●怪異を見つけて 平畑アキコは二十歳になる、犬が好きな女子大生だ。彼女は田舎育ちで、外の世界への憧れが強く、知らないもの、珍しいものへの好奇心が、人一倍強い。 ジャーナリストを志望する彼女は、新聞サークルに所属している。時には面白おかしいニュースを、時にはあることないことを、新聞記事にまとめては、大学構内の掲示板に張り出していた。 ある日の夜、十時を過ぎた時刻のこと。記事の執筆に夢中になり、気が付けばこの時間になっていた。 月が住宅街を照らし出す、女子大生が一人の帰り道。ほんの気まぐれで、アキコはいつもと違う通路を通っていた。彼女の目に、古びた三階建てアパートからあふれ出る、液体が見えた。 「なんだろ、あれ?」 汚いと思い、踵を返す。結局、その日はいつもの道を辿り、何事もなく帰宅したのだった。それでも、帰ってから、もなお液体のことが頭に残った。あれは血ではなかったか? まさか。そんなはずはないだろう。考えを振り払うように、帰り着くやすぐ就寝した。 翌早朝四時、アキコは新聞配達のアルバイトへ出かけた。終業後、先輩の婦人と会話する。話題は自然と、昨日の液体のことになった。 「アキコちゃん。あなたも見たの?」 婦人の話では、古アパートの一階から、血が溢れ出たという。それだけでなく、何かをひっかくような音、叩くような物音も、婦人は確かに聞いたという。 「怖くなって逃げ出したんだけどね……あら、どうしたの、アキコちゃん?」 「え? あ、はい、すんません。なんでもないッス!」 アキコのジャーナリスト魂に火が点いた。いや、点いてしまったというべきか。 午後十時、アキコは古アパートを訪れる。時間が止まったかのように、人通りがない。ただでさえ人に逢わない時間だが、いつにもまして、いないのだった。 LEDライトを手に、一歩踏み出す。金屑がジャリ、とコンクリートを削った。 金屑は廊下に散らばり、階段は錆びてタバコの箱が投げてある。電気メーターのボックスを覗きこむと、そこは空っぽだった。夜風がアキコの心胆を寒からしめる。首から下げたカメラも、心なしか震えているようだった。 かつて会社スペースに使われていた、一階部分の扉を見やる。ドアノブに手を掛けると、苦も無く開いた。古アパートとはいえ、何もない部屋は広く、寒々しい。いけないと知りつつも、万一の事態に備え、土足で上がり込んだ。 床、壁、キッチン、洗面台……家捜しの最中、床から物音が聞えた。 「だれ!?」 LEDライトを向けると、そこはただの床だった。空耳だろうか。希望的観測のまま、床を調べる。手で叩く。何も起こらないが、替りに取っ手を見つけた。勇気を出して開ける。アキコの眼に、三メートルの脚立が飛び込んだ。 「脚立? なんでこんなものがあるの?」 そこはアパートの敷地ほどの広さがある、大きな地下室だった。 広さは十メートル四方あり、埃が舞って空気が悪い。 アキコはそこへ、憑りつかれたかのように降りて行った。。 一歩、床へ足を下ろす。 すると、前方の床にうっすらと、染みがあることに気が付いた。 (さっきはなかったはずなのに……見落としたのかしら……?) その瞬間、染みが真っ赤に変色した。 「ひっ!?」 染みは形を変え、魔方陣の形状を成していく。やがて血の塊のゾンビが、アキコと対峙した。 逃げなければならない、そう思った。だが、体が動かない。 ゾンビの体がにわかに崩れ、赤い水たまりの姿になる。猛烈なスピードでアキコへ迫り、巨大な口腔となって彼女を噛んだ。 アキコは悲鳴をあげながら、為す術もなく、全身を噛み潰されていった。 ブリーフィングルームに集まったリべリスタ達に、『駆ける黒猫』将門伸暁(nBNE000006)が説明を始める。 「よく集まってくれたな。今回の相手はエリューションエレメント。フェーズ2の戦士級だ」 平畑アキコという女子学生が、古びたアパートへ侵入。地下室で襲われるとのことだ。 「相手はもと、黒魔術にのめり込んだ変人だったようだ。ネズミの血で魔方陣を書いて、その中央で自殺したらしい。死後に、そいつの血がエリューションエレメントになったってわけだ」 魔方陣に使われた血は同化して、痕跡はない、と付け加える。 「敵はネズミの食欲を行動原理にしている。死体はもう喰われちまったようだ。……それなりに狡賢い奴で、アキコとかいう女子学生が入るまでは、姿を現さないだろう」 伸暁は端末を操作し、解析データを表示した。 「敵は物理攻撃に特化していて、牙を武器に攻撃してくる。人間形態で状況を把握し、牙を剥きだした巨大な口腔モードで攻撃をするようだ。噛みつかれたら出血や流血の恐れがある。あと、何匹か血のネズミを手下にしているから、気を付けてくれよ」 毎度のことだが、と言った。 「頑張ってきてくれ」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:蔓巻 伸び太 | ||||
■難易度:EASY | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年11月08日(金)18:21 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●危なげな取材 時刻が十時を過ぎたころ、平畑アキコは昨日の古アパートに到着した。逸る気持ちのためか、恐れのためか、心臓が早く鼓動している。 ふと、近くに佇む女性が目に付いた。曲がり角からこちらを伺う姿は、見とれてしまうほど素晴らしいスタイルをしている。自分もあんなスタイルだったらなあ、と思ってしまうが、気を取り直して先を急ぐ。 ややもって古アパートの一階に突入したアキコは、早速ガサ入れに取り掛かる。 開けた棚を閉じたとき、背後で、闇に煌めく金色の髪が見えた気がした。 「だれ!?」 駆け寄ってみるも誰もいない。訝しがるアキコだが、そこでカレイドシステムが予知した、例の物音がする。アキコは床の取っ手を発見し、開ける。 「脚立? なんでこんなものがあるの?」 アキコはエリューションがいるとも知らず、降りて行った。 そのタイミングで、隠れていたリべリスタ達が集結する。 部屋の片隅から『ロストワン』常盤・青(BNE004763)が、柱の陰から『ソリッドガール』アンナ・クロストン(BNE001816)が姿を現す。 やがて、彼女の悲鳴が聞こえた。 「ひっ!」 アンナは窓を見やる。先ほど幻視で立っていた美女、『』明覚・すず(BNE004811)と、巨大なチェーンソーを担いだ青年『群体筆頭』阿野・弐升(BNE001158)が目線を合わせてくる。突入の合図を示し合わせた。 その頃、アキコの正面では、血の染みが魔方陣を形成しつつあった。 逃げなければならないが、恐ろしさで動けない。震えるままに待ちいたったところ、上から爆音が轟いた。すると、床板と思しき塊が、正面のゾンビに叩き付けられる。視界が、土埃に閉ざされた。 「ゲホッ、ゲホッ! ……な、なに? 地震!?」 着地する足音がする。ますます混乱するアキコに、間延びした声が掛かった。 「こ~きしん、ね~こを~もこ~ろ~す~」 「…………え?」 「て~んたかく馬子あるき~……あ、これ関係ないか」 現れたのは理想的な体系の、青い髪をした女性だった。ぼうっとした彼女は『まだ本気を出す時じゃない』春津見・小梢(BNE000805)だった。エスニック系のゆったりした服を着た美人だが、なぜかカレーを食べている。背後で猛る雄たけびも、殺気立つ空気も、気にする素振りはまるでない。壮絶にシュールだ。 「あの……あの……」 あまりの光景に声も出ない。 「詳しい話はあとでゆっくりします」 もぐもぐ……。 「とりあえずここに留まってね」 「とりあえずって、いつまでですか?」 「あれを倒すまで」 魔方陣から血でできたゾンビとネズミが現れる。アキコは記者根性を取り戻し、奥歯を噛んで接近しようとした。その彼女を誰かが止めた。 「下がっててください! あいつらは人を襲います!」 『夜翔け鳩』犬束・うさぎ(BNE000189)が言った。虚ろな目で三百眼の、しかも無表情なうさぎだが、アキコを止めようとする意志が感じられた。 「お姉さんさ」 アキコの横から声がした。少女とも少年ともつかない、美しい顔だちの子供が立っている。『アクスミラージュ』中山・真咲(BNE4687)だ。 「好奇心でこんなところにひとりでのこのこ来ちゃうなんて」 「は、はあ……」 「子供じゃないんだから、もっとよく考えて行動しなきゃダメだよ? 何はともあれ、と言った。 「あいつらをこのままにしておいたら、お姉さんみたいなひとがまた出ちゃうかもしれないし。安全のためにも、喰らい尽くさせてもらうよ」 『それじゃあ、いただきます』と言った瞬間、真咲はアキコの視界から消えた。アキコがあっけにとられていた中に、戦いは始まっていたのだ。 ●地下室の戦い 「まずはキミからだね!」 ゾンビネズミ三体が跳びかかってくる。真咲は高速で跳躍し、戦斧で八方から切り刻んだ。容赦なく切りつけたものの、手応えがない。切り方が浅かったのだ。 うさぎ、小梢、アンナ、そして先頭に立つ『』水無瀬・佳恋(BNE003740)がアキコを囲み、防衛線を引く。 アキコを護衛する小梢を、英霊の魂が訪れた。カレー皿をシャキーンと構える彼女を、幻想の闘衣が包む。 続いてアンナの体から、戦場を照らす灯りが溢れた。驚くアキコに優しく声を掛ける。 「こんぐらいの相手なら何とでもなるから落ち着いて。一人、その小梢さんを付けるから、守られていてね」 続いて水無瀬の体から破壊神のごとき戦気が放たれる。 そして同時に、うさぎが五つの残像を残して超高速移動を始めた。残像は三体のネズミの一体を貫くも、器用に体をくねらせたネズミは、致命傷を避けた。 ゾンビネズミたちは防衛線を突破し、アキコの喉めがけて突撃する。 「きゃあ!」 そこで小梢が防御に出た。聖骸闘衣を纏った小梢にとって、ゾンビネズミの牙など、蚊が刺したようなものだ。二体の噛みつくネズミを、小梢は平然と振り払う。一匹はすっ転んで、あらぬ方へ転がっている。 「はいはい、ワロスワロス」 転がっていくゾンビネズミに、弐升が合いの手を打つ。疾風のごとき剣戟がネズミを仕留め、血潮が壁を真っ赤に染めた。 「しっかりと目標を中心に入れて……っと。こう言う小技も必要ですよな。あまり得意ではないですけどね。アルティメットキャノンぶっぱなしてる方が楽ですわ」 スタイル抜群の美女(八拾壱歳)すずは、しっぽをふり♪ ふり♪ させながら集中を行っている。 「ま、戦闘やけど、基本的な戦力は間に合ってそうだし、緊急時に備えて集中を重ねるんかいの」 アンナの発光能力により、持ち込んだ暗視ゴーグルも必要なくなってしまった。彼女はほとんど手持無沙汰にしている。 常盤も集中を試みるが、血のゾンビが床板を弾き飛ばした。ゾンビのターゲットが自分と悟り、迎撃態勢に移行する。 「……作戦と違うけど、構わない! 来い!」 常盤がゾンビよりも早く行動した。 常盤の身体から漆黒のオーラが浮き出る。瞬時に伸びたオーラは、ゾンビの頭部を引きちぎったかに見えた。 だが、ゾンビからは新たな頭部が生え、常盤へ反撃を試みる。 常盤にとっては予想の範囲内であり、ゾンビの行動を観察する余裕もあった。血の塊のような口腔も、びっしり生えた牙も、手に取るように目に映る。回避を遂げたと思いきや、ゾンビは驚くべきことに、常盤の行動を読んでいた。常盤の回避方向へ身を伸ばし、牙で常盤を噛みつける。彼の体から大量の血が流れた。 「ぐああああ!」 目の前の凄惨な光景に、アキコが叫んだ。 「きゃああああ!」 そのまま失神してしまうかに見えたが、どうにか持ちこたえたようだった。 そこでうさぎが会心の身体能力を発揮した。連撃に次ぐ連撃でゾンビネズミは切り刻まれ、一匹はその機能を停止した。血の塊の分際で、憎らしげな顔を浮かべる。うさぎを呪詛するかのように。 「ハッ!」 佳恋の刃が激甚の威力を秘め、ゾンビネズミを血飛沫へと帰化させた。ただでさえ十分な威力のテラークラッシュを、ジャガーノートで強化した一撃だ。ゾンビネズミは一たまりもなかった。 その時、常盤が口腔形態のゾンビから脱出した。苦しむ常盤を癒しの微風が吹き抜ける。全快とはいかないが、受けたダメージの七割は回復できた。 「有難うございます。アンナさん」 「いえ、これくらい、どうってことないわ」 「あ~」 弐升が言った。 「上手く捉えれば……うむ……。やっぱりアルティメットキャノンぶっ放して何ぼだよなぁ、俺」 血のゾンビは壁際でまごついている。これは……チャンスだ。 大人し気だった弐升の顔が、戦闘狂めいた笑みを浮かべる。機械化した右腕が電烈し、電流が雷のように発光する。 「ヒャハハハハ! 喰らいやがれ!」 恐るべきエネルギーを集約した爆雷が、ブラッドゾンビを直撃した。電圧に吹き飛んだゾンビは、皮膚病を患ったかのように泡立ち、苦しんでいる。命乞いをするかのようなその様を、弐升は満足気に眺めた。 真咲の刃が首を切り、血のゾンビは事切れる。 「やっぱり殺すならヒトがいい」 真咲が言った。恍惚とした表情は、その美しい姿にそぐわぬ残酷な内面を、何よりも如実に物語っていた。 「……ごちそうさま」 そこで、すずが蠢く影に気が付いた。うさぎに切断されたゾンビネズミの体が、執念でアキコを狙っていた。 「ええい、ネズミはとっとと千葉にある東京の夢の国に帰っとき!」 式神の鴉がネズミの傍らに舞い降りる。嘴で血の塊を啄むと、地下室に静寂が訪れた。 ●あなたはどうしてジャーナリストになりたいの? 振るえるアキコに、真咲が話しかける。少年とも少女ともつかない真咲の姿は、アキコの心を大いに癒した。 「大丈夫、怪我は無い?」 「え……? ……う……うん……」 「怖くなかった……わけないよね」 そうだ、まだ自分達のことを説明していない。場の雰囲気からして、説明役は自分だ。面倒な役回りに、頭をポリポリ掻く。 「えーと……ボクらはその……悪いやつらを、こっそり倒す正義のヒーロー……かな?」 それだけって訳じゃないんだけど、と続ける。 「まあその、世の中の裏には、いろいろあるって事でね」 アキコはまだぽかんとしているが、なに、かまうものか。 真咲はしたり顔で腕を組み、うんうん頷いている。 そこでうさぎが話しかけた。彼女の提案で、アキコを取り囲むようなことは避けることにした。うさぎが先頭に出て話をする。 「アキコさん、お話があります」 「は……はい……」 「貴女は知ってしまった。それを否定する気はありません」 ジャーナリストを志望ですよね? アキコは「はい」と言った。 「中途半端な知識で、適当にばら撒かれるのは、流石に困ります。一通り、全てをキチンと知った上で、ちゃんと考えて欲しい。……貴女だって、不完全な調査と取材だけで公表なんて、そんな半端なやっつけ仕事、嫌でしょう?」 「それは、そうですけど。でも、いきなりというのは……」 「そりゃ不安もありましょうけどね。貴女に将来のジャーナリストとしての矜持があるなら、それ位の覚悟は決めて下さいな」 「う……」 やり取りの最中、うさぎは無表情である。猛烈な迫力であった。 うさぎに圧倒されている最中、常盤はせっせと仕事に励んでいた。気配を消してアキコのカメラとスマートフォンをかすめ取り、記録を消去しているところであった(この後、スマホ、カメラ、どちらも映像、音声データがないことを確かめると、拍子抜けしたようにこっそり返却したのだった)。 すずはうさぎのやり取りや、常盤の仕事を眺めている。その始終、しっぽをふり♪ ふり♪ ふわ♪ ふわ♪ させ通しだった。 「まあ簡単に言うと」 弐升が言った。 「アークに来ていただいて、詳しいお話を聞いていただく、ってところですよ。命を救ったわけですし、此方が悪い扱いするわけではない……ってのは分かってもらえたかと」 そこで、丁重に頭を下げる。 「知らないもの、珍しいものがたくさんの世界にようこそ。……ま、そういうのが好きなのなら、付いてきて悪いことはないですよ? 多分」 最後にアンナが前に出た。 彼女は自己紹介をした後、自らの知る、世界の真実を話した。 特にアザーバイドの脅威について、アキコは目を白黒させた。今味わった恐怖が蒸し返し、肩を抱いて震え上がる。 「大丈夫ですか?」 「ええ……だいじょうぶ。ちょっと、あれなだけだから……」 強がっているが、ショック状態なのは明らかだった。本部へ連れて行くことは不適切と判断したアンナは、彼女を家まで送ろうと提案する。リべリスタ達は特に反対もなく、アキコを地下室から連れ出した。リべリスタ達が有する、常人離れした怪力も、気が遠くなったアキコは気づかない。 夜の道すがら、うさぎが問いかけた。 「アキコさん。よろしいですか?」 「はい、なんですか……?」 「それだけ熱心に、夢中になれるんです。何かしらの理由や、目標、或いは理想が、あるんじゃないんですか?」 「私は……」 虚ろながらも、はっとした表情をする。即答するべき問いなのに、口を突く言葉がない。うさぎはアキコの返答を待つ。そのまま、自宅のアパートへ到着したのだった。 「アキコさん。今すぐとは言いません。こちらは私の連絡先です」 メモにうさぎの携帯番号とメールアドレスが書いてあった。 「本部へ来る、その気になったら、ご連絡ください。それでは、私たちはこれで」 リべリスタ達が玄関を出る。アキコは操り人形のように、リビングへ向かった。 椅子に腰を下ろし、考える。 自分は知らないもの、珍しいものを追ってジャーナリストを目指したのか。 それとも逆なのか。 あまり疑問に感じたことがなかった。 リべリスタとの出会いは、アキコにとって、自分を鑑みる、大きな契機となったのだった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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