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<裏野部>奸悪にて参ずる


『お、どおさあ、ごめんなざ、ごめんなざああがっ、あぁ!』
 泣き声の謝罪が何かが折れる音と共に悲鳴に変わり、続く鈍い殴打音。口調だけは優しい、しかし明確な『黙れ』と言う恫喝に、悲鳴は押し殺した啜り泣きに変わった。
『そうそう、イイ子。――よく躾けられてるねーぇ』
「……何が望みだ」
 携帯電話の外部スピーカーから聞こえてきた『嗤笑』露原ルイの声に、リーダーは拳を白くなるまで握り締めながら、それでも平静の口調は崩さずに問う。
 声の主は、彼の娘だ。
 そして自分たちも、よく知っている……妹のような、子だ。
『大した事じゃないよ。アンタんとこさあ、若い女多いでしょ。頂戴』
「話にならんな」
 自分たちは知っている。彼がたった一人の妻の忘れ形見を何より大事にしている事を。
 そして恐らくは、それを、この相手も知っている。
『安心しな、俺とか部下がマワして沈めるとか嬲り殺すって訳じゃないからさーぁ。暴れた場合は別だけど』
「裏野部の言を信じろと?」
『じゃあどうしよっか、彩未ちゃんの泣き声実況中継をオノゾミ? 今は指の骨だけで済ませてるけど、ウチの連中加減が下手だからどうなるかな。それとも電話切っちゃう、オトーサン?』
 啜り泣きが、一瞬詰まった。彼女は父親を信じているだろう。けれど同時に、今行われている会話が自分を担保とした理不尽な請求を父に突きつけている事も理解しているに違いない。
 
『まあ、アンタのガキ一人じゃ流石に釣り合わないだろうからさぁ、後三、四人適当にその辺のガキも連れて来たし。――断固として来ないって言うなら仕方ない、『迷い家』だっけ、その辺から貰おうか。ああ、ソッチの方が簡単だったねーぇ?』
 嗤い声。『迷い家』、それは自分たちがいた施設だ。
 革醒者として惑う自分たちを保護してくれた、優しい場所。
 世界から見れば無害であり、群れとしては弱く襲っても価値は低く――静かに暮らす事のできる、はずの場所。彼らはこの悪意に抵抗できない。その力がない。
「――貸して下さいリーダー」
 周りに立つ仲間と、頷き合う。
 露原が何を企んでいるかは知らないが、迷い家を本気で襲うつもりならこんなにまだるっこしい事はしないだろう。単に若い女が欲しいなら、わざわざ手間をかけて子供を攫い、自分たちと交渉する必要もない。そこには何かの裏があるに違いない。
「五人。それで彩未ちゃんと他の子供、迷い家の無事は一旦でも保証される?」
 大丈夫だ。例え捕らえられたとして、その辺を探れれば次の悪事を止められるかも知れない。拘束されたとして四六時中隙がない、なんて事は有り得ないだろう。露原や同程度の連中が常時傍にいるとも思えない。ならば、自分たちは隙を見て逃亡すればいいだけだ。
 簡単にそれを許すとは思えないが、抵抗できない子供よりは目がある。
『ちょっと少ないけどまあイイ事にしてやるよ。俺と部下は迷い家を襲わないし、交換まで人質にこれ以上危害は加えない。オーケイ?』
「……何一つ良くはないけどひとまず聞いてやるわ。場所と時間は」


「はい、皆さんのお口の恋人断頭台ギロチンです。今回やらかすのは裏野部の連中です」
 薄ら笑いと軽薄な声で告げ『スピーカー内臓』断頭台・ギロチン(nBNE000215)は肩を竦めた。
「状況自体は簡単です。裏野部がリベリスタ小組織のトップの娘と一般人の子供数名を攫い人質にし、『身代金』として組織の若い女性リベリスタを要求した」
 赤ペンを回す。
「普通に考えれば下衆の要求です。そこのリベリスタの方々はそれなりに強い方が揃ってましてね、さては逆恨みか蹂躙による自己顕示欲か――と、思ったんですが」
 抵抗できない子供を人質にして自らの欲求を満たす。
 裏野部であればいかにも、というような手段ではあるが、ギロチンはモニターを切り替えた。
 映るのは、人のような形をした、けれど人ではないもの。
「彼らは『まつろわぬ民』と呼ばれる強力なアザーバイドです。遥か過去に封印されたはずなんですけど……まあ、裏野部と行動を共にしている以上味方では有り得ません」
 何故彼らが此処に、それも裏野部といるのか。詳細は不明だ。
 不明ではあるが――こんなものを連れ出して行う誘拐劇が、個人や小さいグループの欲求解消とは思えない。
「裏野部による革醒者の誘拐事件はここ暫くで何件も発生しています。裏野部の通信機器で呼びかけられる……不定期開催の『イベント』の一環なのかも知れませんが、動きが不審な以上は注意するに越したことはありません」
 そして。溜息と共に再び切り替わる。

「裏野部側のリーダーは『嗤笑』露原ルイです。ご存知の方もいますかね、性格はお世辞にも良いとは言えません。露原は人質の子供達に加え、このリベリスタ組織の母体となった『迷い家』という革醒者の保護組織への襲撃をチラつかせて条件を飲ませました」
 言わばリベリスタとなった彼らの『実家』は戦えない者も多く、裏野部の襲撃に耐えられるかどうかは酷く怪しい。だから彼女らは子供達や弱者ではなく、隙を見て反撃できる自分たちとの交換を受け入れたのだが――ターゲットとなった女性らが考えるよりも、事態は彼女らにとってより深刻なのだろう。
 裏野部は、彼女らの想像よりも更にロクでもない事を考えている危険性が高い。
「当然ながら、組織の方もただ黙って交換に応じるつもりではありませんでした。男性リベリスタが別働隊として動き、タイミングを見て奇襲を仕掛け、奪還する――予定だったんですが」
 首を横に振る。そんな事は、読まれていたのだろう。別働隊は上空からのカウンター攻撃を食らい、拠点からの移動を長時間阻まれ……もし辿り着いたとして、その頃には残っているのは呆然と佇む子供たちだけ、という寸法だ。

「で、露原が手を出さないと言った『迷い家』の方なんですが、こちらも襲撃されます。……『俺と部下』じゃない『別の裏野部』に、ね」
 うんざりした口調。詭弁にも程があるが、一応『約束を破ってはいない』のだ。
「これで分かるように、露原にとって『約束』とは守るものではなく、相手が破った時により理不尽を押し付ける為のものに過ぎません。口にした事に対する誇りとか美学とか、その手のものは期待しない方がいい」
 つまり、だ。
「――非暴力不服従はこの場ではノーです。何を企んでいるかは知りませんが、連中を殴ってぶっ飛ばして、リベリスタと……可能ならば子供達も守ってあげて下さい。裏野部だけが得する取引なんて、嘘にしてください」
 宜しくお願いします、とギロチンは頭を下げた。


 一つ、考える。
 我らが裏野部一二三様より賜った事自体は然程困難ではないが、数ならばその辺の有象無象がある程度集められるだろう。それこそ共に直接命ぜられた『マンドラゴラ』歪螺・屡の様に、無難に点数稼ぎを行おうとする者も多いに違いない。
 なら。そそくさと去ろうとしていた屡の首に腕を回し、引き止める。
「ねーぇマンドラゴラ、多分被んないと思うけどさぁ、被ったらヤでしょ? オマエ何処狙うの?」
「……楽に狩るなら肉食(リベリスタ)じゃなくて草食(雑魚)だろ」
 隠し切れない嫌悪の表情を浮かべながら面倒臭そうに告げられた言葉に笑う。
「ふーん、じゃあ『楽な狩り』の最中に襲われるなんて災難もヤだよねーぇ」
「そりゃまあ、なあ」
 返ったのは気もそぞろな肯定。もう一つ、笑みを深めて囁いた。
「まあ『何処狙うか知らないけど』、その辺が囲ってる肉食獣が出なかったら凄くラッキーだと思わない?」
 屡の表情が、更に面倒臭そうに歪められる。これだから賢い奴は好きだ。
 馬鹿を分かるまで殴るのも悪くないが、手間は少ないのがイイ。
「ああ、『俺は何も知らないから』お礼なんて気にしなくてイイんだよ」
 けけけけけけ。
 悪いものでも食べたかの様な表情をして溜息を吐いた屡に笑う。
 さて、『ゲスト』も一二三様から預かった事だし、マンドラゴラに恩を着せて嫌がる表情も見られた所で――『うってつけ』の仕事を始めようか。
 


■シナリオの詳細■
■ストーリーテラー:黒歌鳥  
■難易度:HARD ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ
■参加人数制限: 8人 ■サポーター参加人数制限: 0人 ■シナリオ終了日時
 2013年11月26日(火)23:09
 嘘は言っていない。黒歌鳥です。

●目標
 彩未と女性リベリスタ、総計六名の内四人以上の保護。
 一般人の子供、及びフィクサードの生死は問いません。

●状況
 夕方、町外れの広場。人気は今の所ありませんが、神秘による人払いは為されていません。
 付近での結界等の使用は裏野部側に接近を悟られる恐れがあります。
 アーク到着から間を置かず人質交換が始まります。
 交換前であればリベリスタを、交換後であれば子供達を安全に保護できる確率が上がります。
 裏野部側は積極的にリベリスタを殺す気はないようですが、絶対ではありません。

●敵
 ・『嗤笑』露原 ルイ(つゆはら --)
 裏野部所属のフィクサード。フライエンジェ×ホーリーメイガス。
 赤い翼を持った二十代後半の外見をした男。絶対者。
 戦場では自らが立ち続け戦線を保つ事を重視する回復主体援護型。
 遠2を射程範囲に捉えるウィップ『アンチセオロジー』を所持。
 神の愛や聖神の息吹等の使用が確認されています。非戦も所持。
 EX:ヘルドライバー

 ・高間&矢尾
 クロスイージスとプロアデプト。彼らはルイの傍から離れません。
 高間は聖骸闘衣とラグナロク、矢尾はプロジェクトシグマを使用可能です。

 ・裏野部フィクサード×10
 上記三人よりは劣るルイの部下達です。
 ジョブ・種族は全員ばらけており、前衛多め。Rank2までのスキルを使用します。
 迂闊に逃げると後から死ぬより酷い目に遭うので撤退命令が出るまで基本的に退きません。

 ・アザーバイド『土隠(つちごもり):弦踏&玄肝』
 小動物の皮を複数繋ぎ合わせたものを被った人型アザーバイド。
 かつて古のリベリスタに封印された、『まつろわぬ民』とも呼ばれる一派です。
 糸による束縛や引き寄せ、面接着に類する能力、毒等の使用が予知されています。
 ルイは彼らを『ゲスト』と呼びそれなりに援護し、壊滅しそうになれば引き下がる様子です。

●他
 ・野江、夏木、古賀、沢、関内
 開始時点では裏野部と相対しています。全員若い女性のリベリスタ。
 この中だと一応野江がリーダー格です。
 実力はそれなりにありますが、非武装の為に戦力としては期待できません。
 また、この場の彼女達の最優先は『彩未と子供の無事』です。
 それがある程度確保されるまで『抵抗しない』という裏野部との約束に反する事を厭います。

 ・彩未&子供×4
 開始地点は裏野部側で、フィクサードに囲まれています。
 彩未は野江たちが所属するリベリスタ組織のリーダーの娘です。
 革醒していますが、戦力としては全く役に立ちません。
 他の子供は一般人。彩未も含め全員怯え切っており、自力での逃走は困難です。

●重要!
 このシナリオはらるとST『<裏野部>悪辣を御覧じろ』と判定は連動しませんが、
 時間帯がほぼ同時刻となる為に同時参加は不可となります。ご注意下さい。

 
参加NPC
 


■メイン参加者 8人■
ナイトクリーク
犬束・うさぎ(BNE000189)
ソードミラージュ
エレオノーラ・カムィシンスキー(BNE002203)
プロアデプト
レイチェル・ガーネット(BNE002439)
スターサジタリー
白雪 陽菜(BNE002652)
デュランダル
ノエル・ファイニング(BNE003301)
ダークナイト
黄桜 魅零(BNE003845)
ナイトクリーク
ロアン・シュヴァイヤー(BNE003963)
ホーリーメイガス
海依音・レヒニッツ・神裂(BNE004230)


 暮れ掛けの陽光の下、向かい合うのは男女のグループ。
 そこに和気藹々とした雰囲気はなく、ただ張り詰めた緊張だけが存在していた。
 怯える子供達がまっすぐ歩くのも覚束ない様子で一歩一歩踏み出してくるのを女性……野江は軽く抱きしめ、けれどすぐに離して無言でその背を叩く。
「あら、抱いてそのままダッシュで逃げるかと思ったのに」
「……いつでも撃てる様に構えといてよく言うわ」
 わざとらしく驚いた様に告げる男、露原ルイを睨め付けながら、五人は離れていく子供達と歩調を合わせながらもう一つのグループに飲み込まれていく。
 入れ替わった子供達、特にセーラー服を着た一番年嵩の中学生と思われる少女の顔は蒼白。
 けけけ、と嗤う声に少女の肩が跳ねる。目に含むのは、明らかな恐怖だ。
「良かったねーぇ彩未ちゃん。優しいお姉ちゃん達で。……さて、じゃあこれでOK?」
 つい、と視線が向けられる。その一瞬。

「――人質に危害を加えないのは、交換『まで』でしたよね?」

 聞こえた『夜翔け鳩』犬束・うさぎ(BNE000189)の声に向く注意、間髪を容れずにリベリスタの幻影が『シャドーストライカー』レイチェル・ガーネット(BNE002439)により子供達の前に展開され、獣の因子を持つ者が咄嗟に避けたその空間に吹き荒ぶのは『星辰セレマ』エレオノーラ・カムィシンスキー(BNE002203)による極寒極細の刃。氷の刃の向こうで、冷酷さとは異なる乾いた目をした彼は微かに笑った。エレオノーラの刃を避けた相手を待ち構える様に放たれたのは、うさぎの気糸。
 唐突に出現した彼らに目を見張り――同時に僅かな焦りを浮かべたのは、フィクサードではなく野江達だ。唐突な第三勢力の乱入に惑う彼女らに、穏やかな笑みを浮かべた『ピジョンブラッド』ロアン・シュヴァイヤー(BNE003963)が語り掛ける。
「子供達は見ての通り、アークが確保するよ。大丈夫だから、君達も子供を連れて逃げて」
「え……」
 振り返った視線の先では、『骸』黄桜 魅零(BNE003845)が彩未の前に立ちはだかり、同じような言葉を告げていた。
「アークだよ、今ある状況をどうにかしに来たの」
 青褪めたまま一歩後ずさった彩未は、アークと言う単語を聞いても分からないのだろう。それでも、柄の悪い男達よりは女性の方が幾分か安堵はしたらしい。退こうとするのを止め、泳ぐ視線と小刻みに震える手に、『三高平の悪戯姫』白雪 陽菜(BNE002652)の手がそっと重ねられた。
「彩未ちゃん、ダイジョブだよ。すぐ痛くなくなるから少し我慢してね」
「…………!」
 名前を呼ばれて少し驚いた様子の彩未だが、まだ年の近い方である陽菜の言葉に小さく頷く。指には子供の誰かが結んだのであろうハンカチが拙く巻かれているが、赤く腫れた痕が酷く痛々しかった。頬も腫れ、スカートから覗く足にも痣が見えて、『約束』が成立するまで攫われた彼女がどんな扱いを受けていたかが窺える。
 酷く傷付いているだろう心にも配慮しながら手を握る陽菜の中では、まだ年端もいかない少女へ対する容赦のなさにふつふつと怒りが煮え滾った。これほどの怒りは、いつぶりだろう。
「はあい、ごきげんよう露原君」
 取り分け明るい声と仕草で『ヴァルプルギスナハト』海依音・レヒニッツ・神裂(BNE004230)がルイに向けて手を振った。同時に放たれ満ちるは、聖なる光。
 翳り始めた陽光よりも遥かに明るく場を照らし出した光に返るのは嘲りの声。
「なぁんだ、ウチのクソオネーサマがカウンター失敗したのかと思ったらアークか。全く色々首突っ込むのが好きだよねーぇ?」
「首を突っ込まねばならない要因を作り出しているのは其方です」
 視線を一度、輪の外に存在する土隠……伝承では土蜘蛛とも称される名を持ったアザーバイドに向けた『銀騎士』ノエル・ファイニング(BNE003301)は、事も無げに告げた。
 封印されたまつろわぬ民、果たして裏野部との縁は如何様なものか――今は分からない。
 ならば目の前の障害を排除しよう。握った白銀に闘気を込め、女性らから離そうとその穂先にて男の一人を突き飛ばす。
 弾き飛ばしたその先で、赤い目の男がノエルを見詰めて嗤っていた。

 凍らせられ絡め取られ、弾き飛ばされた人員を除いてもいまだ女性らが越えるには数が多い。何より彼女らに動く気配がない。迷っていた。
「あたし達は敵じゃないわ、今は子供達を守ってあげて」
 エレオノーラの声に、野江の眉が寄る。その瞳に映るのは葛藤と謝罪だ。裏野部に攻撃を仕掛け、子供達を守るように立ちはだかったアークを信用していない訳ではないのだろう。ただ、素直にそれに頷くには――裏野部側の信用が無さすぎた。
 彼女達を縫い付ける楔は『約束を守れば相手は遵守するという信用』ではなく、『下手に突かれる事をすれば何をしでかすか分からない不安』である。未だ走れば手の届くような場所に子供達がいる以上、即座に動き出す事は叶わないのだろう。
 露原ルイ、彼が絶対の信頼を置かれているとするならば、『虫唾が走る程嫌らしい』というその性格そのものなのだろう。信頼できないという一点で引き起こす疑心暗鬼で縛り付ける手段だとしたら、なるほどそれも悪辣と呼んで宜しいか。
 絶対者のホーリーメイガス。立ち続け癒し続ける事を望んだそれは、レイチェルにとって誰よりもよく知った人を思い出させるスタイルだ。だからこそ、その差が許せない。彼のスタイルを、こんな奴に汚されてたまるものか。
「貴方達とその計略を、潰させていただきましょう」
 子供達の前から退かずに振り上げた指先が、純然たる意思によって周囲を選別し焼き尽くす。
 己の目を焼くことはない光に、それでも僅かだけ目を細めたエレオノーラは手の中で刃を構え直しながら、神秘に触れぬ人々がここに近付く事がないようにこちらとあちらの境界を切る。
「度胸と窮鼠は違うものだと思うのだけれど」
 先日出会った裏野部の連中と異なり、奇襲への動揺が薄いフィクサードに彼は肩を竦めた。実力は劣ったとして、彼らはルイの部下なのだろう。逆恨みを果たせない寄り集めよりは錬度が高い。
 さて、彼らは古の民に利用されているのか――しているのか。
 

 裏野部のメインは、女性の革醒者である。ルイの性格上、子供も使えれば使えるのは間違いないだろうが、それでも優先度は言わずもがな。子供達から、大方の注意は逸れている。
 一先ずここまでは、子供達の保護を優先したリベリスタの思惑通り動いていたと言えよう。
 ――二体の、人ならざる者を除いては。
「……離脱を! 早く!」
 女性達をフィクサードの中から引き離そうとしていたロアンが、その動きを察知して声を上げた。輪から僅かに離れた二体のアザーバイドが向かうのは、今正に魅零と陽菜の手によって離脱しようとしていた子供達の所だ。
 女性達の解放を優先事項とした戦闘班が、序盤では度外視していたその存在。
 リベリスタが読みを違えていたとしたならば、土隠が少なくとも序盤は出方を見るだろうというその推測。ルイは彼らを『ゲスト』と呼んだが、ただ単に女性を引き取る所を見せる為だけにわざわざアザーバイドを引っ張り出す必要はない。彼らは間違いなく、『万一の時の』戦力であった。
 小さな悲鳴と共に糸に巻き付け絡められたのは、彩未を庇って立っていた魅零だ。彼女が立っていなければ、引き寄せられたのは彩未だったであろう。或いは最初から、交換後すぐにこの二体が彩未を確保する手はずになっていたのかも知れない。『俺と部下』ではない『ゲスト』の意向ならば仕方ない、という詭弁で。
 ひっ、と押し殺した悲鳴が引き寄せられる直前に耳に届き、魅零は首だけ微かに動かし笑って見せる。見えるかどうかも分からないが、大丈夫だと。
「嗤笑、見所ある腐った方法考えるね。……素敵だよ」
 魅零の頭に過ぎる過去の記憶。痛め付けられた彩未と、無抵抗を強要される女性達。心なしか、頬が熱い気がした。
 敵は残虐だ。なら良い。善人が葛藤の末に引き起こした悲劇より、手の施しようのない悪党であった方が好ましい。それならば魅零は――何の躊躇いもなく、戦える。
「私は女性を拉致とか監禁とか利用とかそういうの一番嫌いなんだ!」
 己の根底を作り上げ苛む記憶に歯を剥いて笑い、彼女は引き寄せた糸を振り払い、迫った毒の顎をその太刀にて受け止める。
 糸、糸。敵側にも味方側にも、まるでワイヤートラップの様に行き交うそれ。
「うあっ……!」
 プロアデプトである矢尾が放った罠の巣に踏み込まされたのは野江。動き回るアークより、身を守る防具を持たず、受け止める武器を持たぬ女性達の足止めをする方が手軽と判断したのだろう。
「全く、いっそ清々しいまでのゴミクズ。これぞ裏野部、だね」
 顔に見合わぬ辛辣な言葉を吐いて、ロアンは同じく糸を放つ。襲歩の馬をも容易くぎちりと締め付ける糸は、刃を構えた男の一人の足を捕らえた。
 瞬時吹き付ける風は、けれどリベリスタの呼んだ癒しではない。ルイの軽薄な声が召還した『カミサマ』の加護はエレオノーラの氷に包まれた者を、うさぎの糸に縛られた者を解き放つ。同時に高間が放つ神々の黄昏が、裏野部の守備を押し上げた。
「どう? 逃げ帰って一二三君には怒られなかった? ワタシ心配してたのよ?」
 その様子を後ろから眺めながら、海依音は殊更に大げさに語りかけてみせる。そんな声を掛けながら、彼女の手が生み出すのは光弾、殲滅の為の加護を打ち破る裁きの光。
「ね、その女の子達は生贄でしょ? 貴方達が嬲り殺さないとしても、結果として生きて返すつもりは毛頭ないくせに」
 だって『迷い家』の方だって、貴方達じゃない裏野部が襲ってるじゃない。
 ねえ? と上目遣いで告げた海依音にルイが返すのは、さあ? というわざとらしい首の傾ぎ。
 だが、それで更なる悪い状況を理解したのだろう。女性達の顔から血の気が引いた。
 畳み掛けるように、うさぎが再び糸を放ちながら呼びかける。
「貴女達だって知ってる筈だ。彼らが約束なんて守る訳ないでしょうが!」
「襲撃したのが自分じゃないから関係無い、って子供の屁理屈ね」
「ヤーだ、酷い言い草。別に破ってはいないよ。ねぇ?」
「ま、何にせよあたし達は貴方の言う事聞いてあげる義理も無い訳だけど」
 うっわこれだから酷ぇ。問いをあっさり切り捨てたエレオノーラは続く笑いも無視し、続く一撃を叩き込む場所を油断無く探している。
 陽菜の指示で後方へと向かう子供達を横目で見ながら、魅零は己の武器に爪を滑らせた。黒くたゆたうそれは呪い、世界が帯びる負の情念。引き寄せられた今だからこそ、土隠に向けて放てる一撃。
「素直にもっかい、眠っときなよ!」
 細い白い腕にも這い、自身を侵す呪いを握り、奈落の刃を、振り下ろす。
 ノエルが身に纏う戦気に、向かい合った男が顔を歪めた。垣間見えた符からして、陰陽の術を扱う者か。なれば、不利を通さぬ彼女は厄介な相手に違いない。
「ねえフィクサード殺し、今日は皆纏めて殺しちゃったりしないの?」
「自殺希望なら殊勝と言っても宜しいですが」
「けけけ、怖い怖い」
 戯れの声にも柳眉を動かさず告げるノエルの顔を、赤い光が染めている。


 攻防は一進一退――いや、先に子供を確保し、憂いを一つ取り除いたリベリスタに有利であった。
 けれど、数は相手が勝っている。そして彩未の再確保が難しいと裏野部が判断したならば、長期戦を挑む理由は何処にもなかった。
「自分の得物である糸に貫かれる気分はどうです?」
 指先で繊細に大胆に糸を操るレイチェルの言葉にも反応はないが、貫いた糸の手応えは直撃を示している。土隠の身を、癒しを拒む呪いが蝕んでいる事はその感触で知れた。
『ゲスト』である彼らの壊滅をルイは好まないらしい。だからこそ、リベリスタが狙うのはその集中撃破。
「回復すべき対象を、回復できないように妨害されることは――絶対者の回復手にとって嫌な事、ですよね」
 次の台詞はルイに向けて。例え癒しの業自体で不利が拭えたとしても、それが百パーセントでない限り『癒せない』事態は発生するのだ。
 性格悪いねぇ、と向けられる言葉に、レイチェルは微笑を返した。
 それでも、土隠の倒れるのと裏野部が女性を連れて撤退する手番を整えるのと、どちらが早いか。
「ゲストを欠いたら貴方達の首領は怒らないの?」
「さっきもそうだけどさ、一二三様はいちいち怒らないよ。俺なんかよりよっぽど慈悲深くてお優しいんだからさーぁ」
 嘘吐きの問いに返るのは、詭弁者の嘲り。けれどその目が部下に合図を送ったのをエレオノーラは見逃さない。撤退に入る気だ。残る女性は――ルイの足元に転がされた野江を含め、後三人。
 このままでは、連れて行かれる。
 子供達を退避させた後、遠方からの射撃に徹していた陽菜はそう判断した途端に声を張り上げた。
「ねえ、アタシとその中の誰か一人交換しよう!」
 少しでも時間を稼ぎたい。何より、彼らが数と質のどちらを優先するのかの見極めにもなる。そう考えての提案だったが、それを容易く受けるには――裏野部もアークも、人員が剣呑過ぎた。
「アンタがこの場でストリップした上でさぁ、お仲間に手足砕いて貰ってお願いしますって言うなら考えるよ」
 けけけけけ。嘲りの視線が陽菜を舐め上げる。
「五体満足のまま受け入れて貰えるなんてクソ甘い事思わないでよね。それこそアークは裏野部のゴミクズとの約束なんかすぐ反故にするに決まってんだからさーぁ」
 答えはにべもない。
「全く、いい性格してるね。邪魔し甲斐も殺し甲斐も満点だ」
 自身の言葉を取られたロアンが、それでも秘めた殺意は押し殺し女性を守るべく今一度糸を放った。男であるが故に遠慮がなかったのか、それとも糸が邪魔だったからか、彼は一度運命を消費していたが……立ち上がった後は海依音の集中的な癒しも受け、立つ姿に揺るぎはない。拘束の隙に強引に割り込んだうさぎが、更にその前に立ちはだかる。
「行かせない。黄桜と遊んでよ」
 矢尾の糸を海依音の癒しによって抜けた夏木の手を取った魅零が、その背を庇いながら追おうとする男に太刀を構えた。
「あら、武器もない女性を追いかけるのが裏野部?」
「よたよたした小鹿を狙うのも割と楽しいモンだよ」
 海依音の挑発は、無力な少女でも一方的に甚振れる存在の矜持を煽りはしなかった様子だが――彼女の癒しが女性達の助けとなっていたのは間違いない。
 後二人。
「露原ルイ。……動きすぎると身を滅ぼしますよ」
 ノエルにとっては未だ燃焼手前で組み上げられていく撤退の構えは手管といって差し支えないだろう。けれど前に出れば出るだけ、彼女の槍を身に受ける機会が増えるという事でもある。
「ご忠告痛み入ります、ってね。でも俺もたまにはご機嫌伺いくらいしとかないとさぁ」
 野江を抱き上げ地を蹴った。ルイの背に生えるは赤い翼、フライエンジェの彼を阻む者は空には誰も居ない。いや、追える人員はいたのだ。フライエンジェであるエレオノーラは勿論、うさぎによって授けられた翼の効果はまだ切れていない。
 けれど、ルイとほぼ同時に残った一人を抱えたフィクサードが走り出す。
 レイチェルの糸が、地を蹴り瞬きの間に距離を詰めたエレオノーラがそちらを確保するも――更にルイを追えば、不毛な鬼ごっことなるのは明白であった。
「――なんで女性ばかりなの、なにかの儀式でも始めるつもり!?」
 陽菜の叫びも届かない。助けたい、と願って手を伸ばすも、運命を捻じ曲げたい、とただ漠然と思うだけでは未来は変わらない。『運命を捻じ曲げてでも掴み取りたい未来』を願い手を伸ばすからこそ、新たな道は切り開かれるのだ。
 陽菜の手は、掴めない空を切る。

 露原さん。うさぎの声は叫ぶでもなく呼びかけられた。
 グラデーションに沈み始めた空にいる男には、確かに聞こえていたのだろう。
「私は正直貴方を罵れる様な人間ではありません」
 ぱちり、と無表情の中に浮かぶ丸い眼が瞬かれた。
「でも殺す。必ず殺す」
 同族嫌悪、或いは同じ穴の狢。けれどうさぎが畜生であったのが過去の事であれば、その言葉を吐くのに躊躇いはない。
 ――それじゃあまた会いましょう、『嗤笑』。
 剣呑な再会を誓う言葉には、嗤い声が返る。
 けけけけけけけけ。
 

■シナリオ結果■
成功
■あとがき■
 成功条件達成の合理に徹すれば非武装の女性リベリスタを速攻で沈めて強制確保、
 という手段もあったりしましたが、より多くを救おうとしてくれてありがとうございます。
 土隠が前に出てくるのと女性奪還が平行となってしまった為に流れはスムーズとは行きませんでしたが、その分裏野部側に早期撤退の判断を与えた為にリベリスタ側の被害は軽微です。

 女性リベリスタは、子供達を優先してくれた事を感謝しています。
 彼女達も自分達がある程度の被害を受ける事は覚悟で臨んでいましたので、
 より多くを救ってくれた皆さんを恨む事はありません。

 お疲れ様でした。