● 物悲しいノクターン・ブルーの音色が静かに漂う霧に紛れて、宵闇から微かに聞こえていた。 ゆっくりと蠢く霧を見つめれば、何か得体の知れない悪魔がそこに潜んでいそうで少年の背筋が震える。 塾の帰りはいつもこのぐらいの時間になってしまうのだ。 ――――ビシャ。 水溜りに子供が転げる様な鈍い水音がした。少年は訝しげに音がした方を向く。 横の路地裏をじいと見つめると、グリーン・ヘイズに光る鋭い剣先が見える。細く尖ったそれを携えてヒタヒタと剣を持った何かがこちらに近づいてくるのが分かった。 身体を支配する危険信号は最高速でそのシグナルを打ち鳴らしている、本能が逃げろと叫んでいる。 ヌルリ。靴が足元を流れていた液体に掬われて、ずれた。それは、剣を持った何者かが居る方向から流れてきたものだった。 石畳に尻餅を付いた少年の服にもジワジワと染みこんでくるそれは、エンバー・ラストの赤。 濡れた手を街灯が優しく照らしている、べっとりと血が付いた自身の手を街灯が無機質に照らしている。 低くなった視点からは何者かの後ろに転がっている死体が見えた。なぜ、死体かと瞬時に分かったかというと、頭部と胴体が首の辺りで切断されていたからだ。焦げ茶色の髪の毛が短いからきっと男性だろう。 視界を上にやると、剣を持った何者かの姿が街灯の灯りに照らされてはっきりと見えた。 それは、自分と同じ様な少年の形をしたもの。けれど、人間ではないもの。ファンタジーの世界に登場するデュラハーン。頭のない怪物。それがヒタヒタと少年に近づいてくる。 「あ、あ……」 恐怖。怪物が近づいてくる、恐怖。 髪の毛を掴まれて、横に引かれた剣を少年の瞳は捉えた。数秒後、少年の脳は機能を停止した。 頭の無い胴部を置き去りに、ダーク・ブロンズの頭部は怪物の上に乗ったまま。 「この色じゃない。もっと、濃い。そう、深淵の色。混沌の黒だ。そうでなければ、同じにならないだろう」 ダーク・ブロンズの少年の頭を怪物から取り外し、男はブツブツと呟いた。 幾分草臥れた上質な黒いコートのポケットからカスティール・ゴールドのコインを取り出すとピンと中空に弾いた。クルクルと回るコイン。 男の思考が研ぎ澄まされていく。探求者であり技術者であり研究者である男の願望。 「あの子の髪はもっと濃い黒だ。お前にそのタグをやったのだから、次、同じものを持ってこなければ処分することになる。意味は分かるか?」 少年の身体をした頭のない怪物は左腕に埋め込まれたタグに手を当てた。刻まれている文字は『2013UkLo.mask-0091M』。製造番号だろう。 頭のない怪物はゆっくりと後退し、研究室と思わしき施設から飛び出していった。 ● 「倫敦の『スコットランド・ヤード』から、応援要請がきています」 ブリーフィングルームに映された世界地図が英国、倫敦へと拡大していき、注釈に欧州リベリスタ組織『スコットランド・ヤード』の拠点を指し示していた。 『碧色の便り』海音寺 なぎさ(nBNE000244)は作成された資料を配りながら、説明を始めていく。 資料の冒頭は挨拶なのか牽制なのか小難しい文章が羅列されていた。 『倫敦にて此所エリューション事件が多発している。此方のフォーチュナの所見によるとJPNで駆逐された筈の生物兵器『キマイラ』が動いていると云う事だ。まさかとは思うが、JPNがこの倫敦の地にその様なモノを送りつけているのでは無いかという懸念が拭えない。試すという訳ではないが、無実の証明を願いたい。資料はこちらで作成したものを送付したので参考にしてほしい。『友』の健闘を祈る』 そんな文章の他、パキラート・グリーンの便箋に綴られた資料、写真等が添付されていた。 つまりは、生物兵器『キマイラ』が場所を倫敦へと移して暴れているということだ。 去年の冬にあった三ツ池公園での六道紫杏率いる軍勢の大迎撃を記憶に刻んでいる者も多いだろう。 その日本で蛮行を尽くしたキマイラが改良を加えられて倫敦の街を闊歩している現状に、スコットランド・ヤードは憤慨しているのだ。 外来種に食いつぶされる既存種の構図に似ているのだから。 一度そのキマイラを駆逐したことのあるアークに話が飛んできたのも、因果であろう。 「資料によると、キマイラは日本で観測されたものよりも格段能力が向上しているようです。このキマイラは少年の頭部ばかりを狙って持ち帰っているということです」 まるで、亡くした頭を探すデュラハーンの様に。 それ以上の捕捉は無かった。実際、目の前にいるフォーチュナが予測したものではない。 スコットランド・ヤードから送られてきた資料を読み上げただけ。 「……何も力になれなくてすみません。頑張ってきて下さい」 イングリッシュフローライトの頭をぺこりと下げて、なぎさはリベリスタを見送った。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:もみじ | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年11月02日(土)23:11 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 紅葉の様な綺麗な赤だと思った。自身の視界を覆うカッパー・レッドの生ぬるいブラッディファウンテン。 喉元に突き付けられたグリーン・ヘイズの剣先は音も無くすっと引かれたのだ。 その瞬間に頸動脈から吹き出した大量の血は、留まることを知らぬ噴水の様に薄茶色の地面へとボタボタと落ちていく。まだ、意識はある。けれど、きっとこれは致命傷。生き物であるが故の終焉。命の終わり。 ゆっくりと視界が傾いで行くのが自分でも分かった。 『贖いの仔羊』綿谷 光介(BNE003658)は生命の終わりを、マリーゴールドが残るスマルトの空を見上げながら迎えたのだ。 ―――― ―― 「海外まで足を伸ばすことになるとは、昔とだいぶ変わりましたわね……」 『甘くて苦い毒林檎』エレーナ・エドラー・シュシュニック(BNE000654)がノクターン・ブルーの夜空に呟く。 弱小の組織だった極東のアークは彼女が云う様に3年という猛烈なスピードで根を張り幹を育て、葉を世界へと広げていた。発足当初から方舟に乗るものとして、『救助要請』が来た以上はそこへ赴かなくてはならない。相手側にどの様な思惑があるにせよ、エレーナの仕事は変わりはしないのだ。 「ん……では参りましょうか」 けれど、だからこそ、彼女は行くのだろう。 祖父の血がそうさせるのか。世界への関心は尽きぬ物だからか。或いは、かつて彼女が生を受ける遥か以前、一族が受けた国家絡みの理不尽な仕打ちを教え知っているからか。世界へと羽根を伸ばすアークが何事か厄介な事に巻き込まれかねないという懸念は正しいのだろう。 最も今回の英国は、彼女の思案通りおそらくマシな部類なのであろうが。 『blanche』浅雛・淑子(BNE004204)はフィエスタ・ローズの瞳を伏せて小さく祈りを捧げる。 (お父様、お母様。どうかわたし達を護って) 幼少時代に慈しみ育ててくれた両親は既にこの世には居ない。けれど、必ず何処かで見守っていてくれていると信じているから。戦闘に赴く時は必ず縋ってみせるのだ。一抹の寂しさと、両親が愛した自分を守るための自戒を心の片隅に宿して。 「さあ、はじめましょう。子供たちの日常が喪われない為に」 馬の嘶く声が公園の中に響いている。 『炎髪灼眼』片霧 焔(BNE004174)が現場に駆け足で向かった時には子供たちの後方に薄霧に立ち上がる馬車とデュラハーンの姿が見えた。 ファイアー・ブライトの瞳が首のない怪物を視界に捉えた瞬間大きく見開かれた。 「まさか……」 否。と焔は自身の頭に描いた懸念を否定する。 何故なら、敵影の前に5人の子供たちがきちんと存在していたからだ。 だったら、デュラハーンの腕に抱えられた――『濃緑の頭部』は一体何だというのだ。 他の仲間も気づいたのだろう。『影の継承者』斜堂・影継(BNE000955)が目を鋭く細めて口を開いた。 「おそらく、あちらさんが感知出来なかった子供だな」 万華鏡では消して見逃しはしないであろう、6人目の子供の存在。カレイドシステムの精巧さをこの様な形で味わうことになろうとは思っても見なかっただろう。 資料に不足は無く、リベリスタ達に非などあろうはずもない。彼等が到着した時点で5人の子供が居る事に違いはなかったのだから。 子供達はまだキマイラの存在に気づいていない。焔は猛烈なスピードで敵影と子供達の間に割入った。 ――これ以上。犠牲になんかさせない。 背に蹄の音が近づいても、彼女は微動だにしなかった。ただ、庇うように子供を馬車の軌道から逸らす。 ミシミシと背に馬蹄が食い込んで、巨躯の質量が焔の背中を抉った。彼女が居なければ、子供1人が早々に次の犠牲者になっていただろう。 「っ! ……私の言葉が分かるかは分かんないけど、大人しくしているのよ? これから怖い連中をぶっ飛ばしてきてあげるから!」 苦痛の表情は一瞬。焔の声色は優しげに子供達に向けられている。 「うわぁあ!? お姉さん大丈夫なの!?」 「痛そう! 早く手当しないと!」 口々に漏れる声は目の前の現状がどのぐらい危ないかを理解していない子供のもの。日本語は通じない。 ただ、馬に轢かれてしまった女性の心配をしている子供達。その馬がどれだけ凶悪かを認識できていない。 馬と焔の間に割りこむように押し入ったのは『紅蓮の意思』焔 優希(BNE002561)だった。 炎の様な赤髪を黒に染めた頭は、チャリオットの上に乗ったデュラハーンの視線を2秒間惹きつける。 その一瞬の隙を焔は逃さず、一番近くに居た子供2人を抱えて地を蹴った。サラマンダーの髪が流れる。 「わぁ!?」 仲間が居るからこそ、信頼しているからこそ1人でも多くの子供をその場から離脱させなければならない。 同じ『焔』を宿す者として、2人の『赤』は背を向け合ったのだ。お互いに自分の役割を全うするために。 「倫敦での初任務。国が違えどやることは変わらん。敵性エリューションはこの拳で駆逐する」 迦具土神を握りしめ飛び上がった優希は、首無しキマイラの胴部に凍てつく拳を叩きつけた。 的確な痛打の感触が優希の白銀のガントレットに伝わる。しかし、デュラハーンの身体は氷に覆われることは無かった。 「……!」 「デュラハーンはかなりのBS耐性があるようだな。だが、馬と馬車には案外効きそうだぜ」 その洞察力、直感力によって培われた影継の情報分析能力はこの戦場の誰よりも優っている。 彼の脳内では今まさに、敵の情報を解明しようと猛烈な速度で演算処理が行われているのだ。 「馬の貫通攻撃はやはりノックバック付きか。チャリオットの全体攻撃は毒性が高いだろう」 影継のパーシアン・レッドの鋭い瞳が分析を続けている。 「デュラハーンのグリーン・ヘイズはまともに食らったらやばいな。綿谷やエレーナは特に気をつけろ。一撃食らったら戦闘不能になりかねないぞ。あと、行動不能BSはコイツだけが持ってるみたいだぜ」 残る子供達を仲間が避難させるまでと、影継はその身で敵影の行く手を阻んだ。 ――――しかし神秘界隈は子供に迷惑を残す親ばっかだな。海音寺の場合、生きてるだけマシと言えるんだろうか。 キマイラの左腕にあるタグを注視して影継は思惟する。過去に起こった大きな事件の報告書はひと通り目を通してあるのだろう。特にキマイラ戦の情報を集める最中、アークの白姫が感知した六道一派に『毒』を持った男が紛れ込んで居たのを彼は見逃さなかった。それが、幾度かの事件の裏で暗躍していたことも、この倫敦に来ている事も散見された文章の中から読み取ったのであろう。 情報が散り散りになっているのは、未熟なフォーチュナの力量によるところも大いにあった。万華鏡で増幅、整理されているとはいえ、イヴとなぎさでは地の予知能力が絶対的に違うのだ。 なぎさの予知に雑音が入ってしまうのは其のためだ。 「お望みの黒髪ならこっちにいるぜ!」 製作者を断定して、デュラハーンを焚きつける。おそらく日本語が通じると。 ぴくりと、影継の思惑通り首無しキマイラがそこにあるはずの目を向ける。 「91番目の被検体。その"M"は……誰ですか? 或いは誰に仕上げたいんですか?」 日本人らしい漆黒のかつらを被って、光介はホリゾン・ブルーの瞳で『2013UkLo.mask-0091M』の文字を見つめた。 キマイラは少年の体躯。製造番号は『M』。そして、黒髪の頭を執拗に追い求めている。 そこに当てはまる回答を光介は見出したのだろう。 ――――考えたくもない。貴方が今なおこんな形で、家族を求めているなんて。 自身と対極にある男は、やはり光介と同じように家族を欲しているのか。今更、何故そうするのか。 自ら、家族という大切なものを捨てたのでは無いのかと。光介は戸惑い、憤る。 「歳のころ。髪の色。たぶんボクの首は、貴方のマスターが求める『正解』に一番近いですよ?」 けれど、まずやるべきことは、囮としてこの身を敵の前に晒すこと。稀代の名探偵ホームズよろしく、言葉を選んで彼の作品にカードを切った。 光介はリッド・ブルーの瞳を思い出す。あの、底冷えのする寒い夜に交錯した瞳の中には、彼の息子『まさや』を慈しむ父親の色がほんの少しだけあったのだ。 馬の嘶きが薄暗い公園に木霊す。敵影の前に立ちはだかった優希を弾き飛ばして光介の目の前にコシュタ・バワーが迫る。 「くそっ!」 首なしキマイラの着地音は小さく、馬の嘶きと馬車の音にかき消されて聞こえなかった。 光介は見据える。グリーン・ヘイズの剣先が異様な程綺麗だと思った。 次の瞬間には光介の頸動脈は血飛沫を上げてその赤色の傷口を倫敦の空に晒している。 『正解』に最も近かった光介は一瞬で命を消費したのだ。 ―― ―――― ● 「うわあああああ!?」 「人殺し!?」 「お化けだ!!! 助けて!!! パパ!! ママ!!」 光介が血に濡れ倒れた段階において、ようやく子供達が恐怖を認識した。叫び、逃げ惑い、失禁する子供たち。 淑子は腰の抜けた小さな少年を抱え上げて、頭をなでた。 「怪我はない? お兄さんたちが足止めしてくれている間に、一緒に逃げましょう」 「うわああああん!!! ああああああん」 恐怖を覚えた後の安心感は相当なものだろう。淑子の服に必死にしがみつく子供。走らせるのは無理だと判断した彼女は地に伏せた仲間の前に立つ敵影を一瞥して逆方向へと走った。 それは、同じく子供達をすくい上げる仲間を確認したための行動。 「えっと英語で良いんでしょうか。此処は危険ですから、逃げてください、おーけー? 大丈夫、私達はひーろーですから。怪物からだって守ってみせますよ」 「ほ、本当? お化け倒せるの?」 「ええ、大丈夫です」 そう、子供を安心させる様に微笑んだのはグラファイトの黒『残念な』山田・珍粘(BNE002078)那由他だ。 少年を抱え、走りながら深淵の思考は別の物を映し出している。 ――まさか海を渡ってまで追う羽目になるとは。彼女達にも困ったものですね。今度会った時は、文句を言って上げましょう。 以前は『お礼』と言っていたはずだが、那由他にしてみればそれは同義なのだろう。『お礼』も『文句』もやることは何一つ変わらない。その時が来るのが楽しみで彼女は三日月の唇をしていた。 「……少し大人しくしていてくださいね」 恐怖で震え上がった子供の身体をエレーナは暖かい温もりで包み込む。少年とそう変わらない身長でも小さな子供ぐらいなら安々と運んでみせる。 正義の味方をする訳ではないが、目の前で斬首されれば明日の目覚めが悪くなる、それは回避したいと思うエレーナ。 先に戦場から離れていた焔の後を追うように、淑子、那由他、エレーナが子供を抱えて離脱する。 十分に距離が保たれたのを確認して子供達を淑子へと託す3人。 淑子を不安げに見つめる5人の子供はガタガタと震えて足が竦んでいるようだ。 「お姉さん、怖いよ」 「あの子大丈夫なの?」 「大丈夫。わたしたちは強いもの、絶対に倒すわ。だから、この侭おうちへお帰りなさい」 淑子の優しげな笑顔は少年達の心を解きほぐしていく。恐怖が少しずつ薄れていくのは彼女の朗らかさ故だ。 「うん。分かった。お姉さんも気をつけてね」 少年達が見えなくなるまで見守って、淑子は戦場へと舞い戻る。スノウ・ライラックの髪が揺れていた。 「此処が日常と非日常の境界、人々の生命線です。乗り越えさせませんし、断たせません。ここで凍って砕けなさい!」 『ピンクの変獣』シィン・アーパーウィル(BNE004479)の声が戦場に響き渡る。 ピキピキと音を成して絡め取られて行く敵影。フィアキィから発せられたアイシクルエッジがコシュタ・バワーとチェリオットに氷の花を咲かせた。 実際の所、彼女の絶対零度の氷で足止めが叶わなかったのなら、馬と馬車は子供達を追いかけて轢き殺していたのだ。特に庇われていない1人は確実に命を落としていただろう。 彼女が懸念していた通り、子供達の生死はこの一手によって左右したのだ。結果は、是。 「お待たせしました。子供達はもう大丈夫でしょう」 「ふぅ、流石に止めておくのはしんどかったですよ……」 淑子が戦場に現れたのを認めて、シィンは後ろへと下がっていく。 ――こういう状況になると、いかに自分が仲間を頼り、助けられているかがわかります。本当に、ありがたいですねぇ。 下がりながら、彼女はソレント・ゴールドの瞳を細め、仲間の存在に感謝をした。 ● 戦いはお互いの体力の削り合いだった。 ノックバックで陣形を崩して後衛に押し入る従属キマイラ、その戦車に乗り極大の殺傷能力を振り下ろすデュラハーン。日本で戦ったキマイラより、遥かに合理性、知性があることが見て取れた。 優希は幼い頃に読んだ神話を思い出していた。学校の図書室にあった本をめくり、冷たい幻想的な恐怖に魅入られたあの頃。このキマイラ達は倫敦の蜘蛛の犠牲者なのだろうか。 しかし、そう思えばこそ優希は灼熱の拳を緩めるわけには行かなかった。その手に抱え込まれた犠牲者の頭。一方的な暴力。自身の味わった惨劇を繰り返したくない。 「デュラハンよ、幻想の世界へ帰れ!!」 打ち付けられた氷拳は唸りを上げて回転する。静謐の赤が生み出した氷は耐性があるはずのデュラハーンの四肢をジクジクと凍り付けにしていった。 「いくわよ! 避けて!」 ゴウゴウとファイヤー・レッドの火車が優希の頬をかすめていく。焔の繰り出した灼熱の拳は炎を伴って馬と戦車を炎の海に叩き込んだ。 「子供を狙った事に意味があるのかもしれないけど、その行為自体が気に入らないの。――だから、私の炎で全部燃やし尽くしてあげる!」 影継の推定は二つとも完璧な精度で的中していた。切り離されたチャリオットはコシュタ・バワーとの連携貫通攻撃が叶わず、その場にズシンと沈み込んだのだ。ガシャガシャと揺れる様は滑稽ですらある。 光介は瀕死の状態ながらも、運命の加護により辛うじてその場に立っていた。首筋の血は彼の服を濡らし、黒く染みをひろげている。多くの血を流しすぎていたのだ。 「術式、迷える羊の博愛!」 けれど、光介は術式を顕現させる。エルヴの淡い光が仲間を優しく包み込み傷ついた身体を癒していった。 淑子はコシュタ・バワーへと豪奢な大斧を向ける。 「キマイラ……悲しい生物ね。あなたたちも、助けられたら良かったわ。でも、ごめんなさい」 馬の巨躯が白き斧によってばっさりと切り落とされ、ドロドロと地面に同化していった。 「知ってますか、本当の黒って言うのはね。全ての色を混ぜ込んだ、素敵な色なんですよ。人の心の深淵、光さえ飲み込む奈落の様な……」 新しい武器、大業物を振り回した那由他がエメラルドの瞳で嘲笑っている。 自身の血を代償にしてもなお、呪いを掛ける。奈落に落としこむのだ。底知れぬ闇。数えきれぬ那由多の底闇へと叩き落す。そこに浮かぶ月はきっと三日月の形をしているのだろう。 シィンのエル・バーストブレイクは馬と戦車を炎の渦へと誘った。アラゴン・オレンジに染まる戦車は地獄の火車の様に燃える。チャリオットの車輪がゴロゴロと転がって、ガランと音を立てて崩れた。 公園の遊具に登り馬の背中へとダイブした影継は振り落とされぬよう器用に跨る事に成功する。 自分の真上からの攻撃に対処できないであろう事を見ぬいた彼は深々と生死の戦斧をコシュタ・バワーに食い込ませた。嘶き憤慨する馬は自己回復を封じられ、暴れ狂う。 「『戦車』なら、日本で散々相手して来たぜ。独逸製で機械式だったがな!」 振り下ろされるのはコシュタ・バワーの命の終わりを告げる、斧が風を切る音。 馬の背骨から入り込んだ刃は心臓を割り、肉を切り裂き馬の形をしたキマイラを両断したのだ。 影継の洞察力のお陰でリベリスタは不可測の状況を塗り替えていった。 サニー・ゴールドとレッド・アップルの双瞳がゆっくりと持ち上げられる。 仲間の攻撃により落とされたデュラハーンの右腕は既に無く、穿たれた太ももの穴も筋肉を分断しているだろう。キマイラの動きが鈍くなっている今、まさに此の時が一番の好機。 その針の穴を通す様な運命の分かれ道をエレーナは違えない。一瞬の差異も見逃してはいけない。 照準を合わせたライフルの先に見えるものはデュラハーンの胴部。人間であれば心臓が存在する場所。 Schwarz regen――狙い穿つという名を与えられた愛銃を抱え引き金を引いた。 銃弾の軌跡はブリック・レッドの螺旋を帯びて、首無しキマイラの真ん中に大穴を穿つ。 エレーナの一撃でデュラハーンは地に倒れ、その身をドロドロに溶かしたのだ。 「さてさて……これがどうなることかしら……まだまだ事件は尽きそうにないわね」 彼女の長い髪が流れるのと同じ様に、銃口から硝煙が揺らいでいた。 那由他は溶けたデュラハーンの中に落ちていたタグを拾い、乾いた地面にガリガリと書き置きを残す。 『失敗作が無駄にならなくて良かったですね?』 くすくす。グラファイトの黒は口の端を上げて嗤う。失敗作を創りだした男に向けて深淵の笑みを置いていく。 「ああ、会うのが楽しみですねぇ」 不幸は蜜。甘い甘いアップルパイの様でとろける絶望を味わいたい。 その心を全部食べ尽くすのが楽しみだと混沌は云うのだった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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