●運命の邂逅 ――――。 歌が、聞こえたような気がした。 けれど、それはヒトの声ではない。どこか獣めいていて、それでいて海の底から聞こえるような、静かで悲しげな音の響き。 「あっちに、何かいるのかな。何だかとっても寂しそう」 暗い樹海の中だというのに、『歌』を聞いた少女は怯むことなく奥へと進んでいく。 声が響いてくる方向を目指し、彼女は迷いなく歩いた。 もしかしたら、この樹海の奥には自分と同じ『迷い子』がいるのかもしれない。そんな淡い期待を抱いた少女は茂みを幾つも越え、ようやく声の主の元へと辿り着く。 「まぁ……こんにちは。あなたはクジラさんね?」 少女が目にしたのは、陸に似つかわしくない海の生物――クジラのような姿をした、体長2メートルほどのものだった。大きさからして、仔クジラとでもいうべきだろうか。だが、それはクジラというには些か不思議な形をしていた。 「可愛い王冠ね。あなたはさしずめ、クジラの王子様かしら」 それが何故この場に居るということにはさほど疑問を抱かず、少女は小さく笑んだ。 彼女のいう通り、仔クジラらしき生物の額には王冠めいた部位が存在している。 「――!」 仔クジラは少女を警戒していたようだったが、やがて陸を泳ぐようにしてそちらに近寄った。歌うような鳴き声は何かを告げたいようだったが、その意味は少女には分からない。同様に、仔クジラにも少女の言葉は理解できないだろう。 だが、一人と一匹は一瞬で通じあったようだった。 「わたしもひとりぼっちなんだ。ねえ、わたしと一緒に居てくれる?」 「――」 少女の言葉に応えるように、仔クジラはその身に擦り寄る。 ひとりぼっちだったクジラと少女。その邂逅は偶然であり、必然だった。だが、皮肉にも二人は――この世界を崩壊へと導く存在であった。 ●陸泳ぐ鯨と空舞う少女 「鯨は仲間を呼ぶ為に歌声を紡ぐらしいね。……彼女は、呼ばれたのかな」 アーク内のブリーフィングルーム内にて、フォーチュナの『サウンドスケープ』斑鳩・タスク(nBNE000232)は独り言めいた呟きを零す。 しかし、資料に目を落としたタスクはすぐに気を取り直し、依頼について語った。 「今回の仕事はアザーバイドとノーフェイスの討伐だ。アザーバイドの送還は叶わず、ノーフェイスは完全な異形になっている。もう、どちらも救えない」 少年は真剣に現在の状況を説明する。 まずはアザーバイド『陸クジラ』について。 小型のクジラの姿をしたそれらは名前の通り、陸で生活するという異界の獣だ。何らかの拍子にこの世界に落ちてしまったらしいが、バグホールは閉じてしまっている。そのため樹海を彷徨っているのだが、この世界の為には倒すしか道はない。 それに加え、今回は少女がアザーバイドの傍に寄り添っているのだという。 「彼女はノーフェイスなったことで、鷲めいた醜い姿に変貌したらしくてね。耐え切れず、元居た街を飛び出して樹海に身を潜めていたようだよ。積極的には動いていなかったけれど、これまでに何人かのを襲って殺している」 その少女とアザーバイドが出会い、行動を共にしている。 陸クジラはこれまで人を殺めてはいないが、少女と一緒にいることで、少女が敵とみなす者を襲うようになるだろう。 「彼女達が樹海のどの位置にいるかは掴んでおいたよ。あとは君達が向かって、倒すだけ」 それほど難しいことではない、とタスクは語った。 だが、少女はクジラを、クジラは少女を守ろうと動くはずだ。姿も種族も、生まれた世界すらも違うふたりは不思議な縁で結ばれ、共に生きようと決めた。 少年はそこで説明を終え、リベリスタ達に告げる。 「そこに何を感じるか、何をするかは君達次第。……どうか、武運を」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:犬塚ひなこ | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年11月28日(木)23:12 |
||
|
||||
|
■メイン参加者 8人■ | |||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
● 陸を泳ぐクジラと空を舞う少女。それは――アザーバイドとノーフェイス。 彼らにもきっと物語があったはずだ。けれど、ふたりは存在するだけでこの世界を壊してしまう。 (またわたしは……ひとごろしをするんですね) イリア・ハイウインド(BNE004653)は昏い樹海の奥を見据え、胸中で独り言ちた。 この奥には討伐対象とされた一人と一匹がいる。辺りは暗くて見通しが悪いが、木々の向こうから何かが潜んでいる気配が感じられた。 種族の違いも言葉も世界の壁すらも越えて通じ合ったふたり。それはとても尊いものだ。 「まるで運命。とても素敵だわ」 深紅の双眸を細め、ルクレツィア・クリベリ(BNE004744)はふと零す。 ハッピーエンドにはできないけれど、物語の結末が二人にとって優しいものになればいい。そう願い、進むルクレツィア達は少女とクジラに歩みを寄せた。 「誰……?」 少女の声が聞こえ、『Radical Heart』蘭・羽音(BNE001477)はそっと言葉を掛ける。 羽音達は武器も持たず、敵意も発していない。少女もわずかに警戒はしたようだが、いきなり敵意を見せるようなことは無かった。 「突然お邪魔して、ごめんね? あたしは、羽音」 話をしよう、と告げた羽音は月明かりの下に身を晒す。 すると、羽音の獣化した姿を見た少女が息を飲んだ。おそらく自分の変貌した姿と彼女の姿に何かしらの思いを抱いたのだろう。 『百の獣』朱鷺島・雷音(BNE000003)も一歩踏み出し、傍らのクジラに語りかける。 「その女の子の羽が、綺麗だとおもったのかな? くじらさん」 それは空虚な言葉なのかもしれないと雷音は感じた。何故なら、自分達は彼らを討伐にきたのだ。 いくら優しく言葉をかけたとしても、最後には手に掛けることになる。それでも、何も話をしないまま戦うのは憚られた。 「――」 話しかけられたクジラは、独自の言語で「この子は僕の大切な子だ」とだけ答えて此方を見据えた。 雷音や、いつもの祈りを終えた『blanche』浅雛・淑子(BNE004204)がクジラの言葉を理解している事には、少女はさして興味を覚えなかった。きっと言葉など必要としないのだろうと思い、淑子はふたりの間に宿る絆を感じた。 王冠が揺れ、少女はクジラに寄り添う。『野良リスタ』シャルン・S・ホルスト(BNE004798)はふたりの姿を見つめ、問い掛けた。 「俺はシャルン。ねーちゃんたち、名前は何ていうの?」 「この子は王子。私は、……ううん。私に名前なんてもう、ないよ」 少女は一度は自分の元の名を紡ぎかけたが、すぐに首を振る。名前を聞けなかったことは残念だが、シャルンは冗談交じりに提案を投げかけた。 「じゃあさ、王子に対してお姫様って呼んで良い?」 「……いいけど。ねえ、あなた達は何をしにきたの。普通の人じゃないよね」 警戒の眼差しが向けられるも、『□肉□食』大神 がぶり(BNE004825)と『骸』黄桜 魅零(BNE003845)はただ黙って仲間に説明を任せる。 小さく頷いた淑子はクジラにも分かるように言語能力を操り、この世界の仕組みについて語った。 「ようやく巡り会えた運命だというのに、引き裂いてしまうことについては……ごめんなさい」 淑子とて、こんな話はしたくはない。ただ何も知らずに屠られてしまうことだけは避けたかった。だが、それは少女にとっては知らなくても良いことだったかもしれない。 「君は、してはいけないことをしてしまったんだ。人を殺したらそれは悪いことなんだ。だから――」 「だから、私達を殺しに来たの!?」 雷音が言い聞かせるように告げれば、少女は鋭い視線を向けた。イリアが頭を振り、それでもその前に聞きたいことがあるのだと語る。 「わたしは、お二人の思い出を聞かせてほしいです。わたしには昔の思い出が無いから……」 「黙ってよ、殺す相手の話なんて聞いて何になるのよ! 私が生き延びるにはアイツらを殺すしかなかったの! 化け物だって言われて、殺されそうになって……それの何がいけないっていうのよ!」 イリアを睨みつけた少女は「王子!」と呼び掛け、翼を広げて威嚇しはじめた。 よもや戦いは避けられまい。 魅零は瞬時に漆黒の闇を解放し、己の身に纏わせた。それと同時にクジラが動き出そうとすることを察し、魅零は敵の眼前へと駆ける。 「君の世界はここじゃない。だけど、君は彼女の王子である事は確かだよ」 ――だから、全力で私達に抵抗して欲しい。 戦いを選ばざるを得ないのならば、きっとそれが最善の方法なはずだから。 樹海に吹き抜けた夜風は戦いの始まりを告げるかのように、落ち葉を舞い上げていった。 ● この世界は壊れやすい。ほんの少しの事柄で崩れていくほどに。 「他人の墓を掘るものは自らそこに陥る。姫のねーちゃん、いつかはこうなるって分かってた?」 シャルンは地面を蹴り、低空飛行で以てふたりに近付く。どんな事情があったかは先程の少女の口ぶりから何となくは予想できた。だが、人を殺したことには違いない。 「姫のねーちゃんもくじらもさ、一緒に居たいなら戦うしかないんだ。だから、俺も全力で行くぜ!」 漆黒を纏ったシャルンがクジラに向けて槍を振るう。 少女は鷲めいた声をあげ、翼から風を起こして此方を襲った。それに合わせてクジラが声なき歌を歌いあげる。まるでそれは協奏曲のように、確かな力となってリベリスタ達を穿つ。 「……っ! 皆、平気?」 「大丈夫です。やらなきゃいけないんですから、これくらいは……!」 衝撃に耐えた淑子が振り返れば、風の刃に眉を顰めたイリアがあまりの衝撃に吹き飛びそうになっていた。だが、その身は前に立ち塞がったがぶりによって確りと護られる。 「イリア譲は守ってますんで皆さんはどーぞ戦闘に集中して下さいな」 がぶりは前衛たる淑子達に視線を投げかけ、自分が庇う役を担うと告げた。 攻撃の面では役に立てないと己で判断したがぶりは、出来るだけ倒れぬようにと心に誓う。 そして、少女達の優しさはこの樹海の中でどういった物語を生むのか。興味を抱いた彼女は戦いを見守り続けることを決めた。イリアが防御の力を解き放ち、仲間達の能力を向上させる。 その間に体内の魔力を活性化させていたルクレツィアが、クジラに向けて魔力弾を放った。 「お願い、後少しだけ話を――」 「王子、この人達もやっつけちゃおう! 絶対に、絶対に殺されなんてしない!」 ルクレツィアが呼び掛けようとするが、少女の怒りの声がそれを遮る。本当ならば、事前に用意して来たティアラを掛けてやりたかった。王子に対しての姫ならば、きっとティアラがよく似合うはずだ。だが、今や少女は聞く耳も持たない様子だ。瞳の奥に悲しみの色を宿したルクレツィアは近くの木の枝にティアラを掛け、更なる魔力を紡いでゆく。 羽音もまた、仲間を気にかけながらクジラ達へと攻撃の手を向けた。 「フェイトの事は、あたし達ではどうにもできない。だから、せめて……!」 そこから続く言葉はなく、羽音は真空刃を巻き起こす。 本当は彼女達が少しでも幸せな時間を過ごせるようにしたかった。しかし、こうなった今はただ戦うことしか出来ない。羽音の前に少女が迫り、翼による乱舞を打ち込んでくる。その衝撃に耐えつつ、羽音は痛みを堪え続けた。 「私は、私達は……! あなた達を殺して生きてやるんだからッ」 少女の悲痛な叫びを聞き、雷音は唇を噛み締める。 きっと、翼の姫とくじらの王子の邂逅はさみしさを補うための世界の優しさだったのかもしれない。 ――けれど、それは世界を蝕むのろいのうた。 「……罪は償わなければならない」 先程、言葉に詰まった先。決別にあたる言葉を告げ、雷音は呪印を幾重にも展開させた。 飛び上がろうとした少女の翼を呪いが穿ち、苦しげな声があがる。そのとき、雷音と淑子はクジラが発した「やめて!」という意思を感じ取った。 クジラが放った毒の泡は魅零やシャルンを巻き込み、淑子にまで被害を与える。 幻想の闘衣を纏った淑子は何とか耐えられたが、仲間達は毒を受けてしまっている。すぐさま祈りを捧げ、淑子は聖なる光を紡いだ。 「私がやられてしまうわけにはいかないもの。ねえ、王子様とお姫様……貴方達は強いわね」 毒の邪気を祓った淑子はふと、素直な言葉を口にする。 これまでの攻防を見ても、ふたりは互いを思って行動しているように見えた。言葉を通訳しなくても、ただ空気だけでお互いの気持ちが理解できる。その絆も、生きようとする力も、とても強いものだと感じられた。 (それでも私はやらなけばいけないのね。そうよね、お父様、お母様――) 彷徨う思いは胸の奥に秘め、淑子は真っ直ぐに前を見据える。 がぶりは仲間を護り続け、シャルン達は真正面から敵である少女達に立ち向かい続けていた。誰もが其々の思いを抱き、戦う。そんな姿を見つめるイリアもまた、辛い思いを押し込めていた。 ● 王子がお姫様を守るならば、差し詰め自分達はふたりの関係を壊そうとする悪人か。 「さぁ、護らないと終わっちゃうよ? 私の奈落剣で全部黙らせちゃうから、ね!」 だが、それでも良かった。魅零は敢えて悪役めいた言葉を選んでクジラと相対する。此の世の全ての呪いを込め、陸クジラを穿った魅零。それに対し、相手は突撃を仕掛けて来た。 「っと、やるね。だけどこっちも世界を守ってるから譲れないんだよ!」 勢いを受け身で殺し、魅零は刃を構え直す。 譲れないのならばぶつかりあうだけ。世界は複雑であっても、今はただそれだけの単純なことだ。 「世界の為に、ふたりを殺さなきゃいけない……。辛くても、逃げません」 イリアも仲間の言葉を聞き、思いを強く持つ。 自分達はふたりが憎いわけでも殺したいわけでもない。だが、世界の破滅を防ぐためには殺さなければいけない。運命というものがあるならば、何故にこうも残酷なのか。イリアは紡がれるクジラの歌に対抗し、神光による回復を放った。 がぶりはイリアが倒れぬように気遣いながらも、襲い来る少女の翼風攻撃に体力を奪われていた。 「なかなか厳しいのでごぜーますよ」 だが、運命を手繰り寄せたがぶりは今一度立ち上がる。 シャルンもまた意識を失いかけていたが、がぶりに続いて堪えてみせた。 「まだまだ! ほら、ふたりで生きていきたいなら、俺たちを倒して」 幾度と混乱の歌が紡がれようとも根性で耐えてみせる。シャルンは少女達に呼び掛け、がぶりは警戒を解かずにただ倒れぬことを念頭に置いていた。 そして、がぶり達は少女の攻撃が羽音に集中していることに気付く。 それは狙われている本人も同様に気が付いており、その理由も理解していた。きっと、そう――少女は同じ鳥の外見を持つ羽音に憎しみを抱いてしまったのだ。 「どうしてよ。どうしてあなたはそんなに綺麗で、私はこんなにも……!」 少女の姿はお世辞にも美しいとは言えなかった。だからこそ一瞬で羽音に焦がれ、同時に憎みもした。羽音はそれを分かりながらも、ただ真っ直ぐに相手を見つめる。 「貴女達がふたりきりの世界を守りたいように、あたし達もこの世界を守りたいの」 お互いに守る為に戦うのだから、姿は違っても志は一緒のはず――。 羽音の放った疾風の如き斬撃が少女の羽根を散らし、辺りに鮮血が飛び散った。クジラも少女も弱りはじめているが、相手の猛攻もおそろしいほどだ。急所にあたった翼の一撃で雷音が崩れ落ちかけ、混乱に陥ったルクレツィアやシャルンの攻撃の矛先があらぬ方向を向いてしまう。 「負けない……。いや、負けてはいけないんだ……」 だが、雷音は自らの運命を消費して立ち上がった。 そして、淑子が破邪の光を放って仲間を補助し、揺らぎかけた形勢を正そうと動く。その隙に雷音は天使の歌を紡ぎ、仲間達と己の傷を癒した。 淑子はその間もクジラが発する声を、思いを聞いていた。 「――!」 「……駄目よ。貴方だけを倒して、あの子を見逃すことなんてできないの」 王子は常に姫のことを思い、自分だけを倒せと主張していた。その言葉に胸を打たれそうにもなった。だが、容赦は出来ない。淑子は此方の思いを淡々と告げ、苦しみに耐えた。 其処へシャルンが斬り込み、呪いの力を刻み込む。 苦しげに身を捩ったクジラに少女が気付き、陸の方へと滑空した。しかし、更なる攻撃の機会を得たシャルンはもう一度槍を振りあげる。 「止めて、王子を殺さないで!」 気付いた少女の叫びが響くが、シャルンは首を振った。本当は一緒に終わらせてやりたかった。だが、予断を許さぬ状況である今、先にクジラを倒す判断を下すしかなかったのだ。 「ごめんな。俺に出来るのは、終わらせることだけだからさ」 かすかに震えるシャルンの声が紡がれた刹那、ルクレツィアの指先がクジラに向けられる。 「王子様。貴方がお姫様を守りたいと思った気持ちは、ちゃんと受け取ったわ」 それを手向けの言の葉へと変え、ルクレツィアはひといきに力を解放した。それと同時にシャルンの槍が振り下ろされ――。 「いや、駄目! いやああぁ――ッ!」 クジラの断末魔の代わりに少女の絶叫が樹海に響き渡った。 ● クジラを倒しても尚、戦いは未だ続く。誰もがそう思っていた。 しかし、王子を失った少女は戦意を喪失したらしく、その場に力なく座り込んでしまう。 「嫌よ、王子……。返事をしてよ……また、歌ってよ……」 クジラに縋りついた少女は大粒の涙を零した。リベリスタの存在など最初からなかったかのように、彼女はただただ王子の名を呼び続ける。 唐突に終わった戦いを前に、イリアをはじめとした仲間達は武器を下ろした。もう彼女に戦う意志は見えず、一太刀を浴びせれば命を奪うことも出来るように思えた。しかし、シャルン達はその姿を見守ることしか出来なかった。 「謝らないよ、貴女も人を殺しているもの。でも憎んでくれていいよ」 魅零は警戒を解かぬまま、少女に告げる。 すると、少女は顔を上げ、「この後どうする?」と魅零から投げ掛けられた視線に答えた。 「もう、戦う気力なんて無いわ。抵抗もしない。私は王子と一緒ならあなた達に勝てると思ってた。だから、王子の「逃げよう」って思いも無視した。だから、私の所為で王子が……!!」 その言葉に淑子ははっとした。 確かに、先程までクジラは戦う少女へと必死に「一緒に逃げよう」という旨の意志を送っていた。少女には言葉は分からないはずだが、確かに彼女は思いを感じ取っていたのだ。改めて絆を感じた淑子は掌を握り締め、口を開く。 「貴女の所為じゃないわ。全部、何もかも」 悪いのはきっと、残酷な結末しか生み出さない世界の仕組みだ。 言葉通り、少女は抵抗しないだろう。言葉では何も言わないが、がぶり達を見つめる少女の瞳は「殺して」と告げている。 「では、クジラと同じ所に送ってさしあげるでごぜーますよ」 がぶりは無抵抗の少女を殺すことを決断し、続いた羽音と雷音は無言のまま一歩を踏み出した。 どうあっても死は免れられない。ならば、ひと思いに最期を与えるのが今の最善策だろう。 「もう一度、聞きたい。キミの名前は?」 雷音はそっと問い掛け、少女の名を聞きたいと願った。 「教えてあげない。本当の名前は王子だけが知っていれば良いわ」 だが、少女は最後の抵抗とばかりに首を振る。羽音は悲しさを覚えながらも、少女に最期を齎すべくチェーンソーを振りあげた。名前を聞いたのは人として接したかったから。けれど、その名が彼だけのものになるのなら、それも良いと思えた。 「……さよなら」 思いも願いもすべて、その一言に込めて。 羽音が振り下ろした刃は少女を貫き――ひとつの小さな命を散らせた。 静けさが満ちる真夜中。少女とクジラの亡骸は寄り添うように倒れていた。 「わたしには昔の思い出が無い。でも、わたしはあなた達を忘れない」 イリアは独り言ち、これからを思う。この先も自分は何かを殺し続けるのだろう。けれど、それから逃げないことが今の自分に出来ることだ。 『さみしがりの少女とくじらの間に生まれたそれは、恋にもにた何かだったのかもしれません』 その傍ら、雷音は携帯電話を取り出していつもの任務の報告を行う。 魅零もまた、天に召されたふたりを見下ろした。 寂しがりやの傍に居た心優しき少女が、その心を忘れないように。 帰還したら少年に事の顛末を話そうと決め、魅零は空を見上げた。そして、仲間に倣って天を仰いだ淑子は父と母に祈り、少女達の行く先を思う。 「お願いよ。彼女たちがあなた方の許へゆけるよう、導いて」 「強い縁が、きっと二人を導いてくれるよ。俺もそう願ってる。そうじゃなきゃ……」 泣きそうなんだよ、という言葉は押し込め、シャルンもクジラ達が天で逢える事を祈った。ルクレツィアは仲間達の言葉に頷き、ティアラを亡き少女に捧げた。 「そうね、天国の扉が王子様とお姫様の為に開かれる事を祈るわ。せめてもの、ね」 ――ねえ、意地悪な神様。それくらいなら構わないでしょう? 想いは樹の海に沈んだけれど、きっとふたりは天に昇ってゆく。 そう信じたリベリスタ達は昏いままの夜空を振り仰ぎ、悲しき姫君と王子の冥福を願った。 |
■シナリオ結果■ | |||
|
|||
■あとがき■ | |||
|