● 秋も終わりに近づき、冬が徐々にその勢力を伸ばす頃。 ふたりが山の中で道に迷ったのは悪魔とでも呼ぶべき存在の所業によるものだったが、それは今の彼らには知る由もなく――ただ日帰りの小旅行だったはずが、帰路どころか明日の陽を拝むことすら怪しく思え始めたその時に見えた一件の屋敷に、罠とも知らず近寄ったことを責めることは出来まい。 「すいません、道を教えて欲しいんです!」 人の気配がする建物に、何度もドアを叩きそう声を張り上げた女がふと気がつけば、連れの青年の姿が消えていた。催しでもしたのかと――自分だってそうなのに、と少し憤慨しながら周囲を見回せど、しかし己の他に誰の姿もなく。 「ちょっと……やめてよ、怖がらせるつもり?」 女自身、自分の声が、強がっていても震えを隠せていないことに自覚はある。 そもそも、そんな悪戯をする人でもないのだ。 それでも、今は怖がらせるつもりだと思い込みでもしないと、叫びだしたくて仕方ない。 「……すいません、誰か!」 もう一度扉を叩く。 やがて、ぎい、と鈍い音が鳴り、女はそのドアの蝶番が壊れていたことを知った。 この扉は使われていないのか。 そう思って、窓へと回りこむ。 さっきまでは暗かった室内に明かりがともされていて、その中に、見覚えのある青年の姿があった。 ああ、きっと他の場所にドアがあるのだ。 彼はそれに気がついて、一足先に中におじゃましていたのだ。 もう、私のこともはやく呼んでくれたらいいのに。 そう考えたが――しかし青年の姿は不自然なほどに動かない。 不気味な程。そう、まるで人形のように。それに、なんだか小さく見える。 ぞくり、と。 女の背に冷たいものが走る。 後ずさりした女の肩が、何か――さっきまで存在しなかったはずの何か――にぶつかり、弾かれたようにそちらを見る。 口が耳まで避けたようなメイクの、白塗りの男がそこにいた。 「おまえもララちゃん人形にしてやろうかぁあ!!」 ● ララちゃん人形。 それは女児用としてよく知られる、女性を模した着せ替え人形の名称だ。だいたい21cm、奴の発育はとてもじゃないが小学5年生だとは思えないが、そういう設定あれだ。 リベリスタにジト目で睨まれて、『まやかし占い』揚羽 菫(nBNE000243)も似たような視線を返した。 「仕方ないだろ! こういうエリューションなのは私のせいじゃないぞ、見つけてしまっただけだ!」 「……ともかく、こいつは一体何者なのか、説明してもらえるかな」 責任転嫁を喚く菫に説明を促すと、うう、と諦観の滲んだ唸り声を漏らしながらも、菫は書類を配る。 「映像を見ての通り、幻、それもそこそこ強度のものを使って得物を引き寄せるタイプのE・フォースだ。 実際の場所は、森なんかじゃない。あれは古い駐車場……幻想殺しがありゃ、捨てられた管理小屋が『屋敷』に見せかけられてたのもわかるだろう。はたから見れば、犠牲者は駐車場に迷い込んだ挙句ぐるぐる歩いているように見えたはずだ。 ただし、彼らと同様に幻が幻と見抜けない限りは、視界は当然悪いままだ。木々があるように見えてしまう限りは足場も万全とは言い難い。敵はE・フォースだから熱源もない。注意しろよ」 そう言ってから菫は、ぱん、と書類を弾く。 「忘れてた。 このE・フォースなんだが、このハイカーたちがいない限り、うまく接触できないことがわかっている。 だから、この事件が起こるのは明日なんだが――この二人が建物に接触するまでは、索敵・攻撃の類を起こすのはやめておけ。ふたりに現地に向かわせないというのも提言はしたんだが、今度はフェーズの上昇後にしか消息がつかめないと来た。つまり、相手しやすい今のうちに倒すのが狙い、と。 多少厄介ではあるが、この二人の保護も任務だ。よろしく頼む」 やれやれ、といった様子で首を振り、菫は溜息を吐く。 「E・フォース理想のララちゃん人形にぴったりなんだとさ、このふたりが」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:ももんが | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年12月12日(木)22:07 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 少し遅目の紅葉狩りは、冬に近い張り詰めた空気と、まだ穏やかな秋の空気が心地よい。 すでに時期を過ぎたものもあるが多くの木々はすっかりと色づいた葉が覆い、はらと落ちたものが埋める地面も、足元が滑るのにさえ気をつけていればその美しさは心に染みる。天然の極彩色が作り上げた極上のカーペットが敷き詰められた上を歩き、それを作り上げたトンネルをくぐる。まだ高いところにある陽が作る木漏れ日を浴びながら、二人が秋の醍醐味を楽しんでいるところを、すれ違う小柄な登山客が立ち止まって会釈する。 会釈を返した女だったが、ふと相手の深くかぶったフードの奥に違和感を抱いて、何とはなしにその顔を覗きこんだ。銀の髪が目に入り――水色の瞳と目があった。 女の視線をまっすぐに捉え返して微笑むと、登山客に扮した『夜明けの光裂く』アルシェイラ・クヴォイトゥル(BNE004365)はその視線に魔力を乗せる。 「このあたりに伝わるおまじないだよ。 屋敷のドアをノックして、入るなら二人で。もし白塗りの化け物が見えたら一目散に外に真っ直ぐ走って、何故か車があるからそこに閉じこもってれば大丈夫。起こしに行くまで寝てていいよ」 「……は?」 少し長く複雑な暗示が、ただ伝えるだけでうまくいく可能性は低い。デートに選んだ紅葉狩りで装備を整えるような彼らが意志の弱い、すなわち魔眼の効果が強い相手だとも思い難い。暗示よりもおまじないの意味のほうが強いかもしれないが、この未来(さき)の彼らにこれより必要なおまじないなどあるだろうか。 「――おまじない、だよ」 怪訝そうな表情を浮かべている男にも『おまじない』を与え、アルシェイラはもう一度笑った。 ● 登山道を外れ、獣の道すらない木々の場所。『桃源郷』シィン・アーパーウィル(BNE004479)の目に周囲はそうとしか映らないが、慎重に手を伸ばせばそれは枝幹を抵抗なく突き抜ける。幻影を見抜ける同胞、アルシェイラの言う通りそこに実際は何もないのだろう。とはいえ見通せぬ視界は悪く、中には本物の木も混じっているという。保護対象の二人が道に迷わされてそこそこの時間になるのは、聞こえてくる声でわかる。シィンは空を仰ぎ見て呟いた。 「ララちゃん人形とやらがどういうものかは知りませんが、一般人を変化させてつくるのはぞっとしないですねぇ……」 「おもちゃ屋さんのクリスマス用のチラシに入ってたのは見たけど、悪魔? との関連性はよく分からないの。何か深い意味があるに違いないの」 ほら、とシィンにチラシを見せたアルシェイラも、ララちゃん人形の現物を見たことはないようだ。 空はもう夜の色を隠せなくなりつつある。そろそろ予想された事件の起こる頃だ。 「懐かしいな、ララちゃん人形」 ぱきり、と踏んだ小枝が割れる音を立てながら、幻の外に車を置いてきた『一人焼肉マスター』結城 "Dragon" 竜一(BNE000210)が戻ってきた。彼は完全世界の民たちに人形の大体の大きさを手で示す。 「よく妹の持ってた人形のスカートをめくったり舐めたりしたものさ……」 竜一による被害を受けた人形はララちゃんだけに留まらず、挙句妹の前でそれをカムアウトしたこともあった。詳細は彼が参加した任務報告書の、緑色のラベルが貼られた一番古いものを確認されたし。ちなみにこの手の人形は誤飲防止の為に小物や本体に苦味が塗布されていたりするそうだ。 「でも、お人形遊びを男の人がするのかな? フィギアとかそういうのが好きな大人のお友達だったのかな」 一瞬だけ竜一を生暖かい目で見た後に言葉を付け足し、『雪風と共に舞う花』ルア・ホワイト(BNE001372)が首を傾げる。男なのに、という周囲からの視線に耐えたり隠れたりして人形を愛で続けた男たちの、やり場なき怒りや謂れ無き罪悪感がE・フォースを生み出したのが真相だが、今はそれは関係あるまい。 「そういや悪魔王はSUMOUの使い手らしいですが、まさか奴はRIKISHIなのですか!?」 ふと、思い出したようにシィンが声を上げた。 「SHIKOを踏むことで大地を慣らし、SHIOを撒くことでその地を清浄なるものとする。 そして聖なる決闘場であるDOHYOUにおいて身一つで相手と対峙し、厳格なるルールの下にてぶつかり合い、そして空中戦へ……これは素晴らしいものが見れそうな予感ですね!」 録画したい、とまで言い出したシィンに、しかし誰も何も言わなかった。それどころではなくなったのだ。 扉を叩く音がする。 「すいません、道を教えて欲しいんです!」 声がする。さあ、時は来た。 女の後方に立つ男の更に後方、ゆらりと何かがわだかまった影。それが物理的な姿を形作り男を背後から――彼は気がついていない。気がついていたのなら、万華鏡にも悲鳴の一つぐらい捉えることができただろう――指差そうとした瞬間、息を潜めていたリベリスタたちが一斉に動いた。 ● どんなに急いでも、幻が邪魔をして視認できない彼らのもとにすぐさま辿り着くのは至難。 それでも、ルアの歯車はとっくに最高速、煙ではなく輝きをまき散らす。すぐさま辿りつけぬなら、その分速く向かうだけのこと。彼女の速さは手段。誰よりも速く走って、守れる命があるのなら――彼女の速さが、留まることなどない。 「コレクションするのが好きなのは私も同じだけれど、他人に迷惑を掛けてまでするのはダメよね! 何も知らない幸せな人達を巻き込んじゃだめなの!!」 なにごとかと、紅葉狩りの二人が考えるよりも速く。ルアの身体はその場所へと踊り込み、スプリングノートと白金、二本のナイフを閃かせる。幻を邪魔に感じながら、ナイフで強引に削った時の欠片を撒き散らすとその氷刃は21cmの標的をひとつ切りつけた。なるべく多くを巻き込みたいとは思ったが、誰がどこにいるかが明確に見えないままにふるえば保護対象も巻き込みかねないせいで、狙いはどうしても甘い。 「たかが『悪魔』の王……百獣百魔に君臨せし真の王たる我とでは格が違うわ」 先陣をルアに任せた『百獣百魔の王』降魔 刃紅郎(BNE002093)が幻影の森ごと切り刻まんと、宝錫を振り被ると高速で旋回させる。 それらはエリューションたちにはHASSOU・FLY気味に避けられてしまったが、刃紅郎の目的はただ斬りつけることだけにない。王錫が伝えてきたその手応えは、まるで霧か霞を相手取ったかのようで――すなわち、ここから奴らまでに見える木々は全てまぼろしだという確信。 「一つ皆の期待に応えてやるとしようか」 唇の端を歪めると堂々と木々を抜け、刃紅郎は悪魔王と対峙する。 ふたりの一般人が戦場にいるのは――保護、と言われていたが、それでもだ――面倒臭かった。敵の狙いは彼らなのだから、こんな場所で震えていられちゃ、困るのだ。だから、『骸』黄桜 魅零(BNE003845)は彼らに駆け寄って、圧倒的に、強制的に、絶対的に。二人の意識を自分へと向けさせる。 「お人形さんの材料が人ってのはちょっと感心できないよ。とまあ、人に仇なすものは全て討伐してしんぜよう! ――いい? 二人は車の中で待機してて頂戴! お願いだから言う事聞いて頂戴ね!」 その言葉に、しかしふたりの表情に明確に困惑が浮かんだのをリベリスタたちは見てとった。 魅零には注目をあつめることは出来ても、それ以上のことは出来ない。魔眼の暗示とうまく噛み合えば、恐怖も相まって『おまじない』通りに躊躇なく逃げ出したかもしれないが――『白塗りの化け物』より先に魅零に目を向けてしまった結果、彼らは事態の把握に努めようとしてしまったのだ。 小さく舌打ちして、これもまた登山客姿――のコスプレ状態な『ミックス』ユウ・バスタード(BNE003137)が 改造銃を空へと向ける。研ぎ澄まされた集中をもってしても、幻の中、かろうじて見えるのは悪魔王と、無傷の配下が一体程度。 「閣下、お湯加減いかがです? 地獄の業火とは参りませんが、楽しんでいって下さいね」 戯れを口にしながら引いた銃爪は、銃弾ではなく業火を帯びた矢を撃ち出しユウの敵へと炎を降らせる。 蝋の焼けるようなにおいを漂わせ、悪魔王は配下に手振りでハイカーたちの確保を支持すると、むき出しの敵意で邪魔者たちを見た。 「じゃまをするのなら――オマエも、ララちゃん人形にしてやろうか!」 悪魔王は己の真正面で、獲物たちへの道を邪魔しようとしている刃紅郎の胸元へ指を突きつける。突きつけられた先からその肌の質感が変わって行くのを見て、シィンは目を丸くした。可能性は高いと聞いていたが、いきなりこの事態になると思ってはいなかったのだ。慌てて神々しい光を放ち、それを取り除く。 「王様!? ――とりま、閣下と呼びたくなりそうな敵をやっつけちゃいましょうか」 面倒な相手なのだと、再確認する。興味深くとも、録画するような余裕はなさそうだ。 竜一が立ちふさがったのは、無傷のララちゃん人形の前だ。配下は全部で3体。ルアと、自分とで2体の配下の動きを阻害できているが――自分が車をおいてきた方を指さして、二人のハイカーに声をかける。 「二人であの車に入って扉を閉めておきなよ。後は、終わるまでじっとしてろ」 ドアは開けてあるが、キーは抜いた。竜一はポケットに突っ込んだ手で、その感触を確かめる。 「にしても、リア充を助けるとか、いまいちモチベーションが上がらないが……。 いや! 箱船筆頭・結城竜一は、いつだって全力です!」 リア(不具合)の肉体から立ち上り始めた湯気、と同時に何か漏れ出した気がしたが誰も何も聞かなかった(ことにした)。 「ふふっ。どうだい? うちの子にならないかい? 俺もフィギュアとかドールは、大好きさあ!」 全力中の全力をもって、手下を切りつける刀と剣。その一撃で全壊させることまではできなかったが、人形の胴は大きく空洞を見せていた。 この場の全てを文字通り見通せたアルシェイラが、ハイカーたちのもとへと急ぐ。問題なく敵全員を攻撃できるのは彼女ひとりだけだったが、魅零ひとりでは彼らふたりを守り切ることは難しい。攻撃よりも彼らを護るほうを優先するべき事態だと判断したのだ。見覚えのある姿に、ハイカーたちがもうひとつ困惑した様子が見えたが――ふたりの目の前で、まさに辿り着いたばかりのアルシェイラの背が手下によって殴りつけられたのを見て、顔色を青くした。その向こうでも、空洞の出来た人形は仕返しとばかり竜一の脛に蹴りを入れ、髪に霜のついた人形もまた、ルアにしゃがみパンチを繰り出す。人形が暴れたり、凍りついたり火が降ったり。何かしら大掛かりな悪戯に巻き込まれたのかと思いこみそうになっていたが、どうやらそうではないらしいと、本物の暴力、それで傷つく姿を目の当たりにして初めて気がついたのだ。 作戦開始まで息を潜めていた『クオンタムデーモン』鳩目・ラプラース・あばた(BNE004018)はアルシェイラの背から手下を引っぺがすと、それを投げ捨ててみようとしたが、人形は物理法則を無視した抵抗を見せてその足元に落ちる。近い位置の人形に対しあばたの掃除道具(エモノ)は銃器だが――問題はあるまい。 「わたしは遠距離攻撃ができるというだけで、近距離が苦手なわけではありません。 むしろ接射は掃除の常套手段。足止めなどとけちなことは言わず、きっちりと処分して差し上げる」 言うが早いか、シュレーディンガーとマクスウェルが引き抜かれ、それと同時に人形のジョイント部めがけて発砲炎を上げた。銃声は一度、打ち込まれた弾は4発。 ● ルアは、注意深くグラスフォッグを試みる。だが、どうしても配置や視界の問題で、全力を出すことが出来ずにいた。周囲どれぐらいの距離に仲間が、一般人たちがいるのかがまるでわからないのだ。せめて確実にいないとわかっている方に向けたナイフの先で、真っ白な雪の結晶は彼女と向き合う人形を切りつけることはしてくれても、ホワイトアウトに包んでくれない。それでも、その手下がルアを抜いて誰かを殴りつけに行くことは出来ないだろう。竜一、あばたも同様に、人形たちの行く手を阻んでいた。刃紅郎はじわり、と足を動かす。少しずつ移動して、周囲に仲間が立たぬよう警戒する。――厄介なシャウトを始めたとしても、その被害を受けるのはひとりでいい。王と王の戦いならなおのこと、その相手は王ひとりで良いのだ。 「仮にも王を名乗るなら臣の躾はしておけ」 確保しろ、と命じたはずの手下どもが一般人に危害を加える可能性があったなど、寵愛が逸れることを恐れた人形たちの静かな反抗など、悪魔王には思いもよらぬことだったのだろう。信頼のない主従関係の上で王を名乗るなど、愚かな話だ。 全ての力を集約し、百獣百魔の王は悪魔王に己の背丈ほどもある気力弾を撃ちだし、白塗りの王を吹っ飛ばす。だが、悪魔王は、ちょうど仕切り線から土俵際程度の距離で踏みとどまると、足を左右に開いて腰を深く落とし、おもむろにSHIKOを踏む。 「来るか……よかろう、一つ余興に付き合うてやる」 それを見て、刃紅郎は王錫を幻想纏いに収め、腰を低く構えて正面から相対する。 両者の拳が地面に触れた瞬間、がっぷり四つに組み合った! 全てのエリューションが、誰かしらのブロックを受けている状態なのを確認して、魅零はひとつ頷く。 「キングライガーと悪魔王の戦いは邪魔できない。彼が噂の王……!」 今が機会だ。車の方へと、一般人の二人を魅零が引き連れて行く。今のは映画の撮影みたいなものだから、気にしちゃ駄目なんですよ! と伝えては見たが、二人はその言葉を信用した様子は見せず、ただ怯えた顔で付き従うだけだった。 あばたの前の人形と、刃紅郎と組み合う悪魔王。その二体をじっと見つめて、ユウは翼を伸ばす。激しく羽撃くと、魔力の舞う風の渦は標的を切り裂き傷を開くと、そこに毒を持つ凍傷を植えつけた。 シィンの位置から正確に場所が把握できたのは、これも悪魔王と、そして竜一の相手取る人形のみ。 もうちょっと狙いたかったところだが、木々が見通せぬ以上は仕方がない。 「そのキレイな顔を吹っ飛ばしてやるのです!」 腕を頭上に掲げ、掌を虚空に向ける。上空で生み出された火炎弾は、狙い違わず標的に降り注いだ。その炎は悪魔王にはさしたる痛手を追わせられなかったが、腹に大穴を開けた人形は、穴の中に火が入り込んだか内側から燃え始め、ついには原型をまったく留めず燃え崩れた。 それを見届け、竜一は視線を周囲に走らせる。 「アバたん! どっち!」 「そちらは終わりましたか」 竜一は声を頼りにあばたの加勢に駆けよると、人形を120%の一撃でボロボロにする。あばたは銃口が接さんまでの至近から、それに対し確実なとどめをさした。 「人形はこれで全部なの。 ボトムには人形供養って習慣があると聞いたけど、ちゃんとしないとこんなのがでてくるの」 アルシェイラもまた火炎弾の雨を降らせて最後の人形を下し、全ての人形が斃れたことを皆に伝えた。 ● 「何だか怖そうなE・フォースなの。 これに似たようなのを前にテレビか何かでみたことがあるわ。ドロドロしくって、人形にしてやろうか! って言われた時怖かったの。一緒に見てた弟に思わずくっついちゃったもの」 映像でない、本物の悪魔王を目にしたルアが昔のことを思い出しながらもう一度ナイフを構える。 花風を纏った二刀で百閃。閃光は白く速く高みへ――L'area bianca/白の領域。 誰かが悪魔王と向き合っているようだったが、ルアは仲間を信じた。 「巻き込まれないでね!」 刃紅郎は、避けなかった。悪魔王ごとグラスフォッグを受けると、にいと笑う。 「決着をつけるとするか。貴様が何処の王であれ、民を惑わす逆徒はこの手で裁くのみ。 ミサは地獄で鬼を相手にするがいい!」 氷像のように身動きの取れなくなった悪魔王の重心を。刃紅郎は強引な踏み込みで奪い、気合と強烈な勢いで投げ飛ばす。上手投げで地面にたたきつけられた悪魔王は、粉々に砕け散った。 「悪魔王!私とか人形にするとしたら、どうかな? って、あれ?」 「悪魔王よ、寂しかったんだろう、切なかったんだろう。こんな寂れた場所で朽ちていく己が許せなかったんだろう。誰かと語り合いたく、ツッコミをいれてくれるものもおらず、人の温もりを求めていたんだろう。わかる、わかるぞ、ぼっちのツラさはな。よぉ~くわかる。だが死ね……?」 戻ってきた魅零と、加勢すべく飛んできた竜一が、悪魔王はどこに行ったと周囲を見回す。 幻はすぐに薄れていき、あとに残ったのは、蝋が融けた後ばかり。 それが悪魔王の成れの果てだった。 「またのお越しは、10万年後くらいにどうぞ」 ユウは笑って、蝋に手を振ってみせる。 「あのお二方の送迎は皆様に任せて良いですか。わたしは後始末の手伝いを行います」 後はアークに連絡するだけ、となったところであばたはそう提案した。誰もそれを否定をすることはない。 引き継ぎも兼ねてひとり落葉の積もる駐車場に残ったあばたは、名残の蝋を見下ろした。 「今場所はどの力士に注目していましたか。――わたしは相撲見てません」 応えるものは、ただ夜風の音ばかり。 月は冴え冴えと、あばたと蝋を見下ろしていた。 <了> |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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