●零 秋澄みて。 遠慮無く吹き抜ける秋風が、殺伐の空気を運び込んで青空へと去っていく。 万華鏡に、何処かの高層ビルの屋上が如き蒼の一面が映った。 一年前にも同じ光景を映して。 ひゅうひゅう、と荒ぶ風の音が鳴り続ける。…… 天辺で、正中線に傷を持った片腕の女が、摩天楼を見下ろしていた。 同様、正中線に漆継の傷跡を残す面頬を着け、帷子姿に、時代錯誤のなにやら忍びの者の想起させる出で立ちの女である。 「死して何も遺さぬが忍びの定め――私は守れなかった。私は死んだのだ」 「死んだ、というのは……祭蔵さん?」 忍びの女――祭蔵の背後には、フリースフードを深く被った少女が一人。セーラー服のスカートの裾を風に靡かせて応答する。 忍びの女は、自らの面頬に手をやってこれを外す。 外して振り返れば、そこは頬肉が全て腐り落ちて、腐汁を滴らせている。一見してエリューション・アンデッドの類であった。 「日に日に正気の時間は少なくなっていく。かの戦いから一年。よく持った方だ。やがて区別のつかない曖昧な屍と成り下がろう」 祭蔵は、濁りかけた目で天を仰ぐ。仰ぎ言う。 「かつて私にも、束の間の師弟があった。死んでも死にきれぬから、この有様だ」 フリースフードの少女は言葉を詰まらせ、数秒の空白の後に言う。 「何かを残したい……のですね」 祭蔵は懐から巻物を出す。出して仕舞う。 「何も遺せぬが、多くの忍びの定め。それでも遺してくれた師二人に申し訳が立たん」 フリースフードの少女が静かに頷く。 「分かりました。貴女を持って行きます」 少女は、そのセーラー服の袖口から、肉を練り上げた様な太刀を生じさせる。 「お前もお前で数奇よな。黄泉ヶ辻よりイ出て、六道を巡り――だが加減はせぬ。――『剣遁行』の術!」 祭蔵が印を結んだ途端に、刀刃が剣山の様に生える。剣山は行進するかの様に、次々とダギリッダギリッと摩天楼を走り抜ける。 ●一 「『剣風上忍』夜神楽・祭蔵。『エリューション・アンデッド』を撃破する。フェーズ2だ」 アークのブリーフィングルーム。 『参考人』粋狂堂 デス子(nBNE000240)は、オートマチックピストルのスライドを引いて、離して。ガシャリと鳴らして言葉を続けた。 「丁度、一年前だ。千葉で大きな戦いがあった。主流七派それぞれの下位組織が結託して、国内八つ目のフィクサード組織にならんとした」 今では【千葉炎上】と呼ばれる大事件である。 リベリスタが多く動員された結果、今も七派のままであるから、結末はリベリスタの勝利に終わった事は想像に難くない。 「敵は元・剣林の下位組織。剣風組のフィクサードだった。生き残りというには少し言葉が足りん。ノーフェイスではなくアンデッド。一度死んで蘇ったのだろう」 主流七派『剣林』。 国内のフィクサード組織の一柱であり、武侠や仁義を重んずる武闘派集団である。下位組織の剣風組は、武闘派が高じて、人を辞めたような者ばかりであるらしい。 どうも本当に人間を辞めてしまったと怪しまれる。 フォーチュナが用意した映像を、粛々眺めていたリベリスタの一人が状況を問う。 「強さ、それから地形はどうなる?」 「強さは可も無く不可も無く。フェーズ2相当だ。しかし、敵は高層ビルの側面を足場にできる能力を持っている。一方で我々は、高層ビルの側面を飛行しながら戦う形になる」 地の利は向こうにあるという事だった。 空中戦は、一定以上高度があった場合、防御面で大きく不安が生じる。足場が無いのだから。 「フェーズ進行も遅いので戦闘中に強化される事はないが、逃せばまた潜伏されるだろう。次にあった時に完全に正気を失ったフェーズ3という事態は回避したい」 フェーズ3とはアークのエース達が、作戦を丹念に積み上げて討ち果たせる階位である。 存在そのものが崩界を齎すE・アンデッドであるから、多少地形が悪くともここで倒しておきたいという話である。 「途中までヘリを飛ばすが、各自飛行で行く形になる。到着時には祭蔵とフリースの少女とが交戦中の頃合いとなる。割って入る形になる」 「相手は誰なんだ?」 「調査中だ。他の主流七派『黄泉ヶ辻』と『六道』に関係しているらしいが、『つづら』という名前と、まだ人である事以外は不明だ」 地形が不利であるのにも加えて、正体不明の『つづら』なる少女が一人。 果たして割って入った時にどう動くのか。 中々と厄介そうな案件である。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:Celloskii | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年11月11日(月)22:25 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●二 「流石にお強い」 リベリスタ達に先じて、フリースフードの少女と忍びが高層ビルの側面で交差する。束の間に、決着がつかんとした頃合いであった。 「いや。私のこれは、人を外れたが故に得たものに過ぎん」 祭蔵は悠然と90度の側面に立ち、ほぼ無傷という格好であった。 一方、フリースフードの少女は、忍びの者から三十尺ほど隔てた対面の中空で、全身に刺傷斬傷だらけであった。 「私には荷が勝ちすぎる様です」 「3人分の荷物だ。容易く思われては困――」 言葉と言葉の狭間に、風が通り過ぎる。その風は、白い鋼の色を手に携えて、忍びの者の胴を袈裟懸けに斬りつけた。 「裏土俵合わせだろお前」 風の名は『黒耀瞬神光九尾』リュミエール・ノルティア・ユーティライネン(BNE000659)という。 「……何奴」 リュミエールは中空でくるりと逆さまに、祭蔵の顔、間(あいだ)三寸の距離から続けて言う。 「コレで相手シテヤルヨ複雑可変型機構刀・六八。カツテ土俵合わせを用い最強を捨て無敵を選んだ男の武器だ。速度は落ちるけど……私の速度はお前を凌駕スル」 「師一人より継いだ裏土俵の縁か」 「ソウイウコッタ」 変幻自在な得物を刀型に切り替える。逆袈裟に斬る。 「ならばそうか、貴様等か」 祭蔵は視線を動かした。 リュミエールが注意を引いた間に、日中、生じた影が幾人か。 「サイゾウ=サン……いや、夜神楽・祭蔵」 『リング・ア・ベル』ベルカ・ヤーコヴレヴナ・パブロヴァ(BNE003829)は、祭蔵の視線を真っ直ぐに見る。右手を手刀の様に立て、薬指を曲げた形を作りながら言った。 「もはや九のうち、壊相を呈している様だな。その姿、見るに忍びない」 上忍に恐れ慄いていた、無様な中忍はもう居ないらしい。 手刀を振り下ろし、高度なる戦術を走らせる。影は一斉に動き出す。 「何を企んでいるのかは知らんが、決着をつけるぞ! ハイクを読め!」 ベルカの声を背に『黒き風車』フランシスカ・バーナード・ヘリックス(BNE003537)が、90度の状態に在る祭蔵の頭上へと目掛けて黒い剣――剣というには巨大な代物を叩きつける。 祭蔵は後方へ跳躍するように避ける。 「久し振りだねぇ、祭蔵。あの時きっちり始末つけたかと思ってたんだけど、残ってたのか」 避けられビルの側面に突き刺さった剣を、フランシスカは気にせずに強く握る。直角軌道でビルの側面を削りながら祭蔵へと迫る。 「弥栄(いやさか)――剣遁!」 突如、剣達が生じて、フランシスカの眼前に迫る。横薙ぎに剣の群れを叩き斬る。 「弥栄? それは私のセリフだよ。剣風上忍。今度こそきっちり倒して終わりにしようか」 『Dr.Tricks』オーウェン・ロザイク(BNE000638)は頭上を見上げながら、計算に次ぐ計算を脳裏に走らせていた。 「三段構えの手だ。これで空戦による不利は最大限に減らせたはずだが」 地形は大いに不利。また高層ビルを地上から見上げる形である為、きめ細かい流動に対して誤差が生じないかと考える。考えた所で。 『配置についた。各位、状況を転送する』 デス子の声と共に、脳裏に映像が生じた。映像は下から見たズームである。高度なテレパスと高度な五感を組み合わせたか。 「クリアか」 オーウェンが呟く。脳裏に生じた映像に集中し、並列演算を重ねる。 『炎髪灼眼』片霧 焔(BNE004174)が、ひらりとフリースフードの少女の前に立った。 「御機嫌よう。それと初めましてね」 フリースフードの少女は、割って入ってきた影達に対して、唇を一文字にした。次に言う。 「あなた達は何です? 邪魔をするのですか?」 「私達はアークのリベリスタ。邪魔になるかは……そうね、貴女の目的次第じゃないかしら?」 フードで、その表情は顔の下半分しか見えない。 「私達の目的は――死にきれない彼女に拳を向ける。彼女を今度こそ眠りに着かせることよ。逆に問うわ、貴女の目的は何?」 一文字の口の両角が僅かに吊り上がるのが見える。 「"食べ"に来た」 「食べる……とは」 「まあ、食べれば強くなるなんて、迷信ですが」 たちまちフリースフードの少女の掌に星占いの呪詛が生じる。陰陽・星儀――翼の加護で空中に在る状態では決定的に不味いものである。 『一人焼肉マスター』 結城 ”Dragon” 竜一(BNE000210)が焔を庇う様に割って入る。 「君はWシリーズの関係者なんだね。そうだろ? W00がどうなったかは知っているかい?」 返事はない。が、手が止まる。 「奴は死んだ。そして、その力を治療する事も出来る。もう君が戦う必要なんてない。君自身が、戦う事を望む以外には」 『足らずの』晦 烏(BNE002858)が竜一に並び、付け加える。 「ヨーコ君、トウコ君は生存しているんだがね。ドーモ、サイゾウ=サン、ツヅラ=サン。ツゴモリです」 烏が祭蔵と少女に交互でオジギをする。これは作法。不可侵と信仰している。 「ま、おじさん達はつづら君と戦うつもりはない。いやさW99君……は、既に捨てた名か」 フリースフードの少女――つづらは首を傾げた。 「私のナンバーを知っているなんて、少し驚きましたが。甘言ですか?」 竜一が応答する。 「いいや。本気でそう考えている。つづらたん。君次第だ。元に戻る事もできる。……俺としては君に、もう戦ってほしくない」 たちまちつづらはフードの奥で笑った。 「ハハ。そう言って――」 陰陽・星儀が、何か得体のしれないものに変わる。 「――私達を殺してきたんだろうな! お前等はっ!」 突風の如く、鬼魅の悪い空気が一帯にばらまかれ、フリースフードが捲れ上がる。 「ご丁寧に元凶まで殺したのもお前達だ。死んでいった姉や親友達の怒りも、私の矛先も、何処へ向かえば良い?」 少女の顔には眼球が存在しなかった。 白い肌に、真っ暗な黒い眼孔を見開いて笑う。 「……焔たんはあっちだ。つづらたんはオレが止めるから」 「ああ、おじさん達がなんとかする」 眼前に白子を据えながら竜一と烏が言った。 「お願いね。二人共」 焔が応じて踵を返す。 踵を返した背後から、『モーニンググローリー』という声を聞く。 「よりにもよってコレですか」 この中の誰よりも"運命"に身を委ねていた『スウィートデス』鳳 黎子(BNE003921)が、強く奥歯を噛んだ。この鬼魅の悪い空気の正体を察する。 「どーも、祭蔵さん。お久しぶりですねえ――なんて言ってらんなくなっちゃったかもしれませんねぇ」 鬼魅の悪い空気が、大いに運を攫っていった。 「死に候え」 次に、祭蔵の冷たい声と、冷たい短刀が煌めきが視界に入る。 ●三 「敗れる」 地上で、オーウェンの計算の解がつく。 凶兆に満ちた場が、火力を大幅に減退させた。また、受ける際に大きな被害を齎す。 運を低下させるあの技を、連続で放たれたならば、容易く敗北に行き着くのである。 「モーニンググローリーとやらを止めなければならんか」 オーウェンは射程外に在り、凶兆は受けていない。自身を駒に、詰将棋の如く、荒ぶ殺風の中へと飛びだした。 「――不吉。不運。メンドクサイ横槍ダナ」 リュミエールは、ビルの側面を駆け上がる。 翼の加護を用いて祭蔵の背後から素ッ首を狙うも、切り裂いたものは祭蔵の残像めいた影であった。 「裏土俵・影潜行」 切り裂いた影が朦朧と結合して、影の中より祭蔵が。メルティキッスに似た技が繰り出される。リュミエールは再動。刻印が打たれる刹那に、斬り返して、斬り返される。 「……卑怯とは言うまいな」 「忍者ガ、マトモニ戦ウナンテ思ッテネエヨ」 刻印が胸に刻まれ、肺の奥から鉄臭いものがこみ上げてくるも、飲み込む。 「私は相手と土俵を合わせたりナンカシネエ。私は相手の土俵の裏を書き続けるような真似モシネェ。私の土俵ハ誰モ立テナイ世界ニアルノダカラ」 対して祭蔵の白濁と腐りかけた目が笑う。 「クク、まだ死するべからず、と師二人が言っておるのだろう。支えられてこの土俵に立っておるのだ。三人の重みを存分、知るが良い」 「こっちは四人分なんだ!」 リュミエールが、後方からの声に側転する。翼の加護でくるりと壁に着地すると、凶兆の空気を切り裂いて、黒い波動が一直線に駆け上がる。祭蔵の腹部に突き刺さる。 フランシスカの常闇である。常闇もまた不吉を占う。この鬼魅の悪い空気の中に祭蔵を引きずり込んだ形となる。 「待たせちゃったわね皆――祭蔵」 焔が祭蔵の前へと駆け上がり戦列に加わる。 「私を眠らせるなどとほざいておった者か。ほう。貴様は浮遊の術のみだな」 奇妙な笑いを浮かべた死人の思惑を察する。仲間を信じると胸裏で反芻して肘を引く。 引いた所でベルカ援護射撃が脇を抜けていく。 「断固たる正面粉砕を。未練も全て徹底的なる粉砕を! 徒手の妙たる空手あらざれば、忍者にあらず」 ベルカが喝の如く、冷徹なる鋭い視線を祭蔵に放つ。不運が相乗して、肩口を大きく穿孔させる。 防御が大幅に削れ、ダメージレースがここで拮抗する。 しかし喜んでいる暇は無い。 ベルカは戦闘指揮の観点で組み立てるに、奇しくもオーウェンと同じ結論に至っていた。 「頼む」 ベルカは視線を向けずに、イレギュラーと相対する二人に呟いた。 改めて焔が動く。 「貴女にとって私が何かを残すに足る存在になるかは分からないけれど、全力で往かせて貰うわ。元より私にはソレしか無いんだものッ!」 焔が肘を引く。引いた拳を真っ直ぐ前へ全力で突き出す。対して祭蔵は先ほどフランシスカに貫かれた腹部を合わせる。腹部を通り抜けた突き。焔の手は祭蔵にガッチリと掴まれる。 「飛んで火に入る夏の虫――捉えたぞ。夏の虫」 「まだ」 焔が拳を改めて握り、炎を爆散させる。 「……小癪な。夏の虫!」 爆ぜる肉片は上半身にも及び、肋骨等を垣間見せていた。 祭蔵との戦いが続く中を、一方でつづら対応に在る竜一と烏の説得が続いていた。 つづらの刃を受け止めて、竜一が言う。 「倒すべき敵は倒し、救えるべきものは救いたい」 「救えないなら殺すんだろう? 治療できる? 真偽を確かめる術がここにあるのなら、出してくださあい」 眼前に黒い眼孔。つづらは白い顔を大きく近づけて囁く様に言う。 竜一は刃を受けて理解する。力量は一回り下。全力の一撃で叩き伏せる事も容易いのではあったが。 「真偽を確かめる術ねぇ。一度三高平に来るなら、いくらでも用意できるんだがな。あとサイゾウ=サンの巻物ならつづら君に渡そうとおじさんは思っている」 「要りませんよ。彼女を持っていきたいのですから」 いよいよ烏はタバコを咥えて火をつける。戦況を見る。一寸、好転したかに見えた戦いは、まだまだ厳しい。 「結城君。もう一度使われると不味い」 烏は転じて祭蔵へと移る。 「ああ」 竜一は、鍔迫り合いの如き姿勢から、大きく押しこむ。 「つづらたん――ごめん!」 メガクラッシュで弾き飛ばす。かの『モーニンググローリー』が祭蔵側の戦線に影響を及ぼす範囲の外へ。 つづらは空中で姿勢を正すも、ただの一発で刃は砕け、腕も折れていた。 「畜生。一発でこれだなんて」 つづらは祭蔵との交戦により消耗も蓄積し、竜一の一撃の衝撃によりごほりと血反吐を吐き出す。 「まだ勝てない。皆の仇を討てない。討てない討てない――このっ!」 「さて」 再接近を遮る形でオーウェンがブロックする。 「お互い邪魔をせず、お互いの得たい物を得られるのがベストだが……?」 つづらは黒い眼孔を起こしてオーウェンを見る。 「利害で釣るつもりですか?」 「その通りだ。目的が夜神楽の体以外であれば、譲歩の用意がある」 オーウェンは敵対の意思を少しでも見せれば、交戦すると割り切った胸裏で、最後の問いをする。 「洒落な人ですね。彼女から"補充"をしたいんですよ。決裂です」 言うなりモーニンググローリーの姿勢をとる。 「そうかね。W00との決着に私も居たのだが。残念だ。至極」 粛々と、気糸の束をレーザーの様に疾く。つづらの胸部を貫く。 「……やっぱ、りね」 かの老人は、一桁番台を栄光と称していた。栄光から最も遠い99(廃棄物中の廃棄物)は、再び奈落に落ちていく様に。 『W99撃破。厄介な技はもう来ない筈だ』 デス子のテレパスが全員に入る。 「ああやっと――」 黎子は黒いカードを右手。赤いカードを左手に構える。 「――振り切った」 黎子の"運"が戻って来たのは、つづらへの対応が終わった時分であった。もう凶兆が降り注ぐ事は無い。真っ直ぐと祭蔵を見上げる。 ●四 「剣遁行」 ダギリッダギリと剣が行進する様に突き立って走り抜ける。 射線に居た焔とフランシスカがこれに巻き込まれ、体を穿たれる。 「未だ終わらぬ。摩天楼落とし――死に候え」 続き、強烈な眼光が焔の付与を消し飛ばす。重力という巨大な力に、焔は襟首を引っ張られて落下する。合わせる様にフランシスカである。激痛を堪えて、焔の落下を防ぐ。 「ありがとう」 「気にしない。絶対勝とう!」 フランシスカと焔は互いに視線を交わし、祭蔵を見る。 本来、作戦は落下対策も含めた上で、フェーズ2を倒すには十分な戦力だった。鬼魅の悪い空気が無ければ、すんなりと事は終わっていた。それが去った今ならば。 「分かっておらん様だな。貴様が人一人抱えている間は動けなかろう?」 潮時とばかりに撤退を考え始めたと怪しまれる。 あとはリュミエールを振りきる事ができればとばかりに、白濁した目を動かす。 「それはどうでしょうねぇ。祭蔵さん」 黎子が参上する。翼の加護を即座に浮力を取り戻す。 「改めてどーも。レコです。貴女も女の子です。これ以上腐り落ちた体を晒す前に黄泉の国へ帰してあげましょう」 「暗殺者同士が出会って、双方生き延びるのはありえない――といったのは貴様だったな」 「そうですよう」 応答した黎子は1/10を引き当てて再動する。 「もう少し気楽に生きても良かったでしょうに。義のために死ぬことすら拒むとは、拒めるとは」 祭蔵の穿たれた腹部に、黎子は神秘の爆弾に変じさせたカードを埋め込む。 「ねえ祭蔵さん。私は少し貴女が羨ましいですよ」 「羨ましい、だと――」 巡る悪運と美学と。それが齎す爆花が腹の中で炸裂する。 3/10を引き当てて炸裂させる。もう一発。更にもう一発。 「ガハッ! グハッ」 体内で大きく爆ぜる。 「ああ、でも守るべきもののため戦うと私も決めたから」 黎子が距離を置くと、横から銃弾が通り過ぎた。烏の超精密な狙撃が祭蔵の眉間を撃ちぬく。 「巡君と如月大先生だしな。生きている事を願いたいものだ。さて――遺したいもの。この目で確認させて貰うぜ」 成すべきことを成す。これも仕事。ビジネスという頭の切り替えは速い。タバコの灰が静かに崩れる。 灰が崩れてぱらぱらと地面に落ちるまでの束の間を、電光の如き速さのリュミエールが滑空する。 「アッチの得物ニ少シ興味ガアッタガ――マアイイ。夜神楽ハジメヨウカ」 横槍が失せた此処からが勝負といえた。リュミエールは、たちまち不運を振り切って祭蔵の背後に現れる。 「時ヨ世界ヨ全テヨ加速シロ私ハ誰ヨリモ速イノダカラ」 無敵を捨て、最速を想い焦がれた境地が、三次元的に祭蔵を切り刻む。突き立てる二本の刃。一本を祭蔵の体内で組み替える。祭蔵の身体の中から、剣遁行の如く刃を噴出させる。 「ゴボッ……ゴ、小癪」 「私ガお前の何かを残シテヤル。コイツの様ニアノ男が残シタヨウニ受け取った様に、最速の九尾ト戦った事を誇ってモイイゼ」 「――ソウか。ようやク。理解した。貴様等が集まったのハ」 「少ナクトモ、私ハソウイウコトダゼ」 淀みなく得物を組み直して引き抜く。 「続きをしましょう。今の貴女と戦えるのは今しかないかもしれないのでしょう?」 焔は呼吸を整える。剣遁行にあちこちを貫かれた出血をそのままに、前線に再起する。「これが私の全力、その身に刻みなさい。――翔けよ、烈火ッ!」 飛翔する武技に面頬が砕ける。 白濁の目は虚空を見る。虚空の先に、黒い影が飛翔する。 「何かを遺したいなら遺すがいい。この剣と歩み始めた初陣を、今ここで取り返す」 フランシスカが黒き剣を振り上げる。 「辞世の句なり遺すのであれば必ず覚えておくぞ」 脇から鋭い眼光――ベルカのアブソリュートゼロが突き刺さる。 「ククッ……無用だ」 振り下ろされるフランシスカの黒き剣。姿勢が崩れた祭蔵は、残る片腕で防御を試みるも。腕ごと正中線に走る傷を、再び黒き剣がなぞった。 「ククッ……私の完敗だ」 ふらりと90度の戦場から落下する。 「オイ! 何カ残シタインダロ!」 リュミエールが手を伸ばす。 「有り難い申シ出ダッタガ。死して何も遺サズが――」 忍びの定めよ。と短く呟く。 途端に中空。祭蔵の身体から、次々と剣が生じた。骨も肉も何もかもが剣に引き裂かれ粉砕されていき、紅牡丹の花ををぶちまけたが如き赤が舞う。 「そう。……さよなら、祭蔵さん」 高層ビルの下を見下ろして。黎子が短く言った。 : : : 竜一とオーウェンは、事後調査として地上に降りていた。 「つづらたん、居ないな」 「うむ」 かの元凶と戦い、打ち破った内の二人である。 「無駄足か。末路は知っているだろう」 「ああ」 落胆の音を隠さずに竜一が踵を返すと。 ふと、気がついた。 得体の知れない鬼魅の悪い空気が、場に充満していたのである。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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