● 『初めまして、これからどうぞよろしくお願いします!』 朗らかな笑顔で挨拶をする彼女の笑っていない目を、今でも覚えている。 『……この犠牲が必要かどうかなんて、結局俺らが判断できる事じゃないんだろうけどね』 疲れたように笑う憎い彼の台詞が、今も耳に残っている。 『――私、殺すわ。彼を。……私のお父さんや、あなたのお兄さんみたいに、殺してやる』 酷く冷たい眼差しで私を睨む彼女の声が、今でも頭の中で響いて止まない。 結末を、予想してはいたのだ。 けれど倒れているのは、彼女ではなく俺のはずだった。 「あ……」 呆然とした様子で口を開いた彼女の手は血に塗れている。 赤に沈んだ友人の亡骸の前で、彼女は理解が追いついていなかった。 「違う。……違う、私、この子があなたを殺すって、敵討ちで殺してやるって、そう、言って」 ぱたぱた涙を流しながら告げるそれは、正確には俺への弁明ではない。友を殺した自分への釈明だ。 違う。違う。呟き続ける彼女は知らなかった様子だが、俺は最初から分かっていた。 ――数年前、泣き腫らした目で影から睨み付けていた少女の顔は、忘れられなかったから。 ただ、俺は。 殺されても仕方ないと、思っていたのに。 実行に移す前に友人に告げた彼女は、復讐を止めて欲しかったのか。 殺されても構わないからと無防備に信頼を見せていた俺を、素直に友と呼び懐く少女を、欺き続ける事を良心が咎めたのか。冷酷な復讐者に、なりきれなかったのか。 その結果がこれだとしたら、だとしたら、なんて。 ふらりと歩み寄って、倒れた彼女に背を向け、宙を仰ぐ少女に手を差し出して――俺は、胸を貫く刃を見た。 ああ。そうか。 刃を引き抜かれた衝撃で血を吐き出しながら笑う。 憎くて戻ってきたのか、運命の悪戯か。そうか。 なら、それでいい――。 ● 「はい、皆さんのお口の恋人断頭台ギロチンです。……ええ、アンデッドの討伐です。が、それだけじゃない」 溜息と共に『スピーカー内臓』断頭台・ギロチン(nBNE000215)は言葉を切った。 「第一のターゲットはこのアンデッド、若山・愛良。彼女はフィクサードであった父を殺され、敵討ちの為にリベリスタ組織に入り込みました。そして仇である男性、藤間・信行さんに近付く事に成功しまして」 モニターには笑う高校生程度の少女、反対に映し出されたのは三十も半ばの男の姿。 「でも、まあ、藤間さんは知っていた訳です。愛良が復讐を目的として自分に近付いてきた事を。……彼はそれでもいいと思ってた様子です」 何故。 目での問いに、ギロチンは首を振る。 「本当の所は分かりませんよ。ただ、彼の評判は聞く限り『とても真面目なリベリスタ』でした。仲間を思い、人を思い、叶う限り手を伸ばし、時には小を切り捨てる。……悩みながら、ずっと。だから、多分ですけど」 疲れてたんじゃ、ないですかね。 浮かべた笑みが苦笑なのか自嘲なのかは分からない。 「けれど彼が望んでいた終わりとはならなかった。愛良はリベリスタの友人――住岡・夏海さんに、自分の目的を告白した。結果殺し合いになり、勝ったのは何も知らなかった夏海さん」 夏海にとっては、青天の霹靂というべき事であっただろう。 友と信じていた少女が、復讐の為に傍にいたのだというのだから。 「全てが終わった後に鉢合わせした藤間さんは、ご覧の通りに蘇ってしまった愛良に殺されます、殺される、はずでした。けれど――彼はこの後ノーフェイスと化します。彼が、二番目のターゲットです」 運命の悪戯。 運命によって守られたのは命。同時に奪われたのは、その加護。 「……藤間はノーフェイス化した後、『辛い思いから解放したい』と、夏海さんを手始めに仲間を殺そうとしています。それは黙認できません。……復讐を果たした彼女を、『死に損なった』彼を、……殺して下さい」 彼が起き上がってしまった事実を、嘘にしてください。 フォーチュナはそう告げて、頭を下げた。 ● 俺を揺り起こしていた手が止まる。起き上がる姿に一瞬喜びに変わりかけた顔が強張った。 尻餅をついた体勢のまま、動かない。そうだ。分かってしまうのだろう。 目が覚めた時に、俺に残っていたのは彼女の瞳に映ったのと同じ、絶望だけだった。 そうか。世界を命懸けで守ってきたとしても、安らかな眠りさえ与えては貰えないのか。 彼女は目を見開いて、死体となった友と、『世界を害するもの』に変わった俺を見ている。 ……ああ、そうだ、そうだよな。 日に二度も三度も、『仲間だったもの』を殺すなんて、嫌だよな。 もう、そんなの嫌だよな。 「……疲れた、よな」 涙も枯らし、全く理解できない存在を見るかのようにこちらを見上げる彼女が哀れだった。 なら、せめて。 こんな辛い事から、解放しよう。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:黒歌鳥 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年12月03日(火)22:32 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 自己満足だろう、というのを否定はできない。 世界の為、人の為、害されたくないと願う自分の為。 やってあげているのではなく、自らその道を選んだ以上、誰を責めようとも思わない。 これも全部、自分のせい。 何もかも自己満足に過ぎないのならば、せめて、最期は。 手の前に割り込んで来たのは、一筋の雷光だった。 「諦めた貴方に……この命は絶対に奪わせない!」 掌が自分の胸を叩くのを感じながら、『幸せの青い鳥』天風・亘(BNE001105)は目の前の男を睨め付ける。背に庇った夏海は、突如現れた亘にも声を上げない。動かない。 彼が夏海に望む事は、自己満足で最低の事かも知れなかった。 それでも、死なせる訳にはいかないのだ。生きていれば、幸せになる道があると亘は信じている。 死が楽になる道なんて、嘘だ。 圧倒的な速度を誇る亘に続き、幻の如く吹き飛んで来たのは一対の白い翼。 ああ。もし信行が復讐で死ぬ事を何処かで願っていたというならば、今此処に立っている事それこそが嘘だ。ならば嘘吐きの言霊(やいば)で嘘にしてやろう。 「貴方達の感情は嘘じゃない。嘘じゃないからすれ違って争いになった。それだけよ」 戯レ毒に身を包み、『星辰セレマ』エレオノーラ・カムィシンスキー(BNE002203)は只笑う。 復讐心に情と義務の懊悩、優しさも、人が持っていて当たり前のもの。今刃先で抉った信行の血が赤かったのと同じ。そのすれ違いも当たり前。だからこそ、エレオノーラ達にとってこれは『いつ起こってもおかしくはない』出来事でもある。 「……他人事じゃないものね」 極寒の地の雪の様にさらりと零れ落ちる言葉の横を、『戦姫』戦場ヶ原・ブリュンヒルデ・舞姫(BNE000932)は駆け抜けた。信行の顔。そこにあったのは絶望と無力に支配された空虚だ。 彼は世界の残酷さを知っている。届かない手を伸ばし続ける無力感を知っている。 舞姫だって、知っている。けど。絶望で全て埋め尽くされたと思える現実にだって、一つの希望は残っている。 それを救い上げられるのならば、自分の行為は無駄なんかじゃない。 そのままでは救われなかった一つの光を見つける為に、自分の目と手は残っているのだ。 「愛良さん。――藤間信行を、貴方に殺させない!」 夏海を庇う亘とは反対方向に自らを置き、魔力を秘めた言葉で口にするのは挑発で願い。 同年代の少女が、いのちをなくした目で、舞姫を見た。 「――ええ。そして貴方にも、彼女を殺させはしません」 愛良と舞姫に視線を送り、『蒼銀』リセリア・フォルン(BNE002511)はエレオノーラの横に滑り込む。速度に優れたソードミラージュが四人も揃えば、壁となり刃となるのは容易い事だ。 「私が貴方にかけられる言葉は……ありません」 絶望に染まった瞳に、リセリアは目を細めて呟いた。彼はリベリスタだった。リセリアも。彼の様に復讐者に追われるかも知れない。彼女の様に復讐に囚われるかも知れない。エレオノーラが口にしたように、誰もが『他人事ではない』と思うからこそ――リセリアは『いつかの自分』かも知れない相手に掛ける言葉はない。 これは、そのいつかを映し出す鏡なのか。 白銀の篭手を打ち鳴らし、『ガントレット』設楽 悠里(BNE001610)が信行の腹に冷気を纏った拳を叩き付けた。吐息は白い。彼はまだ生きている。けれど、これは全てを諦めた死人の目だ。 その心は、分かる気もする。悠里を狙う復讐者が現れたとして、大切なものを持つ彼はわざと殺されはしないけれども、奪った以上は奪われても仕方ないとは思う。でも、それを認められるかどうかは別だ。 戦闘用緑布を翻し、刃を目立つように構えながら『夜翔け鳩』犬束・うさぎ(BNE000189)は空を蹴った。弾けた光に震える体、瞬きの間の残像に思えるそれが乱れなく信行へと打ち込まれる。たった今切り裂いた男に向けて瞬いて見せ、うさぎは口を開いた。 「自分の疲れを周りに迄押し付けるな!」 無表情の叱咤。信行がどうしようもない程疲れていたとして、夏海もそうだと考えるのは違う。全てを捨ててしまうのが楽だなんて、そんなのは違う。 「確かに、仲間を殺さなければならないのは辛い事に違いない」 神秘を知らぬ人が近付かぬ様に境目を切りながら『0』氏名 姓(BNE002967)も少し離れた場所でゆるり首を振った。 「けれど、仲間に殺される事だって辛い筈でしょう」 信行とは違う虚無を、零を抱えた瞳が捉えるのは座り込んだままの少女。このままでは、彼女が最期に抱えるのは絶望だ。絶望から冷め遣らぬまま、もう一つの絶望を与えられ、全て塗り潰されて終い。 信行が与えるのは安楽ではない、更なる絶望だ。 奪い奪われる絶望を知りすぎた彼は――当たり前の事も忘れてしまう程、麻痺しているのだろう。 「疲れるよね」 回復手であるが故に前には出すぎず、『appendix』メイ・リィ・ルゥ(BNE003539)も呟いた。青いシートの向こう側、ぼんやりと佇んでいるようにも見える信行の目は迷いさえも捨てて何もかも虚ろ。自らの魔力を高めるべく周囲から取り込みながら、未だ幼い部類に入るだろうメイは溜息を吐く。 自らの役目として正しい事と、人として正しい事は必ずしも一致する訳ではない。 それどころか人の倫理に沿えば悪となる事も、時には行わなければならない。 「そもそも、本当に正しい事ってなんなんだろ?」 大の為に小を殺すのが正しいのか。小の為に大を危険に晒すのが正しいのか。 どちらかを切り捨てなければならない場合の正解なんて、きっとメイにも誰にも分からない。 「……疲れるよね」 もう一度呟いて、メイは空を仰ぐ。 晴れそうにはない、曇天だった。 ● 自分の父も罪があったのだと知っている。 でもそれは『殺されなければならない程』の事だったのか。 司法では裁けないからと、償いの機会も与えられず殺されるのは正しかったのか。 或いはそれが、運の悪い事故だったとして――彼らは何故、咎められない。 大義名分さえあれば、奪う事も許されるのか。世間話で問えば、彼は笑って、首を振った。 わからない、と言う声は、掠れて余りにもか弱かった。 肩を掴み、抱き上げて亘は六枚の翼を羽ばたかせる。 低い位置ながら空を翔る彼の姿は、二度の加速を得て夏海を一気に戦場から遠ざけた。 涙の痕を残す彼女に、亘は上着を被せる。反応を見せない夏海の頭を撫で、微笑んだ。 「心配しないで待っていて下さい。すぐ戻ってきますから」 それは、聞こえているかも分からないけれど――。 「ねえ、愛良さん」 狙い通りに自らを向いた少女に、舞姫は語りかけた。 「なぜ、夏海さんに真意を告げたのかしら」 煌くのは光の飛沫。明滅するそれに気を取られたように視線を彷徨わせる少女から答えは返らない。 復讐の為に生き、死しても仇を討ったその憎悪は本物だったのだろう。 でも、心の全てが憎悪で満たされていたとしたならば、彼女は容易く復讐を遂げられただろう。信行自身が復讐を待っていたのだから、チャンスなんて幾らでも転がっていたに違いない。 わざわざ友人に告げる必要なんて、なかったはずだ。それを告げたと言う事は。 「全てを忘れられたら、幸せになれたのかしら」 無理だとは知っている。舞姫が今までに受けた苦痛を、悲しみを、辛さをなくせはしないように、愛良にとってもそれは自分の一部だったのだろうから。捨てられない感情と、新しい感情の波の狭間でもがいて、愛良は溺れてしまったのか。 溺れてしまったのは、彼女だけではないのだろう。 人であったものを殺し、フィクサードだからと誰かの家族を奪う。崩界を防ぐ為に、世界の為に人を殺す。 ギャップに苦しむリベリスタを、エレオノーラは現在進行形で多々見てきている。 「知らない人が見ればあたし達は人殺しね。恐れ、憎まれる事もある」 彼らは生きている。それを殺す。何を言った所で、その事実は変わらない。 「でも、それは正しい。人殺しが謗られない世界はあってはいけない」 羽ばたいて、時を重ねた唇は囀る。世界の為だからと人殺しが許容される世界があれば、それは狂っている。だから、自らが人殺しで『いられる』世界を守るのが、リベリスタとしてのエレオノーラの義務。迷ってしまえば、それで終い。 自らの身体能力を高めながら、リセリアは夏海を探すように目を動かす信行の前に立った。 「――夏海さんを殺す事だけは、絶対にさせない」 男を兄と重ねて慕う少女。憧れ背を追う姉がいるリセリアだからこそ、余計に思う。彼に彼女を殺させてはいけない、と。 他人事ではない他人事。けれど、信行に特別な感情を抱いていない『見ず知らず』だからこそ、彼の知人や仲間に枷を与えることなく止められる。 悠里は氷を引き剥がせない信行に向けて雷撃を纏った拳を、蹴りを嵐の如く繰り出した。 「君にもあったはずだ。武器を取った理由が!」 臆病な悠里が彷徨う内に拳を握る理由を知ったように。 「助けた人の笑顔が! 一緒に戦った友達が!」 たった一つの『ありがとう』の言葉、死線を潜り抜けた事を心から喜び合えた仲間。 「苦しいだけの人生じゃなかったはずだ!」 手が何も掴めなかったなんて、言わせない。得たものが、救ったものが、必ずあった。 どれだけ辛く悲しく苦痛に満ちていたって、守る価値があるものが存在すると知っていたから、彼は戦っていたはずだ。 「死ぬのが救いなんて、嘘だ!」 その目に向けて、悠里は語り続ける。終わりが救いだと思っていたならば、彼はリベリスタを選ばなかったはずだ。自らを見詰めるオレンジの瞳がまるで陽光であるかの様に、信行は目を細めた。 「……そうだね」 紡がれた声は、悠里と十も離れていないだろうに枯れ切っていて、残っているのは空虚だけ。 彼の言葉が届かなかった訳ではない。手に入れたものが少なからずある事は、信行にだって思い出されはしたのだろう。それでも尚――指の隙間から零れる砂のように、乾いて思えているのかも知れない。 或いは、その尊いものに手を伸ばす資格はもう自らにはないと思っているのか。 ぼんやりとする彼に、うさぎは唇を噛み締める。 「最後に投げ出してしまったからって、貴方が成した事が無かった事になる訳じゃない!」 それは疲れ全てを諦めた彼への、うさぎからの叱咤であり、激励だ。 「だってそうでしょう? 貴方のやってきた事も、噛み殺してきた苦痛も、それでも通したかった想いも、無意味なんかじゃない筈だ!」 身が闇に落ちたって、それまでに救い上げた光は消えたりなんかしない。 薄汚れたって、抱いていたその想いは『本物』だったはずだ。 「それだけは、嘘にはさせない! 私がさせるもんか!!」 偽の崩界前兆、呪力に満ちた月光が身に注ぐ。 けれど姓の体は、呪力に少し焼け付いた程度にしか感じない。 「生憎、彼への攻撃は止められないけど、君が藤間さんを殺す事を止めやしないよ」 死した瞳に、そう告げる。復讐を果たすなら今の内だ、と。理解をしているのだろうか。その上で反応を示さないのだろうか。血で濁った瞳は、真意を伝えてこない。 忘れてしまえば、楽かも知れない。 けれど忘れてしまうのさえも、正しい事かも分からない。 メイが呼んだ風が、姓へと吹き付けた。満ちる無力感はなんなのだろう。 時に惚けて自らの役割さえも忘れてしまいそうに体に纏わり付く。 それが酷く重く感じられて、メイは小さく息を吐いた。 「下っ端のボクでも疲れるもん。歴戦の信行ちゃんとかだと比べ物にならないくらいなんだろうけど」 身に大きな癒しの力を宿しながらも首を振るメイは、明確な目的を持ってリベリスタとなった訳ではない。それでも、楽に楽に逃げれば、先には破滅しかないとは何となく悟っている。 「楽な方にげちゃダメなんだろね。それがリベレスタなんだから」 少々舌足らずな調子で呟いた言葉が、地に落ちる。 大の為に小を殺す。世界を守る為に、避けられない事。 割り切らねばならない。でなければより多くが危険に晒される。 だとしても、切り捨て押し殺していったもの達を忘れたくはない、と姓は願う。 人殺しが許容される世界が狂気である様に、『普通』を忘れてしまえば――守りたかった大切なものさえも、傷付けてしまうだろうから。信行が絶望の一つを、忘れてしまったように。 ● 明るい子だった。彼をよく目で追っていたから、好きなんだと思っていた。 私も彼を好きだったけれど、恋愛とは違うものだったから好ましい事だと思っていた。 だって彼女は、明るく分け隔てなく、いつも少し離れた所にいたがったから。 手を掴んで引き摺りこんだ私に向けて笑ったのは、嘘じゃなかったと信じている。 そう、嘘じゃなかった、から。 締め上げるそれは無力と言う名の錘で鎖。 救った一つさえ、次の日には血に塗れて転がっているかも知れないのに。 大事にしてきた一つさえ、次の日には追い回され殺されるかも知れないのに。 緩やかに締め付けてくる絶望が、呼吸を止めて息ができない。 手足を取る無力感を拭うメイの風も一人にしか届かなければ、戦況の進みはいっそ緩慢とも言える程に緩やかだった。それでも、数で勝り、質も揃ったリベリスタに、連携も取れず片方はロクな思考能力もないノーフェイスとアンデッドが優位で居続けることはできない。 「藤間信行さん、貴方を討ちます」 解放してやろうと伸ばされた信行の手をすり抜けて、リセリアはセインディールを振り上げた。手向けとばかりに、光の花を散らした蒼の刃は、胸を穿ち――彼を再び、血に沈める。 その瞬間悠里が見た愛良は、だらりと腕を垂れて何を見ているでもなかった。 殺したい。殺してやる。そう願っていたはずなのに、余りにも静かな彼女に目を伏せる。 「ごめんね」 自分にも『愛良』はいるのかも知れない。殺したいと願う誰かが。だとしても、守りたいものをこの腕は抱いているから、決して殺されてやる訳にはいかないのだ。 拳が、細い体を打ち据えた。 「若山さん。貴女は、本当に復讐したかったんですか?」 反応はない。リベリスタの呼びかけに、時折彼女の唇は開きかけた。でも、告げる言葉を持っていないかのように、浮かぶ前に思考が飛ぶかのように、声にはならない。 「ねえ、愛良さん」 目の前で散った赤に、舞姫が目を閉じた。 「哀しいね」 彼女は、何も応えなかった。 沈黙。 彼らは動き出さない。起き上がらない。片方は死体に戻り、片方は死体に為った。 「おやすみなさい」 メイが目を閉じ告げるそこに、砂利を踏みしめてふらりと夏海が現れる。 目はまだ夢を見るかのように泳いでいで、焦点が判然としない。 「夏海ちゃん?」 「……ねえ、ゆきちゃんは」 信行の愛称を口にしながら近付こうとする姿が余りにも不安定で、悠里はその肩を止める。 見上げてきたその目が、間近で見た信行の目と似ていて――悠里は見返した。 「あの人は君が憎かったんじゃない。きっと、君の事が大事だったから辛い事から解放したかったんだ」 瞬く。泣き腫らしたはずの目の奥底が乾いているのが分かった。 「それが正しいは思わないけど、恨まないで上げて欲しい」 「恨むなら、あたし達を恨んでもいいわ。でも忘れないで。これがあたし達の役目よ」 「やくめ……」 夏海はぼんやりと倒れた二人の方へ視線をやる。その姿に、うさぎは首を振った。 「勝手な想像ですけどね。結局、止めて欲しかったんだと、そう思いますよ。で無きゃ何で話しますか」 無言。 一つ、言葉が漏れた。 「……だったら、愛良はわたしがころさなきゃいけなかったんだ」 リベリスタとして。何より彼女に秘密を打ち明けられた友として。 信行と同様に、彼女も絡みついた暖かいものに緩やかに首を絞められて、どうしようもなくなっていたのだ。復讐が信行にとって一種の救いであったように、復讐に敗れて死ぬ事は愛良にとっても一種の救い。 彼女は復讐を止めて欲しかったのだ。ならば彼女に信行を殺させてはいけなかったのだ。 それを、自分は叶えてやる事ができなかったと――笑い泣き出した夏海に、うさぎは目を伏せる。 「自分で決着が着けられないから、だから、決められる人に甘えたんです」 疲れていた。だから頼んだのだ。『信頼できる仲間』に。……押し付けられた方がどうなるかなんて、考えもせずに。 夏海はわらう。わらう。ないて笑う。 「ねえ、あなたたち」 「私の友達を殺してくれて、ありがとう」 そこに嫌味や皮肉はない。ただ、泣きながら笑う一人の少女が、礼を繰り返すばかりだ。 「今はとにかく、休んで下さい」 涙に濡れた瞳が自らを見詰めながら壊れたように言葉を紡ぐのに、亘は首を横に振った。 軽く、その背を叩く。今は駄目だ。そう、今は。 肩から落ちかけていた上着を亘が掛け直せば、夏海は小さく笑った。 伝わる体温はあたたかくて、彼女はまだ生きているから、幾らでも、幸福は待っている。 どんなに絶望していても、辛くても、幸せになれる未来を決して諦めはしないから。 「……お送りしますよ」 「――彼女たちと一緒に」 愛良の髪を指先で梳いて整えていた舞姫が、立ち上がった。 暖かくて柔らかくて、けれど切れないその紐は――きりきりと誰もの首に、絡み付く。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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