●季節はまさに 紅葉の季節。 山々の木々、その中でも広葉樹は季節の変化で色を変える。 その色は、寒ければ寒いほど鮮やかに色づくという。 つまり……急激に寒波が押し寄せた今がチャンスなのである。 何のチャンスかというと、そりゃもう酒ですよ酒。酒飲みは何かがあれば酒を飲むのだ。 ●ブリーフィングルーム 「いやぁ、いい季節になりましたねえ」 そのように言い出したのは『黒服』馳辺 四郎(nBNE000206)である。 すっかり冷え込んできた今日この頃ではあるが、彼の服装はいつもどおりである。 着崩したことで台無しなブランドスーツ。その黒服は夏においても一切変わることはなかったが……つまり。それも含めて『いい季節』なのだろう。 「秋の風物詩といえば色々ありますねえ。食欲、読書、スポーツ、芸術。これらの四本柱を筆頭に様々な風物詩があるわけですが、今回オススメするのはこれ!」 まるで深夜の通信販売のような言い草で四郎は言葉を続け、ある方向を指差した。 その先に見えるのは、真っ赤に色づいた秋の山々。 ……ということは。 「紅葉を肴に宴会をしましょうか。風物詩は大切にするのが日本人というものですよ?」 なお、アークには日本人以外も非常に多いのだが。 ――全て、些細な問題なのだ。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:都 | ||||
■難易度:VERY EASY | ■ イベントシナリオ | |||
■参加人数制限: なし | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年12月16日(月)22:38 |
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■メイン参加者 32人■ | |||||
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●序 秋は夕暮れ。と言ったのは枕草子だったか。 紅葉のシーズンと、秋めいた空気。それに合わせて、夕陽でさら赤く染まる様を詠ったものではあるが、現在生憎そのような風情のある時間帯ではない。 今はまさに日中、季節のものは眼前にある紅葉のみ。されど、明るいが故にこの景色を見るには適している、と言えなくもない。 山々の葉がより赤く染まるには、適度な寒暖の差が必要である。今この季節、やや秋が短く極端な寒暖の変化が訪れており、過ごすには辛くはあるが紅葉を生み出すには悪くない気候であった。 「やあ皆さんよくもまあ物好きにもこんな寒空の下、集まったものです」 言いだしっぺのはずの四郎だが酷い言い草である。だが、実際物好きであろう。花見のシーズンも過ぎある意味別種の行楽シーズンではあるが、よりにもよってこんな寒空の下酒宴をしようという言葉に従い集まる連中なのだから。 「ともあれ、気を楽にご自由に。乾杯!」 四郎のいい加減な音頭と共に酒宴が始まった。凍えはじめる寒さをアルコールの熱で誤魔化すように。 ●宴 「そういえばアレの解禁日だな」 イセリアが大仰に頷きながら、自分に言い聞かせるように言う。 例のアレ。毎年シーズンがくると解禁され、若いまま輸入され縁起物の如く飲まれている、例のワインのことであろう。 奇しくも秋が大幅にずれこんだ今、解禁日が見事に重なったのだ。それならば呑むには相応しいと言える。 「よし! 私はビールを飲むぞ!」 ビールクズであった。 欧州出身である以上、ビールは切っても切れない縁なのだ。ビールは深く欧州に根付いている。ワインやウィスキーも根付いているが、ビールも根付いているのだ。 「ぷっはあ! たまらんな!」 だがこれは明らかにそれらは無関係なただのビールクズであった。 ともあれ各所で様々な酒宴が始まる。 「ボクの前だからと遠慮するな」 「しかしだな……」 雷音が徳利を手にし、猪口へと注ぐ。虎鐵が家で酒を呑むのを雷音は見たことがなかった。それも当然であろう。虎鐵はその姿を決して最愛の娘には見せようとしていなかったのだから。 父親として、虎鐵は自分の経歴に関して後ろめたい点が多々あった。そういった姿を見せず、健全に育って欲しいと思うこともまた、父親として当然のことなのだろう。 だが、それは父親からの一方的な思いでしかない。子供もまた考え、育つのだから。格好悪い姿も情けない所も。そして格好良い所も。長い年月を共に生活してきたのだから、知っている。それらを含めて虎鐵という存在であると、知っているのだ。 「……だから、もうボクに遠慮なんてしないで欲しい。家族なんだから。虎鐵と夏栖斗はボクに残された大切な家族だ」 虎鐵の背中に――出来るだけ見せたくないと、隠し続けるものがある、その背中に触れて雷音は言う。全てを受け入れてこその家族なのだから、と言わんばかりに。 「……わかったでござる。拙者の負けでござるよ」 半ば折れる形で、虎鐵は手にした猪口の中身を煽る。……そしてはた、と気付く。娘に酌をされるのは始めてである、と。背中に添えられた手の暖かさを感じながら、しみじみ思う。 親子は寄り添い、思いを深める。赤く染め上げられた葉の下で。 一方、もう一人の子供……夏栖斗もまた、この場にいる。彼は呑める歳ではない。だがその席に同席することは出来る。酒席に付き合う相手はいくらでもいる。 「若い男から酌されるとは、わらわも捨てたものじゃないのう!」 そう、例えば接待されて調子に乗ってる猫ババア、いやさレイラインとか。 「ばーちゃん呑み過ぎるなよ?」 苦笑しつつ夏栖斗はグラスに酒を注ぐ。ほぼレイラインの相手をしに来ているようなものである。アークにきてから決して短くはない付き合いの、この危なっかしい老猫の。 「テリーには内緒じゃからな?」 などと軽口を叩きつつ、レイラインもまた夏栖斗のグラスへジュースを注ぎ返す。恋仲である相手、テリーはフィクサードであるが為になかなか会う機会もないので告げ口することも困難なのだが。 「わかってるって。紅葉も綺麗だし、ばーちゃん可愛いし眼福眼福」 笑いながら夏栖斗はジュースを飲みつつ頭上の紅葉に目を向ける。花と色、とでもいうか。まあこの老猫は年齢に合わぬ外見をしているのでそのような意見はわからないでもない。 「ほんにもう、口の上手い子じゃて」 「お世辞じゃないって、マジでそう思うよ」 褒められニヤニヤ、褒めてニヤニヤ。軽口と軽口を飛ばしあう関係。友であり、戦友であり、また孫と祖母のような関係でもあるのかもしれない。 「お酒が呑めるようになったらまた、こうして付き合ってもらうからのう?」 覚悟しておくのじゃ、とレイラインは笑う。あと二年。その時までのお互いの健康を幸運を願いながら。 さて、酒の席とは儀礼的なニュアンスがある者もいる。 それは人によって意見も変わるだろうが、酒を呑むというのは成人の証というか権利であり、それをもってして大人の仲間入りである、と判断する者もいるだろう。 「アークに来た時はまだ十八だったのにねぇ」 しみじみと言いながら、フランシスカがグラスを傾ける。そこに注がれた酒は決して強くはなく、成人したての彼女には適度なものなのかもしれない。 「酒はどう? 水を飲みながらのほうが悪酔いしにくいぞ」 杏樹が甲斐甲斐しく判断し、酒を注ぎ水を持つ。二十歳になったフランシスカの記念の如く、この席に同席した二人。普段は依頼で会うことが多く、ゆっくりしたことはあまり多くはない。だからこそ、この場はなかなか貴重なのかもしれない。 「んにゃ、始めてで新鮮だわぁ。味わったことがない味だから、どう言っていいか。美味しいのは間違いないのだけど」 判断に困ると苦笑しつつ、杏樹のグラスへと酒を注ぎ返す。その酒を杏樹はちびちびと減らしていく。強くない自分を自覚し、年長者としてコントロールするためにちびちびと。 「こうしてのんびりするのもいいな。フランはどう?」 「そうねー、戦いは好きだけど、戦い続けってのも体が持たないし、こうやってゆっくりのんびりもたまにはいいよねぇ」 また遊びにいこうね、とフランシスカが呟き。杏樹はそっと頷いた。 紅葉に酒、日本特有の風流。それを感じながら。またどこかへ、と。 「ミカサさん、誕生日おめでとう」 誕生日というのは一年間三百六十五日あるわけで、当然他にもいるわけだ。悠里が言った通り、ここにももう一人、誕生日から間もない者がいる。 「……祝われる様な歳でもないけれどね」 左様。成人したてのフレッシュなのとは違い、ミカサは誕生日と言っても二十九、ぶっちゃけアラサーである。これぐらいの歳の誕生日は至極複雑なものなのだ。わかる、わかるぞ。 話が逸れた。 それはともかく、悠里の眼前にあるものはカセットコンロ。その上には鍋が載っており、その中には徳利が入れられており、加熱されている。熱燗である。 「日本酒に合うおつまみ位は調べてきたわ」 そう言ってエレオノーラもつまみを用意する。スルメである。王道である。 だが一見ロシア系の美少女であるエレオノーラがコンロでスルメを炙っている光景はシュールとしか言いようがない。 だが待って欲しい。モッズ、名誉美少女、設楽悠里。こんな構成が鮮やかな紅葉の下、スルメ炙りながら熱燗というのがそもそもシュールなのだ。スルメ炙りすらスタイリッシュ。 さておき、炙られるスルメを凝視しつつ酒が消費されていく。 「……エレオノーラさんは寒くはないですか?」 「寒くないし、寒いのには慣れているから丁度いいわ」 ロシアの冬は寒いのだ。日本の秋など敵ではない。 「……ありがとう、二人とも」 正直祝われることがあるとは、ミカサは思いもしていなかったのだ。 いい歳である、というのもあるし。そのような付き合い方をする相手も決して多くはなかったからだ。だからこそこの宴席はどこか新鮮で、驚きに満ちた誘いであった。 「……ところでミカサさんは響希さんと付き合うようになって一年ぐらいだっけ? 最近どんな感じ?」 「出会った頃と変わらずあの子は俺の可愛い人だよ」 悠里の突然の質問に堂々と惚気てくれる。恐ろしい奴である、このアシメ。 「……そういう君の方はどうなの」 「他人の事はともかく、貴方も彼女と仲良くしてる?」 他人へ恋話をしていいのは相手に恋話される覚悟のある者だけである。当然の反撃に設楽悠里、堂々と惚気て返してみせる。 「勿論仲良くしているよ」 ……だがその後に一言続くのは、それもまた仕方ない。 「部屋に入れたのは最近だけど……」 切ない。 「ちょっとずつ寒くなってきたわね。でも、そのお陰でこんな綺麗な景色が見られるのだから、悪くないわ」 酒席にいるには少々若すぎる少女、シュスタイナは手にした器の中身を飲み下す。 中に収められているものは白く濁った飲み物。甘酒である。麹や酒粕を保温し発酵させることで作り出されたそれは酒とついてはいるが、乳酸菌飲料に近いものだ。未成年でも安心して飲めます。 独特の風味と甘味が広がり、飲み下した体内から身体を温める。寒空の下で飲むに相応しい、日本独特の飲料なのだ。 「……ところで。皆ちゃんと紅葉も見てる?」 「大丈夫、見てる見てる」 シュスタイナの問い掛けにグラスを傾けつつエルヴィンが応える。 彼女の周りにいる大人達は様々ではあるが、例外なく酒を手にしており呑んでいる。いや、そもそも少女のほうがこの場においては特別な、未成年なのだが。 彼らの側には多数の肴が並んでいる。生桜海老、寒鰤。旬の海産物が刺身や鰤大根といった調理をされ並べられており、呑まない者も食事で楽しめるだけの環境にはなっている。 ……だが、ほぼ例外なく呑んでいる状況ではそれらは本来の目的である酒の肴としての機能を発揮している。 「呑むのも俺の仕事の内なの。仕事なの」 そもそも持ち込んだ当人である快がそんな事を言いながら次々とグラスを空けていくのだ。肴としての機能が生かされて当然である。 「大丈夫、暑くなったら脱げば呑み続けられる!」 「脱ぐのはダメでしょー!?」 ダメな大人である。あと年下の少女に怒られてちょっと嬉しそうなのもアレだ。未成年の皆さんはこんな大人になってはいけませんよ。大人になるって悲しいことなの。 「はは、世話ありがとな。いいお嫁さんになれるぜ。そっちはちゃんと楽しんでるか?」 そのような言葉をかけながらエルヴィンは新田が自らの酒店から持ち込んだ酒類を吟味している。 エルヴィンもまた成人して間もないので、少しづつ呑める酒を模索している段階なのだ。 潰れたら自分より年下な少女に迷惑をかけることになる、という思いもあって慎重にはなっているのも否定はできないが。 そんな大人達の様子にぶつぶつ言いながらも甲斐甲斐しく世話を焼くシュスタイナの言葉に、相槌を打ちながら天乃もまたグラスを傾ける。黙々と、されどゆっくりと。 普段は戦いの場に出向くことに終始する天乃だが、たまにはゆっくりしないと仲間達に怒られる。というレベルで戦いに明け暮れているともいえる。 それ故にこうした場に同席するのも、悪くはない。そこで大人達の惨状に悪態をついている少女の愚痴相手になるのも、また。 彼女の姉には長く世話になっているし、なにより悪態も罵倒も可愛いもの。微笑ましく相手をするのもまた一興。 ただ、羽目は外し過ぎないようにしなければ、と。以前の失態を踏まえつつ天乃はアルコールを流し込んでいく。脱ぎはしない、寝ることはあるかもしれないけれど……暴れるよりは、マシ。 ――何故ならここは、暴れるとしたら、戦いたい相手、が多すぎる。 酒宴の席でも戦うことが頭から離れない。だからゆっくりしろと怒られるのだ、と。自覚しながら。 さて、海外の人々からすると日本の四季というものは独特であるらしい。四季がないわけではないが、日本ほど鮮やかな変化を見せるところはないというのだ。 ――同じ世界の住人でもそうなのに、違う世界の住人達からするとそれはより独特なのかもしれない。 「皆コップは持ったぁ?」 ふにゃりとした口調でグラスを片手に音頭を取るリリス。そこで車座になっている面々は一様に日本人にはとても見えない。いや、そもそも耳が尖っている。人間ではない。 「あ、私は甘いお酒くださーい。なんか泡がいっぱい出るやつは苦くていやーっ」 シーヴの言うように、慣れてない人にはビールはなかなかハードルが高い。だが酒の基本はビール、という空気が日本には蔓延しているが、選ぶ酒はなんでもいいのだ。何を呑んでもいい。自由とはそういうものだ。 だが、義務はある。未成年はアルコールを摂取してはいけないのだ。だからアガーテはジュースを手にしているのだ。異種族であろうとも、日本にいる以上は法に従わなくてはいけない。これが義務なのだ。 「これって『オシャク』って言うんだよね?」 などと言いつつリリィがそれぞれに酒類やジュースを注いでいく。彼女達フュリエはボトムチャンネルへやってきてから後、この世界の知識を取り入れることに貪欲だ。貪欲すぎて酷く偏った知識を取り入れてる者も多いのだが。 「実は私も用意してきたんだ! お酒だけも良いけど、おつまみもやっぱり必要だよね」 ルナがそう言って持ち込んできたちょっとしたつまみを広げていく。 「オルクス・パラストの人に教えてもらったんだー、こうすると甘くなるんだって」 そう言ってエフェメラが開封した魔法瓶からは酸味の混じった独特なアルコールの匂いが周囲に漂う。ワインを温めたホットワイン。北欧とかでは冬場に呑まれることが多い酒類である。 「ええと、じゃあ……『かんぱ~い』」 「「「「「『かんぱ~い』」」」」」 多様な声でどこかたどたどしい乾杯の声が響く。……その後、音頭を取った当人であるリリスがぼそり、と呟いた。 「……これってどういう意味なんだろうねぇ?」 意味がわからなくても言葉は使えるのだ。 ――乾杯の後、フュリエ達は思うままに呑み、思うままに食物をお腹へと詰め込んで行った。それぞれ思うままに。――その結果。 「ふにゃ? ちょっとぐらぐら」 「甘いお酒だと呑みやすいねぇ、こう何杯でも呑める気が……あれ、なんかぐるぐるしてるぅ……」 「」 リリスが、シーヴが。呑み慣れないボトムの酒に当てられるまで時間はかからなかった。 揺れる地面に視界。いや、実際に揺れているのは彼女達の認識なのだが。その覚束なさすらも彼女達は楽しんでいる節はある。いや、そもそも酔っ払いは本人は楽しいのだが。 「お姉ちゃんやみんなに甘えたい気持ちなの」 「わわっ、リリィちゃんどうしたの?」 どこか陽気な気持ちになり、ルナへと寄りかかるリリィ。皆がそれぞれ思うままに呑み、潰れ、楽しむ。そのような状況。 一通り呑み、酔った後は地面に転がり眠る者すら現れる。奔放に、それでいてこのボトムと関わることで得た感情のままに。 「こんな所で眠っちゃ駄目ですわ。風邪を引いてしまいます……!」 アガーテが地面に転がる同胞達に巻いていたストールをかけていく。秋の寒空で酔った状態で寝ていると風邪、最悪凍死もないではない。訓練されたリベリスタであれば問題ないかもしれないが、だからといって寝てていいわけではないのだ。 自由に過ごし、それを世話する彼女達を横目にエフェメラはホットワインを飲みながら周りの景色に目を向ける。 紅葉、その後は落葉。だがそれはまた新たな芽吹きを待つための自然のサイクル。森と共に生きたフュリエである彼女にとって、それは至極原点に近いもの。 「また明日から、がんばろっ」 その姿に、景色に元気を貰うように。この宴席で得る活力と、共に。 ――パチパチと爆ぜる音がする。 音を立てているのは落ちた枝と散った葉が積み上げられた、その物体。焚き火である。 ちなみに場所によっては勝手に焚き火をすると消防法にひっかかる。これマメな。 それはともかくその焚き火……ただ燃やされているわけではない。 「おいもちゃんをアルミホイルに巻き巻き! 焚き火のゴールにシュゥゥゥウウ!」 うわあ、超エキサイティング。物凄く高いテンションでしのぎがホイルで巻いた芋を焚き火へと叩き込む。 「おいもさん……熱い火の中に飛び込むなんて。可哀想」 お前がぶちこんだんだ。酔ってんのか。 酔ってた。 「ノリノリで放り込んでおいて何を言ってるんだ……」 そんなしのぎを横目に呆れた声で朔が呟く。 この焚き火を起こしているのは朔である。焚き火を燃やしつつ、手にした杯を傾けちびちびと日本酒を呑んでいるのが彼女だ。 「紅葉狩りというのは紅葉を全て落とすものと思っていたが、鑑賞する行事だったのか」 お前も頭おかしいのか。 「はっちー、そんな格好で寒くないの?」 「ん? まあ寒いと言えば寒いが、まだ気にするほどの季節でもないだろう」 質実剛健なのか、無頓着なのか。もしくは朔なりのこだわりなのか。動きやすいのが気に入ってるのが正直な理由だろう。 「寒いよね!? 暖めてあげちゃうぞー、ふふー!」 そう言って朔へとしのぎが抱きつく。たまにいるよね、こういう絡み方する酔っ払い。 「……君はおかしな人間だな、私に積極的に関わろう等という者は今までいなかった。……確かに暖かいよ」 苦笑か、微笑か。この状況に若干戸惑ったような表情を浮かべる朔。悪い気は、しない。 それに対するしのぎの答えは…… 「早くお芋さん焼けないかなぁ」 ――芋の心配であった。 「これぞ、リア充というものか!」 仲睦まじくしている者達もいる。 例えばこの竜一だ。恋人であるユーヌを抱き抱え、紅葉を眺める。ユーヌのほっぺたをつつきながら、酒を呑む。 ユヌ見酒、などと言っているがなんだこの特殊なシチュエーション。 「秋らしい景色だが、リア充なのか?」 そのような竜一の様子にユーヌが疑問を直球で口に出す。 「毎回思うが、妙なリア充像持ってそうだな」 まあリア充と一口に言ってもリアルが充実さえしていれば該当はするので、決して間違ってはいないのだろう。未成年の彼女を抱き抱えて酌をして貰いながら、さらに彼女のほっぺたをつつく、という状況が充実していないとは言わない。充実しているかどうか、の一点だけで言えば誰もNOとは言わないであろう。 「俺の気分も高揚してきたぜ! 紅葉だけに!」 お、おう。 「それじゃあユーヌたんにも何かを飲ませてあげよう。何飲みたい?」 「ならウーロン茶辺り貰おうか?」 「たーんとお飲み」 などと言いつつ竜一はウーロン茶を口に含み、ユーヌへとキスと共に口移しで飲ませる。死ね。 失礼、何かが漏れた。 「……ん、酒臭いな」 散々飲んだ竜一の口移しは十二分にアルコールの匂いを漂わせているわけで。 「酔わせる気なのか? 竜一の口吻で」 ……仲睦まじくて宜しいことで。 さて、一方でこちらもまた仲睦まじく。 「なんかモミジを見ながらお酌したのを思い出すなぁ。あの時はこんなに寒くはなかったと思うけどさ」 「ああ……以前紅葉の中で呑んだのは、出会って間もない頃だったか。……あれから随分と経ったものだ」 くすくすと当時を思い出して笑う木蓮と、寡黙に頷く龍治。 以前を思い出し、どことなくしんみりとする二人。二人の周りには木蓮の用意したつまみの類と酒類が並んでいる。 木蓮はまだ呑める年齢ではないが、龍治が何を食べるか、何を呑むか。それを考えて内容を選ぶのは彼女にとって楽しいものだった。 一方、その代わりとして木蓮の飲む飲み物は龍治が選ぶことになっていた。 龍治は自らの記憶を辿り、彼女の為の飲み物を選んだ。どこか自信なさげではあったが、精一杯彼なりに考えたのだろう。 新しいものではなく、今までの記憶から選ぶ。大胆ではないが、精一杯相手のことを考えた選択であった。 ……二人で穏やかに、ちびちびと呑む。呑まれぬように、ゆったりと。 ――ふと、木蓮が龍治に目を向けるとその頭に赤い色。 上より舞い降りた落ち葉が、気付かぬ彼の頭に乗っているのを見つけた木蓮はそれにちょっとだけ可愛らしさを感じながらも身を乗り出して取ろうとする。 「…………!?」 抱きつかれる、そう思いぎょっとした顔で硬直する龍治。それに木蓮は寄りかかるように近づき…… 「……取れたぜ?」 「……ああ、なんだ。紅葉か」 勘違い。ああ勘違い、勘違い。この助平。 「しっかし、酒なんて美味いもんなのかね……ちびっと舐めた事はあるけど、俺には合わねえ気がすンなぁ……」 「お酒は……まあ。年齢で好みや味覚も変わるっていいますし、そういうものなのかも?」 酒宴に盛り上がる大人達から少し離れた場所で、少年と少女はその様子を眺めていた。 猛とリセリア。二人の手にしたグラスに入っているものはノンアルコールのカクテルだ。どこぞの酒屋が持ち込んだそれは、未成年達にはちょっとした背伸びであり、代返物である。それはそれでなかなか美味しかったりもするが。 「ま、それはもうちょっと先にならねえとはっきりとはしねえか」 などと言いつつ猛は二人の間に置かれた弁当の中身をつまみ、口に運ぶ。 「む、この唐揚げは……う、美味い! 腕を上げたな、リセリア……さすがは俺の嫁だ……」 「えっと……どういたしまして。美味しいならよかった」 まるでラノベの主人公のようなリアクションをする猛に、少しはにかみながらリセリアは応える。 彼女にとっては少々自信がなかったのだが、それでも彼の口には合ったのだろう。安堵と歓喜が自然に笑顔となって零れた。 「……はぁ、平和だねえ」 「……平和ですね」 紅葉を見上げながら、呟く二人。間に流れる空気は戦いから離れ、二人だけの穏やかな雰囲気を漂わせる。 例え周りが宴席であろうとも。いや、だからこそ。ここには日常がある。 ――かけがえのない平和なのだ。 「……寒っ! コート買ってよかった」 「司馬くんコートなかったの?」 そんなやり取りをする鷲祐と七。寒空の下、下ろしたてのコートを羽織った黒に染まった男と、対照的に完全防寒でもこもこした女。むしろ対比すればするほどに先日までコートがなかったという鷲祐の状態に違和感が。 「まぁ、ほら燃えたから」 「……さすがにこの季節は上着ないと無理だよね」 「そういうナナはもっこもこだな。まんまる」 司馬君の家、燃える。わりと最近のような、結構昔のような気もする珍事だが。冬物は天に還ったのだ。 それはともかく。 「……おお、さっぱり見えない。が、なんか……空と紅葉の色合いが混じってくるようで、いいな」 「紅葉ってこれだけ着こんで見に来る価値あるよねえ」 眼鏡の二人だが、あえて眼鏡を外して木々を仰いでいる。 視点が変われば見え方も変わる。眼鏡というフィルターを外すと世界はぼやけるが、色彩の滲んだ独特の雰囲気になるのもまた事実なのだ。見えないけど。 「それじゃ、えーと……紅葉に乾杯ー」 「ん、乾杯」 用意された漬物と煮物。そして酒は日本酒。これだけ揃えば十分だ。逆に言えば、それ以上は過剰であると主張するものだっているだろう。 「……眼鏡外すといつもより酔いやすい気がするなー」 そう呟く七に。 「……ん、安全は保障する。これでも一応、男なんでな」 などと、安心させようと。鷲祐は告げた。 「食欲の秋だ~!」 「冬が来ちまう前に、紅葉見つつの食いモン満喫だなッ!」 壱也とコヨーテが叫ぶ。 秋は食欲の秋。芸術の秋、スポーツの秋、読書の秋、なども存在はしているがそれらのお題目を全て打ち消す現実がそこにはある。 秋の食い物は美味い。そういうことだ。 「私はお酒呑めるから貰ってきた!」 乾杯用の一杯だけだが。 「オレも早く酒呑めるようになりてェなァ……」 悔しいので杯に自ら注ぐは炭酸水。気分だけ。 「いちやァ、カンパイしよォぜッ!」 「かんぱ~いっ!」 テンション高えよ。 「栗に柿にブドウに……甘そうだなァ。コレはいちやにやるよッ」 「さんまにもブラックペッパーかけるの!? なんでもかけるんだねっ」 ぎゃあぎゃあ大騒ぎしつつ二人は次々と食べ物をかき集め、胃袋に流し込んでいく。これだけ発揮してくれれば食欲の秋も本望であろう。 「にしても……山! すげェキレーだなッ! オレ赤は黒の次にスキなんだァ」 「ほんと燃えてるみたいだよね! 葉っぱの形もそんな感じだからかな~」 食物を手に見る秋の紅葉。食べ物は二人の胃袋を満たし、紅葉は心を満たす。 「お、いちや。頭にモミジついてンぜ。いちやに似合ってンなッ!」 「えっ、に、似合う? ありがとう……えへへ」 折角だからそンままにしとけよォ、と。じゃあ、風で飛んじゃうまで、このままにしておこうかな、と。緩急自在の二人の心。 ……ああ、今は全力で秋なのだ。 ●了 紅葉満ちて山燃える。 燃える山みて酒進む。 とかく酒呑みというものはあらゆる機会で酒を呑もうとするものだ。 ――酒も良い。紅葉も良い。 ……ならば両方揃えば万全なのも道理なのだ。 これが終われば再び厳しい戦いに身を投じることになるだろう。 だから、今は。思い思いのままに、この状況を楽しんで構わないのだ。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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