●渦中に火を放つ ――もっと。 囁きの求めるままに、より強烈な熱を求めた。 四季が彩るこの国で、常に、常に。うららかな春も、熱と湿気の夏も、寂れる秋も、凍える冬も。 冬の終わりに聞こえた囁きに、男は応じ続けていた。ただ、その要求値は否応なしに高まりを見せ続け、彼のそもそもの行動原理も奪ってしまったように思える。 彼の夢はきっと出涸らし。彼の希望はきっと叶わない。 ただ熱波を求めるだけの自動機械に成り果てて、果たして何を答えと出来るというのか。熱が火に変わったとて、彼はきっと変わるまい。 或いは変態であったればこそ、笑って許された夢も希望も空言も。今やもう、許されない。 「も……っと……、もっと、熱……を!」 炎の中で男は笑う。それはとても、虚しい笑いであったのだけれど。 ●ノーリターン、バーンオーバー 「変態は、指をさして笑っていられる内が華なんですね、何時の世も」 「うん、お前が言いたいことは分かるけど今回の敵の意図がさっぱりわからない」 表示情報を選別する『無貌の予見士』月ヶ瀬 夜倉(nBNE000202)の言葉に理解が追いつかないのは常のことなので、リベリスタは考えることをやめた。 取り敢えず、腰にタオル一枚でタオルぶん回す変態が二人三人と居てほしくないので、データベースに残っているフィクサードなのだろうが、色々とおかしい気もする。 コンソールを操作する夜倉の眼前、モニターに過去の映像と思しきものと戦闘記録が表示される。やはり半裸だ。 「フィクサード『灼熱魔神』。アークとは数度の交戦がありますが、任務の基準として彼の生死ではなく状況保存、一般人の無事を主軸に行動して頂いていたので撃破までは優先しませんでした。 で、今回……というか前回からですね。彼に対し、アザーバイドが寄生というか、憑依というか。共生に近い状態で存在しています」 戦闘記録映像からクローズアップされたのは、痣か、目ざとくともタトゥーにしか見えないものだ。 これをアザーバイドだと思え、とは当時でもかなり無理な要求だったことだろう。リベリスタ達の苦労が偲ばれる。 映像の中で、『アザーバイド』がその存在を強くする。 鬱陶しく這いまわった挙句、それは男の持つアーティファクトに接触。その能力を歪めようとしている、のだろうか。 「アーティファクト『籠龍・炎狂』。性能そのものに大きな変化はありません。変化したのは、むしろ特性そのものというか……蒸気じゃなくて、火を噴くようになってまして」 「既にもう何か大惨事の予感しかしねェ!?」 どえらいことになっていた。 蒸気で暴走ぶちかましていた頃はまだ可愛げがあった。死人が出るや否やは時限式の領域であったからだ。だが、今回はどうだ。ヘタすれば大量の死傷者が出ても何ら文句を言えなくなってきた。 以前だったらそのような行為に走る男ではなかった、というのは映像から察することが出来た。無茶を強いる男だが、命への尊びはあったのだ。 「ま、まあ何といいますか……彼が暴挙に出た時点で我々も少々危機感を持つべきだったのかもしれません。或いは動きが小さかったから見逃したのか。……兎角、彼は既にアザーバイドによって異質なものになっている可能性があります。フェイトはまだあるでしょうが、それがどの程度影響したものか……」 「……で、今回観測されたってことは何かやろうってんだろ? 目的は?」 「それが……どうやら、北日本の製油所とかその辺りを重点的に襲撃しようとしているようでして。既に小規模の被害が散発しているとのことです。次の犯行現場には先回りできますので、不意打ちの心配は無い、ですが……」 「止めないとそろそろ規模がでかくなる、と」 リベリスタの言葉に、小さく頷く。 火の海の中で不気味に笑う男は、確かに……理性なんて、なかった。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:風見鶏 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年12月11日(水)22:28 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● リベリスタ達が、道路を真っ直ぐ歩いてくるその男の影を確認して先ず覚えた感情は、やはり理解できない存在に対する嫌悪に近いものであっただろう。 振るう得物は炎を纏い、その身は僅かに霞んですらいる。持ちうる威圧感は、居並ぶリベリスタをして激戦の空気を匂わすほど。思わず身を僅かに引く者すら現れるが、それが果たして脅威度からくるものに限っているのかは疑問だ。 「この季節にタオル1枚で動き回るって凄いね」 因みに、『ロストワン』常盤・青(BNE004763)の言葉のトーンは素直な賞賛に近いものが見え隠れするが、別に憧れるとか言ってるわけではないので、やっぱり一歩引いて考えているものと考えられる。 というか確かに、アザーバイドとか関係無く変態って時点で「すごい(ドン引き)」になってしまうのは仕方ないのだろう。 「酷い変態ね」 「……ふん、憐れね」 女性陣からすれば大変な不評だった。特に『炎髪灼眼』片霧 焔(BNE004174)と『慈愛と背徳の女教師』ティアリア・フォン・シュッツヒェン(BNE003064)の一言目からしてどれだけ罵られる要素があるのかが容易に伺えるわけだが、君ら変態でこそないけどネジ外れてる部分あるから悪し様に言えないぜ。 まあ、ことティアリアに「哀れ」と云わしめる要素は、灼熱魔神その人に既に自意識が存在しないという冗談めかした現実があるのだが、その辺りはままならぬものである。 それを取り戻すことが出来るか否かは、彼自身とリベリスタの働き次第でもあるが。 「時間が経てば経つほど召還で増えていく変態さん……」 他方、単語の羅列で既にその脅威から足がブルっちゃってるのは離宮院 三郎太(BNE003381)。 炎の軌跡から辛うじて相手の姿を捉えてはいるものの、継続戦闘に至って尚捉え続け、確実に戦闘に持ち込めるかといえば些か以上に無理がある。何より、彼は暗中の戦闘に幾度も趣きながら、自らのミスに意識が及ばないのだから当然と言えば当然のこと。バードの法則ではないが、じき大きな喪失を得ることは違いないだろう。 「熱は熱でも焦熱ではイカンと思うのです。情熱とは滾る心と魂の咆哮、破壊のみではありえない」 『祈りに応じるもの』アラストール・ロード・ナイトオブライエン(BNE000024)による握り拳を交えての情熱的なアプローチ。彼(便宜的二人称)が確認しうる範囲では、恐らく二心ある存在ではないだろう……という、『本来の彼』に対する思いが強い。 迷惑で変態だが、悪心が無い相手には割と寛容なのがアラストールである。いや、変態なのはよろしくないけど、とっても。 「ふざけた外見ですが、製油所に炎は……」 「どちらにしろ迷惑な事には変わりないなあ」 割と現実的な範囲で危惧を示しているのは『魔術師』風見 七花(BNE003013)と『ファントムアップリカート』須賀 義衛郎(BNE000465)の二人。変態性より先に現実視感に立ち返るとは流石である。いや、目を背けたいだけなのかもしれないが。 仮にあれが街頭で暴れたら、と義衛郎は考えた。やっぱダメだった。断じてダメだった。熱波だったときはいざしらず、あんなモン振り回されたらどこだって大惨事だ。善意からくる一貫性が崩れていてもうアイツ何がしたいのかわからない。 (お父様、お母様。どうかわたし達と……彼のこころを、護って) 戦いへ赴く意思は人それぞれなれど、『約束のスノウ・ライラック』浅雛・淑子(BNE004204)ほどの一貫性を持った意思の持ち主はそう多くはない。喪った両親に祈るのは何時も自らを見守り導いてくれることを望んでのことだ。 だが、今回に限っては違う。自分だけでは足りない。彼女が求める先にはもうひとつ、鉾を合わせた相手の深層心理の無事を願わずには居られない。 彼女の戦いは、刃を合わせることのみならず。それより深く、それより重い決意を重々しい得物に伝え、正面から立ち向かうことを選択した。 「こっちです! 変態さんっ! あなたの攻撃なんて全部ボクが回復して見せますっ!!」 三郎太が、灼熱魔神へと気丈に叫ぶ。彼我の距離は一触即発。互いの自己強化が充分に成ったことを確認し、覚悟した上で……灼熱魔神(だったもの)は、炎を打ち振るった。 ● 「……嘆かわしい」 青と焔の接近に応じ、陽炎が伸び上がり退けんと動く。互いの排除に動いた彼らに先んじて、踏み込んだアラストールの『祈りの鞘』が灼熱魔神の頬を強かに打ち据えた。 心躍る戦いは、アラストールの望むところである。情熱に対しては一家言ありそうな彼の人物にとっては、現状は果たして正しいものであるのかどうか。 焼きつくすだけの熱は情熱などとは程遠い。それはただの焦熱の類であることは明らかだ。自らへ向けて振り上げられたタオルは肩口で受け止め、間合いを詰める。 近い間合いで叩きつける。叩きつけられる。無骨にも程がある殴りあいなど望むところとばかりに動いた二人に、しかし次なる影が姿を見せた。 (あなたは何の為にこんな事をしているの?) (知れたこと。この男の求めるところをより明快に達成せしめんとしているだけだが、それが悪いと?) 戦斧を振るい、灼熱魔神の進行をを阻む淑子は、同時にアザーバイドへの意識のリンクを試みていた。以前の失敗は、侵食された状態の当人に対して行ったことによる情報量の過多。であるなら、アザーバイド単体に絞っての意思疎通なら可能だろうと仮説を求め……現に、精神的ダメージを最低限にしつつアクセスは成った。だが、『彼』の意思は尋常なまでに堅固だ。ノイズこそないが、よく通る意思の声は過ちか何かを犯したという感傷は微塵も感じられなかった。 フィクサードの望みを知りながら本人とは全く違うアプローチにて行動するアザーバイドの、その自信がわからない。明快であることがわからない。 (情熱とはつまり、貴様らの世界に於ける思考の熱量に違いあるまい。なら問題は無いではないか、半端な熱を弄するのなら炎を手に全て均せばいいだけのことだ! 多様な意思に変革を求めるくらいなら環境をこそ変えてみせれば) 「……」 アザーバイドの思考が淑子の思考に逆流するより早く、彼女は意志の伝達を遮った。アザーバイドは決定的な勘違いをしている、というのは間違いあるまい。 情熱という言葉の定義について語るつもりはないが、彼のそれは多少は正しかった。だが手段がまるで違う。半ば狂いながらも一貫性があったように思えるあの男は、この異界生命とは明らかに違う存在なのだ。 「見た目はともかく、厄介ですこの能力は!」 前衛の要を足止めする陽炎は厄介だ。だが、充分な間合いの外であれば、ほぼノーリスクで撃破することも不可能ではない。そして、間合いを維持するにはブロックされている二人が役割を果たしている。 対峙するだけでダメージを被る相手の撃破は、この機をおかねば他はない。七花の『魔導書''Rousalka''』にて増幅された魔力が雷の形をとってそれらを殴りつけると、素早くそれらは溶け落ちた。 快哉を上げる暇も無く本体へと照準を合わせた瞬間、彼女の脇を抜けて炎が三郎太の胴に叩きつけられた。 「あぐっ……」 「はははははハハハぁ! 言葉ばかり強くても君の意思とやらは冷えきっていることだなァ?! 回復ならすきにやればいい、わざわざ! 自ら、いや、自分を含めた複数名が容易に窮地に陥るようなことをしてのけるその意思が分からんよ、『俺』には! 何も出来ず棒立ちで来るのを待っているだなんて親切だ、そう親切だ! わざわざ……癒やしの術が君一人じゃないと吹聴することもあるまいに!」 恐らくはアザーバイドの干渉率が高いであろう言葉は、真理だ。ひとつ。回復する、と。戦闘集団でこと重宝され、狙われる位置にある人間が自らを的に掛けるのは愚である、これがひとつ。的に掛けた論理根拠が、彼の能力を半ばほどしか把握しない状態でつけた付け焼き刃の自信であったことが二つ。それにより、彼の喉は焼け付き焦げ堕ち、度重なるダメージが回復量を凌駕して運命へと指を伸ばさせる有り様だ。 そして最後に。そのような短絡行動に出る回復役にブレーキをかけないということは、「未だ居る」と示すだけの行為ではないのか……という点。膝が笑って動けない三郎太は、だがその重要性がわからない。攻撃されたという事実すら、不意打ちになってしまう。これは、厳しい。 「そんな外側だけ焼き焦がす熱じゃなくて、体を芯から温める熱をこそ求めてたんじゃなのかい?」 倒れかけた三郎太へ、更に襲った熱波を弾いて剣戟を繰り出したのは義衛郎。『三徳』を振るって遠間からの自在攻撃を叩き込む彼に僅かに対し、灼熱魔神はしかし冷静だった。否、僅かに『彼らしい冷静さ』を見せた気もするのである。 求めていたのはこれではないのか、という疑念は、信念を犠牲にした人間にとっては重苦しいものだ。肯定も否定もなかなか答えられるものではない。正しいかなど、尚更。 「何も残らない、それは貴方の信念ではないと私は思う」 『祈りの剣』を振るうアラストールの頬を汗が伝う。彼の集中攻撃の間合いに入ったリベリスタ達の中で、既に焔は崩れ落ちて久しかった。この男の接近戦の間合いは、即ち持久戦への誘い水に他ならない。 青も、淑子も、そしてアラストールも相応の熱量を受け止めている。そして、それを回復する役割が居るからこそ無茶できるというのも、ある。 「騙されやすいほどピュアだ、と言い換えればかわいげがあるのかもしれないのでしょうけど」 残念ながら射程圏外なのだ、と首をふるティアリアの足元には、彼女の得物たる鉄球が鎮座している。回復を担う人間として大凡持ち得ないとんでも重量武器は、しかし今に及んで彼女の癒やしを反響させ、効率よく届ける装置として機能している。 それがなければ続けられない。それでなくては戦え無い。 荒い息を吐きながら、青はするりと蠢き、灼熱魔神の背後をとり……その身を、大鎌を介して吐き出されたオーラで絡めとった。 「灼熱魔神さん」 「……こ、しゃく、な……」 「あなたはかつて自分の意思を自分以外が定義するのはナンセンスだと言っていたそうですね。今のあなたの意思は本当に自分だけの意思ですか?」 「ぐ、っゥ!」 締めあげられながら、灼熱魔神は……否、『ウィスパー・スカラー』は返答に窮する。あのとき、侵食を半ばにしてこの男の意識を確実に掌握していない時の言葉など知らない。彼自信の心から生まれた言葉など知らない。だから、応じようがない。 それは同時に、『理解』という、乗っ取る行為に対して最も大切であろうファクターをすっ飛ばし先送りにしたそのアザーバイドの迂闊をこそ衝いた形となったのか。 (ねえ、わたしの声が聞こえているかしら) (…………) (以前お会いした貴方は、真夏の太陽のように情熱的で、そんな布1枚の変質的な姿でなければ、とっても素敵なおじ様だったわ) (……変質では、ない。熱を、想いを、広げ与える為にはこれが最も効率が良かった、私の意思そのものがこれだったのだ。蔑むな) 淑子のテレパスが、アザーバイドのノイズから灼熱魔神の意識を引き上げようと声を紡ぐ。彼女の問いや言葉に応じているのか、或いは反射的なのかは分からない。だが、確実に彼自身の意識が浮上しようとしている。 (今の貴方からは、情熱なんて少しも見出せない。わたしは出来るなら、もとの貴方に戻って頂きたいの) (言ったはずだ。私の情熱を、意思を、他人が……定義するのは――) ブツン。 一方的に切られた意識の糸に蹈鞴を踏むが、しかし彼女はそれをも織り込み済みだ。 伝えるべくを伝えたら、あとはひたすら自分の役割を果たすだけだ。男を殺さぬよう、アザーバイドを確実に撃滅する、それだけ。 心に訴えかけず、喉を震わせ鼓膜に、体に、彼女の意思を叩きつけるだけなのだ。 「どうか諦めないで……!」 「そのまま終わる物でもないはずです、情熱ならば」 淑子の戦斧の一撃と、アラストールの渾身の一撃が相次いで振り下ろされる。青に出来る事は、それから身を捩るフィクサードを動かないよう、ぎりぎりまで留めることのみ。 動きの精細を大きく欠いた今ならば、七花でも充分狙うに足る状況。アザーバイドの原型である痣が、異常を訴え乱雑に蠢く。 だが遅い。リベリスタ達の意思をして彼の男から逃げることも、この世界から逃げることも許されない。何より、男がそれを許すまい。 はらりと、タオルが落ちる。 それの『代わり』が間髪入れず投げ込まれたが、被害者が居ないとは言い切れず……真実は、リベリスタのみぞしる。 ……フィクサード『灼熱魔神』、ここに生存を確認の上、捕縛される。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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