●寒いので 「こんにちはこんにちは。皆さんのお口の断頭台ギロチンです。まあ此方へどうぞ」 その日『スピーカー内臓』断頭台・ギロチン(nBNE000215)がリベリスタを迎えたのはいつものブリーフィングルーム――ではなく、本部の一角に設けられた談話室だ。 小さなイベントや集まりにも使われるコタツとストーブ付きの和室は、冬場は日本猫系のビーストハーフの溜り場という噂もあるが定かではない。 ギロチンはそこでコタツに入って、みかんを剥いている。 何だか退治とか何かの単語を聞いてきたのに、何してんだこのフォーチュナ。 「あ、別にサボってる訳じゃないですよ。これですこれ。革醒したのこのみかんです。このっていうかそこの箱の」 マジか。 「マジです。まあフォーチュナの間で食べても良かったんですけど、忙しい人もいますし早めに片付けた方がいいし、という事で先程時間空いてそうな方に声掛けてもらいまして」 要するに、食えと。 指差したリベリスタに、ギロチンはこくこく頷いた。 「そろそろ年の瀬ですし、ここ数年はアークも中々落ち着いて年末年始とも行ってませんし……今年も人によっては忙しいかも知れませんから、今の内にチャージ的なあれそれで」 後半が結構適当だった。 というかお前が話し相手いなくて暇だったから呼んだんじゃなかろうなまさか。 そんな疑念の視線はいつもの薄っぺらな笑みでスルーして、ギロチンはみかんの入った籠を押しやる。 「お茶と受付のお姉さんに差し入れって貰ったお饅頭もありますよ。ちょっとゆっくりしていきませんか」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:黒歌鳥 | ||||
■難易度:EASY | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 7人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年11月27日(水)22:13 |
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■メイン参加者 7人■ | |||||
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● 窓に吹き付ける風、けれど中はぬくぬくと温かい。 ストーブの上に置いてあるやかんからは白い湯気が薄く噴出し、加湿器代わりに部屋を潤していた。 「みかんと一緒に麦茶を飲むとめんつゆの味がするらしいんだよな」 何気なく『足らずの』晦 烏(BNE002858)が口にした言葉に『スピーカー内臓』断頭台・ギロチン(nBNE000215)を始めチャレンジャーがうっかり自販機に走るもののシーズンが過ぎてて無くて断念したとかそんな一幕を頭に挟みつつも、談話室はうっかりすれば眠気に襲われる程度に居心地の良い空間に仕上がっている。コタツにみかんに覆面。冬の風物詩。実に。 その横にどすん、と置かれたのは……みかん段ボール。 「この人数だと絶対みかん足りないと思うんですよね」 肩の白夜と頷きあう仕草をした『Le Penseur』椎名 真昼(BNE004591)によりみかん一丁、もとい一箱追加。完全に半日はくつろぐ気だこの子。ジューサーまで持ち込んで完璧だ。これで命の水が作れるぞ。 「ジュース! それも美味しそうだねぇ」 楽しげに目を細めた『ビタースイート ビースト』五十嵐 真独楽(BNE000967)は、ピンクの豹柄半纏を着ていそいそとコタツに潜り込む。くつろぎタイムも乙女心は忘れない。 「超あったか~い♪」 ふにゃりと顔を緩める様は、大変可愛らしい。 「みかん! 愛媛の! みかーん!」 その隣でロック調にみかん(愛媛産かどうかは不明)を握った拳を上げた『あほの子』イーリス・イシュター(BNE002051)の横には、馬。もとい『はいぱー馬です号』が座っている。うまーって鳴いてるから何の変哲もない馬だ。多分。深くは考えてはいけない。 そして彼女も単なるあほの子ではない。何しろ差し入れで塩入銀杏を持ってきた。美味しいぞ。体内のビタミンB6の働きも阻害するぞ! それにしても、突拍子もないものが革醒するものよね。賑やかなコタツからは少し離れて、蔵守 さざみ(BNE004240)は掌でみかんを転がし首を傾げる。 「あはは、全部が全部危ないものだと今の倍以上忙しくなってしまいますね」 「ま、それにしても生のみかんは久しぶり。アークって、時々こうしてタダで食料を確保できるからいいわね」 「沢山食べてって下さい」 「量を食べれば、一食分くらい浮かせられるかしら?」 「……たまに『簡単なお仕事』って名前の一食どころか三食浮かせそうな案件とかもありますよ」 節約の身に付いたさざみの言葉にギロチンは一瞬詰まってから深く頷く。そんな簡単なお仕事の常連、『箱庭のクローバー』月杜・とら(BNE002285)は皆の前に置いた湯飲みにお茶を注いで回っていた。 「はい皆、お茶だよ☆」 気遣い系女子力発揮、と思いきや実際の所は急須を利用したいだけである。何しろ今回のとらの目的はみかんアートだ。普通に別の急須あるんでそれを使おうそうしよう。 「あ、そういえばギロギロさん、皮は食べなくてもいいんだよね? 種は?」 「大丈夫ですよー。出たゴミは即焼却処分しますんで」 最初から燃やしても良かったんですけど、勿体ないですもんねえ。尋ねるとらに答えるフォーチュナは緩い。全力で緩い。 「ところでギロちん」 「はい?」 「わたし、ギロちんのこと、『ギロ』が名前だってずーっと思ってたんです」 真顔で言うのは『戦姫』戦場ヶ原・ブリュンヒルデ・舞姫(BNE000932)だ。時に真面目に時に斜め方向に全力で突っ走るぼっち主張系女子の目は、苦悩するようにギロチンに向けられた。 「『ギロちんです』って挨拶してるから、このフォーチュナさん超お茶目☆って、きゅんきゅんしてたのに!」 「えっ、それぼく責められるとこですか」 「萌えきゅんついでに、『お願い。あなた達にしか頼めない』って苦しそうに訴えて!」 「……。……お願い、あなた達にしか頼めない」 「ダメ! 苦しさが足りない!」 今日も彼女はいつも通りである。 さて、そんな騒ぎはさて置きみかんだ。イーリスは瑞々しい果実に手を伸ばす。 物を頂く時には正座せねばなるまい。指に力を入れて、その果実を割り――うまー。これは美味の声ではなく果汁がかかった『はいぱー馬です号』(以下馬)の表情を擬音で表したものである。多分分からないだろうけれど要するに困っている。 「なんて顔をするですか! この馬!」 罵倒なのか分からない言葉に何故かしゃきっとする馬。意思の疎通はばっちりだ。 「馬も一個食べるのです。外の皮ごとです。なぜならば! お前は馬だからです」 言っている事は別に間違っていないのだが、そこはかとなく感じる何か違う感をかもし出すイーリスの手からみかんを貰った馬は割と嬉しそうなのでこれはこれでいいかと思えてきた。 「折角だし、焼きみかんとか冷凍みかんとかにできないの? 焼きみかんぐらいなら道具がなくてもフレアバーストで……」 「炭になりますさざみさん」 「……そういえばそうね」 常識人枠に見せて発想は割合過激なさざみは少し残念そうに頷いてみかんをまた剥く。大事なビタミン補給の機会は逃さない。数秒後にストーブの上に乗せれば万事解決な事に気付いた。広がるみかんバリエーション。 「でもまあ、温かい中でゆったりしてると眠くなってきま」 「ていやっ」 「果汁攻撃!?」 頭を下げようとしたギロチンに仕掛けられる真昼のみかんの皮折り攻撃! こうかはばつぐんだ! えっ何、何ですか、と目元を押さえるギロチンの事を別に真昼は嫌いではない。彼に限らずフォーチュナには世話になっているのだ。けれど。 「ギロチンさんには何だか妹がすごく懐いてたので悔しかったので、仕方ないと思いませんか?」 「えっ妹さんって影時さ……それ八つ当たり」 「はいワンスモア」 「うわー!?」 いいのだ。妹も全然お兄ちゃんを構ってくれない訳じゃないし。でもそれはそれとしてこれは仕方ない事だ。うん。大丈夫、ちゃんとみかんも食べてるから。 ● 「ふっ……これはまだ肩慣らしよ」 ぺたぺたと急須にみかんの皮を貼り付けるとらが作り上げたのは、ねこ急須。皮の裏と表の色の差を利用して模様も演出し、みかんのヘタで目と鼻を作る。うむ。アートだ。 けれどここからが難関である。みかんの中身を取り出し、じょうのう(小袋)から砂じょう(涙型してるみかんの粒)を分けるのだ。ところで正式名称を始めて知った。 通常サイズのみかんでは注射針でも粒から果汁だけ吸いだすのは少々難しいんじゃないかと思われるがそこは神秘のアレソレである。きっとできる。とらならできる。 そんな極小サイズの作業をしているとらの手元を楽しげに眺めながら、真独楽はふとカレンダーへと視線を移した。十一月、霜月。 「もぉ一年終わっちゃうのかぁ……早いなぁ」 残す所、今年も一ヶ月と半分――もない。クリスマスが終わればすぐに年明けだ。思い返す。真独楽がきたのは、2010年のこの時期。凡そ三年となる。時間の早さに驚いたり感動したりしてしまいそうだ。 「色んなお仕事したなぁ」 エリューションやフィクサード相手の戦いも勿論経験したが、特に記憶に残るのは『変り種』の依頼。 「巨大ロボットに乗って戦ったり、悪の女船長の役でヒーローと戦ったり、アザーバイドと鬼ごっこしたりお喋りしたり」 指折り数える楽しい思い出、そういえば海でイカや貝と戦った事もあった。倒した後は海鮮祭りの美味しい記憶。あれ、でもこれ遊んでばかりな気もしてきた。 「そうですね……色々ありました」 舞姫も思い出し、目を閉じる。 「ねえ、覚えてます?」 唇が紡ぐのは、あの日の記憶。 そう、暗黒宇宙帝国の最強無敵怪獣軍団との戦争――! 「崩界寸前にまで追い込まれたけど、わたしのラブソングで全ボトムの生命が団結したあの瞬間。もう、感動の大スペクタクル浪漫でしたよね」 舞姫だけ違う次元に生きていた。これも通常通りだ。が、ふとその額をコタツの上にこつんとぶつけてみかんを指先で招く。おかしいなあ。そんな冒険をしながらも、今頃は素敵な彼氏ができているはずだったのに、なぜ自分はぼっち系の女子のままで――あ、しかもこのみかんすっぱい。 「すっぱい……あはは、わたしとおんなじハズレだね……」 「――ね、真独楽少しだけどクリームとパンケーキ作って持ってきたんだよ」 すっぱいの引いちゃったら上に乗せて食べようと思って! 微笑む真独楽が眩くて、舞姫は思わず目を閉じた。これが女子力の差か。 少女らの会話を聞きながら烏は丁寧に皮を剥く。覆面は外さないが、もう一つのトレードマークのような煙草は今日はお休み。ここにいるのが大半は未成年であれば、烏はそこを気遣える喫煙者である。白い筋も薄皮もとって、もぐり。単純作業が故に、無心で続ければ気付けば手元からみかんがなくなっているミステリー。 「しかし、よく生きてるよなぁ」 烏がアークで仕事を受け初めてから、一年、二年……に届かない辺りだろうか。それでも彼は世界最高峰のフィクサードであるバロックナイツ二名、ケイオス、キースと直接対峙し、更に黄泉ヶ辻の兄ちゃんこと『国内最狂』でもある京介とも数度顔を合わせていた。普通なら二度や三度死んでいるかも知れない局面を泳ぎ切ってここまで来たが――いやはや、アークの仕事は中々にハードである。 思わず手を伸ばしかけた煙草と同じくらいの気軽さで、これからも命運を容易く左右する大事は向こうからやってくるのだろう。 再びみかんを剥き始めた烏とは対照的に、白い筋までしっかり食べるさざみ。ささいな事だが、個性が見えるものだと考える彼女の隣にギロチンが潜り込んだ。 「さざみさんみかん焼けましたよー。ね、何かお話しませんか?」 「お話? 桃太郎とか金太郎とかでも話してあげましょうか?」 焼きみかんを手に語りかけるギロチンに、さざみはよく知れたフレーズを舌に乗せる。昔々、あるところに……。が、その言葉を止めて肩を竦めた。冗談だ。 「誰かに胸を張って語れるだけの何かなんて、私にはないわ」 過去を振り返れば、さざみにだって色々ある。けれど誰かに語ってみせる程、立派な過去じゃない。そう思うから、彼女は首を振った。 そんな事より、貴方のお話こそ聞かせてくれると嬉しいわね。 お喋りフォーチュナは、一度瞬いて――楽しげに笑った。 ● しゅんしゅん湯気を立てるやかんから急須に注がれるお湯。水を最初に急須に少し入れておくと熱湯を注いでも苦すぎないらしいですよ、なんて何処のマダムから聞いたのだか分からない豆知識を披露するギロチンはよそに、マイペースなイーリスはお茶を嗜んでいた。 「お茶、美味しいのです」 日本に来たばかりの時、彼女は緑茶が苦手だった。その苦味は決して美味しいものだとは思えなかったから。けれど今なら分かる。それは苦味ではなく、程よい渋みだったのだ。 これが、わびさび――! 電撃の様に悟ってから、イーリスは緑茶が好きだ。甘味も好きだ。 饅頭怖い、お茶も怖い。ナイス日本の伝統。 そんなイーリスを視界(目隠し越し)に入れながら、真昼はみかんを飲み下す。確かにみかんの多くは水分だが、茶も欲しい。そうだ、烏は面倒見が良さそうだ。覆面を被っているがそうに決まっている。 届け、アイコンタクト――! ……はっ。 「椎名さんと晦さん……見詰め合っているのです……」 だが察したのはイーリスだった。分かるのか。カラーコーンと目隠しのアイコンタクト。分かるのだろう。だって彼女は。 「舞姫さん! 私、行ってくるのです……!」 戦友に決意を込めて頷いて、イーリスは茶を飲んでいたギロチンを引っ張り出す。 「ギロチンさん! ゆーしゃとして! 聞きたいことがあるのです! あのとこで内緒話するのです!!」 「えっイーリスさん内緒話って普通仕切りの中でやるもんじゃ」 「満を持して! 聞くのです!!」 悪意はないが話は聞かない女子、イーリス。その瞳は真剣で、正に戦に挑む戦士そのもので、口を開く。 「ギロチンさん!! もしや!! 奥地の恋人なのですか!!」 「ニュアンス違いますよねそれ!?」 ――腐敗の香りを纏う戦友が、叫びの向こうで親指を立てていた。 「楽しそうだね」 「いつもの事ですね……!」 「ま、おじさんもそこそこアークにも慣れてきたかなとは思うけども、断頭台君からの紹介の仕事とかもおじさん、今回が始めてだったからねぇ」 イーリスの追求から逃げ込んできたギロチンに向けて烏は残り少なくなったみかんを転がしてまだまだ若葉マークが取りきれないね、と笑う。既にその腕がベテランである事を知るフォーチュナは、軽く笑ってみかんを取った。 「タイミングと依頼の相性もありますしね。晦さんの仕事量はエースの部類ですよ。……特に危険な仕事に向かう人の顔は、ぼくらフォーチュナも覚えてますんで」 「はは、出来る限り色々な仕事をやるようにと、心がけちゃいるんだがね」 「大変ありがたいです。……何より、いつもちゃんと帰ってきてくれて、ありがとうございます」 少し笑みを薄らげたギロチンの言葉に、とらと一緒にアートに全力投球していた舞姫がのそりと顔を上げた。平和な日常。コタツでみかんを食べる、そんな何でもない、けれど大切な時間。 それを持っていて、この世界を愛する舞姫は――きっと、幸せなのだろう。 「ねえ、とらちゃん」 「うん?」 舞姫の前のみかんに手でハートを作り『萌え萌えキュン☆』のポーズを取るとらに、かすかに笑う。大好きな人がそばにいるから、舞姫は舞姫でいられるのだ。 「そこに居てくれてありがとう。大好きだよ」 「よ、よせやい、惚れてまうやないけ……ていうか舞ちゃんこそ、遠くにいかないでね」 とらの目が瞬いて、ふざけるように口が動いて……けれど息を吐いて、向き直る。 背負うものは、多くない方がいい。身軽でいたい。 奥底に秘めた思いを叶える為にも、本音はあまり言わないのだけれど。 「とらも、舞ちゃん大好きだよ」 一緒に作ったみかんアートのシロツメクサを前に差し出して、少女は笑う。 ● 「うむ、作業中ずっと遠くに行っていた気がする」 「月杜さんと戦場ヶ原さんの集中力、すごかったですもんね……」 「ねえ、みかんの皮は持って帰ってもいい?」 「ええ。どうぞー。何に使うんです?」 「水周りの掃除とかにも使えるし、調理すれば食材にもなるわ。切り詰められる所は切り詰めないと、懐が寂しいのよ」 「堅実ですねさざみさん……」 「じゃあおじさんは水に浸けてから刻んで天日で干して陳皮にでもしようか。お茶にもなるし風呂に入れて暖まればぽかぽかだしな」 「あ、まこも皮、貰っていい? 入浴剤作るー! ちょっぴり恥ずかしいけど、久しぶりにパパと一緒にお風呂でも入ってあげようかな」 「お風呂。いいですね。コタツの魔力から解放されたらみかんお風呂も試したいです」 「真昼さん、それ出られないフラグ」 「ああ、それかスピリタスに浸けてチェッロにするのも良いよな」 「チェッロ?」 「リキュールさね。椎名君にはまだ早いが、出来上がったら断頭台君にもおすそ分けしようかい?」 「是非に!」 「ねえ、ギロちん」 「はい、舞姫さん」 「こわいことは、ぜんぶ嘘にしちゃおうね」 「……はい」 ごちそうさま、おいしかった。 そんな会話を笑顔で繰り返す日常と、いつ失われるか分からない紙一重。 願うなら、その一枚が幾重にも重なり続くようにと――。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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