● おかしいと気付いたのは、『先生』に出会う少し前からだった。 高い所にある物に届きそうで届かなくて必死に背伸びをしていたら、何故か届いた。 その時私の足は浮いていた。 庭の掃除をしていて、枯葉を集めて一休み。ああ、これを燃やせば少し暖かくなるかなあ、なんて考えたら、枯葉の山は燃えて弾けた。熱風が顔に吹き付けてきて、夢じゃないと分かった。 いきなり超能力が使えるようになったなんて、誰に相談すれば良いんだろう。 それに何より、この力を手に入れてからずっと、背中に張り付くような視線を感じていたのだ。 悩んでいた私に、街中で声を掛けたのが先生だった。 『君。ちょっと良いかな。……近頃、変な事はないかい』 見知らぬおじさん……ギリギリお兄さんに声を掛けられたのは怖かったけれど、その目が真剣だったから思わずまばたきをした私に、彼は頭を掻いた。 『あー、いや、その……私は占い師みたいなものでね、君の後ろに変な影が……いや、これじゃ余計に怪しいか……』 目を逸らしてそうぶつぶつ呟く姿が何だか悪い人には見えなかったので、私は彼についていったのだ。今でもその選択を誤ったとは思っていない。 『君を見ている何かは、人前だと姿を現さないらしい。そうだな、人のいない――林の中なんてどうだろう』 真顔で提案する彼の台詞は一歩間違えば確実に良からぬ犯罪を企んでいるものだったけれど、私は素直に頷いた。そしてそれも、間違っていなかった。 『君、火を使えるだろう! それはどうやら火が苦手らしい、打ち込んでやれ!』 現れた黒い何かを、彼の言う通りに倒した日から、視線はなくなった。 『――やれやれ、報告ありがとう。ならこれで一件落着かな』 『こちらこそありがとうございました、先生』 『……せ、先生?』 『まだ名前を聞いてないんですもの。占い師なら先生じゃないですか、ねえ、先生』 『いや……占い師は方便というか、実は私の本業は違うもので……』 『私、先生の事お手伝いしたいです!』 笑顔で告げた時の先生の顔は、ちょっと面白かった。 でも。 「……み、道代くん、私は置いて逃げ……」 「いやです」 私を庇って背に傷を受けた先生を抱きしめて、首を振った。 奥から人が出てくる。先生を撃った人も、そうでない人も、沢山。 「何だ、二人で来るから相当自信アリかと思ったら大した事ねーなぁ」 「面白半分に首突っ込んだだけじゃねえの」 「あー、そりゃ運が悪かったなお嬢ちゃん。まあ可愛いから殺しゃしないしそう怖がんなって」 「男の方は要らねーけどなー」 拳銃なんて、TVの中でしか見た事ない。こっちに来る男の人たちは笑ってるけど、先生とは違って凄く怖い。でも。数発撃たれた弾丸は、私の腕も抉っていた。 じわじわと滲んでぽとりと落ちた血が、膨れ上がる。 「……げ。女の方が本命かよ」 「無駄な抵抗すんなって言ってんだろうがよ」 男の人たちが私を止めようとする間、耐えられるか分からない。 けれど。 「先生は、私が守る」 ● 「という事です、TV番組ならここで次回予告が入る所ですね、皆さんのお口の恋人断頭台ギロチンがナレーションしますと――このままだと『先生』は殺され、少女も哀れな未来を迎えます。『謎の援軍』、が現れなければ」 些か勿体ぶった口調で笑う『スピーカー内臓』断頭台・ギロチン(nBNE000215)に、誰かが呆れたように笑いを返した。 彼の言いたいことは明白だ。 「はい、その通り。まあやる事は分かったと思いますけれど、その前に彼らについて説明ですね。先生と少女の二人は革醒者です。とはいえ、彼らは神秘について詳しくは知りません。ただ『不思議な力』であり、それが他の人を助ける事もできると知っているだけです」 恐らく三十代であろう男と、高校生程度の少女。 「ご覧の通り、男性の方、須藤誠さんはフォーチュナです。何となく未来が見えると知った彼は、自分の出来る範囲で人を助けていました」 その課程で出会った少女、谷古道代は少し前にマグメイガスとして革醒しており、切欠となったE・フォースを討伐してからずっと、誠の傍で『お手伝い』をしていたようだ。 活動自体は弱いアーティファクトをつけた猫を探し当てる、子供を電柱の影から覗き見る(だけ)のE・フォースを倒す、そのままでは危険な事に巻き込まれる人の進路を工事看板で逸らす等――本当にささやかなものであり、世界の事情を深く知らぬ彼らでも問題はなかったのだ。 今までは。 「今回彼らが踏んでしまったのは、所謂ヤバい山という奴ですね。――フィクサードによる誘拐事件。道代さんの友人が巻き込まれたらしく、早急に救出に向かった結果が先程の映像です」 警察に行かなかったのは逆にこちらとしては幸いだった、とギロチンは苦笑した。 神秘を知らぬ彼らでは、どちらにせよフィクサードには対抗できなかったに違いない。 誠も可能な限り予知を駆使した様子だが、何しろ素人同然の二人では立ち回りで気付かれたのだとか。 「皆さんが向かえば、『先生』が撃たれる直前には間に合うと思いますよ。どうかこの二人の『お仲間』を救い――ついでにフィクサード連中も潰してきて下さい。ぼくが見た悲しい未来なんて、嘘にしてください」 きっと、皆さんならできますから。 笑ったギロチンは、そう手を振った。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:黒歌鳥 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年12月16日(月)22:48 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 彼らの行動は、所謂『正義の味方』というにも遠かっただろう。 ささやかな手助け、道に転がる石を拾い上げ誰かが転ぶのを防ぐ程度の小さな役目。 神秘を得ながらも日常に沿ってささやかに生きていた彼らは、強大な神秘の非日常の悪意に対抗するには、やはり余りにも小さすぎた。 けれど小さな善意が捻り潰されるのを、良しとしない者が居る程度には――神秘世界は悪意に満ちている訳ではない。 「さあ、ハッピーエンドを掴みに行こう☆」 倉庫を見通しながら笑みを浮かべた『ハッピーエンド』鴉魔・終(BNE002283)の言葉が、この場に集ったリベリスタの目的を告げる。先生、そう呼ばれるのは少しくすぐったくて、少し嬉しいに違いない。互いに小さな味方を得て、歩んでいた彼らの道程をここで断ち切らせてなどやるものか。 「野良の予報士にリベリスタ、ね。ま、心意気だけは買ってあげなくもないけれど」 終が告げる敵の位置を聞きながら、『慈愛と背徳の女教師』ティアリア・フォン・シュッツヒェン(BNE003064)は頬に手を当て微かに笑った。せんせい、という言葉が齎した小さな暖かさを知る彼女だからこそ――危ない、という事もまた教えねばならない。道の明るさも暗さも教えた上で導くのが、『先生』の役割なのだから。 「独力、にしてはやる……ようだけど、将来が楽しみ、だね」 スターサジタリーはどうやら一段高いコンテナの上で見張っているらしい。情報を鋭い感覚で補完しながら『無軌道の戦姫(ゼログラヴィティ』星川・天乃(BNE000016)は組んだ腕を伸ばした。小さな不幸を払う事に尽力する彼らは、いつか大きな不幸をも撥ね退ける事が可能になるのかも知れないが……今はまだ、掻き消されてしまう小さな力。ならば一先ずは、その手助けをしようじゃないか。 何しろ、言うなればアークの皆は彼らの先輩だ。 「自分の力が誰かを助ける力になるのが嬉しいっていうのは、僕も分かる」 倉庫の入り口、前後に二つ、両方に配置された人員。中央近くに知らず追い詰められている道代と先生。『覇界闘士<アンブレイカブル>』御厨・夏栖斗(BNE000004)は二人からより遠い入り口へと向かった『怪人Q』百舌鳥 九十九(BNE001407)と『星辰セレマ』エレオノーラ・カムィシンスキー(BNE002203)に手を振ってみせながら、頷いた。 神秘は時に疎まれ嫌悪されるが――同時に、その力が誰かの救いとなり得る事も彼は十分以上に知っている。助けたい、と願いアークで拳を握る少年の心は、現実に転がされても今だその輝きを失ってはいない。 「なら、絶体絶命の危機にヒーロー参上! ってなるようにしようか」 アヴァラブレイカーに手を掛けながら、『黒き風車』フランシスカ・バーナード・ヘリックス(BNE003537)はそんな夏栖斗ににこりと笑う。戦いを愛せども他者を蔑ろにする訳ではない彼女だって、取り零されるものをそのままにしておく趣味はない。 「よし、皆大体位置は把握したの? それでは、全力で探索するぞよ!」 ばっと広げた歌聖万華鏡、艶やかな双扇子で『ふたまたしっぽ』レイライン・エレアニック(BNE002137)が倉庫を指せば、頷いたリベリスタは行動を開始する。 ● 道代と誠は既に囲まれていた。 気付かれる前に合流するのは難しい。 ならば全速力で撹乱し、その目を、攻撃を引き付けるのみ。 「ふむ、少女を守ろうと言うその心意気。中々やりますな」 予定されていた未来、身を挺して道代を庇った誠に、攫われた少年少女らを助けようとした二人に、九十九は魔力銃を手にして頷いた。奇妙な怪人は子供好き。神秘に容赦はする事なく、それでも救えるものは救いたい、そう願うから。 「ここで死なせるには惜しい方ですのう」 彼の狙いは周囲を見張るスターサジタリー。コンテナの上に立つ一人を視界に入れ、九十九は壁を蹴って彼と同じ高度に跳ね上がると、精密さでは他に及ぶ所がない射撃の巧みにてその体を撃ち抜いた。 「がっ!?」 「――おい、どうした! ……んだ、コイツ!?」 悲鳴を捉えたのは、もう一人の射手。九十九に気を取られ己に背を向けた相手に、エレオノーラは地を蹴り一気に肉薄する。 「戦場でスナイパーを見つけたら速やかに殺せ、って言うわよね」 背後から落とした囁きと共にぞぶりと刺した刃が咲かせるのは、赤の花。遠距離から一方的にこちらの戦力を減らしてくる狙撃手を、みすみす逃してやる程優しい戦場は存在しない。 それにしても――。 慌てて自分から距離を置く男の向こう側に立つ仲間を見やり、エレオノーラは嘆息した。 男が素っ頓狂な声を上げたのも、分からないではない。 「子供を攫う何て真似は見過ごせませんよなあ? くっくっく」 「は、はあ……!?」 含み笑いと共に銃口を向ける九十九の姿は、サメだ。他に何をどう形容したらいいか分からないがサメだ。正確に述べるならサメの着ぐるみを着た仮面男だ。二重に怪しい。 「……誠ちゃんと道代ちゃん、アレを味方と思ってくれるかしら」 少なくとも注目は異様なまでに集めた姿にひとりごちながら、エレオノーラは目前の敵に意識を戻した。 「はいはい、こっちだよ☆ GoGoGo!」 響かせた銃声を合図に、片手を動かし終が駆けながら皆を先導する。突然増えた気配に、男達は囮の二人と視線を交互に動かし武器を構えた。たんたんたん、資材の材木を蹴りあがり、レイラインは一直線に道代と誠の元へ。その背を見送りながら、天乃は手近な相手を見上げるように囁いた。 「さあ、踊って……くれる?」 気だるげな少女の唇が紡ぐ言葉に男が気を取られた瞬間、身に絡むのは無数の糸。からくり糸に巻き取られた操り人形は、締め上げる糸に呻きを零す。 「はいはい、屑共はさっさと片付けちゃおうね」 終とレイラインが二人の前に滑り込むのを見たフランシスカは、薄く微笑んで天乃に切りかかろうとしていた男の前に立った。血を啜り黒と化した剣が再び赤を纏い、挑発的な台詞に顔を歪めたフィクサードの武器ごと殴り倒す。 色めき立つ男達、どうやら突然の展開に頭が追いついていないらしい二人が無事なのを暗闇を見通す目で視認した夏栖斗は、目立つように手を上げて快活に笑ってみせた。 「ちーっす、ご機嫌麗しゅう。下衆いフィクサードの退治に参りました!」 能天気な少年のストレートな侮辱に一斉に銃口が向くが――ふと、奥に控えていた男が眉を寄せる。 「……おい、アイツまさか」 「……ハァ!? あれ御厨夏栖斗じゃねェの!?」 「バッカ、似てるだけのガキに決まってんだろ! こんな所来るわけねぇ!」 「残念でした、アークの目はそんな甘くないんだよ」 予期せず一気に己に向いた注意に、夏栖斗は掌に拳を打ち付けて不敵に笑った。 舌打ちと共に鳴り響く銃声。だが、撃ち抜かれたとして簡単に壊れる程に夏栖斗の体は柔くない。 「まだ大丈夫よね?」 「もっちろん!」 答えは分かりきっていて、けれど滲んだ血をぺろりと舐める夏栖斗に確認のように尋ねたティアリアが下ろすのは翼の加護。背に生えた翼に驚いたように手を握り合う道代と誠に微かな微笑ましさを覚えながら――その赤の目は僅か離れた場所にいる囮の二人の様子を窺うのも忘れない。 数が相手より劣っていたとして、守る対象がいたとして、ティアリアにとってこのメンバーは『そう簡単に崩れない』と信頼するに足る。だとしたら己のやるべき事は、必要な時に必要な援護を、だ。 「あ、あの……」 「道代ちゃんだよね。オレたちも君と同じ超能力者みたいなものなんだ☆」 「うむ、無事でなにより。わらわ達は……そうじゃのう、そちらの先生と同じ『不幸になる人を減らす者達』じゃよ」 自らの前に立ちはだかった眼帯の青年と、頭に耳を生やし長い尻尾を垂らした(見た目は)年若い女性に恐る恐る声を掛けた道代に、彼らは笑顔を絶やさず声を掛けた。 誠も道代の前に手を翳し守る体勢を取ったままではあるが、その言葉に多少警戒が緩んだのが分かる。 「この誘拐犯たちをやっつけに来たんだけど、危ないからちょっと隠れてて欲しいなって☆」 「お主達二人も不幸にしとうないのでな。ここは任せて、安全な所まで避難するぞよ!」 「……。了解した、信じよう」 誠の躊躇は一瞬。リベリスタの正体はともかく『敵の敵』であり、その言動は誘拐犯よりは信ずるに足ると咄嗟に判断したらしい。前後の入り口へ続く道は未だ塞がれてはいるが、散開した仲間達が注意を引いている。敢えてこの二人に攻撃を仕掛けるメリットを見出せる程、フィクサードにとって状況は甘くなかった。 手を取り庇い合うように物影に消えていく二人を視界の端に、エレオノーラは目の前に追加された敵に向けて細かい氷の刃を見舞う。 「誘拐なんてせこい真似して小銭稼ぎ? 小物にはお似合いね」 微笑んだ唇に、舌に毒を乗せながら、彼は僅かに目を細めた。少し人生が違えば、あの二人のような道もあったかも知れない。自分の届く範囲に、無償で密やかに差し伸べる手。利益が目的ではない、強いて言うならばささやかな自己満足ばかりが報酬の善意。 それは、嫌いじゃない。 だからその不幸は、嘘にしてあげよう。 縛り上げた男の横に寄ってきた一人と、フランシスカが打ち据えた一人。 「……鈍い」 迂闊な接近は、天乃のテリトリーに無防備に入るも同然。 吹き荒れるのは魔力鉄甲から神速で繰り出される小さな衝撃波。小さくとも常人離れした速度で幾度も放たれるそれは一瞬で男達を通り抜け――次の瞬間、噴出すのは赤い液体。 掠った傷跡をあっという間に再生能力で埋めながら、フランシスカは後方に控えたまま動かない男に向けて黒を立ち上らせた。 「長引かせるのも退屈でしょ?」 立ち位置と行動からして、彼が癒し手に違いない。ならば真っ先に叩くのみだ。 「逃げるのはちょっとまだ早いかな。誘拐した子達の居場所、ちゃんと教えてよ!」 一歩引いた吉沢に向けて夏栖斗が跳躍する。 握った真っ赤な紅桜花が咲かすのは、負けず劣らず赤い鮮血の花。 「ま、元より子供を攫うような外道には情けの必要は有りませんよな?」 エレオノーラの側に立つフィクサードも、九十九の射程範囲内。 「私がただのフレンドリーな怪人ではないと言う事を、思い知らせて上げましょう」 「かいじ……お前」 口を開きかけた男に小さく首を傾げて見せながら、九十九は答えを待たず無数の弾丸でその体を穿つ。怪人を前に無駄なお喋りなんて死亡フラグも甚だしい。 「さあ、私の出番はあるかしらね?」 弾ける銃声を聞きながら、細い体に魔力を集めたティアリアが悪戯っぽく目を細める。 未だ敵は残り、けれど自身らの絶対優勢は崩れないと……微笑む淑女が、そこにいた。 ● フィクサードにとってみれば善戦、と言うに足りただろう。 気を取り直した吉沢が飛ばす指示にフィクサード達は隊列を整え、立て直そうとし――けれど初手で積み間違えた欠片は、次々と崩れて行く。 最早、最初の侵入者であった二人に気を留める暇などなかった。 逃亡するか、押し切るか。その判断を迷った内に、倒れて行く。 「逃げちゃだーめ☆」 真っ先の逃亡を図った賢明ともいえる男は、リーダーの吉沢で……それも終の瞬撃殺から逃れる事は叶わず、混乱が一気に加速した後はもう、瞬く間。 レイラインの扇が最後の一人に連続で叩き付けられた瞬間に、リベリスタの勝利は決まった。 ひゅう、と彼女の吐息を残し静まった倉庫内を、ティアリアの呼んだ癒しの風が撫でて消えていく。 「――もう大丈夫じゃよ」 後ろに向けて、微笑む。その手が下ろされ、自身らに向けられていないのを確認し、誠と道代が顔を出した。 道代の瞳は素直に感激に染まっていたが、誠の顔は未だ疑心が抜け切っていない。 そんな彼らに向けて、腕拉ぎを掛けながら子供達の居場所を聞き出していた夏栖斗が笑う。 「あのさ、見てて分かったと思うけど、僕たちも君らと同じなんだ」 「同じ……」 「うん、異能に目覚めて、それを誰かの為に使いたいって思った……って言えばいいかな」 自分と同じ年頃の少年が少しはにかんだように語るのを見て瞬く道代に、彼は続けた。 「そういう奴がね、アークって組織には一杯いるんだ。君たちもおいでよ」 「そう、アークに来たらきっともっと沢山の人を助けられると思うよ」 ぱさり。三対の黒い翼を緩やかに羽ばたかせ、フランシスカもその手を広げた。 同じ力を持った仲間も、沢山いるのだと。 だが、喜びと共に腕を掴んだ道代とは対照的に誠の顔は相変わらず冴えない。 「ね、先生。……せんせい?」 「……ああ。失礼ながら、君たちはいつもこんな事を?」 「いつもではないがの、正直お主らが今回の様に危険な目に今まで遭ってなかった方が不思議なのじゃ」 腕を組みレイラインが首を振れば、誠は小さく息を吐いた。 「その様子だとご存知のようだが、私の力はその『危険』を察知するものだ。手に余るならばそもそも手を出さないし、出せない。今回は特別で――」 「せ、先生。ごめんなさい。私が今回はどうしてもって言ったんです。先生はやめろって……」 「ああ。止めろと言って結局来ているのだから私も煩くはいえないのだけれどね。ただ、君達がいつもこんな事をしているというならば、私はともかく道代君は行かせる訳にはいかない」 難しい顔をする男は、神秘の裏までは知らずとも……道代よりは世間を知っている。 目の前で救ってくれたヒーローに目を輝かせる道代が考え至らない、危険に身を晒すリスクを。 だからこそ、天乃は頷いた。 リベリスタは光だけではない。TV番組のヒーローではない。履き違えてしまえば、待つのは葛藤と悲劇だ。 「……誰かを助けられる。勿論、そういう考えの、人もいるけど……究極的、には世界の為になるかどうか」 大の為に小を殺す。世界の為に誰かを殺す。 その『誰か』は悪人とは限らない。無邪気な子供かも知れないし、帰りを待つ誰かがいる無辜の人かも知れない。人道に反しようとも世界の為なら行わねばならない事もある。 この場のリベリスタの誰もが、光の中でばかり生きている訳ではない。 天乃の言葉に小さく目を伏せた夏栖斗だって、頷いたレイラインだって、その覚悟は決めてアークという組織に立っていた。 「……それに、アークは敵も多い。いわば、戦争状態。命の危険、もある」 楽団に親衛隊。アークに在籍する、というだけでその身を狙われる事だってある。 だから、問わねばならないのだ。綺麗事の覚悟だけではない、汚れる覚悟を。 「先生、でも、私」 「道代君。……君が自立しているなら私に止める権利はないが、そうでない以上ここで頷いて万一の時があった場合、私は君の親御さんに申し訳が立たない」 細い溜息。神秘の側に寄り添っていた期間が長くも、深みに入らなかった大人の放つ『常識的』な言葉に見る間に道代が項垂れた。その様子に、渋面を作っていた誠も少々惑った表情を見せる。 そんな彼らを取り成すように口を開いたのは、九十九だ。 「まあ、アークに入る入らないは別にして、一度、三高平に来て説明を受けてはいかがですかな?」 「説明?」 「ええ。何、一度説明を聞いたら抜けられないなんてブラック企業ではないですからのう」 相変わらずサメに仮面姿のままからから笑ってみせる彼に、意気消沈する道代に、誠の眉がよった。 静かに笑んで重ねるのは、終の言葉。 「アークでは沢山の人を助けられるかもしれないけど、二人が行ってきたような細やかな慈善活動は難しいしね」 「ただ、予知による危機察知から、組織的行動によるその対処に関しては他よりも優れておる。……無理強いはせんが、わらわ達と共に参るかえ?」 強制ではない。言葉の裏に隠れているのが善意である事は、誠にだって分かっているはずだ。 『仲間』を得られる事と、リスクと、天秤に掛ける誠が彷徨わせる視線とぶつかったエレオノーラは微笑んで返した。 「決めるのは貴方達。――身を寄せるなら歓迎するけどね」 「そうそう、どちらが良いとか悪いじゃなくて、二人が何をしたいかが大事だから☆」 「……せんせ」 腕をぎゅっと握った道代に、誠は一度天井を仰ぎ、溜息。 「……ああ。そうだね。知らないのも、知れないのも、もう沢山だ。――……少なくとも話だけ、でも、知っておいた方が良いのだろう?」 「そうね、色々知っておくに越した事はないわ、『先生』?」 くすくすと笑うティアリアに今度は誠が項垂れて、その腕を取った道代が嬉しそうに顔を綻ばせた。 「うん。アークは人員不足だからね。もし、その気になったら一緒にもっと、たくさんの人を救おうよ。僕はアークの御厨夏栖斗だ」 伸ばされた手。それを握り返して、少女は微笑んだ。 「谷古道代です。――どうぞ、宜しくお願いします!」 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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