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<霧都の蜘蛛>緑色の目をした異形

●<監視ポイント:複数箇所>各所防犯カメラによる映像記録(編集済)
 霧の都、倫敦。日はとうに暮れ、夜空を覆う薄雲を通して降り注ぐ月光が、絹のベールのように町並みを淡く包み込んでいる。
 その西郊にある下宿街の一角で、足音が生まれていた。それは人の目を避け、逃れるように小走りに路地裏を進む女性から発せられている音だ。
『――、――っ』
 体の芯へ染み込むような寒さのせいか、その口端から漏れる息は白く、加えて荒い息遣いは彼女がしばらくもしないうちに走れなくなる事を感じさせた。
 よく見ると、ロングコートを羽織って走る彼女の首筋にはミミズ腫れのような痣があった。しかも、その痣は脈打つように一定間隔で蠢いている。
 さらにその痣は首筋だけにあるのではない。頬にも、手首にも、足首にも。もしかすると彼女の全身に痣が刻まれているのかもしれない。
 痣が蠢く、その度に女性の顔が痙攣するように歪み、足がもつれる。そしてそれが幾度か続いた後、とうとう彼女は崩れ落ちるように路地裏の壁へと身を預けた。
『か、は――』
 直後、異変の動きがあった。無数に刻まれた痣をなぞるようにヒビが入ったのだ。
 それは痣の中に潜んでいた何かが生まれ出るようにも見え、
『ひ』
 未だ整わない呼吸の合間で僅かに零れそうになった悲鳴は、彼女の肌が一斉に裂けた音と痛みに掻き消された。
『――、――』
 痣の中から迫り出すように出てきたそれは、緑色の虹彩を持つ眼球だった。大きさは人間のそれと同程度だろう。
 すでに女性の意識は失われているようだ。だが裂けた痣をまるで瞼のように開閉させながら、痣と同じ数だけ生まれた眼球達は黒い涙を流す。
 その涙が女性の全身を覆い尽くした時、そこには全身に無数の瞳を浮かび上がらせた異形が――。

(映像はここで途切れている)


「英国旅行は初めてかね? ならばちょうど良い、楽しんできたまえ。多少血生臭い事にはなりそうだが」
 人数分の航空券を片手で器用に扇のように広げた『黒のカトブレパス』マルファス・ヤタ・バズヴカタ(nBNE000233)が口元を笑みの形に歪めつつ、リベリスタ達を前にそう切り出した。
 アークのリベリスタ達が世界中へ傭兵活動を開始したのは記憶に新しい。今回の依頼も言うなればその一環だ。
「依頼主は、英国は倫敦のリベリスタ組織『スコットランド・ヤード』。そして対する敵は『キマイラ』、だ。聞き覚えがある者もいるのではないかね?」
 キマイラ。それは悪意を持った者の手で生み出された、アザーバイド、ノーフェイス、エリューション等のどれにも属さない人工の化け物の総称である。以前日本で幾度となく猛威を振るったそれらが、今度は倫敦で動き出そうとしているらしい。
「ただのエリューション等であるならそこまで入れ込む必要もないのだろうが、キマイラの生みの親が日本のフィクサード『六道紫杏』である以上、我々も傍観者ではいられない。面子というのも面倒なものだ」
 しかも六道紫杏を連れ出したのはバロックナイツの一人であるモリアーティらしい、という情報まであるとなれば尚更である。ただ、今回の事件についてモリアーティ及び『倫敦の蜘蛛の巣』は関与を否定しているようだが。
「事件の概要については私が提出したファイル内の資料を確認してくれたまえ。ああそれと、今回は万華鏡が使えない、という事についてはご存じかな」
「万華鏡の探査範囲は日本国内限定であり、よって国外からの依頼に関する情報は現地組織とフォーチュナが収集した情報に拠るものしか得られない……という事でしたね?」
 今回集ったリベリスタ達の一人である『ディーンドライブ』白銀 玲香(nBNE000008)の補足にマルファスが肯定の頷きでもって応える。
 万華鏡による予知が無い以上、何らかの不測の事態が起こる可能性が十分にある事にも注意しなければならないだろう。
「キマイラは以前現れた者共よりも改良が加えられているようだ。
 だが、諸君等の実力が地の利と万華鏡による予知が無い程度で揺るがない事は、私とて良く心得ている」
 一つ目の仮面がリベリスタ一人一人へと視線を送る。
「フ――、良い表情だ。さあ、私は運命の岐路を示したぞ。あとは君達が選び取るだけだ」
 征ってきたまえ。その言葉と共に、マルファスはリベリスタ達を送り出したのだった。




■シナリオの詳細■
■ストーリーテラー:力水  
■難易度:NORMAL ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ
■参加人数制限: 8人 ■サポーター参加人数制限: 0人 ■シナリオ終了日時
 2013年11月28日(木)23:06
 倫敦に行きたいかー!
 こんにちは、力水です。では以下に概要を。

◆勝利条件
 キマイラ一体の撃破。

◆敵情報
 体中に無数の眼球を持つキマイラ。通称『ジェラシー』。
 普段は一般人の体内に潜伏していますが、一定期間が経つとその体の主導権を奪い、活動を開始します。敵対する者が現れた時には、緑色の虹彩を持つ無数の眼球を体表に出現させて迎撃します。
 リベリスタ達がキマイラと遭遇する時、すでに体の主導権は奪われた後です。 
 主な攻撃手段は、無数の眼球からウォーターカッターのように放つ毒液。この攻撃に毒効果があるのは勿論、効果範囲を単体と複数に切り替えることができ、単体対象の際には貫通効果も付加されるようです。
 さらにランダムに選択した一人を睨み付ける事でEPを吸収する能力を持ち、特殊な効果こそ無いものの、近接攻撃も決して不得手ではないようです。
 また、全身に眼があるためか回避能力が高めで、死角はありません。
 攻撃を受けて弱ってくると、逃走を図る可能性があります。もし敵に逃げられた場合、今回の依頼内で再び接触することは不可能です。

◆戦場
 時刻は深夜。キマイラは人間の姿を取って移動を続けており、予想される移動ルートの何処かで撃破する必要があります。
 戦場として推奨されている地点は2カ所あり、一つは道中にあるやや広めの公園、もう一つはビジネス街の路地裏です。
 どちらも深夜という事もあり人目はありませんが、公園は戦うには十分広く、電灯があるため比較的明るいものの敵に逃げられやすいという特色があります。
 また路地裏は戦うには狭く(横に三人並ぶと身動きが取り辛い)、暗いですが、敵が逃げ辛いという特色があります。
 推奨地点以外での戦闘も可能ですが、万華鏡が使えない以上不測の事態に対応することが出来ない為、お勧めはできません。
 どの地点で戦うにしろ、戦場は何処か1カ所だけを選択して下さい。

◆その他
 今回は白銀 玲香が同行します。
 行動の指定があれば、プレイングにて指示をお願いします。指示がなければ作戦の邪魔にならないように行動します。
 スキルは「ソードミラージュ:中級」までのものが使用可能です。

 それでは、どうぞよろしくお願いいたします。

参加NPC
白銀 玲香 (nBNE000008)
 


■メイン参加者 8人■
デュランダル
雪白 桐(BNE000185)
デュランダル
結城 ”Dragon” 竜一(BNE000210)
スターサジタリー
ミュゼーヌ・三条寺(BNE000589)
インヤンマスター
焦燥院 ”Buddha” フツ(BNE001054)
ソードミラージュ
レイライン・エレアニック(BNE002137)
ホーリーメイガス
綿谷 光介(BNE003658)
ソードミラージュ
セラフィーナ・ハーシェル(BNE003738)
ナイトクリーク
鳳 黎子(BNE003921)

●<設置地区A3-7>倫敦時間0300頃 路上防犯カメラ複数台に記録された映像(編集済)
 『ふたまたしっぽ』レイライン・エレアニック(BNE002137)は走っていた。
 石畳で舗装された道。そしてその両脇に立ち並ぶ家々や街灯、果ては黒く染まった空に浮かぶ月や冷たく吹き抜ける夜風さえも、日本のそれとは異なるものを感じる。もっとも、英国出身のレイラインにとってはそこに郷愁の思いも含まれていたかもしれないが。
 役割や形は同じでも、生まれや周囲の環境によってそのモノの見え方は大きく変わる。
 だとすれば、乱れる髪を直す間もなく走るレイラインの背後に迫る"黒い人影"は、この風景の中で最も異質に見えたことだろう。
 その人影――アークがキマイラと呼称する異形の全身にはびっしりと無数に緑色の虹彩も持つ眼球が浮かび上がり、それぞれの目は前を走るレイラインの姿を仰視するものもあれば、周囲をせわしなく見回しているものもある。
 レイラインの手に握られた幻想纏いからはひっきりなしに声が漏れ聞こえていた。それは紛れなく仲間達の声であり、レイラインは乱れた息を抑えることなくそれに応える。
「もう少しじゃ、準備を頼むぞ!」
 確かに目的の路地裏への入口は見えていた。その付近に置かれている乗用車にも覚えがある。だから、レイラインはラストスパートに備えてやや深く足を踏み込んだ。
 だがその時、彼女は背後から圧を感じた。先に大きく踏み込んだキマイラが地面と平行に飛ぶように駆け、レイラインへとさらに迫ったのだ。
 振り切ろうとレイラインが踏み込み途中の足で強引に地を蹴る。しかしやはり中途半端な踏み込みでは勢いが足りない。
 そして緑色の斑に彩られた黒い腕がレイラインの肩に届き――。

●倫敦時間0250頃
 遡ること10分程前。霧の都、倫敦のビジネス街。日中の喧噪はとうに消え去り、時折通る車の音だけが冷たい町並みに響いている。
 その一角に、とある路地裏があった。そこは別段変わった様子もない、ただの路地裏だ。
 だが此処は件のキマイラが通る道であり、そのために戦場となる場所だった。そしてここを戦場として選択した者達も、この場所にいた。
 路地裏の、キマイラが入ってくるであろう方向から見て出口側。空の月明かりを避けるように暗がりの中に潜んでいるのは雪白 桐(BNE000185)と『ディーンドライブ』白銀 玲香(nBNE000008)。
 路地裏の入口付近を見ると、そこにはどこにでもあるような乗用車がぽつんと置かれている。だがこれは『スウィートデス』鳳 黎子(BNE003921)が創り出した幻影であり、E能力を持つ者であっても欺くことが出来る強力なものだ。
 そして、その中には黎子を含め、『鋼脚のマスケティア』ミュゼーヌ・三条寺(BNE000589)、『てるてる坊主』焦燥院 "Buddha" フツ(BNE001054)、『贖いの仔羊』綿谷 光介(BNE003658)が隠れている。
 さらに、『一人焼肉マスター』結城 "Dragon" 竜一(BNE000210)は路地裏の両側に立ち並ぶ建物の壁を面接着で登り、『エンジェルナイト』セラフィーナ・ハーシェル(BNE003738)は自身の一対の白翼を使って建物上部へと身を隠していた。
「エレアニックさん、そちらの状況はいかがですか?」
 幻影の内側で黎子が幻想纏いに語りかける。各自が持ち場に着いている以上、連絡手段は幻想纏いを通じてのものとなる。しばらくの沈黙の後、幻想纏いからレイラインの声が返ってきた。
『うむ、こちらは目標から少し離れて尾行継続中じゃ』
 かなり抑え気味の声だが、状況が状況故に仕方がない。なぜなら現在、レイラインは単独でキマイラを尾行しているためだ。
 今回の依頼には万華鏡による予知が適応されない。よって敵の動きが確定できない以上、想定外の出来事に対応するため尾行をつけたようだ。
『……っ』
 微かな雑音に混じって、レイラインの息遣いが幻想纏い越しに聞こえる。誰も声を出す者はいない、いや、出せないのだ。
 そしてキマイラ到着の連絡を誰もが息を殺して待っていたその時、幻想纏いからノイズが響いた。ビニール袋を手で丸めた時のような、耳の鼓膜を擦られるような音。
 何が起きているのか。だが声は出せない。もし声を出してしまって尾行が失敗してしまえば、元も子もないからだ。
『皆――』
 故に、レイラインの声が再び聞こえてきたとき、リベリスタ達は食い付くように幻想纏いへ耳をそばだてた。黎子が再びゆっくりと声をかける。
「……エレアニックさん、何が」
『すまぬ! 尾行は失敗じゃ! 奴に勘付かれてしもうた!』
「な――!」
 声を上げたのはフツだ。
「無事なのか!?」
『わらわは大丈夫じゃ、それと敵がわらわの挑発に乗りおった! これでしばらくは此奴が逃げ出すことはないはずじゃ!』
「しかしそれではレイラインさんの身が危険に晒されたままでは!」
「戦闘地点を変更した方が……!」
「俺が今行く、ちょっと待っ――」
『構わぬ! わらわはこのまま皆の所へ敵を導く!』
 ミュゼーヌが、光介が、竜一が思わず声を大きくするのをレイラインが制止した。幻想纏いから聞こえる音から察するに、彼女はすでに敵を誘き寄せるべく走り始めているようだった。それに混ざって聞こえる音は恐らくは敵による、攻撃音。
「で、でもっ」
 心配の色を帯びた声をあげるセラフィーナだが、その声はすでにレイラインに届かない。荒い息遣いを無事の便りとして受け取りながら、待つしかないのだ。
「こうなれば、レイラインを信じるしかないな」
 フツの言葉に皆が無言で返す。闇雲に動いても何にもならない事は良く分かっているのだ。
 待ち始めてどれほど経ったか。恐らくは数分のことだったのかもしれない。しかし待っているだけのリベリスタ達には必要以上に長く感じたはずだ。
 不意に、幻想纏いから擦るような音が聞こえた。そして息の上がったレイラインの声がそれに続く。
『もう少しじゃ、準備を頼むぞ!』
「レイラインさん、見えました! それにキマイラも!」
 すでに声を抑える者はいない。レイラインの叫びとセラフィーナの報告はほぼ同時。追う者と追われる者、二つの影が一直線に路地裏へ走り込んでくる。
 だが二つの影が突然距離を縮めた。それは追う者が追われる者へと追いすがった結果であり、
『このっ……!』
 影は一つとなり、そのまま路地裏へと転がり込んだ。


 路地裏にいた者達にとって、それは一瞬の出来事だった。
 レイラインに背後から掴みかかったキマイラが、彼女を押し倒そうとする。それに対して、レイラインは咄嗟の判断で腰を落とした。それはまるで背負い投げのような体勢であり、レイラインの背にキマイラが乗ったところで彼女の体が大きく跳ねる。
 だが弾き飛ばされまいとしたキマイラの腕がレイラインの体を食い込むように掴んだ。投げの勢いが彼女にも伝播する。故に二人はもつれ込むように地面を転がり、
「っ、しつこいわい!」
 二度三度転がった所で、レイラインのもがくような蹴りがキマイラの体を今度こそはね除けた。鈍い音と共にレイラインが路地裏の入口側へ、キマイラが出口側へと滑り込む。
「全く、とんだ無茶をされますわね」
 路地裏の入口側へ待機していたミュゼーヌがレイラインに駆け寄る。呆れたような口調だが、表情には安堵の色が見えた。
「ふふふ、わらわもまだまだ若いもんには、って誰が年寄りじゃ!」
「お元気そうで何よりです」
 光介の回復がレイラインの傷を和らげる。そして彼に手を貸されてレイラインが立ち上がった時、リベリスタ達の布陣はすでに完成していた。
 黎子の操る超幻影の壁が路地裏の入口を塞ぐ。だが、ゆらりと立ち上がったキマイラの全身の眼はそれを捉えていた。
 とはいえ、キマイラに逃げるような素振りは見られない。
「良い心がけです、と言っておきましょうか」
 黎子が持つ双頭の鎌が、闇夜の微かな光を鈍く反射する。
 刹那、場が止まった。数秒にも感じる一瞬の中、静寂が支配する。
 ――直後、全てが一斉に動き出した。

「ほうれ、さっきのお返しじゃ!」
 真っ先に飛び出したレイラインの双扇が音速の連刃を成す。その連撃に踏み出しの一歩を崩され、キマイラの動きが痙攣するように澱んだ。
「さて、倫敦でも救世開始といこうか。今更逃げようなんて思うなよ?」
 続けざまにフツが呪印を結び、行動の不自由を確実なものとする。
「頂きます!」
 そしてキマイラの背後から、巨大剣を構えた桐が迫る。ふと、桐の脳裏にブリーフィングで見た映像がよぎった。惨い出来事だ、助けてあげたい。だが現実、それは不可能だ。
(だから出来ることをする。出来るだけ速やかに!)
 体から漲る余力が、蒸気となって棚引く。振り下ろす刃に躊躇はない。
「倒す……!」
 斬った。切っ先が軽く擦れただけで、路地裏の石畳がウエハースのように脆く砕け散る。だが、求めていた手応えはない。
「かわされた!?」
「なるほど、伊達に目玉お化けやってるわけじゃなさそうだ! よく見てるぜ!」
 竜一の感嘆はもっともだ。何しろ敵は剣の軌道を複数の目を動員する事で文字通り、見切ったのだ。読むのではなく、見切る。人間であれば達人の技が成す事を、このキマイラは自身の身体的特徴を活用して強引にやってのけた。
 さらにその目は、ただ見るためだけにあるのではない。
「皆さん、敵の攻撃、来ます!」
 光介の警告が響いた直後、戦場を高圧の毒刃が駆け抜ける。キマイラの目の一つから一直線に伸びたそれは、黎子、フツ、光介を過たずに貫く。レイラインやフツが施した行動制限の力は、どうやら解除されてしまったようだ。
「っ、おいおい、そんなあっさり解かれるとショックだな……綿谷、無事か!」
「は、はい! でもボクより黎子さんが」
「少し深く受けましたけど、私も大丈夫です。それにしても、緑色の目をした怪物……確かシェイクスピアでしたっけ。私と造った者では感性が違うようですけど」
 そう呟きつつ、黎子が鎌をぐるりと回す。そしてそこに現れたのは、ルーレットの円盤だ。盤面を転がるボールは、黎子がベットしたポケットへ次々と吸い込まれ、同時に強力な運命の奔流が彼女の元へと流れ込んでいく。
「さあ、私の悪運が尽き、不運に嘆くまで、あなたは持ち堪えられますか?」
 彼女が続けざまに放ったカードの嵐が、キマイラの眼でも捉えきれぬほどの物量でもって取り囲む。
「ジョーカーが配られる者は……あなたしかいませんね。その眼で、これも見切れますか」
 カードに囚われたキマイラに聞こえるのは、黎子の声だけだ。だが次の瞬間、カードの嵐の中に突然現れた腕が1枚のカードを掴み取り、袈裟懸けに嵐ごと、キマイラを切り裂いた。
 思わず後ずさったキマイラの上空から、今度はセラフィーナが攻める。
「イギリスは私の故郷。素敵な思い出がたくさんあります。このロンドンも、姉さんと一緒に過ごした大切な街です」
 鞘からすらりと抜き放つのは、大切な人から受け継いだ力。セラフィーナはそれに速度を乗せ、眼下のキマイラへ無数の刺突を繰り出す。
「この街は、私達が守ります!」
 対するキマイラもそれを迎え撃ち、暗い路地裏に幾度も激突の火花が煌めいた。僅かにセラフィーナが押し勝つが、激突の終わり際を狙って突き出されたキマイラの腕が離脱しようとした彼女の手首を掴んだ。
「きゃっ……!?」
 体勢を崩したセラフィーナの体が宙を泳ぐ。そのまま彼女を引き寄せようとしたキマイラの腕を穿ったのは、蒼白の輝きを伴った弾丸だった。腕の眼球が、得も言われぬ体液を撒き散らして破裂する。
 ――!!
 キマイラが人間の悲鳴のような耳障りな叫びを上げた。
「ご機嫌よう。あるいはGood eveningかしら。嫉妬の怪物と成り果てた貴方を……解放しに来たのよ」
 魔力の煙が立ち上るマスケットに次弾を装填し、ミュゼーヌが目標に再び標準を定める。撃たれた腕をいたわるように身を屈めていたキマイラだったが、その銃口を全身の眼で睨み付けると同時に飛び上がり、毒の雨をリベリスタ達に叩き付けた。強力な毒素が彼らを蝕む。
 だがフツの背後で攻撃を逃れていた光介が深く傷ついた者に癒しの力を飛ばすことで、リベリスタ達の陣形は未だ守られていた。
「俺の方へ飛び込んでくる、ってのはもしかして好かれてるってことでいいのかぁぁぁ、っとぉー!!」
 攻撃後、滞空から降下へ移ろうとしていたキマイラを、壁を垂直に駆け下りてきた竜一が宝刀の柄頭の一打でもって、強かに打ち付けた。彼にとっては水平の一撃だが、キマイラにとっては上方からの強打となる。
 降下は落下となり、一瞬、キマイラの体勢が無防備なものとなった。
「やるな相棒!」
 キマイラに向けた手を、フツは開から閉の形へ変える。それだけでキマイラの体周辺に再び束縛の力が生まれた。体勢を整えることができないキマイラの体は、そのまま落下を続けるしかない。
「そぉ~れっ、じゃ!」
 落下地点へ滑り込むようにレイラインが駆け込む。手にした扇子でトスをするようにキマイラを叩き上げると、それを路地裏左右の壁をジグザグに蹴り登り、玲香が追い掛ける。
「アタック!」
 キマイラに追いついた玲香のナイフが弧を描き、キマイラを再び叩き落とした。


 石畳を砕いてキマイラが落下した。立ち籠める砂埃は、しかし一寸の間を置いてキマイラの咆哮と共に散らされる。
「終わらせます、この悲しい夜を!」
 キマイラを翻弄するような軌道を取りつつ、セラフィーナが刀を携えて舞い飛ぶ。逃さぬとばかりにキマイラの眼球が動き回り、ついにはその視線がセラフィーナの力を貪り、奪っていく。
 それでも、彼女は止まらない。リベリスタとしての使命感か、生来の一途さか。獲物を捕らえる猛禽のようにキマイラに迫ると、すれ違いざまに連撃を叩き込んだ。
 キマイラの体が大きく揺らぐ。すでに多くの眼球が砕かれ、体表はその体液でどす黒く濡れている。なればこそ、キマイラが次に逃走の動きを見せたのは当然の判断だった。
 だがリベリスタ達が健在である以上、それは容易ではない。
「突破など、許すはずがないでしょう」
 自身を砲台とするかのように、ミュゼーヌが大きく得物を構える。
「対神秘殲滅用の特別な一撃……貴方に、嫉妬に苦しまずに済む終わりをあげる!」
 先程の銃撃とは違う、威力ではなく精度を極めた一撃が放たれる。鋼脚が、反動で軽く軋みの音を立てた。
 キマイラの足が爆ぜる。人間であろうと化物であろうと、人型をしているのなら、そこを撃たれれば動きが鈍るのは道理だ。だから、動きを止められたキマイラは足掻くために再びの毒雨を放つ。地を、壁を、そして人を穿つそれはリベリスタの動きを止め……られない。
 例えば、桐。彼女は待っていた。自身の一撃が、必殺へと昇華する時を。
 集中は十分に高めた。今ならば、どんな手段を使っても当てられる自信がある。
「術式、迷える羊の博愛!」
 背後からは光介の援護が贈られ、活力が戻ってくるのを感じる。
 剣の柄を握る手は熱く、力に溢れている。己の眼に映るのは風前の灯火となった異形。
 嗚呼、そうだ。後は振り下ろすだけで良かったのだ。
 だから、彼女はそうした。

 轟音が異国の夜に木霊する。フツの張った強結界が無ければ、何かしらの騒ぎになっていたかもしれない。
 キマイラに動きはない。先程の桐の一撃で完全に沈黙したようだ。
「もう意識がなかったのならいいが、見知らぬ彼女。ごめん、俺にはこうして楽にしてやることしかできない。せめて苦しまぬよう」
 戦いの構えを解き、地上に降りてきた竜一が、キマイラが最期にいた場所を見つめて呟く。
「あの時、六道紫杏を仕留めていればこんな悲劇は防げたはずなんです……今度は逃がしません」
「何か関与を否定よ。誰かが、あんな悪意の芽を植え付けた。この街の闇は、どこまでも深そうね」
 後悔を未来への糧とするセラフィーナと、悪の所行に憤りを隠せないミュゼーヌ。
 路地裏から見上げた空に広がる未だ明けない夜闇が、全容を見せない悪の存在を暗喩するかのように、暗く大きく広がっている。
 一方で、手短に戦闘データを纏めていた光介は記録媒体を片付け、白い息を一つ吐いた。
 データを完成させてヤードに提出すれば、小さな一歩ではあるものの信頼に繋がるかもしれない。
「政治は上の仕事でしょうけど」
 だとしても、自分なりに考えての行動だ。きっと、何かの役には立つはず。
 ふむふむ、とその様子を背後から覗き込んでいた黎子が、不意に周囲を見渡した。
「……気のせいですか。やはり、もう居ないみたいですね」
「残念ですが、そのようです」
 感じた気配に反応して咄嗟に掴んだ剣の柄から、桐が手を離す。異国の地にいるために落ち着かないだけなのか、それとも今もまだどこかから――。
 頭を振る。やめよう、思考の泥沼にはまっていくだけだ。
「戻りましょう。皆さんお疲れのようですし」
 玲香の一声で、皆が動き始める。まばらな足音が、誰も、何もいないはずの路地裏に微かな反響を残していた。

■シナリオ結果■
成功
■あとがき■
 こんにちは、力水です。
 参加者の皆さん、お疲れ様でした。

 キマイラや、背後にいる黒幕の不気味さを感じて頂ければ幸いです。
 尾行が上手くいかなかったのは私のダイス運のせいです、スミマセン…。
 ですがもしもの時のフォローをして頂いていたお陰で、そこまで大事には至りませんでした。よかったですホントに。

 それでは次の冒険で。力水でした。