● 姫様、姫様と掛けられる声に『まだ眠いのよ』と声を返す。 歴史上や神話上のモチーフ等が並んだ坑内に響く声は観光客の物ばかりだ。 『彼女』は随分と待ち続けた。その体が朽ち果てようとも、長きを待ち続けて居た。 うつらうつらと揺れる視界で『彼女』は小さな欠伸を漏らす。 この場所はとても美しく、岩塩で出来た礼拝堂を飾るシャンデリアの光は『彼女』のお気に入りだ。 お祈りを続けて、愛しい人を待ち続けた女の身体は朽ち果てた。 身体が塩になってしまっても、彼女はずっと祈り続けたのだろう。 ある日、ふと気付いてしまったのだ。 そう、待ち続けても『彼』が来ない事を彼女は気付いてしまったから。 ――Do widzenia. ああ、塩となり、溶けていく前に、あの人に逢いたかったわ―― ● 「御機嫌よう。皆にちょっと海外旅行をして頂きたいのだけれども」 にこりと微笑んだ『恋色エストント』月鍵・世恋(nBNE000234)が世界地図でこれでもかという位に指し示したのは『ポーランド』である。 『混沌事件』の際はケイオス・カントーリオによる凶行が傷跡を残した国ではあるが、その面影は感じさせない。一つ、他国と比べて特殊だとすれば『ポーランド』は『アーク』を受け入れることに好意的だと言うところだろう。 痛手を強いられたケイオス・カントーリオを倒すに至ったアークを彼等が英雄視するのは道理に叶う。ポーランドの現地リベリスタらは『是非、箱舟に!』と仕事を依頼してきたのだそうだ。 「んん……とても歓迎はして貰えると思うわ。ええっと、皆に向かって欲しいのはマウォポルスカ県に存在するヴィエリチカ岩塩坑近く。 観光地として名高い所何だけども、その近くで塩のエリューションが発見されたそうよ」 資料を捲くりながら「発見されたのはね」と続ける世恋。 日本を出た外国では『万華鏡』の範囲からは外れている。そのせいだろうか、フォーチュナである彼女の口調は何処か困った雰囲気を醸し出している。 「ええと、エリューションはフェーズ2が3体。少し特殊な動きをするみたいなのでご注意頂けるかしら。 塩を掛けてきたり塩で固めてきたり、とにかく塩ずくしって訳なんです」 うん、と頷く世恋が出したボケた写真には真っ白な女の姿が映っている。 浮かび上がった『彼女』達がエリューションなのだろう。彼女のほかにあと2体のエリューションが居るのだと世恋は資料を差し出した。 「私から言える情報は少ないわ。……万華鏡が国外では効かない以上、何かと不測の事態が起こり得る可能性があるわ。どうか、お気を付けて」 時間があれば、素敵な場所だからヴィエリチカ岩塩抗にいってみても良いかもね、と手を振ったフォーチュナは「まずはお仕事です!」と拳を振り上げた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:椿しいな | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年11月11日(月)22:20 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● ポーランドの気温は低く、外気に小さく身体を震わせた『黒き風車』フランシスカ・バーナード・ヘリックス(BNE003537)は任務に赴くというよりは里帰りに近い意志があるのだろうか。何処か楽しげに唇を吊り上げて周囲を見回して居る。 「初めての海外派兵! ……いやまぁ、欧州生まれだから、どちらかと言うと里帰りになるんだけども」 小さく笑うフランシスカに緩く笑みを浮かべた『告死の蝶』斬風 糾華(BNE000390)の赤い瞳が見回したのは素朴な街並みだった。 ここ、ヴィエリチカ岩塩抗に近い街路では糾華が思い描いた姿とはかけ離れている。 木々の生い茂る街路は近代化された日本社会とは随分と掛け離れている。かつてケイオス・カントーリオによって大打撃を受けた『敗戦の地』は巻き返し芽吹きだす。それは糾華の思う『嘗ての日本』――三高平の姿にも似て居る様に見えた。 「だからこそ、私達に期待を寄せているのかしら」 呟きに頷いた『愛を求める少女』アンジェリカ・ミスティオラ(BNE000759)は広場付近に至る前に案内役であったポーランドのリベリスタの傍に掛け寄った。強結界を広げた『アリアドネの銀弾』不動峰 杏樹(BNE000062)は現地リベリスタの片言を聞きながら周辺の把握に努めている。 彼女等の意思は現地リベリスタ達にも通じてはいるのだろうが、ここは頼む側としての礼儀がある。『シャドーストライカー』レイチェル・ガーネット(BNE002439)は真摯な瞳を現地リベリスタ達へと向けて居た。 「宜しくお願いします。特異点みたいな激戦区でひたすらに戦闘技術だけを鍛えられた私達はそれ以外は未熟です。……貴方達の技術と経験を、ぜひ教わっていきたい」 「期待してますよ、『アーク』」 その言葉に、レイチェルは驕ることなく友好的な笑みを浮かべる。敬意を以って接する。 自分たちが知らない事をこの地のリベリスタ達は知っている可能性があるのだから―― 「んじゃ看板でもおっ立てますか。こっちでイイか?」 超幻影を使用した壁。一般人が入らぬ様にと配慮した看板並べに緋塚・陽子(BNE003359)はいそいそと参戦する。尽力すると誓った糾華の横顔を見ながら、闘い以外の事に手を裂かず、力を求め続ける陽子は自分なりにできる事を探して居たのだろう。 現地リベリスタ達が周辺の警戒を手伝うと快く了承し、人が近付かぬ様にとてきぱきと指示をし合っている。 確かにレイチェルの云う通り『戦う』事に特化し、かのケイオス・カントーリオを倒したアークに戦闘を任せたい――期待していると言うポーランド人達の想いはあるのだろうが、彼等とてリベリスタだ。 糾華の云う『復興したばかり』の場所であれど、リベリスタとしての誇りを胸に、アークのリベリスタ達の言葉を受け入れてくれたのだろう。 リベリスタ達の不思議な動きに岩塩抗の守衛達もなんだなんだと首を付き合わせ話しあっている。 エリューションの存在に気を付けながらそっと歩み寄ったルクレツィア・クリベリ(BNE004744)は赤い帽子の下で魅惑の笑みを浮かべて見せる。 『Halo.』 柔らかく聞こえたのは簡単ながらこの日の為にルクレツィアが学んだ言葉だろうか。テンプテーションを使用し、男性の心に潜り込むように笑みを深くするルクレツィアの隣では『blanche』浅雛・淑子(BNE004204)が緊張した様な面立ちで立っている。 『Postępuj zgodnie z instrukcjami jej.』 流暢に話される言葉はこの地のものだ。 ルクレツィアなりのお願いはテンプテーションに併せた魔眼の効果もあって、すんなりと受け入れられた。 彼女――淑子の指示に従って動いて欲しいと言う意思を込めた赤い瞳は茫、と輝いている。 頷いた守衛が淑子の前に立てば、どの様な言語でも把握し話す事が出来る淑子は小さく頭を下げて一言一言紡いでいく。 「1時間ほど、広場へわたしたち以外誰も入れない様にして頂きたいの。出来るかしら……?」 勿論だ、と告げられる言葉に頷いた時、淑子の背後で銃声が一つ、響いた。 ● 「やれやれ、お姫様はせっかちなだな」 やや呆れを孕んだ様な声で告げる杏樹は錆び付いた白で『塩』を受け止めて、一気に歩み出す。我先にと動きだしたレイチェルの瞳は背後のポーランド人のリベリスタ達へと向けられている。 彼等の援護があるからこそ自由に戦えると、レイチェルは分かっていると言う様に小さく頷いた。 「これが、激戦区でただひたすらに鍛えられた戦闘の技術ですから」 Chat noirはレイチェルそのものだ。黒猫の名前を持つ漆黒のスローイングダガーが投擲されればその名に反して広まったのは闇を燃やす聖なる光りだ。 塩塗と呼ばれるエリューション二体は両者共に『姫』を護る様に蠢いている。一体を杏樹が、もう一体を淑子がその動きを堰き止めれば、間を走り抜ける様に糾華が前進していく。 周囲を確認し、逃げ遅れてた対象が居ないかを糾華は確かめながら、手にした彼岸ノ妖翅を指先に摘まみ上げ『不条理』なルーレットを召喚する。 運命のルーレットを回しながら唇を歪めた糾華の周囲をひらり、と蝶々が舞った。 (お父様、お母様。どうか、私達を護って――) 常の通りのお祈りを。ゴーグル越しに見つめた塩塗と塩の姫君の姿は何とも滑稽なものだ。 (……泣いたら、溶けちゃうじゃない……) 姫君の頬に走る筋は待ち人の姿がない事から生まれたのか。淑子の云う通り、筋は其の侭、姫君の美しいかんばせに傷を付ける様に流れて言っている。 流れる白髪を揺らし、手にした大戦斧に力を込める。彼女が纏った鎧は彼女の力だけでなく、彼女の両親の加護である様にも思えた。 「貴女は、この地の伝承に語られる姫君?」 「岩塩抗を発見したキンガ姫伝説? その想いの欠片が貴女なの? なら、貴女の想いの欠片って、何?」 たん、と地面を蹴り、La regina infernaleを握りしめたアンジェリカが杏樹の前へと滑りこむ。光りと共に生み出された五重の残像が塩塗の薄らぼんやりした姿を切り裂いた。 「貴女の目的はなに?」 『――』 首を振る姫君は何も答えたくないと言う様に唇を結び、塩の破片を鎖のように紡ぎあげ、濁流の様に伸び上がらせた。鎖を受け止め、彼女に視線を送りながら陽子は地面を蹴り上げる。赤い翼が大きく広がり、薄らぼんやりした幽霊を切り裂かんと振り下ろした大鎌の切っ先が広場を傷つけた。 「塩で出来た姫様ねぇ。感動するとかする性質じゃねーし、オレはあんたの想いなんざ分からない」 趣味じゃないと言う様に言葉を発する陽子の腹を目掛けて斬撃が降り注ぐ。塩塗の攻撃を掠め、一手引いた所へとフランシスカが闇を纏い、眼を伏せる。 長い髪を揺らし、鮮やかな紫の瞳は現地リベリスタ達の期待へ応えるんだとアヴァラブレイカーを握りしめていた。 攻撃に対しての考えはある。サングラスをかけたルクレツィアはフランシスカと同じく、攻撃のタイミングを見計らっていた。周囲に展開した深紅の魔法陣は彼女を思わすものだ。 的確に自身達の攻撃を当てる為にそのタイミングを待っている間、塩姫から的にされる事もある。覚悟はできているとでも言う様に紅い唇が引き結ばれた。 「お前が伝承の姫なのか、そうでないのか。元が誰なのか私は知らない。 知らないけれど、それでも祈り続けた思いは、何処までも純粋だな」 それを、否定しないのが神の徒としてか。 それとも、不動峰杏樹という一個人としての思いであろうか。 杏樹の盾は受け止めて、塩塗を貫いていく。修道女の服が舞い上がり、彼女が身体を逸らした所に真っ直ぐに広がった聖なる閃光は『塩』を溶かした。 「同じ様に待ち続けるか、諦めるか」 誰かを待つ事は、立ち止まる事に似ている。諦める事もまた其れに似ている。 Chat noirを握りしめたレイチェルが睨むように塩塗越しに塩姫を見詰めれば、彼女は何処か憂う様に空を仰いでいた。 ばら撒かれる塩は糾華の身体を焦がす焔の様に変化する。憂う姫君の横顔を見詰めて、糾華は形の良い唇をきゅ、と引き締めて赤い瞳で姫を睨みつける。 「貴女が何を望み、何を求め、何を待っているのか……私は知らないわ。けれど、もうタイムリミットなのよ」 弾丸をばら撒く糾華の言葉は残酷なものだ。糾華は知らない。その想いも、その言葉も。 彼女がポーランドに『守護者の誇り』という言葉を使い、尽力せしことを力強く力説できるとすれば、それは彼女の居る三高平が同じ状況にあったからだ。 『識』らないことは、分からないままなのだから―― 「……教えてくれないかしら?」 ● 「ねえ、姫君を護るお二方、貴方達は『どなた』なのかしら? 彼女の思い人でないのなら……彼女を大切に思う方? かの王様か、それとも物語に語られていないどなたか?」 伝承の姫君は『望まぬ結婚』をする為にこの場所に来たと言う。その王様が彼女を愛し、支援したのか、それとも―― 淑子の言葉に何も答えぬままに塩塗は茫、と浮かび上がっている。 「あなたたちは、姫君を愛して居るのかしら?」 ぼんやりと浮かぶ塩塗へとゆっくりと言葉を紡ぐ淑子は目の前で浮き上がる塩塗へと光りを纏う斧を振り下ろす。 きっと、こうして彼女を思う人だから、『待ち人』を待ち続ける彼女の傍に居たのだろう。 淑子は少女らしい思いを胸にゆっくりと問いかける。鮮やかな桃色はぼんやりとした存在の向こうに塩姫の姿を捉えて眼を細めた。 アンジェリカが塩塗りへと攻撃をつつけている。リベリスタ達の猛攻で、陽子が運命を支配し、傷だらけながらも立ちあがった事で効率的に戦えるようになっている。 集中に集中を重ねるフランシスカとルクレツィア。その両者共に塩姫の動きを理解し、不測の事態に備えて周辺を確認して居る。 少女の放つ夜の畏怖に混ざり込む天から降り注いだ雷撃が杏樹の前に存在した塩塗の姿を完璧に掻き消した時、地面を蹴って陽子がにぃと笑った。 「当たるも八卦、当たらぬも八卦の運任せ。オレの趣味の通りでいくぜ?」 翼を広げた陽子が真っ直ぐと鎌を振るったのは塩姫へだ。ふわ、と避ける彼女を食い止める様に最高級の精度を以って意識を絡め取るのはレイチェルの得意技だ。 計算通り。その動き全てを支配する。眼鏡越しに『殺したがり』は唇を吊り上げて小さく笑った。 「回避に長けた相手、挑みがいがありますね!」 姫君の瞳があらぬ方向へ向く。淑子ともう一体の『塩塗』の方へ向けられる瞳にレイチェルの笑みはより深まった。 全体的な攻撃の世はを受け続けた塩塗が塩姫の攻撃を受けながらに淑子へと攻撃を続けている。 「望まない結婚をしたというあなたの姫君は、誰を待っているのかしら?」 囁く様に塩塗に問いかける淑子は攻撃を受けながらも鎧に包まれた身体で受け止め続ける。彼女を苛む者は其処には何もなかったから。魅了するものも、留めるものもなにもない。 「ねえ、あなたは――」 だれ、と問いかける前に塩塗へと降り注ぐ雷光。ルクレツィアが黒い髪を靡かせて唇で緩く紡ぐ。 「待ち人は、ハンガリーの方かしら?」 礼拝堂に飾られた聖女。彼女なのであれば、きっと。そうでなくったって祈りを捧げるから。 雷光を降り注がせるルクレツィアの隣、前進するアンジェリカは攻撃を受け流し、姫君の事を思った。 待ちきれなくて教会を飛びだしたアンジェリカと待ち続けた姫君と、正解が何処にもないと知って居ても。 握りしめた大鎌から力が抜けない。指先は震えたままで、力を込めてアンジェリカは鎌を振り下ろした。 「大丈夫、天でその人にきっと」 逢えるから、と囁く言葉に塩の指先は震えている。塩姫を攻撃対象に含みながら、糾華の瞳は何処か悲しみを孕んでいた。 涙の筋が、彼女の頬を溶かしていく。乾き切った指先は消えかけた。誰とも触れ合えない憐れな姫君。 「……思いに殉じる貴女を、憐れとは思わない……」 前進する陽子がカードの嵐の中から選びとった『死の運命』。告げられるタイムリミットを示す様な博打家が結いあげた赤を靡かせて真っ直ぐに鎌を振り下ろす。 「当たればデカイの、ばら撒くぜ! 博打好きだからなっ!」 その言葉の通り、姫君が眼を見開く。塩でできた眼窩はぽかりと穴を開けて居る様に見える。 その中を覗き込むように陽子は笑って唇を吊り上げた。折角の海外で、折角の『不安定な未来』があるのだから。自分が作り上げればいい。 アンジェリカが塩の破片を掴み上げる。『視』えたのは彼女の想い。長い年月を待ち続けた彼女の想いがそこにある。 「ボクは、貴女を尊敬するよ。貴女がただ、ただ、待ち続けたその長い年月を」 待ち続けられなかった自分は今でも恋しい癖に手が届かない事を分かっているのだから。地面を蹴ったアンジェリカの赤い瞳がぽかりと開いた眼窩とぶつかる。 地面を蹴りあげる陽子が振るう鎌に続きアンジェリカが鎌を振るう。両者に挟まれながら姫君は惑ったままに己の手で塩塗へ向けて塩の破片を繰り出した。 ● 広場周辺はリベリスタ達や守衛によって護られていた。戦闘は滞りなく進んでいたのだろう。 この場所に一人立っていた塩姫の身体は溶けかけて、周辺に広がった塩は彼女の存在を顕す様に広がっている。 塩塗の消え去った場所で、混乱を浮かべる塩姫は自身の手で止めを刺した事になる塩塗を空洞の様にも思える瞳でぼんやりと見つめている。 世界遺産である場所を荒らさないようにと配慮していたルクレツィアの魔力弾が姫君を貫いて、ぐらりと傾いた体へと叩き込まれた杏樹の弾丸。 「彷徨うならば道を示すよ。でも、どこに行くか分かって居るんだろう?」 杏樹の言葉に姫君は眼を見開いて首を振る。迷い子の様にシスターに助けを求める姿はエリューションとは思えない。 それでもタイムリミットなのだと糾華はその指先を見詰める。彼女を倒す事は、誰かを護る事は、この国の期待に応える事は。 ――私は、リベリスタですもの。 呟かれる言葉に、震える指先に力を込めたアンジェリカが鎌を振り下ろす。 淑子は「女の子ですものね」と姫君の恋物語に耳を傾ける様に聞いていた。ポーランドに派兵されたリベリスタ8人は全員が女性。それぞれが、それぞれの感性を以って、姫君の話しの終わりと、続きを、そして、始まりを聞いている。 「貴女が待っている人は素敵な方なのかしら?」 『Nie――』 否定する言葉の後に、含まれた悲しみは来なかった彼への恨み節か。それとも、レイチェルの攻撃が、姫君に与えたのは紛れもなく迷いであったのかもしれない。 「彼が来ないなら、貴女から探しに行けばいいんです」 でも、という様に塩姫が溶けかけた身体で声を漏らす。レイチェルの攻撃は彼女を魅了する。 言葉の魔法にかける様に淡々と少女は、小さく紡いでいった。 「貴女はもう自由です。この場に留まり続ける必要はない。 塩になって、水に溶けて、世界をめぐって、見つけ出して……一言、文句を言うんですよ?」 頭の中に浮かんだのは美しい姫君が思い人に小さく文句を告げてから、その腕に飛び込む所。 どうしようもなく、悲劇であるならば、せめてその後を幸せにすればいい。杏樹が身体を捻り五感を生かし塩姫の目の前へと滑り込む。 同じだけ思いを募らせた人が居れば、姿無くても『彼』が此処に居るかもしれない。引き金に添えた指先が小さく震えた気がする。 塩塗がそうでないのならば、彼だってきっとどこかで待っている―― 銃口は真っ直ぐに姫君の前に向けられて、祈るように囁いた。 「さようなら、姫君。待ち人はきっと直ぐ傍に居るよ」 祈りは、届く。理不尽な神様だってきっと叶えてくれる純粋な思いだから。 朽ち果てる前に終わらせよう。 その透き通った思いが塩に囚われて消えてしまう前に――私も、祈るから。 『Powiedz mi pani kochanka?』 ――貴女の恋人を教えて? 告げられる言葉に塩の姫君は眼を見開いて、ルクレツィアの顔を見つめる。 後方位置、全てを見通せる場所に居た彼女の配慮は『彼女の想いが染みた場所』を見詰めながらゆっくりと紡いでいく。 この場所で待っていると、もしそう誓ったのであれば、この場所に来る事の出来なかった『誰か』を探しあてよう。 「わたくしが貴女を連れて行ってさしあげたいわ。ねえ、教えてくださらない――?」 『serio?』 本当に、連れて言ってくれるのか。言葉を重ねる塩姫の瞳から落ちた雫は彼女を溶かせる。溶けてしまう前にと頬にあてた指先に転がり落ちた『塩』は何処か宝石のように思えた。 「『Do widzenia.」』 シスターと姫君の声が、小さく重なった。 「誰を待ったの? 辛かったの? でも、これでその想いも終わり」 誰を想い、待っていたのか。待っても来る事がない人に、辛さを感じて居たのか。 語らずの姫君の事は分からない。赤いリボンを揺らし、地面を蹴りあげたフランシスカの背中で黒い翼が揺れた。 それでも、フランシスカは胸の内に浮かんだ姫君の悲しみを断ち切れるようにと真っ直ぐにアヴァラブレイカーを振り下ろす。 いつか、この巨鉈を振り下ろした彼の想いを継いだように。黒き風車はからから回る。 「――おやすみなさい」 Dobranoc―― 華奢な少女の細腕に似合わぬ巨大な鉈を思わせる剣。『誰か』の想いを吸い続けたソレで、『誰か』の想いを断ち切った。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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