● オータム・グローリーの鮮やかな葉がひらり、ひらりと舞い踊るのはアジュール・ブルーの秋空。 少し肌寒い風がベージュのトレンチコートの裾をはたはたと靡かせる。 楓の葉は山一面を覆い尽くし、吊り橋から見える視界は紅葉色に染まっていた。 小鳥の囀りが何処か近くで聞こえた気がする。サラサラと流れる渓流の囁きも聞こえてきた。 アルパイン・グリーンの苔が黒く、そして、流される紅葉の赤はカッパー・レッド、それにクローム・イエローのイチョウの葉が緩急をつけて遊んでいる。 ゆっくりと見渡す、和やかな時間。まるで、現実から切り離された楽園のように自然を感じた。 舞い降りてきた紅葉を手に平に乗せて、秋の彩りを楽しむ。 ふと、香るこうばしい匂いは、秋刀魚を焼いたものだろう。 ぱたぱたと仰がれる炭火で焦げる魚の油が、何とも言えない美味しそうな匂いを放つ。 「おや? お嬢さんも一緒にどうですか?」 にっこりと笑って、迎え入れてくれたのは食べ物の形をした人間ではないもの。そう、夏の海でこの様な存在と出会った気がする。 「ほうほう。同じような? もしやマンボウの形をしていませんでしたか? なるほど、そいつは私の弟です。いやぁ、出来の悪い弟で申し訳ない。あ、申し遅れました。私はマロン・ブラウンと申します」 恭しく頭を下げたそれは、マンボウの部分をそのまま栗の形にした、しゃべるアザーバイドだった。 「私がご提供出来るのは、ずばり秋の味覚でしょう。そう、目の前にある秋刀魚も然り、戻り鰹にイワシ、秋鮭と舞茸の天ぷらに松茸ご飯、秋ナスに、里芋の煮付け……と、失礼。これで、よだれをお拭き下さい」 ごしごし。 ナフキンを返却して、マロン・ブラウンが用意した秋の味覚を堪能……しようと箸を取る。 しかし、何故だろう。こう、しっくり来ない。 美味しそうな料理が次第にボヤケて、とうとう目の前から消えてしまった。 ああ、消えないで。消えないで……。 ● 「とても、悲しい夢でした……」 『碧色の便り』海音寺 なぎさ(nBNE000244)の海色の瞳がとても悔しげに歪んでいる。 拳は握りしめられ、ぷるぷると震えていた。そんなに食べたかったのだろうか。 「でも、きちんと情報は把握してあります! これを見て下さい!」 嬉々として小さなメッセージカードに書かれた文章は『メニュー表』であった。やっぱり、とても食べたかった様である。アザーバイドが創りだす料理の数々が並んでいる。どれもこの世界のごく一般的な料理であることは間違いない。フェイト等の細かい部分も気にしなくて良いということだ。 メニューの裏には可愛らしい紅葉のスタンプと、みかんのシールが貼られていた。 「一緒に、もみじ狩りに行きませんか?」 なぎさはイングリッシュフローライトの髪を揺らし、とびきりの笑顔で微笑んだ。 秋の花が山一面を覆い尽くす。赤と黄と茶が織りなす、オータムフェスタ。小さなカードにはメニュー表。 山へ行こう。ひらひら舞う木の花を愛でに。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:もみじ | ||||
■難易度:VERY EASY | ■ イベントシナリオ | |||
■参加人数制限: なし | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年10月30日(水)23:40 |
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■メイン参加者 32人■ | |||||
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● 澄み渡るアジュール・ブルーの大空は吹きつけた冷たい風に押し流されて雲ひとつ無い晴天。 その空と対比する様に地上に広げられた秋色は綺麗なグラデーションを帯びて濃くなっていくのだ。 モニカと慧架は遊歩道をゆっくりと歩いていく。殺伐とした戦場から離れてゆったりとした時間を過ごすのも悪く無い。猛暑と台風に押されて足を向ける機会が少ない分、今ここでデート気分を楽しもうとモニカはシルヴァ・スノウの瞳で地を覆う紅を見つめた。 「しかしこうも紅葉が道端に散らばってると箒で掃除したくなります」 「あら、モニカは掃除する子でしたっけ?」 慧架の脳内イメージでは彼女は箒ではなく巨大な銃器を振り回している。そこに貧弱な箒を合わせてみても何だかしっくり来ないのだ。 「メイドの職業病ですね……まあ、今日はメイドとして来たわけではないので自重しますが」 ふと、モニカの銀瞳が慧架の艷やかな黒髪を捉える。その向こうに見えた紅葉と黒髪のコントラストが彼女に秋の色をまとわせていた。 「店長は季節の中で秋が一番似合う感じはしますね」 「あら? 私って秋がイメージですか? 自分は考えたことないですね」 けれど、モニカの言葉に少しだけ嬉しげに微笑みを返す慧架。 「私は冬が似合うとよく言われますが、冷え性なのでこれからの季節は辛いです」 「冬……確かに白いですからねぇ」 ひゅうと2人の間を通り抜けた風に小さな吐息をすれば少しだけ白い息が出た。 「私が秋でモニカが冬なら繋がってますね。寒がりモニカにマフラーをまいてあげましょう」 以前の任務での約束。半日一緒に過ごすという報酬。 テュルクと理央はちょっぴり堅苦しい名目でこの紅葉の中に居た。 けれど、それは名目だけで、理央はそれなりにお洒落をしたし、髪も解いた。 ……ほら、一人で遊んでもつまらないですし。芸の道もお客がいてこそ、武の道も相手がいてこそ。とテュルクは心の中で言い訳を繰り広げている。 「そんなわけで、行楽には素敵な女性と連れ立ちたかったのです」 ゆっくりと遊歩道を歩いていく。冷たい風が鮮やかな紅葉の彩りをすり抜けて理央の髪を揺らした。 黒髪が紅葉の間に揺れてテュルクは綺麗だなと思う。 その様子を半歩下がった位置から眺めて理央は少し微笑みを浮かべた。 「……はっ すっかり満喫してしまっていましたが、理央さんも楽しんでいただけているでしょうか」 一方的にテュルクだけが遊んでいては、一緒に過ごす意味が失われてしまう。 「ご要望があればお応えしたく」 「じゃあ……」 今度は後ろから眺めて居るのではなく、一緒に並んで腕を組んでみるのはどうか。 「喜んで」 笑顔で彼女の腕を誘って、紅葉の絨毯をふわりふわりと歩んでいく。 「よし! いいか! 紅葉狩りは狩るか、狩られるか! 戦いだ! いけるな?」 「ぶっこむのです! 行くですよ、はいぱー馬です号!」 うまー。愛馬が嘶く。 「僕達の勝利で飾るんだ!」 「はい! 勝利は、絶対! われらのものなのです!」 【モミる】の夏栖斗とイーリスが晴青の秋空へと高らかに宣言する。ガヤガヤと騒ぎ始めた2人に雷音はため息をついた。 「もみじ狩りにそういう意図はない! イーリスもはい!!! じゃなくて!」 「いや、ほら、こういう勢いとかって大事だよな! イーリス!」 妹の叱咤に慌ててフォローする夏栖斗だったが、ダンディライオン・ゴールドの視線の先に写したイーリスの瞳は子供の様に純粋な疑問符が浮かんでいる。 「なんと! 狩らないのですか!!?? やっぱり、狩るのです……」 「そういやなんで狩りっていうんだろうな」 「狩り……わからないのです」 首を傾げた2人の姿に微笑みを浮かべて、雷音は言葉を紡いでいく。 「ぶどう狩りやいちご狩りともいうだろう? 収穫することや愛でることも狩りと表現するそうだ。もみじは天ぷらにもなるのでなるほど、狩りというのにも納得ができるな」 「なんと!」 「んじゃ! もみじ! いっぱい拾って持っていこうぜ!」 「たくさん拾うのです!」 きゃぁきゃぁとはしゃぐ夏栖斗とイーリス。黄色と紅色の紅葉を比べて、大きさを比べて。 雷音は色の濃い葉を拾い上げる。青く澄んだ空へと翳してコントラストの鮮やかさに顔が綻んだ。 「イーリスはもみじは好きなのかな?」 「もみじ! 好きなのです! だから……狩るのです」 ぐるぐるぐる。夏栖斗のお腹からカエルの鳴き声がした。 「よし! イーリス! 次の狩りはきのことさんまと栗ご飯だ! ゆりねもマツタケもナスも秋鮭も全部食うぞ! 天ぷら焼き物制覇だ! 先についたやつが、いっぱい食えるんだぜ! 競争だ!」 「はい! わたし! もみじの天麩羅とお刺身と! なんと! 天麩羅だけですか! うぐぐ。マロンブラウン……ならば、わたし! 栗ご飯と! ほかにも色々食べるのです! はい! きょうそうなのです」 「食べ物には足はないから逃げないぞ! 怪我をするなよ!」 バタバタと駆けて行く2人を雷音は小さなため息をついた。けれど、変わらぬ世界が愛おしくて落ちるもみじを一枚手に取ったのだ。 孤児院の子供達に秋の彩りを知ってほしい。そんな思いでシエルはもみじの葉を探していた。 「1人よりは2人の方が楽しきものかと♪」 なぎさを伴ってもみじやあけび、栗などを探していく。 シエルは紅に染まる紅葉の風呂敷にラセット・ブラウンの瞳を細めた。 ――挑戦♪ 最も紅深きもみじ。 「伝説のStrongもみじ……略して『もみじSt.』を頑張って探して狩りたいと思います!!」 「わぁ! そんなものがあるんですね」 民丸書房刊の古の書物によると『もみじSt.』の木はみかんを好む為、その近くに生えている事が多い。 「さて、探してみると致しましょうか……」 柑橘系の良い香りが漂っている場所を発見した2人は、みかんの木の横に生えた一際紅い『もみじSt.』を見つけたのだ。 「見つけました!」 「やったー!」 きゃぃきゃぃとはしゃぐ少女達。 シエルはみかんを見つめて呟く。メニュー表のみかん! が気になったのだ。 「なぎさ様、もしかして蜜柑も、お好きですか?」 「はい。もみじもみかんも好きですよ」 ぶしゃあ! やがて。それぞれ運ばれてきた蜜柑に二人の親指が突き刺さった;; 遊歩道をあるく。小さなアリステアに歩調を合わせてゆっくりゆっくり歩いていく。 銀杏の黄色も好きだけれど、紅葉の赤色も好きだと彼女は云う。それはまるで教会に敷かれている絨毯の様だったから。女の子なら誰もが見る夢である。 それに、隣に居る涼の金の髪は紅葉の中でより一層映えていた。頭の上に一葉がひらり。 四季折々の美しさ、それを小さな恋人と一緒に愛でる幸せ。日常が色づいていく。 「あ! すごい……!」 紅色の中で一際濃いワインレッドを見つけてアリステアは涼の腕を引いて駆けた。 「この一本、他のより赤色が濃いよ。綺麗だね」 「確かに燃えるように赤くて、綺麗に染まってるな、て。……心が洗われるようだなあ。と言うか見事だな」 「……ん?」 アリステアの頬がみるみる内に紅く染まっていく。紅葉の如く紅く紅く。 自分から腕を組んだ事、大胆に触れた事。それが恥ずかしくて。でも、離したくないから。 「えっと……。ご、ごめん。これ、外した方がいい?」 「そんなの気にしてたのか? 彼女ならフツーみたいなもんじゃないか? まあ、俺はアリステアに腕を組まれて嬉しいけど」 涼の声に安堵と照れがアリステアを包み込む。 「じゃあもう少し、このままがいいな」 「恥ずかしいなら外してもいいんだぜ」 赤くなったままの少女が愛おしくて、涼はふわりと頭をなでたのだ。 風が紅葉の葉を一枚その身に乗せて青空を優雅に遊んでいる。今年もまた一緒に過ごす時間の記録が増えていく。そう、悠月と拓真は緑から紅になっていくグラデーションの山を散策していた。 「すっかり紅葉も色付いて見頃になっていたか」 「今年の紅葉も壮観ですね……とても綺麗」 二人の間に流れる清廉な空気はこの紅葉の色彩の中に居て尚、穏やかで優しい色合いを写す。 悠月のカテドラルの瞳に映るオータム・グローリーに拓真は目を細めた。 「こういう所に来て、観る景色は特別ですね」 「また、こうしてこの様な風景を見れた事に感謝しなければな」 家の庭で見るヴィネットの様な切り取られた世界ではない。稜線まで続く広い赤のカーペットは広大で。 今年もこの景色を見ることが出来て良かったと悠月は思うのだ。戦場を掛ける運命の使者達は何時その生命が摩耗して消滅するか分からない。だから、今この時を迎えられる事に幸せを感じるのだ。 引き寄せた悠月の肩が少しだけ冷たい。拓真はそっと唇を重ねて熱を移していく。 「また来年も見に来ようか」 「――はい。来年も……一緒に」 “必ず”とは言えない。自分たちの肩に掛かる世界の正義は、容赦無くこの温もりを奪ってしまうのを知っているから。否、そうする事を黒曜石の迪拓者は望むと現の月は知っている。 だから、軽い約束に留めるのだ。 二人が生き続けている限り、その約束は果たされ続ける事になる。そう、願って――。 「あー、空気が美味しいな」 猛は肺にめいいっぱい空気を吸い込んで腕を上げた。 「紅葉も綺麗だし、これだけで足を運んだ甲斐があったってもんだ」 にっかりと笑う青の視線の先には誰よりも特別な存在であるリセリアの横顔が写っている。 「……確かに美味しい空気。良い所ですね、此処は」 絡めたリセリアの指先は冷たく、猛の暖かさがそこから伝わって来るようだ。 ゆっくりと紅葉のアーチを抜けて見上げる森はやはり紅に覆われている。 「こうしてると、戦ってたなんてまるで嘘みたいに静かだな……」 「……静かですね」 静かな世界の中に、聞こえるのは剣戟、銃撃。静かなはずなのに耳に残る戦場の余韻。親衛隊、本当の最期。激しい戦いであったから。今この静けさが異様に肌に突き刺さる。 ――あんな事、あんなものを見せつけられては思う事もあろうというもの。 ……とはいえ。何時までも引きずる訳にもいかないのだけど……。 リセリアの思惟は猛には判らなかったが、握りしめた手を引いて胸の中に抱きしめた。アメジストの瞳がそっと閉じられる。ゆっくりと唇に伝わる柔らかさが猛には心地良かった。 「好きだぜ、リセリア。これからも宜しくな」 「私も好きです――ありがとう」 考えは分からない。けれど、この暖かさは紛れもなく大切だと思う人の体温。 この暖かさを忘れ無い限り、平穏な日常に戻ってこれる。そう信じているから。――きっと、大丈夫。 宵闇のテラスで大空への散歩を約束したのは亘となぎさだ。 「ふふ、御機嫌ようなぎささん。宜しければ紅葉を楽しみながら、空のお散歩に行きませんか?」 「はい! 楽しみです」 地上より遮るものの無い空は寒いからと、亘は耳あてをなぎさに付ける。コート代わりのマントをくるり。 差し出す手に小さな手を重ねれば、ふわりとなぎさの身体が浮いた。 「わわっ!」 お姫様抱っこは初めてだったけれど、亘が連れだしたスカイブルーの世界はそんな事を忘れるぐらい広大。 紅葉に埋もれる遊歩道じゃなく、ここは紅色の絨毯が敷き詰められた青の空。 「綺麗ですね」 空の散歩が終われば、2人揃ってティータイム。 ココアとモンブラン、マロングラッセにみかんも頂いて優雅なひとときを笑顔で過ごした。 「とっても楽しかったです。ありがとうございます」 ぺこりとお辞儀をしたなぎさは紅葉の遊歩道へと消えていく。 葉のグラデーションは多岐に渡り、緑から黄色、赤へと変化していく。まだ染まりきっていない紅葉の葉は風情があってそれもまた良い。戦場に散る赤ではなく、燃える様な紅葉に優希は隣の瑞樹を見た。 「瑞樹と出会って、既に半年が過ぎたのだな」 「早いなあ。もう、あれから半年が経ったんだね。通りで景色が色付いてるわけだ。落ち葉の絨毯が出来るのも、そう遠くはなさそうかな?」 散らばる紅にまだ落ち葉の間から見える薄茶色の地面が見えている。 戦場という非日常がリベリスタにとって日常にならぬように、この一瞬を心に刻みつけたい。 当たり前の空間があるからこそ、彼らは戦いに赴く事ができる。 瑞樹のオメガ・ブルーの瞳に映る強さを優希はよく知っている。凛とした清廉な輝き。彼が過保護にならなくともこの少女は自身の力で歩んで行くだろう。だからこそ優希は瑞樹へと手を出した。 「今日は手を繋いで、隣を歩いても良いだろうか?」 前から手を差し伸べるのではない。隣に立って手を繋いでもいいかと。 「ふふ、優希の手はあったかいね」 縋るでもなく、ただ手を重ね合わせて、共に歩んでいく。それが一緒に生きるということだから。 前へ踏み出す足も、添えた指先も。一歩ずつ進んでいこう。 過去に作った壁など、お互いの前にはもう無くなってしまっているのだから。 ● 緑苔の小川にボートを浮かべているのは壱和とロアンだった。水面近くから眺める紅葉はまた違った味わいがある。ひんやりと冷たい小川の水も手を浸せば気持ちいい。 そこに辿り着いた鮮やかな紅葉の葉を救い上げて壱和はロアンに見せる。 「見て下さい。この紅葉、色がすごく綺麗ですよ」 「これは……一段と綺麗な紅葉だね。良い事ありそう」 水に濡れて伝う雫がキラキラと輝いて紅葉の色を一層鮮明に映し出していた。ふと、水面に光るものを見つけたロアンは声を上げる。 「あっ、何か横切ったよ! ……魚か。美味しいかな」 「魚さんがいますね。なんでしょう」 ロアンと居ると心の底がふわりとくすぐったい様な感覚に包まれる。温かな感覚だ。 漕ぎだすボート。ロアンは少しでも弟の様な壱和に良い所を見せたいと思ったが、何故だろうとても疲れた。 「……僕もそろそろおじさん、かなぁ」 「ロアンさんは、お兄さんだと思いますよ」 壱和に取ってみれば、頼りになる人間のうちの一人である。もちろん、一緒に居て安心もするのだから。 ボートの上でサンドイッチとコーヒーを頂いて。 「っとと……」 零さぬように気をつけながら、少し早めのティータイム。 ロアンの視線の先、岸辺に居たのはなぎさだった。ロアンが手を振ると笑顔で振り返した彼女。 「……元気そうで良かった」 ポツリと呟くロアンを、壱和はのんびりと幸せそうに眺めていたのだ。 休憩所から揚げたての天ぷらを片手に持ち、もう片方を恋人が転ばないように繋いでるのはスケキヨだ。 綺麗な緑苔の見える小川の大石に腰掛けて膝の上へルアを載せる。 「もみじの天ぷらって初めて食べるなぁ。甘くてお菓子みたいだね。ルアくんも食べるかい?」 「うゆ?」 「……はい、どうぞ」 悪戯っぽい笑みと共に、スケキヨの唇に挟まれた紅葉の天ぷらがルアの目の前に降りて来た。 何時もとは違う光景にルアの頬がオパール・ピーチへと染まっていく。何時になっても好きな人の顔が近くにあれば胸が高鳴るものである。 「ほんとだ、甘いね!」 お腹を膨らませた2人は小川のせせらぎとアルパイン・グリーンの細やかな苔を見ながら秋の余韻に耽る。 少し肌寒い風が吹くけれど、お互いの体温はじんわりと暖かい。 「ボク、苔って大好きなんだ。華やかさはないけど、優しい感じで綺麗だよね」 「スケキヨさん苔好きなの? 濃くて綺麗だよね! ふんわり……まりもみたい!!」 その濃い緑の上を鮮やかな紅葉が流れていく。その光景が美しくてスケキヨは微笑みを浮かべた。 「でも一番綺麗なのは……」 細く尖った黒の指先が器用にルアの薄緑の髪を撫でていく。 「スケキヨさん大好き」 「ボクも大好きだよ」 言いながら、スケキヨは愛しい少女を抱きしめた。 「わあ……きれいですね。それに、いいにおい。見ているだけで秋を感じる気がします……」 「そうね、素敵なロケーション。大切な人と景色も味覚も楽しめるなんて、贅沢な秋だわ」 栗小屋の窓から見えるのは四角に切り取られた絵画の様なオータム・グローリー。 三千とミュゼーヌは二人並んで秋の味覚に舌鼓を打っていた。 「ミュゼーヌさん、この鱧、ふっくらしてておいしいですっ。里芋もほくほくしてて、味がしみてますね……土瓶蒸しも、心があたたまる良い香りなのです」 「ふふ、本当に。どれも良いお味だわ……。これなら毎日だって食べていたくなっちゃう」 オリオンの瞳を閉じて味わうミュゼーヌに三千の顔が綻んだ。この味を覚えて彼女に作ってあげたい。 「え……食べて覚えられる物なの? 本当に毎日食べられれば嬉しいけど、すっかり執事が板についてきたみたいね」 ミュゼーヌの笑顔が見たいから、三千は彼女の為に腕を振るうつもりなのだろう。それは嬉しい事なのだが、むず痒い乙女心がミュゼーヌの心をくすぐる。 恋人兼執事の優秀さに誇らしくなる、と同時に、自分にはそこまでの家事スキルが無い事への少しばかりの敗北感。 「い、いや、決して私が全く出来ないとかじゃないのよ、本当よ」 心の葛藤に弁解するミュゼーヌに三千がクスクスと笑顔を認めたのだ。 「紅葉狩りといいつつも、ここまで食べものが充実してると、花より団子ならぬ『紅葉より団子』かな」 快はマロン・ブラウンに頼んでこの地方、東北の地酒を注文した。 グラスに注がれた冷やおろしは僅かにペイルなグラス・グリーンを湛えている。 五百万石を磨き上げ、中取りした一杯だ。 どこか白ワインやマスカットを連想させる香気に、すっと爽やかに喉を駆け下りる柑橘が堪らない。 紅葉の赤が薄い緑の中に映り込んで、小さな湖のヴィネットが出来上がる。 食べ物は山の幸。土瓶蒸しを香り、汁をすすり、酢橘を搾る度に一杯。これが堪らないのだ。 山菜、松茸の天ぷらにむかご、くわいのほっこりした食感を味わいながら、焼いた川魚を突く。 「……ごめんよ、なぎさちゃん。折角誘ってくれたのに、なんだか俺一人で楽しんで、おっさんくさいよね」 「ふふ、そんな事無いですよ。新田さんはとっても美味しそうに食べるから、見てるだけで楽しいです」 向かいの席でみかんを頬張りながら、快の『団子』に目を細めたなぎさだった。 桐はアジュール・ブルーの空とオータム・グローリーの紅葉を見比べて、良い季節になったと呟く。 日照時間も日に日に短くなり朝晩は冷え込んでも、陽が当たればぽかぽかと暖かい。 遊歩道を歩きながら紅葉の色彩を愛でつつ、向かう先はマロン・ブラウンの栗小屋だ。 同じように疾風もゆっくりとした足取りで食欲の秋に追従する。 「食欲の秋とか言うよね。天高く馬肥ゆる秋ってね。ああ、食べ過ぎると後が怖いな」 脂肪判定ありですからね! 見事なまでの腹筋に早々余分な肉がつくとは思えないが、脂肪判定はフェイト残量に依らないのだ。 「秋の味覚を堪能させて頂きましょう♪」 マロン・ブラウンを前に桐は嬉しげに席についた。 「マンボウなの? 栗なの? アザーバイドは不思議過ぎる」 「ふふふ、私は栗の形をしておりますよ。マンボウは弟でございます。ささ、こちらへどうぞ」 小さな小屋は他の客も居て、桐と疾風は同じテーブルに、先客はユウだ。 「もひゃー! 秋の味覚ーぅ!! 私アレ食べたいですー、秋刀魚!」 ふっくらとしたほっぺが揺れる。背骨を上手く取り除き、ワタと白身を交互に食べるユウ。 「…くーっ。白いご飯が欲しいにゃーハムハフハフ!!」 美味しそうに食べる姿が幸せそうで、桐と疾風も自然と笑顔になる。 「料理は美味しそうだな。きのこご飯に、焼き秋刀魚、マツタケの土瓶蒸しを貰おうかな。」 「栗ごはん、秋刀魚の塩焼きに秋物の天麩羅類、土瓶蒸にかぶのお味噌汁をお願いします♪」 並べられた料理に二人は意気揚々と笑顔と共に頬張って。 「あ、ご飯おかわりお願いします♪」 細い桐の身体にどうやったら入るのかと疾風は問いたかったが、吸い込まれていく料理に自身の箸もどんどん進んでいく。 「秋刀魚には大根おろしと醤油がやっぱり最高だ。デザートは何にしようか。」 「柿のゼリーにアップルパイ、マロングラッセにお芋饅頭お願いします♪」 疾風の呟きに桐が間髪を入れず注文を掛ける。そこにやってきたのはリンシードだった。 「このメニュー票、なんでみかんだけ「!」マークがついてるんでしょうか……」 「あ、すみません、私が思わず「!」マークを書いてしまいました」 リンシードの疑問符にひょっこりと現れたなぎさが応えた。メニュー表は彼女の手作りだったのだ。 「オススメですよ。みかん!」 「それじゃあ……みかんと、なし、ぶどうをお願いしましょう」 運ばれてくる間、リンシードは自身の水色の髪を一束取り上げた。 「秋の色には……少し、私の髪の色はなじまないですね」 けれど、大切な人がリンシードの髪を好きと言ってくれるから色を変えることはない。 「そういえば、なぎささんも同じ髪の色でしたね……なんだか親近感を感じます」 「そうですね! リンシードさんの髪はとっても綺麗だと思いますよ」 この髪を好きだと言ってくれた大切な人が褒められている様な気がしてリンシードは照れた様に笑った。 「この間の京都は紅葉前だったから今度はちゃんともみじ狩り。……と見せかけて栗小屋だー!」 バーンと登場したのは岬だ。元気いっぱいな14歳女子。 「店主は栗みたいな口……じゃなくて顔しやがる怪しい者だけど、旬の料理は美味しそー」 マロン・ブラウンを呼びつけてメニューを開く岬。 「オーダーオーダー。もみじの天麩羅って何ー? 葉っぱ揚げてんのー。それとももみじおろしみたいに色がもみじっぽいのかなー衣とかー。取り敢えずこいつー」 指さして秋鱧、戻り鰹、それに栗ご飯を注文する。 「別の季節でも見る奴のほうが秋しか店に並ばないのより逃しやすいんだよねー」 まだか、まだかと旬の料理に想いを巡らせる岬だった。 「マロンブラウン……マロンというのがいい。俺は栗ご飯にはうるさい男」 『一人焼肉マスター』竜一が栗小屋の中に立っていた。 「その名の通り、クリご飯の味を楽しませてもらおうか……ね! なぎさたん!」 「あ、はいっ!」 隣に座った竜一の声に驚きながら、なぎさは精一杯の返事をする。 「さあさあ、今日は一緒に食べようか! 秋の旬の味覚! 秋刀魚にクリご飯に味噌汁さえあれば、もう……! しかし、てんぷらも捨てがたい」 メニュー片手に一人押し問答を続ける竜一。 「そう、イモ天だ! なにに置いてもイモ天だ!」 カラリと揚がったほくほくの芋を頬張れば、ジュワと広がる柔らかな甘味。それに旨みの染み込んだ秋ナス。 「なぎさたんは何が好み? 甘いデザート系のが好みかな?」 「みかんが好きです! あと栗のシフォンとか」 「じゃあ、はい! あーん!」 スプーンですくったシフォンを差し出した竜一。 少し照れながらそのシフォンをそのまま竜一の口に押し込んだなぎさ。 「これが、あーん返し! 我々の業界ではご褒美です!」 悪意ある捏造によりなぎさの海色の瞳からハイライトが消えていく。 「あっはっは、夢で食べられなかったのがそんなに悔しかったんですか?」 那由他はなぎさにエメラルドの瞳を向けて笑った。深淵の嗤いではない、ごく普通の笑顔。 そんなグラファイトの黒が珍しくて、きょとんとしたなぎさを那由他はぎゅうと抱きしめたのだ。 「わ、わっ」 抱きしめられる事に慣れていない少女は頬を染めながらどうしたものかと思案する。 「今度は夢でなくて現実です。存分に味わってくださいね」 いつの間にか並べられた料理に顔を綻ばせたなぎさの姿を、那由他は満足そうに見つめた。 「でも、アップルパイといちじくのタルトは食べたいです」 手に取るお菓子はたっぷりと甘い蜜。 一息ついた那由他の口から、なぎさへと投げかけられたのは『蓋』をしていた心の闇。 「なぎささん、貴女は失踪した両親に会ってみたいですか?」 高い所から突き落とされた様な、恐ろしい感覚が夢見の心臓を締め付ける。 「何、ただの世間話ですよ。自分達を捨てた両親に、それでも子供は会いたいと思うのかって」 「……」 「ひょっとしたら私に協力出来ることもあるかもしれませんし。ええ、思うままに、どうぞ答えてください」 「……ぁ」 言葉を紡ごうと口を開けても、伝えるべき感情が出てこない。『蓋』を外せば、溢れだす闇に耐えられない。 「ご、めんなさいっ!」 小屋を飛び出すなぎさを那由他はエメラルドの瞳で見つめていた。 光介は小川に掛かる橋の下でうずくまるイングリッシュフローライトの髪を見つけた。 冷たい川に浸した指先をぴったりとなぎさの頬にくっ付ける。 「ひゃ!?」 「ふふ。びっくりしました?」 「ぁ、光介さん」 驚く顔に垣間見えたのは以前ブリーフィングルームで見た時と同じ表情と海色の瞳から溢れる涙。 寂しそうな顔。家族を想う顔。一人取り残された子供の泣き顔。 ハンカチを差し出して、なぎさが泣き止むまで側に寄り添う光介。 「……元気出ましたか?」 「すみません」 「どうしたんですか? ボクも時々見るんですよ、そんな顔」 家族を想う、心に巣食う闇。その顔を見るのは大抵、鏡の中の光介(じぶん)であった。 誰もいない。誰も来てくれない。そう思う日があったなら。 「呼んでください。ボクのこと。迎えに行きますから、必ず」 止まっていた涙がまた溢れだす。その呼ぶべき時が『今』であったから。なぎさの兄もこうして守っていてくれた事を思い出した。家族の代わりに成れない事が分かっている。 けれど――ボクは貴方の日常でいたいから。貴方にボクの日常でいてほしいから。 戦闘という非日常を日常にしたくない。本の匂いがする喫茶店が日常であるはずなのだから。 紅葉が彩りを重ねるオータム・グローリーの絨毯にぽたりと落ちた雫ひとつ。 思い出の紅のアルバムは少しだけしょっぱい涙のあじ。 ゆっくりと深まる秋の葉はグラデーション。白樺の白とコントラストがとっても綺麗だった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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