスタ組織の『スコットランド・ヤード』よ。それから厳かな歪夜十三使徒の一人に数えられるジェームズ・モリアーティ教授が率いる『倫敦の蜘蛛の巣』よ」 『蜘蛛』達は霧の都に潜み、暗躍し続けている。長年の膠着状態にあったヤードであっても、彼等の全容は掴んでいないらしい。 防戦と様子見。ヤードがとっていたのはその姿勢であったが、エリューション・キマイラ――アザーバイドでは無く、かといってノーフェイスとは言い難し、他のエリューション・タイプのどれにも当てはまらぬ人の手を加えられた異形の種――の登場により、被害は激化した。 一気に加速した被害に手が足りないヤードからの救援をアークが受けたのは記憶に新しい。 『恋色エストント』月鍵・世恋(nBNE000234)がモニターに映し出したのは気色の悪いエリューション体、『キマイラ』の姿だ。 「こちら、日本フィクサード主流七派のひとつ『六道』のお姫様の最高傑作、キマイラよ。 六道紫杏(おひめさま)の作品である事は皆さんご存じの通り、結果でいえば此方がまいた種である事には違いないわけでして……彼女を国外逃亡させたのは私達だし、ね」 今年初めの戦いで敗北した紫杏は親愛なる『プロフェッサー』――モリアーティ教授の元へと逃亡して居る。無論、その時に持ち出したのがこのキマイラ技術なのであろう。 「キマイラに対しては私達の方が戦い慣れてる。だからこその救援だったのだけど、今回は少し訳が違う。 ヤードの狙いはこのキマイラとの戦いで蜘蛛の巣の情報を引き摺りだす事よ。 私達『アーク』は世界で最もバロックナイツと交戦した組織であり、それから彼等を撃破した唯一よ。今回は救援ではなく『援軍』という形で協力を行うことになったの」 これが『好機』であるのなら、バロックナイツの『教授』を倒すヒントを掴めるかもしれない。 ――しかし、ヤードからの『援軍要請』がきた矢先に、『蜘蛛』達が動きだしたのだ。 流石は頭脳派と何処かしら毒を含んだ世恋の言葉はブリーフィングルームに飲み込まれる。 「現在、各地でヤードが応戦中よ。市内や地下鉄での戦闘は激化の模様。 ヤードの本拠地、ロンドン警視庁地下を狙った攻撃も行われているわ。 勿論、本拠地を落とされちゃマズいんだけど……それよりリベリスタとして優先すべきがあるわ」 ホワイトボードの低い位置に『人命』と書いた世恋は赤いペンでぐるぐるとマルを付ける。 「皆には人命優先で、脅威を及ぼそうとするキマイラ達が地下鉄構内へ侵入する事を防いで欲しいの。 足場も悪ければ、視界も悪い。挙句に国外だから万華鏡の探知も聞かない。何かしらのイレギュラーの発生も予測されるわ」 危険は承知だと真っ直ぐにリベリスタを見詰めるフォーチュナは資料を手渡し、息を吐く。 「万華鏡が使えない場所に皆を送り出すのって、怖いわ。けど、頑張って。 ところで、夜蜘蛛って殺さなくっちゃいけないのよね? 夜の蜘蛛って縁起が悪いし」 余談だわ、と小さく笑った世恋は行ってらっしゃいと手を振った。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:椿しいな | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年12月17日(火)23:17 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 小さな獣の鳴き声はこの暗がりのトンネルによく響く―― 轟々と何処からか聞こえた音を耳にしながら『薄明』東雲 未明(BNE000340)は線路を走る。 ぽつぽつと存在する灯りは頼りなく、彼女の影を作り出して居た。頬に被さる影を避ける様に、駅から地下鉄線路内へと侵入する未明ら四人のリベリスタに同行するスコットランド・ヤードのリベリスタ達の表情も何処か固い。 「これでは『鉄道を人質にしている』――様なものではないか。大がかりなことをしてくれたものだ」 呆れ半分、幻想纏いを手にしたリオン・リーベン(BNE003779)の言葉に小さく頷いて見せたヤード側リベリスタの司令官は彼の指示に従い周辺の地下鉄に隠し通路などが存在しないかと気を配っている。 鼠や鼬の鳴き声や、踏みしめた砂利の音までもが普段とは違って聞こえる異色の空間は別次元だ。 緊張を隠せないヤード達のかんばせに「流石は『ジェームズ・モリアーティ』か」と呟いた『Friedhof』シビリズ・ジークベルト(BNE003364)は未明の聴覚による伝達とリオンの持ち前の勘に従い別働隊の動きを把握しながら砂を踏みしめる。 「挟撃が出来るならこれは好機って奴ですよ、アーク」 「ええ、丁度良い場所じゃないですか。邪魔も入らない場所ですからね」 何処か間延びした声で小さく笑みを浮かべた『カインドオブマジック』鳳 黎子(BNE003921)は上品さも伺える可憐なかんばせには似合わない言葉を吐き出した。色付いた唇が歪められ黎子は閉塞感を感じるトンネルを暗闇に適した瞳で見つめて笑う。 「私と出会った敵は余り生かしておきたくないんですよ。此処で全員殺させて貰いましょう」 「頼りにしてますよ、アーク」 黎子の言葉は過激にして苛烈。しかし、味方としてこれ程頼りになる力強い言葉は無い。 優しげな風貌のシビリズとて『戦闘狂』である側面を見え隠れさせ、強き獣を思わせる黄金色に好奇の色を浮かべて居る。 「此方の動きを読み機先を制す、とは流石と言える。反撃を考えると情報収集も必要だが……」 「厄介な『玩具』を手にした奴らは鉄道事故を起こすことすら厭わないだろう」 人命に関わる大事故を招きかねないロケーション。その難しさにシビリズは双鉄扇を握りしめたまま神々が与えた加護を仲間達へと振り分ける。 「難しい。うむ、確かに難しいが『ぶちのめして、情報収集すれば』何も問題ない」 その行動は日本国外であれど何も変わらない。万華鏡の存在しない場所であるから何処までも慎重に動いてばかりには居られない。 シビリズの言葉ににぃ、と唇を歪めた黎子の瞳が厳しくなり、耳をすませていた未明が小さく頷いて線路沿いに姿を隠した。 厄介な玩具は扱いも容易くない。それは『運命狂』宵咲 氷璃(BNE002401)が何度も『キマイラ』という存在に出会ってきたからであろう。 日本フィクサード主流七派が一つ、六道。その首領が妹であり『六道の兇姫』とまで呼ばれた六道紫杏の最高傑作ともいえるエリューション・キマイラこそが『厄介な玩具』だ。 「私達はキマイラと戦い慣れているけれど、『蜘蛛』の相手は貴方達の方が慣れて居るでしょう?」 期待して居るわと幼さを残すかんばせに浮かべた笑み。氷璃の言葉に頷いたヤードリベリスタは回復役の者達ばかりだ。 前を走る式神の鼠は短い脚で懸命に線路を走っている。両端から大凡にして中間地点に存在すると思われる『倫敦の蜘蛛の巣』のフィクサードやキマイラの存在を警戒する様に前進する鼠に続き、聴覚を生かして周囲の警戒を怠らない『囀ることり』喜多川・旭(BNE004015)は「大丈夫、もう少し進めるよ!」と仲間達へと周知する。 幻想纏いを手にする司令官・『戦奏者』ミリィ・トムソン(BNE003772)は小さく肩を竦めて笑って見せた。 「キマイラがこの地に現れるだけでも迷惑な話しですけれど……地下トンネル、ですか」 視界も悪く、足場も悪い。リベリスタ側の不利は裏を返せばフィクサード側の不利だ。暗がりが好きだという何とも『蜘蛛』らしい行動にミリィが苦笑を漏らすと同時、氷璃が思い付いた様にヤードのリベリスタへと視線を送る。 「獲物を絡め取る横糸と、蜘蛛が辿る縦糸は重なり合う『運命』からは逃れられない―― 巣の最奥へと至る縦糸を手繰り寄せる好機だとは思わないかしら?」 それは一つの憶測だった。地下鉄と言う暗がりのロケーション。霧の都に姿を隠す蜘蛛達。 闇は、長きに渡る確執を持つヤード達が切り込むには深過ぎたものだ。その闇の中へと手探りで手を伸ばす事が出来た――キマイラという存在によりその姿が浮き彫りに見える『ランプ』を手にした好機は彼等の『巣』へと至る切欠になるかもしれない。 『銀騎士』ノエル・ファイニング(BNE003301)はConvictioを握りしめ形の良い唇を歪めて、小さく笑った。 「わたくしは執念深い性質ではありませんが、この国の闇の深さを知ると、案外とわたくしの親を奪った事件を蜘蛛が絡んでいたのかもしれないと――思わせてくれるものですね」 幼き頃に孤児となった日。フィクサードに拾われ、フィクサードとして育てられたノエルにとってはその事実は如何でも良い。 「掃除を始めましょうか。お久しゅうございますね、蜘蛛の方々」 優しげな挨拶に『新しい玩具』の奇怪な声が応える様に響き渡る。 ● 挟撃姿勢となった時、敵はやや片方の駅側に寄っていると言う事にリオンは気付いていた。無論、それは駅へと侵入する為の通常の行動でもあるのだろうが、探知能力を所有する可能性のあるフィクサード達にリベリスタらが探知されぬとは限らない。 「成程、『流石』は頭脳派とでも言おうか?」 皮肉るが如きリオンの言葉に柔らかい笑みを浮かべた女の後ろから人間の頭に妖精の翅を生やしたキマイラが抉り取られた眼窩から手を伸ばしながら刃を放ちだす。 「厄介な玩具が彼等に与えられたのもジェームズ・モリアーティの策謀か」 「それはどうでしょうね」 応えた声に耳を傾け、鶏鳴でキマイラの攻撃を受けとめた未明の足が一歩下がる。線路脇にやや寄った未明の元へと近寄らんと飛び出したのはサーカス・ボウイと名を持ったキマイラの改良種だった。両手を振り翳すキマイラを受け止めて、シビリズが身体を反転させれば、殴打を行わんとしたキマイラの拳は彼に掠めるだけに留まった。 リオンが仲間達へと行った支援は二種のものだ。攻守どちらの動作をも的確に行えるようにと気配ったリオンの眼前へと降り注ぐ流星が如き矢。 「その矢は綺麗だけれど、暗闇でも見てらんないわね、キマイラって」 「暗闇を見通さなければ姿も見えないし、気色悪くもないさ」 前線で刃を振るい込んだ未明の多角的な攻撃がフェアリーヘッドの頭にブチ当たり、その動きを緩めれば、数の居た他のキマイラの攻撃が一直線に未明へと降り注ぐ。シビリズの与えて居た加護が力づける様に未明の身体を支援した。 「見えなくしたって『居る』のには変わりないでしょう。なら死んでもらいましょうか」 不運を占う様に、不吉(くろ)と幸運(あか)の二対の顔を持った双子の月を揺らした黎子がフィクサードの攻撃を受けとめる。彼女等の背後からリオンの指揮を受けて遠距離の攻撃を緩やかに放ったヤードリベリスタ。 コピー能力を有すると言うサーカス・ボウイが得た最初の能力は『ヤードリベリスタ』の遠距離攻撃だ。 そこまでも作戦のうちだと言う様なリベリスタ達の元へと滑りこむように黒き鎖が伸びあがった。酸素に触れた血液が作りだした黒鉄は、何処か生臭ささえも感じさせる。 速度では劣っていた片側――B班サイドへと滑りこんだ氷璃は凍てつく色を細めて箱庭を騙る檻を広げて笑った。 「流石は『蜘蛛』ね。闇にも手慣れたものだわ」 皮肉か賞賛か。氷璃に続く様に果て無き理想(タクト)を振るったミリィは周辺の仲間達へと支援を与え、蜘蛛側陣営に見覚えのある顔がある事に小さく笑う。 「ローゼオ・カンミナーレですか。以前一度会いましたね。いえ、もしかしたら、『あの時も』――」 「地下鉄がそんなに好きなのかなぁ?」 ミストブーツに包まれた足に力を込めて一気に踏み込んだ。魔力鉄甲に包まれる拳は後衛位置に存在するフェアリーヘッドを狙わんとするが、フィクサードに堰き止められる。 旭の新緑を思わす瞳が翳り、一歩下がれば経ち変わる様にノエルの疾風が飛びこんだ。一気に振るい込む衝動を其の侭に。銀の軌跡を繰り出す槍はフェアリーヘッドの羽をひとひら吹き飛ばす。 ちらり、とノエルの目に映ったのは蔑みの色か。余りに騒がしく地下鉄上を舞台にした闘争。かの姫君や新種のキマイラ(フェーズ4)の発生をも示唆された地下鉄構内は喧騒に塗れている。 「教授はもう少し静かに事を進める方かと思っていましたが……底が知れるのではないですか?」 歪む唇。鮮やかな紫に瞳を向けた女学徒は唇を噛み締める。リオンらB班側へと進行せんとするキマイラ達を押し留めんと前線に立ち振る舞うシビリズ。サーカス・ボウイの拳を受けても彼の余裕は崩れやしない。 「他者の攻撃を学んで打ち出すか――ク、ハハハッ! キマイラとは何処まで改良(つよ)くなるのかね! さぁ、見せてくれ、至高を! どこぞの地であろうとは関係ないッ! 死合おうではないか!」 「「化け物――!」」 シビリズの声と重なったのは誰の言葉か。 逆境好きの男へ重ねたフィクサードの言葉に青年はそれでも可笑しそうに唇を歪めて居た。 ● 一気に踏み込んで、未明が繰り出した生死を分けんとする攻撃は回復手の身体を切り裂いた。一気呵成、攻め込むが如き動きに、頬を掠める攻撃をヤードリベリスタが回復で支援する。 「暗い場所ばかりで嫌気が差さない?」 「明るい場所に行こうと思って歩いてるんだが」 行かれても困るけど、と囁いて、未明が一手下がれば黎子が踏み込んで切り刻む。黒が切り刻み、赤黒い液体をまき散らせば美しい赤を汚していく。身体を反転させ、長い髪の毛が軌跡の様にひらりと散った。 「人々が集う場所同士の隙間、光りの無い地下の底。虫が朽ち果てるには似合いの場所だと思いませんか?」 くす、と笑みを漏らして黎子の告げた言葉に笑みを深くするローゼオが剣を振るい込む。ぎち、と音を立てて受け止められるそれ。彼等の後方――背を向けた状況のエアルが矢を降らす所から旭が前線へと踏み込む様に飛び込んだ。 「わたし、紫杏さんを止めたい。ふつーのひとたちも護りたい。今、できるのはこれだから――」 砂利が、靴裏に食い込んだ。震える膝に力を込めて全力で振るい込んだ拳。 続く様にノエルの槍が貫いて、一手下がったエアルの背がローゼオとぶつかった。回復手を切りこんだ未明の視線と克ち合う。 進行方向側で抑えるシビリズと未明、黎子の背後で指揮を続けるリオンの色違いの瞳が敵を挟んだ向こう側に存在する仲間の指揮官へと向けられる。 「さぁ、戦場を奏でましょう――お覚悟を」 広がる閃光が瞼の裏にも染み込んだ。眩しさにチカチカと反転する瞳で回復を与えるフィクサードは標的にされるフェアリーヘッドへと視線を送る。遠距離攻撃を主体にするフェアリーヘッドを狙い込む様にノエルが槍で貫き通せば、その体は線路端へと落ちていく。 「列車の到着にはまだ時間がある。このまま攻め込むぞ」 「了解です、アーク」 攻撃を行使する力の補充を行うリオンに頷きながら銃を撃ち込むヤードリベリスタの腕をフィクサードの攻撃が掠める。じりじりと押されがちになる片側へと一気に攻め込まんとする背中を氷璃の鎖が絡め取り、ノエルが槍で貫いた。 フェアリーヘッドが全て倒され、未明の耳に聞こえたのは地下鉄の走行音。まだ、遠くに在るものの人々の喧騒が大きくなる――駅に、電車が到着したのだろうか。 近付く音に、轟々と鳴り響くそれに――遅刻の多い『The Tube』。あてにならない時刻表を手にしながらノエルは線路上の敵を槍で避けていく。 重なる視線でシビリズが削れる体力に逆境を感じ笑みを浮かべ、攻撃を喰らわせる。後衛で指示を送るリオンに気を配り、彼がサーカス・ボウイを受け止めれば、キマイラは気色の悪い奇声を発して拳を振り上げる。 「さあ、此方ですよ? 私こそが戦奏者。この戦場を奏でるものです」 未明の視線を受けミリィが声を張り上げる。地下鉄の接近に備え、自身へと注意を向ける彼女の前で槍を振るうノエルへもフィクサードの攻撃が掠めていく。 「わたくしの運命は世界が為に。これしきの攻撃で膝が折れるとでも?」 世界が為。正義とは即ち、『世界』と同義だ。 前線で立ち回るノエルが一手下がる。傷を負い続ける前衛担当者達が辛うじての回復を受ける中、ヤードリベリスタ達は傷つき、トンネル端で意識を喪っている。フィクサードとて同義だ。 余裕を浮かべるローゼオやエアルは自身の盾として配下達を使っていたのだろう。傷ついたフィクサード達は線路上に倒れている。 「全く、面白いな。キマイラという物は!」 唇から思わず漏れ出す笑いは堪え切れない。くつくつと咽喉を鳴らすシビリズの隣、この戦場を乗り越える様に運命を燃やした未明はふるり、とトンネルの冷気に身体を震わせて紫の瞳をゴーグル越しに向けて唇を歪めて見せる。 「ここは、巣の入り口ね?」 聞こえる音が、違う。落ちる水音が。反響する音が。 旭も感じとったであろうそれに彼女は気を喪ったフィクサードの体を脇に逸らしながら拳に力を入れる。巻き込むようにフィクサード全てを包み込む炎。彼女を支援するリオンは周囲を警戒する様にその場にしっかりと立っていた。 The Underground――その何処かに『巣』があると氷璃は踏んでいた。地下鉄のトンネルは狭く、小さい。その小さなトンネルの何処かに隠し通路がある可能性だって十分にある。 「私が欲しいのは獲物を絡め取る横糸じゃないわ。最奥に辿りつく縦糸よ」 手繰り寄せる為にと手を伸ばす氷璃の元へと降り注ぐ矢。身体を翻し避ければサーカス・ボウイがけたたましい声をあげて襲い来る。瞬時にエアルが一手下がり、翼を広げて天井スレスレを飛翔した。 リオンが気遣っていた線路沿いの通路。その中を移動せんと身体を狭める女へとミリィの閃光が襲い来る。 「生かして帰してはやりませんよ?」 挑発的な黎子の声を裂く様にローゼオの剣が振るわれる。瞬時、彼女の体は反転される。背後から現れた赤き焔は旭の拳だ。 男の身体を壁へと撃ちつける様に力を込める。唇を歪めたシビリズが続けざまにサーカス・ボウイを殴りつけ、奇声を発したそれへと未明が剣を振るい込む。 「逃げる気?」 ローゼオが脇に身体を滑り込ませ、サーカス・ボウイへと声をかける。再生能力を持つ改良されたキマイラは未だに彼の言う事を十全には聞かぬのだろう。攻撃を与えた未明へと襲い掛かる様に手を伸ばす。地面を踏みしめて未明は笑う。退路に対しての動きや音は逃さない。 シビリズのラグナロクという命綱を受けてもヤードリベリスタは一人しか経っていない。痛手を受けたリベリスタ達とて、精一杯の形相だ。 「ほら、使いこなしてみて下さいよ? 不運さえも味方につけて」 くす、と笑った黎子の周辺に舞い続けるカード。魔的な光りを放つソレが一枚、その運命を選びこむ。黎子が身に付けたのは『幸運』。サーカス・ボウイに与えた攻撃を『彼』が真似をする前に畳みかける様に攻撃を続けていく。 黎子が選びとったカード。真似する様にその攻撃を繰り出したサーカス・ボウイにミリィが唇を噛み締める。 逃げる事はできない様にと周囲をぐるりと囲んだ状況。フィクサードは己の保身のためにキマイラを捨て置いたのか、もうその姿は見当たらない。 奇声を発し逃げ道を探す『動物』に向けて未明は手に馴染む鶏鳴を一気に振り下ろした。 ● 氷璃の足元から走り出した鼠は小さな足で懸命にフィクサードの後を追いかける。鼠の短い脚では追いつけないのか、次第に離されて行くのだろう。 線路を飛び越えた向こう側。身を引いたリベリスタ達の前に轟々と過ぎ去っていく地下鉄の灯りが影を落とす。 周辺の調査を行い何かを拾う事が出来ればとフィクサード達の持ちモノ等も調査するミリィは蜘蛛の足を一本もぎ取った気にもなる。今後の足掛かりになればと探し当てたものは紛れもなく好機に繋がるものだ。 蜘蛛は自身の姿を天敵から護る為に巣に模様を描きカモフラージュするとも言われている。色鮮やかな肢体を隠すためにあえて強大な戦力を巣の間近に置き、その可能性を遠ざけたとしたならば。 「ねえ、貴方、此処を通った人間たちは何処に向かったのかしら?」 彼女の足元の獣は小さな鳴き声を漏らし、囁いた。ここは鼠や鼬しか存在しないであろう場所。暗闇の中、まるで『蜘蛛の巣』の様に張り巡らされた地下鉄の路線の一部分。 「……そう」 ――蜘蛛は張り巡らせた巣の中央で獲物を待つモノ。 地下鉄の路線図はまるで『蜘蛛の巣』の様だ、とそう思う。強大な戦力を配置したこの場所の何処か。もっと深い場所に『誰か』が行ったと鼠は言う。 耳をすませた旭の隣、剣を握りしめたまま、未明は小さく笑った。 「倫敦の地下、潜むには良い場所じゃない?」 次第に遠ざかる地下鉄の音に紛れて、一つ。何かの笑い声が聞こえた気がした―― |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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