●ソードレイン 「海外派遣組は大変みたいだな」 「ロンドンでキマイラが暴れているみたいだしな。事によってはアーク総出で動くかもしれないぞ」 そんな会話を続けながら夜の公園を歩くリベリスタ。テレパスと暗視の加護を持つチームは、公園の見回りに最適である。 ここは三ッ池公園。かつての戦いで『閉じない穴』が開き、危険な存在が跋扈する場となっていた。また『穴』による騒乱もあったためアークはこの公園の維持のために、かなりの人員と防衛費を割いていた。 「何もないのはいいことだけど、たまにはあるとくんみたいな男の子が落ちてこないかなぁ。ブルマで」 「落ちてたらどうするのかとか聞くのが怖いんで、それ以上聞きません。言うな、語ろうとするな!」 「……あれ? あそこに誰か立ってね?」 リベリスタの指差す先に、一人の少女が立っていた。先も言ったとおりこの三ッ池公園は『穴』の影響により危険な存在がいるのだ。アークによる封鎖も行っており、ただの一般人が倒れているはずがない。とすればあれは……。 「以前のチャイナノーフェイスか」 「ここまで繰り返してるんだからコスチュームチェンジぐらいしてもいいとおもうんだが、ブルマとか」 「師匠……私、弟子辞めます」 ふざけあいながらも破界器を構えるリベリスタたち。彼等も公園哨戒を任されるほどの実力者である。エリューションを見かけで油断するほど愚かではない。 「チーム『ソードレイン』、哨戒中にノーフェイスと遭遇。これより撃破に移る」 『注意してください。そのノーフェイスは幻覚を見せて無力化してきます』 「問題ない。要するに心に強い希望を持てばいいんだろう。もはや突破口は見えた」 言ってソードレインのメンバーは距離をつめる。見せられる幻覚さえわかれば対処は容易い。強いイメージを心に抱きながら破界器を構えた。 ●アーク 「イチハチサンマル、ブリーフィングを開始します」 録音機にスイッチを入れて、資料を開く。『運命オペレーター』天原和泉(nBNE000024)は集まったリベリスタたちの顔を見ながら、これから起こるであろう神秘の説明を始めた。 「『ソードレイン』の通信はここで途切れています。生きてはいますが幻覚に精神を浸食されているようです」 「……そうか」 様々な感情を含めてリベリスタたちは言葉を吐いた。生きていてよかったと思うのと、あれだけ豪語して結局幻覚に飲まれたのか、と思うのと。 「このノーフェイスは幻覚を見せて心を砕きます。過去のレポートにも報告があり『ソードレイン』もそれを想定して戦いに挑みました。以前と同じ幻覚なら彼らも抗していたでしょう。ですがノーフェイスが見せる幻覚は前回のものと傾向そのものが違うようです。 ……皆さんは、もし革醒しなかったら何をしていると思いますか?」 和泉の質問に、リベリスタたちは面食らう。 「もし……つまりそれって神秘と関わらなかったら、ってことか?」 「はい。おそらく戦いに関わることなく平和な日常を過ごしていたと思われます。様々な可能性があるでしょう。あるいは変わらず何かと戦っているのかもしれません。 このノーフェイスの幻覚はそんな『IF』の世界を想起させます。神秘とのつらい戦いのない世界」 「……それは」 確かに傾向が違う。今までは絶望的な幻覚だった。だが今度はそうではない。穏やかか、忙しいか、幸せか、少し不幸か。しかし神秘と関わらない平和な生活。 「『幸せである』ことに抵抗はできません。その『IF』を疑いなく受け入れてしまいます。 『この世界が架空のもので、今の生活が誰かに作られた何かなんだよ』と言われて受け入れられる人間はいません」 「……確かに」 リベリスタの言葉に和泉は首を振って答える。自分自身が誰かの夢だとかゲームのデータだと言われて、はいそうですかと受け入れられるはずがない。 「幻覚から戻るには『幸せ』を捨ててください。何もかも捨ててつらく苦しい『こちら側』に帰還してください」 「今度は希望を捨ててこい、か……」 難しい注文だ。リベリスタは乾いた声のため息をつく。それをやらなければ、幻覚を打ち破れないのだ。 アークの戦いがけして気楽なものではないのは承知している。身を汚し、心を汚し、そして英雄のように誰かに認められるわけでもない。敵はいつだって強大で、絶望する事だって少なくない。幸せであることを捨てて、そんな茨の道を選ぶのだ。 「幸せを与えるのがあのノーフェイスだ、って言うのは何かの皮肉かね」 モニターに写るノーフェイス。元は六道のフィクサードだった其れを知る者は、皮肉げに笑みを浮かべた。卑怯卑劣のオンパレードでリベリスタを苦しめた手管。それがエリューション化して加速している。 だが、今回はその傾向が異なる。ある意味裏の裏をかくことが得意なヤツらしいのか。 「精神を同調させて幻覚を見せているため、幻覚を破られればその分ノーフェイスの精神にも傷が入ります。突破した人の数によってはその幻覚を二度と使えなくなるほどのダメージを与えることができるはずです。 厳しい任務ですが、よろしくお願いします」 和泉の声に背中を押され、リベリスタはブリーフィングルームを出た。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:どくどく | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年11月26日(火)23:10 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 運命を喪失し、自らの終りを感じ、そして『幻覚とわかる』明るい未来を見せる。 それはこのノーフェイスの性格故なのだろうか。 ● 「ロン! 対々和三暗刻ドラ3!」 「なんだよそのバカツキ役は!」 『消せない炎』宮部乃宮 火車(BNE001845)は若干苛立ちの混じった声で叫び、自分の点数箱から点棒を掴んで渡した。 仲間との麻雀。週末の楽しみの一つだ。どちらかというと気の合う友人とワイワイやるほうがメインなのだが。 溜まりの部屋で決まったメンツと楽しみあう。どうでもいい理由で騒いだり、旅行行こうぜと騒いでお金がなくて諦めたり、じゃあチャリで行けるところまで行こうぜと遠くまで行ったり。まぁ、そんなどこにでもある仲間達。 「あれ? 今日はメンツ少なくね?」 「褐色小僧に白黒タラしは女のトコいってるぜ」 「ああ、爆破しろ。むしろ爆破してこようぜ」 「いいねぇ。多分『アトリエステラ』辺りにいるぜ」 暇つぶしに友人のデートを見に行くのも、いい刺激だ。そんな日常を火車は過ごしていた。 「今日は何をして過ごしましょうかね」 『息抜きの合間に人生を』文珠四郎 寿々貴(BNE003936)は一通りの家事を終えて、ソファーの上に転がった。 重役企業の娘として育ち、ある程度の教養を得て仕事をし、そこで知り合った人と結婚をする。上を見ればキリはないが、贅沢さえしなければ生活できるだろう稼ぎを持つ夫と、それを支える妻(自分)。 「へー。ARKが海外進出ですか。盛況ですね」 どこかの企業が国外に支社を持つというニュースを、どこか他人事のように見ている寿々貴。もうすぐ子供が帰ってくる。そういえばお菓子はあったかしら? 冷蔵庫の中にあったプリンを思い出し、安堵する。 概ね順風万端の人生といえよう。このまま年を取り、子供もいずれ結婚して孫を生む。その子供と孫に囲まれて静かな老後を送れれば言うことはない。 扉が開き、子供の声がする。今日も平和な一日だ。 「いってきまーす!」 『覇界闘士<アンブレイカブル>』御厨・夏栖斗(BNE000004)は扉を開けて、学校に向かう。返って来る声は母の声。いつもと同じ、自分を送り出す声。送り出した後で母親は店の準備に取り掛かる。 「なんだよ。僕も準備を手伝うよ」 花屋を営む母親に一度告げたことのある手伝いの言葉。母は優しく微笑んで、その申し出を断った。 『夏栖斗、学生は今だけなのよ。だから学校で楽しむことを優先しなさい』 なんだよそれ、と反論したがそれ以上は強く言わなかった。夏栖斗は普通に学校に行き、普通に友達と遊び、部活を楽しみ、彼女も作る。 毎日が楽しかった。将来に不安こそあるが、明日に誰かが欠けることなど考えられない平和な日常。手を伸ばせばそこに誰かいる。それが当たり前の毎日。 今日も学校が始まる。そういえば週末はデートだ。何を着ていこうか。 『アヴァルナ』遠野 結唯(BNE003604)は奇妙な感覚でそれを感じていた。 自らが神秘に関わらなかった幻覚。 子供のころに革醒しなかった未来。人のままに生きた世界。 心には思い出があった。幼いころから学び続けてきた学校の思い出が。 隣には親友がいた。時には喧嘩し、時には笑いあい、時には泣き合い。そばにいるだけで微笑あえる存在が。 繋いだ手の先には恋人がいた。温かく、優しく、しかし厳しく。共に人生を歩んで行こうと誓った生涯の伴侶が。 そしてその伴侶との間に生まれた家族がいた。今だ幼く弱々しい生命だが、尾sの先に広がる無限の可能性を感じていた。 これが幻覚だという自覚はある。元の自分では理解しがたい充実感が、確かに心の中にあった。 (これが『幸せ』ということか) どこか俯瞰するように結唯は自分自身の心を感じていた。 「事件か。行くぞ」 『無銘』熾竜 ”Seraph” 伊吹(BNE004197)は吸っていたタバコを灰皿に押し付けて、席を立つ。 刑事である伊吹は、法の番人として日夜動き回っていた。事件と聞けば即駆けつけ、犯罪の匂いを察すればそこに首を突っ込む。 勿論綺麗ごとばかりではない。上からの圧力や、灰色の人間からの買収行為などもある。だが不正に手を染めたことがない。それが伊吹の誇りであった。 だが―― 「聞きましたか、熾竜さん。警部長の件……」 「……言うな。今は雌伏のときだ」 警部長の件。上司が権力を傘に私腹を肥やしているという。噂の域を出ないのは、それを上手く隠蔽している事もあるが、だれも告発しないからでもある。告発すればその権力の前に社会的に殺されるからだ。 刑事というちっぽけな力では、対抗できないこともある。そんなことはこの年になれば分かる。 だが今の力で護れるものは守ろう。伊吹は言葉なく誓う。 『無軌道の戦姫(ゼログラヴィティ』 星川・天乃(BNE000016)の根幹は変わらない。我戦う故に我在り。革醒しようがしまいが、それは変わらなかった。 革醒しているときほどではないが闘争心は高く、時折武者修行に出かけている。勝って負けての繰り返し。そんな武人として生きていた。 唯一の違いがあるとすれば、帰るべき場所があることだ。 幼きころから修行に明け暮れた実家。天乃が愛した伴侶と、その間にできた子供。 伴侶はかつて拳交わした相手。そんな奇妙な縁だが、惹かれたのはその実力ではなくその心の在り様。どんな困難でも折れることなく、自分の芯を崩さない心の強さ。 そんな相手と愛し合い、子供が生まれる。自らのお腹を痛めて生んだ子供。初めてその子を抱いたときに、天乃が激しく渦巻いていた闘争心は確かに消え去っていた。 いつしか戦う事をやめ、年老いていく。悪くない人生だった。臨終の間際、天乃は息を吐きそう思う。 「あー。確かに幸せやね」 『プリックルガール』鈍石 夕奈(BNE004746)は家族と過ごした幻覚を見ていた。 両親と姉と祖母の団欒。狭いながらも平和な日常。 姉は見せしめのためにとフィクサードに殺されることもなく。 父親はそんな脅しに屈してフィクサードに情報を売ることもなく。 母親はそんな父親に愛想をつかせて逃げることもなく。 全てが壊れることなく、家族の醜い様を知ることもなく過ごす平和な日常。テレビを見て、一緒にご飯を食べ、くだらないことで笑いあい。 「願っとらんとは言わん。言わんがなあ……なら記憶も一緒に弄れや! こんな幻覚わたいにゃ楽勝す――」 金光陣の幻覚は記憶を操作しない。夕奈は幸せを感じながら、同時にこの両親の内面を深く知っている。立ち上がり武器を取ろうとする。 「ゆうな、だめよ」 「ちゆり……姉ちゃん……」 その手を止めるのは優しかった姉。優しい思い出を持ったまま死んだ、夕奈の家族。 その思い出が、夕奈を幻覚に沈める。 「四十九年一睡夢一期栄花一盃酒。嗚呼柳緑花紅」 「先生、分かりませーん」 『足らずの』晦 烏(BNE002858)は手を上げて質問する生徒に、やれやれとばかりに向き直った。 「有名な戦国武将の辞世の句だ。意味は……宿題にしよう」 「えー!」 人として何を生き、そして何を為し死していくのか。生徒たちに教え伝え継がせていく事を日々繰り返す人生。烏は先生という仕事を、そう定義していた。先に生きるもの。人生の先達として、何かを残し、教えるのが仕事だと。 「今ここで先生が教えても、すぐに忘れるだろう。自分で苦労して調べればそう簡単には忘れないはずだ」 「ヒント位くださいよー」 「そうだなぁ……」 烏はしばらく迷った後に腕を組んで答えた。ヒントは出しすぎず、しかし生徒の思考を止めないように適度に。そしてそれを考える自分。 そんな幸せ。烏は唸る生徒を見ながら、幻覚の教室で教鞭を振るう。 ● 一人になったとき、昔の写真や思い出の品を見たくなるときがある。 「ああ、こないだの旅行の写真か」 火車はデジカメのデータを整理しながら思い出に更ける。そのとき買ったお土産も机の上においてある。 その中に一つ、見慣れないものがあった。ほのかな熱を持つ結晶。 「……ああ、そうか。そうだな」 それは『現実』にある想い人の形見。今だ燃え続ける消えない炎。 『望むなら、ソイツもコッチに呼び出せるゼ』 聞こえてくるのはノーフェイスの声。この幻覚の中における支配者。望めばそんな幸せも手に入る。 だけど、 「いや。無理だ」 革醒しなければ出会うことはなかった。死別することもなかった。だから、革醒しなかった世界において、火車は彼女と出会うことはない。それは火車自身が一番理解していた。 「もうオレの頭ん中に、元のお前と存在しあう可能性ってのが無いんだ」 心を裂かれたあの痛みも含めて、愛した証なのだから。 「コレはコレでオレの望む日常って奴だったが、今オレの望む日常なんかは『異常』で結構」 優しい偽りの熱ではなく、痛みを伴う現実の熱を選ぶ。その『異常』の道に火車は足を向ける。 「まぁでも、いざやってみると飽きるのよね、これ」 寿々貴は平々凡々な人生に見切りをつける。寿々貴のやりたいことは『楽しく生きていく』事。ゆるく生きていくのが一番だ。両手一杯の幸せよりも、勝てての幸せともう片手で何かを探る程度が一番だ。 『刺激的な人生がお好みナラ、そっちも見せてやれるゼ』 「違うのよ。好奇心が満たされないの。異世界を訪れた時の高揚もないし、アザーバイドとの交流もない。 戦う気は起きないけれど。その横で命がけで頑張る子を見たり、立ち上がる手助けをしてあげるのは大好きさ」 知的欲求。そして誰かを助けること。それが寿々貴の『現実』で戦う理由。それは偽りの幸せを打ち砕くほど強く―― 「この幻覚の陣……どう組まれているのかな」 魔術知識を総動員し、より深く魔術を理解すべく脳をフル活動する寿々貴。 現実に戻るだけの精神力を持ちながら、その根幹である好奇心故に寿々貴は『幻覚』の中に引きずり込まれていた。 「でも違うんだ。リベリスタになって辛いこともあったし、なくしてきたものもある。その出会いをゼロにするわけにはいかないんだ」 夏栖斗は幸せな自分自身をどこか遠くに思いながら、静かに言葉を紡いだ。 「僕はさ、こんな幸せそうな『誰か』の笑顔を守りたいんだ。誰かが神秘の理不尽に泣く顔なんてみたくないんだ。だから戦う」 『お前が戦わなくても『誰か』が戦ってくれるサ。コイツラを見捨てるのカ?』 ノーフェイスの声に振り向けば、そこには夏栖斗の母がいた。友達がいた。恋人がいた。なくしてきたものがあった。 「母さんが死んで、革醒した時に誓った。この力は誰かを守るために使うんだって」 それは夏栖斗の原点。拳を握る意味。 「守りきれずにこぼした命だってある。それでも、何度折れたって、鉄の心を鋼に鍛えて我武者羅に前にすすむ。 それがアークの御厨夏栖斗だ」 偽りの幸せに背を向けて、鋼の心を持つと誓った少年は前を見る。 そんな幸せな世界など必要ない、と結唯は幻覚に背を向ける。 自分は革醒したとき心を壊したのだから。幾多の神秘や人を殺してきた自分が、今更壊れていない人間の心に戻れるはずがない。 そんなことよりも結唯にはやることがある。神秘を喰らうこと。自らが選び、進んだ道。それを進む為に―― 『ケケッ、『心が壊れていない』と思う心があるんダロウ?』 ノーフェイスの声が響く。 『罪を感じるコト、咎を背負うコト、すべて『心』があるから思えるコトだ。自分を『化物』と思うこと自体ガ、心の証明なのサ』 確かに結唯は幼少のころに革醒し、その瞬間に心傷を負っているのだろう。他人との接触を最低限にし、人としてではなく『化物』として生きているのだろう。 だが、それこそが心の動き。結唯が真に心無く神秘を食らおうとするのなら、自らの運命を捨てて本当の『化物(ノーフェイス)』になるのが一番なのだ。 そして『金光陣』はその人間の心に作用する。壊れているかもしれないが、無くなっていないのなら理解できずと、幻覚は続く。 伊吹には娘がいる。今年十四歳になる娘の為に、クリスマスプレゼントを買わなくては。 そして年の瀬には息子が帰ってくる。一緒に酒が呑めるようになった。そろそろ身を固める時期だ。確か今年で……。 「二十七歳……いや、違う」 伊吹は現実の『彼』がどうなったかを思い出す。もうあの少年はこの世にいない……。 『そいつはゴシューショーサマ。なんならソイツもオーダーしとこうカ?』 脳裏に響くのはノーフェイスの声。伊吹がそれを望めば、その虚(うそ)も実(ほんとう)になる。それはなんと心温まる未来なのだろう。伊吹はそれを理解しながら、 「断る。俺はアイツの死を無駄にはしない」 伊吹は偽りの世界に背を向ける。 「俺は娘が生きる世界を護る」 『残念ダナ。息子はもうもどらないゼ』 「初めから戻らぬものだ。空虚な温もりなどいらない。例えつらくとも本当の絆だけを俺は求める」 意識は静かに、現実に向かっていた。 天乃は自分がアークで戦う理由を思い出す。 適度に強い相手を提供してくれる。世界を護るためというよりは、闘争心を満たすことが天乃の戦う理由だ。 『望めばそんな相手も出せるゼ』 幻覚の中の幸せ。それに今の闘争心を満たすだけの相手。確かに天乃からすれば満ち足りた環境だ。 だが、ここには彼らがいない。 地獄で再戦を誓った殺人鬼が。数多の魔神を繰る王が。いつか倒すと誓った相手が。 幻覚では満ち足りぬ戦う相手がここにはいない。幻覚ではないリアルな彼らが。金光陣がどれだけ忠実に彼らを再現しても、それは幻なのだ。 天乃は家族に刃を向ける。偽りの幸せに望むものはない。なぜならば、 「我闘う、故に我は在り」 それは天乃の原点。行くは血塗れた修羅道。潜るは死線。地獄旅をただ進む。 「さあ、『チャプスィ』……踊ってくれる?」 『ケケッ、それを望むのナラ、踊ってやるヨ』 天乃の手甲とノーフェイスのナイフ。夜を刈るもの同士の武装が、交錯する。 「わたいな……幸せになりたいねん」 『営業中』は標準語の夕奈が、素の言葉で姉に向き直る。心のうちを吐露しながら、ゆっむりと銃口を下ろしていく。 「好き勝手やって楽しい生きて行きたいんよ。その為に邪魔なもんは潰すし踏み台になるもんは踏む」 「ゆうな、ひどいことしたらあかんよ」 幻覚の姉が夕奈を嗜める。そのまま頭を撫でてくる。 その感触を感じながら、夕奈は微笑んだ。 「ははははは! ありがとーなあ、その言葉が聞きたかったんや! 姉ちゃん優しいもんなあ! そう言う所大好きやで。大好きやから……邪魔じゃ」 姉を突き飛ばし、銃口を向ける。姉に諌められれば好き勝手やることができなくなる。邪魔なものは潰す。踏み台になるものは踏む。だからこのまま姉も、 『大丈夫や、夕奈。お姉ちゃんが悪いもんから護ったげるから』 それでも優しく姉は呟く。それは変身能力を持つノーフェイスの横槍なのだが。 幾多の組織を転々としてきた夕奈の根幹は『保身』である。傘下に入ることで身を護ってきた。 自分が最も信用できる人に『護る』と言われて、安堵できぬものがいるだろうか。それが現実においてどれだけ力なき存在だとしても、心はそれに抗いきれない。 「うち……うち……」 これが幻覚だとわかっていても、夕奈は姉の抱擁から逃れることはできなかった。 「だがここには観察するものがない。人のエゴも欲望も、生死もない」 烏はタバコをふかしながら静かに呟いた。幻覚の中にあってもタバコの感覚がリアルであることに驚きながら、紫煙を吐く。 烏がアークに所属する理由はそれ。神秘という極限の世界にこそ、欲望とエゴが渦巻く人の『足掻き』を見ることができる。 「未だ生を知らず、焉んぞ死を知らん」 『人物観察が生きる理由カ。ならフィクサードでもいいんじゃネーカ?』 「もう一つある。『R-TYPE』への憤りだ。意味も理由も感情も無く人を大量に殺すモノの存在は不愉快極まりない」 あの理不尽なミラーミスを滅ぼすには、一糸乱れぬ組織が必要だ。七派のような私利私欲で動く利己的な組織では無理だろう。現にナイトメアダウンの時、彼らは保身に走って動かなかったではないか。 『そのナイトメアダウンがない世界を、プレゼントしてもイーんダゼ』 「まさに優しい箱だな。そんな幻覚を見せて……君自身はどうなんだ?」 崩れ行く幻覚の中、烏は『チャプスィ』に問いかける。 「陣を展開し、人の未練を覗き知る。何の為に、何を知り得ようとしてるのだろうな?」 ● 『金光陣』が崩れ、幻覚が消え去る。 結唯と夕奈と寿々貴が糸が切れた人形のように崩れ落ちた。 「見えたよ、陣の構造」 寿々貴は気を失う寸前にそう呟き、意識を失う。 「ハッ! そろいもそろって異常者ドモが。何故オメーラは戦い続けれるンだ!」 その答えは幻覚の中で示した。偽りの幸せを捨てて、現実の痛みを選んだ理由を。たとえ幻覚を打ち破らずに至らずとも、その矜持は示した。 このノーフェイスは、その事実に歯軋みする。まるで自分にないものを羨ましがるような、そんな言葉。 抗争に巻き込まれて理不尽に殺され、運命を失い、それでもなお人の矜持を貶めるような存在は、結局のところその光に惹かれていたのか。 その言葉と共に、ノーフェイスは闇に消える。 最後の戦いは近い。リベリスタたちはその予感を感じていた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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