● 優しくなければ迷わず誰かに手など差し伸べられなかった。 1と10のどちらも救おうとするのは人の強さであり弱さでありそうして傲慢さでもあるのだろう。 救いたかったのだ。ヒーローになりたかった。今にも殺されそうな誰かを、傷つき泣く誰かを、おびえる誰かを、一人残らず救って笑える人になりたかった。なれると思った。思ってしまった。 嗚呼。嗚呼けれど、此処は現実なのだ。物語のような約束されたハッピーエンドはない。正義が悪に負けることが起こりうるのが現実だ。10の為に1を捨てることが起こる世界だ。 この現実に存在する英雄とは、ヒーローとは、優しさを捨てなければならないものだった。そうであってこその栄光だった。 矛盾だった。優しくなければ人を救えないのに、優しくてはとても生きていけやしない。失うことに嘆き届かない手を呪い己の無力を思い知らされ続ける事に、優しさを持つ心は耐え切れやしない。 捨てられなくては存在できないのだ。英雄であり続ける事は人としての柔らかな部分を削り取られていくようだった。誰かの希望と喝采は絶望と怨嗟が常に寄り添っている。救えば称えられ一人でも零せば罵られかかる期待は重く救いたいものは多くけれどすべては叶わない。 理想と現実はあまりに違った。矛盾は常に心を引っ掻く。捨てられればよかったのに捨てられなかった。代わりに摩耗して、苦しさが薄れていって痛みが鈍くなって一緒に喜びも楽しみも薄れていって。 涙に痛みを感じなくなって、気づけばあんなにも厭うた血飛沫を頭から被ることにもなにも、感じなくなって。 嗚呼。 人としての何かを失ってしまったのだと漸く気づいた時にはもう何も残っていなかった。救った筈の人間はその場限りで、共にいた筈の友人も家族も一人失い、一人死に、気づけば誰もいなかった。 見返りを求めずただ誰かの為に生き続けた結果がこれだ。笑ってしまう。守りたかったものも、大切だったものも、純粋にヒーローに憧れた気持さえももうこの手の中には残っていないのだ。 そっと、溜息をついた。 手に馴染んだ斧を振りかざす。叩き付けて、引き裂いて。飛び散る紅を拭わずまた一閃。只管に湧いていた敵を切って捨てて。また僅かに、思考の波に意識が引き摺られかけたその時。 ずぶ、と。熱いものが腹部を突き抜けたのを感じた時、脳裏を過ぎったのはやはり諦めにも似た溜息だった。 大穴から突き出た蟲のような何かが内臓を貪る痛みを感じながら。 リべリスタだったものの意識は薄れていく。 ● 「…………今日の『運命』。手が空いてればよろしく」 いつも通り。資料の束を机に置いた『導唄』月隠・響希 (nBNE000225)の表情は何処か青褪めているようだった。 「依頼内容は単純。エリューションの討伐のみ。戦場は駐車場跡だから足場とかも特に問題無い。……ただ、このエリューションが厄介なのよね。 メインとなるE・ビーストはフェーズ2。巨大な芋虫みたいな敵。便宜上『ホーンワーム』とでも呼びましょうか。そいつが多分一番強くて、周囲のエリューションを疑似的に統率してる。 とは言ってもそこまで精密な統率は行えてない。簡易的な前後衛を組む、自分を庇わせる、ってレベル。周辺にいるのもE・ビースト。『ホーンワーム』と外見の似た小型が4、犬や猫のようなものが4かな。前者はどちらかと言えば回復や補佐、後者は前衛を担当してる。フェーズは1~2とまばらね。詳しくは資料で。 それで、なんだけど。……戦場にはもう『一人』、あんたらの敵がいるの」 かさり、と紙の擦れる音。手もとのそれを見つめながら、リべリスタ、とその唇は呟いた。 「アークにも比較的友好的だった、とある小規模組織のリべリスタ。いや、……リベリスタ、だったもの。若松・俊樹。ジーニアス×デュランダルだった。現状は……ノーフェイスに区分するのが正しいんだと思う。 該当エリューション討伐中に隙を突かれて、まぁ、ついに運命に見放されちゃったのよ。そこそこ歴も長く、腕のいいリベリスタだったから。無理が祟ったんでしょうね。 彼は不運にも、ノーフェイスになった。しかもただのノーフェイスじゃない。『ホーンワーム』に半分寄生され、運命共同体にされちゃったのよ。これによって齎されたのが、さっき言った統率能力。まぁ、寄生の副作用として意識が混濁してるから統率力が弱い、って言うのに繋がるんだけどさ。 でも、そんなのより厄介なのがこの2者が文字通り運命共同体である事なのよね。すごく面倒なんだけど、今の状態だと両方一緒に倒せないとすぐに元通りに蘇るわ。……因みに、寄生を断ち切ってもノーフェイスの自我は恐らく戻らない。 まぁ断ち切れば一緒に倒さなくてもよくなるんだけど……当然敵も馬鹿じゃない。切り離せない様に動くでしょうし、切り離してもまた戻ろうとするでしょうね。その辺りも踏まえて、戦って頂戴」 言葉が切れる。資料を捲る音が止まって、フォーチュナの視線が上がった。 「いい、リベリスタだったそうよ。仲間に頼られ、誰にでも優しく、どんな危険な状況でも救うべきの為に手を伸ばすような。……けれどだからこそ、そう言う人だからこそ、救えないものがある事に耐えられなかったのかもしれないわ。 例えば、ヒーローが大を救う為に小を切り捨てる事を厭うて両方喪ったとして。人々って、それを非難するのよね。でも、人の命を天秤にかけると言う事は、非難よりも深くその心を抉るかもしれない。……近頃の彼は、ぼんやりとしている事が多かったそうよ。 今回の件も、その隙を突かれたみたいね。……もう戻れやしないし、彼も討伐対象なんだから、余計な情報なんだけどね。まぁ、一応。上手い事片付けて来て頂戴。……どうか気を付けて」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:麻子 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年12月14日(土)22:44 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 優秀な軍師とは常に戦況を見極め最善手を打つ存在である。この戦場において、リオン・リーベン(BNE003779)はまさしく軍師と呼ぶに相応しい采配を振るっていた。 癒しが少ないのならばリスクを減らせばいい。既に済まされた防御伝達の次にリオンが仲間へと伝えるのは最も鋭く正確な攻撃動作。ローリスクハイリターン。作戦の基本でありながら最も疎かには出来ぬ手法を振るった彼は、その互い違いの瞳を僅かに細めた。 「正義の味方気取り、か。……ああ、もっともなジレンマだ」 小を救う事を選べば正義の味方足り得ず。けれどそれを受け入れられねば心が壊れていく。幾度も幾度も繰り返された悲劇だ。何時の世も決して変わらない。世界は誰にでも微笑んでくれはしない。知っている。嗚呼だからこそリオンは今、目の前のものを敵と呼ぶのだ。 そんな彼の視線の先。磨き抜かれた双剣が振るわれると同時に鼓膜を劈く幾重もの爆発音。鉛玉の豪雨に篭る激情の名前を『誠の双剣』新城・拓真(BNE000644)は痛い程に判っていた。構え直した二振りは真っ直ぐ虚ろな瞳の男を向いて。 「若松俊樹、何時まで寝ている心算だ!」 まさしく叫ぶように。男を呼ぶ拓真だって知っている。正義と言う名の刃は常に己の喉元にも突きつけられ続けているのだ。願わない筈がない。何も失わずに何も天秤にかけずに一日を終えられたら。そんな涙が出そうな程に幸福な結果をと考えない日がある筈もないのだ。 失いたくて失うのではない。掴みたかった手がすり抜けるのだ。ほんの一つさえ取りこぼした時点で拓真はそれを正義とは呼べなかった。誰もが皆笑って幸せに生きる事が出来ないのならばその行いを正義と呼ぶ事など出来やしない。確固たる正義への理想はけれど同時に拓真を傷つける。 切り捨てて切り捨てて。それでも拓真が剣を離さないのは希望を捨てないからなのだろう。真っ直ぐに。じわじわと敵を薙ぎ払い近づく男を見つめる。その背を、そして他の仲間の背を支える様に。戦場に響いたのは優しく清らかな天上の調べ。唇が紡ぐことばが傷を癒すのを確認して。 七海 紫月(BNE004712)は頬に残る鮮血を拭ってそっと唇を添える。陶酔するように細められた瞳はけれど何処か冷静に思考を巡らせていた。不可能なのだ。両手で掬った水を一滴も零さないようにする事等。けれど優しい人はきっと、それを受け入れられないのだ。簡単に傷がつく。 そんな心を少しでも、判ってやれる相手は居なかったのだろうか。其処まで考えて、けれど緩々と首を振った。 「あぁ、でも……それすら貴方は心配かけまいと偽ったのでしょうね」 優しい人であったのだろうから。紫月に迫る獣の影を遮った『蜜蜂卿』メリッサ・グランツェ(BNE004834)もまた、その不機嫌げとも取れる顔に複雑な色を乗せる。身も心も疲れ果てた戦士の成れの果て。ああまったくもって現実とは不条理だ。優しい人間が馬鹿を見るだなんて夢も希望もありやしない。 「……何よりも傲慢なのは救われる側でしょうか」 無力を嘆くだけでなく、零れたものを指差して罵るそれをけれど救わずには居られない。正義とはなんと難しいのか。そんな逡巡はけれど殆ど表に出す事もなく、青が飾る手がレイピアを振るう。突き出したそれが触れた敵が易々と吹き飛ぶのを確認してもその表情は動かなかった。 「構え、突く。単調ですけれど、それが私の剣技、その全てです」 跳ねかかる紅の温度が判らずとも。躊躇いなく貫くのが、自分の役目であるのだから。 ● 統率の取れた敵とは言え、取れる内の最善とも言うべき手段で事に臨んだリベリスタにとって、目の前の敵は大した障害足り得なかった。乙女の拳を握り込んで、一閃。薙ぎ払われた敵はけれど倒れる事も許されず齎された業炎に端から焼かれていく。 「御機嫌よう。貴方の背負っていた重荷を取り除きに来てあげたわよ」 こんなやり方しかないのが不本意だけれど。夢見る少女のようでけれど何処か大人び始めたその瞳を僅かに伏せて、『炎髪灼眼』片霧 焔(BNE004174)は狙撃主に狙われる男を見つめる。ヒーロー。夢に溢れて、けれど残酷なことばだった。わかっていた。物語の優しさはない。 数多の犠牲の上に僅かな平穏が乗っているだけだ。何時崩れるとも知れず痛みを伴う此処で何故戦えるのかと言われれば、焔は迷わず守りたい人たちが居るからだと答えるのだろう。それがなければ戦えなかった。嗚呼。きっと彼はそれが多すぎたのだ。この悲劇はそれだけの事だ。 そして。 「――その結果が目の前の光景なんだから本当に笑えないわ」 これは、可能性の一つかもしれないのだ。自分達の行き着く結末の。自嘲するように笑った焔の背後、かちり、と鞘が鳴る。少女と呼ぶべき手が引き抜いたそれの刃を見る事は叶わない。駆け抜ける一閃は音も無く空気を裂き、逃れる事さえ許さず男を貫く触手に傷を負わせる。 既に納められた刀を携えて、衣通姫・霧音(BNE004298)は己の掌を見詰める。正義なんてものを語れる身分ではないけれど。薄暗い世界を見た霧音は知っている。1も10も救うなんてただの個人には出来やしないのだ。でもそれでも。そうする事を願わずには居られない人が、存在している事もまた知っている。 そっと、片目を覆うように手を添えた。理想の果ては破滅だった。分不相応な願いは報いを齎したのだろうか。以前の自分なら、それになんとことばをかけたのか。唇が、僅かに震えて。 「でも、私は……」 その先は戦闘音に掻き消える。それに耳を傾けながら、『無銘』佐藤 遥(BNE004487)は己の手に収まる刃を見詰める。あの日。こうして戦う事を決めた日に、祖父は困ったように言っていたのだ。そんな風に戦う為に、剣を教えたのではないのだと。 今なら、その理由がわかる気がした。戦う為だ守る為だと握った刃が招く結果の重さを知り始めた、今ならば。無意識に刃を握る手に力を込め直す少女の背を一瞥して。『八咫烏』雑賀 龍治(BNE002797)は酷く冷静に、その銃口を敵へと突きつける。乱れのない呼吸音。瞳が捕らえる目標は体液零す異形の触手。 「なかなかに面白い的だ。上手く千切って見せるとしよう――」 まさしくその腕一本。他の何者にも頼らずただその実力と手に馴染む相棒だけを信じ放たれる冷気を帯びた一撃が寸分違わず傷口を抉り、そのまま断ち切る。凄まじい絶叫。のた打ち回るそれが大量の体液を振り撒くのを見遣って、龍治は軽く、溜息にも似た吐息を漏らした。 当たり前の事なのだ。どれほど華やかな職であろうと、明るければ明るいほどに其処に闇は存在する。けれどそれを抱えながらも望まれる通りに振舞うのもまた仕事。どれ程の闇が存在しようと抱え込み折り合いをつけ、その華やかさを保つからこそ英雄は存在出来るのだろう。 「……奴には、そうする度量と覚悟が足りなかっただけだろうな」 何もかもを救うと夢見て闇を拒む綺麗な言葉だけを語ることが許されるのは、こんな現実を知らぬ子供だけだというのに。地面に膝をついた男を一瞥して、何も言わず銃を構え直した。 ● 統率を失った敵は一気にその戦線を崩していた。足掻くように喰らいつかんとする獣の一撃を退けんと閃光弾を放ったリオンが感じたのはある種の予感だった。それは恐らく、敵の動向に、その消耗具合に注意を払い続けたからこその確証とも呼ぶべきもの。 「――来るぞ! 再びの寄生を許すな!」 短い指示。蠢く触手が迫りくる事等、リベリスタとて予想していない筈もない。ふわり、と燃え立つ鮮やかな紅が風に舞う。身を挺してその触手を受け止めた焔の脇腹から、零れ落ちる液体が地面を濡らしていく。それでも、表情一つ曇らせず。斧を持ち立ち尽くす男を振り返った。 「こんな奴に操られているなんて不本意でしょ? ――少しは意地を魅せてみなさい」 其処に矜持が、少しでも目指すものがあったのならば。僅かに瞬く瞳。その姿は自分と同じ人間で。けれど倒さねばならぬ敵でもあった。握り締める。きつく、きつく。神秘に触れるまで知らなかったのだ。刃とはこんなにも冷たくて。誰かの命とはこんなにも、重くけれど容易く失われるものだなんていうことは。 「……人殺し、なんだ」 考えて、考えた。例えば運命に愛された事で手から離れていく普通だとか、使命感にも似た、力の使い道だとか。遥の出した答えは、誰かの為に得たものを振るう事で。けれどその時の悲しげな祖父の声は、何時だって耳を離れてくれやしない。 名匠の一振り。重くて冷たくて、けれど手に馴染み始めたそれと一緒に祖父は確かに言ったのだ。自分は、人殺しになるのだと。人の死を背負うものになるのだと。剣を振るう。薙ぎ倒された敵を見詰めた。死を背負っていくのだ。幾つも。幾つも。 けれど、同時に祖父はその手を添えてもくれたのだ。遥に剣を教え刃を与えた自分も同罪だからと。その重すぎる荷物を、共に背負おうと。決して一人では背負うなと。 「ひとりで背負っちゃだめなんだ。だから、もういいんだよ……もう、眠ってもいいんだよ」 命とは、生きると言う事は、一人で背負えるものではなかったのだから。そんな声が届くのか届かないのか、唐突に斧を振り回した男を見遣り、リオンは冷ややかに笑う。この成れの果てはある意味、無様でもあるように思えたから。 「……ふん、何が正義かもわからなくなってなお力を振るうか。この出来損ないが」 もう答えを出す事は出来ず。先も存在しやしなかった。けれど。その在り方を、霧音は否定しようとは思わなかった。納められた刃に手をかける。願いがあるからこそひとは戦えるのかもしれなかった。それが見果てぬ夢だと誰もが笑っても、霧音の口をつくのは否定ではない。 「貴方は……きっととても優しく、甘く、脆い人だったのね」 重さに耐えかねる程に。否。きっと、どんな英雄だろうとその重さには耐え切れないのだ。天秤にかけねばならない。捨てねばならない。選び取れなかった方の重さが圧し掛かって最後には潰れてしまう。けれど、それをもし、支えることの出来る存在が居たならば、結末は変わってくれるのだろう。 そして。霧音はその、支える側に、願いの為の刃になれたらと、願わずには居られないのだ。自分は大も小も救おうだなんてまだ言えやしないから。 「邪魔よ、蟲が。大人しくしてもらいましょうか」 引き抜かれた刃が僅かに桜の煌きを散らしたのを視界に捉える暇も無く。戦場に拡散する斬撃の嵐。そして、攻撃はそれだけでは終わらない。龍治の火縄銃が響かせた銃声は、一発。しかし一気に乾き熱を帯びる空気が教えてくれるのだ。今此処に迫る、神罰とも言うべき絶対的鉄槌を。 焔が降り注ぐ。上がる火柱が残る敵を一掃する。その只中で、触手を切られ蠢く虫に、メリッサは物言わずそのレイピアを突きつけた。 「確実に仕留めましょう。……戦士の誇りを汚す愚か者に、鉄槌を」 全力を込めた刺突が、深々と蟲の体に突き刺さって。そのまま醜い異形はその動きを止めた。 ● 微かに焼けた匂いの漂う戦場に、残されたのは虚ろな瞳の男だけだった。己ではもう言葉も発せずただ此方に斧を叩きつけるそれを見詰めて、紫月は小さく、小さく溜息をついた。百の感謝より一の怨嗟の方がずっと胸には突き刺さったのだろう。彼はきっと不器用だったのだ。それを、仕方がないと割り切れない位には。 嗚呼けれど。それでも、忘れないで欲しかった。息を吸う。紡ぐ歌声は優しく、仲間を癒していく。その音色に乗せるように。 「笑顔を、感謝をぜひ思い出してくださいまし。……貴方は何も出来なかったわけではないのですから」 男を慕う人間が居た筈だ。救った多くの命があった。それは、間違いなく彼の道程の素晴らしさの証明だ。だから。どうせ、逝かねばならぬのならば持つのは恨みつらみではなく優しく幸福な言葉であるように。救うことの出来た、笑顔であるように。紫月は願うのだ。この声が、仲間の声が、彼に届く事を。 そして。彼にどうしてもぶつけたい言葉を持った男は今まさに、その刃を突きつけていた。黒い瞳に揺れる激情。軋む柄を握りなおして、拓真は虚ろなその瞳に、叫ぶのだ。 「諦めるのか、お前は! 斬り捨てて来た人々を仕方が無かったと!」 まるで自分に叫ぶようだった。背負えないと投げ捨てればきっと誰かは言ってくれるだろう。それは仕方が無かったのだと。君は頑張ったのだと。でも。それでも。拓真はきっとそれを是と出来ない。諦められない。未来が見たかった。希望を離したくなかった。理想を、掴みたかった。 「俺は諦めない。諦めなどしない……何時か必ず、己が信じた正義が叶う時が来る!」 信じている。 多くを溢して、嘆いて、無力さを呪ってばかりだけれど。何時か必ずを。だって、そうでなければ零れ落ちていったものが、居なくなってしまった人たちが誰一人報われないのだ。犠牲は積み重なっていく。その死に意味を与えられなくなるのならば。諦められる筈がなかった。 刃を叩きつける代わりに、伸ばした腕が胸倉を掴んで引き寄せる。僅かに見開かれた瞳に映る己を、その奥の彼を見据えた。何も残っていない? そんな筈は無い。僅かに震えた唇から彼の言葉を聞く為に。拓真は息を吸って。僅かに吐いたそれは、震えと熱を帯びているようだった。 「駄目でも手を伸ばし続けた筈だ! 最初から嘘っぱちだったのか? お前の願いは! 答えろ!」 刃を離さないのは諦められないからなのかもしれなかった。血を吐くようなその痛みは、きっと自分だって知っているそれだったのだろうから。そんな思いをしてでも戦い続けた己を裏切らぬ為に、その願いを。瞳に光が揺らめく。浅く、息を吸う音がした。 「――助ける事だ。何一つ零さず! 誰に恨まれようとも! 自分が信じたヒーローで在ることだ……!」 返る答え。見詰め合った。それ以上の言葉は交わせない。すぐに蝕まれていく意識の中で、けれど。確かに己の内に残ったものを確かめたのであろう男が、微かに笑う。そう。どれ程人であろうとも。倒さねばならない存在なのだ。攻撃が降り注ぐ。鮮血が散る。ぶつかり合う激しい戦闘音を聞きながら、メリッサは緩やかに首を振った。 「若松先輩は、お人好しですね」 故にこうなったのだろう。正義とは時に、悪と表裏一体で。けれど彼には無かったのだ。悪である、覚悟が。また、鮮血が散る。振るわれた拓真の刃が胸に吸い込まれていくのが見えて。小さく、小さく済まない、と囁く声。自己満足だと言われようときっとそこには後悔は無い筈なのだ。きっと、どんな正義の味方にも。 救えない痛みを噛み締めながら、彼等は英雄として背筋を伸ばし続けるのだから。だから。今命絶え行く優しい男を見遣った。握ったレイピアについた血がぽたりと落ちるのを見届けて。もう、休んでもいいのだと囁く。 「……お休みなさい、ヒーロー」 焔の唇から、零れ落ちる餞。意識を失い崩れた彼の瞳をそっと伏せてやる少女も、その顔に同じくおやすみなさい、と囁く霧音もまた、痛みを背負うもので。また一つ重たくなった背を、それでも伸ばすのだ。戦闘の終わりには痛みが漂っている様で。自分より若い彼等の背を見遣りながら、龍治はそっと愛銃を撫でる。 そう。この結末も痛みも悲しみも重さも。背負い隠していく英雄であろうとする者は、方舟にも存在するのだ。彼等もまた気付くのだろうか。必要な覚悟と、心の強さに。栄光の後ろの暗闇が、常に己を付け狙うことに。そうであればいい、と思う。傷を、痛みを知らない為に。 連絡を済ませたリオンが、倒れ臥す遺体を一瞥する。 「……正義の味方のなれの果て、だ」 自戒を込めたような声音が、冷えた空気に混じる。それに返る言葉もないままに、リベリスタはその場を後にした。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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