●霧崎真人 霧崎真人というフィクサードがいる。恐山に所属するこのフィクサードは、街一つを巻き込んだ火事場泥棒を行おうとしていた。『自分で火をつけ、仲間が救援物資を売り込む』……古風だが、効果的な方法だ。 そのための起爆剤である『W/END』とアーティファクト破壊用の『人形遣いの心臓』というアーティファクトを持ち、街の地下に作った一室に篭る。そこで『W/END』を破壊し、アーティファクトに秘められた破壊エネルギーが解放されて、街に打撃を与えるだろう。 そして霧崎を防衛するために、恐山のフィクサードが待機していた。 ●恐山 エレベーターが霧崎を地下に送る。それを見守った七瀬亜実は、小さくため息をついた。 「私達の使命は、『W/END』の破壊までに誰もエレベーターで地下室に移動させないこと。で、エレベーターはこのセキュリティカードがないと動かない。 要は時間までにカードさえ取られなければいいのよ」 七瀬の説明に、集まったフィクサードは矢次に質問する。 「お姉様、床を物質透過とかされたらどうするんです?」 「地下何十メートルのフリーフォールよ。下手すると地下室を外れてマントル直行。ハイリスクだから無視していいわ」 「電子の妖精でエレベーターをコントロールされる可能性は?」 「エレベーターは外部接触してないから大丈夫。悠長にエレベーターに近づく輩を優先的に叩けばいいのよ」 「……後は報告にあった特殊な結界か。なんでも空間を切り取ったとか」 「正直不明瞭だけど、報告を聞く限りでは魔術っぽいから専門知識があればいけるんじゃないかしら。霧崎は『W/END』解析のために相応の知識はあるみたいだし」 「後は衝撃に巻き込まれないように逃げる手段だが」 質問をしたのは、七瀬の部下ではない。恐山フィクサードではあるが、別の幹部から派遣された援軍である。もっとも、 (寝返り防止の見張りの意味もあるのよね、コイツラ) 七瀬は過去の事件でアークと接触しており、その生還率が高い。何よりも今回の事件で七瀬は色々失う『財産』があるのだ。裏切りを懸念するものがいるのも当然といえよう。事実、この援軍だけではなく随所に監視カメラなどを設置されている。魔術的な監視もされているだろう。それだけお金をつぎ込んだ作戦なのだから仕方ないのだが。 「爆発のタイミングは聞いているから、それに間に合うように飛行の加護を使うわ。後は自己責任で逃げて頂戴」 了解した、と監視のフィクサードが告げる。三階部分は脱出できるように窓などは全て解放してある。巻き込まれてるは七瀬だって真っ平だ。 「で、肝心のカードだけど……」 ●アーク 「アーティファクトによりある街に災害レベルの被害が出る。それを止めてきて」 『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)は集まったリベリスタたちに向けて淡々と説明を開始する。 「恐山フィクサードの幹部、霧崎真人がビルの地下室で『W/END』を言うアーティファクトを破壊しようとしている。破壊されて生まれた衝撃は地面を揺らし、街に災害レベルのダメージを与える」 イヴの説明にリベリスタたちは困惑する。策謀の、と頭につく恐山にしては酷く直接的な悪事に思えたからだ。街を破壊して彼らに何のメリットがあるのかという疑問は、 「恐山は街にダメージを与えて、そこを復興させる為に医療物資や機材などを用意している。そんなマッチポンプで利益を得るつもりのよう」 ああ、なるほど。得心のいったリベリスタはイヴに説明を促す。 「地下室に向かうルートは一つ。このビルにあるエレベーターのみ。そしてエレベーターを護るフィクサードたちがいる」 モニターに映し出されるのは、合計十人のフィクサード。うち数名はアークと交戦記録のあるフィクサードだ。確か名前は……。 「『善意の盾』七瀬亜実と、その部下。あとはクリミナルスタアを中心とした増援。このうちの誰かがエレベーターのセキュリティカードを持っている」 「誰か? わからないのか?」 頷くイヴ。神の目である『万華鏡』にすら分からないことなどあるのだろうか……と疑問に思うリベリスタ。だが映し出された画面を見て納得し、そして呻きを上げる。相手は智謀に長けたフィクサード。『万華鏡』対策は十分しているようだ。 「面倒だな……」 「おまけに時間制限もある。急いでも戦闘にかけることのできる時間は精々五分。それ以上の時間をかければ、爆発に巻き込まれる」 つまり、制限時間内に恐山フィクサードからカードを奪わなければならない。土下座して譲ってくれる相手ではないので、倒すしかないのだ。 「町の人の避難は間に合わない」 もうすぐ地震があるから街から逃げろ、と言われてはいそうですかと受け入れることのできる人は少ない。そしてそれを行っている余裕はないのだ。 「戦って勝て、って言うのはシンプルだな」 「逆に言えば、それが最も効率がいいと判断したからだと思う。勿論向こうも本気で防衛に徹する」 イヴの言葉にリベリスタたちは頷く。そのままブリーフィングルームを出た。 ●恐山 「で、肝心のカードだけど……ダミーが三枚ある。本物を含めて私と波佐見、神尾、石垣が一枚ずつ持つわ。 本物が誰の元にあるか、私にしか分からない」 七瀬は自分の部下達にカードを配る。『万華鏡』で見られていることを意識しての行動だ。 これで準備は万端だ。七瀬はエレベーターに視線を向けた。そこを下りていった霧崎を思う。この凶行に至った理由を。 (霧崎は『W/END』に囚われた幸野愛理の魂を助けたいのだろう。そしてその方法も幸野愛理の手法をあえて使って。それは幸野愛理に対する敬意なのか) アーティファクト『W/END』は願いをかなえる願望器型アーティファクトだ。その代償は『願った者の魂』。そしてその魂は願いを叶える為のエネルギーになる。それにより霧崎は死の病から立ち直った。 自分を世話し、憧れ、そして身を挺して救ってくれた人。その魂を理不尽な神秘の枷から救いたい。ただのエネルギーとして磨耗させたくない。そのために恐山で手を汚してきたのだ。魂解放の一番簡単な手段は『W/END』自体の破壊を『W/END』に願うことである。だがそれをすれば幸野愛理の魂が削られると考えたのだろう。 (勿論その思いはこんなことをして理由にはならない。霧崎の行動はただの我侭で、そして恐山はそれを利用するだけ。それでも) それでも、と七瀬は思う。その思いを間違っていると否定することはできなかった。きっと自分も同じ経験をすれば、全てを捨てて同じ行動をするだろう。 七瀬は自分の部下達に手を伸ばし、一人ずつその背中を叩く。 「――とっとと終わらせて帰るわよ。仕事がたくさんあるんだから」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:どくどく | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ EXタイプ | |||
■参加人数制限: 10人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年12月13日(金)23:46 |
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■メイン参加者 10人■ | |||||
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●対峙する箱舟と恐山 「街に住んでいる人を護るために……がんばる!」 『淡雪』アリステア・ショーゼット(BNE000313)は呼吸を整え、戦場に向き直る。大規模な破壊工作を前に、心優しい少女は怯えながらも前を見る。大丈夫、ここには頼れる仲間がいる。怖くなんかない。 「ヨー、波佐見。ヤリアオウゼ」 『黒耀瞬神光九尾』リュミエール・ノルティア・ユーティライネン(BNE000659)はフィクサードに語りかけながら、二刀を構える。それに応じるように、そのフィクサードも鋏型の破界器を構えた。 「火事場泥棒とは古典的だな。悪事の使い回しが許されるのは悪党の特権か」 皮肉を交えながら『普通の少女』ユーヌ・プロメース(BNE001086)が髪をかき上げる。そのまま敵陣を眺め、思考した。相手は恐山の戦闘部隊。七派の中では実力は劣るといわれる恐山だが、油断はできない。 「己の欲望のために街一つ潰そうという貴様ら全員……この場で叩き潰す!」 激昂の言葉と共に殺気を飛ばす『折れぬ剣』楠神 風斗(BNE001434)。手にした剣が赤く光る。言葉と共にその身に下ろした闘神の憤り。心臓の鼓動が激しく脈打つ。怒りを乗せて剣を正眼に構えた。 「恩人の魂のために、街を犠牲にする。そんなことは認められないよ」 『ガントレット』設楽 悠里(BNE001610)は手甲を装着しながら、恐山のフィクサードたちに向き直る。できればかなえさせたい願いだが、そのために犠牲が発生するのなら認めるわけにはいかない。 「崩界とは関係ないが……是非もなしだ」 『生還者』酒呑 ”L” 雷慈慟(BNE002371)は自らの演算能力を高めながら、腕を組む。神秘が関わるとはいえ、これはフィクサードとリベリスタの戦い。いわば人の戦いだ。だからといって、手を抜くつもりはない。 「私は『正義』を貫くだけです」 『銀騎士』ノエル・ファイニング(BNE003301)は白銀の騎士槍を手に正義を掲げる。彼女の槍は世界のために。世界の敵を討ち、貫く為にある白銀の槍。その美しさはノエルの持つ心ゆえに。 「フィクサードには興味あまりないけど」 『息抜きの合間に人生を』文珠四郎 寿々貴(BNE003936)は言葉の後に七瀬を見る。経歴やタイプこそ違えど、同じ後方支援系のレイザータクトだ。余裕があればじっくり眺めたいところである。 「だいじょうぶ。わたしがみんなをまもるから」 『囀ることり』喜多川・旭(BNE004015)は子供っぽい口調と共に前に出る。夢見がちな彼女だが、やるべきことは理解している。そしてそのために自分が何をしないといけないかも。自分の全てで、皆を護るという決意。 「これで終りだ。凶行を止めさせてもらうぞ」 『無銘』熾竜 ”Seraph” 伊吹(BNE004197)が白い腕輪を手に前に出る。街を巻き込んだ策謀など見逃せるはずがない。そしてこの策謀の首謀者にいいたいことがあった。相対するフィクサードにも、だ。 「来たわね」 七瀬はやってきたリベリスタに向き直る。肩に装着したアーティファクトが彼女の意志に応じて動く。恐山のフィクサード立ちはその指示のままに動く。 「悪いが、ここから先は一歩も通さねぇ」 「お姉さまの命令は、全身全霊で守ります!」 「……引き返すのなら追わぬ。爆破に巻き込まれるよう、逃げるがいい」 フィクサードたちの戦意も低くない。霧崎に言いように命令される状況に文句はあるが、互いの信頼がそれを打ち消していた。 そして―― 「アーク……来たか。どうするか見ものだな」 「正面から戦えば時間が足りぬ。カードを探す時間も難しいところか」 「ここで数人巻き込まれてくれれば、楽なのだがな」 この戦いを様々な観点から観察する恐山のフィクサードたち。同胞である霧崎を想う者はいない。部下の命を心配するものもいない。ただ、組織の利潤と自分の成功のみを求めていた。 ●開戦 最初の動いたのはリュミエールだ。獣のように身を低くして疾駆し、波佐見の方に肉薄する。右手に構えた『ミラージュエッジ』と左手に構えた『髪伐』。刃を下から跳ね上げるように振るう。それは鋏型の破界器に阻まれた。 「存分ニ踊ロウゼ、波佐見」 「あーん。女相手は好きなんだけど、なんだけど!」 波佐見はリュミエールと切り結びながら、他の対象を探している。彼女の殺傷能力は異性相手だと最大限になる。リュミエールが自らの速度を刃に乗せて、回転するようにして攻め続ける。刃の軌跡に光が走り、フィクサードの視界を翻弄する。 「反撃えーい!」 「あぶねっ! 敵はあっちだっつーの!」 魅了された波佐見の攻撃を避ける神尾。 「あ、ごめん。シャンパーニュで魅了されて……ちっ」 「てめぇ、さては正気だったな!」 そんな一幕もありましたが。 「馬鹿やってないでとっとと動きなさい!」 七瀬の指揮の下、フィクサードの攻撃力と防御力が強化された。一手で二の強化を行う。それが七瀬の戦法だ。 「さすがに展開速度は負けるか。仕方ないね」 寿々貴はそんな七瀬の動きを見ながら、リベリスタたちの攻撃力を増す。戦場全体を俯瞰するようにイメージし、一人一人の能力を深く想像する。能力を最大限に生かせるようにする為の布陣。そこまでの展開とそれからの展開。それを組み立て、指揮する。 「真面目に戦線維持とか、なんてステキな日なのか」 基本ゆるゆると過ごす寿々貴だが、その能力を遺憾なく発揮すれば、一人で戦場の流れを変えるほどの支援能力を持つ。支援に回復に。敵を攻撃する術は持たないが、それを差し引いても素晴らしい戦力といえよう。 「すずきおねぇちゃん、回復はまかせるよっ!」 六枚の羽根を広げて、アリステアが背筋を整える。人を傷つけることは怖い。できることなら、傷つけずに終わりたい。だけどそれをが許されるほど現実は甘くないことを、アリステアは知っていた。 「関係ない人を巻き込まないで……!」 言葉と共にアリステアの魔力が迸る。体内で螺旋を描くように収縮された魔力は天に昇り、天から降り注ぐ雨のようにフィクサードを穿つ。戦いが得意ではないアリステアだが、その魔力は高い。掠っただけででも苦痛を上げる者もいる。 「防具なしで前衛か。慌てて準備を忘れたか?」 ユーヌは神尾に近づき、銃を抜く。相手から視線をそらすことなく睨み合いながら、戦場全体をイメージする。そのまま銃口を石垣のほうに向けた。呪符で構成された小型の銃は、軽量ながらもそこから放つ衝撃は強い。ユーヌ自身の技量もあって、衝撃は相手の真芯を捉える。 「……む」 「お前と戦いたいというリクエストがあった。悪いが付き合ってもらうぞ」 ユーヌが狙ったのは、石垣。衝撃で吹き飛ばされる石垣の先には、悠里がいた。ユーヌの役割は戦場コントロール。味方が勝つために自分自身の安全さえ切り捨てる合理主義者。それを『普通』と言い張る小さな少女。 「久しぶり。かなめちゃんのとき以来かな」 「……鏑木かなめは、もう問題ないレベルまで回復している。じきにそちらに帰るだろう」 過去の因縁に絡む会話を交わしながら、悠里と石垣は拳を交差する。五行の力を取り入れた覇界闘士の肉体鍛練法。それにより鍛えられた悠里の動きは、柔軟かつ鋭い。重い石垣の一撃を、反らし、受け止め、避ける。 (ジャミング持ちは……) 悠里は視線を走らせ、フィクサードたちを観察する。テレパス会話の邪魔になるだろうジャミング能力所持者。それがいれば作戦は瓦解する。一人一人を注意深く観察し、悠里は相手を探っていく。 「あなたたちの相手は、わたし」 旭が戦場に良く響く声でフィクサードたちを挑発する。赤のバトルドレスを翻し、穏やかなキャンパスグリーンの瞳を向ける。立ち姿こそ艶やかだが、その立ち様は一級品の格闘家の姿。 「おいで」 その姿に危険を感じたのか、増援のフィクサードたちは一斉に旭に襲い掛かる。旭は手甲でその攻撃を弾きながら、紅蓮の武技をフィクサードに叩き込む。燃え上がる炎の赤が、彼女の姿をより赤く写しだした。 「あなた達の行動は『正義』に反します」 ノエルは銀色の槍を構え、フィクサードに迫る。ノエルの行動基準は『正義』。自分自身が掲げる『正義』に照らし合わせて正しいか否か。それだけだ。一切の妥協も許しもない。自分自身すら裁きの範疇に含まれる。 「潰えなさい、恐山。その思い、かなえさせるわけにはいきません」 銀の騎士槍を構えるノエル。それは引き絞った弓に似ていた。限界まで力を篭めて、一気に解放する。鍛えられた筋肉、繰り返し槍を振るい得た技量、そしてけして折れぬ闘志。その三つが重なり合い、強烈な槍の一打となる。 「死に花咲かすのは自由だが、街を巻き込ませるわけには行かない」 伊吹が白の腕輪を外してフィクサードに投擲する。神秘の力を得た腕輪は、まるで伊吹の意志をくむように疾く戦場を駆け、フィクサードの頭蓋を穿つ。目にも留まらぬ投擲は、冷静な判断と長年鍛え上げた経験によるもの。 「覚悟しろ。逃れる術はないと知れ」 サングラスの奥から睨むように戦場を注視し、フィクサードの動向を見やる。二十人が入り乱れる戦場だ。下手をすれば射線が確保できなくなることもある。最もそうなれば前に出るまでだ。立ち居地を前後にスイッチできるのが伊吹の強みの一つ。 「七瀬御婦人、覚悟はよろしいか。アークは一切の手加減をしない」 雷慈慟が七瀬を見ながら鋭い口調で言葉を放ち、本型の破界器を開く。黒一色の名も無き魔道書が雷慈慟に神秘の力を与える。手のひらに集う形無き力。それは細い糸となって雷慈慟の指に集う。細く伸びた糸は旭を攻めるフィクサードを鋭く穿つ。 「毎度我々を退ける鬼謀、今回ばかりは覆させて貰う」 雷慈慟は七瀬と幾度か相対したことがあり、その度に頭を悩ましてきた。純粋な力押しではなく、悪辣な選択肢を突きつけるでもなく。『万華鏡』による事前情報がなければ、どうなっていたか分かったものではない。 「煮え湯を飲まされているのは、むしろこちらだけどね」 「当たり前だ! お前達の策謀を見逃すわけにはいかん!」 言葉と共に風斗が剣を振り上げる。全身の力を振り絞り、さらに力を篭める。筋肉が、骨が、軋みを上げるのがわかる。痛みをこらえながら、それを耐えるように柄を握る手のひらに力を篭めた。 「街の代わりに貴様らが潰れろッ!」 限界を超えた一撃。自らの体すら壊す破壊の武技。振り下ろされた一撃はフィクサードの破界器に受け止められる。風斗は半歩踏み出すと同時にさらに力を篭め、フィクサードの破界器を押し切るように剣を振り切った。フィクサードをきった確かな手ごたえが伝わってくる。 「……予想通りね。純粋な戦力差では押し切られそう」 七瀬はあえて戦場全てに聞こえるように声を出す。その手には、無地のカード。それを手の中で弄びながら、フィクサードは挑発するように言葉を続けた。 「だけど『力で勝てない』は恐山の負けには直結しない。足りない戦力差を埋めるのが策謀の恐山よ」 時間が来れば地下で霧崎が『W/END』を破壊して、街にダメージが与えられる。それまでにエレベーターを突破しないといけないのだ。それまで時間を稼げれば、恐山の勝ちとなる。それを暗に示していた。 時間は刻一刻と流れていく。 ●駆け引き 敵全滅か、カード入手か、あるいはそれ以外の地下潜入か。霧崎を止めるには大きく分けてこの三つが上げられる。どの作戦をとるにしても、『本物のセキュリティカード』を持つのが誰かが分かれば楽なのは確かだ。 「ナア、波佐見。オ前、オ姉様に信用サレテルノカ?」 波佐見と相対しながら、リュミエールが問いかける。 「当然よ! 私とお姉さまは赤い糸でしっかりばっちり縛られてる間柄よ!」 「縛ってないから。後よだれ拭きなさい」 七瀬の冷静なツッコミをよそに、リュミエールは言葉を続けた。 「お前なら本物のカード、モッテルンダヨナー? ソレともヤッパリアレかニセモノもたされてる?」 リュミエールの露骨な問いかけ。下手に嘘をつけば、そこから綻びが生じる。一挙一足見逃さずに観察すれば―― 「はーい! 私が本物持ってます! お姉さまの温もりを感じるわん」 あっさり暴露する波佐見。だがしかし、 「おいおい。本物持ってるのは俺だぜ。死に安いお前に持たせるかよ。回避能力の高い俺が持つのが安全だろうが」 「……防御の高い俺が持つのが、安全だ」 「後衛にいる私は案外狙われないのよねー」 神尾、石垣、七瀬がそれぞれ自分のカードを持って本物を主張する。事前に聞かれればこう答えるように指導されていたのだろう。これでは誰が本物を持つか分からない。 (……見つけた!) 敵をスキャンしていた悠里が、ジャミングを持つ革醒者を発見する。七瀬の近くにいる後衛のフィクサード。なるほど、ジャミングは七瀬がテレパスでアークと会話することを恐れての配置なのだ。裏切り防止とは恐れ入る。 「そこだ!」 だが逆に、アークのほうから七瀬に交渉を求めるとは思っていない。悠里はジャミングを持つフィクサードに向かって蹴りを放つ、風の刃がフォのフィクサードを切り裂いた。だが彼らも一撃で倒れるほどヤワではない。 「集中砲火といこうか」 「承知した」 「愚か者め。伏して眠れ」 伊吹、雷慈慟の火力がそのフィクサードに集中する。ユーヌの符術により呼び出された黒亀による攻撃も加わり、ジャミング持ちのフィクサードは集中砲火を受けて地面に倒れて動かなくなる。 「よ、容赦ないわねー」 若干引きつった口調の七瀬。そのままリベリスタのほうに向き直る。それはテレパスのよる会話を悟らせない為の会話だ。 『単刀直入に言うけど本物のキーを誰が持ってるか教えて欲しい』 悠里の言葉は、リベリスタ側の要求を言葉通り単刀直入に告げていた。 『さすがに『W/END』は渡せないけど、そうしたら霧崎の身柄は引き渡してもいいし君達の立場が悪くならないように演技もするよ』 『リスクが高いわね。恐山の上連中を誤魔化す演技力があるのかしら?』 七瀬は思念で悠里に意見を返す。リベリスタが海千山千のフィクサードを誤魔化しきれるかというと、そこまで信用はなかった。 『端的に。我々は凶行を止めたい、君達は財産を確保したい。そうだな?』 雷慈慟が短く要点を纏める。無言を肯定と受け取って、そのまま思念による会話を続けた。 『我々を利用して状況を作れ。館の時と同じ事だ。我々と敵対して、監視役には数名無事帰ってもらえ』 『あれができたのは裏野部がリベリスタとフィクサードは手を結ばないと思ってくれたからよ。監視役の連中はそこを疑っている。帰ってもらったとしてその後を誤魔化すのは……正直、厳しいわよ』 そのプランがあるのかしら、と言外に問いかける。そんな都合のいい案が、すぐに浮かぶはずもない。 『ここがそなたの分水嶺だ。霧埼に盲従すればそなたの力は削がれ、潰される。力がなければ大切なものを守ることはできないぞ』 『……残念。分水嶺は過ぎたわ。今はまさに判断の結果に流れてる最中よ』 伊吹の言葉に、肩をすくめるような口調で七瀬は返す。引くべきタイミングで引き損ねた。それが今の七瀬の立場だ。分相応のところで引いておきたかったのだが……今更それをいっても仕方ない。その言葉には若干諦念が混じっていた。 『今こそ我らの善意を盾にしろ』 だが、次の伊吹の言葉が七瀬の動きを止めた。 『ただの利害だ。此度の一味がのさばるより、そなたが恐山で出世したほうが箱船のためになる』 「あっはっはっは!」 思わず。 七瀬亜実は久しぶりに『思わず』笑い出していた。何も知らないものは勿論、思念による交渉を行っていた者も。敵味方含めて突然のことに注目する。 「あー、うん。さすがアークの戦闘部隊は伊達じゃないわ。このままだとカードを奪われるかもしれないわね。 そこのアナタ、私を庇いなさい。それが最善手だから」 それは。 遠まわしにカードを持っているものを庇え、と言っていた。 つまりカードの持ち主は七瀬であると。 状況的に、予想外の火力に怯えて防御策をとったと取れなくもない。事実、アークの攻勢を防ぎきるのは難しいだろう。恐山の監視を誤魔化す言い訳としても十分だ。 だが七瀬の瞳に怯えなどない。むしろそれは『勝つ』ために万策を練る策士の瞳。そしてこの『勝ち』とは恐山の為でもない。霧崎の為でもない。あくまで自らの利の為。その為なら、リベリスタの誠意すら盾にする。 『善意の盾』七瀬亜実。そんな二つ名を持つ強かなフィクサードの瞳だ。 つまり七瀬は恐山とアーク、どちらにも協力できるような立ち位置にいるのだ。正確に言えば、その立場を自分で作った。これで戦いの結果がどちらに転んでも、社会的地位の確保は可能なのだろう。 だがその目を見る限りは、黙ってやられるつもりはなさそうだ。 「……もしかして、要らぬスイッチを入れたか?」 伊吹は虎の尾を踏んだような顔をする。おとなしくカードを渡してくれれば僥倖だったが……七瀬はむしろ抵抗する気力を増している。きっかけが自分の一言だった分だけ、少し申し訳ない気分になる。 「どうあれ倒してカードを奪うことには変わりない」 だが当初の目的どおり、カードの位置は知れた。後はそのための道を開くだけだ。 リベリスタの破界器が振り上げられる。砂時計の砂は、静かに落ちていく。 ●一進一退 当然といえば当然だが、七瀬と交渉している間も時間は流れ戦闘は続行されている。 前衛で五人のフィクサードと乱戦状態になっているリュミエール、ユーヌ、風斗、ノエル、旭。うち、ユーヌは神尾を押さえ、リュミエールは波佐見と対峙し、、増援のフィクサードは旭のほうに火力を向けている。風斗とノエルの高火力なデュランダルがフィクサードを一人ずつ攻め落としている形になる。 フィクサードの火力もけして無視できるものではないが、アリステアと寿々貴の回復を前に傷は問題ないレベルまで癒える。逆に言えば二人の回復がなくなれば戦線は瓦解するだろう。 「わたしは決して打たれ強いわけじゃない」 故に、旭は火力をそちらに向けないようにフィクサードの気を引いていた。神秘の言葉を載せて挑発し、迫るフィクサードを炎で焼く。炎の演舞が旭を照らす。地を走る炎が螺旋のように舞い上がり、フィクサードたちを焼いていく。 「それでも、わたしのぜんぶを燃やし尽くしてでも。ぜったいぜったい、まもるから」 旭の炎は敵味方区別なく焼き払う。故に彼女は一人突出する位置取りを意識していた。皆から離れ、一人敵をひきつける。それは集中砲火を受ける形となり、運命を燃やすほどの怪我を負う。 「喜多川さん!」 風斗は突出する旭の負担を減らそうと、フィクサードの一人に切りかかる。痛みに耐えながら、息を吸い込む。意識するよりも早く体が動くのは、幾度となく繰り返された鍛練の結果。仲間を救いたいという信念が、思考よりも強く風斗の体を動かす。 「くた、ばれ!」 剣を振り上げ、下ろす。動作にすればたったそれだけ。その動作の中に、どれだけの鍛練が刻まれているのだろうか。全力で振り下ろした剣はフィクサードの意識を刈り取った。どうと倒れるフィクサードを見もせず、風斗はカードを持つ七瀬に向き直った。 「行け。残りは私が片付ける」 ノエルが『Convictio』を構える。銀の穂先に風が絡みつく。それは弾丸。荒れ狂う風を槍に集め、鋭く圧縮していく。重量ある白銀の騎士槍を体の一部のように軽々と扱い、その先端をフィクサードに向けた。 「退け悪漢。この一撃は裁きと知れ」 悪に対する憎しみではなく、怒りではなく。ただ己の奉じる『正義』に反するか否か。それだけがノエルの戦う理由。風の弾丸は彼女の正義を示すかのように真っ直ぐ飛び、フィクサードを貫き血を撒き散らす。 「度し難いな」 息も絶え絶えにユーヌが口を開く。ユーヌは相手の攻撃を避けるのは得意だが、その分体力に劣る。それは逆に言えばユーヌの回避性能に追いつく革醒者相手との相性が悪いことを示していた。 「地位やら金があるなら空の果て、宇宙や空で『W/END』とやらを使えばいいものを。二人きりで星になるロマンスなら止めはしないのだがな?」 「悪くないアイデアかもな。霧崎が生きてりゃ言ってみるよ!」 神尾のクローがユーヌを襲う。ユーヌはそれを身をひねって避けるが、完全に避けられなかったのかわき腹に熱い感触が走る。運命を燃やして意識を保ちながら、悠里と相対している石垣を見た。 (悠里を巻き込まないように、石垣だけに閃光を当てれればいいのだが……) 戦闘中は細かな位置取りにより、歩幅一歩分ずつ場所が入れ替わる。その一歩分を計算に入れて、敵だけを範囲に巻き込むのは難しい。已む無くユーヌは符を放ち、黒亀の四神を召喚する。敵を弱体化させ、火力を下げると同時にエレベーターの扉を壊す。 「扉が壊れた……あそこから下りれば!」 「そうね。地下に行けば『W/END』があるわ。 ここで問題です。地下何階にあると思う?」 エレベーターに突撃しそうになるリベリスタの足を止めるように、七瀬が問いかける。 「シャフトは一番地下に下ろしてるけど、そこに霧崎がいるのかしら? カードを使えばいけない階層だから、一番地下が本命かもしれないわね。試してみる?」 言われてリベリスタは躊躇する。ハッタリかもしれないが、確かめる術はない。足を止めてカード奪取に移行する。 「ンジャマー、行クゼ」 リュミエールは波佐見を中心に円を描くように走り回る。その速度を生かし、相手の死角を狙うように。時に天井を蹴り、時に地を這い。相手の攻撃範囲ギリギリを見切り、死角から飛び掛るような攻め。 「コイツデ終ワリダ!」 完全に死角をとり、二刀を振るうリュミエール。確かな手ごたえが刃から伝わり――そのままリュミエールは地に伏した。刃が交差すると同時に、波佐見の破界器をリュミエールの背中に突き刺したのだ。 「痛いけど……傷を受けたほうにを突き刺せば見えなくても攻撃は当たるもん」 「メチャクチャダナ、オ前」 運命を削り、リュミエールが立ち上がる。そういえばコイツ逆境で強くなるタイプだったか、と思い出す。七瀬の指揮効果もあるのだろう。 「うわ、あっちもこっちも大惨事ね」 寿々貴は前衛の傷つき具合を見ながら、回復の神秘を行使する。放たれた息吹は波紋のように広がり、リベリスタの傷を癒していく。防御の陣を敷きたくあるが、そんな余裕はなかった。 「なるほど。手数を増やして小技で戦線を整えるのか。そういう指揮もあるのね、勉強になる」 「その分、回復はお察しくださいだけどね」 七瀬の指揮を見て頷く寿々貴。それに応じる七瀬。回復が求められない状況ではそれもありか、と寿々貴は納得する。アークは戦闘の割合が多いのであまり薦められた構成ではないが。 「大勢の人の命がかかっているんだよ? こんなの嫌だよ!」 アリステアは途中から回復中心に動いていた。天使のようになりたいと夢見ていた少女は戦いに身を投じ、しかしそれでも無垢な心は失わずにいる。その心が多くの犠牲を生む恐山の策謀に対し、むき出しの感情をぶつけた。 「地下にいる人が何を願っているか知ってるよ。叶えたいもの。たった一つの望み。できる事なら叶えてあげたいって思うよ。……でも」 霧崎が望むのは、たった一人の魂の解放。ただそれだけを求め、悪事に身を染めた人間の想い。できるならかなえさせてあげたい。アリステアは胸を締め付けられるような苦しみを吐露する。それは許せないのだ、と。 「悩むなら逃げなさい。その優しい心が黒く染まる前に。非常になれないのなら霧崎は止めれないわ」 「そんなことない!」 七瀬の言葉に首を振ってアリステアは前を見る。現実は相変わらずつらく厳しいけど、それでも前を見た。伝えたい言葉があるから。 「……そ。じゃあ好きにしなさい。負けてあげるつもりはないわよ」 リベリスタの殺気を受け止めながら、七瀬は手を振る。カードを持っているのは自分だと伝えたのだ。集中砲火を受けるのは自明の理。後衛支援タイプの七瀬は、集中砲火を受ければ長くは持たないだろう。そんなことは分かっている。 (……ピンチのときは、チャンス。さて、上手くいくかしら) 呼吸を整えながら、七瀬は思考を回転させる。 ●策謀の恐山 「……『ガントレット』、お前は通さん」 「きついなぁ……!」 悠里は石垣と相対している。スキャンにテレパスの交渉に。それを石垣の攻撃を捌きながら行っているのだ。自然、石垣に対する攻撃は手薄になる。ほぼ無傷の石垣を突破して七瀬に肉薄するのは難しかった。 (以前ならここで倒せていた。……戦渦に身を置いているだけのことはある) 石垣は悠里の実力を肌で感じながら、言葉なく感嘆していた。 悠里は仲間が気に掛かるが、ここで石垣をフリーにしてしまえば厄介になる。そのため石垣から離れることが出来ないでいた。石垣もまた汎用性の高い悠里を自陣に突っ込ませるつもりはなかった。稲妻の手甲と、石の腕が交差する。 「『善意の盾』覚悟しろ!」 「七瀬御婦人、おとなしくカードを渡すならこちらも温情はある」 風斗と雷慈慟がカード奪取のために七瀬に迫る。フィクサードが一人庇っているが、防御に徹していてもリベリスタの集中攻撃に耐えれるものではない。はかない抵抗だ。 だが問題は、それがどれだけ時間がかかるか―― 「波佐見!」 「はーい! お姉さまに近づく男をちょんぎりまーす!」 七瀬の声と同時に、波佐見が地面を蹴る。残像を残しながら、七瀬に近づいてきた風斗に切りかかった。瞬きの間に近寄り、相手を殺すソードミラージュの武技。 「そうか。わざわざカードを在りかを伝えたのは、おびき寄せる為か」 寿々貴は七瀬の策を看破する。波佐見はその特性上、男性を相手させるのが一番効率がいい。だが戦闘開始からリュミエールに足を封じられていた。 ブロックされれば前には進めない。だけど、後ろに戻ることはできる。だからあえて後ろにリベリスタを呼び込んだのだ。リベリスタの近接戦闘チームが七瀬に接近してくることを見越して。女性が来る可能性もあったので、賭けに近かったが。 「こんな所で、負けてられん!」 限界を超えた一撃を打ち続けてきたダメージ蓄積もあいまって、風斗は波佐見の攻撃で運命を燃やす。 「オイオイ、浮気スルナヨ」 リュミエールが波佐見を追いかけて、敵陣に踏み込む。だが波佐見の興味は七瀬に近づく男に向いていた。 「漫才に付き合ってる余裕はなさそうだな」 ユーヌが時間を確認し、自らの影を立体化する。神尾にそれを当てがいながらユーヌはエレベーターに向かおうとする、が。 「なら、こっちと付き合うってのどうだい?」 神尾はユーヌの召喚した影を容易く引き裂いた。そのままクローをユーヌに突き立てようとする。 「俺が引き受ける。早く行け」 そのクローを受け止めたのは、伊吹。金属と金属が交差する音が響き、力比べをするようににらみ合う。その隙にユーヌはエレベーターのほうに近づいていく。 「……あ」 フィクサードの気を引いていた旭が、集中砲火を受けて倒れる。次にフィクサードが狙うのは、後衛の回復役であるアリステアと寿々貴。弾丸の嵐が後衛に降り注ぐ、だが―― 「させません」 白光の矢の如く、ノエルの一突きがフィクサードの一人を打ち据える。全身の力を振り絞って放つ一撃。旭の炎で疲弊していたフィクサードはそのまま力尽きた。残った一人はノエルを牽制しながら、回復役の二人を撃つ。身の安全を確保するなら、一気に距離を開ければいい。 「まだ、まけないよ!」 傷つきながら、アリステアは回復の言葉を続ける。神秘行使の気力は心もとないが、それでも仲間を守りたい勇気はある。 「もうひと踏ん張りだな。こちらも苦しいが、相手はこちら以上に苦しいはずだ」 寿々貴の激は、根拠のない言葉ではない。倒れた人数を考慮すると、向こうは三人倒れ、波佐見がボロボロ。数の上ではこちらが有利。ましてやカードの持ち主は分かっているのだ。後一歩、押し切ればいい。 恐山サイドの有利な点は、時間である。それまでエレベーターのセキュリティを守れればいい。 残り時間は一分と少々。エレベーターに向かったユーヌが電子的にエレベーターに介入し始める。邪魔をする者は伊吹が吹き飛ばす。影によるガードも用意し、磐石の態勢でコンソールに触れた。 フィクサードの弾丸がユーヌの作った影を穿つ。一撃でつぶれることはなかったが、長くは持たない。そしてハッキングを行いながら影人を作ることはできない。つまりこの影が倒れればユーヌを護る壁は無く、そして疲弊した彼女はフィクサードの攻撃に耐えられないだろう。 「お前の相手は俺だ!」 ユーヌに銃を向けるフィクサードに向かい、風斗が剣を振るう。一撃一撃ごとに体が悲鳴を上げる。気を失いそうになる痛みに耐えながら、しかし楠神風斗というリベリスタは仲間のために剣を振るうことを止めはしない。 「あぅ!」 アリステアがフィクサードの弾丸を受けて、膝を突く。運命を削りなんとか意識を保つが、同じ攻撃を数度受ければ今度は倒れるだろう。呼吸を整えながら、どこか冷静にそんなことを思う。怖い、だけど、まだ。 勝てる。七瀬は詰め将棋のように展開を構築し、勝利の道を見出す。自分を庇う相手は長くは持たないが、それでも時間内まで耐える算段はある。使いたくないが、運命を燃やすことも視野に入れれば時間内までカードは死守できる―― 「この空間を閉じる。逃げるなら追わん。あくまで相対するなら……撃滅する」 (ハッタリだ) 雷慈慟の言葉に七瀬は冷静に判断を下していた。件の結界術の正体は不明だが、かなり高度な魔術であるようだ。それ相応の準備と時間が必要のはず。準備している様子は見られなかった。 「……ちっ! 七瀬、俺達は退かせてもらうぞ!」 だがフィクサードはそう思わなかった。生存を最優先にするフィクサードたちは、その言葉を受けて撤退に走る。付与された飛行の加護で浮かび上がり、上の階に移動しはじめた。当然、七瀬を庇っていたフィクサードも。 雷慈慟の言葉がただ言われただけなら、効果を為さなかった。リベリスタの攻撃力、回復力、戦意、そして戦術。これらが下地にあって初めて、正体不明の術を使い捕らえるという脅しが功を為したのだ。 「七瀬御婦人、降伏を薦めるが」 「……まだ、負けてないわよ」 七瀬はこの状況でも気丈に言葉を放つ。監視されていることもあるが、霧崎の目的に対する何らかの感情もある。 何よりも、他の恐山フィクサードが逃げたのに、残ってくれた部下達が健在でやる気なのだ。降伏するつもりは、毛頭無かった。 「その心意気は、御見事です」 ノエルが白銀の騎士槍を携えて、七瀬に迫る。ノエルは確かに自分の正義に傾倒しているが、けして他者を理解しないわけではない。悪人であっても、それが美しいと思う事もある。 ただ真っ直ぐに突き出された槍。闘神の加護を乗せたノエルの全力の一撃が、七瀬に叩き込まれる。崩れ落ちるように、七瀬は地に伏した。 その胸ポケットからカードが零れ落ちる―― ●きみだけがのぞむすべてだから 「……七瀬は、負けたか」 エレベーターを降りてからは何の障害も無く霧崎の元にたどり着けた。罠などはあったのだろうが、カードを通せば全て無効化される仕組みのようだ。 霧崎は椅子に座し、箱を膝の上に抱えていた。その箱が『W/END』なのだろう。老け込んだ表情には、何かを受け入れた表情がうかんでいた。 「その箱さ、魂使うって一人でなきゃいかんのかね。たくさん集めて『みんなの力を分けてくれー』みたいにしてさ」 寿々貴が魔術の瞳で『W/END』を見ながら、問いかける。寿々貴自身もそんな上手い話があるわけが無いと分かっての問いかけだ。 「無理だな。その場合複数の魂が一度に消失する」 安易に願いをかなえる願望器など碌なモノがない。そう付け加える。 「『W/END』の魂は爆発させないで解放するって約束するよ」 悠里は霧崎からアーティファクトを確保して、霧崎に告げた。抵抗する力が無いのか、それともその気も無いのか。霧崎は一切抵抗することなかった。 「当てはあるのか? 正攻法で行くなら『塔の魔女』レベルの魔女にを探して、頼まなければいけないのだぞ」 うん。その人の居場所知ってる。しかし口に出すわけにはいかなかった。あの魔女なら頼めば鼻歌交じりでやってくれそうだが、逆にそれで居場所が漏れれば厄介なことになる。なんともいえない表情で、箱を受け取った。 「以外だな。ここまで箱舟を引っ掻き回した私を生かすつもりか。悪いが、私はまだ諦めたつもりはない。機会があればまた同じコトをするだろうよ」 「さすがに無罪放免とは行かないが、それでも殺すつもりは無い。アークは殺し合いをやっているわけではないのでな」 伊吹が霧崎を拘束しながら言葉を返す。確かにアークは思想の関係上、七派と相対している。だが積極的に七派を滅ぼしたいのかといわれると、おそらくはNOなのだ。『楽団』のときは協力し、『親衛隊』のときは敵対した。けして相容れぬ隣人なのだ。 「幸野さんは、貴方に生きていてほしいから、それを使ったんだよね?」 アリステアは霧崎の前に立ち、言葉を紡ぐ。霧崎が凶行に至った理由は知っている。自分を助けるために、魂を捧げた人を解放したい。 「その望みは『貴方が生きている事』でしょう? 思い出を抱えて生き続ける事は、とても辛いと思うの。でも。幸野さんの望みをかなえて欲しい。貴方自身で」 アリステアの言葉に、霧崎は小さく笑みを浮かべた。 「ああ、そう言われてはどうしようもない。私の負けだ。だけどお嬢さんは一つ勘違いをしている。 思い出を抱えて生きることはつらいけど、けして悪い辛さじゃない。あの人と過ごした時間は短いけど……悪いものじゃなかった」 吐露するさまは、どこにでもいる老人の表情だ。謀略を練る老獪なフィクサーではなく、ただ人生を回顧する一人の老人だった。 「貴方達は何故恐山にいるのでしょう?」 ノエルが七瀬たちに問いかける。確かに七瀬たちはフィクサードだが、人を貶める類の性格ではない。善人ではないが、交渉の通じる相手だ。『謀略の』と冠する組織にいる理由が分からない。 「貴方達がアークで仲間を得たのと同じ理由よ。そこで縁を得たから、かしら」 言って七瀬は自分を最後まで見捨てなかった部下達を見て、 「私はお姉さまがいるからです! 動けないお姉様……もしかしてチャンス!?」 「落ち着け。お前も大概な怪我なんだから。だから手をわきわきさせるな!」 「……変なところを触るなよ」 こっそり後悔のため息をついた。うん、いい部下なんだけどね。表情でそう語っていた。 場所はエントランスエレベーター前。エレベーター前で、フィクサードの突破を塞ぐ形でリベリスタがエレベーター前に布陣する……という形だ。七瀬は肩を借りて立ち上がり、撤退するようにじわりじわりと移動する。リベリスタは倒れた旭を回収し、まだ元気な人を前衛にして破界器を構える。 テレパスによる取引が即興で行われ、そのままお互い痛みわけにすることになった。リベリスタは霧崎と『W/END』を得て。七瀬たちは身の安全と、『善戦した』という状況を得て。 『……思えば、貴女が自分の部下を犠牲にするような真似をするはずが無い。カードの在処は初めから明白であったな』 雷慈慟は倒れた七瀬に向かって思念を飛ばす。七瀬は顔を笑みに浮かべ、すぐに痛みで顔を歪める。本物のカードの持ち主は、七瀬の意思が介在する。任務の上で危険にさらすことはあれど、部下を犠牲を強いるような戦い方はしない。 ……まぁ、部下でない相手には容赦がない。監視役の恐山フィクサードを盾にするなど、同僚すら利用しかねないのだが。 「アイツラト話タカッタケドナー」 七瀬たちが完全に去った後に、リュミエールがぼそりと呟く。このビル内は恐山の監視下にある。下手な行動をすれば七瀬たちの立場が危なくなると察して、あえて黙っていた。 エレベーターがあがり、拘束された霧崎が姿を見せる。リベリスタたちは『W/END』と共にアークへの帰路についた。 ●何もなかった日 大量の医療器具や資材を用意していた恐山は、霧崎の姿を見て失敗を悟り、そのまま撤退する。しばらくは大量に買い付けた物品をどう処理するかで頭を悩ませることになり、喧々囂々としたとか。 七瀬は結局幹部昇格もなく、現在の地位のままやはり大忙しとなる。傷が癒えるよりも早く業務に復活したらしい。部下達はワーカーホリックな上司にため息をつき、サポートしていた。 霧崎はある日記を見る日々が続いているという。かつてリベリスタが奪取した幸野愛理と呼ばれる人物の日記を。 『W/END』および『人形遣いの心臓』に関するファイルは、ここで終了となる。対処法が見つかるまでは、これらは一旦凍結されることになった。 街は今日も平和な一日が続く。 その裏にリベリスタの活躍があることなど、知る由もない。 だがその平和こそが、リベリスタが求めた報酬だった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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