●腹の虫の仰せのままに 夏の空を、舞うように飛ぶ影があった。 虫、のように見える。その体は蜂に似ていて、背中に携えられた見目麗しい羽は蝶を思わせる。 けれど、その姿は確かに異形であった。 大きさが、人間の赤子程あるのだ。その上、三対の腕には大きな注射器が抱えられている。 注射器を手にした、大きな虫。別チャンネルから迷い込んできた、アザーバイドだ。 彼らが求めているのは、自らの腹の欲を満たす蜜。 とろけるように甘いそれを口にする瞬間を想像するだけでも、彼らの心は歓喜に震え上がる。 合計四体の怪物達は蝶のように優雅に舞いながら、蜂のように刺すべき獲物を探し始めた。 ふと彼らの視界に入り込んでいたのは、公園に咲く幾輪もの山百合。甘い蜜を抱えたそれが、誘うように風に揺れる。 しかれども、異世界からの来訪者達は咲き誇る花々には見向きもせず、その場を通り過ぎて行ってしまった。 何しろ、彼らの求める『蜜』というのは――。 ●採血のお時間です 「このアザーバイド達の求める蜜というのは、すなわち人間の『ち』」 小さく開かれた口の間で、『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)の白い歯が光る。 ち。漢字にするならば、血。 こんにち現れたアザーバイドは、どうやら人間の血液を主食としているようだ。 「すでに彼らはこの世界にやってきていて、D・ホールも閉じてしまっている。幸いにも、まだ被害は出ていない……けれど、」 僅かに瞳に安堵の色を宿らせたものの、イヴはすぐに首を左右へと振る。 「彼らが彼らにとっての『ご馳走』を見つけてしまうのも、時間の問題だよ」 もし見つけてしまえば、彼奴らはようやくありつける食事に嬉々としながら、干からびるまで血を抜き取ってしまうであろう。 「彼らは手に持っている注射器を使い、人々の血を狙ってくる。……気を付けて」 そう忠告するイヴはいつも通りの無表情であったが、『注射』の二文字を口にした瞬間だけその眉は微妙にしかめられた――ような気がした。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:シマダ。 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2011年08月03日(水)23:20 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●それでは、いただきます 女は憂鬱な気分だった。今の季節は夏であり、耐えがたい暑さを孕む日々が続く。 おまけに、この時期は彼女の苦手な虫と出会う機会も多いのだ。ただありふれた日常を生きているだけでも、げんなりとせざるをえない。 少しでもその気分を晴らそうと、彼女は知人に聞いた自然溢れる公園へとやってきた。花々の近くは虫が多そうだが、だがそれ以上に花の蜜の甘い香りは自身をきっと癒してくれるに違いない。 しかれども、その場所で女の目をまず惹いたのは、咲き誇る花々ではなく――黒い髪を持った長身の少女だった。 少女、『ディレイポイズン』倶利伽羅 おろち(BNE000382)は、女の姿に気付くと笑みを浮かべ、口を開く。 「この公園は、スズメバチ駆除中よん。ブッスリとヤられたくなかったら、しばらくは近づかないでね」 その扇情的な微笑みと共に呟かれた言葉は、女がここから立ち去る理由には十分すぎる程のものであった。 「イってくれたみたいね。怯えた顔は、悪くなかったわ」 逃げるように去って行った女性の背中を見送り終えたリベリスタ達は、周囲へと結界を張る。 これで、一般人が通りかかる危険はぐっと減った事だろう。しかれども、それも決して確実とは言えない。 「巨大吸血虫……早めの除去が必要だべな」 「注射を好む趣味なんて私にはないの。とっとと駆逐してあげるわ」 毒島・歌留多(BNE002741)と『鋼脚のマスケティア』ミュゼーヌ・三条寺(BNE000589) の言葉に、『ポロリイエロー』神城・涼(BNE001343) も頷いた。 今回は、回復役もいないのだ。早めに片を付けてしまうに、越した事はないだろう。 それに――、 (ガキっぽいとはわかっちゃいるけど、注射って、ガキの頃から嫌いなんだよなあ) むむ、と不安げに眉をしかめ、涼はあの嫌な感触を思い出しこっそりと身震いをする。 薬液を注入されるのはまだ良いが、採血にはどうにも嫌悪感を抱いてしまうのだ。自分の血が吸われていく様を見るのは、どうにもゾッとしない。 「あんまり吸われないように、留意しつついっちょやってみっかね!」 「血を狙うアザーバイド。何だろう、何だか絶対に負けられない気がするよ。これは同じく血を吸う存在としてのボクのヴァンパイア魂だろうか? ボクにこんな感情があったなんてね……」 いつになく燃え上がる自身の闘志に困惑しながらも、『愛を求める少女』アンジェリカ・ミスティオラは独りごちた。彼女の顔にあるのはいつも通りの無表情であるが、どことなく楽しげである。 何せ、少女の唇の端で小さく顔を覗かせるは白い牙。 アンジェリカの種族は、そう――ヴァンパイア。今日対峙する予定の相手と同じ、血を吸う者なのだ。 「夏の風物詩、蚊! 痒々になる前に、退治だね♪」 月ではなく、燦々とした太陽の下へと踊り出るウサギがいた。 『素兎』天月・光は、朗らかな笑顔で皆を見やる。「痒くなったら、これをすぐに塗るといい!」そう言いながら、彼女が仲間達に手渡したのは痒み止めだ。 見れば今日の彼女は、虫に直接肌を刺されまいと長袖長ズボンを着用。荷物の中には出血した時のための絆創膏や、虫避けスプレーに虫寄せスプレー、蚊取り線香まで用意されていた。 「準備万端! これで完璧~♪」 まさに、準備は万全である。虫に似ているといえど、相手は異世界からの来訪者。この世界での常識がどこまで通用するかは分からない。 だが、備えあれば憂いなし。いかなる方法であろうと、試さない手はないだろう。 「注射器か。いっそ、一思いにやれと叫びたくなるような攻撃方法だが……。奴らのチャンネルでは、人間はみんな硬い体皮を持っているのかもしれないな」 『紅翼』越野・闇心(BNE002723) は、言葉の最後に小さな声で「注射は嫌いだ」と付け足した。自分の体を刺し、血を流させるような物を好む者など、あまりいないだろう。 けれども、その傷というのが敵の攻撃ではなく、効率よく相手を倒すために必要なものであるならば、闇心は己を傷つける事を厭わない。 彼女は自身の武器を手に取り、自らの手で自らの肌を傷つけた。白い肌からは、赤い液体が溢れ出す。 それは、見紛う事なき血であり、彼らを誘う『餌』でもあった。 甘い匂いにつられた四体のアザーバイド達は、そうしてリベリスタ達の前へと姿を表す。大きな注射器を抱え、ようやく見つけた『食事』に歓喜するかのように蝶の羽を羽ばたかせる。 今日『獲物』となってしまうのは相手ではなく、自分達だという事実に気付く事もなく。 「既に帰る処もない、迷子の来訪者。被害を出す前に彼らを切り捨てて、それで終わりにしましょう」 『蒼銀』リセリア・フォルン(BNE002511)の言葉を合図に、リベリスタ達の今日の仕事の幕は上がった。 ●マナー知らずのお客様 「Hey! ブンブンうるさい蚊どもめ! ぷっちっとしてやんよ!」 初手を担ったのは、光だ。挑発的な言葉で相手を誘いつつ、トップスピードを使用。その後、間髪入れず近くにいた敵へと持っているハエ叩きで斬りかかる。 「悪いけれども、精神安定のためにも採血をされる前に一気に倒してやるぜ!」 出来るだけ、短期決戦で終わらせたい。涼は、ハイスピードを使用しギアを上げた。 せっかく訪れた食事の時間を邪魔されて、アザーバイド達が黙っていられるはずもない。彼らも、リベリスタ達に対抗すべく自慢の注射器を構え突き進んでくる。 しかし、彼らが狙うは光でも涼ではない。今もなお、美味しい『蜜』を流し続けている少女――闇心だ。 「……っ! 一撃くらいはくれてやる。せめてもの餞だ」 自身を襲ってきた痛み、そして血を吸われるというあの独特の感覚に、闇心は顔を歪めながらも、思う。 (だから、決して忘れるな。お前達が求める『蜜』は、ここに有る) 本当に食われそうになっているのは、果たしてどちらなのか。 もはや、アザーバイド達の頭からは、逃走するという考えは消えた。彼らは知ってしまったのだ。目の前にある、甘い『蜜』の香りを。 食事はまだ始まったばかり。ようやく見つけた獲物をみすみす逃がすまいと、一匹のアザーバイドが羽を震わせた。周囲に、麻痺の効果を持つ鱗粉が振りまかれる。 しかし、幸いな事にリベリスタ達にはその効果が表れなかった。 「好機!」 歌留多が、その幸運をすぐ様にチャンスへと変えるべく敵へと立ち向かう。狙うは、先程光の攻撃を受けたアザーバイド。 一体に攻撃を集中させ、確実に敵の数を減らしていくのが今日のリベリスタ達の作戦であった。 少女の、無類の拳が振るわれる。その小柄な体からは想像出来ぬ、重き力強い一撃がアザーバイドへと叩き込まれた。 フラフラと危なげに左右に揺れながら、弱ったアザーバイドがリベリスタ達から一時的に距離を置こうとする。 「蝶も蜂も嫌いじゃないのに、それが合わさると……ああも薄気味悪いのね」 けれども、鋼鉄のマスケティアがそれを許さない。 僅かに眉を寄せたミュゼーヌにより、1$シュートが放たれる。弾丸が、アザーバイドの蝶の羽を打ち抜き、彼奴をその場に引き止める。 果敢に戦うリベリスタを援護するために、前衛に踊り出てきたのは黒い人影。アンジェリカの、シャドウサーヴァントだ。漆黒の影は、照りつける夏の太陽の下に映える。 リセリアも、それに続く。そして彼女は、見る。確かに見る。じっと、見つめる。奴らの腕の中にあるものを。リセリアには、それがどうしても気になって仕方がない。 (確かに、注射器。何故アザーバイドが注射器を……しかも妙に大きい) もはやそれは、注射というよりも刃先の細い槍に似ている。ぷすりと刺されるだけでは済まされない。あれは、凶器なのだ。 そんなもので体を刺されるのは、流石に避けたい。そのためには、どうすべきか。 何、簡単な話である。やられる前に、やってしまえば良い。 目にも止まらぬ速さで、敵の懐へと飛び込んだ銀色の髪の少女の手には、彼らの武器に劣らぬ――凶器。 リセリアのソードエリアエルを、アザーバイドは真正面から食らう。すでに痛手を負っていた体では、もはや混乱する間もない。 飛ぶ事の出来なくなった化け物は地へと落ち、二度とその羽を羽ばたかせる事はなかった。 「やりましたね。残りは三体……がんばりましょうっ」 リセリアの凛とした声が、仲間達の士気を高める。集中をし次の攻撃に備えていたおろちは、彼女のお手柄を祝福するかのようにウインクを返す。 しかし、空を舞う影は四からは減っていなかった。アザーバイドが一体減ると同時に、一つの影が空へと舞い上がったのだ。 フライエンジェの少女、闇心。 翼をはためかせ、彼女は蝶に似たアザーバイドに劣らず、優雅に美しく舞う。けれど、美しいものにはたいてい棘があるものだ。 『餌』で敵を誘う彼女の役目の一つは、囮。そして、もう一つは――。 「食らえっ! 残影ハエ叩き斬りっ!」 斬り。そして表情はきりっ! 光の残影剣が、三体全てのアザーバイド達の体を切り刻む。 そう、闇心の役目は、敵をなるべく一ヶ所に集中させ、仲間の複数同時攻撃の範囲に入れる事なのだ。 ようやくゆっくりと食事をとっている暇などないと気付いたのか、一体のアザーバイドが狙いを闇心から近くにいた涼へと移す。 「おっと! 前衛が倒れるわけにはいかないぜ!」 ――が、速さの増した涼の動きには追い付けず、注射針は何もない宙を突き刺すだけに終わった。 すかさずその隙を突き、涼がアザーバイド達に猛攻する。素早いアザーバイド達といえど、彼の繰り出す残像を纏った殴打を見切る事は出来ない。 「大きさが仇となったな。当てやすい的だ」 歌留多のバウンティショットもそれに続き、一匹ずつ確実に弱らせて行く。 「私の兵隊蜂よ、異形の虫共を迎え撃ちなさい!」 蜂もどきを迎撃するは、同じく無数の蜂のように放たれる弾丸。ミュゼーヌの、ハニーコムガトリングだ。 自らに襲い掛かる連撃から逃れようと、アザーバイド達がもがく。そんな獲物を、集中したおろちがみすみすと逃すはずもない。 「あら、もう虫の息みたいね。なんて、ウマい事言っちゃったわ」 ブラックジャック。黒いオーラを纏った暗殺針が、一体のアザーバイドの息の根を止めた。 ――これで残りは、あと二体。 ●最期も晩餐 リベリスタ達とアザーバイド達の戦いは、依然として続いていた。すでに致命傷を負っていながらも、アザーバイド達の速度に衰えは見えない。 アンジェリカの影が、敵アザーバイドをブラックコードで捕えれば、地上へと叩き落とす。 そのアザーバイドの背後には、いつの間にやら忍び寄っていた一人の吸血鬼。 「残念だったね……。キミの血はボクがいただくよ……」 赤い瞳が狙うは、その瞳に劣らぬ程赤々とした鮮血だ。 アンジェリカの腕が、アザーバイドに絡みつく。次の瞬間には、相手の体には彼女の白い歯が食い込んでいた。 血をたっぷりと吸い終えたアンジェリカがアザーバイドが離れるのを確認し、リセリアは幻惑で相手を惑わしながらも敵を斬りつける。 アザーバイド達の腕に大事なもののように抱えられた注射器の中で、『蜜』が揺れる。不思議な事に、彼らは未だ念願のそれを口にしてはいない。 巣に持ち帰ってから、ゆっくりと味わう予定なのだろうか。 言葉すら通じぬ異世界からの来訪者の心算を知る術を、リベリスタ達は持っていない。 「お前達がどれだけ血を貯めようと、持ち帰る巣はもう無いんだ」 食餌を得れば、飢えを一時凌ぐ事は出来るだろう。しかし、足掻いてたところで先に待つのは種の滅びのみだ。 彼らに、寂しさを感じる知性があるのかどうかも、闇心は知らない。 けれど、たとえどのような事情があろうが、リベリスタ達が守るべきなのはこのちぐはぐな見た目を持つ化け物ではなかった。 「迷い込んだのが運の尽きだ。この世界の為に消えて貰うぞ」 闇心の体を眩いオーラが包み込み、彼女の鎌は相手の命を刈り取った。 残るは一体。 深手を負いながらも、ただひたすらに『蜜』を求め、アザーバイドは羽を動かす。 「おっと、虫刺されにはさせないよっ!」 どの『蜜』を狙うべきか悩んでいた彼に向かい、仲間を支援すべく光は武器を振るった。 続け様に放たれるのは、涼の幻影剣。 「喝!」 歌留多の拳も、それに続く。 もはや、アザーバイドに残された勝機は、極僅かしかないであろう。否、いっそないと言っても良いのかもしれない。 彼は、未だ気づいていないのだ。自分の目の前にいる者達が、『餌』などではなく屈強な戦士だいう事に。 故に、愚かな彼は『蜜』を求める。食欲のままに行動をする。甘い甘いご馳走を求め、リベリスタ達と対峙し続ける。 「そんなに血が好きなら……」 そんな彼に合わせられるは、狙撃手の照準。アザーバイド達が最期に見る事となるのは、赤。 「貴方の血で彩ってあげる!」 しかし、それは彼らが求めに求め続けたご馳走ではなく、彼ら自身の血の色だった。 ミュゼーヌのピアッシングシュートは最後の敵を見事貫き、その場に鮮やかな花を咲かせた。 ●食後には勝利の美酒を 「どうやら、吸血の存在としては、ボクの方が上だったようだね……」 見事吸血勝負に勝利したアンジェリカの頬は、いつになく上気している。口の中に残る鉄錆びた味は、今の彼女にとっては勝利の美酒のようなものだ。 「なんとか、日が暮れる前に片づけられたて良かったなあ」 涼が、敵を倒せた事、そして注射器で刺されなかった事に対する安堵の息をついた。 「……当分は病院で、注射のお世話になりたくないわね」 同じく溜息をついたミュゼーヌの表情は、涼とは対照的に憂鬱げである。 「これで一つ、恩を返せただろうか」 自身がアークに受けた恩義は、こんなものではない。歌留多が見上げた先には、先程見た赤とは対照的な広々とした青い空が広がっていた。 「蚊は夏の風物詩だけど、昼の公園でゆっくりご飯がいいねっ♪」 光は笑みを浮かべ、お弁当にと持ってきていたサンドウィッチをパクリと口に含む。 異世界からの脅威も去り、公園内はすっかりと普段通りの日常という名の平和を取り戻していた。 風が吹き、花が揺れる。アザーバイド達が求めていた『蜜』の匂いを、隠すように甘い香りが覆った。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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