● ピっと、部屋が明るくなった。 蛍光灯に照らされたのは、腹回りが気になる三十路を越えたおっさんだ。 会社帰りだろうか。ずいぶんくたびれた様子である。 おっさんは深いため息と共にYシャツを洗濯機に突っ込み、よれよれの甚平を羽織ながらパソコンの電源を入れた。 そうして傍らに安物のグラスとウィスキーの瓶を置き、座椅子にどかりと腰を降ろすとこう呟いたのだった。 「あー。どんな依頼だそっかなあ」 どこか悩ましげな様子である。 おっさんは短文SNSに『ちっす、ねむい。私は14歳美少女です><』等という気色の悪い文を書き連ねると、ウィスキーをちびりちびりと舐め始めた。 なんというか、家でパソコンつけてからが人生の本番という風な男であるようだ。 この所タイトなスケジュールの案件に追われ、思うように満喫できていないらしい。そんな事はどうでもいいのだが。 いやね。たとえば百合とか。そうそう百合依頼とか。 タイトルは『この依頼は百合依頼です』とか。パクりか。そうか。 なんていうのかな。ちゅーとかは無しで。 ごきげんよう。ごきげんよう。っていう感じの。そうそうそう。 女の子同士のね、友情っていうかね。憧れとかね。もういっそ心情なんかめっちゃ捏造しちゃって好き勝手にね。 あー。。。。 ゆり。 ● ブリーフィングルームに集ったリベリスタが呻く。 何せ見せられた映像は訳の分からないメタボなおっさんの後姿ばかりだったのだから。 「え、と。説明します」 とは言いながら、フォーチュナ『翠玉公主』エスターテ・ダ・レオンフォルテ(nBNE000218)自身も、どこか困惑した表情を浮かべている。 第一。このどこに事件性があるのかさっぱり分からない。 「このおっさんはただのおっさんに見えますが」 違うらしい。 「実は強力なアザーバイドです」 きょうりょく? 「能力は『運命干渉』で、こちらの世界の出来事と、彼がパソコンに書き記したことが奇妙にリンクすることがある模様です」 「ほう」 微妙に意味がわからないが、とりあえず相槌を打っておく。 「このアザーバイドをアーク本部は便宜上、ピと呼んでいます」 ピっと電気がついたから。他意はない。 「ピは百合百合な文章が書きたいらしく、そんな文章を書いていいものかどうか、悩んでいる様子です」 エスターテの説明も、そろそろどうでも良くなって来た感がある。 「放っておくと大変な被害が出るのかもしれません」 出ないかもしれません。 「はあ……」 ともかく、リベリスタがなんだか百合百合すれば、アザーバイドは満足して消えるらしい。 「その為に、アークは学校設備を用意しました」 ミッション系の女子校らしい。 エスターテは静謐を湛えるエメラルドの瞳に決意を篭めて言い放つ。 「ゆりゆりしてください」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:pipi | ||||
■難易度:EASY | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 7人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年10月27日(日)23:30 |
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■メイン参加者 7人■ | |||||
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● 百合は良きもの。 ――――『ガントレット』設楽 悠里(BNE001610) 百合に必ずしも性的な意味での肉体的接触は必要ではない。 むしろ――これは個人的趣味ではあるが――ない方が良い。 仲が良いだけで良いんだ。 性的な接触は必要でない。 心が通じあっているような…… 見るだけで心が洗われる…… そう……そういうので良いんだよ…… そんな心安らぐ一時を過ごしたい。 そう思って。悠里は希望を胸にあのブリーフィングルームのドアを叩いた。 煉瓦造りの瀟洒な佇まいは、遠く明治の昔を想い起こさせる。 幼稚園から大学まで。俗にエスカレーター式と呼ばれるこの高校は、かつては華族の令嬢の為に―― 「先輩……ここ、どこっすか」 世界は白かった。『Small discord』神代 楓(BNE002658)が呆然と呟く。 そもそもこの依頼は百合好きなアザーバイドを、女性陣が清純可憐にゆりゆりする事で倒すとかなんとか言う意味の分からない話だった。 男性陣はそれを暖かな気持ちで見つめる予定だった。未だ現実に理解が追いつかない。 「シベリアだよ」 すげなく悠里。 そう。ここはシベリア。 ―― ―――― 思えば。実は楓は百合系の本というものを読んだことは無かった。 周りには読んでいる奴も居たのだが、興はそそられなかったのだ。 だって、それって女性同士の恋愛なのだろう。 主人公が女性で、ヒロインも女性。中性的な美しい外見は兎も角、楓は男性であったからどちらにも感情移入できやしない。 とはいえ。可愛い女の子同士が仲良くしている光景というのは微笑ましくは感じる。 けれど、やはり恋愛モノなら男女が一番ではないのか―― (そう思っていた時期が俺にもありました) きっと楓は外見だけであればしれっと紛れ込んでいても不自然ではない。 恐らく、男性組、女性組のどちらに所属させるかという問題には精密な判定()を要するであろうが、服さえ着替えればやってやれないことは無かったのかも知れないのだが―― そう。 スカートは決して翻さず、すっと背筋を伸ばしてゆっくりと歩く。 綺麗なお姉さんや可愛い後輩と共に『ごきげんよう』としとやかに挨拶をかわし。 ほつれたリボンを整えたり、制服の着付けをお願いしたり。 恋愛なのか、ただのスキンシップなのかわからない程度の触れ合いをしてどきどきしてみたり―― 微かに寂しげな秋風が吹き抜ける放課後の教室とかで意味ありげに言葉詰まらせつつ、曖昧に西日に染め上げられたセピア色の笑みを浮かべて『同性なのに好きなんて……』って心の痛みに泣き出しそうになりながらも好きな人にはそんな素振りを見せられないからって無理やり笑顔作って、そんな様子を逆に心配されて『大丈夫? なにかあったの?』って声を掛けてくれることが嬉しいんだけどより一層苦しさを増してって…… もしかして。 「これかなり良いんじゃねーの!?」 そう。もしも己がその立場に立ってみたのなら。 いや、まあ。楓自身は男なのだが。それでも。 ならば早速女子制服に着替えて! ● シベリアに行っちゃった人達はもう助からないわ、忘れましょう。 ――――『可愛いは正義』アルメリア・アーミテージ(BNE003516) 『同志諸君! これが転属認可証だ』 ブリーフィングルームを退室したあの時―― 「え、後この薬飲むの?」 あれは一体なんだったのか。 そもそも大丈夫な薬だったのか。 虚ろな意識のまま、目隠しとヘッドホンを装着させられ、訳の分からぬ薬を飲まされ、凍えるような音楽――メロディックデスメタルを聴かされ続けた事だけは覚えている。 そうして気づけば彼等はここに居た。 「わぁ、なんだかすごいことになっちゃったぞ」 悠里が孤独なニュアンス漂う台詞を吐く事になったのは、なんの因果か。 暖かな気持ちとは程遠い、極寒の地が男たちの心身を冷たく蝕んで行く。 「チクショウ、どっかの学校でぬくぬくと学校生活って話だったじゃねぇか」 叫ぶ『煮え切らない男』山凪 不動(BNE002227)が、両手を頭の後ろに回す。 「お、おい……」 始まるスクワット。のっけからのプレイング無視である。なぜならば、男はシベリアでスクワットをすると決まっているのだから。『ピ』と呼ばれるアザーバイドの能力である。そういう事になっている。 夢か現か幻か。 プレイングって何なのか。こんな依頼でダイス振んのかよ。なんだか『ピ』がパソコンに何か書き付けると、この世界に影響があるだとか。もうなんていうか、どこまでが本当の事なのかさっぱり分からない。 それはさておきこの寂寥。 一人の男子として、女子高という所に一回は行ってみたかった。 年中スカート着た子等が男の手の届かないハウスの中で育てられた百合のように―― 不動は想う。されど、そこが己の居場所ではない事は良く分かっている。 そもそも仕事としては『戦闘なしで女子高に行く』という所にばかり目がいっていたのだ。 まさか。その女子高ってのはこんな極寒の地にあるのだろうか。 「いやいやないだろ!」 一瞬だけ脳裏を過ぎる淡い期待を、不動は自ら否定する。 多分ないだろう。たぶん。 第一ここがどこなのか、本当にシベリアなのかも分かりはしない。 美味い話には裏があるものなのだ。触るべきじゃねぇ。 『いいじゃない、戦闘なしの仕事――』 胸を蝕むような言葉がじりじりとリベリスタ達の脳裏を締め付ける。 一面の銀世界に、簡単なお仕事。きっとリベリスタなら任せられる。これもパクりか。そうか。 大丈夫だ。なにしろ筋トレをしながら、木の数を数えていれば良いのである。 気温は既にマイナス二十度を下回っていた。 いや―― わかってはいたのだ。知ってはいたのだ。 だからこうして不動はカイロを握り締めている。 こんなものは『焼け石に水』だと思う。言葉だけでも温かく。そう、焼け石に…… 完全に舐めていた。こんな筈ではなかった。 憎い。舐めきっていた自分自身が憎い。 コートにマフラーに、もっと万全な準備だって出来た筈だ。 掌を極寒の大地に突く。さらさらの雪に二の腕まで埋もれて行く。次は腕立て伏せだ。 心頭滅却すれば火もまた―― 脳裏を過ぎる言葉は、どれもこれも逆さまだった。 これではまるで、マッチ売りの少女ではないか。 マッチ―― 「そうだ、火を起こそう!」 不動は慌てて燃やせるものを探す。 一面の銀世界が眩しかった。 悠里がそっと服を脱ぐ。背景は白一色。2013年夏の水着姿。 粉雪と遊ぶお前の舞踏(ピルエット)。えまるじーStyleは覚悟完了の証だ。 僕達はただ…… 温かい気持ちになりたかっただけなのに…… なぜこんな場所で、雪を被った針葉樹の数を数えながらスクワットを続けねばならないのか。 身体は温まっても、心はこんなにも寒い。 なんせ、男しかいない。 (そもそも男性多すぎじゃない?) 百合依頼だった筈だ。 こんなのは、己一人で良かった。 ●『僕は悪くないですよ』 どうしてこうなった。 彼が。素敵過ぎる『永遠の旅人』イシュフェーン・ハーウィン(BNE004392)が、あえてこの依頼に入るというのは、どういう事なのか。 「僕がこの依頼に入ることで、百合に走る少女が一人減る」 僕はそういうことに幸せを感じるんだ。 (布団で寝るあのAA略) あの時イシュフェーンはそんな事を考えていたのだ。 同姓同士の恋愛など異質である。 そもそも非生産的でなんとも勿体無い。 もったいない! イシュフェーンは飄々と天を仰ぐ。 その発言の裏には狭まった選択肢に対する怒りが見えてちょっと傲慢だよね。 …… 分かっているんだよ? 本当は。 百合は――それもまた、良し。という世界なのだ。 見目麗しい少女達がきゃっきゃうふふと囂しく、華やかに、はしゃぎ、じゃれあう姿に何も感じない男性なんて不能だね。不能! ああ。混ざりたい…… 「いや、いいよね百合」 絶望の大地でイシュフェーンは呟いた。 野郎には踏み入れがたい禁断の領域。 ほのかに香る花。秘密の共有。 決して触れてはならない禁忌の花園。 イシュフェーンは何かに耐えるように、頬を歪める。 嫌だな。 いやね。うん。わかるよ。 僕達は――百合で分かり合える。 そう、そうだよ……ゆり………… 何がかなしくて、野郎ばかりでこんな……こんな…… 「なあ、坊さん起きねぇぞ」 寂滅の先。瞳を閉じた『てるてる坊主』焦燥院 ”Buddha” フツ(BNE001054)は微動だにしない。 「フツくんも寝てないで頑張ろう……」 「寝るなー! 死ぬぞー! 多分」 多分……寝たら本当に死んでしまうのであろうか。 当シナリオにはフェイト残量に拠らぬ死亡判定が発生する可能性が―― 死ぬの? マジで!? 「こんな所で死んでられるかー!」 ただ我武者羅に走る。 そも。この依頼はリベリスタ八人の為の依頼であった。 今、ここに居るのは五人だけ。その全て男性である。 今頃女の子達は――『息抜きの合間に人生を』文珠四郎 寿々貴(BNE003936)とアルメリア、『翠玉公主』エスターテ・ダ・レオンフォルテ(nBNE000218)は何をしているのだろうか。 暖かい場所できゃっきゃうふふしているのだろうな。 「でも現実は残酷なのです」 「年齢的には、すずきさんが一番上で、アルメリア、エスターテと続くのかな」 「ん?」 ふとした呟き――フツの言葉にリベリスタ達が顔をあげる。 「いいよな――」 どこか遠くを見つめる瞳が、再び閉じられる。 「3人のタイプの違った美女」 「どうしたんだ坊さん」 「挨拶の仕方一つ、制服の着こなし方一つとっても特徴が出ている……」 「焦燥院?」 ただ弁当を食べてるだけなのに、なんでこんなに絵になるんだろう。 三人の周りにだけ、暖かな木漏れ日が降り注いでいるようだ。 「フツ……くん……?」 どこか虚ろな友人の姿を、悠里は呆然と見つめる。 未だ寝ているのだろうか。 彼女たちはよく笑う。 心からの笑顔であることがわかる。 彼女たち三人は、互いを信じあっているのだ。 友情以上の想い。信頼と親愛。 「おい!」 そう。彼女たちは、彼女たちだけの世界にいるのだ。 優しく、柔らかく、暖かい、女性だけの世界。 男が決して足を踏み入れることの叶わぬ、秘密の花園。 百合の甘い香りに彩られた、永遠の楽園。 『Q:ここはどこ?』 『A:シベリア』 男に許されているのは、その世界を遠巻きに眺めることのみなのだ。 遥かな高みを――ただ、ただ。 見上げることだけなのだ―― 坊さんはどうしちまったんだ。何を言っているのかまるで分からない。 不動とて頭がまるで回らなくなってきている。 (もう、ダメな気がする……) いいよな、痛い思いはしなくて済んだし―― あー酒飲みてぇなぁ。 あと何か言っておくことが。 あった。よう、な…… 『思うにピとやらはそんなに悪い奴じゃないと思うんだよ』 そうだ、もっと言ってやれ。いえ後生です。お願いします。 ああ―― 「すいませんでした!」 「死なないで楓くん!」 不動も楓もとうに限界を越えている。 悠里の掌が―――紅蓮の炎が温かかった。 嫌だ。 絶対に嫌だ。 しにたくない。 「なんで……こんな……不毛な……」 イシュフェーンはだらりとした姿勢を崩そうとしない。断じて。 「スクワットも筋トレも僕は絶対にしないぞ」 意識が遠のいて往く。 「僕に筋肉なんて必要ない!」 こたつを! 一心不乱のこたつを――――!! イシュフェーンの魂の叫びに、されど残酷な時は刻まれ続ける。 (あぁ、せめて報告書だけでも読んでから……僕は……) 悠里とてそろそろ限界だ。 ………ハッ!? 寝てしまうところだった。 「嫌だなぁ。命の危機を感じてしまうよ」 助けてエンジェルちゃん。僕に温かい世界を! ……ねえ、エンジェル、ちゃん? あの、エンジェル……さん その、僕の手助けなんてして下さると助かるのですが? フツはただ一人、瞳を閉じたまま琵琶法師のように物語を紡ぐ。 最早それが物理的に発せられた言葉なのか。心に語り駆ける何かであるのかすら誰にも分からない。 ゆりとは『百合』と書く。 ――百合。 登り続け、一合目、二合目、三合目……十合目まで到達したところで、まだ百合には届かない。 文字通りの、高嶺の花なのだ。 決して届かないからこそ、人はこれほどまでに百合に…… ……不思議だ。 彼女たちがオレに手招きしている……そんなことが、ありうるのか。 オレが……オレのようなものが、彼女たちに近づいてもいいのか。 ……ああ、そうか。 これは、夢だ。 オレは、夢を見ているのだ。 シベリアの大地で、雪に埋もれながら。 百合の色に似た、真っ白な雪の中で―― ●Buddha様がみてる 「ごきげんよう、すずきおねーさま、エスターテちゃん」 爽やかな秋の日差しが少女達を照らしている。 息を弾ませたアルメリアが声を掛けたのは、並木道の先を歩く妹のエスターテと、文珠四郎寿々貴――通称『青百合さま』の後姿だった。 「えと。その……ごきげんよう」 「ごきげんよう」 突然の呼びかけにも慌てず、スカート等決して翻さぬよう、あくまで優雅に身体全体で振り返る。それがこの学校での嗜みだ。 寿々貴――青百合さまと言えば、この全校生徒憧れの的だ。聖母の花を象徴する百合の称号は親愛と憧憬を篭めた生徒会役員への呼び名であり、他ならぬアルメリア自身もそのつぼみ『アンブゥトン』と呼ばれている。 この高校には一学年下の生徒と姉妹の契りを結ぶ伝統がある。去年の丁度同じ頃、アルメリアは寿々貴から受け取った姉妹の証――ロザリオを大事に身に着けていた。 「今日も良い日になるといいわね」 秋の太陽のように、やさしい笑顔が自然と零れる。 きっとその出逢いは主のお導きだったのだろう。一年の月日が流れ、いつしか妹(アルメリア)にもエスターテという妹が居り、こうして三人が揃ってこの道を歩くことも日常になっていた。 「ほら、襟が歪んでしまっているわ。今朝はお急ぎだったの?」 頬を染めるアルメリア。お姉様に窘められてしまった。 天使のような笑みを浮かべても、言うべきは言わねばならない。何せ寿々貴は長姉なのである。 彼女はそっとアルメリアの襟に指を沿える。綺麗だと思わずみとれてしまうお姉さまの指先に胸の奥がキュっと締め付けられる。くすぐったいような。わくわくと、どきどきを織り交ぜた感覚だ。 「いいわ」 「ありがとうございますっ」 ――けれど本当は。 アルメリアが俯き頬を染める理由は、優しく叱られたからというだけではなかった。 まさか。今日はなんだかそうして欲しくて、駆け寄る前に崩してみた――だなんて言える筈もなくて。 一年生から三年生。みんな授業は別々でもランチタイムは一緒に過ごす事が出来る。 「わ……」 だから三人はお昼になると、この中庭に集まるのだ。 目を丸くするエスターテの前に置かれたバスケットには色とりどりの可愛らしい食べ物が、まるでお雛様のように並んでいる。 冷めても美味しいくいただけるように、水気は少なく、丁寧に下味をつけて。 ぐうと小さな音が響き、エスターテが俯く。 ちょっぴりはしたない。いけない。お姉さまの前で。 妹の粗相に僅かに慌てるアルメリアだったが。 「ふふ」 微笑む寿々貴にアルメリアは安堵する。『孫』には甘いのも世の常なのだ。 「大丈夫。ちゃんと味見はしたから」 可愛い大切な妹と、噂と違い黙々と菓子パンを齧る事の多いエスターテの為に頑張ってみたのだ。 「はい、あーん」 「え、と……はい」 エスターテの口元に、そっとお箸で差し出されたのは玉子焼き。 ぱくりと。 お姉さまと妹の様子が、なんだかちょっと羨ましいような気がして。 「アルメリア?」 拗ねたように頬を膨らませてじっと眺めていた事に、やっぱり気づかれてしまった。 微笑む寿々貴がアルメリアにくれたのは、おいしそうなから揚げだ。 「はい、あーん」 拗ねたふりなんて、お姉さまはお見通しだったのだ。 「あぁ、風が気持ちいい……」 やわらかな秋風が運ぶのは、ティーポットから立ち上るオータムナルの香り。 食後はゆっくりと、三人仲睦まじくお茶の時間だ。 ボーンチャイナの内側を縁取るゴールデンリングをミルクで溶かして。 心に刻まれるのは煌めくような青春の1ページ。 木漏れ日の中でぽかぽかと暖かく―― ―― ――――さないよ。 赦さないよ。 男性だよね――『ピ』さんも。 悠里は虚空へと腕を伸ばす。身体はとっくに動けぬ筈だ。されど想い、魂の叫びは時に肉体をも凌駕する。 ピ自身の能力の歪み。アーク本部の解析によるピがおそらくおっさん、つまりは男性だという情報と照らし合わせるならば。現実とメタファーの狭間を揺れ動く今、この時であれば方法が無くはない。 『許されない。一人だけぬくぬくと美少女達の鑑賞をするなんて……』 まって書きたいよもっと。ティータイムとか夕暮れとか手を繋いだり、ギュっと抱きしめて不安と焦燥、安堵。細やかな心の揺れ動く様。それから。 逃がさん……君だけは。 悠里はその両手に十冊だけ。残酷にも雨と涙の『あの十巻』まで。乙女のバイブルを携え呟いた。 来て貰うよ――シベリアに。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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