●大事な忘れ物 その日、浅場悠夜(あさば ゆうや)は少しばかり憂鬱な気分だった。それというのも不本意な報告を上司にしなくてはならないからだ。浅場にとって上司とは1人しかおらず、それが三尋木凛子(みひろぎ りんこ)だった。国内主要七派と呼ばれるフィクサードの一角、三尋木の首魁である。 「えらく難しい顔をしているじゃないか。まぁ昨今はアーク様のおかげさまでそういう顔をしたくなる気持ちもわからないじゃないよ」 熟練のネイリストの施術を受けながら凛子が言った。 「実は聖ヒュギエイア記念病院の存在がアークに知れ、徹底的なノーフェイス狩りが行われています。いずれ研究棟にも捜索の手が伸びるものと思われます」 務めて冷静に報告しているようだが、普段の浅場よりも余裕がない。 「……おかしいね。重要なものは引き払ったんじゃないのかい?」 「はい。実は手違いで、遺伝子地図と体細胞の一部が未回収……」 「大事も大事、なくちゃならないもんじゃないか。さっそく取りに行ってくれるよね」 凛子はこともなげに言った。 「はっ……そうしたいのですが、リベリスタ達の攻撃が続いています。この間隙を縫って持ち出すのは……」 浅場が口ごもる。直接の部下である山内が数人の配下を擁しても完膚無きまでに惨敗した記憶も新しい。生半可な戦力では対抗することすら出来ずに返り討ちに遭い、犬死させるだけになるだろう。なまじ先読みが出来るだけに浅場は部下を差し向けたくはないのだろう。 「しょうがないね。お前が乗り気じゃないのなら他をあたってみようじゃないか」 「申し訳ありません」 浅場は悪びれずに頭を下げ、手の伸ばしてくる凛子の白い手のひらに充電しておいたスマートフォンを渡す。 「あ、六月かい? ちょっと頼まれちゃくれないかね。あぁ、そうなんだよ。手違いでね、忘れ物を拾ってきて欲しいんだよ。あぁ、そうなんだよ。済まないねぇ」 凛子はちょっとそこまでお遣いを頼むかのような口調で言った。 ●白亜の迷宮を迷走して 今や無法地帯と化している聖ヒュギエイア記念病院の中で、研究棟と言われる施設は相変わらず静かだった。ここは表向き医学の基礎学問を行うとされていた場所であり、出入りしていたのは学究の徒である基礎系の医学者と、その研究をサポートする助手や研究員だけであった。機密情報を多く扱う事からセキュリティレベルも極めて高い。 「六月という名のフィクサードを知っている?」 ブリーフィングルームに現れた『ディディウスモルフォ』シビル・ジンデル(nBNE000265)はリベリスタ達に尋ねた。探査、調査のスキルに優れた三尋木のフィクサードで特にアーティファクト回収において高い達成力を有している。 「彼と彼の配下がね、ノーフェイス殲滅で出動している別動のリベリスタ達のいる病院の研究棟に侵入するよ。何か捜し物があるみたい」 主のいない研究棟は現代の魔迷宮と化している。そのダンジョン攻略が出来るのは、こういう方面に優れた才能を持つ六月が適任であると認められたのだろう。 「でもね。割と部下に恵まれていないのかな? 壱藤って人と高波って人が途中からノーフェイス救援に動いちゃう」 研究棟の中に逃げ込んだノーフェイスとそれを追いつめようとするリベリスタ達の戦いに乱入してしまうのだ。当然、リベリスタ達は不利となり場合によっては全滅してしまうことだってあり得る。 「だからお願い。どのタイミングでもいいから六月っていう人達の動きを止めて乱入なんてさせないで。ノーフェイス退治なんて辛いお仕事をしてくれているリベリスタさんたちにこれ以上負担を掛けたくないんだよ」 そしてちょっと口ごもった後、シビルはこの病院の研究成果なんて必要ないよと言った。 「沢山の人の命を自由にして得た知識かもしれない。でも、どうせ医学の進歩には必要のない研究だもん。もし手に入れたら持って帰って来てもいいけどその場で壊しちゃっても構わないよ……交渉の材料にしてもいいけど」 まぁ好きにしてよ、とシビルは言った。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:深紅蒼 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年10月30日(水)23:45 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●無謀ではない探検――Caver―― 「ヒュギエイアって健康や衛生の女神だよねぃ。そういう研究をしていたのかな?」 この病院の名称は医神の娘の名前だと『灯蝙蝠』アナスタシア・カシミィル(BNE000102)は言う。 「秘密の研究というものは大概地下で行っているものよね」 強く言い『ANZUD』来栖・小夜香(BNE000038)はまず地下を探索することを推す。 「そうだね。大事なサンプル類は目立ちにくい地下や透視不可能なエリアにありそうだし、地下への隠し階段などがないか探すね」 限られた時間での探索だ。『ニケー(勝利の翼齎す者)』内薙・智夫(BNE001581)は誰もいない1階のフロアを片っ端から探し始める事を提案する。 「何があるかわかりません。先頭は私が歩きます」 壁に取り付けられた配置図を見ていた智夫の横に水無瀬・佳恋(BNE003740)が並ぶ。 「アタシ、ちょっと別行動いいかな? 配電盤とか予備電源とか、そういうの探したいから。見つけたらすぐ地下に行くよ」 六月達が来るに捜し物が見つからなかった場合の保険なのだと『三高平の悪戯姫』白雪 陽菜(BNE002652)は言う。 「わかったよ。でもどこに敵がいるかわからないから気を付けて」 「はーい、了解!」 心配そうな『ガントレット』設楽 悠里(BNE001610)をよそに陽菜は可愛らしく敬礼すると、クルリと背を向け別の方へと走っていく。 「行きましょう」 佳恋を先頭に智夫の順路に沿って歩いてゆく。 「何を求めるかはともかく、ろくな過程を通って来てないんだろうけどな……」 低く言う『停滞者』桜庭 劫(BNE004636) の青い瞳が翳る。 「普通ならあの美しい配列を乱せば待ち受けているのは自己崩壊しそうなものなんだけどなぁ。まぁ、その大事なデータを置き忘れるとは、三尋木もおっちょこちょいだなぁ」 物見遊山の様な雰囲気なのは『殺人鬼』熾喜多 葬識(BNE003492)だ。 地階には放射線を扱う検査や実験の施設があったが、三尋木が人をわざわざ寄越してまで確保しなくてはならない物ではない。 「おかしいな」 床に散乱した紙を拾おうとした悠里は幾つかにB2やB3の文字があることに気がついた。 ●お出迎え 「そろそろ時間だね」 智夫は病院のロータリーの中心にある瀟洒な街灯の上に乗った時計の文字盤をチラリと見ると、この場の仲間達全員の心の強さを高めようと十字の加護を与える。 「来た、けどこっちに気が付いたみたいだね。立ち止まっちゃったよ」 葬識の目が相手を捉えたように、敵の目もこちらの姿が見えたのだろう。同じ千里眼を持つ者同士、能力の差は微々たるものだ。病院へと至る道は3通りほどしかなく正門へと至るのは最も大きい車道だけだ。そこを進めば同じ距離で互いを視認しあうのは当たり前の事だろう。 「そういえばさぁ、はふふ、六月なんてシャレた名前だねぃ」 アナスタシアは上機嫌で言った。日本の法律では命名出来る漢字の規制はあっても読み方はフリーダムだ。偽名かもしれないが案外戸籍上の名前だったりもするのだから、思わず笑みがこぼれてしまう。 「あ、逃げた」 何やら言い合っていた『Spelunker』六月(ジュン)と彼の部下達だが、いきなり六月が引き返したのだ。それを『サマーナイトモスキート』壱藤・仁鷹(イチフジ・ニタカ)が追いかけ、『雷神の娘』高波・麻友(タカナミ・マユ)だけが残る3人を率いてこちらに向かってくる。 「高波ちゃんと知らないおにーさん3人だけになっちゃったよ」 それはすぐに他の者達の視界にも染みの様な黒い点から人の影へと、そして色彩と形状がハッキリしてくる。 「こちらに近寄ってくるのが高波さんだけだとしても、私は彼女と戦います」 佳恋は優美なる白鳥の羽を思わせる工芸品の様に綺麗な剣を抜き、破壊神の如き他者の下風に立つことなどない尊大で神々しい気をまといつつ立ち向かう。 「絶対に持ち帰らせたりはしない」 強く荒れ狂う思いに翻弄されそうになる。あの時、止める事が出来たなら……もっと強く、力ずくでも引き留めていたのなら、あの時点から連なる悲劇の連鎖を生む事はなかったのだろうか。未来を視る力のない悠里にはそれ以上踏み込む事が出来なかった。けれど、もう後悔はしない。奴らの手には何も渡さない。狂おしく揺れる心が一点に収束し、力は肉体を強く堅く柔軟に変化させてゆく。 「悠里さんに何があっても、ここに戻ってくるまで小夜香さんはアタシが守るから、小夜香さんはアタシの目役よろしく~!」 陽菜は朗らかに言う。普段からよく笑う陽菜だが今も小夜香が不安に思わないようにとの配慮なのか、屈託のない笑顔を向ける。 「でも、退いた2人が気になるな」 劫は姿を消した六月と仁鷹が気になっていた。何もせずに逃げたのではないのなら、何か策を弄しているのではないだろうか。 「迂回して別の道から病院へ侵入するつもりかもしれない。私、追跡するわ」 純白の翼を広げ小夜香が前へ、そして空へと高く飛ぶ。空から六月と仁鷹の所在確認をするためだろう。 「アタシは小夜香さんを守る人だから一緒に行くよ~まってぇ~」 飛べない陽菜は2、3度ぴょんぴょんと跳び上がってアッピールし、周囲の様子を考慮し最短距離になるようにしながら小夜香を追いかけ始める。 「俺も行く。アクセス・ファンタズムは通話にしておく」 劫も走るが真っ直ぐでは向かってくる高波らと接触してしまうので、宗教画の天使の様に神々しく飛ぶ小夜香を視界に入れつつ大回りする。 「大層なお出迎えじゃないか。私じゃなく六月にしてもこんな豪勢なメンツみたら感激するかもよ。まぁ仁鷹は泣くね、絶対」 没個性の配下3人を後方に従え、『雷神の娘』高波・麻友(タカナミ・マユ)は威風堂々と正面からやってきた。 「やっほー☆ 高波ちゃん。今日も綺麗だね。今日は死の大安売りみたいなこの病院にどんな悪さをしに来たのかなぁ?」 陽気に気さくに、そして欠片も誠意のない葬識のいつも通りの口調に麻友はうんざりしたような表情を浮かべた。 「アンタもいたのか、殺人鬼……私達の仕事は遺失物回収だけ。これっぽっちも悪事じゃないよ」 油断なく身構えながら麻友が言う。 「見つけたわ」 空から六月と仁鷹を探す小夜香の黒曜石の瞳はようやく彼等の姿を捉えた。病院の裏へと続く森の中の小さな道を進んでいる。この位置からならば先回りして病院裏口で進路を塞ぐ事が出来る。 「悪いけど院内に入れるわけにはいかないの。護って見せるわ」 急降下する小夜香の様子に陽菜も方向転換する。 「まって、まって! 1人で六月さんと仁鷹さんは危ないよ。イラってさせられたら詰んじゃうよぉ~」 同じく小夜香を下から見ていた劫は繋ぎっぱなしのアクセス・ファンタズムに大きめの声で話す。 「六月達は裏口に回るようだ。来栖が降りる。俺も向かう」 ごく短い言葉で状況を伝えると劫は走る速度をぐんと速める。 「六月殿と仁鷹殿が向こうならあたしが行くよぅ」 すぐにアナスタシアが病院の奥へと走り始めた。敷地内を突っ切って裏口へと向かうのだろう。 「ボクも行こう。ここは……頼んでもいいかな」 「わかりました。高波さんのお相手はこの私です」 後退したアナスタリアと悠里のスペースに佳恋が収まりフィクサード達へと身構える。 「俺様ちゃんもいるし大丈夫。これから楽しい殺し合いだよ」 上機嫌なのに底冷えのする様な目つきの葬識に麻友の後にいた配下の誰かが小さく悲鳴をあげた。 「そういうわけにもいかないよ。付け焼き刃の作戦がバレたからには分散してるメリットないし……」 麻友は部下達に合図し、佳恋の横をすり抜けアナスタシアや悠里の様に病院内への移動しようとする。けれど、その真正面に智夫が立ち塞がった。 「ここから先は行かせないよ」 強い口調で智夫が言った。三尋木の身勝手に少なからず怒りを覚えていた智夫は普段よりも表情が険しい。出来たばかりの真新しい病院は本来、この地域の中核病院と鳴るべき筈だった。人を助けるはずの病院が人を不幸にし死においやっている。 「それでも通る!」 「行かせません」 麻友と佳恋が牽制しあう中、配下達3人が走り抜けようとする。 「で、誰が俺様ちゃんの遊び道具になってくれる役?」 無造作に得物を振るう葬識の一振りが不運なフィクサードの身体を斬り、その傷口からありとあらゆる呪詛が耐え難い苦痛を刻み込んでゆく。 「ぎゃああぁぁぁあああ!」 致命傷ではないものの、あまりの苦痛にのたうち回るしかできない。 「いいから行きな!」 麻友の声に残る2人が再度走り出し、麻友自身も移動しようとして一瞬視線が後方に泳いだ。 「戦場でよそ見ですか?」 その隙を見逃す佳恋ではない。激しく強い力を剣に集中させ麻友に襲いかかる。かわそうとして回避しきれない鋭い攻撃と衝撃に麻友は横腹を押さえ激しく押しやられる。 「っち。やっかいな」 「あの2人は僕が追います。任せてください」 体勢の崩れた麻友を横を智夫が走る。万が一にも研究棟に侵入され今、この時点で戦っているだろう別動のリベリスタ達の戦場に乱入されたらやっかいな事になる。 「やだ、うちのか弱い部下達をどうする気よ」 「誰であれ、退かないのであれば倒します」 痛みを堪えて麻友が智夫を追い、その後を佳恋が走る。 「やれやれ、追いかけっこか」 肩をすくめた葬識は倒れたフィクサードをきっちり仕留めてから、ゆっくりと裏門へと移動していった。 それは奇妙な追いかけっこであった。先頭を六月と仁鷹、それを追う小夜香と陽菜、そして劫。少し間をあけてアナスタシアと悠里が走り彼等の背後を没個性なフィクサード2人が追っている。さらに麻麻が続き、佳恋と智夫……最後尾に葬識がいる。 「ジュンちゃん、これどういう事っスか?」 「向こうのメンツを見ろ! 走ってまく以外道があるか!」 「無理ィ~みんな俺にKUGIDUKE☆ ってなるっスよ」 「しまった! 麻友がこっちだった」 所詮付け焼き刃……頭を抱える六月。 「いくら走っても無駄よ! あなたを絶対に逃がさないわ」 滑るように空を飛ぶ小夜香は美しくも非情な空のハンターと化している。彼我の距離は縮まり、ほとんど差がない。 「世界中が俺にKU・TI・DU・KE! きらっ☆」 急降下する小夜香に仁鷹は振り向いて両手を広げる。まるで引き裂かれた恋人が熱い抱擁をかわそうとするかのように……で、激突した2人が絡み合ってゴロゴロと転がる。 「骨は拾ってやる……かもしれない」 非情にも部下を見捨てて病院の通用口から内部に侵入する六月。 「大変! 目の代わりをしてもらおうと思ってた小夜香さんが仁鷹と! もう許せないんだよ。女の子に何て事するんだ!」 「死ぬ前に生まれてきた事を後悔し懺悔する程度の時間は残してやる。罪人を刻む剣の錆びにしてやる!」 劫が両手持ちの剣を構えて突進し陽菜の魔弾が容赦なく仁鷹を狙い撃つ。 「は、話せばわかるっスよ~助けてぇ~」 「仁鷹殿、仁鷹殿っ! アツいのと痛いのどっちがイイ? それとも吸血?」 「何、その帰ってきた旦那さんに問いかける新妻みたいなイカれた新婚さんギャグ!」 「火力集中!」 そこへアナスタシアと悠里も参戦して攻撃をに加わり、遅れて到着したフィクサード2人が回復の符と歌を唄う。 「うわ~派手にやってるわね」 「姐御~助けてぇ~」 いつもながら回復技が追いつかずズタボロの仁鷹を放って置けず麻友も混戦に身を躍らせるが、リベリスタ側はそうはいかない。 「内薙さん、前を見ずに私の背から……」 「そうだね。ありがとう、佳恋さん」 戦神の闘気をまとう今の佳恋には仁鷹の力は効かない。瞬時に智夫の身体から峻厳なる神々しい光が放たれ、かたくなになった心がほぐれこだわりが消えてゆく。 「小夜香さん、目つぶって!」 同じく目を閉じたままの陽菜が小夜香の手を掴んで前線を離れ、入れ替わりの様に葬識が飛び込んでくる。 「さ、丁寧に殺し合おうよ」 狂気と歓喜に震える葬識の目がヘトヘトの仁鷹を睨め付ける。 「ちょっと待った!!!」 堪えきれず、通用口から六月が現れた。両手を軽く肩の位置に挙げている。 「もう良いだろう? 研究資料の場所も暗号も万華鏡で見て確保してある。遅かったんだよ」 「なるほど……今回は俺達の負け、降参……」 「ジュンちゃんダメ! それじゃあノーフェイス達を助けられないっスよ」 六月の言葉を仁鷹が遮ったが、智夫はもう黙っていられなかった。 「三尋木の都合でノーフェイスにしておいて三尋木の元で働く人が彼らを守る為に他者を傷つけるっていうのは、ちょっとおかしいと思うよ……?」 「至極妥当な事だろう。交通事故を起こしたら被害者を助けるだろう? どこが違う?」 部下の発言を良しとは思わない六月だが、智夫の言葉には即座に応じた。 「全然違うよ。これは事故じゃない。未必の故意があるじゃないか」 「その通りだが文句は好き勝手やらかしていた配島にでも言ってくれ、死んでるらしいがな」 苦虫をかみつぶしたような顔で六月が言う。毎度毎度、こういう後処理めいた事案ばかりが持ち込まれるのでは、敵相手でも多少の愚痴は言いたくなるのか。 「俺、ぜってー助けたいっスよ、マジで。俺らのせいなら俺が助け……」 「ごちゃごちゃうるさいよ!」 麻友に殴られ失神した仁鷹を配下のフィクサードが担ぎあげる。 「情報を渡す心算は無いが、逃げるなら追わない」 「そいつはどうも」 劫が言うと六月はそっけなく言って裏門へとゆっくり後ろ向きに後退し、一斉に走り出して道を下っていった。 「どうですか?」 「あぁ、本当に行ったみたいだよ」 佳恋が尋ねると遠くまで見通す目で視ていた葬識は去ってゆく六月達の姿を捉え、少し残念そうに言った。 ●無謀な探検――Spelunker―― 三尋木のフィクサード達を追い返した後、再び地下の探索を再開すべく階段へと向かう。「アタシ、死んだ人達の処理をするよ。また細胞取られたら困るし。地下にはみんなで行ってきて」 陽菜は階下ではなく上へと登る階段へと選ぶ。 「では、私は交戦中のリベリスタの様子を見て、必要なら加勢をします」 「過保護にならないようにだよ」 「……私もそう思っていました」 陽菜に微笑み佳恋も階段を昇ってゆく。 「行こうか」 劫が先に立つ。研究棟の地下2階と3階は半分以上がぶち抜きのワンフロアで全てがひとつの目的のためにしつらえた物であった。 「やっぱり地下は三尋木の施設だったんだね」 智夫は唇を噛む。こんな施設の為に一体どれほどの命が失われ、そしてこれからも消えてゆくと言うのだろう。 「……人の身体の一部?」 ようやく悠里の唇から出たのは短い言葉、けれど事実を端的に表す言葉だった。 「肝胆膵碑腎、腸、血管、皮膚、毛根付きの頭皮……こりゃあすげぇ金になるな。こっちは腕、大腿、眼球、耳、鼻。まぁ移植部品製作工場ってとこか?」 これまでの職業柄人体の構造には詳しい葬識が細かく説明をする。しかも、隣の手術室はつい最近使われた形跡もあり、現役ばりばりの施設なのだ。 「これ、こんなに大きいんじゃ持ち帰れないわね。どうしようか?」 小夜香は上から下までびっしりと緻密に絡み合う器具や装置、そしてパソコン類とマネキン工場のような様子に目を見張るばかりだ。 「この中の書類も覚えておくねぃ。何かの役に立つかもしれないしねぃ」 アナスタシアは施錠されたキャビネットの中身をひとつずつ透視してゆく。肉筆のメモも幾つかあるが、どれも同じ人物の筆跡だ。 「随分悪筆だねぃ。英語みたいだけど医学用語ばかりみたいであたしには読めないよぉ」 もう少しきちんと書かれてあれば読めるだろうに、どれも走り書きでミミズがのたくったとしか表現出来ない。 ともかく報告をしようと電波が遮断された地下から戻り悠里はアクセス・ファンタズムを手にする。最初の連絡先はこの近くにいる筈の親しい友だ。 「多分、配島が臓器工場の責任者だったんだろう。この情報で誰かが救えるなら使っ……」 声も出ないし動けない。アクセス・ファンタズムは手から滑り降りて転がった。 「油断……大敵だよね」 砕けた窓の破片がキラキラと光るその向こうに3つの人影がある。何時の間に舞い戻ってきたのか、六月、仁鷹、そして今電撃を放ったばかりの麻友が見える。 「ジュンちゃんも姐御もひどーい! 不意打ちイクないっス。好感度だだ下がりっスよ」 「あーうるさい!」 手加減しつつも麻友はグーパンチを顔面にいれ、力ずくで仁鷹を大人しくさせる。 「何のつもりですか!」 身体の痺れを振り払い智夫は立ち上がった 「嫌がらせだ。俺はクリムや星座連中の前で上司に詫びを入れるんだ。八つ当たりぐらいさせろ!」 「次は負けない!」 見事な負け惜しみを言いつつ六月と麻友が姿を消す。 「ジュンちゃんの事を嫌いになっても、俺の事は嫌いにならないで欲しいっす!」 姿の見えない仁鷹の声が小さくなってゆく。 「……疲れたね。最後までイラッと来たし」 盛大な溜息とともに小夜香が言った。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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