● なにかとても大切なことをやり残しているような気がする。 小梅は骨に皮が張りついただけのような指を白髪の中にすべらせ、ベッドに横たわりながら闇に沈む天井を見つめた。 それにしてもここはどこなのだろう。70年近く夫や子供たちと暮らした自分の家ではない。ここが寝室ならウサギのような形をした大きなシミが右隅に見えるはずだ。それともそれがわからないぐらい目が悪くなったのだろうか。 小梅は眉をひそめると、心に浮かんだ疑問をそのまま口にした。 「はて、うちはいったい誰やったかな?」 問いかけに答えてくれるものはいなかった。遠くに叫ぶ声が聞こえたが、それもすぐに静かになった。 思い出さなくては、と小梅は眠気をこらえて考えた。なにかとても大切なことをやり残しているような気がするのだ。だが、考えれば考えるほど頭の中で濃い霧が渦巻まいて思考がさまよう。細い腕を振り回して霧を払おうとしたが無駄だった。霧はますます濃くなっていくばかりだ。 小梅はついにあきらめた。 老人ホームの一室で老婆が人生最後の息を弱々しく吐き出したそのとき、運命の女神が気まぐれを起こした。体に力が満ちるのを感じながら、老人は最後にやっておかなくてはならないことをついに思い出したのだ。 かわいい孫娘が二度と泣かずに済むように、不倫男と別れさせなくては。 ● 「それではブリーフィングを開始します」 モニターの前に立つ『まだまだ修行中』佐田 健一(nBNE000270)の笑顔はどこかぎこちなかった。固い笑顔のまま、自作の和菓子を集まったリベリスタたちに勧める。本日の菓子は栗きんとんだ。 「栗きんとんと依頼の内容に関連はありません、ははは。まあ、食べながら聞いてください」 白い髪をお団子に結い上げた小柄な老人の姿がモニターに映し出された。 「伊藤小梅さん、90歳。痴呆症を患い、7年前から特別養護老人ホームに入居されています。この小梅さんが昨夜覚醒しました。フェイトは得ていますがなにぶんご高齢なので……」 運命が気まぐれを起こさなければ昨日が人生最後の日だったらしい。覚醒してわずかに寿命が延びたようだが、それも2、3日のことだと健一は言う。 「これから数時間後の22時ジャスト、小梅さんは神秘の力で一般人の男女2人を殺害したあと、偶然現場に通りがかったフィクサードに殺されてしまいます。みなさんにお願いしたいのは小梅さんによる一般人殺害の阻止と彼女の念の強さが生み出したエリューションの退治。あ~、それからこれはオレの単なる希望なんですが……」 健一は頭から和帽子を取るとぺこりと頭を下げた。 「小梅さんに天寿をまっとうさせてあげてください」 ● どん、と車体に衝撃が走った。 「……やっちまった」 石田隆志はハンドルに額を預けてため息をついた。 とっさに急ブレーキをかけたが間に合わなかったようだ。向こうから飛び出してきた、という言い訳はたたないだろう。警察とかかわりあいたくない以前に逮捕されるのは困る。組織にすがれば事件そのものをもみ消すことは可能だろうが、ああ、ともかく外に出て確認をしなくては。 息があればすぐにでも手当をするつもりで石田はドアを開こうとした。とたん窓ガラスに額から血を流す男の顔が見えた。 「助けてくれ! お願いだ、助けて!」 「ち、ちょっと待ちなさい。いまドアを開けて手当をするから少し離れて――」 今度は車全体に衝撃が走った。男の頭がはじけると同時に窓ガラスが粉々になって吹き飛ぶ。 「なっ?!」 石田はとっさに腕を上げてガラスと頭蓋骨と脳の破片から顔をかばった。そのまま、転がるようにして反対側のドアから外へ飛び出した。立ち上がり、一呼吸で臨戦態勢を整える。落ち着いて車のルーフ越しに襲撃者を探した。 闇にふありと飛び上がる白いものが見えたときにはもう手が出ていた。それが何者であるかを確かめることもなく。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:そうすけ | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年12月09日(月)00:25 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 『レッツゴー!インヤンマスター』九曜 計都(BNE003026)は、立ち去ろうとしたフォーチュナ・佐田健一の襟首を捕まえるとブリーフィングルームの中へ引き戻した。そのままコンピューターの前まで連れていき、小梅の孫娘のデータ収集を依頼する。 現場へ向かう移動時間を利用して、刻時アクセス・ファンタズムに送られてくる小雪の情報を精査し、怪盗で孫娘になりすますつもりだ。小梅はぼけているとはいえ、いつ正気づくか誰にもわからない。万が一を想定し、なるべく姿形を似せておくに越したことはないだろう。 「それじゃあ、頼んだっすよ」 その後ろで『不機嫌な振り子時計』柚木 キリエ(BNE002649)がアゴに指をあててなにやらぶつぶつとつぶやいていた。 キリエは不倫男の役を演じるにあたり、誰をモデルにしようか悩んでいた。 時間的に不倫男の情報まで集めている余裕は健一にないだろう。真似できるほどよく知っていて、ヒモっぽい雰囲気――あくまでそれらしい雰囲気を漂わせている人物といえば? 「先に行くよ」 『混沌を愛する戦場の支配者』波多野 のぞみ(BNE003834)が部屋にまだ残る計都たちに一声かけてブリーフィングルームを出た。 のぞみが開いたドアの先をちょうど、小脇に書類を抱えたアークのイケメンフォチューナ・『内臓スピーカー』断頭台・ギロチン(BNE002649)28才が通りかかった。 これだ、とひらめくものがあり、キリエは部屋の中へ顔を向けたイケメンフォチューナに微笑んだ。 「なんでもない」 ドアの前で足をとめて首を傾けるイケメンフォチューナの横をすり抜け、キリエは計都とともに仲間たちの後を追った。 ● 「この作戦は必ず上手くいきます……だからボクはボクの役目をっ」 ワゴン車が止まるなり、離宮院 三郎太(BNE003381)はドアを開けて外へ飛び出した。 あと5分もすれば、部屋を抜け出した小梅が老人ホームの庭を突っ切ってカップルと接触してしまう。いや、もうすでに出会ってしまっている可能性もある。小梅が過ちをおかす前にカップルを別の場所へ逃がさなくてはならない。 「認知症のおばあさんですか、変にこじれないとよいのですが……」 三郎太に続いてのぞみがドアからゆっくりと夜の街に出た。仰ぎ見た空に星は少なく、都会の明かりばかりがまぶしい。 (いえ、経験的にね。家族にいたんでコッチの言うことまるで聞かないってしってるんですよ) 誰に聞かせるともなく。めぐみのつぶやきは白い息となって夜の風に流されていった。 「死ぬ間際に覚醒することなんてあるんだね、神秘って凄い」 けどそれも良し悪しだよねぇ、と五十川 夜桜(BNE004729)。 そう、万華鏡がとらえた未来は変にこじれてややっこしいものだった。小梅が覚醒してなければあるいは喜劇だったかもしれないが、人にあらざる力をもって勘違いで殺したとあっては悲劇というしかあるまい。 「お孫さんの幸せを願っての事なんだろうけど、間違われた人達は災難だね」 『ロストワン』常盤・青(BNE004763)は暗い路地の奥、特別老人ホームの庭あたりに目を向けた。 青にも痴呆の悪化で施設に預けられた祖母がいた。ふと、やさしかった祖母の笑顔が胸をよぎる。 (おばあちゃんもまだボクの幸せを願っていてくれるのかな……) 小梅には安心して天寿を全うしてほしい。望みよ、叶え。いや叶えなければ。青は胸に手を当ててうんと頷いた。 「かわいい孫娘に悪い虫がついてるとあっては、死んでも死にきれないだろう」 青の心のつぶやきが伝わりでもしたのか。『輝く蜜色の毛並』虎 牙緑(BNE002333)がぽんと青の肩を叩く。 「ホントの孫娘の問題を解決することはできないけど、せめて婆さんが安心して逝けるように一芝居打ってやるさ」 計都とキリエ、そして最後に『雨上がりの紫苑』シエル・ハルモニア・若月(BNE000650)がワゴン車から降りてきた。 「さあ、みなさま急ぎ参りましよう。小梅様を不幸な結末からお助けするのです」 「うん。おばーちゃんには静かな残り時間を過ごしてほしいよ。せっかく運命の悪戯で時間が伸びたんだからね」 夜桜が先陣を切って走り出す。 「それでは作戦スタートですっ!!」 暗がりに消えた夜桜を追って三郎太たちも走り出した。 ● 「小雪、おまえはその男に遊ばれているだけじゃ。賢いお前がなぜそのことに気がつかん」 夜空に白い羽を広げたちっちゃいおばあさんが浮かんでいた。季節外れの幽霊というにはピンクのパジャマ姿があまりにも奇妙。かといって天使にしてはちと老けている。 孫娘とその不倫相手に間違われ、小梅に絡まれたカップルは編みぐるみたちに囲まれつつ、顔を上にむけてあんぐりと口を開けて立っていた。カップルにとって小梅の登場はあまりにも突然すぎ、小梅の非難はあまりにも意味不明であったようだ。 好都合。 カップルが小梅に気を取られているすきに、と牙緑はカップルを囲む編みぐるみたちに向けてアッパーを放った。 人の言葉はわからなくとも、なんとなくバカにされたことはちゃんと伝わったらしい。攻撃を受けた編みぐるみたちは一斉にカップルの元をはなれ、牙緑をめがけてちょこまか走り出した。 個々でみるとてんで迫力はないが、編みぐるみはそれなりに数がいた。ガリバーに群がる小人族よろしく、編みぐるみたちは牙緑の体を這い上る。白ウサギが一匹髪を引っ張り、クマが二匹背中をちくりちくり、カメがふくらはぎに体当たり……。 「いててっ……くそ! あとを頼んだぜ」 「あ、待って!」 青は編みぐるみを引き連れたままその場を離れていく牙緑を追った。 大股にステップを刻みながら、遅れて牙緑を追うカメと背中から転がり落ちたクマたちに次々と直死の大鎌を見舞う。 ふたりはそのまま人気のない車道へ引き返して行った。 それを高みから見ていた小梅が、手を叩きつつ、ほっほっとのんきな笑い声を上げる。 そのすきに夜桜と三郎太がカップルと残ったピンクのウサギとクマ一匹の間にすばやく割り込んだ。 三郎太は小梅の目をしっかり見つめて両手を広げ立ち、夜桜はカップルたちに体を向けて立つ。 「な、なんなんだこれは。キミたちはい、いいったい誰だ?」 みるからに膝を震わせて、それでも一応女の前では勇ましくあろうと、中年男は夜桜にどなった。 「えっと、あの……その、繁華街の方でカップルを対象としたクジやってるよ」 はあ、と間の抜けた声を返す男と女を夜桜は構わずぐいぐいとネオンまぶしい繁華街へ押し戻す。 「一等景品は五つ星ホテルのスイートルーム宿泊、カリフォルニアネズミ―ランドのクリスマスイブプランだって!」 無論、口から出た嘘。だが、カップルの女はこの嘘にまさしく目の色を変えて飛びついた。きゃあ、と奇声を発するなり男の腕をとって繁華街の方向へ戻っていく。そのあとを編みぐるみが小さな足をちょこちょこ動かしてついていった。 夜桜はカップルを追うクマの背を蹴り倒すと、後ろを振り返った。 「三郎太かわいいよ三郎太♪」 えっ、と三郎太が足を止める。 脈絡のない夜桜の台詞にドギマギしたのもつかの間のこと。三郎太はすぐに結界の要請だと気づいた。一般人に聞かれることを考慮しての台詞……だということにここはしておこう。 「任せてください。ボクもすぐ行きます」 要はこの路地に人を入らせなければいい。反対側には牙緑と青がいる。めぐみも陰にかくれつつ千里眼で周りを警戒している。上空には出番を待つシエルがいる。彼女もまた結界持ちだ。小梅を中心に据えた結界を張る必要はないだろう。 三郎太は少し先へ進んで繁華街の入口をカバーするように結界をはり、それから夜桜を助けるべく編みぐるみ退治へ向かった。 ● 三郎太が路地の先で結界を張ると同時に、小雪に変装した計都を伴ったキリエが小梅の前へ進み出た。 「なんじゃ、お前さんたちは? あれ、まあ。そこにいるのは小雪じゃないか。こんなところで何をしとるのかの?」 計都とキリエは顔を見合わせた。 さっきまでカップルたちに人間違いのお説教をしていたことなど、小梅はきれいに忘れてしまっているらしい。 ――どうする? ――続けよう。 そんなやりとりを計都と目でかわしておいてから、キリエは口を開いた。 「お婆様はじめまして。小雪さんとお付き合いさせて頂いております、柚木と申します。どうぞ宜しくご指導お願いしますね」 とたん、小梅の顔が険しくなる。 「お前さんか! うちのかわいい小雪をたぶらかすあかんたれは!!」 白き翼の後ろで怒りの魔法陣が展開。と、小梅はいきなりキリエに向けて魔法の砲弾を撃ち込んだ。 「嫁っこや子供らがかわいそうだと思わんのか、このバカたれ!」 実際に受けたダメージは弱くなんてことはなかったが、キリエは大げさに痛がって倒れて見せた。 小梅おばあちゃん、違うの。ちがうのよ、と叫びつつ、計都がキリエの庇いに入る。 「あの不倫の人とは、もう別れたの……。この人は別人」 「なに……ほんまか。ほんま別れたのか、小雪?」 「わたしのこと、ずっと心配かけちゃってゴメンね。だから、安心して。もう、わたしは泣いたりしないから」 計都は倒れているキリエにそっと寄り添うと、手をとって握った。相思相愛。仲の良い恋人どうしであることを小梅にアピールする。 「わたし、彼とお付き合いしているの。優しくて、わたしのことを心から愛してくれてる。おばあちゃん……、わたし幸せだよ」 そういって目蓋をふせるとキリエの肩に頬を載せた。 「うむむ……」 怒りのやり場に困って小梅がうなる。 キリエは計都の肩を抱き寄せて立ち上がった。 「良かったら、小雪さんとの思い出を話してもらえませんか? 小雪さんからも、優しいお婆様だと伺ってるし、僕、聞きたいな」 あと一押し。孫娘との楽しかった事を思い出せれば本来の優しさを取り戻せるかもしれない。 そこへ空からシエルが天使さながら、ほんのり淡い青の光まとって降りてきた。 「小雪様の決意は本物ですよ……天使の私が保証します。お二人はほんとうに――」 「ほええっ。これはたまげた。観音様のおなりじゃ! ほんにやさしげなお顔をしてなさる……うちのお迎えにわざわざ……ありがたや、ありがたや」 小梅は手を合わせると、シエルを熱心に拝みだした。 なむなむなむ。 「いえいえ、私は……。その、小梅様、迎えがくるにはまだ早いですわ」 観音菩薩に間違えられて焦るシエル。思わず微笑む偽カップルたち。 なんだか場が和やかな雰囲気に。 (さて、このまますんなり行くとは思えませんが) 陰でことの成り行きを見守っていためぐみは、自分の経験則にのっとって波乱の近未来を予想した。 痴呆症をわずらった人はその場の状況がうまく認識できなくなる。急に思いがけない感情の反応を示すことが多々あるのだ。たいていの場合、その反応は暴力的になる。 めぐみの予想は当たった。 シエルを拝んでいた小梅が手を下げた。 「そうじゃった。うちはまだ死ねんのやった……小雪をたぶらかす不倫男を懲らしめねばならんのや!」 リセット。 振出しに戻る。 ● 「小雪、お前もおまえじゃ。この男の奥さんや子供に申し訳ないと思わんのか!」 小梅は呼び出した魔炎をキリエたちに向けて落とした。さく裂した炎がキリエと計都を包み込んで路地を赤々と照らす。 炎は大きく広がり、影にいためぐみをも巻き込んだ。 「ちょっと!?」 めぐみは慌てて炎の中から飛び出した。 「どうしても別れん、小雪が地獄に落ちてもその男と連れ添いたいというならばうちも鬼になる。お前のことだけやない、その男の奥さんと子供のためもこの小梅がくされた関係を終わらせる!」 続けてもう一発。小梅はキリエたちが無抵抗であることをいいことに、小梅はフレアバーストを放った。 「おやめくださいまし、小梅様!」 シエルが素早く印を結ぶ。 「大いなる癒しの奇跡よ……此処に」 清らかな風が炎を掻き消しながらキリエたちの傷をいやしていく。 ため息とともにめぐみが戻ってきた。 「はてさて、残念な事になってしまいましたね。けど、まだコレからともいえます」 帽子をかぶりなおしたキリエに目配せする。 「ああ、お前さん……もしかしてこの男の……」 どうやら小梅はめぐみを不倫男の本妻だと思ったらしい。 「いかん。お前さんは後ろにさがってなさい。ほれ、子供たちにこんなところをみせちゃいかんよ。はよお帰り」 めぐみの後ろにいつのまにか三郎太と夜桜が戻ってきていた。 (あのカップルは?) 口の形だけで問うめぐみに三郎太と夜桜は、「面倒ごとに巻き込まれたくないなら、路地で見聞きしたことは他言はしないように」とちゃんと釘をさしてきたと答えた。 「なにを言うておる? はよ、いきなさい。ほんに、こんななよなよした女男のどこがいいのか……」 キリエは演技をチャラ男モードに変更した。脳裏に浮かべるはかのイケメンフォチューナの姿。 「そんな事言われましても……僕にその気は無いんですけど、いつも向こうから言い寄ってくるんですよねぇ。小雪もそうだったし」 手を広げてへらりと笑う。 「小雪の事は本当に愛してますよ? ここにいる妻や他の女性と同じように。これだけは嘘じゃないです」 計都もこの筋書の変更に素早く反応した。 「な、なんですって!? この嘘吐き男! わたしが一番、妻なんかよりもずっとずっと愛してるって言ったクセに!!」 計都は肩に回された腕を振りほどくと、キリエにフルスイングビンタを見舞った。 まったく遠慮なし。あらかじめ打ち合わせていたとはいえ……。キリエの目のなかで星がきらめき飛びかった。 まわりからひっ、と息をのむ音。 どう、と音をたてて倒れたキリエに対してフンと鼻を鳴らし、計都は見得とともに捨て台詞を決める。 「最低。あんたなんてこっちから願い下げよ。さよなら!」 「よういうた! 小雪、そこをどきなさい。あとはこのウメ太郎侍が『か弱き女をたぶらかす不埒な輩を成敗!』してくれるわ」 あわててキリエが立ち上がった。 手を上にあげて降参のポーズととると前を向いたままそろりそろりと後退していく。 「だって二人を前科持ちにしたくないですもん。チャラ男もね、愛は本物なんですよ。ただ一人に絞れないだけで」 「まだいうか!」 キリエはひっと情けない声を上げると、後ろにいためぐみたちを連れて逃げていった。 夜の路地に小梅の明るい笑い声が響いた。 ● 「あっちも無事、収まったみたいだな」 エリューション化した編みぐるみを倒した、牙緑と青はそのまま路地の終わりで一般人が入り込まないように見張り番をしていた。 炎が燃えるような音が聞こえた時には肝を冷やしたが、奥から明るい笑い声が流れくるとふたりしてほっと肩を下げた。 「ええ。あとは小梅さんを部屋に送り届けるだけですね」 青は切り刻まれて、ずたずたになった編みぐるみを道から拾い上げた。 「婆さんに悪いことしちまったかな」 「また小梅さんに編み直してもらいましょう。小雪さんのために」 そうだな、といって牙緑も編みぐるみの残骸を拾い上げた。 青が顔を車道に向けた。 「もしかして、あの車でしょうか。例のフィクサードが乗った車は」 前方より黒塗りの車か近づいてきた。制限速度を守って走っていた車は、ヘッドライトがふたりに届く距離まで近づくと急にスピードを上げた。 君子危うきに近寄らず。明日は昼一で大がかりなオペが入っている。裏の仕事も大事だが、表の仕事もまた大事。 運転席に座っていたメガネの男――六道のフィクサード石田隆志は一切脇を見ることなく、まっすぐ前に仏頂面顔を向けたままアクセルを踏み込んだ。 黒塗りの車がリベリスタたちの前を通り過ぎていく。 「ま、賢明な判断だな」 ですね、と青が車種とナンバーをさりげなく記憶しながら頷く。 「行くか」 闇に浮かぶ赤いテールライトを見送って、ふたりは路地へ入っていった。 ● 「小梅さん、ここにいたんですか?」 正面から優しく、されどしっかりした声でシエルが小梅の手を取りつつ声をかけた。そのまま小梅をゆっくり地上へおろしていく。 「外は寒いですし、小雪さんと一緒に中に戻りましょう?」 シエルは観音菩薩改め老人ホームのスタッフを演じていた。小雪を演じたままの計都とともに小梅をつれて老人ホームの正面玄関に向かう。 歩きながらやはりスタッフを装った牙緑が小梅に旦那とのなれ初め話を聞いた。 「じいさんとの出会い? じいさんとは……おや、じいさんじゃないか」 小梅はいきなり青に抱きついた。 えええ、と慌てふためく青。 「小梅おばあちゃんたら! その人はおじいちゃんじゃないわよ」 「そうかい? じゃあ、こっちの人が……」 牙緑は苦笑いすると、「ちがいますよ」と顔の横で手を振った。 「おっ、入口まで来たな。じゃ、オレたちはここで」 牙緑たちが去った後、計都は出てきた本物のスタッフたちにシエルが看護師として施設に入れるよう魔眼で暗示をかけた。と、同時に小梅の容体悪化を家族に伝えるよう依頼する。本物の家族が駆けつけるまでの間、小梅を寂しがらせないようにシエルとともに見守るつもりだ。 「今迄の人生……どんな事がございましたか」 廊下を連れ立って歩きながら、シエルは老婆に昔話をねだった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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