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<倫敦事変>Theme of Curse Knight

●地下を進む騎士
 テンプル駅。ロンドン都心部を走る地下鉄の駅で、サークル線とディストリクト線の列車が発車する。
 駅名の由来は駅近くにあるテンプル教会である。十二世紀にテンプル騎士団が開拓し、今なお存在するテンプル教会。輩出された騎士の中には革醒者も存在し、十字軍遠征の際に活躍をしたと言う伝承も残っている。
 そのテンプル駅の線路に、一体のキマイラがいる。
 バケツのような兜をかぶり、十字の印の入った鎧。そして槍。またがる馬は白く、鞍に十字の印が入っている。
 十字軍。歴史に疎いものでも、その姿を見ればその言葉が出るだろう。
 見た目美しい戦士のエリューションは、しかしその細部を見ればその見解が変わる。人馬一体をより深める為に人と馬は生態的に融合させており、E・ゴーレムの槍は血を吸うたびに歓喜の叫びを上げる。白馬の筋肉は異様なほど盛り上がり、その足は六本もある。
「我等が……名誉を……」
 そして騎士の口からは呪詛にも似た怨嗟の声が呟かれていた。
 恐れよ者ども。これは呪われた騎士。
 時の姦計により不名誉のまま殺されたテンプル騎士の成れの果て。そしてそれが時を経て今、キマイラとして蘇る。
「フェッフェッフェ。もうすぐ地上ですぜ、サー・トロージュ」
 それに従うようにフィクサードが歩みを進める。だがその瞳には忠誠はなく、むしろ騎士を見下している節すらある。
(あのシアンとか言う小娘の『システム』……たいしたもんですぜ。エリューション合成の技術もすごいが、高フェーズのエリューションをコントロールできるのがすごい)
 モリアーティ教授が日本から入手した技術は、確かに『倫敦の蜘蛛の巣』の戦力向上となった。
(フェーズ4……貴族級の戦闘力。『スコットランド・ヤード』の連中に目に物見せてやる)
 目の前には『スコットランド・ヤード』とアークの混成軍。数こそ多いが、脅威ではない。
 蹄が線路を駆ける。馬の突破力を乗せた突撃。血を吸う呪われた槍。そして優れた技量と肉体を持つ騎士。それは単体とはいえ、訓練された革醒者すら駆逐していく――

●リベリスタ
「……よぅ、来るのが遅かったから先に始めさせてもらったぜ」
『菊に杯』九条・徹(nBNE000200)はやってきたリベリスタに対して、軽く手を上げる。その姿は満身創痍だった。体中傷だらけで、呼吸も荒い。棍を杖にして何とか立っているが、戦える体ではないのは明白だ。
 何があった、と聞くまでもない。交戦していたキマイラは線路の先にいる。その戦意は衰えず、血に濡れた矛先をこちらに向けていた。
「貴族級……フェーズ4を材料にしたキマイラだ。さすがに厳しいねぇ」
 崩れ落ちる徹。それを支えて、回復を施そうとするリベリスタを徹は手で制した。
「ソイツは今から戦うお前達のためにとっておけ。正直、今までのキマイラとは桁が違う。一手遅れるだけで致命傷になりかねないぜ」
 徹は呼吸を整えながら、リベリスタたちに耳打ちする。キマイラの隣にいるフィクサード。それに聞かれないように。
「…………。
 こいつがあのキマイラの情報だ。『万華鏡』ほどじゃねぇが、一度戦った者の情報だから、かなり正確だぜ」
「まさか、この情報を得る為に特攻したのか!?」
 アークの戦術は『万華鏡』による高度な予知を基点とする。だが、その予知範囲は日本に限られ、ロンドンではその予知精度は大きく下がる。
 だが、一度戦えばその能力は知れる。その知識をリベリスタたちに告げた。
「強い相手を前に待ちきれなかっただけだ。まぁ、負けちまったがな」
 一度笑みの形に変えた唇を戻して、徹は静かに言葉を続ける。
「スタンリーのヤツが言っていた。キマイラは『テレジア』っていうアーティファクトでコントロールするらしい。どこに隠してあるのか分からんが、あいつ等が持っているのは確かだ。
 これは俺の勘だが……あのキマイラは完全制御されていない。戦闘中、何度か動きが乱れやがった。理由は分からんがな」
 攻略の糸口はそこにあるのでは、と徹は告げる。勿論相手はキマイラだ。制御されなければどうなるか分かったものではない。それがプラスになるかマイナスになるか、それさえも分からない。
「不完全制御だが、フェーズ4……勝てるのか?」
「相手が相手だ。尻尾巻いて逃げても文句は言われねぇよ」
 大局的にはここを放棄しても他で勝てばいい。そういう考え方もある。
 貴方は――



■シナリオの詳細■
■ストーリーテラー:どくどく  
■難易度:VERY HARD ■ ノーマルシナリオ EXタイプ
■参加人数制限: 10人 ■サポーター参加人数制限: 0人 ■シナリオ終了日時
 2013年12月19日(木)22:38
 どくどくです。
 初のベリーハード。呪われた騎士をお送りします。

◆成功条件
 キマイラ『トロージュ』の打破。
 フィクサードの生死は成功条件に含みません。

◆敵情報
『トロージュ』(×1)
 テンプル騎士の姿をしたキマイラ(E・アンデッド+Eビースト+E・ゴーレム)です。個体としては一体ですが、素体がフェーズ4のエリューションであった為、その戦闘力は圧倒的です。
 九条を初めとした先遣隊が挑み、以下の情報が分かっています。

 攻撃方法
 振り回し 物近範 槍を振り回し、周りにいるものを傷つけます。流血。
 突撃   物近単 馬の脚力を利用して突撃します。全力移動後も攻撃可能。致命。
 蹄鉄   物近単 蹄鉄で蹴り飛ばします。ノックB
 神の雷  神遠複 稲妻が下り、蛇のように絡みつきます。雷陣、不運
 血槍   神遠貫 赤いオーラを槍にして、投擲します。失血
 呪詛     P  このキャラクターを除き3メートル以内にいる者全ては、WPにマイナス修正がつきます。
 人馬一体  P  卓越した人馬の動きで、三人までブロックできます。
 突破     P  このキャラクターが全力移動した時、四人いないとブロックできません。
 呪いの槍  P  戦場で継続中の『出血』『流血』『失血』『致命』の数に応じて、物攻&神攻にプラス修正
 神の加護  P  奉じる神の加護により、BSは150%HIT以上でないと発動しません。
 思考分割  P  三つの思考がありえぬ速度で体を動かします。常に二回行動し、DA判定に成功すれば三回行動します。
 
・フィクサード(×4)
 所属不明のフィクサードです。状況的に『倫敦の蜘蛛の巣』ですが、証拠を示す物はおそらくないでしょう。種族はジーニアス。ジョブは不明。
 戦闘は付与や回復を重視し、直接的な戦闘はキマイラにまかせるつもりのようです。

・リベリスタ
『菊に杯』九条・徹(nBNE000200)
 動けますがボロボロです。戦闘はできません。自力で何とか戦場の外に逃げることはできます。
 
『スコットランド・ヤード』(×2)
 何とか戦闘可能なロンドンのリベリスタです。フライエンジェ×ホーリーメイガス。
「聖神の息吹」「浄化の鎧」「翼の加護」「白き曙光」「神秘道具熟練Lv2」等を活性化しています。戦闘後なので、HPとEPは減っています。フェイトも使用済みです。
 戦闘では指示に従います。特になければ自己判断で動きます。

◆場所情報
 地下鉄線路。明かりは薄暗く、足場は線路が敷いてありやや戦闘に不向き。
 列車が戦闘中に来ることはありません。一般人が来る可能性も皆無。
 戦闘開始時、『トロージュ』との距離は十メートル。フィクサードはその後ろ十メートルの場所にいます。リベリスタたちと徹&『スコットランド・ヤード』は『トロージュ』から十メートル離れた場所にいます。
 今まさに相対しているところからの開始なので、事前付与はなしです。

 皆様のプレングをお待ちしています。
 
●重要な備考
1、このシナリオは地下鉄シナリオです。
2、『ヤード』本部が陥落した場合(戦略点が0となった場合)、戦略上敗北となります。
3、『ヤード』本部の戦況は『<倫敦事変>の冠を持つシナリオ』の戦況で判断されます。戦略点の増減等は敵・味方の損耗率、実際の戦闘状況等々をSTとCWが総合的に判定します。直接的な戦略点の影響は『本部シナリオ』が最も大きくなりますが、他シナリオも影響します。今後の攻勢の為に必要な倫敦派の情報を取得するという意味では『市街シナリオ』、『地下鉄シナリオ』にやや高いチャンスがあるでしょう。
4、アークの関わらない事件(非シナリオ)も同時に多数起きていますが、其方は『ヤード』の対処案件です。
5、海外任務の為、万華鏡探査はありません。

●Danger!
 このシナリオはフェイト残量によらない死亡判定の可能性があります。
 予め御了承下さい。
参加NPC
 


■メイン参加者 10人■
ジーニアスナイトクリーク
星川・天乃(BNE000016)
ハイジーニアスデュランダル
結城 ”Dragon” 竜一(BNE000210)
★MVP
サイバーアダムクロスイージス
新田・快(BNE000439)
アークエンジェインヤンマスター
ユーヌ・結城・プロメース(BNE001086)
ギガントフレームクロスイージス
ツァイン・ウォーレス(BNE001520)
アウトサイドプロアデプト
レイチェル・ガーネット(BNE002439)
ハイジーニアスソードミラージュ
リンシード・フラックス(BNE002684)
ハイジーニアスミステラン
風宮 紫月(BNE003411)
ジーニアススターサジタリー
靖邦・Z・翔護(BNE003820)
ハイジーニアスホーリーメイガス
海依音・レヒニッツ・神裂(BNE004230)


「……金髪少年……だと!?」
「巨乳小学生ロボコップじゃない……!?」
「くぅ、賭けはドローか!?」
『一人焼肉マスター』結城 ”Dragon” 竜一(BNE000210)と『SHOGO』靖邦・Z・翔護(BNE003820)とツァイン・ウォーレス(BNE001520)は『スコットランド・ヤード』の残存を見て、口惜しげに拳を握った。何があったのかは知らないが、何らかの賭けが不成立になったようだ。
「またご大層な玩具を拵えたものだな?」
 そんな三人の横を通り抜けて、『普通の少女』ユーヌ・プロメース(BNE001086)が前の前のキマイラを見ながら口を開く。六本足の馬に乗った騎士。血に飢えた呪いの槍と、呪詛を撒き散らす十字軍騎士。
「初めて、のフェーズ4。それも改造済み、だなんて……滾る、ね」
 騎士から伝わってくる無形の圧力を感じながら『無軌道の戦姫(ゼログラヴィティ』星川・天乃(BNE000016)は手甲を構える。つたない言葉と無表情な顔だが、バトルマニアの血がうずいているのは明白だ。
「私達アークは、最終的にR-TYPEを撃破すべく作られた組織。だったら、この程度の相手に負けている訳にはいきませんよね?」
 強気な発言で『シャドーストライカー』レイチェル・ガーネット(BNE002439)がスローイングダガーを構える。確かにフェーズ4のエリューションは強力だ。だが、こんなところで躓いてやる理由はない。
「騎士としての有り様を歪められた者を素体として使うとは……」
『朔ノ月』風宮 紫月(BNE003411)は呪詛を撒き散らすテンプル騎士に哀れみを感じ、そしてその改造を施した『倫敦の蜘蛛の巣』に怒りを感じていた。呪われさ迷い、そして操られ。その苦しみから解放することが救いなのか。
「九条さん、あとで奢るよ。上質なモルトで乾杯といこう」
「口の中切ってなきゃ、美味いんだろうけどな」
『デイアフタートゥモロー』新田・快(BNE000439)の言葉に、徹は苦笑して返す。その身を使ってトロージュの情報を得た徹。その情報は無駄にはしない。皆を護るという気持ちを破界器に乗せ、一歩踏み出す。
「バトルマニアも程々にしないと死にますよ……ですが……情報は感謝します……」
『鏡操り人形』リンシード・フラックス(BNE002684)が透き通る刀身の長剣を手にトロージュを見る。六道紫杏により歪められた生命体は、とある組織の実験体だったリンシードに言い知れぬ感情を想起させる。
(操られて戦う、存在……運命が少し違えば、私もそうなっていたかも……?)
 首を振り、その思いを振り払う。今は戦わなくてはいけない。帰るべき場所のために。
「タッチ交代ですね」
 徹を立たせて後ろに移動させる『ヴァルプルギスナハト』海依音・レヒニッツ・神裂(BNE004230)。この場にいては巻き込まれる。庇って戦う余裕は、とてもない。それは徹自身も身をもって理解していた。徹と手を合わせて呼吸を整える。パァン、と小さく音が響いた。
「……我等が、名誉を……騎士の……誇りを……」
 途切れ途切れに何かを呟きながら、トロージュが槍を構える。ただそれだけで、地下鉄内の温度が下がった気がした。同時に駆け抜ける震え。それは武者震いか、あるいは生物としての本能的な恐怖か。
 始まりの合図はなんだったか。気がつけば馬の蹄が地をけり、リベリスタは鬨の声を上げていた。


「これが、フェーズ4って奴ですか……」
 リンシードが線路を駆ける。巧みなバランス取りにより凹凸激しい戦場でも重心をずらさず、安定した体制で剣を構えながら、体内のギアを組み替える。より速く、よし鋭く。戦いに意識を傾け、破界器を握る。
「並外れた、威圧感を感じます・・・・・・」
 貴族級。そう呼ばれるエリューションの例は少ない。アークでさえ、これが初めてなのだ。呪詛により纏わりつく何かに背筋を震わさせながら、リンシードは透き通る刀身を持つ剣を構える。相手の動きを見据え、攻撃の所作に備える。
「オオオオオオオオオ!」
 トロージュが吼える。馬が嘶いて、リンシードを飛び越えてリベリスタの群れに突っ込んでいく。その穂先が竜一を襲った。
「ぐぉ……オレかよ!?」
 トロージュはそのまま槍を引き抜き、回転させるように槍を振るう。リベリスタたちの鮮血が舞い、槍が歓喜に震える。
「いきなり突っ込んできた!? なんつー速さだ!」
「これは仕方ないことだ! 作戦通りに!」
 陣形を整えるよりも先にトロージュに突撃され、被害を受ける。一撃で壊滅するほどではない。むしろ精神的な動揺のほうが激しい。それを押さえ込みながら、リベリスタたちは動き出す。
「さすがフェーズ4……その速さも対したものです」
 レイチェルは痛む傷を押さえながら少し後ろに下がる。アークのリベリスタの中でもレイチェルは速いほうだ。驚きはするが予想の範疇内だ。頭の中で計算を組み立てながら『Chat noir』と呼ばれるスローイングダガーを手にした。
「ですが黒猫の爪が届かない領域じゃない」
 腕を振りかぶる。手首のスナップをきかせて、スローイングダガーを投擲した。回転するダガーは音もなく飛び、トロージュの鎧に突き刺さる。神秘的強化を施されたダガーがトロージュを守っていた加護を砕く。
「溝鼠の真似事をして行進とは、蜘蛛から鼠へ鞍替えか?」
 トロージュの背後で補助に徹するフィクサードたちに、後ろに下がりながらユーヌが言葉を投げかける。返ってくる言葉はない。あくまで『倫敦の蜘蛛の巣』とは無関係を貫くつもりのようだ。ユーヌは肩をすくめて、唇を歪めた。
「ああ、元よりこそこそ動くのが得意な鼠の大群だったか」
 言葉と同時にユーヌの手から光弾が打ち出される。トロージュの横を通り抜けて、フィクサードたちの足元に着弾する。爆ぜる光と轟音。視覚と聴覚を一時的に封鎖し、トロージュへの支援を遅らせる。
「……む」
 手ごたえはあった。だがユーヌは閃光の中でも変わらずこちらを見ているフィクサードを見つけた。一人だけだが、ある程度の妨害対策は施しているということか。
「騎士の恨み、も縄張り争い、も知った事か」
 天乃は手甲を構えてトロージュに迫る。徹から聞いた情報を軸に、可能な限り相手の側面に移動しながら攻め立てる。闇の中、音もなく迫るのがナイトクリークの武技。意識を深く沈め、戦いに埋没する天乃。
「細かい事、は抜き、にして楽しもう。楽しい楽しい、闘争が全て」
 天乃の行動理念はそこに集約される。強者と戦うこと。強い相手であればあるほど、内なる炎は燃え上がる。手甲から伸びた糸が、トロージュを襲う。鋭い糸がキマイラの肌を裂いた手ごたえ。しかし、トロージュがひるんだ様子は見られない。
「あいたたたた。ほら、あなたたちも下がって!」
 海依音は残った『スコットランド・ヤード』の少年達に交代を促しながら、海依音自身も飛行の加護を味方に付与しながら後ろに下がる。瞳に神秘を集中させ、闇を見通す。距離は十分とった。『白翼天杖』を手にして戦場にいる仲間達を見る。
「お仕事には誠実がモットーです」
 回復の神秘を『お仕事』と割り切る海依音。癒さないホーリーメイガスの海依音だが、必要と『お仕事』に応じて癒しの神秘を行使することもある。不可視の風がリベリスタたちを包む。トロージュに傷つけられた傷口が、少しずつ塞がっていく。
「昔の人だしね、共通の話題って難しいなあ」
 翔護も後ろに下がりながら、銃を構える。名前に関しては触れないで上げてるのが優しさか。両手で包み込むように銃を押さえ、真っ直ぐ立つ。ふざけた言動こそ多いが、翔護の銃の腕は折り紙つき。その構えは見るものを感嘆させる。
「『In principio erat Verbum, et Verbum erat apud Deum, et Deus erat Verbum』」
 口にするのは聖書の一言。テンプル騎士に語りかける言葉。翔護は言葉の意味を思い出しながら、引き金を引いた。弾丸はキマイラの馬部分に命中し、その眉間を穿つ。コインの中心を貫く精密さ。それはたゆまぬ鍛練の結果だ。
「トロージュ卿、その苦しみから開放して差し上げます」
 紫月は呪われた騎士を見ながら、異世界にある樹木の心を通わせる。物理的にもはるかに遠い世界を超えた思念の交流。豊かな自然に包まれた異世界の、ボトムチャンネルとは異なる術形態。それが頭に流れ込んでくる。
「皆を護る力を」
 形成される防壁は世界樹の葉ひとひら。刃傷から身を護る不可視の盾。それは呪われた騎士の槍すら通さぬ異世界の術。自分の知らない神秘にフィクサードたちが驚くのを見た。然もありなん。ラ・ル・カーナと接触したのは、アークだけなのだから。
「見せてやろうぜ、現代の騎士の戦いを!」
 快は『守護神の左腕』と呼ばれる盾を手に、前に出る。この身は誰かを護るための盾。誰一人自分の前では死神に奪わせないという理想。それが己の掲げる道だといわんばかりに、鋭い視線で快はトロージュを睨む。
「俺の全てで皆を守る。勝つぞ、皆!」
 思いと共に神秘の加護を仲間達に施す。神々の運命の名を持つ加護は、戦争に打ち勝つ運命を味方に与えるもの。傷が癒え、気力が増す。それは加護の効果モアルだろう。だがこの場にアークの『デイアフタートゥモロー』がいるという安堵からもあった。
「当たり前だ、行くぞ!」
 日本刀と西洋剣。二つの刃を竜一が振りかぶる。自分の限界の、それを超えたさらに限界の力を振り絞る。飛行の加護により馬上のトロージュに届く場所まで浮き上がり、十字に剣を振るう。
「名誉を汚されし、サー・トロージュよ! 騎士の誓いを思い出せ!」
 日本刀の唐竹割を、トロージュの槍が受け止める。騎士はそのまま槍を回転させて石突で竜一を叩き落そうとする。その一撃を剣で受け止め、柄を滑る様に剣を振るった。体を回転させながら振るった一撃が、トロージュの兜に傷を入れる。
「……オオ……ガァ……!」
「効いてる……!? ダメージが暴走のキーなのか?」
 竜一の一撃を受けて敵意が薄まるのをツァインは感じる。だがそれも一瞬のこと。すぐに敵意は膨らみあがり、呪われた騎士は猛威を振るう。その槍捌きを見ながら、ツァインは前に立ち紫月を庇う。真正面から受け止めるのではなく、剣と盾を使い突きを逸らす。突きの衝撃がツァインの腕に伝わってきた。
(トロージュ……騎士団最盛期に総長だった方。あるいはその系譜に連なる者)
 ツァインは事前に調べたテンプル騎士団の歴史を思い出す。眼前のエリューションが本物かは分からない。だが本物なら、姦計により歴史の悪役とされたことはさぞ無念だっただろう。同じ騎士の技を受け継ぐものとして、その無念だけは晴らしてやりたい。
「くそ……!」
 ユーヌに動きを封じられたフィクサードたちが苦悶の声を上げる。注視している余裕はないが、おそらくはキマイラを制御しているのだろう。
 度重なる攻撃にキマイラの傷は増えていく。
 だが、その勢いは衰えない。呪いの言葉を吐きながら、騎士は地下鉄内に荒れ狂う。


 破界器とEゴーレムが交差する。鋼と刃金が打ち合い、銃声が鎧を穿つ。魔と魔がぶつかり合い、癒しの風が倒れそうな体を支える。
 馬上の騎士というのは、なるほどやりにくい相手だ。片手を手綱で封じられている為、大型武器は使えない。だが高所から突き出される槍と、馬の突破力がリベリスタを襲う。馬の機動力と人の経験。それが組み合わさり、嵐を顕現させる。
 槍は時に回転し、時に突き出され。直線と思えば円を描き、横薙ぎに払うおと思われれば、真上から叩きつけられ。
 長い柄はリベリスタの攻撃を受ける盾となり、同時に叩きつけられる棒となり。
 長柄の武器は接近戦には弱い。そんな考えは槍の達人を前にすれば消え去る。
 少なくとも、トロージュと相対しているリベリスタはそんな余裕を持ち得なかった。
「さすが……だね」
 槍の突きを受けて天乃が血を吐く。運命を燃やして立ち上がり、手甲を構えた。飛行の加護を受けて低く飛びながら、トロージュに接近する。槍の一撃を逸らし、交わし、拳を振るう。変幻自在な暗殺者の動き。拳による殴打と見せ付けながら、気の糸を放ち相手を絡め取る。
「……こうじゃない、と楽しくない、ね」
「面倒だな……」
 ユーヌはフィクサードの妨害を行っていたが、フィクサードの一人が妨害の効かない相手だと知って舌打ちをする。そのフィクサードが常に回復役のホーリーメイガスを庇っているのだ。
「絶対者クロスイージスか」
 ユーヌは閃光弾を放ち、フィクサードからの援護を止める。だがそれは完全とはいえなかった。庇われているフィクサードがトロージュに援護を行う。
「他のヤツは封じれるし、かばってる間はあのイージスはなにもできない。妨害を続ける意味はあるよ」
 快はそんなユーヌを庇いながら、戦線を維持していた。フィクサードは射程ギリギリから支援と回復を行っている。ユーヌがフィクサードに攻撃をするには、トロージュの攻撃範囲に足を踏み入れる必要があった。
「大丈夫。一人ひとりができることをすれば勝てる。今はそう信じよう」
 前に出たユーヌはおそらくトロージュの攻撃には長く耐えれないだろう。それを護るために快は身を張っていた。これが現代の騎士の戦い方だといわんばかりに胸を張り、ナイフと盾で防御の構えを取る。
 しかし快が庇えるのはただ一人。この手がもっと広ければ。そう思うことはいつもだ。傷つく仲間達を見ながら、快自身もトロージュの槍に刻まれ、出血する。
「まだまだぁぁ!」
 気合と共に竜一が地を蹴る。二本の腕を背中まで逸らし、両手の剣を叩きつけるように振り下ろした。そのまま剣をクロスに構え、駆け抜け様にさらに一閃。酷使する肉体が悲鳴を上げる。そのためか、離脱の動きが少し遅れた。騎士の槍がその隙を逃さず振り下ろされる。
「守る為には、倒れられない。俺も、あんたも、変わらねえよ。なあ、トロージュ!」
 崩れ落ちそうになる体をどうにか持ちこたえる竜一。そこに見せるのは戦士の気概。時を経ても変わらないであろう戦いの理由。その身がエリューションとなっても、世界の敵となってもなお持ち続けているだろう誇り。
「護る……神を……民を……」
 トロージュの口から漏れる言葉は途切れ途切れだが、確かにリベリスタに反応していた。その度にフィクサードが何かの動きを見せる。おそらく『テレジア』で制御しているのだろう。
「生前の意志が残っている……?」
 紫月が世界樹の防壁を仲間に施しながらトロージュの様子を見やる。防壁はトロージュの槍すら通さぬ堅牢な壁。呪われた槍の一突きすら、その壁の前には無意味。だがしかし、そのために使う気力も激しい。
「我が友よ。癒しの力をここに示せ……」
 祈りと共に紫月の周りにほのかな光がともる。それは異世界の存在であるフィアキィ。それが刹那顕現し、癒しの光を振りまく。フィアキィが霞のように消えるころには、紫月の気力は満ちていた。
「クールに決めるよ。キャッシュからの――」
 翔護が射線を確保する為に足を動かしながら両手を交差させる。相手はフェーズ4。今までの比ではないほど強力な相手だ。だからこそ、肩の力を抜く。過度の緊張は判断を遅らせる。『いつもどおり』を呼び起こす為に、いつものポーズを取る。
「パニーッシュ!」
 言葉と共に腕を突き出す。手のひらの震えはない肩の緊張もない。心は落ち着き、そして戦意は満ちている。どこか冷静な心のまま、引き金を引いた。冷静な心は精密な射撃を生む。弾丸は馬部分の脳天に当たり、その足を止める。
「神様はこんな地獄のような生物を生み出すことを是とするのね」
 海依音は逆十字を握り締め、暴れまわるトロージュを見る。神のために戦争を行い、その結果姦計により処刑され、そしてエリューションとして蘇り、挙句キマイラとして利用される。これが神の所業だというのなら、やはり神様は好きにはなれそうにない。
「ああ、もう。ヤードのお二方、前に出てきてくださーい」
 傷ついた『スコットランド・ヤード』の二人は最初、海依音の後ろから後衛のみに回復を行うように指示していた。だがトロージュの攻撃は予想以上に激しい。海依音は已む無く二人を前に出して回復を行うように指示する。
「いいですか。無理は禁物です。ホントに死ぬかもしれないんですから」
「はい。よろしくお願いします!」
 元気のいい声で答える金髪少年二人組。あらやだかわいい。三重の回復曲が、地下鉄の通路に響く。
「行きます……よ」
 速度を増してリンシードが舞う。突き出した槍を交わし、攻撃の隙をぬうように剣を振るう。槍の動きは見える。避けられない動きじゃない。だが、その狙いは少しずつ正確になってくる。
「……くっ、かはぁ……!」
 ついに避けきれずに、真正面から突き出される槍を剣で受け止める。馬上から叩きつけられる一撃は、遠心力も乗ってかなりの一撃だ。リンシードは運命を燃やして立ち上がる。大丈夫、相手の攻撃は避けられない速さじゃない。自分に言い聞かせ、床を蹴る。
「さすが……!」
 紫月を庇い、トロージュの攻撃を受け止めていたツァインが運命を削って意識を保つ。流れる血が地面に落ちる。その匂いが呪いの槍を喜ばせていると思うと怒りを覚える。そしてそれを繰るトロージュの槍捌き。
(見ろ見ろ見ろ。相手の動作を見て、体を動かせ。それが俺の戦い方だ!)
 戦いが濃密になればなるほど、ツァインの口数は減っていく。いつもはお祭り好きなツァインだが、戦いに埋没するにつれて喋るよりも見るほうに意識を集中する。相手の攻撃をどう受け止めるか。長年使い込んだ盾の重さ。それは自分と仲間の身を守る、ありがたい重さだ。
「雷くるぞ! 散開ッ!」
「……っ! まだです!」
 体力では劣るレイチェルが、トロージュの放つ稲妻を受けて、よろめく。運命を削って意識を保ちながらトロージュを見る。十字の騎士をにらむ赤い瞳。鮮烈な一撃が、その心すら支配する。支配されたトロージュの一撃が、フィクサードのほうに飛んだ。
「さすがトロージュ卿、素晴らしい一撃ですね。……さて、次に狙われるのは誰でしょうか?」
 トロージュの攻撃で傷を負ったフィクサードに脅しをかけるようにレイチェルが言葉を投げかける。それで恐れるフィクサードではない。むしろ怒りの感情でレイチェルを睨んだ。魔を払う癒しがトロージュの支配を解く。
(確率的にはトロージュの信仰の盾を突破できないレベルではない。……ただフィクサードの回復が厄介か)
 レイチェルは技の効き具合からそう判断する。フィクサードが動かなくなれば何度も試してもいいが、フィクサードを狙う余裕はない。
 フィクサードのホーリーメイガスが裁きの光を放つ。地下鉄道のリベリスタを光の矢が襲う。精度は低いらしくリンシードやユーヌなどの回避に優れた革醒者はそれを避けるが、庇いに徹する快とツァインを初め、前衛のほとんどがその光で加護を失ってしまう。
「厄介な……紫月の作った護りを!」
「向こうもこちらと同じぐらいの強さをもつフィクサードのようだね」
 クロスイージス、ホーリーメイガス、残り二人はレイザータクトとインヤンマスターか。フィクサードのジョブはこれで知れた。
 リベリスタの攻撃はトロージュの乗る馬を狙うように動いていた。騎馬の足を奪おうとする作戦だ。度重なる攻撃に、その作戦は功を為す。絶命の悲鳴と共に体が崩れ落ち、ドロドロに溶けていくキマイラの馬部分。
「やったか!?」
 溶け落ちる馬から歩いてくるトロージュ。馬と融合していた部分からは何らかの液体が流れ、騎馬を失い突破力もなくなった。これなら――

「さらば、ミスト。よくここまで支えてくれた」
 
 声は確かに、騎士の兜の中から聞こえてきた。馬の瞳を閉じさせ、リベリスタたちに向きなおる。
 誰かが息を飲み込む声が響く。騎士が馬を看取る間、攻撃を仕掛けようとすればきっとできた。だが踏み込むことは誰もできなかった。
 踏み込めば、あの槍に貫かれる。そう思わせるだけの何かがそこにあった。
「フェーズ――」
 勘違いがあったのかもしれない。馬を倒し、突破力を失わせれば勝てると。
 馬はキマイラの一部分で、その足を封じれば勝機が見えると。
「――4!」
 その数字の意味を、今正しく理解する。
 相対しているのは貴族級のエリューションを素体とした存在。それがたかだか突破力を奪った程度で、いかほどの戦闘力が衰えようか。
「馬鹿、な……『テレジア』の操作を……!」
「まだ不安定だったのか……!」
 背後のフィクサードも青い顔でトロージュの動向を見やる。どうやらこれは彼らにとっても想定外の事態のようだ。浮き足立って慌てふためく。
 そしてトロージュの穂先は、
「我が敵を、討ち滅ぼす」
 鋭く、リベリスタのほうに向けられた。


「何故です、トロージュ卿! 何故私達を敵と呼ぶのですか!」
 紫月は向けられた穂先に驚きの声を上げる。騎士は構えを解くことなく答えた。
「我が愛馬の敵。長きに渡り私を支えてくれた友の弔いだ」
 トロージュの言葉にリベリスタははっとなる。確かにリベリスタは意図的に馬を狙って攻撃していた。攻撃をしたら馬に当たった、というのではなく明確な意図を持って馬を攻撃していたのだ。
「それが卑怯だ……とでも言うのですか?」
「いや、これは戦いだ。正当な戦闘行為で行われた結果を、卑怯だと責めはせぬ。
 これは私怨を含んだただの弔いだ」
 槍を二度振るうトロージュ。その槍の速さは衰えてはいない。
「は……! さすがはサー・トロージュ! 公明正大でございます!」
 フィクサードは自分達に矛先が向かぬと安堵し、胸をなでおろす。
 つまり、状況は何も変わらない。キマイラとフィクサードが、リベリスタを襲う構図。
 唯一の違いは、
(トロージュの意識が明確になったことだ)
 突破口があるとすれば、そこだろう。それがどう影響するか、全くわからないが。
「騎士を傀儡にして公明正大を口にするか、蜘蛛。中世の再現もここまで極まると、拝観料を払いたくなるな」
「踊れ、我が意のままに……!」
 ユーヌが後ろのフィクサードを妨害し、レイチェルがトロージュを乱してフィクサードに攻撃をさせる。それでもなお、キマイラとフィクサードの支援に長く耐えれるものではない。
「あ……ぐわ!」
 トロージュの稲妻が、レイチェルと翔護に下される。二人の射撃は明確な意図を持って馬に向けられていた。優先的に狙われるのは道理か。翔護は運命を燃やして、銃を構えなおす。レイチェルは、
「新田さん!」
「大丈夫。これが俺の役割だから」
 トロージュの攻撃目標が変わったと気づき、快がレイチェルを庇って稲妻を受ける。今まで受けていた傷の蓄積もあり、快は運命を燃やす。
 稲妻を放った隙をぬって、天乃がトロージュの懐に飛び込む。槍の間合のその内側。そこまで入り込み手甲を振り上げる。叩きつける拳、半歩間合をつめての肘打。至近距離からの顎への殴打。ツインテールがその動きに合わせて揺れた。
「……さすが、でも、満足できた……かな」
 そのまま天乃は崩れ落ちた。ショルダータックルで天乃の脳を揺さぶり、ひるんだ隙に放たれる鉄の蹴り。それが天乃の意識を奪い取る。
「星川君!」
 倒れた天乃を後ろに引きずろうと、海依音が前に出る。それはトロージュの攻撃圏内に足を踏み入れることと同意である。だがそれよりも目の前で命が失われる可能性の方が怖かった。
「きゃん!」
 振るわれる槍に巻き込まれ、海依音が悲鳴を上げる。血に飢えた槍の欲望が鋭さとなって、海依音の肌を裂く。運命を燃やして息絶え絶えになりながら、何とか天乃を引っ張ってくる。
「ここで暴れる事が貴方の名誉ですか……? 騎士とは弱きを助ける者だと思うのですが……」
「では問おう。汝らは『弱き者』か? 否だ」
 リンシードの問いかけにトロージュが応じる。素早く踏み込み、切り刻んで離脱を繰り返すリンシード。だが離脱の一跳びを追うように槍が放たれる。傷から流れる血がリンシードの服を汚していく。
「名誉を汚されし、サー・トロージュよ! 貴殿の名誉を貶めたは姦計によるものである事は知っている!」
 竜一が言葉と共に剣を振り下ろす。槍の柄と刃が十字に交差し、至近距離でにらみ合う。両者の間に生まれる強い力。それが生み出す拮抗の中、竜一が叫ぶ。 
「今の貴殿の行為は、その名誉と誓約に沿ったものであるのか! 貴殿は誇り高きテンプル騎士! 騎士の誓いを思い出せ!」
「忘れぬとも。我が誓い。聖地奪還により、汚名をそそぐことだ」
「汚名を、雪ぐ……?」
「汚名を着せられようが、主君に捨てられようが関係ない。聖地を取り戻し、神の威光を示す……そうすることで、我が領民に安寧をもたらすのだ」
 十字軍。様々な政治的な絡みもあるが、その目的は『聖地』を異教徒から取り戻すことである。それは領土拡大の意味もあるが、不安に怯える信徒を安心させる意味も含まれていた。
「トロージュ卿、もはや奪い返す聖地はありません!」
 紫月が現在の『聖地』の地図を思い浮かべながら口を開く。もはや地図上の形すら変わっているその場所。第一回十字軍から九百年以上の時が経っている。それを望む民もいない。 
「貴方が護るべきだった国も領民もありません! それでもなお聖地奪還というのですか?」
「知っている。分かっている。それでもなお、だ。聖地を取り戻し、汚名を雪ぐ。
 死んでいった同胞達のために、体が動く限り前に進む」
 嗚呼。
 紫月を初めとしたリベリスタは気づく。たとえ意味がなくとも、例え無駄だとしても、その歩みを止めはしない。
 汚名を着せられたことが問題なのではない。それにより聖地奪還が為されなかったことが問題なのだ。掲げた目標を達成できず、しかしまだ体は動く。ならば亡き同胞のために歩もう。そこに『聖地』がなくとも、掲げた誓いを果たすことに意味がある。
 まさに亡霊。十字軍のEアンデッド。騎士の誇りを保った世界の敵。
「……待ってください、サー・トロージュ! あなたがここを離れては守りが――」
「アルノード!」
 トロージュの言葉にフィクサードが慌てたように口を開き、仲間に止められる。アルノードと呼ばれたフィクサードは、慌てて口に手を当てて言葉を止めた。
(守り? 離れる? トロージュは……ここを、守っていた?)
 何のために? 思考を続ける余裕はない。気を抜けばトロージュの槍に貫かれる。血を求める槍が竜一を襲う。二刀の隙間をぬうように突き出された槍がその胸を穿った。そのまま横なぎに払い、横から迫っていたリンシードを打ち据えた。
「貴殿の目的は、人々の営みを破壊することではなかったはずだ……!」
「……お姉、さま……」
 竜一とリンシードがその一撃で倒れる。最後まで剣を折ることなく、前のめりに戦い続けたゆえの戦線離脱。二人が与えた傷は、トロージュの鎧と体に深く刻まれている。
「仕方ない……!」
 ユーヌが影の分身を作り、倒れた二人を後ろに下げる。その間、フィクサードに対する牽制が止まってしまう。
「三人目……」
 海依音は戦闘不能になった人数をカウントする。ほぼ全てのリベリスタが運命を使い、体力も虫の息だ。『スコットランド・ヤード』の回復をあわせても、押されていくのは目に見えている。
 撤退を視野に入れねばならないか。思考は自然とマイナスの方向に向かってしまう。まだやれると心折れなかったのは、事前に退却ラインを決めていたからに過ぎない。だが、それはマイナスではない程度で、戦果にプラスにはならない。
「まだ負けてはいません!」
 紫月が世界樹の守りを仲間にかけなおす。フィクサードに壊される可能性はあるが、わずかなときでも仲間を守れるのなら、意味はある。
「予想はしていましたが、頑固な騎士ですね」
 海依音が荒れ狂うトロージュを見ながら口を開く。紫月のエネルギー回復もあって、最大限の癒しを行使できる。それでようやく戦線を維持できるぐらいだ。
 トロージュに言葉は、通じない。
 厳密に言えば、会話は成立する。理解もしている。その上で通じないのだ。
「卿。その槍、私が受けましょう!」
 ツァインが紫月を庇いながら言葉を投げかける。トロージュの無念は、予想とは違ったが理解できる。だがこれだけの強さのエリューションを野放しになどできるはずがない。
 否、そうではない。その無念を受け止めることそこが、騎士の勤めではないか。
「伊達にこの格好をしてはいない!」
 鎧と盾。そして剣。脈々と受け継がれる技術と精神。それを示すようにツァインは構えを取る。その心意気をくんだか、あるいは怒りを感じたか。突き出された槍はツァインの胸部に突きたてられる。
「御旗は未だ此処に有り。卿、貴方の誇りはまだそこにありますか……?」
 その一撃にツァインは耐えた。回復などの支援もあるが、それに耐えたのはツァインの矜持が大きい。
 わずかだが、トロージュの動きが止まる。ツァインが耐えたことに驚いたのか、あるいは別の何かに反応したか。
「馳せるべき勇名も守るべき信徒も無い! これがお前の望んだ戦いか、テンプル騎士!」
 ここが勝機と踏んだ快が前に出る。盾を前に掲げ、自らの体重を乗せて突貫する。堅牢な盾そのものが武器となる。この一撃に全てをかけて、前に踏み出した。
「それでも戦う相手が必要なら、俺が相手になろう。現代の騎士の矜持を、ここに示す!」
 同じ騎士として。同じ護り手として。時代こそ違えどそこにある矜持は同じだ。だが両者はただ一点のみにおいて大きく異なっていた。
 トロージュがもう存在しない聖地(ユメ)を追うのに対し。
 快はまだ手の届かない理想(ユメ)を追う。
 過去と未来。二つのユメの違い。その軍配は、快に下る。打ち据えた一撃が騎士の加護を奪った。
「『Et lux in tenebris lucet, et tenebra eam non comprehenderunt』」
 光、闇に照るといえども、闇これを悟らざりき。
 翔護が口にするのは聖書の一文だ。世界が闇に包まれていても光はそこに照る。例え闇がそれを理解せずとも、光は照るのだ。姦計という闇に貶められても、騎士という光は存在する。
「あんたの信仰を疑うものは誰もいないんだ、騎士様。――だからもう眠りな」
 言葉と共に引き金を引く翔護。銃弾は神秘の力を得て、鎧の隙間をぬうように飛ぶ。兜の内側からトロージュの脳天を貫いた。
「オオオオオオオオオオオオオ!」
 地下鉄の通路に響くキマイラの声。それは叫びか、猛りか、慟哭か、はたまた感謝の声か。
 最後まで倒れることなくトロージュは叫び続け、そのまま槍と共に溶けるように崩れ落ちた。


 騎士道、という言葉がある。
 名誉と身分。戦士としての強さだけではなく、貴族としての誇りを持て。大雑把に言ってしまえば、そんな自らに掲げる規律だ。
 立派に戦うこと。恥じぬ戦いをすること。
 言葉をどれだけ重ねても、それを示す何かがなければ通じない。戦いに有利だという理由で馬から攻撃を仕掛ければ、なおのことだ。自分達は戦術的に戦うが、トロージュは騎士の誇りを思い出してくれ。そんな言葉は通じない。一笑に付し、卑劣漢として扱うだろう。
 だがそれぞれの誇りを、戦いの中で見せることができれば。己の道を言葉ではなく行動で示すことができれば、その認識を改めるかもしれない。
 トロージュがツァインと快の行動に何を見たかは分からない。それを確かめる術はもうない。
 ただ結果としてテンプル騎士は倒れ、リベリスタは辛くも勝利を得ることができた。

「待て! どこへ逃げる気だ!」
 トロージュが破れ、逃げようとするフィクサードに快が叫ぶ。追うつもりはない。地の利は向こうにあるし、そもそも戦力的な余裕はない。
 だが、問いかけたことに意味はあった。
(……『倫敦の蜘蛛の巣』の本拠地……地下鉄のどこかにそこに通じる道……がある?)
 問いかけたことにより逃げる先を心に想起させ、それを読み取ったのだ。
「彼ら、このあたりをよく徘徊しているみたいです。このキマイラも」
 海依音はフィクサードの遺留品からその残滓を読み取り、情報を得ていた。
「本拠地近くに強力なキマイラを配置していた……ってことか?」
「そういえば『守り』とか言っていたな、あのフィクサード」
 確証はもてないが、外してはいないだろう。確認するにはこの先に進まねばならないが、今進めば確実に帰って来れない。探索をするにはダメージが深すぎる。
「今は帰りましょう。何をするにしても体制を整えないといけません」
 紫月の言葉にリベリスタたちは頷く。怪我人を背負って、立ち上がる。痛む体を押さえながら、道を引き返す。
 振り返れば、トロージュがいた証はどこにもない。ただリベリスタの受けた傷だけが、騎士がいたという証明だ。だがそれでいい。リベリスタは地下鉄の出口に向かい、歩き始めた。

 そこにいたのは『聖地』を求め、駆け抜けたテンプル騎士。トロージュという存在が求めた生き様の果て。
 呪われた騎士は、もう存在しない。
 

■シナリオ結果■
成功
■あとがき■
 どくどくです。
 二転三転する状況でした。

 ベリーハードですのでステータスだけでは勝てません。プレイングだけでも勝てません。その二つが最低条件です。
 因みに一番手を焼いたスキルはルーラータイムで、一番面倒と思ったのはラグナロクによる[反]状態でした。前衛五人殴ったら250ダメージとか、何?
 
 MVPは悩みましたが、現代の騎士の心を行動で示した新田様へ。ウィーレス様と迷いましたが、アフターフォローの差でこちらに。
 プレイングは勿論ですが、他に「戦闘能力」「行動が卑怯ではない」「自らの役割に誇りが見える行動をした」などで判断しました。騎士キャラに与えたのではなく「トロージュの価値観から見て、立派な人」です。

 リベリスタが勝ちを拾いましたが、怪我人多数です。ゆっくりと体を癒してください。
 それではまた、三高平市で。