● ぴちょん、と水が跳ねる。 その音を聞きながら、金魚の体にメスを入れて一人悦に入るこどもが居た。 蝶々の翅をもいで、蟻をぷちぷちと踏み潰し、命を弄ぶ快楽がその掌の上にあった。 こどもにとって、ソレは単なる予兆でしかなかったのだろう。 その次は道端の猫だった。やけに人懐っこい猫を抱え上げ、少しずつ甚振った。 身体をすり寄せて居た猫が怯えて逃げ、反撃と爪を立てるのも気にせずに甚振り続ければその体は動かなくなっていく。 次に捕まえた犬も、山まで出かけて捕まえた狸にも満足しなくなった。 次第に大きくなっていく対象にこどもは別段違和感を覚えなかった。 倫理観というものは捨て置いてきてしまったこどもの行いは、自分が悪いという自覚も無ければ命を蝕む痛みも知らないのだ。 だからといってこどもが『悪くない』とは限らない。殺し続けたこどもは金魚を殺した後、濡れた指先を拭わないままにリビングへと入っていく。 「あら、新。帰ってたの? 今日のご飯はね――」 とん、と。 鈍い音がした気がする。か細く「え」と出た声に、更に抉れば絶叫。耳を劈く声が響き渡って、目の前の『身体』が落ちていく。 母親だったものはこどもにとっては唯の遊び道具になってしまったのだろう。 ぼんやりと見詰めたまま、びくびくと脈打つ女の肢体を見詰めて、掌の肉の感触に悦に入った様に笑った。 ――つぎは、だれであそぼうかなぁ? ● 「幼い頃の経験がトラウマになるというのは聞くけれど、間違いを犯すのもまた教育の賜物かしら」 『恋色エストント』月鍵・世恋(nBNE000234)は何気なく告げて、お願いしたい事があるのとリベリスタを見回した。 「少年の名前は草薙 新。小学校五年生。一応、革醒者よ。分類はフィクサードかしら。 幼いながら立派な殺人者よ。こどもでありながら殺す事を楽しんでいる……厄介な子ね」 人殺しに躊躇いは無く、遊び相手だと考えて殺しを働いているそうだ。 新が殺してきたものは様々だ。昆虫、動物、そして人間。ありとあらゆるものを殺しそのもがく姿を見詰めて悦に入る。幼いながらも十分にねじ曲がった性根は何とも『理解し難い』ものがある。 「例えば、殺す事を生業としてる人が居た。その人が殺す極意を伝授したならまだしも、彼は――新君は素人でありながらも連続で殺人行為を行っているわ。 もしかしたら。フィクサードが生まれる時ってこういう事を云うのでしょうね……」 幼いながらに人を殺す。何のためらい無く革醒者の力を振り翳す。圧倒的な暴力を使う様子は『おとな』であればフィクサードだと簡単に断罪できる対象なのであろう。 相手が『こども』だとなるとその手が鈍るのも致し方が無い。 少年が『フィクサード』も『リベリスタ』も――神秘存在も知らぬうちに、その性質を黒く染め上げていっている。神秘を使った犯罪を分類するならば彼が『フィクサード』であるのは明らかだ。 「『おとな』と『こども』の違いって何でしょうね。こどもであるからといって、見過ごすわけにはいかないわ。 彼がどの様にこの先暮らしていくか分からない。それでも、彼が拾い上げたアーティファクトと、ソレが生み出すエリューションは放置できないし……彼その物の行いだって止めなければならないものでしょう」 淡々と、少女の様な外見をしたフォーチュナは告げていく。 「それで」とリベリスタが彼女の『お願い事』を尋ねれば桃色の瞳を伏せて彼女ははっきりと、告げた。 「彼を止めるか、殺してきて下さい」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:椿しいな | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年10月28日(月)23:20 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● ――動物を殺すのはいいのに人を殺すのはどうしてダメなの? いつか、子供に問われた事を想いだし『紅蓮の意思』焔 優希(BNE002561)は小さな溜め息をつく。 マンションの10階、『草薙』と掲げられた表札を指でなぞった『無銘』熾竜 伊吹(BNE004197)が小さくため息をついて鍵へと手を伸ばした。サングラスの向こうで灰色の瞳に宿された感情の意味は余り読みとれない。 かちゃり、と壊さずとも開いた扉にゆっくりと廊下を進む『怪人Q』百舌鳥 九十九(BNE001407)は廊下に散らばっている金魚の屍骸を拾い上げ、布にくるんで持ち運ぶ。 「まったく、惨いことをしますよな」 乾きかけた体に纏わりついてたであろう水分が廊下を汚している。小さな子供が水遊びをした後の様に残された痕跡を見詰めながらぼんやりと考察を続けている『アヴァルナ』遠野 結唯(BNE003604)はschwarze Kleidungと名付けた黒い服で口元を隠し、サングラスで隠した瞳で廊下をじ、と見詰めた。 殺人者と殺戮者。それに意味があると結唯はあると言う。殺人には意味があり、殺戮には意味がない。 沈黙し、考察を続けている結唯の横をすり抜けて、マスクの奥で小さく笑った『偽悪守護者』雪城 紗夜(BNE001622)はうさぎのぬいぐるみの後頭部から直死の死神を取り出して、こてんと笑う。 彼女の体の周囲を囲む紫電のオーラを感じとり、集中力を高めて居た『かたなしうさぎ』柊暮・日鍼(BNE004000)が度入りのサングラス越しに、閉じられたリビングへの扉を見詰めている。 何処か慌ただしく『ディフェンシブハーフ』エルヴィン・ガーネット(BNE002792)が最後の教えを手に廊下を駆けていく。 殺したがりの少年。『殺したがり』という奇妙な嗜好は彼がアークのリベリスタとして活動する中で、何度も廻り合ってきたであろうものだ。だが、頭の中に浮かんだ『誰かさん』に苦笑を浮かべるしかない。 ブリーフィングで聞かされた情報には『救える命』があると言っていた。その命――草薙新少年の母親の命が喪われた時、実の母親を殺した新少年は『凶悪な殺人鬼』になってしまうのだろう。 「――分からず屋」 命を弄ぶ。子供の遊びにしては悪質であることすら理解して居ない少年を顕すにはその言葉が一番なのだろう。 九十九が熱感知を使用して大まかに仲間達へと示した居場所。母の近くで茫と宙を眺めて居る少年。勘の鋭い伊吹がその位置を的確に把握した時、燃えるような赤い髪を揺らして『炎髪灼眼』片霧 焔(BNE004174)は一気に扉を開いて、飛び込んだ。 彼女に続くエルヴィンがキッチン周辺にできた血の海と、その中に倒れ込む女の姿に気付き、回復を施していく。 背の低い、幼さを前面に押し出したかのような少年が丸い瞳をぼんやりと向けてエルヴィンへと微笑んだ。 まるで『新しい遊び道具』がきたとでも言う様な笑みにエルヴィンは最後の教えを手にしっかりとリビングの様子を確認し、部屋の内部へと仲間を促していく。 「お前の『遊び』、邪魔させて貰うぜ」 ● 殺人者が異常であるか否かを定義する時に結唯が使っていたのはは『善悪』の物差しなのであろう。 異常者は罪の意識にとらわれる事はない。彼等は己を異常だと思ってないのだから、『罪』であることを認識できないのだろう。 地面を蹴り、真っ直ぐに走る伊吹は乾坤圏を構えながら倒れ込んだ女――母親を助けんとする。其処に飛び込んできた小さな小鳥は新の殺してきた『遊び道具』だ。翼を広げる小鳥を殴り付け、その体を壁へと飛ばした伊吹の背後をすり抜けて焔が乙女の拳を構えたまま母親の前へと立ち塞がった。 「OK、大丈夫よ」 伊吹の視線を受けて母親の庇い役として体勢を整えれた合図を送る焔へと興味深そうな新が子供にしてはやけに倒錯的な笑みを浮かべてリベリスタを見詰めている。 丸い瞳には何かの悪意が込められている訳ではない。純粋な子供心があるだけだ。優希の胸を飾った静謐の赤が室内の蛍光灯に照らされて燃えあがる様な輝きを示している。迦具土神を嵌めた拳に力を込めて、新の目の前へと一気に詰め寄った。 「……おにーさんは、なに?」 「さあ、何だろうな?」 感情が収まらねば爆発する子、理詰めで納得できなければ収まりの付かぬ子。様々な種類の子供が存在していた。優希の場合は後者だ。納得できず、収まりが利かないで駄々っ子の様になる。世界や自らに対する灼熱の様な憤りこそがその一端であるのかもしれないが―― 視野の狭い子供に綺麗事をまくしたてた所できっと理解は得られない。その足を止める様にと振るわれた拳が少年の体を凍らせる。 「いや、何とも。少年と言えど道を踏み外してしまったとなればやるしかありませんかな」 犠牲が増えるというその状況を見過ごす事が出来ないのだと魔力盾で屍体を受けとめながら弓を持つとされる月の女神の加護を纏った九十九は仮面越しに新の表情を見詰める。 少年の根底に存在するか分からない罪悪感。人間らしい感情を見透かさんとする九十九の前を抜けたのは結唯の攻撃だ。 多人数が部屋の中を暴れる音、攻撃を行う音が壁越しに近所住民の元へと伝わらんとする。多少の音ならば『子供の遊び』で済むが、『人避け』を行っていない状況では中々に厳しいものがあるのだろう。 思考の濁流で屍体を押し返し、日鍼は目を細めて小さな溜め息をつく。目を細めるのは『よく』見る為であるのかもしれない。視力の低下に伴って、五感が発達して日鍼の鼻が捕えたのは腐りかけの肉の臭いだ。 「遊び道具や、ないんやけど」 小さく吐き出す言葉。これを『遊び道具』だと考える新は一体どこで道を踏み外したのであろうか。 きっかけは誰しもあった筈だった。紗夜がひきこもりから脱却した切欠だってあった。オレンジ色の髪を揺らし、地面を蹴って窓の前へと立った紗夜は小さな鳥の体を彼女の身の丈と比べれば大きな鎌で分断する。 「さぁ、躾の時間だね」 正義の味方――ではなく、悪の華此処に咲く。 唇で嗤った紗夜の纏う紫電のオーラに少年が楽しげに声を上げる。屍体を相手にするリベリスタの後ろをすり抜けて焔から母親を預かった伊吹が背後をすり抜けた。 「あ、おかーさん」 いっちゃうの、と丸い瞳を向ける新に伊吹の背筋に走ったのは嫌な気配だった。 痛みを知らず、人を殺す『幼稚さ』。痛みになれすぎて何も感じない『超越者』。どちらであれど、少年は狂っているのだろう。 生まれながらにその嗜好を持っていたとするならばそれは彼にとっての悲劇だ。彼の罪ではないと知っているが――余りに、残虐な行いだった。 「お母さんの命が危ないのよ? それに、命を喪った後も遊びに付き合わすだなんて、酷いこと! いいわ、私がもう目を醒まさないように寝かしつけてあげる!」 炎を纏った拳が真っ直ぐに猫を叩きつける。腐敗した肉の感触が掌に伝わり焔の眉間に皺が寄る。体を逸らせる焔の背後から九十九の弾丸が飛びこみ、猫の体を壁へと叩きつけた。 母の体を癒しながらエルヴィンは新の前へとゆっくりと歩みよる。室内を飛び回る小鳥や、鳴き声を上げる猫や犬の屍を受け止める仲間達はいずれも少年の更生を狙っていた。 「……ねえ、なんなのさ、皆、何しに来たの?」 「なに、悪い子供にオシオキしにきただけさ。……来いよ、大人の力ってヤツを見せてやる」 エルヴィンが唇を歪めれば、頭に血が上った様に新が唇を噛む。自身の周りに存在する屍体への配慮なく少年は周囲を切り刻んだ。 (……私達が出会うのは、そんな分岐を既に越えて久しくなった、出来上がってしまった彼なんだよね) 紗夜が直死の大鎌を振り翳し、猫の体を分断しながら、ちらりと新を見詰める。言葉を交わす事に長けたエルヴィンが纏ったマイナスイオン。何処か安らぐその気配を感じながら、紗夜は面白半分にゆっくりと、口にした。 「さてさて、そんな彼の嗜好趣向を、僅かな時間で何とかできるものなのかな? ……私はね、余り期待はしてないけれど、皆の努力は応援しようじゃないか」 ● そろそろ母親の体は外に運び出されただろうか。 淡々と考察を続ける結唯が行う『魔女の秘術』。陣地の構成にかかる時間を今の結唯は短縮する術を準備してはいなかった。 母の体を運び出すまでは結唯はその術を使わなかった。結界をも張らない戦場。ぴくりと日鍼が顔を上げ、九十九へと視線を送る。 母の体を他の部屋へと運び出した伊吹の勘も告げて居たのだろう。誰かが、この場所で行われている事に勘づいたのではないか、と。 「おやおや……さて、草薙新君、でしたかな? 君の玩具はどうやら我々が片付けてしまったようですが。 ……あまり手荒なまねはしたくないので、大人しく捕まって貰えませんかな?」 有利不利が分からないほど、馬鹿ではありますまい、そう告げる九十九の言葉に子供は馬鹿にした様に分からないと嗤った。 周囲のざわめきが日鍼の耳に聞こえる。結唯の術が間に合うか間に合わないか。そのギリギリのラインでの行動はかなりの危険を伴うだろう。 「ねえ、分からず屋。私は一々口で伝えるのは面倒なの。 分からず屋の子供の教育方法ってわかる? 鉄拳制裁。これが昔からの相場よね?」 ほめられた事じゃないって判ってるけど、と地面を蹴って、エルヴィンが言って下がった所に真っ直ぐに拳を振るう焔の眼は笑わない。 何処か拗ねた様にも見える彼女は『分からず屋』と絶えず口にしていた。 「知ってるか? 人を殺すのは悪い事なんだぜ?」 ――それを分からないからこその『分からず屋』か。 エルヴィンは専門家ではない。誰かの心を正す事はできない。だが、こうして言葉を交わす事で何度も何度も救ってきた。 生かしたがりで活かしたがり。どの様な世界の者でも手を伸ばすエルヴィンはある意味ではカウンセラーとしての役割を担っている様にも思えた。 「刺されたり、切られたりすると痛いからだ。痛い事は、誰にとっても嫌なことだ。 お前も痛いのは嫌だろ?」 「じゃあ、なんでおにーさんたちは僕を殴るの? 僕に痛い事するのは悪くないの?」 丸い瞳が只管に見詰めている。日鍼が周囲のエリューションの掃除を終えたと彼へ放ったトラップネスト。その効果を与えられない事にサングラスの向こうで瞳を細めて唇を噛んだ。 「新君、きみは幼稚や。快楽を追求するだけで、ほんま何もわかってへん。 愛情と時間とお金をかけて育ててくれた人が居るから今の君がいるんやよ……?」 「誰も頼んでないよ? 生んだのはお母さんとお父さんだもん」 少年の言葉は、純粋無垢なままだ。その母親は『新に刺された』事を覚えてはいないだろう。伊吹は母の記憶を優しい物にすり替えている。新は日本有数の財閥『時村財閥』の施設で保護された事となる。 だが、『無かった事』にはできない。新が刺した事、新が生まれてきた事は全て事実だからだ。 「俺はそなたを説得できる立場では無いな。俺も今まで多くの人々を殺めてきた。 罪のない人々を大勢手に掛けた事もある。『仕方がなかった』とは殺される側にとっては何の言い訳にもなるまい」 淡々と告げられる言葉。新の握りしめるダガーを狙った弾丸を少年は咄嗟に避ける。刃にぶつかり欠けたソレに少年が酷い、と伊吹を睨みつけた。 「同じでしょ? 僕とおにーさん、ちがう?」 「いいや、同じだ。だが、罪は罪として何時までも報いなければならない」 罪、と少年が囁く言葉に優希が地面を蹴り、新の手に握られるダガー『praeteritum』の刃を砕けさせる。 「母親の命を奪えば、二度と離せなくなる。美味しい飯も食えなくなるし、抱き締めて貰えなくなるんだぞ」 優希が突然失ったものを自ら失おうとする子供が其処には居た。 殺しは遊びではない事を知らないのだろう。自己防衛のための殺生が『仕方ない』と割り切れるまでどれ位の時間を費やしただろう。 「力があるなら殺しでは無く、大切な人を護るために使ってやれ……!」 必死な声を振り払う様に、新は踏み込んで、死の刻印を刻みこむ。丸い瞳が『大切なひと?』と不安げに揺れた。 少年にとって必要だったのは何への依存だったのかもしれない。母親が居ても父親が居ない。寂しさが歪みを生み出し、その隙間を埋める様に殺戮を始めたのかもしれない。 「嫌な事をするヤツは、悪いヤツだ。……お前は、悪いヤツでいいのか?」 「いいんだもん、悪い子だったら、叱ってくれるし、誰かが僕を見てくれるんでしょ?」 お母さんだけじゃ足りないんだと声を張り上げる新に反応してか「草薙さんの御宅かしら?」と何処からか聞こえる声がする。結唯の陣地作成が間に合ったのか――果たして。 ● しん、とした場所には新とリベリスタ達だけだった。何処か不安げな表情を浮かべた新が「あは」と笑みを漏らし、破滅を予告するカードで『不吉』を占った。 「新君、殺人鬼としても未熟や! ……未熟なんやから学ぶんや。快楽なんかよりもっと大切な事があるんよ? わいはそれを知ってる。まだ、チャンスがある……だから――!」 「なら、殺せばいいじゃん。一杯殺せば一杯わかるよ?」 人が死ぬって怖いことなの、と少年は囁いた。何かが死ぬ時に自分を見てくれる絶望の眼がとても心地良かった。快楽を感じたとも言える。ああ、僕の掌の上で誰かが、誰かが。 「このっ、分からず屋ッ!」 焔が殴りつければ新は反撃する様に地面を蹴りステップを踏む。切り裂く手を止める様に、九十九が銃を投げ捨て、拳を振り翳した。 「私が気に入らないのは、殺人嗜好もそうですが、何より自分を育ててくれた母親に手を上げた事。 恩を仇で返すその行為、許せませんぞ。新……お前のする事は、まず母親に謝る事だ」 普段は丁寧な口調で告げる九十九にしては荒々しく思える対応がそこにはあった。新の手首を掴み、引き倒さんとする中で、真っ直ぐに拳が少年の頭に落ちる。 ぎ、と睨みつける新が起きあがり、九十九の手を払い退けた。 「僕は、遊んでるだけなのに! どうして邪魔するの? 痛いから悪いの? 遊んでたら転んで血が出て痛いのは悪いことなの? 人が死ぬってそんなに駄目?」 お母さん、殺してごめんなさいと素直に言う新は本当に『分からない』とでも言う風に九十九へと刃の欠けたダガーを突きつける。 日鍼は「可哀想な子やな」と小さく呟いた。少年は善悪の区別がない。特に誰かを傷つけることへの悪意が存在して居ないのだろう。認識せず、遊びだと言い張るその姿は何とも言えない程に『可哀想』だ。 生まれ持っての性質でないというならば正すことだって出来ただろう。だが、彼にとっては遊びの延長線上である事に変わりはなかった。 我儘な子供を殴りつけて叱りつける事が正しいかは分からない。だが、痛い事は嫌でしょうと諭して殴りつけるのでは何かが違う。『駄目』な事を進んで行う者達の言葉は新とて信用できないのだろう。 「悪いことして遊んじゃ駄目っていうなら、なんで、皆して僕を苛めるの?」 それは、悪くないの、と少年が丸い瞳を向ければ紗夜が横から飛び込んで、新の体を吹き飛ばした。 「キミは、死ぬのが怖いかな? 新君、命の大切さってわかる? 大事なものは失ってから初めて分かるんだって。お母さんは大事じゃないの?」 丸い瞳に、母親を喪う事を分からないとでも言う様に「おかーさんは大事だよ」とへらへらと笑って見せる。 優希は確かに分かっていた。大人と子供の違いでる判断材料。身近な狭き世界の影響が今の彼を形成したのだと、知っていた。 大人は沢山の情報を知っている。新を抱きしめようと伸ばした腕の中で少年が優希の腹に真っ直ぐにダガーを突き付け、貫く。 「お前は、修羅の道を望むな……手中の幸せを、握り潰すな……!」 まだ、『戻れる』と囁く言葉に少年は分からないとでも言う風に眉を寄せた。 可能なら捕縛しようとリベリスタは考えていた。焔の手が新の腕を掴む。彼の手から滑り落ちたダガーを咄嗟に拾い上げ、ぎ、と睨みつけた。 「歪んだ想い、此処で私が殴り飛ばしてあげるッ!」 止める事が出来るなら何よりだった。母親を刺してしまう程の歪み。 屍体を攻撃し、自身への攻撃を与えられたうえでも『痛いのは悪いことだ』と諭される少年は首を振る。 少年にとって、リベリスタ達は楽しい遊び道具のままだったのだろう。痛みを与えられ、『罪』だと言われても、それに善悪の区別がない彼にとって『何故人を殺しちゃ悪いのか』を伝えるには難しすぎた。 痛いのが厭だろうと言われても、与えられる痛みはあった。 死にたくないと少年は口にしない。そもそも、彼は『死ぬ』事を余りに恐れて居なかったのだろう。――死ぬ事が何か分からないままだったのかもしれない。 激しい抵抗の末、新の腕を掴んだ焔の眼が哀しげに染まっていく。 「……業を負う者は少ない方が良い」 呟かれた言葉に目を見開いた少年の胸に宛がわれる銃口。 九十九のそんな姿に雨の日に出ると言う都市伝説を思い出した焔が「分からず屋」と新を見詰め吐き出した。 『草薙新』という子供にとっての悪魔である紗夜がぬいぐるみを握りしめ、紫色の瞳に影を指す。 九十九の手に力が込められる。紗夜が指で作った銃の引き金を引くのはそれと同時だった。 ――「ばぁん」 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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