● 銀のティースプーンは薄汚れてしまった。 紅茶も冷めきって、『人』が訪れなくなってどれ位経っただろうか。 ――……ひとりぼっち、だわ。 埃を被ったアンティークの家具に、関節の外れた球体人形。 花弁を散らした薔薇も、美しく咲いてた百合も、全部全部萎れてしまっている。 人の気配もないその中で人形は首を傾げてぼんやりと硝子玉の瞳で虚空を見詰めていた。 ――……だれも、いないわ。 座り心地の悪そうなクッションから『少女人形』はゆっくりと立ち上がり周りを見回した。 一人ぼっちな少女は、お腹を空かせてふらふらと屋敷の外へと出て行った。 「あ、貴女……?」 柔らかなソプラノに『少女人形』が唇を細めて手を伸ばす。 『人』が訪れなくなってどれ位経っただろうか。今はもう『餌』しか来ないじゃない……? あの子は何処に行ったのかしら、寂しい寂しい寂しい寂しい―― ● 「忘れ去られた人形には想いが宿るというわ。寂しさが心を狂わせるとも、言うわ」 御機嫌ようと小さく微笑んだ『恋色エストント』月鍵・世恋(nBNE000234)はブリーフィングに集まったリベリスタを見回し、「お願いしたい事があるの」と常の通りに続けた。 「皆にお願いしたいのは森の奥にひっそりと佇む小さな洋館――そこに住む『少女人形』の退治よ。 彼女はエリューション・ゴーレム。人形に想いが宿ったものね。人の『心』を食べて急速に力を付けて居る事が判明して居るわ」 昔はこの洋館に十代半ばの少女が住んでいたそうだ。その彼女が忘れた急多関節人形。それが寂しさのあまりか――何らかの影響を受けエリューション・ゴーレムに変化したのだ。 「『彼女』は寂しくて、自分の大事なお友達を探して居るわ。 お友達と出会うまでは死ねない。死なない為に、人を『餌』として喰らっているの」 少女人形の餌は人間の『心』なのだという。心を蝕みそこから力を得る。生命力を得る為に喰らい続ける人間の心は自然に枯れていく。 ――その様子はまるで花の様でもあった。 人間が萎れ、動かなくなっていく。息耐え、力尽きていく様を花と称するのは世恋としても『気味が悪い』所ではあるのだが、そう称するのが一番合っていると言える終わりを迎えるそうだ。 「心も体も萎れていく。それが『彼女』――識別名『ムーンダスト』が人の心を食った結果よ。 彼女はたった一人を待ち続けている。けれど、その『待ち人』は訪れない。 途方もない時間をずっと一人で過ごし続けた結果、彼女は迎えのない空間で一人、お茶会をしながら主人であった少女を待ち続けているのでしょうね……」 瞳を伏せ、世恋はそれでも、と小さく続ける。それでも『彼女』が『エリューション』であり、人に害を為す存在である以上、リベリスタが彼女を討伐するしかない。 「……寂しい想いが、人を狂わす事もあるのね。さあ、悪い夢は醒まして頂戴? あ、そうそう……あのね、青い色をしたカーネーションってご存知? それがね、ムーンダストってお名前らしいわ。花言葉は――そうね、ふふ、秘密としましょうか」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:椿しいな | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年10月24日(木)23:48 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 鬱蒼とした森の中を進みながら、満面の笑みを浮かべた『三高平の悪戯姫』白雪 陽菜(BNE002652)の視線は毛並みの良い黒い尻尾を追っていた。ふわふわとした手触りの良さそうな黒い猫の尻尾は持ち主の感情の機微に反応してゆっくりと揺れ動く。 尻尾の持ち主――『ODD EYE LOVERS』二階堂 櫻子(BNE000438)は魔弓を握りしめ、手首を飾るシルバーのブレスレットに触れながら小さな溜め息をついているのだが、陽菜は大好きな『猫』に夢中である。 「……識別名は『ムーンダスト』……ですか」 ゆらり、と揺れる尻尾に夢中であった陽菜がその言葉に「お人形のエリューションかあ」と小さく息を漏らす。彼女達が向かおうとしているのはこの森の中の洋館だった。 静かな佇まいのそこを気にする様にゆっくりと進む『樹海の異邦人』シンシア・ノルン(BNE004349)がエクスィス・ガーンデーヴァを手にぼんやりと色違いの瞳を向ける。肩口で切り揃えた銀髪が鬱蒼とした森に吹く風に揺れた。 「ひとりぼっちの人形か……。寂しくて寂しくて、だけど待ち人は来なくて凄く辛いと思うな」 だけど、と紡ぎかける言葉はこの場に居るリベリスタ全員の共通の想いだろう。小さく頷いた『さすらいの遊び人』ブレス・ダブルクロス(BNE003169)が手にしていたのは御神籤だ。 ――待ち人来たらず―― 大吉であれどその欄だけが『穴』である可能性は否めないのだ。書いてあるだけであればまだ良い。それが『現実』に引き起こされた時、どれ程の悲しみが浮かぶのだろうか。 「実際なるとせつねーよなー」 幼さを残す可愛らしいかんばせに浮かんだ憂いは人形の事を思ってか。『アクスミラージュ』中山 真咲(BNE004687)はFalkenaugeで飾った手首を見詰めて緩く目を伏せた。 「ひとりぼっちが寂しくて覚醒しちゃったお人形、かぁ。 かつての主人の事が大好きで、愛して欲しくて、逢いたくて――その想いが強すぎて、壊れちゃったのかな」 呟く言葉は『可哀想』という思いだった。シンシアも真咲も共通の想いも抱いている。だが、彼女たちは知っていた。愛して欲しくて逢いたくて仕方無くて、寂しくて、『壊れて』しまったお人形は唯の怪物であると、分かっている。 「ムーンダストの花言葉は、『永遠の幸福』かあ」 確かめるように、呟いた『先祖返り』纏向 瑞樹(BNE004308)は簡易護符手袋を付け見えてきた洋館を見詰めている。小さな洋館は昔のままの様相を残して居る。この中に住まうのがお人形であろうか。 「もしかしたら彼女は――『ムーンダスト』はこの洋館が幸福であった頃の記憶を残し続ける為に生まれてきたのかもしれないね」 「でも、永遠の幸福なんて、それはどんな悪夢だろう?」 保つために生まれてきたのなら、それが怖くなることだってある。 その言葉は永きを『天狗の神隠し』に合ってから同じ姿で過ごしてきた『幻狼』砦ヶ崎 玖子(BNE000957)だからこそであろう。見た目は柔らかな雰囲気の童女であるが、このメンバーの中では最年長に当たる玖子がまだ『少女時代』であった頃に共に過ごした人間は皆、少なからず老いてしまっただろう。 洋館の扉をゆっくりと開きながら、Prism Misdirectionを握りしめて『鏡操り人形』リンシード・フラックス(BNE002684)は硝子玉の様な瞳をゆっくりと開く。 「……なんとなく……見た目、似てますね、私達……」 濁った硝子玉が、硝子玉に克ち合った。蒼い髪に、ぼんやりとした瞳の球体関節人形。青いカーネーションの名前を持つに相応しい人形はかたかたと身体を動かして首を傾げて見せた。 『……お客さん?』 ● 照明のスイッチを押して、体内のギアを活性化させたリンシードが氷を思わせる淡い色合いの切っ先を向ける。たん、と地面を踏み、櫻子が祈る様に与えた小さな翼を得て彼女は前進していく。 「小さな翼を皆様の背に……与えるのは優しき加護であります事を」 囁く櫻子は恋人から貰ったブレスレットを愛おしげに撫でる。何時だって傍に居たいと思える愛しの彼がこの場に居ない。少しばかりの寂しさが胸を過ぎる。彼女の尻尾に飛びつき、もふもふと手を動かして居た陽菜がはっと顔を上げた時、前進していたリンシードが浮き上がる家具へと真っ直ぐに剣を振り下ろした。 「心をくれた主人が、いなくなってしまったら……」 ぼんやりと『心』をくれた人を思い浮かべる。硝子玉の向こう、護ると決めた人の姿が滲んでくる。リンシードの握る剣の様に透き通る白い肌の『お姉様』。 「狂ってしまうのも、頷けます」 その言葉にムーンダストがピクリと反応する。前進するリンシードを標的と捉えた人形の隙を縫う様に大戦斧を振り翳し多角的な攻撃を行う真咲は人形を切り刻まんとその華奢な腕で巨大な斧を振り下ろした。 「犠牲者が出て居て、このままにしておけないんだ。結局の所、その実態は覚醒した化け物でしかないんだ」 体内のギアを加速させながら真咲の黒曜石の様な瞳は人形を捉えている。人形へと一気に攻撃を向ける真咲に周囲のエリューション・ゴーレムがゆっくりと『後衛』を標的にせんと狙いを定めて居た。 「この場所に置き去りにされなければ、『貴女』は『永遠の幸福』を手に入れられたのでしょうか……?」 こてん、と首を傾げた櫻子は魔弓を握りしめ、周囲の魔的な力を次々と取り込み出した。自らの力を強固にしながら、周囲を見渡せる位置に居る櫻子からしても、敵が背後を狙ってくることは十分に想像できている。 彼女等の前に立ちはだかり身の丈ほどあるCrimson roarを抱え上げたブレスが切れ長の緑色の瞳を向けて、その弾丸を一気にばら撒いた。彼のスタンスは『遊び人』だ。それは戦闘にも反映されているのだろう。前衛後衛と言う立ち位置の拘りなく、敵を多く狙える場所から一気に撃ち込んでいく。狙撃手である以上、避ける事に特化しないブレスは攻撃を喰らえばその耐久性からしても、耐え続けることは難しい。 だが、全方位を狙う事が出来る彼の存在が、ふわふわと浮き上がるエリューションを狙うには十分だ。 ふわ、と浮き上がった瑞樹が背負っていたのは『影』の大蛇だ。もしかすると、それは彼女自身のものかもしれない。龍(オロチ)の力を具現化させたかのように見える瑞樹の頭を飾る花飾りが優しく揺れる。 「幸福だったら、いいな」 囁く言葉と共に握りしめた白妖が煌めいた。リンシードの付けた照明は辛うじて光源としての役割と果たしている。瑞樹の気糸が伸びあがり真っ直ぐにムーンダストを貫いた。 『何で、こんな事、するの……?』 『人』でもなく、『餌』でもない、化け物だと言われるムーンダストの『招かれざる客』は彼女からすれば十分に化け物だった。 「それはエリューションだからだよ? こんにちは、ムーンダスト」 へらりと笑った陽菜のサジタリアスブレードは破滅的な光柱を弾きだす。輝きを纏った光柱はこの鬱蒼とした森の中に在る洋館――陽菜からすればテーマパークの可愛らしいお城の様であれば不気味じゃないのに等と考えているのだが――を明るく照らしだした。 「忘れていったって事は『少女』にとってもそれほど大事に思われてなかったって事かな?」 『ッ――そんなことない! あの子は……!』 声を荒げる少女に陽菜が一歩後ずさる。陽菜の言葉に誘われる様に一気に襲い掛かる家具類を受け止めて玖子は黒狼姫之大鉄扇を良い音をさせ開いた。中央に砦の崩し字の入った漆黒の巨大鉄扇はかなりの重量を誇っている。良い音をさせて開いたソレにエリューション・ゴーレムがぶつかって言った。 「お茶会、邪魔してごめんなさい」 ブレスの弾丸で傷ついた家具を落としていく玖子の言葉は優しげだ。壊れる前の家具にもしっかりと視線を向けて焼きつける。当時のままの足場にも気を配った玖子は目の前の人形をその両目に焼き付けんと懸命に見詰めていた。 ● 「ねえ、ムーンダスト、いったいどれ位待ち続けたの……?」 その表情は人形の物である以上変わらない。だが、少女人形の雰囲気から『永い時』を待ち続けた事が分かる。 一斉に攻撃する家具の群れに陽菜が体力を削るたびに回復に専念する櫻子の癒しが齎され続ける。 長きを待ち続けた今、『彼女』は生きているのか。成長した『彼女』を友人として見てられるのか。 「昔のままじゃ、いられないんだよ」 ぽそり、と呟かれた陽菜の言葉に切なげに眉を寄せたのは玖子だった。変わる事を知ったリンシードもそうだろう。 変貌を良しとした少女と、変貌を得られない少女。 どちらにしても『変わる』事の大きさには違いが無い。 「私、沢山のものをくれた人が居なくなるなんて、考えただけで、おかしくなりそう」 近寄って、視線を送る。そっくりに思える外見。彼女を壊す覚悟を決めて、リンシードは真っ直ぐに潜り込む。 時を刻む様に振るった切っ先。分身を作り出せると思わしき速度を手に入れた少女は切なげに目を細めた。 誘う様に後衛から最も離れた位置に居た瑞樹がムーンダストを縛り付ける。それでも彼女の攻撃の手は優しげなものであった。少女人形を出来うる限り壊さないようにと言う配慮は少女の優しさからだろう。 優しげに微笑む少女の手首で揺れた恋の雫。可愛らしいチャームを見て少女人形は目を細める。 「……寂しさに耐えて、それでも待ち続けて、そして心を壊したんだね。 ねえ、それってただの人形には出来ないことだよ。貴女は人形じゃなくて、『人』なんだね」 小さく囁かれた言葉に、リンシードの肩が揺れる。 少女人形と、人形少女。どちらも『人』である事を瑞樹は知っていた。想う事が出来る、ソレだけで『人形』ではなく『人』である証拠なのだから。 彼女にとってのムーンダストは優しい存在だったのだろう。人を害する存在で無いならば、お茶会を楽しむことだって、きっとできたのだから。 援護射撃を行いながらシンシアは見詰め続ける。ゆっくりと浮かび上がった彼女を狙う家具を受け止めて、人形を思って唇を噛む。 「この子は人形……人形なんだよ……」 悪夢を終わらせると撃ち込む弾丸に、ふわ、と浮かびあがったシンシアの身体が壁へと吹き飛ばされる。 彼女の体を避け、真咲が真っ直ぐに潜り込んだ。大戦斧を握りしめて、真咲は渾身の力を込めて振るう。 「あなたと、あなたの想いを。……いただきます」 その言葉の通り、心を喰らう『悪魔』を切り裂いた真咲が避ける様に身体をくねらせ、一歩下がれば、リンシードがその空間を切り取った。時を刻みこむ手を止めることなく、青い少女が前進する中で、周辺に飛び交う家具をブレスが遊撃手として撃ち落としていく。 「痛みを癒し……その枷を外しましょう……」 囁く櫻子の癒しが周囲を包み込み、優しく仲間を支援する。彼女の存在が戦場の維持には大きく関わってきたのだろう。 前衛、後衛とはっきりと分断した中でも、攻撃がバラけるエリューション達の往く手を塞ぎきれない事である意味では挑発とも取れる言葉を零す事になった陽菜は攻撃を受け続ける。 絶対に叶わない願いを待ち続けるのは辛いと陽菜は声を張る。終わらせてあげるのがせめてもの救いなら。 「大丈夫だよ、貴女は普通のお人形なんだから!」 怖い事も何もなくて、持ち主もきっとどこかに居る筈。喜怒哀楽の喜びと楽しみが強い陽菜はサジタリアスブレードを離さないまま、輝きを纏った光柱を真っ直ぐに撃ち続けた。 「ねぇ、貴女のお友達はどんな人だった?」 前衛陣の御守り代わりだと施す玖子の優しさ。攻撃を受けとめながら、彼女が優しく微笑みそっとムーンダストへと問いかける。 『黒髪の優しい子。あの子はわたしを忘れてない……!』 ――黒髪の、優しい瞳をした、あの子。 「忘れてないと、想います……」 忘れられるのは辛いから。人形少女は整ったかんばせを哀しげに歪め周囲の家具を壊していく。ムーンダストが戦闘意欲をむき出しにしているのだから『覚悟』を決めてリンシードは懸命に走っていく。 「私の心、どんな味がするんでしょうか……」 人形だと呼ばれていた、自分が人形から人間らしくなったとリンシードはそう思う。 伸ばされる人形の腕に息がつまり、激しい痛みが身体を貫いても、興味があるとリンシードは少女に食わせる。 戦闘も終盤に差し掛かったのだろう。彼女の心を喰らうムーンダストの動きも鈍い物に思える。 『……おいしいわ』 少し薄味かもだけど、と囁く声にリンシードは小さく唇で笑った。瑞樹がムーンダストを縛り上げ、その動きを止める中、玖子が彼女の想い出を一つ一つ丁寧に聞きだしていく。 その声を聞きながらブレスが一気に攻め込むと言わんばかりに生と死を分かつ攻撃を振るえば、人形の動きは遮られ、関節が音を立てて外れた。 癒しを続ける櫻子が支援を送れば、陽菜が再度攻撃を続けていく。櫻子の尻尾に視線を送って「ふへへ」と唇から漏れたのは楽しげな笑みだ。 「ダイジョブ、いくよー!」 その言葉に頷く様にブレスが陽菜の庇いに入る。火力として安心を置ける彼女が倒れる事が無い様にと意識を向けるブレスだが、彼も攻撃を全て受け切るにはその耐久力が少し低い部分もある。 「派手な攻撃だな、嫌いじゃねぇけどな!」 お仕事だからと決め込んで『派手』な攻撃から庇い手に転じたブレスへと視線を向けて、一気に攻め込む前衛陣の耳に入るのは玖子が聞き出した少女の想い出だった。 「人を害する存在じゃなければ、お茶会を楽しんだり、できたのかな……?」 瑞樹の言葉に真咲が緩く視線を落とす。玖子が「しあわせね」と余す事無く聞いて小さく微笑んだ。 陽菜が思い描く『普通の人形』としての、幸せはムーンダストにとっては幸せなのであろうか。 彼女が思った様に、持ち主だった少女の行方は知れず、その姿もムーンダストの知っている姿とはかけ離れているだろう。 ――もう、悲しまない様に、してあげよう。 踏み込んで、真咲がしゃがみこむ。膝をバネの様に使い伸びあがった真咲の斧がムーンダストの頭を削り取る。見開かれた硝子の瞳が真咲を映して、とん、と倒れていく。 「あなたの永遠はこれで終わりだよ。……ごちそうさま」 ● 煙草を燻らせながら、ブレスは鬱蒼と繁った森の木々を見詰める。 洋館の中では彼の考えた通り少女達が何か、ムーンダストとささやかなお茶会をしているだろう。情は沸かなかった。それが彼のスタンスなのだろう。 誰もが人形を放置したら焼いてやろうと考えて居た。きちんと葬ってやろうと考えて居たのだろう。 溜め息交じりに昇る煙草の煙は『人形』を焼いた様な幻想を思わせた。 屋敷の中は静かで、倒れた少女人形が未だ戦えると言わんばかりに手を伸ばす。顔の半分が壊れ、空洞が見えて居ると言うのに動くのはやはり化け物である事を思わせるからか。 茫と天井を見詰めていたリンシードの隣、櫻子は周囲を見回し、壊れたティーカップを拾い上げて机に置いた。 「永遠の幸福、誰しもが望む事かもしれませんね……」 変える用意を整える櫻子の向こう、人形は未だ意識を保ちぼんやりと宙を見詰めている。 振り仰ぎ、玖子は走った。扉を開き、戸棚を漁る。 一段目、無い。二段目、無い。三段目にあった写真をしっかりと目に焼き付ける。 思いを馳せて、募った想いに形をあげる。これが玖子の精一杯。『悪い夢』の終わりを、『永い夜』が開ける時をあげようと思ったのだ。 関節が、かた、と鳴る。人形の首がゆっくりと向いた先に居る、長い黒髪に、真っ黒な瞳の少女。 優しい笑みを浮かべた彼女が小さくムーンダストの名を呼んだ。 「――一人ぼっちは、もうおしまい」 作り上げた幻影は強固な物で、彼女の友達と、彼女のもう一度『ささやかなお茶会』を開かせよう。 ティータイムは何時だって可憐なものだ。薔薇のジャムに、アールグレイの紅茶、ケーキを置いた可愛らしいテーブルに少女人形は座って夢を見る。 「あの子、持って帰って普通の人形にしちゃ、駄目かなあ……?」 「ムーンダストをね、持ち主の部屋に置いてお茶会のセットをして、二人のお部屋を作ってあげよう」 誘う少女の幻影――玖子に手を引かれ、人形は薄らと光りを見る。 硝子玉に映ったのはムーンダストが玖子に語った想い出の少女そのものだった。 真咲の用意した写真を置いた机。瑞樹が摘んだ花はベッドの周りに置かれている。人形はベッドの上に坐り、少女の夢を見ながら関節を鳴らし、楽しげに笑みを漏らした。 動きを止めていく人形が死ねば唯の『人形』に戻るのだろう。少女の幻影は彼女の前でにこにこと微笑んでいる。 瑞樹はしゃがみこみティーカップを持たせそっと囁く。硝子玉の瞳が感情の色を映さなくなるまであと少し、その時が『悪い夢』の終わりなのだから。 「おやすみなさい、ムーンダスト。永い眠りの中で、どうか、貴女の主人と会えます様に」 囁く声に眠くなったわ、と人形が告げる。彼女の名前を呼んで、真咲は優しく微笑んで髪を梳いた。 青いカーネーションを思わせる人形のドレスの裾は汚れてしまった。その汚れを拭いながら、囁いたのは、彼女の名前に込められたであろう意味。 「ムーンダストの花言葉、知ってる? 永遠の幸福なんだって」 永い夜は、いつか明けるものだから―― ――しあわせに、ね? |
■シナリオ結果■ | |||
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