●ある悲劇。 神秘は秘匿すべきである。 その理由は様々だが、最たるは人が理解できないものは恐怖を生み、戦いを生む可能性があるからだ。 だが神秘を行使することで命が救われるのなら、それを行うべきだ。リベリスタはその信念に基づき、神秘を隠しながら人を助けてきていた。誰にも感謝されることなく、しかし確かに世界を守ってきた。 ベレッカもそういったリベリスタの一人だ。ホーリーメイガスの彼女は神秘の戦いで傷いた人を救い、そして護ってきた。癒し手として仲間が誰も死なずに帰ってこれるのは幸せだった。 その均衡が崩れたのは、街全体を襲う砂嵐が発生した時。大量のけが人が出て、救助には時間がかかるという。 素人目に見えても治療は間に合わない。ライフラインは断たれ、交通網も途絶えて満足な食料を得られることがない。治安は乱れ、暴徒が更なる被害を生み出す。 神秘に籍を置くものとしてただ医療に徹するのが最良なのは知っていた。神秘の癒しを施せば衆人の目に映る。これだけの数の記憶操作は間に合わない。その人手もいない。そしてインターネットによる情報網は、噂を素早く拡散してしまうだろう。 だが、 「坊や……ごめんね、ママ、誕生日に、行け、ない……みたい……」 途切れ途切れにこぼれる言葉。その言葉がベレッカを動かし、そして癒しの神秘を行使していた。その行為は人の目に映り、そして人々はその治療にすがる。その手を拒むことは、ベレッカにはできなかった。 結果として、猛威を振るった砂嵐はその規模に反して人的被害は少なく、大きなニュースにはならなかった。ここまでならめでたしめでたしなのだろう。 だが、一部の人間がベレッカの癒しの術を『神の奇跡』と称して騒ぎ始めたのだ。大量の怪我人を相手にしていたベレッカは逃げる機会を失い、癒しの女神として祭り上げられてしまう。 それは災害で希望を失った人達からすれば、未来への希望だったのだろう。神はいるのだと思うことで、明日を生きようと思う希望。 ベレッカはそれを理解し、希望となることを選んだ。 そしてそれは、神秘秘匿の信念に反することでもあった。 ●ヴァチカンからの要請 「ベレッカ・マッツォレーニを暗殺してください」 ヴァチカンから要請された依頼は、単純明快だった。彼女の情報も被害にあった町の状況もすべて整っている。 「シスター・ベレッカはけして悪人ではありません。時代が時代なら放置もできたでしょう。ですが……今は噂の拡散速度が違います。事が世界中に知れ渡れば、神秘の秘匿は危うくなります。 このままでは良くない。そう判断しました」 依頼の説明をする司教は、年齢以上のものを背負って老け込んでいるように見えた。同門の、それも聖女と呼んでも差し支えないものを殺せと命じる判断は、けして軽々に発せられたものではない。 「人の目に触れるようにマッツォレーニが殺されれば、彼女を慕う者が暴徒と化すでしょう。あくまで人知れず、彼女が殺されたようにしてください」 その後の処理はヴァチカンが行うと司教は告げる。別の噂を流し、ベレッカの存在そのものを消すように動くと。 「何故、わざわざアークを雇う? ヴァチカンの衛兵にも革醒者はいるんだろう」 「後顧の憂いをなくす為です。シスター・ベレッカの処遇は今でもヴァチカン内で割れています。誰がやるにしても、私達(ヴァチカン)では情が移ります。判断を下したのは私ですが、実行犯もヴァチカンの中では生きにくくなるでしょう。 ですが、貴方達はヴァチカンの人間ではない。ただ私に雇われたヴァチカンに関係のない人だ」 「それは」 傭兵の使い方としては正しいのだろう。神秘の為の穢れ仕事。誰かがやらなければならない事。 誰もが正しいことをしているのに、どうしてこんなことが起きるのだろうか。殺せと命じた司教でさえ、こんなことは望んでいないのに。 勿論拒否しても構わない。やらなければ役が誰かに代わるだけだ。 貴方はこの依頼を―― |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:どくどく | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年11月30日(土)23:14 |
||
|
||||
|
■メイン参加者 8人■ | |||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
● ヴァチカンは一般解放されている区域もあれば、立ち入り禁止区域もある。当然といえば当然だが、神秘関係は立ち入り禁止の区域に存在する。 「砂嵐の起きた街での依頼で派遣されてきましたアークの白雪陽菜といいます。無礼を承知でお願いに参りました。司教様にお目通りをお願いできませんでしょうか?」 「アーク……失礼ですが、アポイントメントは?」 なので、友好組織であるアーク所属の『三高平の悪戯姫』白雪 陽菜(BNE002652)が正装で門を叩いても、衛兵は業務とばかりに彼女の足を止めた。門前払いを食らわなかったのは、運命の輝きを持っていることがわかるからでしかない。 (どうしよう……? 暗殺の件を出せば話は早くなるけど、それを出せばややこしくなりそうだし) 「ああ、はい。分かりました」 陽菜が逡巡していると、衛兵が陽菜に中に入るように促す。時間制限付で面会許可が下りたのだ。 面会室で待っていたのは、依頼をした司教。人払いの後、司教は口を開く。 「シスター・ベレッカの件ですか?」 「はい。ベレッカさんを殺さずに保護することはできないのですか? アークは罪を犯したフィクサードを、更生のために受け入れることもできます。ベレッカさんを説得して治療をやめさせることができれば……殺さずにすむのではないかと」 陽菜は司教の瞳を見ながら真摯に訴える。救える命があるなら救いたい。それは傭兵として派遣されたリベリスタの中にもあった意見である。 その言葉を受けて、司教はゆっくりと口を開く。 ● 「少し御時間を頂きたい。我々は貴方方の暗殺を請け負った者です」 『原罪の蛇』イスカリオテ・ディ・カリオストロ(BNE001224)のセリフに、トニオは驚き腰のメイスに手をかけようとし、相手の戦意を測るようにその姿勢のまま動きを止める。 「大体の事情は察する事が出来るでしょう」 イスカリオテに同伴した『炎髪灼眼』片霧 焔(BNE004174)が言葉を重ねた。ここで暴れるなら焔も黙ってない、とばかりに拳を構える。一触即発の堅い空気が、場を支配する。 「タイムリミットです。その上でお尋ねしたい。愛する家族の遠回しな自殺を止めない理由は何ですか」 イスカリオテは笑顔でトニオに問いかける。場の空気は更に堅くなる。 ● シスター・ベレッカとの接触は、思ったよりも容易ではなかった。奇跡の聖女と注目される彼女は、目まぐるしいほど簡易治療室を動き回っていたからだ。 ベレッカの治療は基本的に神秘を伴わない。使わなければ生命を失うときは神秘に頼るが、災害からひと段落着けばそこまでの患者はほとんどいない。稀に奇跡に頼る者もいたが、医療でカバーできる範囲なら頭を叩いてベットに寝かせていた。 「さて、どうなる事やら」 『K2』小雪・綺沙羅(BNE003284)はそんなベレッカの感情を神秘で確認しながら、小さくぼやく。傭兵としての任務はベレッカの討伐であり、説得ではない。だが説得が終わるまで手を出すつもりはなかった。すべては依頼主の意向に従うだけだ。 「人を助けたいという欲求はリベリスタの多くが抱える病巣。共感できるからこそ起爆剤になりかねない」 「リベリスタはの、道徳や善悪を判断基準にしたらあかんのや」 その隣で口を開くのは明覚 すず(BNE004811)だ。自堕落が過ぎるところがあるが、彼女は長年革醒者として戦ってきたリベリスタ。ベレッカの行動に色々思うところがあるようだ。 「ま、依頼内容の変更があれば嬉しいんじゃが」 頭をかきながらすずはベレッカの監視に向かう。そこには既に治療を手伝っている仲間達がいた。 「つ、疲れたッス……!」 慣れない治療室での労働に目を回しながら『一般的な二十歳男性』門倉・鳴未(BNE004188)が椅子に座る。何とか覚えたイタリア語を駆使しながら、言われるままに動き回ったが思ったよりも重労働だった。 「長い事生きて、沢山癒してきたシスターか……」 癒しの力に目覚めた鳴未からすれば、ベレッカは大先輩だ。問いかけてみたいことがある。だが、そんな余裕はなかった。それほど忙しい状況なのだ。 「シスター・ベレッカも分かっているんでしょうね。私達が来た意味は」 『そらせん』ソラ・ヴァイスハイト(BNE000329)はベレッカを見ながら静かに呟いた。このタイミングで革醒者がやってくれば、当然刺客であることを疑う。なのに彼女は自分達を受け入れた。 「自分の命よりも、目の前の患者を救う……。神秘秘匿がなければ本物の聖女ね」 「神秘なんてなくても人は立ち上がれます」 赤いシスター服に身を包んだ『ヴァルプルギスナハト』海依音・レヒニッツ・神裂(BNE004230)がベレッカを見ながら口を開いた。強い人の意志があれば、人は災害からでも立ち上がれる。自分もそうだったのだから。 「白石君がヴァチカンを説得で切ればいいのだけど……っと」 ヴァチカンでの交渉を待っていたリベリスタに幻想纏いから連絡が入る。 ● 「貴方は御自分の我侭を彼女に告げた事が有りますか。彼女の偶像としての死をこそ望んでいるのですか」 イスカリオテの言葉を、トニオは黙って聞いていた。 「機会はもうここが最後です。これで終わりで、本当に良いのですか。彼女を救えるのは貴方しか居ないのに」 「気持ちは分かるのよ。貴方が彼女に対して抱く想いも、彼女が癒しの力を使用したその訳も。でも、それじゃ駄目なのよ」 焔がイスカリオテの言葉に重ねるようにして言う。 「ヒトは自身で希望を見出さなくてはいけない。例え今は難しくても、未来で。きっと立ち直る。ヒトは其処まで弱くない筈――」 「それは、理想だ。自分に助ける力があり、手を差し伸べられて、叔母さんはそれを振り払うことができなかった。それが、現実だ」 焔の言葉を遮ってトニオが言葉を返す。たどたどしい日本語だが、意味は通じる。 「叔母さんが死ぬことなど、望んでいない。貴方達の言葉は、間違いなく正しい。 だが今の貴方達がその言葉を言うのは、お門違いだ」 家族の命を奪いに来たものが正論を告げても、素直に受け入れられる人間はいない。どれだけ美麗美句を重ねても、その心には届かないのだ。 「その誠意に免じて、今は襲わない。……神のご加護があらんこと」 明らかな拒絶の色を乗せて、トニオは背を向ける。 ● 「成りません」 司教は重々しく首を横に振る。何故、と問いかける陽菜にどこか疲労を滲ませた声で司教は言葉を紡ぐ。 「仮にここでアークでの更正を認めたとしましょう。そうなればこう考えるものがいるはずです。『罪を犯しても、アークに下ればヴァチカンは手を出さない』……と。悪く言えばアークはフィクサードの温床地と思われかねません」 「そんなことは!」 陽菜は大声で否定する。確かにアークには元フィクサードの人間もいる。しかし彼らは今は仲間で、立派なリベリスタなのだ。 「ヴァチカンは欧州最大のリベリスタ組織です。……良くも悪くも、他リベリスタ組織の模範とならねばならない。私達が揺らげば他組織も揺らぐ」 それは規律の崩壊に繋がりかねない。ヴァチカンが認めたのなら、という理由で神秘秘匿の程度が揺らげば一気に神秘の流出は加速する。そしてそれは神秘事件の頻度増加に連動するだろう。 「……ベレッカさんは、悪いことをしているわけじゃないのに、ですか」 「はい。シスター・ベレッカはその信念に従い、行動しています。神に誓って、何一つ恥じることはしていません。 ですが、彼女は明確に神秘の敵です。故に殺さねばなりません」 もはや話し合いの時間は終わったのです、と司教は静かに告げた。 「ミズ・シラユキ。貴女は優しいお方です。この来訪も深く悩んだ故の行動だと察します。ですが、その願いを受け入れるわけには行かないのです。 ……その優しい心に、神のご加護があらんことを」 ● そして夜が来る。 ベレッカとトニオは逃げることなくリベリスタの指定した場所に現れる。彼らが呼び出した意味は、十分に理解しているのに。 「ベレッカさん……」 先に到着していたのは鳴未だった。ベレッカと話がしたいということで、一人先行していた。 「俺は日本でフツーの大学生やってたんス。それが何の因果か革醒して、目覚めたのは癒しの力で……なんでだって考えたりしたッス」 慣れないイタリア語で鳴未は言葉を紡ぎだす。今までは何とかやってきたけど、これからはそれだけではダメだと言う思いがあった。 「長い事生きて、沢山癒してきた貴女に聞いてみたい。癒すという事、癒す力の意味を。俺は自分の力の意味を知りたいんス」 ベレッカは瞑目し、胸の前で手を合わせる。 「『求めよ、さらば与えられん。尋ねよ、さらば見出さん。門を叩け、さらば開かれん』」 ベレッカが口にするのは、有名な聖書の一説。 「その意味はどこかに『在る』ものではありません。自らが探り、求め、そして『手繰る』ものです。貴方が求める貴方だけの癒しの意味は、貴方の手にあるでしょう。 いつか貴方が、その意味を掴むことができますように」 鳴未は祈るベレッカの言葉を心の中で反芻する。沈黙の中、響く仲間達の足音。猶予は終りだと言外に告げていた。 「投降するつもりはありません。この地にはまだ、怪我人がいます」 ベレッカは硬くリベリスタに告げる。それは抵抗の意志を含んでいた。 「情けはかけないわよ」 真っ先に動いたのはソラだった。彼女はベレッカにに手をかざし、魔法陣を展開する。それは精神を蝕む吸血鬼上異種の魔術。赤き光がベレッカから吸い取られ、ソラの力となる。 「神秘に頼らなくても人は生きていける。一般的な治療でも救える命はあるし怪我も治療できる」 ソラはさらに吸精の魔法陣を展開する。二重の魔方陣がベレッカから気力を奪っていく。言葉通り、情けをかけるつもりはない。彼女は神秘の敵なのだ。討つべき敵として、ここで討つ。 「時代が時代であったならこんな面倒な事にもならなかったでしょうに」 焔はトニオに近づき、構えを取る。噂が広がる速度が遅ければ、あるいはベレッカの噂が広がりきる前に治療を終えて姿を消せたのかもしれない。そもそも、神秘行使自体が町中に伝播しなかったかもしれないのに。そこまで思って焔は頭を振った。 「分かってる。誰かが手を汚さないといけないのなら私の手で。私はそこから逃げないわ」 焔はいまだに神秘との付き合い方に戸惑うことがある。今回の件も、あるいは二人を救えるかもという期待があった。……それでも受け入れる。その覚悟だけはある。トニオのメイス捌きを手甲で弾いていく。その拳に、迷いはない。 「ワタシは十四年前に全てを失いました」 海依音は魔力を練り上げながら、ベレッカに告げる。ナイトメアダウン。極東の災厄を受けて生き残った海依音は、そのときに神への信仰を捨てた。そのときの経験があるからこそ、海依音は言葉を続ける。 「それでもね、立ち上がったわ。神秘の力があるからじゃない。意志の力があったからよ」 人を絶望から立ち上がらせるのは、神秘ではない。人の意志だと海依音は告げる。人は聖女を求めるほど弱くはない。奇跡などなくとも人は立ち上がれるのだと。 「それは貴方が、強かったからだ。全ての人が絶望から立ち上がれるほど、強くない」 反論はトニオのほうから来た。全ての人間が海依音のように強くはない。立ち上がる希望として、ベレッカは聖女となったのだ、と。 「命だけが絶対的価値ではない。希望は、誇りは大切です。しかし彼女だけが潔白であれば誇れるのですか」 イスカリオテが黒の書を開き、トニオのこめかみに向かって魔力の弾丸を放つ。それがトニオの気を引くことに成功したのを確認した後、静かに言葉を続ける。ベレッカの行動も理解できなくはない。 「希望を取り上げられた人々がどう想うか考えなかったのですか」 だが、その希望はいつかは消える希望だ。今の自分達のように神秘秘匿の名の元に摘み取られる希望。希望に縋るものから希望を奪えば、その心は絶望に向かうだろう。 「それでも、私はあの手を振り払うことはできなかった。それだけです」 「それがベレッカさんの答えっスね」 鳴未は癒しの神秘を行使しながらベレッカの瞳を見る。神秘秘匿を理解し、その危険性を理解してなお癒す。それが彼女が掴んだ答え。同じ事態になったとき、自分はどういう答えを出すのか。鳴未は思わず自問していた。同じ癒し手として。答えは同じか。あるいは違うか。 その答えはどちらであれ、ここで手を汚す覚悟はしている。鳴未はその意思も含めて、仲間を癒す。 「安易に奇跡を与え続ける事は、人からその力を奪う事でもあるんだよ」 綺沙羅はベレッカとトニオに逃亡の様子がないか、常に確認していた。だが最後の最後まで、その意思は見られなかった。二人とも覚悟はできていたのだろうか。どちらにせよ、今やるべきことは変わらない。 「人はどんな絶望の淵にあっても希望を創り出せる」 幼少期の経歴から他人と距離をとる綺沙羅だが、彼女は人間の強さを信じている。それは精神的な意味ではなく、技術者として絶望こそが発展のチャンスだと知っているからだ。絶望敵状況をひっくり返そうと、人は努力する。それに奇跡は関係ないのだ。 「恨んでくれい、それがあたしらの仕事じゃ」 すずは札を手に冷静を装って告げる。指先で印を切り、札を天に投げる。符に篭められた呪術が展開され、肉体を傷つけることなく絡みつく結界が広がる。結界はすずの意志に従い、彼女が望んだものだけに反応し、その動きを鈍らせる。 「あんたのやったことは人として理解できる。せやけど革醒者として許したらアカンのや」 ベレッカの行為は神秘秘匿の原則に反する。流出した神秘は争いを生み、悲劇を生みかねない。例え癒しの力でも、神秘はそれに関わらぬものから離しておくべきなのだ。それが、どれだけ人として正しくても、である。 大を守る為に小を討つ。正義の在り方として、何一つ間違っていない。 しかし、葛藤はいつまでも付きまとう。 ● 結論から言えば、戦闘はすぐに終了した。数も、熟練度も、アークのほうが勝っている。ヴァチカンで祈りを捧げるシスターと、日々神秘と戦うアークとでは勝負にすらならなかった。 「後悔はありません。恨むとともしません。貴方達のほうが正しいのですから。 貴方達に……神のご加護が、在らんことを……」 それが、人を癒し続けてきたベレッカ・マッツォレーニの最後の言葉だった。 ベレッカは討たれ、トニオは全てを諦めたように武器を落し降伏する。 「終わったんだ……」 ヴァチカンに赴き、戦いに参加できなかった陽菜がベレッカの遺体を前に静かに呟く。彼女は涙を流せない。だからその無表情の顔の下にどのような感情が渦巻いているのか、余人には理解できなかった。 「恨んでもいいわ。これはアークがやったこと。ヴァチカンは関係ありません」 意気消沈するトニオに海依音が告げる。ヴァチカンに恨みを向けさせない為の言葉だ。その言葉が心に届いたかはわからない。ただ無念と悲しみでトニオは体を震わせていた。 「はい。終わりました。事後処理をお願いします」 綺沙羅が連絡をしてしばらくして、ヴァチカンの連絡員がやってくる。見た目はその辺りにいそうな服装だが、立ち方から明らかに素人ではないことが分かる。 「お疲れ様でした。帰国の準備は整っています」 ヴァチカンの連絡員はアークノリベリスタ達を労い、輸送用の車に案内する。ベレッカとトニオは別の車に乗せられ、途中で分かれることになった。 帰国の前に空港で依頼をしてきた司教が挨拶に来ていた。依頼の完了とその礼をすると、最後に手を合わせて言葉を紡ぐ。 「皆様に神のご加護があらんことを」 「――神のご加護があらんことを」 この言葉は宗教的意味を抜きにすれば、意味合い的には『貴方の未来に幸あれ』に近いものがある。 ベレッカも、トニオも、アークのリベリスタに対し憎しみを向けなかった。ただその立場を理解し、そして真正面からぶつかった。そしてその未来を祝福すらした。 その精神性こそ、癒しの根幹なのだろうか。 後にイタリアの町で一つの噂が流れる。砂嵐に襲われた街に聖女が現れ、人を癒していくという噂だ。 ある程度傷を癒した後に、聖女は突然姿を消す。もう立ち上がれるだろうと人の力を信じた聖女は、別れの挨拶もなく神の元に返っていったという。 それはヴァチカンが街中で情報操作を行った結果だ。それがもともとの筋書きなのか、アークのリベリスタの言葉に感化されたのかは分からない。 聖女の名前は人の心に残ることなく、噂もいずれ与太話として消えるだろう。 だが、この事件にかかわったものは聖女の名前を知っている。 ベレッカ・マッツォレーニ。 己の信念を貫き、神秘の敵として死んでいった一人のリベリスタの名前を。 |
■シナリオ結果■ | |||
|
|||
■あとがき■ | |||
|