●地下を進む騎士 テンプル駅。ロンドン都心部を走る地下鉄の駅で、サークル線とディストリクト線の列車が発車する。 駅名の由来は駅近くにあるテンプル教会である。十二世紀にテンプル騎士団が開拓し、今なお存在するテンプル教会。輩出された騎士の中には革醒者も存在し、十字軍遠征の際に活躍をしたと言う伝承も残っている。 そのテンプル駅の線路に、一体のキマイラがいる。 バケツのような兜をかぶり、十字の印の入った鎧。そして槍。またがる馬は白く、鞍に十字の印が入っている。 十字軍。歴史に疎いものでも、その姿を見ればその言葉が出るだろう。 見た目美しい戦士のエリューションは、しかしその細部を見ればその見解が変わる。人馬一体をより深める為に人と馬は生態的に融合させており、E・ゴーレムの槍は血を吸うたびに歓喜の叫びを上げる。白馬の筋肉は異様なほど盛り上がり、その足は六本もある。 「我等が……名誉を……」 そして騎士の口からは呪詛にも似た怨嗟の声が呟かれていた。 恐れよ者ども。これは呪われた騎士。 時の姦計により不名誉のまま殺されたテンプル騎士の成れの果て。そしてそれが時を経て今、キマイラとして蘇る。 「フェッフェッフェ。もうすぐ地上ですぜ、サー・トロージュ」 それに従うようにフィクサードが歩みを進める。だがその瞳には忠誠はなく、むしろ騎士を見下している節すらある。 (あのシアンとか言う小娘の『システム』……たいしたもんですぜ。エリューション合成の技術もすごいが、高フェーズのエリューションをコントロールできるのがすごい) モリアーティ教授が日本から入手した技術は、確かに『倫敦の蜘蛛の巣』の戦力向上となった。 (フェーズ4……貴族級の戦闘力。『スコットランド・ヤード』の連中に目に物見せてやる) 目の前には『スコットランド・ヤード』とアークの混成軍。数こそ多いが、脅威ではない。 蹄が線路を駆ける。馬の突破力を乗せた突撃。血を吸う呪われた槍。そして優れた技量と肉体を持つ騎士。それは単体とはいえ、訓練された革醒者すら駆逐していく―― ●リベリスタ 「……よぅ、来るのが遅かったから先に始めさせてもらったぜ」 『菊に杯』九条・徹(nBNE000200)はやってきたリベリスタに対して、軽く手を上げる。その姿は満身創痍だった。体中傷だらけで、呼吸も荒い。棍を杖にして何とか立っているが、戦える体ではないのは明白だ。 何があった、と聞くまでもない。交戦していたキマイラは線路の先にいる。その戦意は衰えず、血に濡れた矛先をこちらに向けていた。 「貴族級……フェーズ4を材料にしたキマイラだ。さすがに厳しいねぇ」 崩れ落ちる徹。それを支えて、回復を施そうとするリベリスタを徹は手で制した。 「ソイツは今から戦うお前達のためにとっておけ。正直、今までのキマイラとは桁が違う。一手遅れるだけで致命傷になりかねないぜ」 徹は呼吸を整えながら、リベリスタたちに耳打ちする。キマイラの隣にいるフィクサード。それに聞かれないように。 「…………。 こいつがあのキマイラの情報だ。『万華鏡』ほどじゃねぇが、一度戦った者の情報だから、かなり正確だぜ」 「まさか、この情報を得る為に特攻したのか!?」 アークの戦術は『万華鏡』による高度な予知を基点とする。だが、その予知範囲は日本に限られ、ロンドンではその予知精度は大きく下がる。 だが、一度戦えばその能力は知れる。その知識をリベリスタたちに告げた。 「強い相手を前に待ちきれなかっただけだ。まぁ、負けちまったがな」 一度笑みの形に変えた唇を戻して、徹は静かに言葉を続ける。 「スタンリーのヤツが言っていた。キマイラは『テレジア』っていうアーティファクトでコントロールするらしい。どこに隠してあるのか分からんが、あいつ等が持っているのは確かだ。 これは俺の勘だが……あのキマイラは完全制御されていない。戦闘中、何度か動きが乱れやがった。理由は分からんがな」 攻略の糸口はそこにあるのでは、と徹は告げる。勿論相手はキマイラだ。制御されなければどうなるか分かったものではない。それがプラスになるかマイナスになるか、それさえも分からない。 「不完全制御だが、フェーズ4……勝てるのか?」 「相手が相手だ。尻尾巻いて逃げても文句は言われねぇよ」 大局的にはここを放棄しても他で勝てばいい。そういう考え方もある。 貴方は―― |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:どくどく | ||||
■難易度:VERY HARD | ■ ノーマルシナリオ EXタイプ | |||
■参加人数制限: 10人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年12月19日(木)22:38 |
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■メイン参加者 10人■ | |||||
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● 「……金髪少年……だと!?」 「巨乳小学生ロボコップじゃない……!?」 「くぅ、賭けはドローか!?」 『一人焼肉マスター』結城 ”Dragon” 竜一(BNE000210)と『SHOGO』靖邦・Z・翔護(BNE003820)とツァイン・ウォーレス(BNE001520)は『スコットランド・ヤード』の残存を見て、口惜しげに拳を握った。何があったのかは知らないが、何らかの賭けが不成立になったようだ。 「またご大層な玩具を拵えたものだな?」 そんな三人の横を通り抜けて、『普通の少女』ユーヌ・プロメース(BNE001086)が前の前のキマイラを見ながら口を開く。六本足の馬に乗った騎士。血に飢えた呪いの槍と、呪詛を撒き散らす十字軍騎士。 「初めて、のフェーズ4。それも改造済み、だなんて……滾る、ね」 騎士から伝わってくる無形の圧力を感じながら『無軌道の戦姫(ゼログラヴィティ』星川・天乃(BNE000016)は手甲を構える。つたない言葉と無表情な顔だが、バトルマニアの血がうずいているのは明白だ。 「私達アークは、最終的にR-TYPEを撃破すべく作られた組織。だったら、この程度の相手に負けている訳にはいきませんよね?」 強気な発言で『シャドーストライカー』レイチェル・ガーネット(BNE002439)がスローイングダガーを構える。確かにフェーズ4のエリューションは強力だ。だが、こんなところで躓いてやる理由はない。 「騎士としての有り様を歪められた者を素体として使うとは……」 『朔ノ月』風宮 紫月(BNE003411)は呪詛を撒き散らすテンプル騎士に哀れみを感じ、そしてその改造を施した『倫敦の蜘蛛の巣』に怒りを感じていた。呪われさ迷い、そして操られ。その苦しみから解放することが救いなのか。 「九条さん、あとで奢るよ。上質なモルトで乾杯といこう」 「口の中切ってなきゃ、美味いんだろうけどな」 『デイアフタートゥモロー』新田・快(BNE000439)の言葉に、徹は苦笑して返す。その身を使ってトロージュの情報を得た徹。その情報は無駄にはしない。皆を護るという気持ちを破界器に乗せ、一歩踏み出す。 「バトルマニアも程々にしないと死にますよ……ですが……情報は感謝します……」 『鏡操り人形』リンシード・フラックス(BNE002684)が透き通る刀身の長剣を手にトロージュを見る。六道紫杏により歪められた生命体は、とある組織の実験体だったリンシードに言い知れぬ感情を想起させる。 (操られて戦う、存在……運命が少し違えば、私もそうなっていたかも……?) 首を振り、その思いを振り払う。今は戦わなくてはいけない。帰るべき場所のために。 「タッチ交代ですね」 徹を立たせて後ろに移動させる『ヴァルプルギスナハト』海依音・レヒニッツ・神裂(BNE004230)。この場にいては巻き込まれる。庇って戦う余裕は、とてもない。それは徹自身も身をもって理解していた。徹と手を合わせて呼吸を整える。パァン、と小さく音が響いた。 「……我等が、名誉を……騎士の……誇りを……」 途切れ途切れに何かを呟きながら、トロージュが槍を構える。ただそれだけで、地下鉄内の温度が下がった気がした。同時に駆け抜ける震え。それは武者震いか、あるいは生物としての本能的な恐怖か。 始まりの合図はなんだったか。気がつけば馬の蹄が地をけり、リベリスタは鬨の声を上げていた。 ● 「これが、フェーズ4って奴ですか……」 リンシードが線路を駆ける。巧みなバランス取りにより凹凸激しい戦場でも重心をずらさず、安定した体制で剣を構えながら、体内のギアを組み替える。より速く、よし鋭く。戦いに意識を傾け、破界器を握る。 「並外れた、威圧感を感じます・・・・・・」 貴族級。そう呼ばれるエリューションの例は少ない。アークでさえ、これが初めてなのだ。呪詛により纏わりつく何かに背筋を震わさせながら、リンシードは透き通る刀身を持つ剣を構える。相手の動きを見据え、攻撃の所作に備える。 「オオオオオオオオオ!」 トロージュが吼える。馬が嘶いて、リンシードを飛び越えてリベリスタの群れに突っ込んでいく。その穂先が竜一を襲った。 「ぐぉ……オレかよ!?」 トロージュはそのまま槍を引き抜き、回転させるように槍を振るう。リベリスタたちの鮮血が舞い、槍が歓喜に震える。 「いきなり突っ込んできた!? なんつー速さだ!」 「これは仕方ないことだ! 作戦通りに!」 陣形を整えるよりも先にトロージュに突撃され、被害を受ける。一撃で壊滅するほどではない。むしろ精神的な動揺のほうが激しい。それを押さえ込みながら、リベリスタたちは動き出す。 「さすがフェーズ4……その速さも対したものです」 レイチェルは痛む傷を押さえながら少し後ろに下がる。アークのリベリスタの中でもレイチェルは速いほうだ。驚きはするが予想の範疇内だ。頭の中で計算を組み立てながら『Chat noir』と呼ばれるスローイングダガーを手にした。 「ですが黒猫の爪が届かない領域じゃない」 腕を振りかぶる。手首のスナップをきかせて、スローイングダガーを投擲した。回転するダガーは音もなく飛び、トロージュの鎧に突き刺さる。神秘的強化を施されたダガーがトロージュを守っていた加護を砕く。 「溝鼠の真似事をして行進とは、蜘蛛から鼠へ鞍替えか?」 トロージュの背後で補助に徹するフィクサードたちに、後ろに下がりながらユーヌが言葉を投げかける。返ってくる言葉はない。あくまで『倫敦の蜘蛛の巣』とは無関係を貫くつもりのようだ。ユーヌは肩をすくめて、唇を歪めた。 「ああ、元よりこそこそ動くのが得意な鼠の大群だったか」 言葉と同時にユーヌの手から光弾が打ち出される。トロージュの横を通り抜けて、フィクサードたちの足元に着弾する。爆ぜる光と轟音。視覚と聴覚を一時的に封鎖し、トロージュへの支援を遅らせる。 「……む」 手ごたえはあった。だがユーヌは閃光の中でも変わらずこちらを見ているフィクサードを見つけた。一人だけだが、ある程度の妨害対策は施しているということか。 「騎士の恨み、も縄張り争い、も知った事か」 天乃は手甲を構えてトロージュに迫る。徹から聞いた情報を軸に、可能な限り相手の側面に移動しながら攻め立てる。闇の中、音もなく迫るのがナイトクリークの武技。意識を深く沈め、戦いに埋没する天乃。 「細かい事、は抜き、にして楽しもう。楽しい楽しい、闘争が全て」 天乃の行動理念はそこに集約される。強者と戦うこと。強い相手であればあるほど、内なる炎は燃え上がる。手甲から伸びた糸が、トロージュを襲う。鋭い糸がキマイラの肌を裂いた手ごたえ。しかし、トロージュがひるんだ様子は見られない。 「あいたたたた。ほら、あなたたちも下がって!」 海依音は残った『スコットランド・ヤード』の少年達に交代を促しながら、海依音自身も飛行の加護を味方に付与しながら後ろに下がる。瞳に神秘を集中させ、闇を見通す。距離は十分とった。『白翼天杖』を手にして戦場にいる仲間達を見る。 「お仕事には誠実がモットーです」 回復の神秘を『お仕事』と割り切る海依音。癒さないホーリーメイガスの海依音だが、必要と『お仕事』に応じて癒しの神秘を行使することもある。不可視の風がリベリスタたちを包む。トロージュに傷つけられた傷口が、少しずつ塞がっていく。 「昔の人だしね、共通の話題って難しいなあ」 翔護も後ろに下がりながら、銃を構える。名前に関しては触れないで上げてるのが優しさか。両手で包み込むように銃を押さえ、真っ直ぐ立つ。ふざけた言動こそ多いが、翔護の銃の腕は折り紙つき。その構えは見るものを感嘆させる。 「『In principio erat Verbum, et Verbum erat apud Deum, et Deus erat Verbum』」 口にするのは聖書の一言。テンプル騎士に語りかける言葉。翔護は言葉の意味を思い出しながら、引き金を引いた。弾丸はキマイラの馬部分に命中し、その眉間を穿つ。コインの中心を貫く精密さ。それはたゆまぬ鍛練の結果だ。 「トロージュ卿、その苦しみから開放して差し上げます」 紫月は呪われた騎士を見ながら、異世界にある樹木の心を通わせる。物理的にもはるかに遠い世界を超えた思念の交流。豊かな自然に包まれた異世界の、ボトムチャンネルとは異なる術形態。それが頭に流れ込んでくる。 「皆を護る力を」 形成される防壁は世界樹の葉ひとひら。刃傷から身を護る不可視の盾。それは呪われた騎士の槍すら通さぬ異世界の術。自分の知らない神秘にフィクサードたちが驚くのを見た。然もありなん。ラ・ル・カーナと接触したのは、アークだけなのだから。 「見せてやろうぜ、現代の騎士の戦いを!」 快は『守護神の左腕』と呼ばれる盾を手に、前に出る。この身は誰かを護るための盾。誰一人自分の前では死神に奪わせないという理想。それが己の掲げる道だといわんばかりに、鋭い視線で快はトロージュを睨む。 「俺の全てで皆を守る。勝つぞ、皆!」 思いと共に神秘の加護を仲間達に施す。神々の運命の名を持つ加護は、戦争に打ち勝つ運命を味方に与えるもの。傷が癒え、気力が増す。それは加護の効果モアルだろう。だがこの場にアークの『デイアフタートゥモロー』がいるという安堵からもあった。 「当たり前だ、行くぞ!」 日本刀と西洋剣。二つの刃を竜一が振りかぶる。自分の限界の、それを超えたさらに限界の力を振り絞る。飛行の加護により馬上のトロージュに届く場所まで浮き上がり、十字に剣を振るう。 「名誉を汚されし、サー・トロージュよ! 騎士の誓いを思い出せ!」 日本刀の唐竹割を、トロージュの槍が受け止める。騎士はそのまま槍を回転させて石突で竜一を叩き落そうとする。その一撃を剣で受け止め、柄を滑る様に剣を振るった。体を回転させながら振るった一撃が、トロージュの兜に傷を入れる。 「……オオ……ガァ……!」 「効いてる……!? ダメージが暴走のキーなのか?」 竜一の一撃を受けて敵意が薄まるのをツァインは感じる。だがそれも一瞬のこと。すぐに敵意は膨らみあがり、呪われた騎士は猛威を振るう。その槍捌きを見ながら、ツァインは前に立ち紫月を庇う。真正面から受け止めるのではなく、剣と盾を使い突きを逸らす。突きの衝撃がツァインの腕に伝わってきた。 (トロージュ……騎士団最盛期に総長だった方。あるいはその系譜に連なる者) ツァインは事前に調べたテンプル騎士団の歴史を思い出す。眼前のエリューションが本物かは分からない。だが本物なら、姦計により歴史の悪役とされたことはさぞ無念だっただろう。同じ騎士の技を受け継ぐものとして、その無念だけは晴らしてやりたい。 「くそ……!」 ユーヌに動きを封じられたフィクサードたちが苦悶の声を上げる。注視している余裕はないが、おそらくはキマイラを制御しているのだろう。 度重なる攻撃にキマイラの傷は増えていく。 だが、その勢いは衰えない。呪いの言葉を吐きながら、騎士は地下鉄内に荒れ狂う。 ● 破界器とEゴーレムが交差する。鋼と刃金が打ち合い、銃声が鎧を穿つ。魔と魔がぶつかり合い、癒しの風が倒れそうな体を支える。 馬上の騎士というのは、なるほどやりにくい相手だ。片手を手綱で封じられている為、大型武器は使えない。だが高所から突き出される槍と、馬の突破力がリベリスタを襲う。馬の機動力と人の経験。それが組み合わさり、嵐を顕現させる。 槍は時に回転し、時に突き出され。直線と思えば円を描き、横薙ぎに払うおと思われれば、真上から叩きつけられ。 長い柄はリベリスタの攻撃を受ける盾となり、同時に叩きつけられる棒となり。 長柄の武器は接近戦には弱い。そんな考えは槍の達人を前にすれば消え去る。 少なくとも、トロージュと相対しているリベリスタはそんな余裕を持ち得なかった。 「さすが……だね」 槍の突きを受けて天乃が血を吐く。運命を燃やして立ち上がり、手甲を構えた。飛行の加護を受けて低く飛びながら、トロージュに接近する。槍の一撃を逸らし、交わし、拳を振るう。変幻自在な暗殺者の動き。拳による殴打と見せ付けながら、気の糸を放ち相手を絡め取る。 「……こうじゃない、と楽しくない、ね」 「面倒だな……」 ユーヌはフィクサードの妨害を行っていたが、フィクサードの一人が妨害の効かない相手だと知って舌打ちをする。そのフィクサードが常に回復役のホーリーメイガスを庇っているのだ。 「絶対者クロスイージスか」 ユーヌは閃光弾を放ち、フィクサードからの援護を止める。だがそれは完全とはいえなかった。庇われているフィクサードがトロージュに援護を行う。 「他のヤツは封じれるし、かばってる間はあのイージスはなにもできない。妨害を続ける意味はあるよ」 快はそんなユーヌを庇いながら、戦線を維持していた。フィクサードは射程ギリギリから支援と回復を行っている。ユーヌがフィクサードに攻撃をするには、トロージュの攻撃範囲に足を踏み入れる必要があった。 「大丈夫。一人ひとりができることをすれば勝てる。今はそう信じよう」 前に出たユーヌはおそらくトロージュの攻撃には長く耐えれないだろう。それを護るために快は身を張っていた。これが現代の騎士の戦い方だといわんばかりに胸を張り、ナイフと盾で防御の構えを取る。 しかし快が庇えるのはただ一人。この手がもっと広ければ。そう思うことはいつもだ。傷つく仲間達を見ながら、快自身もトロージュの槍に刻まれ、出血する。 「まだまだぁぁ!」 気合と共に竜一が地を蹴る。二本の腕を背中まで逸らし、両手の剣を叩きつけるように振り下ろした。そのまま剣をクロスに構え、駆け抜け様にさらに一閃。酷使する肉体が悲鳴を上げる。そのためか、離脱の動きが少し遅れた。騎士の槍がその隙を逃さず振り下ろされる。 「守る為には、倒れられない。俺も、あんたも、変わらねえよ。なあ、トロージュ!」 崩れ落ちそうになる体をどうにか持ちこたえる竜一。そこに見せるのは戦士の気概。時を経ても変わらないであろう戦いの理由。その身がエリューションとなっても、世界の敵となってもなお持ち続けているだろう誇り。 「護る……神を……民を……」 トロージュの口から漏れる言葉は途切れ途切れだが、確かにリベリスタに反応していた。その度にフィクサードが何かの動きを見せる。おそらく『テレジア』で制御しているのだろう。 「生前の意志が残っている……?」 紫月が世界樹の防壁を仲間に施しながらトロージュの様子を見やる。防壁はトロージュの槍すら通さぬ堅牢な壁。呪われた槍の一突きすら、その壁の前には無意味。だがしかし、そのために使う気力も激しい。 「我が友よ。癒しの力をここに示せ……」 祈りと共に紫月の周りにほのかな光がともる。それは異世界の存在であるフィアキィ。それが刹那顕現し、癒しの光を振りまく。フィアキィが霞のように消えるころには、紫月の気力は満ちていた。 「クールに決めるよ。キャッシュからの――」 翔護が射線を確保する為に足を動かしながら両手を交差させる。相手はフェーズ4。今までの比ではないほど強力な相手だ。だからこそ、肩の力を抜く。過度の緊張は判断を遅らせる。『いつもどおり』を呼び起こす為に、いつものポーズを取る。 「パニーッシュ!」 言葉と共に腕を突き出す。手のひらの震えはない肩の緊張もない。心は落ち着き、そして戦意は満ちている。どこか冷静な心のまま、引き金を引いた。冷静な心は精密な射撃を生む。弾丸は馬部分の脳天に当たり、その足を止める。 「神様はこんな地獄のような生物を生み出すことを是とするのね」 海依音は逆十字を握り締め、暴れまわるトロージュを見る。神のために戦争を行い、その結果姦計により処刑され、そしてエリューションとして蘇り、挙句キマイラとして利用される。これが神の所業だというのなら、やはり神様は好きにはなれそうにない。 「ああ、もう。ヤードのお二方、前に出てきてくださーい」 傷ついた『スコットランド・ヤード』の二人は最初、海依音の後ろから後衛のみに回復を行うように指示していた。だがトロージュの攻撃は予想以上に激しい。海依音は已む無く二人を前に出して回復を行うように指示する。 「いいですか。無理は禁物です。ホントに死ぬかもしれないんですから」 「はい。よろしくお願いします!」 元気のいい声で答える金髪少年二人組。あらやだかわいい。三重の回復曲が、地下鉄の通路に響く。 「行きます……よ」 速度を増してリンシードが舞う。突き出した槍を交わし、攻撃の隙をぬうように剣を振るう。槍の動きは見える。避けられない動きじゃない。だが、その狙いは少しずつ正確になってくる。 「……くっ、かはぁ……!」 ついに避けきれずに、真正面から突き出される槍を剣で受け止める。馬上から叩きつけられる一撃は、遠心力も乗ってかなりの一撃だ。リンシードは運命を燃やして立ち上がる。大丈夫、相手の攻撃は避けられない速さじゃない。自分に言い聞かせ、床を蹴る。 「さすが……!」 紫月を庇い、トロージュの攻撃を受け止めていたツァインが運命を削って意識を保つ。流れる血が地面に落ちる。その匂いが呪いの槍を喜ばせていると思うと怒りを覚える。そしてそれを繰るトロージュの槍捌き。 (見ろ見ろ見ろ。相手の動作を見て、体を動かせ。それが俺の戦い方だ!) 戦いが濃密になればなるほど、ツァインの口数は減っていく。いつもはお祭り好きなツァインだが、戦いに埋没するにつれて喋るよりも見るほうに意識を集中する。相手の攻撃をどう受け止めるか。長年使い込んだ盾の重さ。それは自分と仲間の身を守る、ありがたい重さだ。 「雷くるぞ! 散開ッ!」 「……っ! まだです!」 体力では劣るレイチェルが、トロージュの放つ稲妻を受けて、よろめく。運命を削って意識を保ちながらトロージュを見る。十字の騎士をにらむ赤い瞳。鮮烈な一撃が、その心すら支配する。支配されたトロージュの一撃が、フィクサードのほうに飛んだ。 「さすがトロージュ卿、素晴らしい一撃ですね。……さて、次に狙われるのは誰でしょうか?」 トロージュの攻撃で傷を負ったフィクサードに脅しをかけるようにレイチェルが言葉を投げかける。それで恐れるフィクサードではない。むしろ怒りの感情でレイチェルを睨んだ。魔を払う癒しがトロージュの支配を解く。 (確率的にはトロージュの信仰の盾を突破できないレベルではない。……ただフィクサードの回復が厄介か) レイチェルは技の効き具合からそう判断する。フィクサードが動かなくなれば何度も試してもいいが、フィクサードを狙う余裕はない。 フィクサードのホーリーメイガスが裁きの光を放つ。地下鉄道のリベリスタを光の矢が襲う。精度は低いらしくリンシードやユーヌなどの回避に優れた革醒者はそれを避けるが、庇いに徹する快とツァインを初め、前衛のほとんどがその光で加護を失ってしまう。 「厄介な……紫月の作った護りを!」 「向こうもこちらと同じぐらいの強さをもつフィクサードのようだね」 クロスイージス、ホーリーメイガス、残り二人はレイザータクトとインヤンマスターか。フィクサードのジョブはこれで知れた。 リベリスタの攻撃はトロージュの乗る馬を狙うように動いていた。騎馬の足を奪おうとする作戦だ。度重なる攻撃に、その作戦は功を為す。絶命の悲鳴と共に体が崩れ落ち、ドロドロに溶けていくキマイラの馬部分。 「やったか!?」 溶け落ちる馬から歩いてくるトロージュ。馬と融合していた部分からは何らかの液体が流れ、騎馬を失い突破力もなくなった。これなら―― 「さらば、ミスト。よくここまで支えてくれた」 声は確かに、騎士の兜の中から聞こえてきた。馬の瞳を閉じさせ、リベリスタたちに向きなおる。 誰かが息を飲み込む声が響く。騎士が馬を看取る間、攻撃を仕掛けようとすればきっとできた。だが踏み込むことは誰もできなかった。 踏み込めば、あの槍に貫かれる。そう思わせるだけの何かがそこにあった。 「フェーズ――」 勘違いがあったのかもしれない。馬を倒し、突破力を失わせれば勝てると。 馬はキマイラの一部分で、その足を封じれば勝機が見えると。 「――4!」 その数字の意味を、今正しく理解する。 相対しているのは貴族級のエリューションを素体とした存在。それがたかだか突破力を奪った程度で、いかほどの戦闘力が衰えようか。 「馬鹿、な……『テレジア』の操作を……!」 「まだ不安定だったのか……!」 背後のフィクサードも青い顔でトロージュの動向を見やる。どうやらこれは彼らにとっても想定外の事態のようだ。浮き足立って慌てふためく。 そしてトロージュの穂先は、 「我が敵を、討ち滅ぼす」 鋭く、リベリスタのほうに向けられた。 ● 「何故です、トロージュ卿! 何故私達を敵と呼ぶのですか!」 紫月は向けられた穂先に驚きの声を上げる。騎士は構えを解くことなく答えた。 「我が愛馬の敵。長きに渡り私を支えてくれた友の弔いだ」 トロージュの言葉にリベリスタははっとなる。確かにリベリスタは意図的に馬を狙って攻撃していた。攻撃をしたら馬に当たった、というのではなく明確な意図を持って馬を攻撃していたのだ。 「それが卑怯だ……とでも言うのですか?」 「いや、これは戦いだ。正当な戦闘行為で行われた結果を、卑怯だと責めはせぬ。 これは私怨を含んだただの弔いだ」 槍を二度振るうトロージュ。その槍の速さは衰えてはいない。 「は……! さすがはサー・トロージュ! 公明正大でございます!」 フィクサードは自分達に矛先が向かぬと安堵し、胸をなでおろす。 つまり、状況は何も変わらない。キマイラとフィクサードが、リベリスタを襲う構図。 唯一の違いは、 (トロージュの意識が明確になったことだ) 突破口があるとすれば、そこだろう。それがどう影響するか、全くわからないが。 「騎士を傀儡にして公明正大を口にするか、蜘蛛。中世の再現もここまで極まると、拝観料を払いたくなるな」 「踊れ、我が意のままに……!」 ユーヌが後ろのフィクサードを妨害し、レイチェルがトロージュを乱してフィクサードに攻撃をさせる。それでもなお、キマイラとフィクサードの支援に長く耐えれるものではない。 「あ……ぐわ!」 トロージュの稲妻が、レイチェルと翔護に下される。二人の射撃は明確な意図を持って馬に向けられていた。優先的に狙われるのは道理か。翔護は運命を燃やして、銃を構えなおす。レイチェルは、 「新田さん!」 「大丈夫。これが俺の役割だから」 トロージュの攻撃目標が変わったと気づき、快がレイチェルを庇って稲妻を受ける。今まで受けていた傷の蓄積もあり、快は運命を燃やす。 稲妻を放った隙をぬって、天乃がトロージュの懐に飛び込む。槍の間合のその内側。そこまで入り込み手甲を振り上げる。叩きつける拳、半歩間合をつめての肘打。至近距離からの顎への殴打。ツインテールがその動きに合わせて揺れた。 「……さすが、でも、満足できた……かな」 そのまま天乃は崩れ落ちた。ショルダータックルで天乃の脳を揺さぶり、ひるんだ隙に放たれる鉄の蹴り。それが天乃の意識を奪い取る。 「星川君!」 倒れた天乃を後ろに引きずろうと、海依音が前に出る。それはトロージュの攻撃圏内に足を踏み入れることと同意である。だがそれよりも目の前で命が失われる可能性の方が怖かった。 「きゃん!」 振るわれる槍に巻き込まれ、海依音が悲鳴を上げる。血に飢えた槍の欲望が鋭さとなって、海依音の肌を裂く。運命を燃やして息絶え絶えになりながら、何とか天乃を引っ張ってくる。 「ここで暴れる事が貴方の名誉ですか……? 騎士とは弱きを助ける者だと思うのですが……」 「では問おう。汝らは『弱き者』か? 否だ」 リンシードの問いかけにトロージュが応じる。素早く踏み込み、切り刻んで離脱を繰り返すリンシード。だが離脱の一跳びを追うように槍が放たれる。傷から流れる血がリンシードの服を汚していく。 「名誉を汚されし、サー・トロージュよ! 貴殿の名誉を貶めたは姦計によるものである事は知っている!」 竜一が言葉と共に剣を振り下ろす。槍の柄と刃が十字に交差し、至近距離でにらみ合う。両者の間に生まれる強い力。それが生み出す拮抗の中、竜一が叫ぶ。 「今の貴殿の行為は、その名誉と誓約に沿ったものであるのか! 貴殿は誇り高きテンプル騎士! 騎士の誓いを思い出せ!」 「忘れぬとも。我が誓い。聖地奪還により、汚名をそそぐことだ」 「汚名を、雪ぐ……?」 「汚名を着せられようが、主君に捨てられようが関係ない。聖地を取り戻し、神の威光を示す……そうすることで、我が領民に安寧をもたらすのだ」 十字軍。様々な政治的な絡みもあるが、その目的は『聖地』を異教徒から取り戻すことである。それは領土拡大の意味もあるが、不安に怯える信徒を安心させる意味も含まれていた。 「トロージュ卿、もはや奪い返す聖地はありません!」 紫月が現在の『聖地』の地図を思い浮かべながら口を開く。もはや地図上の形すら変わっているその場所。第一回十字軍から九百年以上の時が経っている。それを望む民もいない。 「貴方が護るべきだった国も領民もありません! それでもなお聖地奪還というのですか?」 「知っている。分かっている。それでもなお、だ。聖地を取り戻し、汚名を雪ぐ。 死んでいった同胞達のために、体が動く限り前に進む」 嗚呼。 紫月を初めとしたリベリスタは気づく。たとえ意味がなくとも、例え無駄だとしても、その歩みを止めはしない。 汚名を着せられたことが問題なのではない。それにより聖地奪還が為されなかったことが問題なのだ。掲げた目標を達成できず、しかしまだ体は動く。ならば亡き同胞のために歩もう。そこに『聖地』がなくとも、掲げた誓いを果たすことに意味がある。 まさに亡霊。十字軍のEアンデッド。騎士の誇りを保った世界の敵。 「……待ってください、サー・トロージュ! あなたがここを離れては守りが――」 「アルノード!」 トロージュの言葉にフィクサードが慌てたように口を開き、仲間に止められる。アルノードと呼ばれたフィクサードは、慌てて口に手を当てて言葉を止めた。 (守り? 離れる? トロージュは……ここを、守っていた?) 何のために? 思考を続ける余裕はない。気を抜けばトロージュの槍に貫かれる。血を求める槍が竜一を襲う。二刀の隙間をぬうように突き出された槍がその胸を穿った。そのまま横なぎに払い、横から迫っていたリンシードを打ち据えた。 「貴殿の目的は、人々の営みを破壊することではなかったはずだ……!」 「……お姉、さま……」 竜一とリンシードがその一撃で倒れる。最後まで剣を折ることなく、前のめりに戦い続けたゆえの戦線離脱。二人が与えた傷は、トロージュの鎧と体に深く刻まれている。 「仕方ない……!」 ユーヌが影の分身を作り、倒れた二人を後ろに下げる。その間、フィクサードに対する牽制が止まってしまう。 「三人目……」 海依音は戦闘不能になった人数をカウントする。ほぼ全てのリベリスタが運命を使い、体力も虫の息だ。『スコットランド・ヤード』の回復をあわせても、押されていくのは目に見えている。 撤退を視野に入れねばならないか。思考は自然とマイナスの方向に向かってしまう。まだやれると心折れなかったのは、事前に退却ラインを決めていたからに過ぎない。だが、それはマイナスではない程度で、戦果にプラスにはならない。 「まだ負けてはいません!」 紫月が世界樹の守りを仲間にかけなおす。フィクサードに壊される可能性はあるが、わずかなときでも仲間を守れるのなら、意味はある。 「予想はしていましたが、頑固な騎士ですね」 海依音が荒れ狂うトロージュを見ながら口を開く。紫月のエネルギー回復もあって、最大限の癒しを行使できる。それでようやく戦線を維持できるぐらいだ。 トロージュに言葉は、通じない。 厳密に言えば、会話は成立する。理解もしている。その上で通じないのだ。 「卿。その槍、私が受けましょう!」 ツァインが紫月を庇いながら言葉を投げかける。トロージュの無念は、予想とは違ったが理解できる。だがこれだけの強さのエリューションを野放しになどできるはずがない。 否、そうではない。その無念を受け止めることそこが、騎士の勤めではないか。 「伊達にこの格好をしてはいない!」 鎧と盾。そして剣。脈々と受け継がれる技術と精神。それを示すようにツァインは構えを取る。その心意気をくんだか、あるいは怒りを感じたか。突き出された槍はツァインの胸部に突きたてられる。 「御旗は未だ此処に有り。卿、貴方の誇りはまだそこにありますか……?」 その一撃にツァインは耐えた。回復などの支援もあるが、それに耐えたのはツァインの矜持が大きい。 わずかだが、トロージュの動きが止まる。ツァインが耐えたことに驚いたのか、あるいは別の何かに反応したか。 「馳せるべき勇名も守るべき信徒も無い! これがお前の望んだ戦いか、テンプル騎士!」 ここが勝機と踏んだ快が前に出る。盾を前に掲げ、自らの体重を乗せて突貫する。堅牢な盾そのものが武器となる。この一撃に全てをかけて、前に踏み出した。 「それでも戦う相手が必要なら、俺が相手になろう。現代の騎士の矜持を、ここに示す!」 同じ騎士として。同じ護り手として。時代こそ違えどそこにある矜持は同じだ。だが両者はただ一点のみにおいて大きく異なっていた。 トロージュがもう存在しない聖地(ユメ)を追うのに対し。 快はまだ手の届かない理想(ユメ)を追う。 過去と未来。二つのユメの違い。その軍配は、快に下る。打ち据えた一撃が騎士の加護を奪った。 「『Et lux in tenebris lucet, et tenebra eam non comprehenderunt』」 光、闇に照るといえども、闇これを悟らざりき。 翔護が口にするのは聖書の一文だ。世界が闇に包まれていても光はそこに照る。例え闇がそれを理解せずとも、光は照るのだ。姦計という闇に貶められても、騎士という光は存在する。 「あんたの信仰を疑うものは誰もいないんだ、騎士様。――だからもう眠りな」 言葉と共に引き金を引く翔護。銃弾は神秘の力を得て、鎧の隙間をぬうように飛ぶ。兜の内側からトロージュの脳天を貫いた。 「オオオオオオオオオオオオオ!」 地下鉄の通路に響くキマイラの声。それは叫びか、猛りか、慟哭か、はたまた感謝の声か。 最後まで倒れることなくトロージュは叫び続け、そのまま槍と共に溶けるように崩れ落ちた。 ● 騎士道、という言葉がある。 名誉と身分。戦士としての強さだけではなく、貴族としての誇りを持て。大雑把に言ってしまえば、そんな自らに掲げる規律だ。 立派に戦うこと。恥じぬ戦いをすること。 言葉をどれだけ重ねても、それを示す何かがなければ通じない。戦いに有利だという理由で馬から攻撃を仕掛ければ、なおのことだ。自分達は戦術的に戦うが、トロージュは騎士の誇りを思い出してくれ。そんな言葉は通じない。一笑に付し、卑劣漢として扱うだろう。 だがそれぞれの誇りを、戦いの中で見せることができれば。己の道を言葉ではなく行動で示すことができれば、その認識を改めるかもしれない。 トロージュがツァインと快の行動に何を見たかは分からない。それを確かめる術はもうない。 ただ結果としてテンプル騎士は倒れ、リベリスタは辛くも勝利を得ることができた。 「待て! どこへ逃げる気だ!」 トロージュが破れ、逃げようとするフィクサードに快が叫ぶ。追うつもりはない。地の利は向こうにあるし、そもそも戦力的な余裕はない。 だが、問いかけたことに意味はあった。 (……『倫敦の蜘蛛の巣』の本拠地……地下鉄のどこかにそこに通じる道……がある?) 問いかけたことにより逃げる先を心に想起させ、それを読み取ったのだ。 「彼ら、このあたりをよく徘徊しているみたいです。このキマイラも」 海依音はフィクサードの遺留品からその残滓を読み取り、情報を得ていた。 「本拠地近くに強力なキマイラを配置していた……ってことか?」 「そういえば『守り』とか言っていたな、あのフィクサード」 確証はもてないが、外してはいないだろう。確認するにはこの先に進まねばならないが、今進めば確実に帰って来れない。探索をするにはダメージが深すぎる。 「今は帰りましょう。何をするにしても体制を整えないといけません」 紫月の言葉にリベリスタたちは頷く。怪我人を背負って、立ち上がる。痛む体を押さえながら、道を引き返す。 振り返れば、トロージュがいた証はどこにもない。ただリベリスタの受けた傷だけが、騎士がいたという証明だ。だがそれでいい。リベリスタは地下鉄の出口に向かい、歩き始めた。 そこにいたのは『聖地』を求め、駆け抜けたテンプル騎士。トロージュという存在が求めた生き様の果て。 呪われた騎士は、もう存在しない。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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