● マンションの一室。 二つの首が縄に括られてぶら下がっていた。 それは置いておき、少女は椅子をベランダに出してよじ登る。 素足が着いている場所はベランダの柵の上だ。高い場所から見下した世界は、本来なら綺麗だと感じるのだろうが今だけはドス黒く思えた。 手を広げ、風を感じて、一歩踏み出す。 ―――さよなら世界。 かち割れた音と一緒に、弾けたのは大切な思い出であっただろう。 ● 「皆さんこんにちは、本日も依頼をよろしくお願いします」 『未来日記』牧野 杏理(nBNE000211)は集まったリベリスタ達へそう切り出した。今回のお相手はエリューションフォース。 「エリューションに危険は無い、とは言い切れませんが今回のはいつものよりは危険は無いのです。が、まあ、討伐する事に越した事は無いのでよろしくお願いしますね」 そのエリューションは識別名『忘却の彼方』。複数の光が集まっている集合体であるが記憶を求めて彷徨っている様だ。 「忘却の彼方は他人の記憶を求めていますが、普通にエリューションと出くわして記憶をあげる人なんていないので彷徨い続けて数年と言った所でしょうか。幸いに三高平の近くでそれが出現するので、記憶をあげてください」 満たされるものが満たされれば消滅するエリューションなのだ。そのためか、武器もスキルも効果が無い。 「ああ、記憶をあげるといっても、皆さんの頭の中からあげた記憶がぽっかり消えるとかそういう事は無いので! 本当にお裾分けしてあげる程度でいいのです」 場所は三高平を出てすぐ隣町の公園だ。時間帯は夜中だが一般人対策くらいはしておいた方が良いだろう。 「それでは、よろしくお願いしますね」 杏理は深々と頭を下げた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:夕影 | ||||
■難易度:EASY | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年11月30日(土)23:04 |
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■メイン参加者 6人■ | |||||
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● 空っぽだった。 何も無くて、何も解らなくて、只、其処に居るだけの存在であった。 欲しいのはお菓子みたいに甘い思い出に、ふかふかのベットの様な思い出。そして誰もが嫌がるかもしれないが、辛い、切ない、甘くない思い出も『忘却』にとっては掛け替えのないものであったに違い無い。 集まったリベリスタ達は公園の手前に差し掛かる。夜空には星が満ち満ちており、風は冷たく、寂しげな雰囲気に支配されている。 そんな中で、高い声が響き渡る。 「忘却さん、わたし達沢山の思い出持ってきたのですぅ。お話、聞いて行きませんか? 思い出いらんかね~?」 キョロキョロしていた『白雪姫』ロッテ・バックハウス(BNE002454)。ブリーフィングルームで見た姿を思い出しつつ、探す姿―――。 「ああ、あれじゃないですか?」 彼女に続いていく鼎 ヒロム(BNE004824)は人差し指を向けた。解りやすい、木の反対側に見える光の集合体。 「ええ、あれでしょうね」 『心殺し』各務塚・思乃(BNE004472)は胸に手を当て考える。 これからやるのは、思い出の受け渡し。――人間もそれができて、互いが救われたり幸せになれたらいいのに、ね。優しい世界は、どうもこの世界は遠いらしい。 「それでは」 離宮院 三郎太(BNE003381)は天高く片手を上げた。其処から放たれた神秘のベールが公園を包み込んで、一般人の侵入を許さない。 「皆さん、各々の思い出を武器にエリューションを還しましょう」 ● 思い出を欲しがるなんて面白いエリューションである、だなんて思いながら『プリックルガール』鈍石 夕奈(BNE004746)は光に近づいた。 「こんばんはぁ、よかったら思い出の聞いて欲しいんすけどいいっすか?」 光の集合体――少しずつ形を変えていき見えたのは少女の姿。 「それが君の、本当の姿かな」 『ロストワン』常盤・青(BNE004763)とほぼ同じくらいの背丈。黒髪の、身体全体が透けた少女はこくりと頷いた。 「ではでは、わたしが一番で喋るですぅ! 思い出のお裾分け聞きやがれですぅ!」 手の平を見せ、武器を持ってきていないアピールに優しい笑顔を向けたロッテ。忘却の隣に座り、話を始めた――。 ロッテは遊びの達人だ。どんな日でも割りとお外に出るのが好きか、特に晴天であればテンションが上がる。 ロッテはある日、公園に行き砂場で泥団子を作っていた。その日も、晴天の良い日であった。近くに居た猫へおいでおいでと手招いた彼女は作りたての団子をころんと猫の前に置いて見せる。 「はい、お団子なのですぅ! これで十円なのですぅ……ああああああ!!!?」 刹那、猫のパンチが団子に直撃すれば跡形も無く砂へと戻っていく団子。折角作ったのにと、よよよ……と涙をひとつぶ……もとい汗を流したロッテであった。 されどこれも猫の愛。仕方ないと言えば仕方ないか。 続いて夕奈が手を上げた。それでは次はあたいの番と、 「これはあたいが小さい頃の話なんすけどね」 親はほとんど家に帰らず、姉妹揃って近所のおばあさんの家で遊んでいた時間が多かった。 「矢鱈お菓子出されるんよ。オカキやら煎餅ばっか!」 今思えば優しい味の数数であったかもしれない。友達は確かに居たのだが、何故か姉妹同士でいつもくっつく。本当に仲の良い姉妹であったのだろう。今ではなんでそんなにくっついていたかは分からねど。当時はそれが一番楽しい時間であったのだろう。 そんな二人は女の子らしくままごとで遊ぶ事が多く、だが二人しかいないままごとだ。一人何役もしないといけない。 「近所のおっちゃんだの坊さんだの郵便屋さんだの、気が付いたら30役位が詰め込まれてる事になってて。どんだけ広い家じゃって大笑いしたなあ」 「分かる分かるのですぅーままごと楽しいのですぅ!」 「あの時は楽しかったっすけどねぇ、今やるとリアルなままごとできそうっすー」 ロッテと夕奈は笑いながら温かい話。そんな二人を見ていた忘却は心の中に温かいものが芽生えた感覚がひとつできた。 まだまだ続く夕奈の話。 思い出してみれば片腹痛い話だ。再びのあの頃はまだ夕奈は小さくて、親がいない事が寂しかった。姉妹が居た事がそれを埋めるための鍵になっていたが。 姉は、膝枕してぐずる夕奈を泣き止むまでずっと撫でてくれていた。母親の声真似をして、寂しさを埋めてくれた。 寂しいと、一時間なんて遅く感じるものの、姉といれば一瞬の時間であったか。 「まあ、声真似はへたっくそだったんやけどね……!」 姉と夕奈は一歳差の姉妹。寂しいのは姉も同じであっただろうに、それこそ今思えば優しいと、お人好しと……。 「ほんま、アホやねんから」 「じゃあ、次はボクの番ですね」 三郎太は革醒してすぐの頃の話を始めた。 力に目覚めた彼は途方に暮れていた。どうすればいいのか、先が見えずに、夜、家を飛び出し真っ暗な世界を歩いていた彼。 『その人』は何も言わずに、当たり前のように人を助けていました。 たぶん始めて合う全く知らない人。 顔も名前も全く知らない人。 縁もゆかりもない人。 その人は戦いで傷ついていました。 おそらくリベリスタであろう『その人』は、三郎太の目から見れば疑問に見えていただろう。どうして、どうして、どうして―――。 「あなたたちは何者で、なぜ自分が傷ついてまで、こんな事をやっているんですか」 表の世界と裏の世界の間に立っていた。境界線の中に居るからこそ、裏の世界が見えて来た三郎太の前に幾度と現れたリベリスタに問う。 ……結果的に、その問いに答えが返ってくる事はなかったが。それは今になってよく解る、神秘を秘匿するという当たり前の事を当たり前の様にしていただけ。 ただ、一つ見えていたのはとても優しい笑顔がひとつ。印象に残ったのはたったのそれだけだったが、それでも三郎太がこれから先どうやって生きていくかの大きな別れ道を、正しく導いた思い出であっただろう。 いつか自分が誰にも優しく、あの人のようになれるように。 そう思わせてくれた誰よりも優しい人たち。 (今思えば、ボクの一番尊敬しているアークの守護神に似ていた気がします……) また一つ、優しい感情が忘却の心に芽生えた。 ● 楽しい思い出に優しい思い出、此処までの流れできたものの思乃が話すのは辛い思い出か。 「私には、主人と子供が居たわ……」 もはやこの時点で割かし先が見えているか、ロッテや夕奈はツバをごくりと飲み込んだ。 お葬式――。 何があったかなんて聞けない。火葬を先に終えた大きい身体と小さな身体。思乃の身体が回復してからお葬式をしたのだが、何故だろう、周りは敵ばかり。皆が皆、思乃を責め立てては悪者にしていく。 「どうしてお前だけが生き残ってる」 「生き残るなら子供たちだった」 思いやりのカケラも無い言葉たちが思乃の體に突き刺さっていく。だがこれはまだ、マシな方で惨い言葉はもっと痛く身体に突き刺さった事だろう。 それでも希望は、亡くなった子供達の友達や母親たちは慰めてくれていた事か。しかし逆に言えばそれも辛さに追い打ちをかけていた出来事に違い無いのかもしれない。 左腕が無くなって、辛かった。けれど、『あの人』からもらった指輪は二度と左手薬指におけない事が辛いか。 身体も痛かったけれど、それ以上に痛いのは心。もう、夫婦という言葉さえ見失ってしまった程度に――。 「続くわね」 思乃は続けざまに話をした。今度は悲しい思い出よ、と付け加えて。 その事故の前に、マイホームを作っていた。それはそれは立派な家であっただろう。ローンは彼女の主人の生命保険で返せたものの、実家にも帰れない思乃は大きな家にぽつりと一人。だって、帰る場所が其処しかなくて。 お葬式後も、退院した後も、帰って悲しかったのだと。大きな家の空いたスペースは思乃にとってとても寒かったであろう。 主人と子供達の位牌が三つ並んで、きっとそこに彼等は居るのだと話かけても返事は無い。今なら幽霊の存在を信じて、その姿でもいいから帰ってきてよと願った事は無かっただろう。 「そんな辛い話と、悲しいお話。どうかしら?」 と思乃は周りを見て見れば涙を流す者もいれば、俯いたままの者もいる。少し重すぎたかしらと苦笑いできるのは、少しはあの頃よりふっきれている証拠なのかもしれない。 「辛いね、悲しいね」 忘却は、そんな言葉を口走った。 ● 「それじゃあボク」 今度は青が話す番か。未だしんみりとした空間には冷たい風だけが過ぎ去っていく。 飲み込んだ空気に、今度は音を乗せて喋り出した。 運命のその日―――飛び交う怒声。テーブルを叩く音。時に泣き声。 両親が荒れて、お互いをお互いで傷つけあう。そんな一番見たくないようなものを見せつけられていた青。もはやいつからそれが始まったかなんて思い出せなくて。 またか、なんて思いながら自室へ向かい、そっとそっと、巻き込まれないように扉で彼方と此方に壁を敷いた。例えそんな事をしても、漏れるものは漏れるので、完全に遮断するなんて事はできなかったものの。 神が二人を別つまで共にと誓いあった愛し合う二人。その間に生まれた子供は愛の証だと人は言う――。 ならば、疑問ができる。壊れた愛の間に生まれている子供は、どんな存在であるのだろうか、と。 青にとって今の生活が長くは続かない事は、子供心であったとしても勘づく事は容易い。 ある日知らない人――弁護士の前で離婚について話し合うために車へ乗った親と自分。その車の中は静で、青にとっても、いや、其処に居た誰もが嫌な空間であっただろう。 ―――そして、事故はおきた。 轟音、スリップ、衝撃に、そしてまた轟音。叫び声と、呻き声と、痛みと苦しみ。 一斉に味わいたくないものをその身に受けた少年が見たのは、血塗れの両親が不自由な体勢で、それでも青へ手を伸ばしていた姿。 ああ。 お父さん、お母さん。 それでもボクはあなた達の愛の証でしたか? そして、青は今此処に居る。両親はその答えを言う前に、彼岸へ旅立ったのだから。 段々酷く思い空気になる周囲を一掃するように、ヒロムは両手をパン!と叩いた。 「じゃあ、聞いてくれ」 ヒロムにとって子供の頃の記憶というのはぼんやりしているものだろう。ただ、その中でもハッキリ覚えている事は父は知らず、ただ母と二人暮らしでけして裕福ではなかったという事。 学費も払えなかったからか、学校にも思うように通えない。だからこそか、友達という言葉も縁遠いものとなっていた。 持っていたお金は100円程度か。スーパーで○%引きと書かれた菓子パンをかじって過ごす――そんな日々。 苦しい生活に耐えられなかったか、ヒロムの母はノイローゼに、その頃から始まった悪夢は暴力を振るってくる母の姿を特等席で見てしまっていた事か。 『お前なんか生まれてこなければ良かったんだ』 突き刺さる言葉に、上手い反論も思い浮かばない。ただ、ひたすら耐える日々は続いた。 そして遂に気が狂った母。殺されるとヒロムは心中察していた。幾度も幾度も幾度も殴られていく體に、痛みという感覚を通り越してなにも感じなくなっていく。 動かない、動けない身体。それでも首を回して母の姿を探したのは何故だろうか。しかし瞳に入ったのは、部屋に火を放つ―――母。 燃える、全て燃える――いわゆるこれこそ、無理心中。 話は代わる。 それから気が付けば、ベットの上で目を覚ました。周囲を見て、其処が病院だと認識するには時間がかかったものの。 幸運にも火の発見が早く生き延びたヒロム。そこで、ふと、声をかけられた―――。 「僕は―――。君の名前は?」 片腕と両足が無い、車椅子に乗っていた少年。何を突然、と思いながらも返した言葉は 「俺、ヒロム……」 病室の同室の少年××××。同じく家族がいないということもあって何時しか意気投合するようになっていた。 初めての、友達であった。毎朝食事を運んでくる看護師に、二人は兄弟ねなんて言われる程に仲がよくなった。 それは、地獄から這い上がった上に見えた、天国であったに違いない。 話し終えたヒロムは忘却を見た。 涙を流しながら、笑う姿に、きっと思い出と共に感情を取り戻してくれたのだろう――きっとそう。 「ここで楽しい話をするのです!」 ここぞとロッテは忘却の肩あたりを叩いて、再び話を始めた。 ロッテの家のおじいちゃんとおばあちゃんは本当の家族では無い。道端か、ボロ雑巾のように捨てられていたロッテを拾って育ってくれた――育ての親である。 「毎日おいしいご飯と、おやつの時間に和菓子が出て来るのです!」 箸の持ち方から、洋服も作ってもらった。全て温かいものをくれた2人――そして。 「今も楽しい思い出制作中なのです!」 忘却に問う、どんな思い出を持っていたか。楽しいものばかりでは無いだろう、辛い事も悲しい事もあるのだろう。 返事は無く、他人の思い出を喰う彼女にとって思い出を教えろといえば今言われたものばかりになるのだろうが。 「もしまた思い出忘れちゃったら、おすそ分けするのです! 大奮発ですぅ!」 ロッテの輝いた瞳は、忘却を見つめ――。 しかし、その刹那。満たされた心に消えていく忘却。 「ああ、私の親も暴力が……」 嫌な事もあった。けれどそればかりでは無い。つまり。 「思い出をありがとう。貴方達が接してくれた事が、私の唯一の優しい思い出だよ――」 悲しい少女に、幸はあった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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