● 視界を塞ぐ薄茶色の立ち木が見た目にも寒々しい。秋を飛ばして冬の風情を見せる山道を、『禄存』は配下のものを連れて歩いていた。悪い蛇というアザーバイドを異世界から召喚するアーティファクト、【唄う眼】を入手するためだ。 雑草を踏み分けつつ、道とは呼べぬ道を行くこと五時間。ようやく苔色の水を湛えた池が木々の隙間に見えてきた。同時に墨汁のような、胸が悪くなるような嫌な臭いが鼻を突き、思わず呼吸が浅くなる。 (早く終わらせてしまおう) 『禄存』は奥歯をぐっとかみ締めると、心持ち歩くスピードを上げた。 やっとのことで池のほとりに出た。池の中央には枯れて先折れした六つの黒い木が、水面に顔を出している白い岩舞台を囲むようにして立っている。かつてそこには特別な印で封じられた六角堂が建てられていたらしい。六角堂へかけられていた橋は、とうの昔に朽ち果ててしまったようだ。影も形もなかった。あの岩舞台へは翼の加護をうけて渡るしかないだろう。 「準備はできているか」 『禄存』はサングラスを外すと、ホーリーメイガスの足元に置かれた銀色の容器に目をやった。中には液体窒素が入っている。【唄う眼】を入れて運ぶために用意してきたものだ。液体窒素が封印の代わりになる保証はどこにも無いが、何も手を講じないよりはいい。 問題は岩舞台にかけられた封印を解き、中央の窪みから【唄う眼】を取り出して容器に納めるまでの間だった。その間、【唄う眼】を大きく揺らして音を立ててはならない。しくじりは5回まで。6回目に音――眼が唄ったとき、悪い蛇が失ったものを取り戻しに来る。 悪い蛇の到来時は空間に大きな穴が開くだろう、とあの方は言った。蛇は強く凶悪で、その姿を見た全員がおそらく死ぬだろう、とも言った。 『禄存』の仕事はその【唄う眼】を無事、あの方――『輔星』の元に持ち帰ることだった。 他の仲間たちがことごとくアークの介入を受けて目的を果たせていない中、『禄存』のチームだけがアーティファクト【厄籟笙】を持ち帰ったのだが、手に入れたものはひどく扱いに困る――はっきり言えば『輔星』の目的に叶うものでは無かったために『禄存』たちの戦果はほぼ無視された。戦ったアークのリベリスタたちが万全の状態では無かったということも、影で他の仲間たちから失笑される一因だった。もっとも、これに関しては『禄存』の被害妄想なのだが。 今度こそ役立つ男であることを証明しよう。拾って損をした、がっかりだ、とあの方に思われたくない。 ● 「決して解いてはならない環の真ん中に、悪い蛇と称されたアザーバイドの眼が浮かんでいる」 『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)の後ろ、巨大モニターには丸く歪んだ3つの三角形で結われた環が映されていた。それは黒曜石の台座に深紅の宝玉でつながれており、三角形が作る環の真ん中に浮くようにしてピンポン玉大の眼球があった。 「これ、小さくなっているから。眼の元の大きさはビーチボールぐらいだと思う。環が解かれるとそのぐらいの大きさになる」 アーク情報部が急ぎ集めたデータによると、【唄う眼】はある地方に伝わる昔話らしい。親から子へ。子から孫へ。代々語り継がれてきた物語は、七天を名乗るフィクサード集団が見つけ出すまですっかり忘れられていたという。 話の筋はこうだ。 その地方一帯で暴れまわっていた巨大な蛇をある修験者が三日三夜に渡る死闘の末に黄泉の国へ追い返した。修験者は死の間際、最後の力を使って残された蛇の目を封印した。 「話の細かいところは失われていて分からないけど、みんながやるべきことに支障はないから」 修験者がどうやって蛇を倒したかなんて気にしないで、とイヴは手にした資料をめくった。 ブリーフィングルームにページを繰る音が一斉に響く。 「集めたデータを組み合わせて分かっていることを伝えるよ。環が傾くと中に浮かんでいる眼も傾いて、環のふちに当たって音を出す。それがまるで歌っているように響くことから【唄う眼】という名がつけられたみたい。眼が唄う度に丸く歪んだ3つの三角形が動いて環が広がり、眼が6回唄うと環が解けて……元の大きさに戻った目を悪い蛇が取り戻しに来る。悪い蛇の予想される強さはフェーズ3相当。フェイトなし。それを『禄存』と呼ばれるフィクサードがどこかへ持ち去ろうとしている」 七天たちの目的はようとして知れないが、どこであろうと悪い蛇を呼び出させるわけにはいかない。 イヴは資料をテーブルに置くと、リベリスタたちの気持ちに応えるようにこくりとうなずいた。 「『禄存』が【唄う眼】を手にする前に退けてちょうだい。あとは時村不動産が辺り一帯の土地を買い上げて永久管理するから」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:そうすけ | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年11月27日(水)22:20 |
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■メイン参加者 5人■ | |||||
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● 封印の池まであとわずか。前方に黒く広がる水面をとらえてリベリスタたちが先を急いだその時、立木の間に溜まりゆく闇がまるで質量を持っているかのようにうねった。枯葉をまとった枝が腐臭をはらむ風に揺られてざわりと音を立てる。 「これ、は……唄?」 風の中で『無軌道の戦姫(ゼログラヴィティ』星川・天乃(BNE000016)がつぶやいた。 「私たちが池にたどり着いてもまだ封印は解けていないはずだよ」 天乃のすぐ横を歩くカメリア・アルブス(BNE004402)が否定する。 ブリーフィングで出た情報では、禄存はまだ封印を4つ解かなくてはならなかったはずだ。池の西側へ回り込むために万華鏡の予知より多少の遅れが出たとしても、禄存はまだ唄う眼を岩の窪みから取り出していないだろう。 「いまのは封印が解けた徴(しるし)だね、きっと」 不気味な予兆だが山の木々はまだ恐怖を感じていない。 異世界の森で暮らしてきた狩人は、木々が発しているオーラからも天乃のつぶやきに対する答えを得ていた。 カメリアのフィアキィも、「その通り」と燐光を強くする。 「蛇か。拝んでみたい気もするけど、ま、素直にお帰り頂ける保証はねェからな」 『華娑原組』華娑原 甚之助(BNE003734)はチコーリア・プンタレッラ(BNE004832)を腕に抱え直した。 他のメンバーに比べて足が遅く体力も少ないチコーリアは、途中から甚之助に抱きかかえられて池まで行くことになった。いまは甚之助の腕の中で、「楽ちんなのだー」と喜んでいる。 『さぽーたーみならい』テテロ ミミミルノ(BNE004222)はチコーリアよりひとつ年上なだけだが、ちゃんと自分の足で獣の通りのような山道を歩いていた。 テテロは小さくても百獣の王ライオンなのだ。こんな山道なんてへっちゃらへっちゃら。 「こんかいのいらいはもちかえらせないことっ。つまり! たとえにんずーがすくなくてフィクサードのほうがゆーりでも、ミミミルノがすっごいすっごいかいふくしてかいふくしてずっとがんばってフィクサードをあきらめさせることでもにんむはすいこーできるはずなのですっ!」 テテロの元気な抱負の声を後ろに聞いて、天乃は立木の間に見え隠れする黒い水面を見据えたままうなずいた。 戦う相手は8人。対するこちらは5人である。しかも初めて実戦に出るものを抱えての出撃だ。フィクサードたちに加えてアザーバイドの相手をする余裕はとてもない。 (悪い蛇、も面白そう、だけど…今は、我慢して楽しむ、としよう) 天乃は以前、禄存と大阪は梅田の地下街で戦ったことがある。その時は不本意ながらアーティファクトを持ち去られてしまった。今回はその雪辱戦。 握る拳に自然と気合が入った。 目の前の高い草垣を飛び越えれば池というところでリベリスタたちは足を止めた。 石舞台を囲むようにしてフィクサードが6人、池の上に浮いている。南と北の両極にやや偏っているようだ。予知通り、西と東はやや手薄で目視による警戒も行われていない。 液体窒素が入っているらしき銀色の筒の上に浮かんでいるのがホーリーメイガスで、その傍らにしゃがみ込んでなにかをしている色黒の男が禄存だ、と両フィクサードと面識のある天乃が断言した。 「まずはみなさんにつばさのかごですっ」 「おう、頼むぜ」 テテロに小さな翼を授けられたリベリスタたちは空にふありと体を浮かせた。 天乃とチコーリアが万が一のブレイクに備えて水上歩行のスキルを活性化させる。 「チコーリナは天乃おねーさんの後ろにこっそり隠れていくのだ。……あう、また名前を間違えたのだ」 「いっそ自分のことはチコって呼んだらどうだ?」 甚之助が苦笑する。 「ミミミルノもうしろからねらいうち、ですっ!!」 深呼吸ひとつ。 着ていたジャケットをするりと脱ぎ捨て身軽になると、カメリアは周囲に広がる自然の力を貪欲に素肌から取り込んだ。 「わたしはできる限り水面ぎりぎりを飛んでいくよ。天乃さんと甚之助さん、それに私で逆三角形の面を作って進むのはどうかな?」 「いい考え、だと思う」 前衛に3人、後衛に2人と陣形を決めて、リベリスタたちは草の上を飛び越え、池の上へ出た。 ● 「禄存! アークが来た!」 戦闘は第4の封印解除の風が吹く中、ホーリーメイガスの甲高い声で幕を開けた。 南と北に展開していたフィクサードたちが、ホーリーメイガスの指し示す西へ急いで集まりだす。 だが、すでにリベリスタたちは池の上を半分ほど進んでおり、岩舞台まで残り15メートルほどの距離に迫っていた。岩舞台の中央にいる禄存へぎりぎり遠距離攻撃が届く範囲内だ。 初手を放ったのは天乃だった。 銃を構えようとしていたクリミナルスタアに狙いを定め、気糸を飛ばして強く締めつけた。 「たった3人で突っ込んでくるとはいい度胸だ!」 お返しとばかりにインヤンマスターが、複数の呪印を飛ばして天乃の動きを拘束する。その直後、マグメイガスが作り出した火炎が幕のように広がって甚之助たちを包み込んだ。 「ぬるい!」 一喝。炎の幕を蹴散らした甚之助は懐から銃を取り出すと、身動きのとれないインヤンマスターを撃った。続けて詠唱中のマグメイガスに魔弾をぶち込む。 体をくの字に折り曲げたインヤンマスターの後ろから、別のインヤンマスターがリベリスタたちの前へ飛び出してきた。 と、同時にもう一人南にいたクリミナルスタアも、血を流す魔術師を押しのけて前へ飛び出してくる。 それを見たカメリアは、待っていましたとばかりにニヤリと口角をあげた。 「いっけーっ!」 火炎弾がフィクサードたちの上に降り注ぎ、激しい音とともに爆裂した。 短い叫び声の直後、インヤンマスターとクリミナルスタアの体が池に沈んで臭い水柱を派手に立ちあげた。 緑色のどろりとした波が石舞台の縁を洗う。 臭いに顔をしかめながら禄存が毒づいた。 「くそ! あと2つ残っている。頼む、時間を稼いでくれ!」 「任せてくれ、ファーラング!」 水面を蹴りながら覇界闘士が拳を振り上げてカメリアへ突っ込む。 「まずはこいつを落と――!?」 テテロのマジックアローが覇界闘士の頭にクリーンヒットした。 完全に不意を突かれた覇界闘士は回避することも防御することもできず、くるりと白目をむいて池へ落ちる。 「もう1人いたのか!?」 生糸の呪縛から解放されたクリミナルスタアが、甚之助の後ろから突如現れたテテロに驚きの声を上げた。 「ここにもいるのだ!」 天乃の後ろから上へ高く飛び出したチコーリアが、己の存在を叫びながらクリミナルスタアへ向けて魔法の矢を放つ。 実際には天乃の後ろにチコーリア、甚之助のうしろにテテロが少し距離を置いて飛んでいた。リベリスタたちは西日を背負って飛んでいたために影になっており、それが目くらましとなって2人の存在をフィクサードたちからごまかしていたのだ。 威力こそ小さなものだったがチコーリアの矢は敵が手にしていた銃をみごと吹き飛ばした。 長い黒髪を波打たせ、天乃が武器を失った哀れな男にトドメの一撃を繰り出す。 放たれた生糸は十重二十重に重なり合い、クリミナルスタアの全身に絡みついて骨が砕けるまで締め上げた。 石舞台の中心で風が渦巻いた。 新たに立ち上がった水柱を強い風が押し倒す。 またひとつ、唄う眼の封印が解かれたようだ。 「あとひとつ! みんな頑張って!」 敵のホーリーメイガスが杖を高く掲げると、柔らかい風が池を吹き渡った。 すぐさま全身に藻を張り付かせたフィクサードたちが池の中から飛び出す。先にカメリアに落とされたインヤンマスターとクリミナルスタアの2人だ。どちらも緑の藻人と化していたので、薄闇の中では見分けがつかない。 「どっちがどっちでも構わねェ。邪魔だ、退けッ!」 殺意に瞳をぎらつかせ、甚之助は相手かまわず次々と拳を見舞った。流れるように続く攻撃の軌道はまるで凶暴なオロチのようである。 インヤンマスターがあわてて守護結界を張るが時すでに遅し。一緒に飛び上がったクリミナルスタアとともに再び池に沈んだ。 これで敵の数は禄存を含めて4人。数で見れば有利になったが―― 「うわっ……ふぅ!?」 石舞台を目指し、水面ぎりぎりを這うようにして飛んでいたカメリアがフィアキィともども強い風に押し戻された。 腕を上げて水しぶきから目を守る。 と、そこへインヤンマスターが不吉な影をカメリアの頭上へ落とし被せてきた。 「お返しだ。落ちろっ!」 カメリアは落ちなかった。 インヤンマスターの攻撃をかろうじてかわすと、崩れかけた体勢を空中で起用に立て直した。そのままインヤンマスターをやり過ごして岩舞台へ向かう。 カメリアの目に映るのは残光を鈍く宿して茜色に光る銀色の容器。とにもかくにもあれを壊すか池に沈めてしまえばフィクサードたちに戦いを続ける理由はなくなるはずた。 容器をかばうようにホーリーメイガスが立ちはだかった。 「凍っちゃえ!」 フィアキィが氷の結晶を鱗粉のごとく散らせながら、近くにいた禄存を巻き込んで空間ごと氷結させる。 同時にチコーリアが、フュリエ追撃の様子を見せたインヤンマスターの背中を上から勢いよく、「えい、なのだー!」と蹴り飛ばした。 インヤンマスターは頭から池に落ちた。 天乃と甚之助がカメリアに続いて岩舞台の上に降りようとしたその時、マグメイガスが起こした炎が辺り一帯を赤く染めてリベリスタたちに襲った。 燃え盛る炎に包まれたリベリスタたちの口から苦痛の声が漏れ出る。 「きゃあ!」 「……っ!」 焼かれつつもテテロは癒しの息を噴き出して、自分と仲間たちを包み込んでいる炎を掻き消した。 「みなさんっちょーきせんになってもミミミルノがちゃんとかいふくするですっ! だからファイトですっ!!」 「ふん! 回復ならわたしにもできるのよ」、とホーリーメイガスが禄存たちの傷を治した。 回復支援を受けて復活したインヤンマスターは池を飛びだすと、天乃とカメリアの足首をつかんだ。そのまま池の中へ引きずり込むつもりらしい。2人の足をつかんだままぐいぐいと下へ向かって引っ張っていく。 「野郎ッ、2人を離しやがれ!」 銃を構えて狙いをつけた刹那、甚之助は肩に激痛を感じて岩の上に膝をつく。 「おやびん、後ろ!!」 チコーリアの警告に、肩をかばいながら振り返ることなく横へ転がる。 さっきまで甚之助がいた場所が粉々に砕け散った。 「禄存!」 立木の間から刺しこむ最後の光を片頬に浴びて仁王立ちする禄存をにらみつけながら、天乃は己の足首をつかんでいたインヤンマスターへ殺意のオーラで作り上げた爆弾を落とした。 インヤンマスターが炸裂した爆弾の威力に堪らずふたりの足首から手を放す。 カメリアからの追撃を恐れたのだろうか。インヤンマスターは自ら池へ落ちると藻の下へ潜っていった。 自由を得た天乃はそのままゆっくりと水面に降り立ち、まっすぐ禄存と向き合った。 「久しぶり、だね。さあ、踊って……くれる?」 ● 「シグマ、俺と代われ。香織、蓋を外して回収の準備を」 天乃の誘いを無視して禄存は仲間へ指示を飛ばした。 リベリスタたちを大きく回り込み、シグマと呼ばれたマグメイガスが岩舞台の央に降り立つ。視線で甚之助を威嚇しながら、香織――ホーリーメイガスが容器の蓋を回し始めた。 「……動く、な」 天乃がホーリーメイガスに向けて気糸を放とうとした矢先、禄存が動いた。 神速の蹴りが風切の音を引き連れて飛ぶ。 虎の一撃は天乃の脇腹を切り裂き、その後ろにいたカメリアに食らいついた。 暗い水面に血しぶきが色を落とす。 「5回までは鳴らしてもいいんだろ? じゃ、鳴らす」 岩の窪みからアーティファクトが取り出されたのを見た甚之助は、猛然と敵へ突っ込んでいった。 「蛇は倒しゃいいが、下手に知恵が回るてめェらに厄介なモン渡すわけにいかねェからな」 無軌道に荒れ狂う拳はホーリーメイガスの鼻をたたき折り、そのまま体を返して禄存へ。だが、顎を狙った拳は顔の前でそろえられた太い腕に阻まれた。 「ちぃぃ!」 多少勢いをそがれはしたが、それしきのことで暴れ大蛇は止まらない。 そのまま後ろへ下がって、立ち上がりかけたマグメイガスの背を打ち据える。 コッ、――トォン はっと目が覚めるような強く乾いた音。わずかに息をついだような間のあとで奥行きのある音が波紋のように広がった。 動きを止めたマグメイガスの手の中でアーティファクトは弛張発振を繰り返す。 哀調を帯びた響きはまぎれもなく唄だった。 余韻にとらわれていた一同のなかで、真っ先に正気を取り戻したのはカメリアだった。 ごめん、とつぶやいてフィクサードたちの真ん中に甚之助を残したまま火炎弾の雨を降らせた。 フィクサードたちの悲鳴と弾け散る炎の音を彩りして、悪い蛇が残した眼がむせび泣く。 「だ、ダメだ。ファーラン……」 「諦めるな。早く容器に移せ!」 禄存は拳に炎をまとうと一足飛びに甚之助との距離を詰めた。甚之助に防御をとる暇を与えずその腹に拳を叩きこむ。 「ぐっ……」 消えかかっていた炎が勢いを取り戻し、再び甚之助を焼いた。 「ミミミルノかいふくするです!」 ここぞとばかりにテテロが神聖の息吹で仲間たちの傷を癒しにかかる。 蓋を外し終えたホーリーメイガスを中心に中型魔方陣が出現した。 「あんた、目障りなのよ。死んでちょうだい!」 ホーリーメイガスがテテロへ向けて光の魔矢を飛ばす。 テテロの悲鳴を合図にして、池に隠れていたインヤンマスターが水面を割って出てきた。 空に向けて解き放った無数の符が黒い鳥に変化してテテロを襲撃する。 「「テテロ!」」 水面ぎりぎり。落下する小さな体をカメリアが受け止めた。 天乃がディスピアー・ギャロップでインヤンマスターを仕留めた。 「これで残り、3人」 天乃の台詞を聞いた禄存が舌うちする。 「シグマ、香織! オレがリベリスタたちを食い止める。早く唄う眼を持って逃げろ! 『輔星』の元に持ち帰るんだ」 決意を胸に、禄存は業火で腕を燃え上がらせた。岩を蹴って日の暮れた空へ舞い上がる。腕を振り上げたところへ、背に甚之助の銃弾を2発受けた。が、歯を食いしばって腕を振りぬく。 (ちくしょう。止められねェのか) 力及ばなかったことに歯噛みしたそのとき、甚之助は天乃たちを捉える業火の帯の下から小さな影が水面へ降りたのに気づいた。 背を撃ったことで腕の振りを遅らせ、チコーリアが逃げる時間を稼いだのだ。 だが、禄存がすぐに禄存の気を散らさなければ、あっさり見つかって殺されてしまいそうだ。となれば―― 「かーつえェなおたくは。そんなに強くても上司の顔色が気になるかい? ったく飼い犬稼業も楽じゃねェやな。……あいや、猫か」 「な……んだと?」 甚之助に挑発されて振り返った禄存の足元を、ちょっと焦げてへたったチコーリアがテケテケと走り抜けていく。 「きゅうけつおやさい見参なのだー!」 片腕を高々と突き上げて名乗りを上げると、白い靄を吐き出す容器目がけて魔法の矢を放った。 弾き飛ばされた容器をホーリーメイガスが慌てて追いかける。岩の縁でかろうじて追いつき、落下を止め―― 「痛い!?」 チコーリアが尻に牙をたてて齧りついていた。 容器はホーリーメイガスの手を離れて池に落ち、沈んだ。 「このくそガキ!」 鬼の形相で振り返りつつ、ホーリーメイガスはメイスで小さな頭を殴り払った。 チコーリアは岩舞台の反対側までぶっ飛ばされた。 そのまま池に体の半分を沈めてぴくりとも動かない。 「チコーッ!!」 倒れかけていたリベリスタたちに火がついた。怒りで体に力がみなぎる。 「どけっ!」 甚之助はホーリーメイガスに体当たりして池に突き落とすと、チコーリアの元へ急いだ。 天乃は天へ高く昇ると瞬きだした星々を背負ってフィクサードたちの真ん中へ急降下した。踊り落ちながら禄存たちを切り刻む。石舞台の上に血の海が広がった。 ささげられた贄に悪い蛇の目が喜び震え、唄う。 「ミミミルノには……おやすみしているよゆーなんて、ないのですっ」 テテロが、カメリアが、残る力をすべて注いでフィクサードたちを撃った。 いつの間にか、岩舞台の上空に不気味な雲の渦が出来ていた。渦が起こす風が池の水を波立たせ、強い腐臭が辺り一帯に満ちる。 あと1回。 あと1回、眼が唄えば空に異界に通じる穴があく。 ぐったりとしたチコーリアの体を胸に抱いて、甚之助はゆっくりと立ち上がった。低音、それでいて通りのよい声でマグメイガスに命じる。 「ゲームオーバーだ。そいつをもとの場所に戻せ」 すっかり怯えきり戦意を失った男は、甚之助に命じられるまま窪みの中に肥大化したアーティファクトを下した。 「まだだ! まだ……」 諦めきれずに動こうとする禄存へ、カメリアが声をかける。 「どうする気? 眼を入れて運ぶボンベはもうないよ」 池に落ちたホーリーメイガスが先に離脱し森の中へ逃げ込んだ。続いてマグメイガスが岩舞台から離れていく。 禄存の体から力が抜けて肩が下がった。 体がじわり闇に溶けていく。 「……禄、存?」 ――ファーラング・パヤクアルン。それがオレの名だ。 次はない、と闇の中から捨て台詞をはいて禄存は気配を消した。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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