●チープで滑稽な赤の不協和音 「あら、隣の奥さん、ごきげんよう~」 「まぁ、隣の奥様、ごきげんよう。ちょっと聞いてくださいませんこと?」 「あらあら、何かしら? どうしたのかしら?」 「それが、うちの主人の話なんですけどね……」 ミニ・クランベリーの小さな唇が紡ぐのは相も変わらず紙芝居の様なごっこ遊び。彼女の衣装は甘ロリ。フリフリ。 夢の様な遊園地の中ではそれさえも溶けこんで、とろとろ混ざり合っている。 自身の庭園を作ろうとしていた舞子がその小さな身体をふわふわ揺らしていた。 彼女の前には園の至る所に置かれたオブジェと同じ格好で止められた人間が一人二人。 皆、一様に巨大な虫ピンで身体を串刺しにされ地面へと縫い付けられている。針に伝うのはカーニバルレッド。 「あは、苦しいですか? そうですよねぇ。全身串刺しですものね」 広がる光景は紅葉の絨毯に彩られたヴィネット宛ら、血の海に佇む『人形』の様になっていた。 「大丈夫、もうすぐ痛くなくなりますよ。とってもハッピーになれます。何も考えなくても良いですよ。ただ、ハッピーになる前に素敵な音色を響かせてくれたら……ねぇ? 貴方達もそう思うでしょ?」 ミルキーピンクの衣装を揺らして振り返った先に居るのは、ケチャップマスターと呼ばれるバンドメンバーだった。 人間が持つ音に悦楽を求めて引き裂く赤の不協和音。しかし、彼等の中では至高の音楽性。 音に対する異常な妄執を抱えたヨーク・エクストリームはばらばらなセロリ・イエローの髪をかきあげた。 骨の折れる音が好きだ。腕の骨は鋭く高音、足の骨は鈍く低音、皮の薄い肋骨や鎖骨は鈴の様な音色だ。 肉の裂ける音も、皮膚が剥がれる音も、爪が割れる音も、歯が砕ける音も。彼の心を揺さぶる素晴らしい旋律。 彼の父が彼の大切な子猫をへし折った時に得た心の慟哭。生物から発せられる隠微な音。 こんなに心揺さぶられる音楽が他にあるだろうか。もっと、聞きたい。もっと、知りたい。 だから、きっと彼は此処にいるのだろう。 黄泉ヶ辻糾未の事は『普通』の粋を出ないお嬢様だと思っていた。 けれど、今はもう違う。壊れた中身がどんな音を発するのか楽しみになってきたから。 ようやく彼女を認めることができたのだ。ああ、楽しみだ。その断末魔の裂ける音が聞きたい。 余興に此処に磔にされている人形で遊んでも構わない。そこに旋律が存在するのなら、十分な暇つぶしにはなるだろう。 「早く始めようぜ、ブラッドカーニヴァルのライブをよぉ! その為の舞台は用意してくれんだろ?」 「くすくす。分かりました。では、野外ステージに参りましょう」 虫ピンに突き刺された人間はもはや人形に成り果てて、フィクサード達に従う屍の様だ。それは、いつぞやのゾンビ軍団を彷彿とさせる光景。違う事といえば、人形はノーフェイスだということ。生物だということ。 さあ、朱の箱庭から奏でられる赤の不協和音を始めよう。 ● 「フィクサードの撃破をお願いします」 イングリッシュフローライトの髪がブリーフィングルームの少し乾いた微風に揺れていた。 『碧色の便り』海音寺 なぎさ(nBNE000244)は資料を片手にリベリスタに向かって静かに告げる。 アシュレイ曰く、動向を掴んだ黄泉ヶ辻糾未の命はもう長くないとの予知がもたらされたのだ。 黄泉ヶ辻糾未とはかの主流七派が一つ黄泉ヶ辻の首領の妹に当たる。 兄に焦がれ、兄のようになろうと、仲間達と共に必死に悪事を繰り広げてきたが、彼女が頼るアーティファクトはかの『黒い太陽』ウィルモフ・ペリーシュの作品であった。 「そのアーティファクトが禍ツ妃、そしてその母体となる憧憬瑕疵です」 なぎさがページを捲る。 糾未の身体に巣食うウィルモフ・ペリーシュのアーティファクトは、人に災厄を振りまくと同時に、持つ者を破滅へと導くと言われている。アークとの数々の交戦を繰り返す内に、糾未の身体は限界を迎えはじめてしまったのだ。それだけなら、自壊するのを待つのも手であったが、そうなれば彼女の中に巣食うアーティファクトは暴走し、計り知れない被害を齎すであろう事が予測されている。 「とにかく、私達は憧憬瑕疵を破壊しなければなりません」 「なるほど」 皮肉にも、破滅への道を辿りながら『誰よりも黄泉ヶ辻らしい羽化』を始めた糾未が、最後の戦いを挑もうとしている。 更にはこれを面白おかしく嘲笑い楽しみにしている糾未の仲間達――フィクサードの存在。 どうやら一筋縄ではいかないらしい。 「かなりいるな。これは敵か?」 リベリスタがスクリーンを指さす。 現場には糾未と行動を共にする多数のフィクサードチームが展開している。 「はい。皆さんは、一つの部隊を攻略して下さい」 その布陣は―― 自身の箱庭を作る事に愉悦を覚える舞子と人間が壊れる音をこよなく愛するケチャップマスター。 前者は一応、糾未に付き従う体を取っていたが、後者は忠誠心等はまるで皆無だった。 至高の音楽を。それが彼らの願いという訳だ。 「よろしくお願いします」 もはや、説明は不要だろう。災厄を止めるのがアークの大義である。 その障害となる朱と赤は排除しなければならないのだ。 海色の瞳でリベリスタをじっと見つめて、フォーチュナはリベリスタを戦場へと送り出した。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:もみじ | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年11月15日(金)23:28 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 愛する子猫の骨が血色に吹き出し折れる音は最高に淫靡で、鳥肌が全身に立つ程に芳しいものだった。 少年はその音をくれた父親を尊敬した。そして、尊敬したからこそ、それを折った時の音が聞きたかった。 父親が最愛の妻の首を折った様に。少年もまた、尊敬する父親の首の音を響かせたのだ。 自分が異質であると認識しているからこそ“普通”である黄泉ヶ辻糾未の事を軽視していた。 「糾未ちゃん可愛くなったよね……」 けれど、自分の遥か上空まで飛び越えて“高み”に登り詰めた彼女をやっと認めることができた。 アッシュ・オレンジの瞳がお姫様が居るであろう城を見つめていた。 「んー、人の体が壊れる音ですかー、ちょっと私の好みとは方向性が違うようですね」 くすくす。グラファイトの黒『残念な』山田・珍粘(BNE002078)那由他・エカテリーナがエメラルドの瞳で謂う。 彼女は人の心が壊れる音が好きだった、幸せな笑い声が好きだった。揺れ動く表裏一体の感情を愛するのは、二つの異なる存在を内包する恋人の座を負う彼女だからだろうか。 邪悪と混沌を合わせて、それでもなお、善性のリベリスタで在り続ける様はとても彼女らしい。 ――欲しい欲しいで周りを見ることができなかったニセのお城のお姫様は声なき声で歌を歌い破滅を待つ。 なんて、誰も救われないお伽話はもうここで終わりにするんだ。 『覇界闘士<アンブレイカブル>』御厨・夏栖斗(BNE000004)のダンディライアン・ゴールドの瞳が戦場に散らばる敵影へと向けられる。 「ご機嫌うるわしゅう、人のいない遊園地でコンサートなんて売れないバンドにも程があるよね」 「ん、だと!?」 夏栖斗の声に一番に反応したのはぽこそんだ。彼の周りに水色の風がふわりと巻き起こる。 「金の為に歌ってるんじゃねぇ!」 売りたいのだという認知が癪に障る手合いらしい。 ヨークの黒の叫びが夏栖斗と『てるてる坊主』焦燥院 ”Buddha” フツ(BNE001054)の耳に鎖となって絡みついてくる。しかし、ヨークの攻撃は弾かれエア・ブルーの空へと霧散した。 「な……!?」 圧倒的な戦力差。練度はリベリスタの方が高く、装備でいえば足元にも及ばない性能をアークは有している。 「こんなもんが音楽だなんて認めるわけにはいかねえ。破壊の後の創造じゃ、プラマイゼロじゃねえか」 フツが緋色の槍を掲げ敵影に切先を向けた。 「失うことなく、生み出す。それがオレの、オレ達BOZの音楽だ」 突然のブッキングライブ。 「無理なことするから楽しいんだろ!」 ――いくぜ深緋。救世開始だ。 リベリスタと朱赤の視線が交じり合い弾けた。 「これを野外ライブって言うなら、当然乱入もありだよな?」 その手を広げヘブンズドールの前に立ち塞がったのは『デイアフタートゥモロー』新田・快(BNE000439)だった。 幸福の浸蝕は彼のバリアシステムによる障壁を越えられていない。神の声は彼に殲滅の加護を与える。 回復手の居ない戦場において快のラグナロクはとても有効だろう。 「おやあ、どこかで見たような顔ですねえ。長らく見なかったのでフィクサードやめてラーメン屋でもしてるのかと思いましたよ。今度はしっかり止め刺してあげますね」 『スウィートデス』鳳 黎子(BNE003921)がミニ・クランベリーの唇をした舞子に貼り付ける宣戦布告の祝詞。 「あは、そんな事言ってられるのは今の内ですよ?」 舞子の周りに漂うダイスが不運の花を咲かせて爆発する。不運を引き寄せたのは黎子ではなく那由他。 「チッ、別のヤツか」 「やあ、貴女が舞子さんですか? 素敵な衣装をされてますね。でも、その衣装……血に染まるともっと素敵になると思いますよ? 染めてみませんか、私と貴女の血の色で」 那由他の三日月の唇が30度傾きながら迫ってくる。舞子の不運をも喰らい尽くす彼女はグラファイトの黒。 「ワン!」 イモコが弾丸の嵐を戦場にばらまいたが、痛手を負ったのは『朔ノ月』風宮 紫月(BNE003411)だけだ。 彼女はアガットの赤に染まった傷口を抑えながら、エクスィスの加護を夏栖斗に施していく。 流れる赤を一瞥して彼女は籠城する姫の苦悩を少しだけ思惟した。 風宮という魔術師の家系に生まれ落ちその素質を持たなかった自分の生い立ちと、黄泉ヶ辻という狂気の中で生きて普通であった糾未を重ね合わせる。 ――それでも、私が歪まなかったのは……私を認めてくれる人が居たから……なのでしょう。 それは、姉であり母であり、親しい友人であったのかもしれない。糾未が持ちながら気づけなかった大切なものを紫月はしっかりと持っていた。 だから、彼女は戦うのだ。――私が、私の在り方を肯定する為に。 「緋は火。緋は朱。招来するは深緋の雀。これぞ焦燥院が最秘奥――」 魔槍深緋から放たれた灯火の符術は四神朱雀を招来する。煌々と燃え上がるファイアー・ブライトの赤。 指し示したのは敵影の中心。高く舞い上がった火神は敵に覆いかぶさるように自身を急降下させた。 爆炎と共に一斉に燃え上がる哀れな人形とフィクサード達。 ぱちぱちと皮膚が焼ける音。タンパク質が焦げる匂い。臭みのある肉を焼く匂いに似ている。 相変わらずハッピーはどこがハッピーなんだよって言いたくなる位、気分が悪くなる。 夏栖斗は前に出てきていたぽこそんをブロックしながら、ハッピードールを一瞥した。 「開放してやるから、その苦しみからちょっとまっててくれな」 小さく呟いて、ぽこそん諸共後ろに居た幸福人形目掛けて赤い花を穿つ。 ヘブンズドールが目の前の快をその膨れ上がった肉の翼手で払いのけた。彼の体内に駆け巡るナノマシンの障壁を浸透して叩きつけられた衝撃で快の身体は宙を舞う。それでも、膝を折らず地面に砂煙を残すのみなのは幾百の修羅場を乗り越えた経験からであろう。 「集うも集ったり、ろくでもない者たちばかり。人望ないですね糾未さん! いや、もう糾未さんですらないんでしたっけ」 黎子が美しい顔を小さく見える城へ向けて言葉を紡ぐ。嘲笑う黒と赤の死神の身体をじくりと焦がす炎。 彼女の手からふわりと浮き上がる純白の光は仲間を包み込み、その背に小さな翼を宿していった。 ――壊れた楽器じゃまともな旋律さえ紡げない。狂人の感性には合うかもしれないけどね。 『K2』小雪・綺沙羅(BNE003284)がシルバーボディにブラックのキーボードを打ち鳴らす。 符式の呪力は魔を帯びた雨を呼び込んだ。炎に焼かれた敵の身体が氷の雨にさらされる。 「ウグァ……!」 寒さと熱さが入り乱れて哀れな人形は動物的な悲鳴を上げた。 「何なのよ、貴女。そこをどきなさいよ!」 「くすくす。私と遊びましょうよ、ね?」 舞子の全身を那由他が纏わり付く形で阻止している。グラファイトの黒は楽しげに宵闇の黒を解き放った。 ● 「ケチャップマスター……特にヨーク。まだ存命でしたか。懲りない方々ですね……流石に、そろそろ終わらせましょう」 「げぇ!? 全殺し!!!」 『銀騎士』ノエル・ファイニング(BNE003301)の澄んだ声に反応してヨークが声を上げる。 「家康いけよ!」 「無理無理無理」 「いや行ける行ける、家康のかっこいいとこ見てみたい! ほらいーえやす!」 「ワン」 「いーえやす!」 「ワン」 「フンガァーー!!!」 家康が神々しい光を迸らせながらノエルの前に立ちはだかった。 ノエルのネプチューンの瞳が鋭い眼光を放ち、破壊の神の如き戦気を身体から発する。 一般人であれば卒倒してしまうかも知れぬほどの圧倒的な威圧感。 「ひょえええええ!!!」 家康は蛇に睨まれたカエルの様な無様な声を上げる。彼の力で状態異常の解けたハッピードールがノエルを襲った。 幸福人形の攻撃は痛打にはなったが、ノエルを弱体化させることは叶わない。何者にも阻めぬ勢いはそれらを寄せ付けないからだ。 ぽこそんは目の前の夏栖斗に魅了の剣舞を突き入れる。炎牙の表面を少しばかり削りとった剣先は夏栖斗の身体に傷を付けること無く高い音を響かせて弾かれた。 「嘘、だろ……」 アークと自分たちの間に、今やこれ程までの戦力の差があろうとは。焦りからジリジリと追い詰められていく小動物の気持ちが今ならよく分かる。 「かかってこいよ、三流庭師に四流のバンド!」 快の声が戦場に響いた。敵の心を揺り動かす蔑みの言葉だ。 「ワン!」 イモコが怒気を孕んだ声で短く鳴く。それに習って散らばっていたハッピードールも快の元へと集まった。 この一手は戦場の流れを大きく変えていく。 「おい! イモコ、しっかりしろよ!」 瀕死のぽこそんが叫ぶが、可愛い犬の着ぐるみを着込んだイモコの表情は伺い知れない。 響くヨークの歌声で多少の回復を見せる敵影の顔。 舞子の魔力のダイスが不運をまき散らし、ノエルの体力を削り取っていく。イモコのメルティーキスは紫月の世界樹の加護により守られた快の身体に傷ひとつ付けずに終った。 「んじゃま、相棒、こっちもロックでいくぜ」 「機を逃すなよ――今だ、俺ごと来い!」 夏栖斗と快の声が重なり合う。紅桜花からブラッディ・レッドの虚ロ仇花がハッピードールとぽこそん、それに相棒である快を貫いた。 「ギャー! イモコ……逃げろ」 「ぽこそーん!!!」 ヨークの声が戦場に響き渡る。何故だろうそこに少しばかりの高揚を感じられるのは。 極楽人形がガクリと気を失った様に首を擡げた。幸せそうな微笑みが消えて涙を流しながら雄叫びを上げる。 「ゲヒュエェェェ、ゲッキョ――――ギェェエエエエエエ!!!!!!」 その声は戦場に居る全ての生物に衝撃を与えた。敵も味方も関係なく、全てに呪いとショックの叫びを。 「おい! どういうことだ!? 言うことを聞いてないじゃないか」 「何で!? 言うことを聞きなさいよ! カオマニーは此処にあるでしょ!」 胸元から掲げる宝石型のアーティファクトを握りしめて舞子は叫んだ。混乱と怒号。 綺沙羅はカイ・ムラサキの瞳でカオマニーを見据える。気糸の軌道と抵抗、敵の微動を演算処理に掛けた。 繰り出す可視の糸は的確にアーティファクトへと到達する。 綺沙羅の一寸違わぬ攻撃は、カオマニーを二つに分断した。 「え……?」 ぱっくりと割れたカオマニーを見て舞子の目が見開かれる。 綺沙羅が求めたのは粉砕ではなく崩壊。宝石の結合をその糸で断ち切ったのだ。 地面に乾いた音を立てて転がるそれ。恐らくはもう何の効力もないただのガラクタだろう。 「少し構ってあげますよ。ワンコさん」 焼け焦げた着ぐるみを脱ぎ捨てて、イモコが黎子の前に立つ。ビビット・パンクの衣装を身に纏い、派手な頭とメイク。汗に濡れてパンダの様な目になっている。 「うっせぇ! 死ね、ブス!」 着ぐるみ越しでは分からなかったが彼は男では無く少女であった。 「下品ですよ。ワンコさん」 ノアールカルトとルージュカルトを中空に。彼女のダイスはカードの中に秘められている。 ジョーカーを引くのは目の前の敵だ。不運を全て運命のルーレットに込めよう。 漆黒と真紅のカードが黎子の周りを光速回転し始めた。 「さぁ、お祈りの時間ですよ。スウィートデスのダイスロール」 爆砕。必殺。もう、後戻りは出来ない。クリティカルヒットのおまけは追加ロール。 「あぁ、お兄ちゃんに付いてきてもほんと碌な事ない……」 微かに聞こえた声も掻き消えて。回る回る。 ピンク色の肉片を飛び散らせて、人体という骸殻を保つことができずにイモコは血霧と散華した。 紫月のカムロミの弓から放たれた破魔矢は細く戦場に雨を降らせる。それは水気を帯びたものではない。 炎の雨が野外ステージをエンバー・ラストの彩りに染め上げていく。 赤々と燃える火炎弾はその身を爆発の力へと変換して、敵の体力を大幅に削り取っていった。 二体の幸福人形が紫月の爆撃に耐え切れず、その身をエッグプラントに晒していたのだ。 ● ハッピードールは既に消滅して、孫のヨークを庇い続けた家康も死に絶え、リベリスタにも一度は戦闘不能に陥った者も居た。 妹も祖父も親友も皆死んでしまったというのに、ヨークはまだ生かされている。そのどれもがとても良い音を響かせて終わりを迎えていた。 「楽しいなぁ! もっと、もっと聴かせてくれよ!」 ヨークは断末の歌をもう一度、奏で始める。もう、一緒に演奏してくれるメンバーは居ないけれど、この喉さえあれば音を伝えることができる。 綺沙羅はヨークの歌声に耳を澄ませた。 ――大切な物が失われた瞬間の心の軋む音。それこそが奴の音楽の原点。 覗いた深淵は好きだからこそ手折る心の慟哭と軋み。淫靡な音。 彼に同調するならば、自身の親友であり家族であるソレを破壊する事に愉悦を覚えなくてはならないだろう。 自身が大切だと思うものをこそ破壊する狂気。 されどヨークと綺沙羅では。より正確には彼風情と彼女とでは、運命的調律の奇跡を呼び起こすには至らない。前提条件が違えば同調はならず、圧倒するにはそうなり過ぎている故に時間がないのだ。 快の集中を重ねたラストクルセイドはデレクタブルの電撃を伴ってヘブンズドールを穿つ。 それは一度では終わらなかった。 神の光を帯びた蛇の刻印が施された短剣は、振り下ろされた切先を逆方向へと転換させる。 十字を逆行して切りつけられた極楽人形はその肉翼を削ぎ落とされた。 続くのは紫月が創りだした光矢。世界樹の妖精達が使うそれとは比べ物にならないぐらいの高濃度の光の束が恐ろしい精度でヘブンズドールの胴体を貫いていく。その軌跡はアイリスの様に美しい。 「……決定的な一手とは行きませんが、これだけでも十分面倒でしょう?」 紡ぐ言葉は嫋やかなれど、その威力は人形の動きを鈍らせるには十分すぎるほどであった。 「どいつもこいつも、私の邪魔しないでよ!!!」 「気をつけろ! 来るぞ!」 舞子の叫びと夏栖斗の声が重なりあって、理解できるより先に敵の千本針がリベリスタを貫いた。 降り注ぐ針嵐にさらされた身体から吹き出た血で、紅い霧が野外ステージに漂っている。 「……っ」 戦闘不能に陥った紫月を綺沙羅の召喚した影人が戦場の外へと連れだした。 フツは残された精神力を振り絞り、朱雀の召喚を試みる。 現界した炎の鳥により焼かれたヨークは戦闘不能になり、その場に倒れこんだ。辛うじてまだ息はあるようだった。 ● ヘブンズドールの巨体が半分程の大きさになって転がっている。 翼のように広がった腕は引きちぎられ、少し離れた場所で血だまりの中に沈んでいた。 ノエルは銀糸の長い髪を揺らして人形に近づく。哀れなノーフェイスを見ても彼女の心は微動だにしない。 彼女は正義を貫くことが存在意義である。 白銀の騎士槍はホワイト・レドの鋭い光を放ち、ヘブンズドールに巨大な穴を開けた。 「わたくしは『正義』を貫くだけです」 アガットの赤に濡れるConvictioを振りぬくと、また穢れ無き愛槍がアルパイン・ブルーの空に輝いている。 極楽人形は大量の血の海にその巨体を沈没させたのだ。 くすくす。グラファイトの黒は三日月の唇を作る。だって、こんなに楽しい事はないのだから。 奈落の太刀を解除出来ずに、盛大な状態異常を塗りつけられた舞子は目の前の那由他に恐怖を覚えた。 「この世全ての苦痛と呪いを受けたら、どんな顔してくれるんでしょう?」 ねっとりと絡みつく指先が舞子の身体を這いまわる。 「可愛い可愛い、あなた達の心の闇を、もっと私に見せて下さい。喜びも悲しみも、希望も絶望も全部、全部!」 耳朶に掛かる吐息に怖気が走った。けれど一歩も動けぬこの状況を逃げ出す術も見当たらない。 その様子が那由他には堪らなく愉快に見えるのだ。 ゆっくりと黒鉛の箱に閉じ込めてじわじわ緩く絞め殺して行く快感に那由他は頬を染める。 「やめ……て」 懇願は聞き入れられない。その声ですら、那由他にとって最高の甘い甘い蜜なのだ。 横たわり一つも動かせぬ身体。アッシュ・オレンジの瞳で一瞥した先には綺沙羅の姿があった。 最初は利き手が吹き飛んだ。ボキボキとへし折れる音が愛する子猫のソレよりも何十倍も心地いい。 歌を奏でようとしたら、喉笛を綺麗に削ぎ落とされた。これでは、もう歌えないだろう。 それでも、自身から発せられる音を聞いていたかったのに、頭部側面。つまりは耳まで破壊された。 ヨークは自分自身が何よりも誰よりも大切だった。 だからこそ、己が破壊される絶望の音を聞いていた。絶対に死にたくないからこそ最高の音。 「どう? 自身の身体で奏でるレクイエムは?」 灘陽久は綺沙羅に頭蓋骨を撃ち抜かれた音を聞きながら愉悦の中で死に絶えた。 那由他は舞子を抱えて園内の丘にある教会へと足を運ぶ。野外ステージも姫様の城もここからならよく見えるであろう。 舞子の持っていた巨大な虫ピンを手に持った那由他は教会の階段を上がり屋根を登る。 そこに掲げられた大きな十字架に骸となった舞子を、彼女がそうしたように磔にした。 「自分の箱庭がよく見えるように……きっと喜んでくれますよね?」 物言わぬ死体の頬を撫でてエメラルドの瞳で嗤う。 「ふふふ、これで彼女と仲良くなれるかなー」 きっと彼女はこれからもグラファイトの黒だ。邪悪と混沌と笑顔と愉悦を内包した黒なのだろう。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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