● 『それ』は黒いサーカスのテントのようだった。 天辺に三日月を飾った幕は夜空を映し、墓場を描いた入り口をくぐれば、中にあるのは更に小さなテント達。 そう、此処はハロウィンの夜、魔法の世界と繋がるテント。 プリントされた石畳の上で待つのは、仮面を纏った魔女や魔法使い。 明かりの少ない内部では、ジャックオランタンの形をしたランプが人の形に影を落とす。 人が二人か三人横に並べば一杯の紫色のテントは、魔法グッズ専門店。 カエルやミミズ、トカゲの形をしたグミ。橙色に濃紫、赤のきらきら光る飴玉の山。 様々な色をした水飴は小瓶に入れて並べられ、髑髏の絵が描かれた小さな木札が掛けてあった。 その隣の宵色グラデーションのテントは、香水や魔法のアクセサリー。 南瓜の形の瓶には橙色の花の香りをした液体が収まり、隣でマネキンに絡みつくのは蛇の腕輪。 ヘキサグラムのペンダント、ペンデュラムに似た水晶が下がるピアスが枯れ木を模したアクセサリースタンドに輝いている。 魔女御用達のお店で何を買うか悩んだら、次は綿で作った蜘蛛の巣の張る通りを歩きお茶にしよう。 真っ赤なベリージュレを沈めた炭酸水や、ローズヒップとコーラを二層に重ねたジュースの酸味は爽やかな風味。少し寒ければスパイス香る温かいチャイや黒く苦味の強いコーヒー、ホットレモネード。 他のテントに目を向ければ、お茶の時間にぴったりなお菓子が幾つもあった。 笑うジャックオランタンの器に収められたパンプキンプリンは抹茶のクリームと合わせて。ゼリーで作った眼球をイチゴの代わりに乗せたショートケーキ、紫芋のムースの上には栗で描かれた満月とチョコレートのコウモリが飛ぶ。 綺麗な紅色に染まった林檎の赤ワイン煮のタルトの上にはビスケットの墓が刺さっていた。 アイシングクッキーはジャックオランタンにゴースト、コウモリ……定番に加えて綺麗な八角形を描くココア色したスパイダーネットは、ここで食べなければ壊れてしまうだろう。 お腹が空いたなら、スパイスの香りを辿って紺色テントに行くといい。 どろどろ蕩ける緑色の鍋の中身は、ホウレン草のペーストををコンソメと牛乳で伸ばしたもの。生贄の山羊……ならぬ羊肉は柔らかく煮込まれて、最後に生クリームベースの紫キャベツソースを円を描くように垂らし、ピンクペッパーを散らせば奇妙な色合いの魔女のスープが出来上がり。 イカスミを混ぜた黒い卵で包んだサフランライスの上に赤いトマトソースをかければ、影の山と血の池を抱くオムライス。掌サイズの南瓜の蓋を開けば、コウモリやゴーストの形をしたマカロニが埋められたグラタンが入っていた。先端の皮を少し削いでチーズを乗せたフランクフルトは「巨人の指」と言えば出して貰える。 不思議な世界にもっと浸って帰りたいならば、ひっそり隠れた黒いテントを探すといい。 強い甘い香りと、煙で僅かに曇る中に響くのはカードをシャッフルする微かな音。 仮面の下、真っ赤な唇を笑みの形に吊り上げた女が貴方の未来を占ってくれるだろう――。 ● 「ハッピーハロウィーンってやつですね、皆さんのお口の恋人断頭台ギロチンです。ねえねえ、魔法の世界に遊びに行きませんか?」 とは言っても『そういう感じ』のお祭りですけど。 笑った『スピーカー内臓』断頭台・ギロチン(nBNE000215)は言葉を続ける。 「何でもサーカスのテントみたいな大きなテントの中に小さなテント……屋台っぽいのが幾つも並ぶとか。仮装もオッケーですし、楽しそうじゃないですか!」 黒のテントは光を通さず、中に入ればいつだって夜。 ここは神秘に拠らぬ魔法使いの小さな『国』なのだ。 食べ物も飲み物も、『それらしく』作られたテントの中ではスタッフは魔法使い。 カエルの形をしたグミを覗き込めば『昨晩底なし沼から入荷したばかりです』と笑い声が向けられ、雑貨の中の小さなポストカードを手に取れば『秘密の呪文が書かれているよ』と口元に指を立てながら教えてくれる。日の光の下ではただのガラス球に過ぎない物だって、薄暗がりの中で橙色のランプの光に照らされれば美しい宝玉だ。 革醒者が知る本当の『神秘』とは遠いけれど……御伽噺の『魔法』がそこにある。 『魔法の国のハロウィンパーティー』と銘打たれたその催し自体は二週間ほど開催されるのだが、やはり一番盛り上がるのはハロウィン当日。 だから行きましょう、とギロチンは目を細めた。 「ほら、ぼく一人じゃ寂しいですし。折角賑やかなんですから、皆で行けばきっと楽しいですよ」 何の仮装、しましょうね。 既に吸血鬼であるはずのフォーチュナはそう笑って、手を合わせた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:黒歌鳥 | ||||
■難易度:VERY EASY | ■ イベントシナリオ | |||
■参加人数制限: なし | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年11月16日(土)23:37 |
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● 黒のテントの中は、魔法の世界。 ローブを纏った魔法使いが仮面の下で微笑んで礼をしながら示す大通り。 シルクハットを軽く上げて挨拶を返したフツは、恭しく傍らの手を取る。 「お手を拝借、お姫様」 「……はい!」 裾の広がるドレスと細く絞ったコルセットに苦戦するあひるは、大きな手に支えられて微笑んだ。彼はぱりっとしたスーツにシルクハット、ステッキの紳士姿。普段からかなり紳士的な彼ではあるが、外見が変われば余計にその度合いも増す。手を取り合って覗き込むのは、異国の不思議な道具達。 「魔法グッズのお店なんてあるのね……! 変わった物が一杯!」 「異国情緒に溢れるな」 光の踊るアクセサリーは、揺らめくランプでより一層映えて見える。 あひるが目を輝かせたのは、幾つもの装飾を組み合わせた大きな飾りの付いたペンダント。視線に気付いたフツが薦めるには派手すぎるかな、と少し考える間に、あひるがそれを手に取った。 「これすっごく可愛い! あ、でも派手かな……?」 「いや、オレが知ってる限りあひるはこういう雰囲気のは持ってなかった気がするな、って」 「うん、でもこれがいい……うーん、うーん!」 「分かった、じゃあちょっと試してみようぜ」 蔦の這う大きな鏡の前で、フツが細い首にペンダントを掛ける。お気に召しましたか、お姫様。そんな問いにあひるは大きく頷いて、微笑む。 「……えへへ、あひるにプレゼント、下さい!」 「喜んで」 あひるにとっての王子様は、いつもの笑顔でそっと頭を撫でた。 隣の店で並べられるのは、魔法薬を作る材料。 緑に赤、青に黄。変わった色のカエルを見詰める雷音に店員が笑う。 「昨晩底なし沼から入荷したばかりです」 「ほう、その底なし沼は東の魔女のテリトリーのかな?」 「ええ、だから貴重品ですよ」 微笑みあいながら、小さなトングで蝙蝠の印刷された袋へとカエルを詰める。魔法の国への招待状は、ハロウィン近くの期間だけ。時間にしてみれば、ほんの僅か。 「でも、思い出は一生残ると思うのだ」 「きっとそうにちがいないのです!」 袋から覗いたカエルを半分こ。そあらが齧った赤いカエルは、ほんのりいちごの味がした。カエルを齧るなんて、魔女みたい。だってここは魔法の国だもの。手を握る友達がいれば、いつだってそこは楽しくてあっという間に過ぎる魔法の時間だけれど――夢と現の合間のような、こんな時間も悪くない。 そあらが手に取ったのは、柘榴の雫を固めたような澄んだ赤い色の香水瓶。花に微かに混ざるのは、ココナッツに似た甘い香り。けれど甘ったるくないそれは、ほのかに香れば笑みの様に華やかに咲くのだろう。 「女性の魅力を引き出してくれる香りらしいのです」 あたしもらいよんちゃんも、そんなのなくてもとっても魅力的だと思うですけど。 くすくす笑う年上の親友に、大人の気分だと笑みを返した雷音は掌に瓶を乗せた。 「とても素敵な香りがするのです」 「うん、この香りをかぐたびに、また、魔法にかかるような気がするのだ」 次は占いをしようか、内容は何がいい、やっぱり恋占い? お揃いの瓶に色違いのリボンをつけて貰ったなら手を繋ぎ、今暫し魔法に浸ろう。 ジャックオランタンの大きく描かれた紙袋を手に、モニカはあちこちと覗き込む彩花と慧架の一歩後ろへと付いていた。 「皆でお買い物なんて珍しいですね」 「ええ、思えば激務続きでのんびりショッピングするのも久しぶりです」 ハロウィンは日本ではまだ一般的とは言えないが、三高平では毎年の様に各所で盛り上がるからすっかりお馴染みとなっている。そんな会話を交わすお嬢様と店長が立ち止まったのを見てモニカも足を止めれば、その前に差し出されたのは二つの指輪。 「うーん、モニカには指輪とかも面白いかも?」 「いえ、私は」 「チェーンも買えばネックレスになりますし、仕事の邪魔にはならないかと」 あ、彩花ちゃんにはこれなんてどうでしょう。少し大きな蒼い石の光るイヤリングを彩花に薦める間も、慧架はモニカに合いそうなデザインや色を探して次々と掘り出してくる。 「アクセサリーで着飾るメイドなんて聞いた事ないんですが」 小さな呟きも夢中になる少女の耳には届いていないらしい。けれどまあ、こうやって何かを薦められるのは悪い気はしないものだ。ならば。 「――店長はこの色なんてどうでしょう」 折角ですし、記念に何かお揃いにでも? 紅茶の琥珀に似た柔らかな色を返す指輪を手に取ったモニカに、慧架は嬉しそうに手を叩いた。 ランプの光の合間を縫って進むように、ローブ姿の義衛郎は歩いている。 骸骨の仮面に王冠、不死身の老人を模した姿がふと滑り込んだのは、黒いテント。 「それじゃあ一つ、占ってもらえますか」 不吉な姿には不釣合いにも見える可愛らしいクッキーを代価に差し出され、赤い唇の女は微笑んだ。 「健康運? いや、武運かな」 リベリスタ稼業なんてものは、一歩違えればいつこの世とおさらばか分からない。明日さようならとなったとして、義衛郎は特に困らないのだが――話のネタとしては悪くない。 微笑を絶やさぬまま女はカードでヘキサグラムを描き、中心の一枚を示した。 威厳を備え前を見据える、老年の皇帝。 ――活力を持って取り組めば良し、但し繊細さに欠ける事には気を砕いて、という辺りかしら。 「……それって良いの、悪いの?」 義衛郎の問いに、今度は女が首を傾いだ。それを決めるのは貴方だから。 苦手な者ならば噎せ返るような強い甘い香りの中、女は笑ってクッキーを手に取った。 ご馳走様。 呟かれたそれは、俊介が漏らしたものだ。 目の前でマンドラゴラ――という名の人参のグラッセを添えた鶏肉を口にする羽音はとても幸せそう。それはいいんだが。 少し前を思い返す。誘惑するセイレーンの心を逆に奪った海賊は、魔法の国へと訪れて……そして彼女が目を輝かせたのは、各種の食べ物。 「羽音は食べ物は何が好きなんだっけ? 全部っていうのは無しな」 「不思議な食べ物なら……なんでも、食べたいなっ」 「じゃあ適当に持ってきてもらうか、どうせ全部食べたいし」 苦手な野菜だって、きっと美味しく食べられるはず。そう笑う羽音に頷いた、まではいいのだが。そもそも俊介は健啖家ではないのだ。いっそ小食だ。 「しゅんも、食べてみる……? はい、あーん……」 「……あーん」 既に限界突破。が、可愛い彼女が差し出してきたものを拒否する事は流石にできない。でももう無理。胃袋が悲鳴を上げている。 「あと全部羽音食べていいよ」 「そう……?」 太っても愛するからさー。テーブルに肘を着いてそんな事を呟く俊介に、羽音は笑う。 海賊姿の彼は普段にも増して格好良くて、眺めているだけで幸せだ。 こんな時間がずっと続けばいいのにな。 呟いた羽音を、ホットレモネードの湯気が暖かく包む。 煌く宝玉も、鮮やかな色をした魔法の薬も、食欲の前には些細な誘惑。 「くんくんくん……おいしいそうなものがいっぱいあるよかんっ!」 ミーノの視界には、最早食べ物しか入っていない。ぺちりと額にお札を貼ったキョンシーは、お店の前でむむむと唸った。 「とりあえずあまいものからじゅーてんばくげきっ!」 抹茶クリームの乗ったパンプキンプリン、赤いソルベが添えられた温かいパンプキンパイ、ジャックオランタンを象ったパンプキンクッキー、テーブルの上は瞬く間にお菓子で彩られ、負けず劣らずのスピードで小柄な体に吸い込まれていく。スイートポテト&パンプキンからはバターの香りが溢れ、カボチャアイスにはチョコで描かれたお化けの顔。夢中になって食べれば、豆乳とカボチャのスムージーが最後に運ばれてきた。 「ほふ……いちねんぶんのかぼちゃデザート、まんきつしたの~っ」 マグカップを手に幸せそうな表情を浮かべるミーノは、そこでふと思い出して手を上げる。 「あ、そだっ! みんな! はっぴーはろぅぃーーーんっ!」 可愛らしいキョンシーの言葉に返ったのは、笑いとハッピーハロウィーン! ● 店との軒先から吊るされたランプは、橙だけではなく青や赤も混じり通りを華やげる。 色とりどりの光に顔を染めながら、糾華とシュスタイナはどちらともなく顔を見合わせた。 「二人で……っていうのは初めてね」 「そうね、私達の組み合わせは、少し珍しいかもね」 年頃は同じだが、幾度か会話をした位で今まで深く関わる機会はなかった。なので魔法とおばけの入り混じる不思議な世界で、仲良くなれると良いなと思ったのだ。 これが素敵、あれが可愛い、それは何? 見て回る中で、ふとシュスタイナが手に取ったのは一つのコサージュ。 「あ、これ、斬風さんに似合いそう」 雫型の水晶と、小さな薔薇。黒とオレンジの細いリボンがハロウィンらしいそれを、糾華は可愛いと笑ってヘッドドレスに咲かせた。 「似合うかしら?」 「うん、とっても」 時に素直に口に出せない思いを秘める少女達も、同じ年頃の友人の前では棘もなく笑い合う。お返しと言ってはなんだけれど、糾華が取り出したのは、蝶々のブローチ。お手製のそれを襟元に留めてあげて、気に入ってくれたら嬉しいわ、と笑う。それを撫でたシュスタイナが、ふとその顔を見た。 「斬風さんのところ……また遊びに行っていいかしら? 今度は新作のお菓子を手土産にするわ」 「いつでも大歓迎よ。そうね、その時は私もオヤツを奮発するわ」 ふふっ、と笑った糾華はその目を見返して、問う。 「あと、皆が呼んでいるように、シュスカって呼んで、良いかしら?」 「ええ、喜んで。……じゃあ私も糾華さん、って呼んでいいかしら?」 勿論よ、シュスカ。 名前を呼び合いながら歩いていく少女達とすれ違った黎明は、後ろのエルルへと振り返った。 「えるるん仮装はしたの? 黎明ちゃんはそのままよ!」 「見れば分かるだろ、いつもの。黎明こそ」 「黎明ちゃんは普段着が仮装のようだもの! いつもかわいい小悪魔ちゃん!」 きゃたきゃた笑う黎明に、エルルも一つ笑う。 店の前で回った黎明につられて店に視線を向けたエルルはそのテントの風貌に些か不安を抱くも――ハロウィンは一年に一度のお祭りだし、思いっきり食べた方がいいに違いない。 「えるるんは何食べるの? これだけあると目移りしちゃうわ!」 「よし、じゃあ片っ端から食うぜ!」 「そうねそうね! 制覇しましょか、乙女の胃袋ってたっくさんあるのよ! にひひ!」 椅子とテーブルを確保して、並べるのは沢山の料理。緑と紫の混じる魔女のスープも香りは良く、ハートに成形された串刺しミートボールとケチャップの相性は言うまでもないだろう。けれどそれらも美味しいけれど、やっぱり乙女としては甘味が気になるものだ。 椅子に付くか否かという段階で、黎明は真っ赤な果実の乗ったタルトを一口ぱくり。アルコールの飛んだワインの深い香りと林檎の甘みが口いっぱいに広がった。 「はい、えるるん、あーん?」 「あ、あーん」 差し出されたそれにちょっと恥ずかしさを覚えながらもエルルが口にすれば、えるるんからもひとくちちょーだい、とねだられる。色々食べられるし、こんなのも悪くはない。 「ま、二人なら全制覇も夢じゃない。甘く行こうぜ!」 道を歩くのは二人の悪魔。 くるりと巻いた角に翼、小悪魔めいた真独楽と並んだ杏は、両手を広げて見せる様子に微笑んだ。 「杏、とりっくおあとりーと! お菓子くれなきゃ頭から食べちゃうぞぉ♪」 「ふふっ、まこにゃんの方こそ食べちゃいたいわ」 食べ合いっこ、する? そんな風に微笑む杏は大人の魅力を備えてセクシーで、『スレンダーな女の子』である真独楽はちょっとだけ羨ましくなる。そう、心に秘めた物はあれど、それを抑えて良きお友達として友情を育む程度に杏は大人だ。 女悪魔達が探すのは、仮面の女が執り行う占いのテント。 「折角だし、何か占ってもらおっか!」 「そうね、アタシ達の相性とか、将来とか……!」 「二人の相性? わ、それ面白そうー♪ 杏とまこの大親友コンビだもん、きっとばっちりパーフェクトだよ!」 何か一部真剣になった杏はさて置き、無邪気に真独楽は笑ってピース。 当たるも八卦、当たらぬも八卦。 例え良くない結果になっても、信じて思い悩む必要はないのだ。 良い結果が出るって信じてるけどね、と笑った杏に女はカードを数枚並べ、クロスさせた二枚を捲って頷いてから口を開いた。 ――隠者が持つのは一筋の明かり。蒙昧となりがちな場を照らすのは、知恵の輝き。感情に任せず、相手の立場や心を尊重して行くならば、知恵の様に滅びぬ関係を築けるわ。 「ふぅん……じゃあ杏、これからももっと仲良しになろうね!」 「ええ。当然よ、まこにゃん」 手を上げる小悪魔に、女悪魔は笑ってハイタッチを返すのだった。 手を引かれていく杏と入れ代わりにテントに入ってきたのは、特撮ヒーロー……もとい疾風だ。スーツアクターの彼は仕事柄この格好自体は仮装でもなんでもないが、今日はハロウィン仕様。 魔法の世界の中でも馴染むそれで潜ったテントの中で、女が笑う。 「今後一年間の健康運を見て貰おうかな」 幾ら運命に愛されようが、リベリスタでありスーツアクターである疾風にとって心配は尽きない。それに何より、見知った顔が次の日いなくなる事があれば、思うところだってある。 場合によっては無理を押し通さねばならない仕事であれば、注意に越したことはないのだ。 三枚のカードを並べた女は、最後の一枚を指した。 大きな鎌を持った逆さのこれは、死神か。 ――悪い事はないのよ。これは死と同時に再生。長期間の無理をすれば祟るかも知れないけれど、何らかの危機に九死に一生を得る可能性をも示している。 つまり、普段が肝心という事ね。 「ふむ。油断しない様にしないとな。身体が資本だからな」 謙虚に頷く疾風に、囁いた女は微笑んだ。その心があれば大丈夫、と。 頭上に一つ輝くあの光は、満月を模しているのだろうか。 時折蝙蝠のような影が横切る辺り、芸が細かい。 このサーカステントそのものが日常から離れた魔法の世界という感じをかもし出していて、実に良い。『神秘的』な事についてはさっぱりだが、様々な話を聞く限り、そんな目に見えない不思議な力もあるのだろう、と琥珀は実感する。 琥珀が覗いたテントは、その最たるものだろう。 「そうだなぁ、これから先の出会いについて!」 何がお望み、と問うた相手から返った言葉に女は頷き、アーチに似た形にカードを並べる。女が指したのは、輪を描くカードと二つの瓶を持った女性のカード。 ――状況は此の輪の様に巡って、予想外の出会いや運命の出会いがあるわ。それから息のあった仲間の登場が暗示されている。幾つかの試練は避けられないだろうけれど、其の先にあるのはより浄化され洗練された未来と考えるのが良いわね。 赤い唇が紡いだ言葉に、琥珀は頷く。 「今日は占いありがとう! 今日ここに来た皆に、幸ありますように!」 貴方にも、良き出会いを。女の唇が黒いテントに隠れて、消えた。 内部が暗いテントだからこそ、道を示す明かりが際立つ。 周囲から切り取られたテントの中は秘め事のようで、旭は矢も盾もたまらず霧音の手を引いた。 「ね、霧音さん。あっちいこ。はやくはやくっ」 「そんなに急がなくても、お店は逃げないわよ」 一夜の魔法が生み出すお祭り。予想以上にはしゃぐ旭を微かに笑って嗜めながら、霧音はそれでも少し足を速めた。この様子では今日一日振り回されそうだが、嫌じゃない。何しろ久しぶりの『デート』だ。楽しまなければ損だろう。 旭がはしゃぐ理由の一つもそれである。何しろ女の子同士のデートは、とても楽しいものだから。 楽しげに手を引く旭が足を止めたのは、きらきらと光を照り返す雑貨のテント。かわいい、と呟いた彼女の視線の先にあったのは、硝子の石を嵌め込んだピンキーリング。 「……指輪?」 「ね、お揃いで買お?」 色とりどりに並べられた細身のそれを指差して、旭はお互いの指輪を選ぼう、と笑った。 旭が摘み上げたのは、アメジストに似た紫の色。霧音の瞳が溶け合ったような、澄んだ美しい色合い。霧音がその指先で拾い上げたのは、翠玉に似た甘やかな緑。 「左手貸して。嵌めてあげる」 霧音は旭の手を持って、その小指へと輪を通した。左小指は願い事が叶うように。 この指輪は硝子の石。魔法が解ければ玩具の指輪。けれど指輪の魔法が解けたとしても、心に残った魔法は消えないから。 「ずっと、大事にするよ」 笑った旭は、もう一度霧音の手を取った。 ● 揺れる帽子は魔女の印。 使い魔の初名さんを足元に、計都は隣を歩く三郎太の背を叩いた。 「よし、占い行こうぜ!」 「ちゃんと占ってもらえる占いなんて初めてですっ……」 黒いテントで問われるのは、何がお望み? 「んー、そんじゃ三郎太くんとあたしの恋占いで……」 「えっ!?」 軽く放たれた言葉に顔を赤くしてどぎまぎする三郎太が可愛くて、計都は一つ悪戯っぽく笑った。うそうそ。そんな言葉に三郎太は安堵したような少し残念そうな息を吐く。 「あたし、一生ニートで暮らしていきたいんス! 自宅警備に永久就職したいッスよ!」 真顔でそんな事を力説する計都が求めるのは金銭運。それでいいのか女子。 女が開いたカードは、翼の生えた悪魔、の逆。 ――これが示すのは欲望。物欲やそれに類するものを制御すれば、決して悪くは無い筈よ。 ニートで暮らしていけるかは知らないけれど。 笑う女が次に開いたのは、三郎太の総合運。 現れたのは、杖を携え机に道具を並べた魔術師の姿。 ――全ての始まり、統合の一。全ての発展は此処から。何を紡ぐも伸ばすも、貴方の活力と想像力次第。 例えば其方のお嬢さんとの関係性も、ね。 計都と同じように悪戯っぽく吊り上げられた唇にまた顔を赤くした三郎太を、計都は耳を塞ぎながらにやにやと見ている。聞こえないけど聞こえているのは内緒だ。ああ可愛い。 楽しげに戯れる主人らより一足先に出た初名さんは、歩いてくる魔女の抱く使い魔仲間ににゃあとご挨拶。 南瓜飾りを首輪に下げた使い魔が挨拶を返すのに顎の下を撫でながら、魔女こと未明は近くの店を向いた。 「良さそうなものはないかしら。そう、使い魔向けに」 「あら、可愛らしい使い魔さん。それじゃあ……」 仮面の魔女が差し出したのは、魚の形をした猫用ビスケット。袋を結ぶリボンが黒と橙のボーダーで、釣り下がった蜘蛛の玩具に使い魔は興味津々。 爪先で玩具の蜘蛛と戯れる使い魔を抱き上げる未明の目にふと入ったのは――。 「ふむ、この店は何々、『魔女の焼き釜』……焼き菓子が中心か。ハロウィン限定クッキーやペット、じゃなかった使い魔用のお菓子もあり、と……」 テント前の説明を読み上げ必死に暗記する青年の姿。ぶつぶつと呟く彼……鉄平はどうやらテントの配置や店舗の名前を暗記しているらしい。 「焔藤さん。地図ありますよ」 「いや、こういうのは実際に案内できるようにならないとなっ!」 ギロチンが差し出したパンフレットは受け取りつつもぐっと拳を握る彼は、魔法の国でもいつもと変わらず熱血な様子だった。平和だ。 その先では、スタッフの印である仮面を付けたエフィカが緑のローブと葉っぱの円冠のドルイドとなって給仕をしている。神秘の夜に、魔法の仕事のお手伝い。 「お待たせしました、魔女のスープの薬草仕立てです」 熱々ですから気を付けて下さいね、なんて微笑む様子もパーフェクト。 「ハロウィンっぽいのって可愛くていいよなぁ」 そんなエフィカを更に手伝うのは夏栖斗だ。事前に挨拶をしたら警戒された気がするが、何故だ。日頃の行いか。瞳のハイライトだって守るのに。不思議だ。 「はいエフィカちゃん、レモネード」 「レモネード……?」 「大丈夫! トリックなしだってば、完全無欠のトリート!」 「あはは、仲良しですねえ」 「あ、ギロチンさん御疲れ様ですっ、スイーツとかお好きですか?」 戯れるそこにフォーチュナが顔を出せば、エフィカは羽をぱたぱた。メニューを差し出す夏栖斗の手際にも、普段から行っているお陰か卒がない。 「ちーっす!トリックオアトリート! まだまだお腹の容量は空いてる? せっかくだから食べていってよ。ギロチン何が好き?」 「ほら、こんなのはお口の恋人に如何でしょう?」 写真を指して笑う夏栖斗と、断末魔の顔型スイートポテトをにこやかに薦めるエフィカにギロチンも笑う。 「今ね、桜庭さんと買い物最中なんですよ、後からまた来ますね」 「おー、また食べに来るからさっ」 ぴょいぴょい手を振った蒐の仮装はキョンシーだ。明るく元気な少年キョンシーは、暗がりをちょっとだけ警戒しながらも楽しげに店を覗き込んでいく。 「髑髏とかあるのかな……俺、髑髏の水晶欲しいんだ。なんかこう魔力上がりそうな奴」 「魔力ですか。MP的な」 「い、いや、別にそういう効果期待してる訳ではないし、なんかスゲー強くなりたいとかそう言うのじゃないんだけど」 仕方ない。蒐だって高校生だ。週間少年何ちゃらを読んで燃えちゃうお年頃だ。何か強そうな感じのが欲しくなってもさもありなんという奴だ。 髑髏の水晶は、他の頭蓋骨と一緒に並べてあった。蓋を開けたら小物入れ、なんてものもあったけれど、蒐が手に取ったのは透明な『いかにも』という髑髏。レジン製で本物の骨に似せたそれに彫刻が刻まれているやつなんて、同じく漫画購読仲間の数史に丁度いいかも知れない。 「あ、ギロチンさん。お礼にこれどーぞ。これで魔力上がるよ! 多分!」 「やったーこれでぼくも黒魔術師!」 「……確かに子供の頃って、こういういわくありげなアクセサリーとか好きだったわね」 小さい髑髏を掌に乗せ、年甲斐もなくはしゃぐ二人を見てしみじみ呟いたのはエレオノーラ。 広がるドレスも柔らかな翼も仮装ではないけれど、彼が正装すればそれはそれで仮装みたいなものだから構わないのだ。 水晶の髑髏ではないが、真鍮で造られた檻や複雑な形をした鍵、七色に輝くラブラドライトに似た石を嵌め込んだペンダントなんていかにも特別な力がありそうだ。とは言え、神秘を深く知った今は本当に力があるものは少しご遠慮願いたいのだけれども。 それより。彼の視線が向くのは、ギロチン――お狐様の格好をしたフォーチュナの尻尾。 何しろもふもふだ。よくできている。もふもふはいい。心を癒してくれる。 「……ねえ。ギロチンちゃん」 「はーい?」 「ぜ……是非触らせてくれると嬉しいのだけど」 珍しくちょっと躊躇ってから笑ったエレオノーラにギロチンは尻尾を持ち上げて笑いを返したのだった。ちなみに揺れる尻尾にじゃれついてきた未明の使い魔も混じってもふもふ増量だった。 もふもふ。 ひらひらと揺れる飾りの付いたヴェール、シフォンの動きやすいドレスを身に纏った今宵の壱也はアラビアンナイトのお姫様。絨毯にランプの小道具も持ち、見回すのはテントの群れ。 「魔法祭りかッ! すっげッ、なんかこォいうのってワクワクすんなァ……ココに居るだけで楽しいなッ」 「うんうん、空気がもう楽しくてテンションあがっちゃうよね!」 何だか色々混ざってなんとも言いがたい事になっているコヨーテの仮装はハバネロから生まれたハバネ郎との事。翼に尻尾、色々欲張りな仮装は、おいしいご飯の溢れるここではぴったりかも知れない。 「わたしも歩いて消化しながらたくさん食べなくちゃ!」 「へへッ、絨毯ごと持ち上げて連れて歩いてやッか!?」 「食べ過ぎて動けなくなったらお願いしようかな~、なんてね!」 姫君と武者が楽しげに会話をしながら覗き込むのは、魔女の大鍋。どろりとした緑色のスープだが、漂うのはいい香り。 「あ、みてみて! ピンクペッパーだって! ……なんだろ?」 「ピンクペッパー? そんな色のコショウあンのかッ!?」 甘いのかな、辛いのかな、素直に驚く二人に、魔女は少し苦いのよ、と微笑んでスープを差し出した。緑のスープはとろりと広がり、羊肉はほろほろ柔らかい。スープを満喫した壱也が次に目を向けたのは、魔法料理家のケーキ工房。 「あ、あっちのテントはケーキだって!」 「……ケーキは……うッ」 途端に勢いをなくし青褪めるコヨーテだが、壱也は気に留めずその手を掴んだ。 大丈夫、辛いケーキもあるかもよ! オレはイイよォ! 賑やかに去っていく二人に、魔女は笑って手を振った。 ● 隣のテントの光を受けて、夜空のように星を描く黒いテントで舞姫はそっと息を吐いた。 そう、ここはクリスマスの街。 イルミネーションが輝く夜に、舞姫は素敵な王子様と並んで二人歩くのだ。 『舞姫、寒くないかい?』 微笑んだ彼は、舞姫の肩にコートを掛ける。大丈夫、一緒に巻いたロングマフラーがあるから寒くない。 「きゃー! あ、でもでも、舞姫ちゃんは超キュートだから芸能界がほっとかないかも?」 頬に手を当てて思わず呟く。アイドルになったなら夢を与えなければならない。ひとりの王子様にだけ愛を捧げる訳にはいかないのだ。 だからそう、この想いは心の中に秘めてしまおう。その思い出を糧に、舞姫は夢を与えるのだ。 輝かしい光の下で数多の愛を受けながら、想うのは一人だけ。なんて一途! 「とゆことで、わたしのハッピーな未来を占ってください♪」 ――そう願った舞姫の未来を示したのが、塔(傲慢は身を滅ぼす)であったのは、なんかの天啓だろう。多分。いやマジで出たんだってこれ。 体育座りでテントの横に座り込む舞姫はさて置き、腕を組んで現れたのは竜一とユーヌの二人。 「折角だから占いだ」 そう告げるユーヌの頭をそっと撫でて、竜一は微笑む。自分には占いはよく分からないけれども、彼女は占いが好きなようだ。ならばいい。占いが好きな女の子、なんてほほえましいんだろう。 「私が占っては誰も彼もが大凶仏滅大殺界。左回りばかりでは面白いことなど何もない」 食べた皿の上には何もないと言うほど詰まらないな。無感動に呟くユーヌはいつもの通り。 うん。何か聞こえたけど。うん。ほほえましい。間違いない。 お望みは? 問いにユーヌは竜一を指す。 「何かと無茶して心配なのでな。何がいいか。明後日踏みつけるガムの色か?」 「いや、俺は無茶なんかしないんだけどね! 占うなら恋愛運とかユーヌたんとの相性とかそんな感じのを!」 全く不思議な話だ、いつだって竜一はリスクを避けて(主に他人の名前を騙ったりして)いるのに、可愛い恋人にはそうは思われてはいないらしい。 扱う陰陽の技とは違う動きをお手並み拝見とばかりに見守るユーヌの前で、女は円状に並べたカードの一枚を示した。獣を従える、人の姿。 ――力を従えるのはより大きな力ではなく、心。強い絆で結ばれた二人を示すわ。ただ、片方が油断すれば崩れる危ういバランスをも秘めている事は忘れないで。 告げられた言葉に、ふむ、と一つ頷いたユーヌを竜一は後ろから抱きしめる。 「ま、運は自分で引き寄せるものだからね!」 「だとしても竜一はいい結果が出ないとダメだがな?」 何処までもマイペースな恋人達に、女は唇を吊り上げた。 黒いテントを次に潜ったのは、海賊姿の二人組。 「とりっく・おあ・とりーと?」 可愛らしく首を傾げたアリステアに手を引かれ、涼は共に甘い香りの中に。 部屋に満ちるのは香の煙。薄い幕が張っているようにも思える中の棚に並ぶのはいかにも怪しげ……もとい雰囲気のある小物達。 お望みは、と問う女に返したのは、相性占い。 カードをシャッフルする間、涼はそんな小物達に視線を向けていたのだけれど――ふと顔を戻せば、見詰めるアリステアの表情が妙に真剣であった。 アリステアとしては誘った手前もあるし、何より悪い結果であれば凹んでしまう。そんな考えでついつい力が入っていたのだが、ふっと聞こえた笑い声に意識を散らす。 笑われる程真剣な顔をしていただろうか。頬を両手で挟む内に、女は並べたカードの中央を指した。見詰め合う男女、天上から見詰める天使。恋人の姿。 ――愛による調和。フィーリングの一致を示すわ。若さ故の情熱に流されると思わぬ出来事が待っている、という暗示もあるけれど、互いを思いやる限りいい関係が続くでしょう。 言葉にほっと、アリステアが息を吐く。 「いい結果で良かったよー……」 そんな彼女に、涼が笑う。占う前から、相性がバッチリだなんて事は分かっていたのだと。 「ま、それだけ君の事を好きだ、って事だけども」 「……って、え?」 さらりと告げられた言葉を、アリステアが飲み込むまで数秒。 赤くなった顔を帽子で隠す姿がまた可愛らしく、涼は微笑むのだった。 にゃー。 なんて、そんな風に手を上げてみるリリの仮装は黒マントとネコの仮面。風斗の仮装もマスクと黒マントで、一見お揃いにも見える。 輝くランプはジャックオランタン、並ぶ商品は魔法道具。不思議な出し物にわくわくしながら歩くリリが目を留めたのは黒いテント。そういえば占いがあると言っていた。フォーチュナのように、未来が読めたりするのだろうか。 お望みは、と問う女に、リリは近くに良い事があるかと問い返す。 三角形に並べられたカードの一枚、逆さまになった天秤を持つ人間。 ――公平は、ひっくり返れば優柔不断。選択を保留するな、という暗示。両天秤にならないように、お気を付けなさい。 「ううん……そういうものですか」 「何、リリさんなら大丈夫ですよ。じゃあ、オレは……将来かな、明るい展望とか、れ、恋愛的なアレとか! 出会いとか!」 「えっ……楠神さん、いらっしゃらないのですか?」 意外でした、というリリの言葉がどういった意味なのは風斗には不明だが――まあ年頃として、その辺は気になるのだ。例え戦いに身を置いているのだとしても、まあ。 女が示したのは、月。 ――揺れ動く心は満ち欠けする月のようなもの。それは人の常ではあるけれど、ただ満ち欠けを繰り返すだけでは好転はしないわ。降り注ぐ月光を届かぬと浴び続けるか、見上げて手を伸ばすかは貴方次第ね。 笑う女の目は、仮面で見えない。 黒く泥んだテントは、ともすると気付かずに通り過ぎてしまいそうだ。 「おー、さすが。雰囲気出てるねー」 並べられた小瓶、漂う甘い香り。床に描かれているのは魔法陣だろうか。 赤い唇で女はゾンビ姿の快に問う。何がお望み? 「うーん、何運とかは指定しないし、占いの方法もお任せします」 言葉に女が取り出したのは、黒いカード。 快は革醒するまで、占いの類には興味もなかったし信じてもいなかった。けれど本物の神秘を知った今では、認識も変わってくる。確かに、この占いは何の力も持たぬつくりものかも知れない。けれど、それが『本物』になる可能性は否定できないのだ。 考える快に差し出されたのは、吊るされた男。だが、一般的な絵柄のそれとは異なり、男は周囲から迫り来る怪異に対し不敵に笑って武器を構えている。 ――自己犠牲。一つの行き着く先、煮詰まった未来。絶望の中で身を差し出すのは容易いかも知れないけれど、忍び寄るのは無為の影。先は苦しいわ。 でも。 ――それ以外の何かが、此処に見えるなら。打開策は、それかしら。 快の顔を見ながら、女はもう一度、笑った。 今宵開くは魔法の国。 ジャックオランタン、黒猫の風船。 橙色の光を浴びて輝くのは、色々な国から取り寄せた魔法の道具。 「見てください、リコルっ! 不思議なものが一杯並んでいますよ!」 「ええ、随分と本格的なハロウィンマーケットでございますね!」 物珍しい品物におっかな吃驚手を伸ばすミリィに、リコルは楽しげな様子に微笑んだ。 きらきら光る飴玉は、魔法の薬を作るための眼球? ぐにぐにした柔らかい蝙蝠の翼は、鍋で蕩かすためかしら。並べられたお菓子の一つに、故国で見たものを見つけてリコルは子供の頃を思い出す。 懐かしい思い出だ。そうだ、折角なら、自らの主人にも思い出となるような可愛らしい品物を探そう。クッキーを入れた袋を手に香水瓶を覗くミリィから少し視線を外し、手に取ったのはキャンディーボックス。 南瓜の馬車を模したそれに詰まっているのは、色とりどりの飴玉だ。硝子の馬車も光を通して美しい。包んで貰ったそれを手にしたリコルの背を、ミリィが叩く。 「ね、リコル。何時も尽くしてくれて本当にありがとう御座います。ささやかではありますが、受け取ってくれますか?」 「わたくしに?」 差し出されたのは、オーガンジーの袋に包まれた魔法薬……を模した香水瓶。穏やかな色合いの液体が放つのは、ふわりと香るローズ。 リコルがプレゼントを見繕っている間に、ミリィもまた探していたのだろう。 ありがとうございます。胸に抱いて微笑んだリコルが差し出すのは、先程選んだキャンディボックス。 「お嬢様にお仕えできる事が、わたくしの誇りでございます!」 言葉に小悪魔も微笑んで、魔女の手を取る。 今日はハロウィン、魔法の夜。 国を変えて、形を変えて、伝わった夜ではあるけれど――魔法の国で、彼らは願う。 今宵、誰もが幸せであるように、と。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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