● アドベントを迎えた市街ではクリスマスへのカウントダウンが始まっている。 可愛らしい家が描かれた独特のカレンダーは、待望の25日まで一枚ずつ扉を開けてゆく仕組みとなっていた。ツリーの並んだショッピングセンターやマーケットにはクリスマスクラッカーが並び、パーティの日を待ち遠しにしているのだ。 「ねーさんねーさん、市場に帰ろうぜ。もう俺ヤードの連中とやりあうのヤだよ」 そんな中、ニット帽を被った白人の男がしきりに騒いでいる。奇抜な髪に沢山のピアスと身なりは良くない。周囲の男もトゲモヒカンに無精ヒゲとガラが悪い。 「てめーの脳みそン中にはエールしかつまってネェかンな」 答えたのは別の男。仲間だろうか。呼びかけられた女はただ静かにコートの裾とフードのようなマフラーをなびかせているだけだ。 「今日は結構稼いだじゃん。後はエールでもひっかけながら、ウサちゃんのパイが食べたくってしょうがねえや」 気乗りしない返事をしながらも、一団は手際よく散開して目配せをかわす。 「いいか良く聞け、コレ終わったら酒な」 「女もな」「出たよ猛獣ミスター蛋白」「唸るぜ俺のビッグベン」「ゲヒっ」 「Shit! あと15だ。てめえぁ両手の指以上は数えらんねーんだったか」 「Hurry! Hurry! いいから速くやんな!」 「Yes, miss」 着物姿の白人女に促され、大男が影のように歩みを進める。その気配を殺しながらの速度は並の人間ではない。 「へへっ、捕まえたー」 妙齢の女性は声一つ出すことが出来ない。一瞬の間に昏倒する。ショッピングバッグから飴玉と食品が転げた。 「さあて、これで幾らになるかねえ」 男は拾い上げた飴玉を口に放り込むや否や、盛大に吐き出す。 「クソ! あんだコリャ!」 「甘チャン(キャンディ)・ビリーの大好物はビニールか」 「あ。殺すぞクソガキ」 こんな連中に言わせて見れば、今日という日は稀に見る稼ぎ時と言う奴だ。 「ありゃあ、いいもんだわ」 男が夜空を仰いだ視線を時計塔に走らせる。 「と。いけねっ」 そこには―― ● リベリスタの目の前にあるのは数枚の画像データである。 赤い二階建てのバスの向こう、the Tube(地下鉄)への入り口を通りすぎ、テムズ川の向こうに見えるのは、かの時計塔であろう。その上に見えるのはコウモリだろうか。 続けて次の画像である。遠近がおかしい。まさかこんなに大きなコウモリ等いようはずもない。よくよく目を凝らせば、それが写真に貼り付けられた大雑把なコラージュであることが分かる。同名のテキストファイルには『出現地点』と書かれていた。 次の資料は完全なコンピュータグラフィックスである。旗に描かれた意匠か、それともゲームに登場するモンスターか。その生き物を呼称するなら飛竜であろう。それもその筈、画像には『Wyvern(ワイヴァーン)』と打ち込まれていた。山高帽を被っても乗れるよう背の高い独特のタクシーとの比較画像では、その二倍程も大きく見える。 それから太字で一際大きく踊る文字『推定フェーズ3級』――非常に強力な固体だということだ。 「これがスコットランド・ヤードから送られてきた情報の一部です」 そう述べると、『翠玉公主』エスターテ・ダ・レオンフォルテ(nBNE000218)はいくつかのファイルをコミュニケーターツールのウィンドウに投げ込んだ。リベリスタ達に転送されたのは画像と動画、それからテキストファイルである。有り難い事にテキストファイルには日本語の訳まで添えられていた。おそらくアーク本部の計らいだろう。 「空飛んでんのか、こいつ?」 「恐らくは……」 非常に頭が痛いとは言え、ちまちま遠距離攻撃をしてくる手合いには見えない。ならば交戦する際には向こうもこちらへ近寄る必要がありそうではあるのだが。 「ま。ロンドンのキマイラ事件って所だな」 「はい」 かつて日本におけるフィクサード『主流七派』が一派『六道』のお姫様が、キマイラと呼ばれる人造エリューションを作り出し、大暴れしたという事件があった。アークに敗れた彼女が今何をしているのかは不明だが、推測すればその関連は見てとれるだろう。 兎も角、このキマイラの出現を境に、倫敦市内で頻発具合を増した一連の事件は収まる気配を見せていない。 ヤードの宿敵『倫敦の蜘蛛の巣』は、一連の事件への関与を否定しているものの、ヤードのみならずその支援者にまで広がる被害を放置する訳にはいかなかった。そもそも現時点においてヤードは倫敦に巣食うこの蜘蛛の巣の全容を補足出来てはいない。彼等はこの霧の都で多くの謎を纏いながら社会の裏側に潜み続けているからだ。 支援者や組織への断続的攻撃にいよいよ業を煮やしたヤードは、バロックナイツとの交戦結果、その名声華々しく、キマイラとの戦闘経験も持つアークと全面協力する心算に至った。それがここ最近の事情だ。 勿論、彼等『倫敦の蜘蛛の巣』が、このキマイラ事件には関与していない等という世迷言を信じるスコットランド・ヤードではない。ヤードはキマイラとアークとの戦闘結果から、その影に隠れる『倫敦の蜘蛛の巣』をこの機会に引きずり出そうと考えた。こうしてヤードはアークに本格的な援軍を要請し、短期的な戦力の増強を図ったのである。 「一部というのは」 「はい」 ここからが最大の問題なのである。こんな折、モリアーティはヤードの行動を紙一重先んじて倫敦の霧の中にその姿を現そうとしていた。 同時多発的に類似する事件が倫敦各地で起こる予兆があるのだとエスターテが答える。無論万華鏡に頼った仕事ではない。神の目と言えどは日本国外を見渡すには力が及ばない。それはあくまでスコットランド・ヤードが齎す不確かな情報である。 「なるほど」 他には数枚のプロフィールがある。 「これは?」 そこにあるのは数名のフィクサードのおおざっぱな情報だ。 「どうも、姿が見え隠れしているようなのですが」 「The London Burkersねえ」 資料によれば人体盗。墓荒らし。時には生きたまま、あるいは殺害して遺体を売りさばく犯罪組織である。少なくとも二百年は前に英国から消えて久しい連中の筈だ。この連中も『倫敦の蜘蛛』だと言うのだろうか。 組織自体は滅多に表には現れないらしいが、やはり『人や死体を浚う』という系統の悪事を働いているようだ。 構成員はそこそこの手錬が多いようだが、いかほどのものだろうか。一見、どちらかと言えば今のアークが苦戦する手合いには見えないのだが。それでもいくらかの問題もあるらしい。 「なにこれ、吸血鬼? 似顔絵?」 青白い顔の女。牙が生えている。ずいぶん下手な絵だ。構成員の正確な数は分かっておらず、リーダー格と思われるレベッカ、その外のサブリーダー達はヤードとの交戦記録がないらしい。つまり情報が全くないという事になる。それは厄介だ。 「最後に、動画です……」 心なしかエスターテの表情が翳る。 ハローハロー。再生ボタンを押した直後から響く声。 『やあ、現場で君等と組む事になったポリー・キッシーだ。よろしくな!』 やや訛りはあるが流暢な日本語だ。なんだか頭がくらくらしてくる。本当に頼りになるのだろうか。 『こう見えても警部。エリートなんだぜ』 動画に映っているのは、新聞紙に包まれたフィッシュ&チップスを齧りながら陽気な調子で話しかけてくる白人男の姿だった。 『おっと。そうだ。おいアーク。俺達ヤードを舐めるなよ。 俺達はBorn to Kill。エリューションは見つけ次第殺すのが信条だ。 そんな俺達ヤードがまさか東洋人の手を借りる事になるとはな。 奴はフェーズ3。将軍級か。安心してSirを付けろよ東洋人。俺はナイト。つまりフェーズ4(貴族)だ!』 とにかくアークのリベリスタはヤードと連携し、倫敦派とキマイラの脅威を撃退しなければならない。 「まあ。その。なんだ。行って来るわ、外国……」 「え、と。がんばって、ください」 桃色の髪の少女が静謐を湛えるエメラルドの瞳を伏せて申し訳無さそうに言い淀む。 なんだかどうにも、前途は多難そうだったのである。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:pipi | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年12月17日(火)23:19 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 「来いよ竜モドキ」 クリスマスイルミネーションにツァイン・ウォーレス(BNE001520)の直剣が煌いた。 「羽もいでトカゲに格下げしてやる!」 ツァインの剣から放たれた十字の光が、ワイヴァーンの羽を撃つ。続く咆哮。僅かに浅かったが舌打ちの必要はない。傷ついたキマイラはツァインを目掛けて一気に滑空を始めたから。 飛竜が持つ流線型の姿は、かつてのキマイラ特有のちぐはぐな所はまるで見えない。あたかもワイヴァーンという種が存在しているかの様な様相は完成度の高さを物語っている。 「霧の都ロンドンですぅ!」 辺りにたゆとうどんよりとした薄曇りは、足元までをも仄かに白く染めている。 逆手に銃を構える『ぴゅあで可憐』マリル・フロート(BNE001309)は、異世界に足を踏み入れた経験はあれど、海外は始めての経験だ。そんな場所で観光する暇もなく戦闘とくれば、正直ちょっとドキドキしていたりする。 しかぁし。少女はきりりと眉を吊り上げる。そんな事を言ってはいられないのだ。ていうか日本人だったのか、彼女。いやでもどうなんだろう。 「ヤードのみんな!」 今日の所は危険すぎる一番最強の必殺技『破滅のオランジュミスト』は封印して、ヤードの人達とキケンなピンチを乗り越えてやるのだ。まあ、そういうのは……いや。使い方次第では挑発として役に立つかもしれないが。 「ビスハで一番最強(ねずみ限定)のマリルちゃん達が手助けに来てやったですぅ! ありがたく思うといいですぅ!」 こうして交戦開始から僅か数秒。敵味方両陣営は各々激突を始めながら己が力を極限まで高める力を纏っている。 「そっち独自の連携とかあるなら任す! 特にないようならオレ達の指示に従ってくれるとうれしい!」 「オーケイ」 呼びかける『てるてる坊主』焦燥院 ”Buddha” フツ(BNE001054)の声に、スコットランド・ヤードのリベリスタ達は気前の良い返事を返した。 「サーキッシー! 俺はアークのツァイン、共に戦えて光栄だ」 「アイリッシュに言われたかねえな」 つれないポリー・キッシーだが、目元は笑っていた。 「ツァイン。頼りにしてるぜ」 どんなアイルランド人とてこの場に居ればそうしたであろう様に、この場に居る英国人がポリーでなくとも、こう答えただろう。 フツとツァインの提案はヤード防衛手に癒し手を護らせ、ポリーと攻撃手には敵フィクサードの対処をしてもらうというものだった。 アークのリベリスタ達は空中に陣取る『キマイラ』ワイヴァーンをひきつけながら、敵フィクサードを各個撃破するという作戦だ。 「俺達も蜘蛛からやるつもりだった。あんた等の指揮に従おう」 ポリーとしても是非はない。指揮を纏め、脆い場所から狙うのは合理的な戦術だ。船頭多くして船山に登るとは東洋のことわざだが、そうさせぬ為、指揮系統の統一は戦術の基本であるのだから。 「絶対無理すんなよ、協力してがんばろう!」 「言われるまでもない!」 かくして、フツを作戦のリーダーに据え、アークのリベリスタ達は遠く異郷倫敦の地で、彼等ヤードの面々と共闘を始めた。対するのは倫敦の蜘蛛の巣と、六道の姫君が敵に製造方法を伝えたとされるキマイラだ。ヤードは蜘蛛達と、アークにはキマイラと。お互いそれぞれの戦闘経験には一日の長がある。無理からぬ配役だ。 「緋は火。緋は朱――」 手短に味方陣営の意思統一を終えたフツは、袖から符を取り出し念を篭める。 「招来するは深緋の雀。これぞ焦燥院が最秘奥――」 朱雀招来! 放たれた符は舞い上がる不死鳥の如く姿を変え、戦場をあまねく炎が包み込んだ。ひとたび翼がはためけば、獄炎がフィクサード達の身を激しく苛んで往く。 「……やる」 フードの女――『Wryneck』レベッカ・メイロードは後衛型の闇騎士か。昏い闘気を纏い、細身の剣を抜き放った。迫る炎を斬り捨てるも、中空に取り残された残り火さえも彼女の頬を焼く。 戦場は早くも敵フィクサードが生み出した不吉の波動と、フツが放った紅蓮の炎に彩られている。 フツの絶大な技量に裏打ちされた獄炎の力は、早くもフィクサード達の体力をかなり削り落とした筈だ。 「あの騎士様から対処」 「Shit! ゲロ面倒くせえ!」 返事は兎も角、敵もさるもの。アークのリベリスタ達を半ば無視するように、ヤードにとって大きな存在感を持つポリーへの集中攻撃を開始した。破壊の神の如き戦気を纏い、敵の只中に猛突進するポリーを落としてしまえばヤードの士気は落ちる。 「――着やがった」 上空からツァイン目掛けて猛スピードで舞い降りるのは十トントラック程もある巨体。ワイヴァーンだ。 クリスマスイルミネーションが引きちぎられ、ストリート脇の窓ガラスが一気に砕け散る。 巨体に弾き飛ばされたツァインと、『パニッシュメント』神城・涼(BNE001343)は建物の壁へと強かに打ち付けられた。呼吸が乱れる。降り注ぐガラス片が二人の頬を切るが、それ自体さしたる事はない。問題は敵の桁違いの質量である。 木々がなぎ倒され、引きちぎられたコードから火花が散っている。 「仕方ないな……」 ツァインがキマイラをひきつけるという作戦自体は成立したが、問題はその引き付けが敵の自由意志によるものだった事である。二振りの薄刃を携え壁を蹴る涼は、光と共に一瞬で五重の残像を展開する。 「折角だから踊ろうぜ――?」 引き付けられないならこうする他ない。刃の乱舞がワイヴァーンの巨体をずたずたに切り裂いて行く。――これで怒りの矛先は涼だ。 戦場で激しい激突が繰り広げられる最中、突如けたたましいサイレンと、激しく明滅する青のパトランプが辺りを照らした。 急ブレーキのドリフトから横付けされた数台のバンから次々と警官達が飛び降りる。彼等はそそくさと戦場にバリケードを作り、ワイヴァーンの巨体に発泡を始めた。飛竜は不快げに首を振る。 敵の攻撃が彼等に飛び火したら厄介な事態となるのだが―― ● 英国の警察は基本的に銃を所持しない方針だ。逆に言えばそれを所持しているということは、特別な状態を意味する。渇いた発砲音と共に次々と放たれる銃弾は、フェーズ3エリューションの持つ障壁に阻まれ、傷一つ与えることが出来ていない。警官達は『ノーマル』だという事だ。少しばかり面倒な不測の事態である。 「サー、連中はどうする?」 「市警はほっとけ話はつけてある」 お国の事情など相手にしている暇もなければ余裕だってない。そして警官隊による一般人の救助が始まった。 それはそれとして、リベリスタ達はとにかくフィクサードの数を減らさなければならない。だから『red fang』レン・カークランド(BNE002194)、『花護竜』ジース・ホワイト(BNE002417)は各々が持てる技を放つ為、得物を構える。 久々にこの地に戻ってきたというのに、レンが感傷に浸っている時間はなさそうだ。 いかに救助が始まったとは言え、助けているのも一般人であるなら戦闘が長引けばミイラ取りがミイラになるという笑えない事態になりかねない。 そもそもアークのリベリスタ達にとっては、ヤードに万華鏡程の感知能力がないとは言え、この一帯が戦場になるとある程度想定出来たのであれば、もう少し事前に取り計らいがあっても良いとは思うのだが、中々そうも行かないのだろう。アークが常々フィクサードの裏をかき、精緻で綿密な作戦を立てて勝利を掴み続けているのは、運命に愛された果敢な戦いぶりに加え、探知能力飛びぬけているからという面も確かにあるのだ。 兎も角―― 『力をどう使うかは勝手だが』 レンは両手に携えた魔道書が風と共に頁を送る。 『不幸を招くようにしか使えないのなら、持っている資格もない』 刻一刻と徐々に暗さを増して行く戦場を凶つ光が照らしあげる。 レンが齎す不吉の月はフィクサード達に不幸を招けども、人々のあたりまえな日常を護る事が出来るのだ。 槍斧を振り上げ、鋼の暴風を見舞うジースの視界に垣間見えたのは、戦場の片隅を駆ける双子の姉の姿。 『もう、前に立って護ってやらなくてもいいよな』 タッグトーナメント中堅の部では揃って大きな成績を残した双子だが、優勝の栄冠を握ったのは、あのふわふわした姉だ。弟が敗れたのは、奇しくも決勝での出来事だった。 だから大丈夫。 『もう護られてるだけの女の子じゃない』 戦場に立つ『雪風と共に舞う花』ルア・ホワイト(BNE001372)が、その手に握り締めた二振りの剣は、今ここには居ない大切な人に託された想いだ。 雪風が舞う様に。ハンドルエンドに空色の石が揺れるNettare Luccicanteが大気を切り裂き、 Otto Veritaと共に繰り出される神速の刃はフィクサード達の眼前に輝く真冬の純白を炸裂させる。 閃光は白く速く高みへ――『L’area bianca(白の領域)』 敵味方とも数が多い戦場だ。無差別な攻撃を数多くの敵だけに集中させるのは難しい。それでも双子は合わせて4名のフィクサードを張り付けにしている。 「いちもーだじんなのですぅ!」 マリルの銃弾が星屑の煌きを纏い敵陣営に降り注ぐ。 「来たれ、黄金の騎士フィンよ!」 ラグナロク――ツァインの叫びに呼応して、燦然と輝く光がリベリスタ達に癒しの水の加護を齎す。 そしていよいよ、涼の元へ飛び込むワイヴァーンの逆襲が始まった。 「痛(つ)ッ――!」 巨体ゆえ遅く見えるが、攻撃回避能力は意外に機敏なワイヴァーンを前に、件の名探偵のような華麗な解決は望めていない。そんなことは百も承知だが、それでもきっちりしっかりかっちりきっぱり終わらせてやらねばなるまい。 敵の一撃一撃は涼の上回っているが、涼は三度爪牙の猛攻を避け切る事に成功している。 「耐えれっかな」 ツイているのか、悪運か。涼の頬を冷たい笑みが彩る。深い傷を負ったが、まだ二つも言える事がある。一つはまだ死の臭いなんてまるで感じない事。 もう一つ。 「笑ってないで『耐えて』ね」 雪のように儚い面持ちを輝かせるのは、凛としたコバルトバイオレットの瞳。この日『淡雪』アリステア・ショーゼット(BNE000313)が放つ恋人への言葉は、半ば命令の色彩を帯びている。 なぜならば、いくら涼が猛攻に晒されようがアリステアがが絶対に癒すから。 この世界から貰ったものが癒しの力で良かった。傷ついても治す事が出来るのだから。 本当は怪我なんてして欲しくないけれど、彼女達はリベリスタである。運命の加護と引き換えに、この世界を崩界から護ると誓ったからリベリスタなのだ。死闘がいくら怖くてもここに居る理由は、大切な人達を癒したいからだ。 決意を気合に変えて。全員で日本に帰る為に。アリステアが握る杖を天高く掲げる。放たれた純白の光がリベリスタ達を暖かく包み込んで往く。 ● それから四手。 リベリスタ達の猛攻は留まる所なく、敵陣をズタズタに引き裂いて行く。敵の布陣は前後衛のバランスがとれたタイプの様だが戦闘の推移は順調に思える。問題はまだフィクサード一人の撃破すら達成していない事だった。 だがそれはリベリスタ達も同じ事。強力なアリステアの癒しは戦場全体の底を支え、ヤードの癒し手、防衛手達もどうにか戦線を持ちこたえさせることに成功している。どうにもならない場面でも、潰しの利くジースの癒しがあれば事は堅調に運ぶ。間違いなく戦闘の要であるアリステアは、フツとレンによって護られている。決して負けては居ない。 だが徐々に、徐々に。リベリスタ、フィクサード共に疲労の色が濃くなって来ている。これも互いに同じ事。敵と比較して僅かに部がある点はツァインのラグナロクにある。立て続けに放たれた『Geisha』マイナ・ウェダンのジャッジメントレイはツァインのラグナロクを打ち消すが、一度に全てを消滅させられる訳ではなかったからだ。それでもここまでの大技は何度も放てるものではない。 「サー、竜殺しは英国騎士のお家芸だろ? いいとこ見せてくれ!」 そう叫ぶツァインには、数多くの難題がある。涼、ルアと共に眼前の翼竜を押さえつける事もその一つだ。 「Yes! Yes!Yes!Yes!俺達の返答は何時だってYesだ!」 だが肯定するポリーも、『Meat pie』ジョージ・マクグレガーに阻まれ、上手く立ち回ることが出来ていない。どうやらナイトクリークの様だ。間に割り込みブロックを引き剥がせば、別のフィクサードが同じ真似をするのだから始末が悪かった。 ここまでの流れを総括すれば、戦場の後方で庇われ、癒しの力を放ち続ける敵の癒し手がとにかく邪魔なのである。こうして膠着したまま互いにに大技を放ち続けても、緩やかな削りあいにしかならなければ、戦場は泥沼だ。 キマイラとて、犠牲者なのかもしれない。そう想いながらもルアは懸命に刃を振るった。その身が砕けても仲間を守り抜くとジースは誓っていた。無理矢理に作られ戦いを強いられている哀れな生命をレンは助けることは出来ない。されど後悔だけはせぬ様、信念と共に全力で闘ってきた。 「どんなに硬くても、一斉に攻撃すればチャンスはあるはずですぅ!」 希望を捨てないマリルは、今も銃弾を撃ち続けている。出来るだけ的確に力を扱う算段は機能しているが、打撃を生かせる敵後衛に届かせるのは難しい状況だ。 考えたくない先行きも想定しなければならなくなって来ていた。 リベリスタにとって幸いだったのは、敵に高位のプロアデプトが居なかった事だ。互いに力尽きそうな時に、神秘の力を増強されては話にならない。それでも、情報が不足していた苦しい戦場だが、癒し手の存在は想定しておくべきだった。 フィクサードは個々の強さに大きな差はあるものの、戦力全体ではリベリスタ陣営と拮抗している。だからこそ、ワイヴァーンの存在が大きい。フツの分析ではこのキマイラは巨体に似合わず意外と素早い。攻撃手段は両腕の爪、牙、尾を使った四度の連撃。尾によるなぎ払い。これらは強烈な毒や麻痺の効果を持つ。そして滑空からの体当たりから即座に飛び去る事(余談だが、フツはこの技をグライダーストライクと名づけた)だ。巨体ゆえブロックはしようとしても出来ない。それらの情報は素早くリベリスタ陣営に展開され、リベリスタはほぼ封殺することに成功している。涼の技がキマイラに致命傷を負わせているから、キマイラが持つ自己回復はおぼつかなかった。 だが致命傷と言えども、キマイラそのものの意思力と、敵防衛手によって直ぐに対処されてしまえば、敵癒し手はこのキマイラの傷を癒す事が出来る。 こうして早くも十五手が過ぎた。戦闘開始から時間にして僅か三分少々だが、その間、全身全霊を篭めて戦闘を続けるのは苦しいものがある。癒しの力こそ未だ尽きない。こうなれば闘う力が残っているのは永久炉を持つツァイン。アリステアを筆頭に周囲の魔力を取り込むことが出来る癒し手達。それから吸血種――レンと、敵のレベッカである。ツァインを温存すればリベリスタ達は、敵のジャッジメントレイが再び浸透してくるまでラグナロクが回せる。半面この局面で連発しづらくなった致命の一撃はキマイラの体力を大きく回復させる事も意味していた。それが故にどうしても膠着が揺るがない。 そうは言っても長い戦闘の中で、敵の数は残り8となっている。だが味方陣営も主にリーダー格の攻撃とキマイラの接近範囲攻撃によって攻撃手と防衛手を一人ずつ失った。ジース、レン、涼、マリル、ルア、フツは既に一度運命を従えていた。 恐らく真っ先に敵後衛と、その前に立ちはだかる防御型のユニットを分析し、両者を狙い撃ちに排除すれば展開は変わっていたのだろう。命中に優れ威力に劣るマリルであっても、敵後衛に対するのであれば大きな打撃を与える事も出来ていた筈である。 敵味方共に満身創痍という苦しい状況の中、ポリーが唾を吐き捨てる。 「アーク、お前等はお客サマなんだよ、分かるか」 甲冑を纏い両手剣を振るいながら視線も合わせず、けれど言い含める様に語りかけるポリーの横顔は血みどろだ。 「サーキッシー!」 ツァインが報告書の中で知るキッシー家の存在。ダン・キッシーは凄まじい戦いぶりだった。 体中に剣を生やしても、最後まで勇猛に戦い、そして散った。 「何言ってんだ」 「ハーマジェスティに命を捧げる英国騎士が言っている、引けアーク!!」 「ほざけッ!」 ポリーの言葉にツァインが激昂した。彼はアークに撤退しろと言っているのだ。己が――ヤードが犠牲となって。 なりふり構わず、ヤードの防衛手を吸血によって血祭りにあげたレベッカが指先を伸ばす。 「みんな殺して、売るから」 戦場のあちこちで漆黒が爆裂し、マリル、ジースが倒れる。再び滑空からの体当たり。ツァインは耐え抜くことが出来たが、ルア、涼が倒れる。 言いたくない、けれど言わなきゃいけない事がある。 大切な仲間が恋人が、大きな怪我をしてしまった。悔しかった。けれどなによりも赦してはならないことは仲間が死ぬ事だ。だから彼女は勇気を振り絞って言ってのけた。 「これ以上は――」 アリステアが唇をかみ締める。 「――難しい気がするの」 絶対に勝つつもりだった。 けれど。淡い、可憐で鈴の音のような響き。それが意味する所を誰もが判っていた。限界だ。 一旦下がろ? ――――生きていれば、絶対またチャンスはあるから。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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