● 晴れ渡るエアウェイ・ブルーの空に鈴の音が小さく響いていた。 風に乗ってふんわりと香るのは金木犀の花。 中学校の制服に身を包んだ少女が、その花にそっと手を差し伸べる。なぜそんなことをしたのか自分自身でも分からない。 ただ。緑葉の間から覗くクローム・オレンジの小花はなぜか懐かしい匂いがしたのだ。 香りと共にあふれ出す郷愁に潜むのは、どこか胸を刺す焦燥にも似た感情。 セーラー服の襟を木枯らしが吹き抜ける。こんな季節だから、と。少女は自分を納得させようとした。 リーン。 どこかで鈴の音が聞こえた気がした。 理由は分からないけれど、少女はとにかくこの金木犀の香りが気に掛かっていた。 胸の奥がもやもやとしている。鮮烈で印象的な感覚はあるのにまるで思い出せない。 まだマリーゴールドがスマルトの青に侵食される前だと言うのにいよいよ身体が冷えてきた。 もう帰らなくては。少女がそう踵を返した時。 ――――世界には知らなくても良い神秘がある。 普通であるという事は幸せなのだろう。 普通の人間は、不思議な力なんて使えない。 普通の人間は、不思議な力で殺し合いなんてしない。 普通の人間は、不幸な少女を世界の敵と見定め殺害することなんてこと。決してありはしない。 そうするのはリベリスタの役目。普通ではない彼等は平和の為に屍の山を踏み越える。 友達の為、恋人の為、世界の為。そう信じて大儀を貫く。普通の人間は、そんなことを知る由も無い。そんな世界の有り様を考えた事も無い。たとえ普通ではない事件に巻き込まれても、それを思い出す事も出来ずに戸惑うばかりなのだ。 けれど『それ』はそんな想いから生まれてきたのだろう。 人恋しい秋空の下。金木犀の芳香に誘われて―― 「もー、いいかい!」 「まーだ、だよ!」 「もー、いいかい!」 「……」 「もー、いいかい!!」 「……」 もー、いいかい。もー、いいかい。もー、いいかい。 リーン。 小さな鈴の音が聞こえている。 「どこだろう」 「……」 何処に行ってしまったのだろう。『それ』は『もう、いいかい』と何度呼びかけたことだろう。 いつまで待てばいいのだろう。もうどれくらい待ったのだろう。 あれからどれ程の時間が経ったとか。季節が何度巡ったとか。そんな事象は『それ』が理解する範疇ではない。 それはもう普通ではなかったから。 それは既に普通ではなくなってしまっていたから。 リーン―― 一際高く鳴り響いた鈴の音は、『それ』がここに居ることを告げている。 金木犀の天辺にくくりつけられた小さな鈴の音が、誰かに気づいて欲しいと鳴いている。 『――ちゃんなんでしょ?』 ねえ。 かくれんぼ、わすれちゃったの。 ねえ。どうして家に帰っちゃったの。 ねえ。どうしてそんなに大きくなったの。 私達友達だよね。 ● 「エリューションの討伐をお願いします」 ブリーフィングルームの空調はいつのまにか温風に変わっていた。そろそろ外気が寒くなって来る頃だろう。 リベリスタに向かって海色の瞳を向けた『碧色の便り』海音寺 なぎさ(nBNE000244)は資料を配りながらそう伝えた。 事の始まりはアークが本格的に始動する以前の話らしい。当時の資料も今ほど精密に残って居なかったのだろう。 分かっているのは公園で遊んでいた小学生の少女達の内、神秘事件に巻き込まれたのが二人。生き残ったのが一人という事実。一般人にとってみればほんの数分の出来事だった。 神秘は秘匿されるべきである。そういう配慮から生き残った少女の記憶は改ざんされて家に帰された。 「その時の少女の思念がE・フォースとなり、このままでは生き残った少女に害を及ぼしてしまいます」 何を今更という話だ。 きっと、傷つける事が本意では無いはずだ。けれど、どうすることも出来ない状況から同じようなエリューションを呼び寄せてしまっていたのだろう。 「なので、討伐をお願いします」 資料を見る限り、かなり強力な相手だ。 それでもここで倒せばもう、今後現れることは無いだろう。今はまだエリューション達には少女を攻撃する様子は見えない。だがエリューションである以上は当然、放置すればフェーズは進行し、凶暴性を増して行くことだろう。 倒す他ない。 どの道このままでは生き残った少女もエリューションに殺されてしまうのだ。 ただ一つ。リベリスタには気がかりな事があった。 「少女をこの幽霊と合わせる事って、してもいいのか?」 神秘は秘匿されるべきである。普通に考えれば許される筈もない。 なぎさは海色の瞳を伏せた。 それを差し引いても……会ったからどうなると言うのか。 果たして死んでしまった友達の亡霊と会う事は、幸福なのだろうか。不幸なのだろうか。 会いたいだろうか。会いたくないだろうか。知るべきだろうか。知らないほうがいいのだろうか。 もう一つ打算的な事を考えるのであれば、もしもEフォースである少女が、生き残った少女に気付かれないこと、忘れられてしまった事にひどく感情の高ぶりを感じているのであれば、会わせてしまえば巧い具合に事が進むのかもしれない。 「いや、いいよ」 逡巡するなぎさにリベリスタはもう一度声を掛けた。 あくまでアークとして公言出来る事は、神秘の暴露なんて出来る限り避けて欲しいという言葉だけだろう。今、リベリスタには二つの選択肢がある。 一つは一般人を速やかに追い払いエリューションと戦う事。もう一つは現実を生きる少女と、思い出を生きる少女。二人を邂逅させる事だ。 前者はリベリスタにとって危険が大きく、後者は不確定要素が大きいのが悩みどころである。 けれど、決めるのは現場に向かいながらでもいいだろう。 「よろしくお願いします」 ぺこりとイングリッシュフローライトの髪を揺らして、なぎさはリベリスタを送りだした。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:もみじ | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年12月01日(日)23:53 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● どうして、どうして。ここに居るのに。ねぇ、どうして気づいてくれないの。 蒼穹の空に響く鈴の音が憂いを帯びてその声を叫ぶ。ああ、どうして世界は理不尽なのだろう。 「忘れてしまった少女と、忘れられてしまった少女。思い出すほうが良いのか、悪いのか」 ぽつりと小さな声で呟いたのは『アクスミラージュ』中山 真咲(BNE004687)だった。 皆より行動を先に。敵が何も知らない少女へ意識を向けている間に歩を進める。 世界の真意などダーク・ヴァイオレットの瞳を湛えた少女には分からない。けれど、目の前の『君』を倒す事は絶対だから。別れと悲劇しかこの結末に無いのだとするならば、自分たちで飲み込むほかない。 それがエゴイズムに包まれた優しさであろうとも。――――君達の命と思い出を、いただきます。 折片 蒔朗(BNE004200)はペール・ホワイトの羽を広げて人間の意志を反らせる結界を張る。 愛らしい体躯の少年の瞳は少しだけ憂いを認めていた。 ――彼女には、最後まで犠牲を強いる事になるんですね……。でも、自分で決めた道です。何も知らない少女に、最後まで嘘をつき通しましょう。 きっとこれが最善の策なのだ。幸せの中に在る少女を再び此方側に引き込んではいけない。 『赤錆烏』岩境 小烏(BNE002782)は自信の羽をすり抜けた冷たい風に秋の人恋しさを感じた。 未だ公園に残っていた一般人を避難させるべく、小烏はローテンブルクの瞳で彼等を拐かす。 もちろん、何も知らない少女も一緒に。もう、届かない場所へと歩を分かつ。 「すまんな。この先は巻き込まれる事の無いよう祈ってるよ」 公園に木枯らしが吹いたのと同時に、一際大きく鈴の音が鳴り響いた。 行かないで。忘れないで。お願い。私を思い出して、友達に忘れられるのは嫌だよ。 少女の嘆きは温厚である金木犀の核を揺さぶり、エリューションを体現させる。 最初に動いた小烏が目の前に出現したE・フォースの行く手を阻んだ。振り上げる左翼より舞い散ったダーク・ブラウンの羽はそれ自体が術式を刻んだもの。小烏の放った無数の式は鳥葬の如く敵へと飛来する。 芳しい花の香りが一段とキツくなった気がした。 「金木犀の香りか、いいね。前にどこかの料理屋で金木犀の香りのお茶を飲んだっけ」 ――あれも確かに良かったけど、でも、やっぱり咲いている花の香りのほうが好きかな。 フィティ・フローリー(BNE004826)は漂う香りに思い出の栞を開けた。シナモンの瞳は花を見つめ戦場へと足を踏み出す。走る足は風を纏いながら加速していった。 ビュウと大斧が風を切り、金木犀の花を散らす。風に流れる黄色い色の間に見えるのは漆黒の長い髪。 真咲は大きな瞳と笑みを浮かべる口元で地面の砂に足あとをつけた。彼女の影が消えぬ内に蒔朗の剣が穿たれる。白い翼によって加速され破滅のカードを従えた剣先。下段から上段へと切り上げられた太刀筋はそのまま舞い上がりひらひらと地面に到着する。 クローム・オレンジの香りが辺りに広がって行く。じわりじわりと纏わり付く芳香にリベリスタは包まれた。 ――助けた相手に忘れられるなんて……なんて可哀想で可愛い子なんでしょう。ふふふ グラファイトの黒『残念な』山田・珍粘(BNE002078)那由他はエメラルドの瞳をすっと細めた。 ザリザリと金木犀へと近づく足あとには暗黒の影が纏わりついてシュネーのドレスを黒く染め上げて行くようだ。那由他の持つ刀は科学処理の施されたフラーレン。ディアマンテよりも硬いそれは那由他が力を開放するのと同時に刀身を金剛光沢から混沌の黒へと変幻させて行く。 「少女に寄り添う心優しいあなた。どうして世界は、あなた達を愛してくれないんでしょうねえ」 その残酷さも素敵だけれど。くすくす。那由他は嗤う。 ジークリンデ・グートシュタイン(BNE004698)はストレート・グレイの瞳を敵影に向けた。 これからを生きていく子供の心を優先し、死者を「なかったことにした」当時のリベリスタの気持ちは、十分に理解できますね。 奥に佇む少女のエリューションは未だ失望と涙におぼれて戦意すら見当たらない。少女にはアークの都合等理解できないだろう。 咄嗟に友達を護る勇気はあっても、存在を覚えて貰えていない事には悲しみを覚えるのだ。 生き残った少女を再度巻き込むわけには行かない。其のためには最善を尽くすと、ジークリンデは自身を防御体制へと移行させていく。 そのジークリンデの前に郷愁が迫っていた。蘇芳の毒を身に浴びた彼女は苦痛の表情を浮かべる。 ――自分を忘れられる、というのは確かに悲しいことじゃな。気持ちがわからんでもないが、他人を傷つけていい理由にはならん。 少し憂いげにため息をついたのは苑山・應志(BNE004767)だった。 「ひどいかも知れぬが、成仏してもらうしかないのう」 ひどく芳しい匂い、ともすれば戦意を喪失させられそうな匂いに叱咤しながら應志は扇子を握りしめる。状態異常を回復する術を持ちあわせていない己自身がもどかしい。 ならば、せめて傷ついた仲間を癒やす手間は惜しまずに。広げた聖遺物を掲げ治癒の歌を奏でた。 その声に反応するように、面影と焦燥が應志へと赤色の不吉と炎を放つ。 自分の意志とは関係ない所で友の死を忘れさせられた事。それは梨花にとって良い事だったのか悪い事だったのか判断するのは難しい。思考の仮定は両方の条件が揃ってこそ成り立つものである。 『ロストワン』常盤・青(BNE004763)は重くなる自身の身体を敵影の前に晒して大鎌を掲げた。 ――鈴乃にとっては不幸な事であるのだろうけど……。神秘に関わる事は彼女を幸せにはしないだろうから。 青は行く手を阻む焦燥の側面へと回り込む。鎌から湧き出るダーク・ブルーのオーラは回復不能の呪いとなってエリューションに傷を負わせた。 ● ジークリンデのストレート・グレイの瞳が鈴乃の肩越しに見える。小烏は目の前のフォースを後衛に行かせまいとしながら大本である金木犀にダーク・ブラウンの羽をしどどに降らせた。 クローム・オレンジの花をパラパラと散らすエリューションは瘴気を帯び始める。降り注いだ羽の一枚に毒されたのであろう。 刃先の色は鋭く光るシトロン・ミスト。真咲は小柄な体躯に不釣合いな程大きな斧を手に敵影の枝をへし折っていた。彼女が得物を振るう様はルースの様に荒々しい。 けれど、その内に眠る慟哭。他人を捕食し糧とする肉食獣の如き精神性は、やがて研ぎ澄まされた鋼鉄の牙になるだろう。今しか見られない危うさの斧技は敵をも魅了する。真咲の唇が笑みに変わった。 途端にクローム・オレンジの花がフレイム・オレンジへと変化していく。枝が鞭の様に撓り、面影を強かにうちつけた。真咲の攻撃によって擬似的な幻覚でも見ているのだろう。 面影がふわりと跡形もなく消えていった。 蒔朗が色彩の変化した金木犀に刀を突き入れる。傷の付けられた場所へとステンドグラスの様な色とりどりのカードが刺さった。 その小さなクラウン達はペール・グリーンの光を放ち、深々と自身を金木犀の内部へと侵入させていく。 普段ではありえない様な輝きは、絶対命中の光沢であった。 シュネーのドレスが風に揺れている。可愛らしいフリルが付いた袖から振るう剣は混沌へと敵を誘うのだ。 那由他はエメラルドの瞳で金木犀を見つめる。 フラーレンに自身の生命力を吸わせて呪いに変えるのだ。元々が金剛光沢の剣は彼女の色に染まって奈落色。打ち付けられる太刀筋は黒く、混沌としていて揺らめいている。 気がついたときにはもう、金木犀は根本から硬い石に覆われていたのだ。 フィティは槍を手に行く手を阻む郷愁へと突進する。正面からの突き入れの構えを取る彼女にフォースも気付いて応戦しようと形を変えた。 一瞬、フォースの瞳にはフィティが消えた様に見えただろう。彼女の得意とする戦術はフェイントを多用するものだ。見事に引っ掛けられたエリューションはその身体を長い槍に貫かれた。 フュリエ特有の長い耳に彼女のパール・ブルーの髪が流れるように落ちていく。 「な!」 小さな声を上げたフィティは郷愁から引き抜こうとした槍が抜けない事を悟ったからだ。 僅かな隙をついて彼女に毒性のダメージが与えられる。 「痛っ!」 苦痛に顔を歪める彼女を見かねて、ジークリンデが前に出てきた。ふわりとミスト・シルヴァの髪が浮かび上がっていく。彼女の周りを取り囲む神気が力を増しているようだ。 ジークリンデが誓う神は定かではないが、高貴なる力が彼女に邪気を取り払う光を与える。 それは、フィティの身体を蝕む毒を取り除き、昇華していくのだ。 「安心せい。回復してやるぞ」 優しげな声を響かせるのは應志だ。傷ついたフィティの為に扇子を広げて天使の息吹をふかせる。 エルヴの光は赤く傷ついた仲間の傷口を急速に癒していった。 仲間が槍で動きを止めた瞬間を狙って、青は漆黒のオーラを解き放つ。それは郷愁の急所を目掛けて飛び立ち絡めとるのだ。そして、最後には青の大鎌が首を落とすかのごとく、フォースを断罪する。 焦燥は狐火の様な赤を小烏に飛ばした。しかし、それは大した傷にもならず彼の羽を焦がしたのみ。 一番気づいて欲しかった相手は自分達ではなかろう。だが、最善がでなくとも次善だ。 小烏は金木犀の天辺についてある鈴を見つめる。もう体力が残されていないであろうE・ビーストが枯れる前に……。 一匹の鴉がエアウェイ・ブルーの空に飛んでいた。そこだけ切り取られたみたいに綺麗な黒。 それはひゅるひゅると落ちてきて金木犀の命をそっと終わらせたのだ。 リーン。 飛ばされた鈴が小烏の手の中に落ちてくる。 「かくれんぼはもう終いだ」 増えていたフォースは今のところ12体ほどになっていた。じわじわと侵食されるリベリスタ。 蒔朗は翼を広げて敵に取りつきながらメルティーキスで死の刻印を埋め込んでいく。 天使の様な笑顔とのギャップが魅惑的であった。 真咲の華麗な斧裁きはステップを増すごとに此方の攻撃手を増やしていく。すなわち、彼女の虜になったフォースが仲間を攻撃しているのだ。それに、彼女の攻撃力の高さは光るものがある。側に仕えた白銀の毛並みが美しいアルパカの存在感も凄い。 「……ごちそうさま」 大戦斧が面影を粉々に打ち崩していった。 少なからず負傷していたリベリスタの傷は、すかさず應志が回復に当たる。連携の良さは数を大きく上回る敵にも対抗しえるものだった。 ジワジワと侵食されていたリベリスタが、今度は駆逐する側に変化していく。 ジークリンデの槍から繰り出されるヘビースマッシュで最後の一体が悲しげな声を上げて消滅していった。 後に残ったのは涙を流しながら佇む死んでしまった少女だけだ。 ● 小さくなって行く背中はもう見えなくなった。もう、きっと会える事も無いのだろう。 このチャンスを逃せば二度と、声を聞くこともできなくなるとわかっていた。だから、あの時と同じ状況を作り出し思い出してもらえるようにしようと……。 まって、置いて行かないで。私はここに居るよ。お願い、忘れないで。 かなしい。悲しい。哀しい。――――ねぇ、どうして。どこにいったの。 「嬢ちゃんも、すまんな。あの子が悪いわけじゃないんだよ」 小烏の声が少女へと届けられる。 かつての記憶操作が悪かったわけでもない。ただ巡り合わせが悪かった。理不尽な理由だが、この世は概ね理不尽だ。 「嬢ちゃんも帰る時間だ。どこに帰ろうか」 「やだ! 帰る場所なんて……! 私には、無いもん! 何で、なんで!」 無意識に向けられた鈴乃の攻撃は意図したものではなかったのだろう。 戦意は無い。錯乱状態に近い攻撃。 それでも、エリューションである鈴乃の攻撃力は高いものであった。 二連続の攻撃にフィティがゆっくりと倒れて行く。けれど、伝えなければならない言葉が彼女にはあった。 「忘れられたのが辛い、か。君は梨花を助けたくて散ったんだろう? だとしたら、彼女が君のことを忘れたのも、その方が彼女の精神が落ち着いていられるからだ、と判ってあげてほしいな。……まあ、こんな理屈を言っても納得いかないだろうし、それは君の責任ではないのだけれども――」 最後の方は力なく終息していった声。意識を失ったフィティだったが幸い息はまだある。 フィティを抱えながら、蒔朗は鈴乃へと瞳を向けた。 「彼女があなたの事を忘れてしまったのは、おれ達のせいです。ごめんなさい」 「何をしたの? ねぇ、なんで」 「貴方の事を含めて、事件についての記憶を封じました。一般の方が神秘に関わるのは、とても危険だから」 攻撃の脅威にさらされない場所まで仲間を運びながら、少年は言葉を紡いでいく。 「今、自分がどういう存在になっているのか理解していますか? あなたのような存在を、おれ達はエリューションと呼んでいます」 「エリューション? 知らない。分からない」 小さな子供はぶるぶると震え、イヤイヤをするように涙をながす。 透明になっていてわかりにくいが、当時の事件の時から成長もしていないただの小さいこどもの姿。 「鈴乃さんが彼女を庇ったものも同じ。本人の意思に関わらず、自我が奪われ、人を襲うようになります」 少女は倒れたフィティに目を向けた。血に濡れた身体は痛そうで本当にこれを自分がやったのかが疑問であった。けれど、他に誰が傷つけたというのか、その答えに回答を得られない。 「痕跡を一切残さない。それがひどく辛い選択であるのは承知の上で、お願いします。どうか最後まで、彼女を守って下さいませんか?」 真っ直ぐな蒔朗の瞳が鈴乃を射る。真摯な眼差しに少女の気持ちは揺らいでいく。 「でも……どうして」 「どうしてって、それは忘れてしまった方が辛くないから、たとえ友達でも、死んでしまったら忘れられてしまうものだから」 真咲は現実だけを突きつける。彼女は多くの言葉を伝えない選択をした。 いくら取り繕っても梨花と鈴乃が会える事はもう無いのだから。 「死んでしまったらもう終わり。君と彼女はもう出会ってはいけないんだ」 「何で、なんで!!!」 リベリスタの投げかける言葉は鈴乃の心を大いにかき回していく。それが、危うく綱渡りの様な言葉だとしても彼女の心を溶かして行く過程である事に変わりない。 「貴女の想いがどうあれ」 ジークリンデが辛辣に言葉を連ねていく。普段の和やかな彼女からは想像できない、厳格さ。 過去に起こった事実もこれから迎える終末も変えることが出来ないのを知っているからこそ。 この身に受ける感情ならば受け止めると彼女は謂うのだ。 「私達はエリューションを討つ。別に君を憎んでるわけではない。それが仕事であり、梨花も含めて、一般人を守る唯一の手段だ。だから恨むなとは言わないが……」 「梨花を守りたくておぬしは自分を犠牲にしたんじゃろう? そのおぬしが梨花を傷つけてどうする?」 應志は涙を流す鈴乃へジェオルジの瞳を向ける。 「私はただ、思い出してほしかった……!」 「なら、逆に問うが、梨花を大事に想っていたことを思い出すことはできぬのか?」 彼の声に反応して鈴乃の瞳が大きく見開かれた。寂しいという思いで塗りつぶされていた心に小さな波紋が広がっていく。それは暖かな心の涙。 「あ……私、私」 「忘れられて、辛かったですよね。寂しかったですよね? 私には、その悲しさを真に癒せないでしょうけど友達を思って泣いている少女を、忘れない事は出来ます」 言葉と共に那由他は鈴乃を抱きしめた。手にしていたフラーレンは那由他の腰に吊り下げられている。 「私の名前は那由他です。私と、友達になりませんか?」 「那由他?」 「なゆなゆでもいいですよ?」 「う、ううう。ぅあああああ、あああああん。ううううああああん」 涙と共に鈴乃の身体が透明度を増して行く。彼女をこの世に引き止めていた蟠りが解けていくのだろう。 那由他は愛刀を右手に、左手は抱きしめたまま。 ――――鈴乃の身体を切り裂いた。 「でも結局命を奪うんですよね。悲しいなあ、ふふ……」 上弦の唇は嬉しげに、エメラルドの瞳は下弦に。小さな鈴の音がリンと鳴った。 後に那由他はこの事象が幸運だと語る。死者の望みなど生きている者にとっては知る事などできないのだから。――彼女の心の内を知る機会に恵まれた。これが幸運でなくて何ですか? と。 ● ――――神秘にまつわる事は思い出せないままでいい。けど、幼い頃に一緒に遊んでいた友達を思い出す事くらいはいいと思うんだ。 青は願いを込めて、他人の為の思いやりを金木犀に括りつける。 晴れ渡るエアウェイ・ブルーの空に鈴の音が小さく響いていた。 風に乗ってふんわりと香るのは金木犀の花。 中学校の制服に身を包んだ少女が、その花に結び付けられていた鈴へそっと手を差し伸べる。なぜそんなことをしたのか自分自身でも分からない。 けれど、小さい頃に遊んだ少女の事を思い出した。突然引っ越してしまった彼女の事を。 一緒に手を繋いで歩いた、クローム・オレンジの金木犀が咲く公園の中。 鈴乃という友達が光の中で笑顔で笑っている光景を、ふと思い出したのだ。 『もー、いいかい!』 『もー、いーよ!』 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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