● ザ、ザー………… 『うらのべ? うらのべ! いっちにっの、さーん!! どんどんぱふぱふー!! さー、今夜もやってまいりましたうらのべラジオ! DJはいつものわたし、『びっち☆きゃっと』の死葉ちゃんでおとどけします!』 周波は特殊回線の123。悪ノリのお遊びで、裏野部の構成員にとって知っておきたい情報を隠語で知らせるラジオ番組が此れだ。今日も裏野部一二三の娘である裏野部四八(死葉)の元気な声が響き渡る。 『ねえねえ皆。こんな噂は知ってる? これからおっきな事が起こるんだって。 それじゃあ今日の占い。カウントダウン。いっちにっの、さーん!! 神秘的な母性を上手に集めれば、勝ち組になれちゃうでしょう~♪ おっきな事ってなんだって? それは勿論一二三さまが考えてるんだって。みんなー。楽しみだねー』 ザ、ザザー………… 頭上で話を続ける四十路の男は、ギラギラとした青紫ストライプのスーツを身に着けている。 少女は男に視線を合わせることが出来ない。 むき出しの砂利の上にへたり込んだ太ももと臀部に感じていた痛みと冷たさは、もうずいぶん前に忘れてしまっていたように感じる。 少女がここへ運び込まれてから、どれ程の時間が経過したのだろう。客観的にはおそらく十分も過ぎては居ない筈なのだが、事態の異常さは少女の時間の感覚を完全に麻痺させていたのだ。 「分かるよね?」 スーツの男はそう言った。 「……いっすよ。約束っすから」 声を振り絞るように答えたのは、少女の彼氏だ。 少女の眼前がちかちかと明滅する。世界の全てががらがらと音を立てて崩れて往くのを感じた。 少女をここまで連れてきたのは彼氏だった。 高校生の少女は厳しい家庭に育ち、学校の成績だけを頼りに生きてきた。 異性に不慣れな態度がウケたのだろう、少女が自由な空気に惹かれたのも、模試の判定が思うように行かず少々自暴自棄になっていたのも事実だ。 けれど最も大きかった理由は、彼女が当時目覚めた不思議な力を、不良少年も持っていた事だ。だから少女はそれが運命なのだと信じた。 こうして何の因果か年上の不良少年と付き合うことになったのが半年前の事である。 結局の所、理想と現実は違った。 茶色に染めた髪をふわふわとカールさせ、目元を黒く縁取り、髪を染めた日を堺に友人は離れて言った。 あちこちを連れまわされ、暴行された事も一度や二度ではない。 少女は何度も涙を流し、手首を切り始めた。成績もみるみると落ちて言った。 学校も、両親も、身の回りの全てが敵となってから、少女は青年の家に住み始めた。もう学校には行っていない。 今彼女は、十名以上の不良達に彼氏と共に取り囲まれている。誰もが彼氏の仲間達だった筈だ。 彼等を仕切っているのは中年の男だった。 茶髪に細身のスーツ。生地はイタリア製。シルクのタイは有名ブランドの物だ。 カバン一つをとってみても、小金を顕示したいという欲求がありありと見てとれる。 その隣には、先ほどから一言も発言しない、黒いローブ姿のヒトガタ。 「これはこれで、とにかくもっと女連れて来いってことでいいんすよね?」 答えたのは金髪に染めたジャージの青年。俗に言う『プリン頭』である。 回答が気に入らなかったのか、スーツの男は大仰な仕草で天を仰いだ。 「あのさあ、ガキじゃないんだからさ。通用しないよ? そういうの」 「いや……その」 しどろもどろ。受け答えに窮するプリン頭は仲間達に視線を送る。 何も考えられない。ニコチンが足りていない。 建設半ばで廃棄されたビルの地下。 作りかけの駐車場に張り巡らされた有刺鉄線は、痛々しく錆び付いていた。 今この場には十六名が居る。 とにかく他人を威圧する事で生き延びてきた者達なのだろう。 皆一様に威圧的か、或いはだらしのない服装であり、粗暴で横柄な性格であることが容易に理解出来る。 彼等は皆、スーツの男――キャッチと呼ばれる裏野部構成員の部下であった。 「はやく『お礼』して、ケジメつけなよ。社会に出るんだよ、君等」 「マジすか。まわしていいんすか?」 プリン頭の物言いに、少女は呆然と涙を零した。 「女はダメだ。上が使うからな。仕事が終わったら『ターゲット以外』は好きにしろよ」 キャッチは顎で彼氏を指し示す。 「いんすか」 「初仕事の前だ。速くしろ」 「うっす!」 キャッチが強く少女の腕を引く。肩が軋みを上げる。 「おい話ちげえぞ、待てやコナラ!!」 キャッチは彼氏に、この女と引き換えに幹部との目通りを約束していた。 そろそろ飽きてきた所だったから、彼はプライドとの葛藤の末、手放す事に決めたのだ。それなのに。 「舐めてんの。守ってるでしょ約束。俺、幹部なんだけど」 のたまうキャッチに向け、立ち上がる彼氏の背を、プリン頭が蹴り付ける。 「前々から気にいらなかったんだよ、てめぇ。イイ気になりやがってよ!」 コンクリートに顔面を叩きつけられ、彼氏の前歯が折れ跳び――私刑が始まった。 ● 「なあ」 ブリーフィングルームでリベリスタが呟く。 「はい」 「結局どいつをやればいいんだ?」 どいつもこいつも悪役に見えるから。 リベリスタの質問に『翠玉公主』エスターテ・ダ・レオンフォルテ(nBNE000218)は資料を示す。 リベリスタは今から急いで現場に向かうことになる。 万華鏡が察知出来、リベリスタ達が駆けつけることが出来るのが映像の数十分後になるからだ。 現場には裏野部幹部『キャッチ』と、その部下か何かが居るらしい。 そこへ十人を越える不良共が、数名の女性革醒者を連れ戻ることになる。 リベリスタは現場に急行し、そこに居る裏野部幹部一団と戦闘しながら、現場に戻ってくる不良共を逃がさぬように一網打尽にする作戦だと言う。数名の女性革醒者達も助けなければならない。 幹部との戦闘を悟られれば、不良共がどんな行動に出るかは分からない。最悪の場合逃げてしまう可能性もある。 とは言え、配布された資料を見る限り裏野部の幹部達は強力なフィクサードである。考える事は多い。 この『裏野部』とは日本国内における『主流七派』と呼ばれるフィクサード組織の一つであり、最も暴力的とされる集団だ。 かつてアーク発足以前、日本が『極東のリベリスタ空白地帯』等と揶揄されていた頃から、この国を牛耳っている大組織である。 「背後にはその首領が居やがるって事か」 「……おそらくは」 厄介な話だ。一体何が狙いなのか。 「情報収集は居る?」 キャッチとやらを上手く生け捕りにすれば、情報を吐かせる事も出来るのかもしれない。 「可能であれば――」 エスターテの答えがはっきりしない事には理由がある。 モニタに映し出された映像の中で、闇の凝りのように異質な存在が見てとれたからだ。 「これは、何なの?」 「え、と。推測ですが――」 万華鏡とアーク本部の解析によれば、近頃裏野部と連携した行動を見せているアザーバイドの一団が居るらしい。 彼等は『まつろわぬ民』と呼ばれている。 「まつろわぬ民?」 リベリスタが素朴な疑問を投げ返す。そんな存在は古代日本神話の中でしか聞いたことがない。 まつろわぬ民。或いは土蜘蛛、土隠と呼ばれる怪異の伝説は多い。 遠く海外で蠢き始めた倫敦の蜘蛛。対するこちらは日本の蜘蛛か。 古くはヤマトタケルと争ったとか、事実か伝説か、いずれにせよ途方も無い話だ。 「長いこと封印されていたのかもしれません」 エスターテが答える。神代の世から生き続ける強大なアザーバイドが居たとして、それを万華鏡が察知出来ない筈がないという自負もある。これまでのアークの戦果から、それは事実なのだろう。だが絶対に倒せる相手である筈だ。 兎も角、何かが起き始めているのだ。 フェイトを得た女性革醒者を蒐集するという事態。 そして太古から蘇った不可思議な怪異の影。 何が始まろうとしているのだろうか。 今は―― 「とにかく止めて下さい」 桃色の髪の少女は、静謐を湛えるエメラルドの瞳でリベリスタ達を見据えた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:pipi | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年11月10日(日)22:26 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● ハイヌヴェレ。この度の裏野部幹部『キャッチ』が指揮する作戦コードである。 微かに呟く『百の獣』朱鷺島・雷音(BNE000003)の脳裏に浮かぶのは、太平洋を中心に広く分布する一つの神話体系だった。 ココヤシの花から生まれたハイヌヴェレという少女は、様々な宝物を体内から排出することが出来た。 だが少女は異能を恐れた村人から忌み嫌われ殺されてしまう。すると彼女の遺体から多種多様な食物が生まれたという、有り体に言えば少女を供物とした一石二鳥の神話だ。 これをかの『裏野部』が意識しているとするならば―― 兎も角同時多発的に発生している裏野部事件の共通項は、能力者の少女を蒐集しているという事実だ。 裏野部は能力者である少女達を使って何らかの暴力装置を排出させようという狙いでもあるのか。 アザーバイドか。それともエリューションか。 そして最終的な犠牲をもって、何を生み出そうと言うのか。 雷音の背を悪寒が走る。 共通項に見られる能力者の少女とは、他ならぬ自分自身でもある。下手を打てば彼女自身や仲間達が犠牲になりかねない。 だがここで臆していても何も分からない。気を引き締めなければ。 「おいキャッチ!」 戦場に足を踏み入れたリベリスタ達へ、フィクサード達の視線が一斉に降り注ぐ。 「いくら女が欲しいからって手荒過ぎんだろ」 「邪魔が入った。殺れ」 欲しいなら、お前が動けよ――フィクサードを睨み嘯き返す『友の血に濡れて』霧島 俊介(BNE000082)を前に、キャッチは手短な指示を飛ばす。 俊介は知ってか知らずかキャッチの本質を的確に見抜いている。彼は偶然にも革醒した不良グループを見つけては飴と鞭で支配し、その頭目をあえて眼前で殺させる事で支配を強固にしてきた男だ。 「顎で部下使ってたらその内足下救われるぜ?」 今日みたいにさ! 痛いところを突かれたのか。俊介の言葉にキャッチが吼える。 「それに女の子ってすげーデリケートなんだよ」 激発。各々銃や太刀を構えて突進を始めるフィクサードを見据えて、雷音は魔導書を掲げる。 「大丈夫、彼氏はなんとかする」 嘘だ。彼氏は――少女を慰み物にし、己が為に利用しつづけていた少女の彼氏は既に死んで居た。 「だから落ち着いて。君たちにはあとで説明する」 口をついた嘘でしかない言葉に、それを言わねばならなかった事にも、雷音の胸に冷たい嫌悪が広がる。 舞い上がる魔導書から生じた氷雨が迫り来る敵陣を次々に穿つ中で『雪風と共に舞う花』ルア・ホワイト(BNE001372)は倒れた少女を抱き起こした。 「あなたを助けにきたの」 瞳を曇らせ、恐怖と混乱の入り混じる呆然とした表情のまま、少女はルアに抱え込まれる。 大丈夫。ダイジョウブ。 少女の身体は冷え切っていた。けれど伝わる体温はきっと安心へと繋がるから。痛々しい髪の脱色と、手首に残る無数の傷跡に首筋の火傷は、傍らに転がる死体とその仲間達がこれまで彼女に何をしてきたのかを端的に示していた。 瞳の端にキャッチをにらみつけ、少女を抱えあげたルアは走り出すが―― 「そういうの、困るんだよねえ!」 キャッチがルアを指し示す。 少女を支え、戦場を駆けるルアの背を支配の気糸が貫いた。 視界が揺れ、かつてルアに少女を殺めさせた男への憎しみが増幅する。 あの男を殺さなきゃ。殺さなきゃ。ころさなきゃ。 思考がぶれる。崩される。 なぜ己は『キャッチを抱きかかえている』のか。冷たい殺意がルアの体中を駆け巡り始めた。 ● かくして交戦開始より僅か数瞬。戦闘は混迷の道を歩み始めたかに見える。 戦場へと駆けながら俊介と『尽きせぬ想い』アリステア・ショーゼット(BNE000313)の両名が己が力を高める術を身に纏う直後、ルア、『怪人Q』百舌鳥 九十九(BNE001407)『銀騎士』ノエル・ファイニング(BNE003301)に降り注ぐ銃弾は敵黒服の技だ。 「ふむ――」 カレー色のローブを靡かせ、キャッチの元へ駆けるのは九十九である。 「チッ」 指揮官であるキャッチにとって至近の間合いは厄介極まる。 「何かが起ころうとしているんですかな?」 裏野部の狙いは一体何なのか。それはリベリスタ達に共通する疑問であるが、どうせ碌でも無い話には違いない。迷惑なことだ。 裏野部に狙われた女性達の救助が第一の目的なれど、障害もある。 鍵となりそうな存在の数も多いが、中でも取り分け目を引くのは―― 土隠の伝承は色々読んだけど。 楽しみ。とは小さな囁き。 アスファルトを鋭く蹴り付ける『K2』小雪・綺沙羅(BNE003284)の瞳の先。見据えるのは闇色の衣を纏うヒトガタの姿だ。 それは土隠、土蜘蛛等と呼ばれるアザーバイドである。古くは『まつろわぬ民』と呼ばれ様々な伝承が現存している。そんな存在がなぜ今更現世に蘇り、裏野部と行動を共にしていると言うのか。 ともあれ百聞は一見に如かず。綺沙羅が指先をキーボードの上を軽やかに走る。 鍵盤のように打たれる配列が紡ぐのはコードならぬ細密な気糸の調べ。 情報の扱いは彼女が誇る得手中の得手だ、吹き飛ばされたフードから現れたのは人ならざる怪異の姿。熊か虎か。毛皮を被ったかの如き奇怪な風貌に、それでも綺沙羅は物怖じ一つする様子はない。 怒りをむき出しに、土隠は口腔から糸の束を吐き散らす。戦場の中央へ向けて一気に身を引き寄せあう両者だが、綺沙羅が顔色一つ変えぬのは、これも狙いの内だからであろう。己が身を狙うのであれば、少なくともこの手順に救助対象が狙われることは無いのだから。真っ先に警戒すべきは戦場をかき乱すこの能力なのだ。 先ずは一手。今はまだ戦況の行く末が見えるほどの時間は経過していない。では次に暴くべきは―― リベリスタからの一方的な攻撃に晒されるフィクサード達ではあったが、早くも迎撃の準備は整っている。 もうじき戻ってくることが予測されるチンピラと違い、士気は高いのだろう。 とはいえ。 (神様にお伺いするまでもなく、下衆……ですね) にべもなく。フィクサード共は革醒し運命に愛された直後の右も左も分からぬ女性ばかりを浚い、何をしでかそうと言うのか。 「さあ―――『お祈り』を始めましょう」 右手に『祈り』逆手に『裁き』を構え、『蒼き祈りの魔弾』リリ・シュヴァイヤー(BNE000742)が放つ弾幕は戦場の全てを覆い尽くす。 ● 「来ましたぞ」 戦場に新たなチンピラが現れたのは、交戦開始から十秒後の出来事だった。 「お、おい……どうなってやがる」 ノエルや黒服達が次々に己が力を極限まで高める最中、ひよっこ同然のチンピラ風情では事態が把握しきれていないのだろう。チンピラが握り締めた女性の腕が軋み、鋭い悲鳴が響き渡る。 違う。歪む意識を従える事が出来たのは悲痛な声が聞こえたからか、それとも強い意志故か。 ルアが憎悪に任せ腕を解き突き飛ばしかけたのは、キャッチではなく、助けるべき少女だ。 「そのまま走って!」 少女が駆け出す。ルアにはまだやるべきことがある。次の少女を助けなければならない。 「怖い思いをしたね。でも、もう大丈夫だからね」 アリステアが両手を広げる。しゃくりあげはじめる新米革醒者にその小さな背中はどう見えたのだろう。 「自分の中に、何かよくわからない力が芽生えて、不気味だよね」 両腕が獣に変貌している革覚者の少女へ向けて、ぽつり、ぽつりと零れ落ちる柔らかな言の葉。 「私の場合は翼が突然生えたんだよ」 漫画のように羽ばたくその翼は、けれど本物だ。 でも、この力のおかげで皆を癒すことができるの―― 黒杖に再び暖かな光が満ちる。 「皆の力も、多分何らかの形で誰かの……。自分の役に立つはずだよ」 少しでもいい。彼女等が抱える不安が、ほんの僅かにでも軽減されるのならば。 「お前等ァ! 死にたくなかったら退け!」 再びフィクサード達に突き刺さる雷音の氷雨に続き、裁きの光が戦場を覆う。 「退かないなら容赦無く殺すぞ!」 チンピラ風情では闇の恐怖の前に、ただ恐れ慄く事しか出来はしない。 『なら退けよ――!』 倒れ伏すフィクサード達を前に、俊介は唇を噛む。 神を憎み、世界を憎み――怨嗟と呪いの道を歩んでも、一握りの希望だけは捨てたくない。 殺しは――それだけは誰よりも嫌なのだ。 ここまでで何人死んだろう。戦いが命の奪い合いである事なんて分かっている。裏野部が数多くの命を奪ってきた事など知り尽くしている。けれど、それでも。否、だからこそ退いてほしいのだ。 立て続けの連撃にチンピラ達は倒れ伏し、刺し貫く波動は黒服が齎したラグナロクの力の過半以上を瞬く間の内に消し飛ばした。フィクサード達の間に動揺が走る。 (私個人としては――) 他のリベリスタ達と違い、九十九の個人的な感情ではフィクサード達への憎しみ等はない。 今まさに唇を戦慄かせ、携帯電話を取り出す眼前のキャッチにとて同じ事が言える。 道を外れた生き様に相応の報いがあるのは当然とも思えど、欲望に忠実な点ではお互い様とも言えるからだ。 救う事も、傷付けることも、創ることも破壊することも、共にエゴであるならば。 だが一縷の肯定が仕事を――引き金を引き絞るのを妨げる理由にはならない。 ハニーコム――フィクサード達を穿つ文字通り蜂の巣の様相に、黒服も銃弾で反撃を試みる。 「こいつをどかして女を一人殺れ」 血と硝煙の香り。銃弾飛び交う戦場に、キャッチは指示を飛ばしながら一人スマートフォンに光を灯す。 「悠長に電話ですかな」 黒服の一人が今正にルアが飛び込もうとしている女性に向けて闘気の砲撃を放つが。 「させると思う?」 それを赦す綺沙羅ではない。土隠の顎を掻い潜り放った影人が闘気の前に霧散する。 たちまち消し飛ぶ彼女の影は、それでもその役目を忠実に果たした。黒服が舌を打つ。 (裏野部にしては……というのも少々語弊がありますが) ノエルが白銀の長大な騎兵槍を構える。 暴力装置そのものである彼等は、直接的な破壊を好む傾向がある。 今回の事件はそんな彼等のイメージとは程遠い、計画的な裏のありそうな話だ。 ともあれ、探れるだけ探るだけのことだ。 ノエルのConvictioが癒し手である黒服を貫く。背に生じた銀の一筋に血花が咲き――フィクサードは僅か一撃の元に崩れ落ちた。 これで敵は仲間を癒す術を失った。 いずれ全てを滅するが為の前哨戦に過ぎぬとしても、彼女が為すべき事に違いはないのである。 それから一手。また一手。幾ばくの時が流れただろう。 「ゲヘナの火に焼かれなさい!」 一切合切、上下左右。神の魔弾は逃がしはしない。 リリが放つ銃弾は炎を纏い、敵陣を穿ち貫く。九十九と共に放たれ続ける弾丸の嵐はフィクサードの打撃力を大きく上回り圧倒していた。 リベリスタ達は交戦を続けながらも、一人、また一人と、敵の攻撃範囲の外へ女性を送り届けている。 敵が集中的に狙いを定めているのは作戦の要となるルアと綺沙羅。そして癒し手としての非凡な才覚を見せ付けるアリステアであった。 だがいかに彼女等に傷を負わせようとも、リベリスタ達の猛攻が止まることはない。 何より彼女等がこれまで培った経験は、この程度の戦場で朽ちることのない強さを示していた。 フィクサード達の戦果はただ一度ずつ運命を従えさせるのに成功しただけである。 半面彼等の犠牲は度重なる銃撃の中でフィクサードを着実に葬り続けるノエルの猛攻により、既に半数に届こうとしているのだ。 激怒したキャッチが携帯を放り投げる。連絡を取る暇もなく最後の一団が戦場に到着してしまった。 最早なりふり構ってはいられない。土隠は即座に最後の女性へとその糸を放つ。 だがその糸が絡めとったのは、瑠璃色の装束に身を包むリリだった。 身体に食い込む糸が軋み、骨格が悲鳴を上げる。 されど。 「この身は盾……させませんよ」 赦しはしない。銃弾に倒れるチンピラの腕を離れて女性が倒れる。その身には痣が見える。 「許されることじゃないよ――」 怒りに燃えるアリステアの瞳が煌き揺れている。 女性を何だと思っているのか。 人生も、尊厳も、ただの道具に過ぎないとでも言いたいのか。 見慣れたくなどない、されど当たり前の光景を前にして。それでも激情の昇華は彼女の強さなのであろう。掲げた黒の術杖から放たれる暖かな光がリベリスタ達の傷を癒して往く。 フィクサード達にとって最悪の事態が到来しようとしていた。 だだ広い駐車場に自動車の排気音が響き渡る、と。文字ならば他愛も無い事態は、されどフィクサードの肝を冷やすには十分な出来事だった。 「轢くぞゴルァ!」 ――慌てて避けるチンピラの横を、四人の少女を詰め込んだ俊介の車が後輪を滑らせながら地上へ向かう坂を駆け上がって行く。 キャッチはそれを見送る他ない。練度も何も無い、チンピラ上がりのフィクサードを支配し、手を汚させてきたキャッチにとって、現状の事態こそがこの上ない意趣返しなのであろう。 リベリスタ達が敵後衛から狙いを定めたのは正解だった。 仮に黒服のスターサジタリーが未だ戦場に立っていることが出来たのであれば、こう上手くは運ばなかったのであろう。だが彼は既にノエルの槍に貫かれ、絶命していたのだった。 追うか、いかにして離脱するか。キャッチが思考を回転させはじめた刹那。僅か一手、攻撃の手を緩めていた雷音が神妙に頷く。俊介から齎されたアクセスファンタズムの通信は、彼女の秘技を展開させる合図だった。 僅かな視界の明滅と共に、塔の魔女が誇る亜空の陣地が瞬く間の内に展開を始める。 目的は完遂した。けれどまだやることが残っている。 万事休す、か。 「どうにも邪魔ばかりしてくれるねえ……箱船のクソ虫共!」 そう思われた矢先、キャッチの醜い顔に歪んだ笑みが浮かぶ。 覚悟は決まったと、そんな目をしていた。 「あのアマ一人を狙え」 キャッチの指先が指し示したのは、肩で息するアリステアであった。 ● 大を生かし小を斬り捨てる。非情なアークと言えども戦友を人質にすればやりようはある筈だ。 キャッチはそう踏んだ。 あわよくばこの上ない逸材を連れ帰る事だって出来る。 殺してしまったならそれはそれで致し方ない。代わりだって居る。 残る僅かニ名の黒服と土隠が一斉に駆け出す。 「そうは行きません」 リリが再び無数の誘導魔弾を展開する。彼女の絶技である。このまま放ち続ける余力はないだろう。けれどやるなら今をおいて他にない。 瞬く間の内に二名の黒服が地に伏した。残るは土隠とキャッチのみ。これで最後。後はなくなった。 「土隠だったかな」 隙なく書を抱えたまま、雷音が静かに語り駆ける。 「君たちはその暴力集団に飼われているといった形なのか。彼らに与するメリットはあるのかな」 答えは唸り声に聞こえた。だが喉の奥から振り絞られるしゃがれ声を反芻すれば、それは盟約の履行を遵守する旨を告げていた。闘志の衰えも感じない。話す気はないと見て良いだろう。 「土隠なんて初めて見るけど、今回の遊びはこいつ等が関係あるわけ?」 口ごもるキャッチに、綺沙羅は追い討ちをかける。 「名ばかり幹部は遊びの全容なんて知らないか。まともに名乗る名すら無いんだもんね」 キャッチの顔色が怒気を帯びた赤褐色と土気色の往復を始めた。 「さてさて、裏切りは怖いでしょうが、死ぬよりかはマシかと思いますぞ」 九十九がほくそ笑む。 「それに、交渉次第では情報料も取れますぞ。そういう自信、有るんじゃないですかな?」 「そ、そうだな」 必死に思案をめぐらせたのだろう。搾り出した答えはそんなものだった。 笑みを引きつらせるキャッチの前に、ルアがゆらりと歩み出る。 「おい、知りたくないか? 何なら縛って貰っても」 ルアはキャッチを許さない。 かつて彼の策略で浚われた少女が居た。 あらゆる手を施しても助けることが出来ないと親友が予言した瀕死の少女だった。 せめて安らかにと、今でもその胸に突き刺した時の感触は忘れられない。 助けられなかった悔しさ。 普通の女性を殺してしまった自身の罪。 あのナイフと同じだけ私の心に残っている傷跡。 「甦らせるんだよ、こいつらを、土蜘蛛共をな!」 ルアが刃を構える。 「ちょ、待てよ全部話す。話すから」 だって許せない! Otto Veritaがキャッチの胸に吸い込まれた。 「嘘だろ――」 キャッチが口元から零れる血を掌で受け止める。 急所を狙った筈だった、けれど――短刀を彩る慈悲の輝きは不殺のシードの力だ。 戦場に来る前、弟に貸した時に埋め込まれたものだろう。 視界が揺らいだ。涙がこぼれた。 殺せなかった悔しさに。そして何より己が胸に芽生えた明確な殺意への嫌悪と恐怖に―― 震え膝から崩れ落ちるルアの眼前から、突如キャッチが遠ざかって往く。 糸に絡め取られる冗談のような光景の刹那、彼の頭は土隠の腹部に生じた巨大な顎に飲まれた。 ぶら下がる体が痙攣し、首を失った身体が冷たいアスファルトにどさりと落ちる。 「まつろわぬ民……ですか」 口封じのつもりだろうか。非情な光景に、されど銀槍は揺るがない。 「今に蘇り何を為そうというのか……いずれにせよ、アザーバイドなれば悪です」 消えていただきましょう。 ノエルの槍が土隠を貫き――戦いは終焉を告げた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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