●伊予国 日本四島最小の島、四国。鶏口牛後というべきか、本州の辺境片田舎になることをよしとせず小さいながらも四島に数えられる四国の最大の都市であり、和洋折衷近代の文化遺産が立ち並び、文化の香り立つ『いで湯と城と文学のまち』松山。 中心には松山城が高くそびえ、堅硬な山城を頂きいきり立つ崖と林の合間には、野生の獣がチラリと覗く。周りをぐるりと路面電車が弧を描き、昔ながらの住宅街がところ狭しと並ぶ中、道を歩くは海老茶袴の観光客たちと、意外や意外若者の姿がよく目立つ。 地方都市の悲しさか、いかに四国最大と謳ったところでこの松山にはご年配の方が多い。だが街中をふと覗いてみれば道を行くのは血気盛んな若者だらけだ。それもそのはずこの松山、市の中心松山城から見て北方、歩いて十分というところに大学や高校がトントントンと立ち並んでいるのだ。 それ故松山の中心部、ぐるりと回る電車の内側は、学生街もかくやとばかりの賑わいだ。勿論週末にはサラリーマンたちの憩いの場としても機能するが、それはまた、別の話である。 そんな松山の一等地、ロープウェイの出入口から北へ、横道へ一つ二つはいった小さなアパートメントの一室を、菅井太助は借りていた。一人暮らし用の狭い部屋にこれでもかと物を敷き詰め、そこから何とか寝られるスペースを確保するためにごちゃりと寄せた。そんな大学生然とした部屋の中、彼はもう一週間にもなろうか、外に出ず用をたす時にだけ立ち上がり、ただひたすらに目の前の盤面をいじり続けていた。 「僕が松山を、日本最大の都市にしてみせるんだ……!!」 ●事の起こりは 伊予の早曲がりという言葉がある。松山の車は運転が荒い、と言うことを表す言葉だ。しかし太助はそんな言葉は自分とは無縁だろうと考えていた。なぜなら、自分は車での移動はしないから。少なからずこの松山に居る限りにおいては、自転車一つあれば行きたいところへ行けてしまうのだ。 そんなわけで、その日も太助は口笛を吹いてたらたらと自転車をこいでいた。見上げれば青い空、白い雲。視線を横に向ければ松山城が視界に入る。この街はいい街だ。住みよいまちだ。そう思いながら。 しかし、 「ブブーー!! キキキーーー!!!」 「あ、危ないなぁ!」 太助の目の前、自転車の前輪をこするような位置を右折してきたオートバイがかすめて止まった。その運転者は太助の無事をちらりと確認すると、また乱暴に急発進する。 「おいこらー! なんだよ、もう……ん?」 走り過ぎる後ろ、奇妙な落し物を一つ落として。 ●拾ったものは 「お願いだ頼む、助けてくれ!」 菅井太助はアーティファクトに囚われていた。 囚われるというか、ハマっていた。 「クリアできないんだ、このゲーム!」 彼の住居、部屋の中に蚊帳の様に展開しているそのアーティファクト、それを彼はゲームだと理解しているらしかった。 「松山を日本最大の観光都市にってクリア設定したんだけど、今一歩足りない。なんかクリアしないと出れないっぽいし、どうすりゃいんだよー!?」 ●そんなこんなで 「あなた達に頼みたいことはアーティファクトの回収です」 『運命オペレーター』天原和泉(nBNE000024)は淡々と書類を読み上げた。 「危険はないアーティファクトのようですし、最悪破壊していただいても構いません。一般人が一名取り込まれているようですので、彼の救助もお願いします」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:明智散 | ||||
■難易度:EASY | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年11月12日(火)22:44 |
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■メイン参加者 4人■ | |||||
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● 菅井太助の家の前、日差しうららかな昼下がり、日頃は友人の一人も訪れることのないその門戸の前に、なぜか見目麗しい男女がたむろしていた。 「なんだかほのぼのとしたお仕事ですね」 言葉を口にしたのは白雪 桐(BNE000185)という細身の麗人。その言葉とは対照的な、澄ましたような無表情で言葉を紡ぐ。 「や、捕まっている菅井さんにとっては大変な状況なんでしょうけれど」 捕まってから一週間程度、果たして様子はいかほどか。しんと静まった室内からはようとしてうかがい知ることは出来ない。 「鍵、借りてきたよ」 大家の元へ一人出向いていた『不機嫌な振り子時計』柚木 キリエ(BNE002649)が、手にした合鍵を『箱庭のクローバー』月杜・とら(BNE002285)へ投げて渡す。 「おつかれー。ほいっと」 ガッ、ガチャリと。硬い手応えとともに錠前が回る。築何十年なのだろうか、建てられ取り付けられてからまともに整備されていなかったのだろう。 「じゃ、失礼しますよー」 「おじゃましまーすっ」 扉を開けて一歩二歩、靴を散らかしてとてとてとと。シーヴ・ビルド(BNE004713)が飛び込んだ先、ぽよんと何かにぶつかった。 「こ、これは……?」 薄い膜だろうか、玄関から差し込んだ光の乱反射で辛うじて存在が分かる、膜。 その声を聞いたからか、奥からどんグシャと言う物音とともに、一人の青年が顔を出す。 「あ、あ、あなた達は……?」 「菅井おにーさん、よろしくおねがいしまーすっ。たすけに来たよっ!」 ● 玄関に入りドアを閉め、靴を脱いだらぎゅうぎゅうで、粗茶も出さずに立ち話。菅井太助は突然のこの状況に、困惑を隠せないでいた。 「えっと、つまりこのゲームを攻略する手伝いをしに来てくれた、ってことでいいんだよな……?」 「そう、その通り。手詰まりになってるみたいですね。私たちにも参加させてくださいな。一人じゃ思いつかないような発想があるかもしれないし」 「秋はゲームの季節らしいですしっ」 そうだったのか! 「わ、分かった。なら中に入ってきてくれよ。えっと、外からプレイヤー人数が変更できるはずだからさ」 「そういうのって中からは出来ないの? 結構困ると思うんだけど」 「あぁ、出来ないんだよ。見たこと無いゲームだし、まだデバッグが終わってなかったんじゃないかな。パスワードは教えるから、適当にやってよ」 適当に投げ出されたメモ用紙を元に、とらがちょいちょいとアーティファクトを操作する。 「中に入るのは三人でいいよね。全員入っていじれなくなったら困るし、とらは外に残るよ」 「彼女たち二人はとても中に入りたいみたいだしね」 桐とシーヴ、二人は早々にああしようこうしようと空想の街づくりを始めているようだ。 「そうねー。ま、その間観光でもさせてもらってくるよ。はい、設定は終わり。中には入れるよ」 やったーとシーブが中へと飛び込み、それに桐にキリエが続く。一人暮らし用の狭い部屋、それを包むように作られている檻の中、そして、ズボラで気の利かぬ独り身男子大学生の巣の中へ。 その直後、 「っきゃー!?」 という声が響いたのもまた、ご愛嬌と言えるものだろうか。 ● 小さな部屋の小さな机、ちゃぶ台を囲む影四つ。複数人が入ることを想定されていないこの部屋には、雑誌に箱にゴミゴミゴミと、ただでさえ狭い空間を圧迫するように物が積み上げられている。しかし彼らは気にもせず、机の上の箱の中へと視線を注いでいた。 「アバターとは聞いていたけれど、これはまた随分と可愛らし姿だね」 キリエの言葉に合わせ、箱の中にいる三頭身ほどのキリエがちょこんと首を傾げる。まあるく作られた身体にぷにっと柔らかそうな四肢、単純な色でパーツごとに塗り分けられた姿は、フェルト人形をほうふつとさせる。 「それ、最初に設定できたから僕が設定したんだ。じゃ、どんどん街を作ってこ。簡単な動かし方は説明した通りだから、コツさえ掴めばかなり自由度は高いよ」 ま、だからこそなにをしたらいいのか分からなくなるんだけど。 「街の中心には木を植えましょう! 世界樹みたいな立派な大樹を! 十万年後にも残ってるようなのを!」 「十万年後に人類まだいるかな……?」 「ならその周りに巨大学園都市を作るのです。総合学園に研究施設、自然と調和した学園づくりを志します」 「そ、そんなんでクリアできるのかなぁ……? まぁ、やってみないとわからないけど」 心配そうに太助が見守る中、二人の手にかかり松山は次々と魔改造を施されていく。 「太助さん、彼女たちにはアイディアがあるみたいだから、少し任せてみましょう。私も見てみたいですし」 「う、うん。まずはそれがいいのかもしれないなぁ。僕じゃあやらなさそうな思い切った行動だし」 「それに、お腹空いていませんか? お弁当持ってきたので、食べて落ち着きましょう」 「ありがとう……そうだね。じゃあ廊下の方いこっか。ここよりはまだ広いし」 部屋から出てきた太助とキリエ、太助は壁に持たれて座り込む。手にはお箸とお弁当、ガツガツ食べてはむせ返り、水を渡されあおり飲む。ぷはっと一息ひとごこち、愛想笑いで頭をかいて、感謝の笑顔をキリエへ向ける。 「美味しいよ、ありがとう! 最近買い置きのカップ麺しか食べてなかったから」 「それは良かった。一週間も捕まってるって聞いてたからね」 玄関には手持ち無沙汰にアーティファクトの設定画面を弄っているとらが居た。いざというときのために中にはいるわけにも行かず、かと言って来てすぐ遊びに出るのもどうかと時間を潰していたのだ。 「これってさー、気になったんだけど、どうすればゲームはクリアしたって言うことになるの?」 食事を終えたのを確認し、気になっていたのだろう疑問を口にする。 「えっと、設定したのは松山を日本一の観光都市にすることだよ」 「あー、うん。そうみたいなんだけどさ、観光に求めるものって色々あるよねって。とらなら、ご当地グルメとか、その土地ならではの自然や文化に触れてみるみたいな、非日常の体験がいいかなって思うけど♪」 なるほど、とキリエが、 「目新しいものがあるっていうのも確かに一つだけど、郷愁を感じさせるような場所も、観光都市の一つになるのかもしれないね」 でしょでしょと、 「基準がなにかってこと? それがわからないから困ってるんだよね、初期プレイだからお試しってつもりで設定したし」 ふむ、ととらが腕を組み、 「なら太助さんは何だと思う、観光都市の一番の条件って」 観光都市とはなんぞやと。 「んー……知名度とか?」 「「知名度?」」 「うん。ロンドンとかパリとか東京大阪札幌沖縄、海外のでも日本のでも、観光地って言われてパッと思い浮かぶところって、やっぱりみんなが知ってる場所だよなって思って」 「それは確かにそうだね。さっきとらも言っていたけれど、なにもないところに行っても話の種にもならないし」 「だから、観光都市の条件って知名度なのかなと。鶏と卵の問題もあるけど、一つの尺度としては優秀なんじゃないかと思うよ」 なるほどとキリエはつぶやき、とらはいそいそと端末を操作し始める。太助は自分の言葉を反芻し、うんうんと頷きを作っていた。 「太助さんの考えは分かったんだけど、それではクリアできなかったのかい?」 「それではって?」 「このゲームでこの街を、日本で一番の知名度にしたらさ」 いやいやいやと苦笑い、 「そんなのできるわけないじゃないか。日本って言ったら東京、横浜、奈良京都だよ。日本国内もそうだけど、海外ではやっぱり首都は強いし、日本のイメージはサムライゲイシャだ」 ふむ、とキリエは口元に笑みを浮かべ、 「じゃあ試してみよう。とら、クリア条件を設定し直そう」 「はいはーい、確認だけど、条件は?」 それは勿論……。 ● 箱庭の中には荘厳な都市が形つくられていた。 自然が自然であるように、世界の中心を支えるかのような巨木が中心に直立し、その硬く太い根が力強く大地に広がっている。 その周囲、植物が彩る様に茂る中を放射状に整備された道路が規則正しく伸びる。そこを走るのはシャトルバスだ。この都市の要所要所を速やかにつなげる移動手段として、この都市では最先端の技術が試験的に実用可されている。そのためこの都市で道を走るのは全て、自動化された乗り物と野生の獣だけだった。 そしてその先、バスが繋ぐのは施設と施設。最先端の技術を開発し、それをこの都市の中限定で実用することを許されている存在。それが、松山の大樹を中心に形成されている大規模な学園都市である。 世界で最も自然と触れ合うことのできる都市であり、同時に世界の最先端の技術・教育に触れることのできる都市。そして、それらを惜しげも無く観光資源として活かし人々を呼び込んでいる観光都市・松山。その存在は誰もが無視することは出来ず、もはや世界規模で人々がこぞって訪れる都市へと変貌していた。 「いぇーい、緑の楽園都市が完成ですー!」 シーヴの叫びに合わせ、ゲームクリアのアナウンスが鳴り響いた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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