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白い病院の死闘

●白い病院のノーフェイス達
「そっちはどうだい、しょうちゃん。命乞いしようなんて思っちゃいないだろうね」
 鉄火な口調が屋上に響き渡る。口調は随分と年輩風だが、声の張りや声量はずっと若い娘の様だ。
「あたぼうよ。おれっちを誰だと思ってるんだ? いくら池森小町のおキヨちゃんだからって滅多な事はいわせねぇよ」
「2人ともその調子だねぇ」
 口調こそ年寄り風であったが皆、声は若々しく、お揃いの白装束に袴姿で額には白いハチマキをしている。

 聖ヒュギエイア記念病院の3つの棟、それぞれの屋上に立つ3人は3人ともごく若い――20歳ぐらいの――姿をしていた。彼等の為すべきことはこの病院を守る事。幾度となく寄せてくる敵の攻撃に立てこもっていた人々は随分と減ってしまった。逃げ出した者もいるし、敵に寝返った者もいる。けれど最も多いのか最後まで敵と戦って死んだ者達だった。彼等を埋葬した中庭は人の身長程度に盛り上がった土の小山が20あまりも出来ている。それでも、3人は諦めなかった。誰かが助けてくれるあてはなかったけれど、苦しい時でも絶対に投げ出さない……そうやってこれまで生きてきたのだから。
「また来るかねぇ」
 キヨちゃんと呼ばれた娘が言った。切ない瞳に赤い赤い夕陽が映る。絶望してしまわないのは幼なじみの昭造と正子がいてくれたからだ。
「来るだろうさ。どうにもあたしたちを生かしちゃおけないみたいだったからね」
「キヨちゃんもまさちゃんもおれっちが守る」
 昭造は勇ましげに言うが同時に不安もあった。戦いの最中にも、そうではない時でもどうにも血がたぎるのを抑えきれない事がある。このまま何も考えずに破壊しつくしてしまいたくなるときがある。そしてそれは悪い薬の発作の様にどんどん間隔が短くなるのだ。
「けどよ。もし、おれっちが……」
「わかってるよ」
 キヨが言った。
「みなまで言う事ないさ。それは最初に約束したじゃないか」
 正子も言う。それでも何故戦うのかと問われれば、まだ生きているからだと答えただろう。彼等はそうやって生きてきたのだから、そうやって死んでいくのだろう。

●非情の任務
 ブリーフィングルームに現れた『ディディウスモルフォ』シビル・ジンデル(nBNE000265)は厳しい顔で言った。
「あまり楽しい仕事じゃないの。だから、気が進まない人は今からでもいいから言って。ボクは辛い事をお願いするよ」
 シビルは望遠レンズで撮影したような写真を数枚、テーブルの上に置いた。
「ここは聖ヒュギエイア記念病院。ちょっと前に三尋木の息がかかった病院だってわかったところでね、沢山の能力者が患者や見舞客として集っていた。でもその何倍もノーフェイスの人達がいたんだよ」
 おそらくは研究棟が原因で秘匿されるべき神秘に接触することで、多くの者達が変容したのだろう。幸運にも世界に受け入れられた者達もいたが、それよりも排除されるべきと決定した者達の方が圧倒的に多い。
「アークから今までに2度、ノーフェイスを駆逐するためにリベリスタ達が向かったよ。でも、完遂することが出来なかった」
 理由は3人の突出して力の強いノーフェイス達が守りを固めていたからだ。
「橋本キヨ(はしもと きよ)、中村昭造(なかむら しょうぞう)、三宅正子(みやけ まさこ)、3人とも実際の年齢は67歳だけど外見や身体能力は20歳ぐらいになっているからびっくりしないでね」
 3人とも若い姿をしているのはノーフェイス化したためなのか、それとも別の要員なのかはわからない。彼等は屋上から千里眼で索敵し、テレキネシスでバリケードを作り、生に強い執着を持つ。また、呪符を作って攻守に使うインヤンマスターめいた力を操り戦う。
「3人とも幼なじみなの。だから、あうんのこきゅう……なんだって。でも倒して。もうあんまり時間がないの。これ以上このままにしておくと、三尋木の援軍が来てしまうから。その前に3人を倒してあげて……」
 彼等が正気を保っていられる間に、大事な友達が友達でいる間に死なせてあげて……と、シビルは言った。


■シナリオの詳細■
■ストーリーテラー:深紅蒼  
■難易度:NORMAL ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ
■参加人数制限: 8人 ■サポーター参加人数制限: 0人 ■シナリオ終了日時
 2013年10月27日(日)23:06
 いつだってこの世界は闇に満ちていますよね、こんばんは~。ストーリーテラーの深紅蒼です。今回は総合病院に立てこもっているノーフェイス3人を倒していただくお仕事です。

場所:聖ヒュギエイア記念病院。七派の三尋木系の病院です。病院は3棟に別れていて、それぞれ外来棟、入院棟、研究棟で、一カ所で接しています。多くのE能力者が集まっていましたが、それらの処遇は別動のリベリスタが担当しています。
任務:屋上にいる3人のノーフェイス(フェーズ2)の討伐
敵詳細:実年齢は67歳、外見は20歳の3人です。全員が千里眼、テレキネシス、生存執着、そしてインヤンマスター風の力を攻守に使います。正気を保っていられる時間はあまり残っていません。

注意事項:現場に到着するのは夕暮れ時です。討伐に時間がかかるとノーフェイス達が暴走し、手当たり次第に破壊をするようになります。また、三尋木のフィクサード10人が病院へと向かっているようです。彼等が到着するのは夜明けぐらいですが、遭遇する前にノーフェイスを退治して撤収することを推奨します。しかし、最終判断は現場にお任せいたします。
参加NPC
 


■メイン参加者 8人■
インヤンマスター
朱鷺島・雷音(BNE000003)
ホーリーメイガス
霧島 俊介(BNE000082)
ソードミラージュ
須賀 義衛郎(BNE000465)
プロアデプト
銀咲 嶺(BNE002104)
インヤンマスター
小雪・綺沙羅(BNE003284)
ソードミラージュ
鷲峰 クロト(BNE004319)
プロアデプト
椎名 真昼(BNE004591)
レイザータクト
イリア・ハイウインド(BNE004653)

●血色の空
 口上もなく名乗りもなく開戦を告げるホラ貝も突撃ラッパもなく、殺戮という名の戦闘が始まる。正義も悪もなく、ただ大義の為に……世界を滅びの道から遠ざける為に、受け入れ難い存在を排除する。傷つけば血を流す普通の心を持つリベリスタ達にとって、それは辛い任務であったが彼等は逃げなかった。
 聖ヒュギエイア記念病院の3つの棟にはそれぞれ屋上に1人ずつノーフェイスがいる。フォーチュナーの目からの情報とほぼ変わらない光景を『Le Penseur』椎名 真昼(BNE004591)の白でも黒でもない灰色の瞳が映す。
「見えたか?」
 鷲峰 クロト(BNE004319)が尋ねると真昼はうなずいた。
「はい。外来棟が橋本さんで入院棟が三宅さん。中村さんは一番奥の研究棟の上ですね」
 真昼の目は入り口を封鎖するようにイスや机、ベッドなどの備品が3メートルほどの堤防の様になっているのも見逃さない。おそらくはテレキネシスで無造作に積み上げたのだろう。あちこちに積めずに落下した備品が散乱している。
「一体、どんな理由があって今も戦っているんでしょうか?」
 わかるような気もするが、わからない部分もありそうでイリア・ハイウインド(BNE004653)は低く口にする。長い時間、苦労して頑張って年老いて……それでも戦う気持ちはどこからくるのだろう。
「こういうのは慣れないな」
 ぽつりと『友の血に濡れて』霧島 俊介(BNE000082)が言った。自分でも自分の感情が甘いのだということはわかっていた。それでも、甘いと切り捨てられない自分がいる。最後の最後まで、彼等に世界が微笑みかける結末を夢見ることを止められない。
「ボクは嘘つきだ。ボクは偽善者だ」
 爪が食い込むほど拳を握る『百の獣』朱鷺島・雷音(BNE000003)の掌が血で滑る。この手ではまだ小さくて世界を包み込めるほど強くない。だから世界を救うだけの力しかない。
「随分日暮れが早くなったな」
 血を流しているかのように沈んでゆく夕陽を見つめ、少しまぶしそうな顔をしながら『ファントムアップリカート』須賀 義衛郎(BNE000465)は言った。ごく当たり障りのない季節ネタは普段の仕事でもよく使うからか、特に意識をしなくても口に出るだけで特に感慨があるわけではない。これから無辜の魂を狩ろうとしていても、表情も態度も目に見える変化はない。
「何が起こるか判りません。逐次声に出してくださいね」
 2手に別れるという作戦上、もう一方の仲間達には瞬時に手を差し伸べる事が出来なくなる。『天の魔女』銀咲 嶺(BNE002104)は義衛朗に、そして他の仲間達へと視線を移し自分のアクセス・ファンタズムの回線を接続状態にする。
「承知した。そちらもよろしく」
 ごくごく事務的に返事をして『K2』小雪・綺沙羅(BNE003284)もアクセス・ファンタズムを常時通話状態でキープする。
 時間は無限ではない。リベリスタ達は葛藤や感慨、あるいはそれらを捨て去った心を抱えつつ、戦場である白い病院へと走り出した。

●消える光
 リベリスタ達は3棟の屋上それぞれにいるノーフェイス達へと2手に別れて距離を詰める。
 ここは強い感情が錯綜していて息苦しくなる……と、綺紗羅は思っていた。今、この病院は戦場であり、生と死の極限状態が続いている。死の恐怖が全ての感情を普段の何倍も、何十倍もの強く激しい状態にし、それを維持し続けている。いずれ耐えきれなくなった精神が崩壊するのは必定だが、探査している綺紗羅には辛いものだ。今も、階下でひとつ、狂おしいほど未来を欲した心が消えていった。
「それでも、キサは止めないの」
 屋上に近づくにつれて3人の強い感情が流れ込む。
「やっぱり近い」
 彼等もまた、崩壊の兆しがハッキリと現れている。最初は衝動を抑えられなくなる。次に記憶や認識が曖昧になる。
「来て、キサの元に……」
 走りながら綺紗羅は煩雑で難しい術を操り式神『影人』を創り雷音の守備を命じる。
「三千世界の鳥たちよ。ここに」
 雷音は呪符を空高く投げ上げる。それは空中で無数の烏へと変化をしキヨに向かって急降下する。夜の終わりを告げる烏が薄暮に生きるノーフェイスの命を絶たんと殺到してゆく。
「あいにくだが、これ以上自由にさせるわけにはいかない。時間切れだ」
 橋本キヨの動きを止めようと走る義衛朗の腰にセットされたベレヌスから指向性の高い帯の様な光が広がる。
「今度の寄せ手はいままでで一番強そうだねぇ。でも、あたし等は戦うしかないじゃないか」
 影人を従えた悲痛とも言えるキヨの声に、だが義衛朗の動きは変わらない。これしきの事に揺らぐ心などどこにもない。
「どんな状態であっても生きる事を諦めない。いいね、そういうのキサも好きだよ」
 言いながら綺紗羅は閃光弾を投げ、キヨの心を押さえつけようとする。強がってはいてもキヨも限界に近いことはその心が吐露している。
「こんにちは。それでも……私達は、あなたたちを倒します」
 キヨと対峙したイリアは空と翠の瞳で真っ直ぐ敵を見つめる。既に自らの持つ防御の攻撃の力を仲間達と共有させているイリヤの視野が格段に広まり、洗浄全体を見通す事が出来るようになる。

 一方、正子のいる入院棟でも戦いが始まろうとしている。
「超頭脳演算起動――皆さん、支援はお任せ下さい。オペレートを開始します」
 クロト、真昼、俊介の後から屋上へと走る嶺が言う。
「手は抜かない!」
 身体を駆け巡る魔力の奔流、その圧倒的な力に意識がふわっと浮かぶのはもっと強大で強力な敵と戦う時と変わらない。彼等の命に応えるには全力しか思いつかない。
「必ず仕留めます」
 暁の天使の様に美しい純白の翼は神々しく広がり、破邪の銀をいただく瞳が見つめた正子のこめかみ、首、左胸、腹 へと狙いを外すことなく気糸が貫く。
 少し長いと前置きした上でクロトは口を開いた。
「予め言っておくけど……あんたらに恨みがあるとか人殺しが好きとかで命を狙ってる訳じゃない。あんたらは何れ自我を失って、その能力でこの世界を滅ぼす。その兆しは既に出てるはずだ。だから、あんたらがまだ人であるうちに倒す……命を懸けてな。介錯って言うにはかなり手荒くなるけど、それは勘弁な」
「本当に長いね」
 正子は呆れた様に言ったが、黙って聞いてやる正子は本来馬鹿がつくほど正直で善良な人間だったのだろう。
「四の五のいいからさっさとやろうじゃないか」
「望むところだ!」
 まっすぐにクロトが走る。
「キヨちゃん! まさちゃん!」
 守護の結界を張っていた昭造はほぼ同時に幼なじみを攻撃され、一瞬どうしてよいか途方に暮れた様に2人の名を叫ぶ。しかし、意を決するとキヨの方へと棟の接点から飛び移ってきた。
「中村さんが動きました」
 正子へと握りしめたナイフを手に気糸の罠を張り巡らせたばかりの真昼の警告の声を発する。

●黄昏
 その瞬間、崩壊はやって来た。昭造にではなく、昭造に選ばれなかった正子にだ。周囲を浮遊していた美しい刀がコントロールを失って暴走する。
「いやあああぁぁぁぁ!」
 真昼の気糸を強引に引きちぎった正子の身体から真っ赤な血が霧の様に吹き荒れ、至近距離にいた真昼の身体を赤く染めた。
「まさちゃん」
 振り返った昭造の不自然にひねった身体を符で創られた式神の鴉が貫く。
「まさちゃん! しょうちゃん!」
 義衛朗の本体と幻影、2つの攻撃に身動きの取れないキヨは叫ぶしかない。
「邪魔だ! みんな邪魔だ! キヨちゃん、ずっとあんたも邪魔だったんだ!」
「させるかよ。あんたの介錯は俺だって話ただろうがよ!」
「行かせませんよ、三宅さん。貴方を倒すのはオレです」
「うるさい!」
 正子を制止しようと前に出た真昼とクロトを物凄い衝撃が襲う。正子の右腕に振り払われた真昼の身体が後方に吹っ飛び、左腕を叩きつけられたクロトがタイルに沈む。そして正子の両腕から血と肉が飛び散ってゆく。
「制御出来ない力が本人の肉体を壊している?」
 嶺の気糸が正子の首を狙って放たれ射抜いてゆくが、それでも咆吼をあげて正子は飛び上がった。そして倒れた昭造とキヨのいる外来棟へと移動してゆく。
「くっそぉっ」
 頭を軽く振って立ち上がろうとしたクロトと血に沈む真昼へと圧倒的な癒しの力が注ぎ込まれる。
「すみません、霧島さん」
「いや、俺達も行こう」
 真昼に手を差し伸べる俊介の頭上を嶺が飛ぶ。
「先に行きます。もうあの方は……キヨさんと戦いながら止めるのは少々骨が折れそうです」
「俺も行く」
 翼持つ嶺も、危なげない跳躍を披露したクロトもあっと言う間に外来棟へ到達する。
「行きましょう」
「あぁ」
 俊介と真昼も2人に続いた。

「まさか昭造さんじゃなくてあなたに使うとは思ってなかったよ」
 血まみれで狂乱する正子を雷音の呪符が拘束しようと殺到する。
「今、倒すべき敵はキヨさんではなくあなただ、正子さん」
 イリヤの鉄槌が振り下ろした先にいたのは、符に動きを封じられた心も身体も壊れ始めた正子の方だ。
「キサもその判断を指示するのだ」
 閃光弾が正子の目を焼き、心にまで衝撃を伝えてゆく。
「やめて、やめておくれよ!」
「それは無理な相談だな」
 心も身体もブレのない義衛朗の無駄も隙もない動きにキヨは手一杯で幼なじみの正子にも昭造にも何も出来ない。
「ぎゃああぁぁぁあ」
 新たな悲鳴が正子の口から血飛沫とともに響き渡る。フェンスを足場に跳ぶクロトの攻撃とひらりと舞い降りた嶺の攻撃が正子の身体を切り裂き、貫く。
「ゆるさない。ゆるさぁなぁあああ」
 もはや本人すら制御出来ない魔力の豪雨がタイルを叩き、その場にいた全ての者達へと打ち据えてゆく。それはキヨも例外ではない。
「まさ、ちゃん……」
 胴に風穴があいたままの昭造が立ち上がり背後から正子に抱きついた。
「しょ……」
「このまま殺せぇえええ! 早く!」
 崩壊し続ける正子にもとっくに死んでいておかしくない傷の昭造にも残された時間はわずかしない。
「殺します」
 迷わずに、ためらわずに……彼等自身に何一つ殺される理由がなくても、ただ世界が彼等を愛さなかっただけで、その世界を守るしかない自分達の手で殺すしかない。真昼の力は精密で細い1本の糸となって正子を、そして昭造の胸を同時に貫いた。赤い糸が2人を繋ぎ縫い止め、命を屠る。糸の切れた人形の様に2人の身体は折り重なってタイルに崩れる。
「まさちゃん、しょうちゃん! あぁぁああああ!」
 キヨは絶叫して癒しの符を飛ばすけれど、命なき身体に効果はない。
「亮は貴方のことを心配していた、なのにどうして人を捨ててしまったのだ?!」
 けれど雷音の言葉にキヨからのいらえはない。フラフラと倒れた幼なじみ達へと近寄ってゆく。
「悪いがオレ達には時間に余裕がない。こっちの事情で申し訳ないが、そろそろ終幕とさせてもらうぞ」
 無防備なキヨ背に義衛郎と幻影、2つの刃が踊る。血が吹き出し、倒れたキヨの身体に降りかかった。血溜まりが広がってゆく。キヨは目を閉じた。雷音の頬を一筋の涙が伝って零れたけれど、西の空もすっかり闇に落ち、誰の目にも触れなかった。

●人魚姫
 三尋木が増援を送り込むのは夜明け近くになる。研究棟を探索する時間は充分ではないにしろ、悲観するほど短くもない。
「ありがとう」
 雷音はぽつりと義衛郎に言った。わずかに首をかしげた義衛郎に嶺は無言で首を横に振る。言葉は要らないのだと、伝えたかった。義衛郎にも雷音にも。
「三尋木が欲しがっているものを探して先に手に入れよう」
 俊介は先に立ち、昭造のいた研究棟の屋上から内へと続く扉から内部へと入る。電源の供給はまだ途絶えてはなく、蛍光灯の白い光が階段を照らしている。
「みなさん、済みません。こちらはお任せしても構いませんか? まだ外来棟や入院棟で戦闘が続いているようなので、わたしはそちらに行きたいんです」
 イリヤは頭を下げた。銀糸のようにサラサラの髪がこぼれて表情を隠す。
「辛くないんですか?」
 真昼が尋ねた。意識のあるノーフェイスを狩るのは辛い。幸運にも世界に愛され存在する事を許された者がそうではない者を駆逐する残酷な任務だ。
「はい。それでもまだ戦っている人達がいるのなら、わたしはその人達を助けに行きたいんです」
「オレもこっちは任せる。気になるカルテを回収したいからな」
 イリヤに続き義衛郎もきびすを返し、屋上へと戻っていく。
「私は一足お先に」
 階段や床をすり抜けた嶺の身体はすぐに見えなくなってゆく。
「俺が前に立つぜ。小さい音も聞き逃さねぇし暗闇でも視えるからな」
 言葉通り、クロトは皆の先頭に立って階段を下りてゆく。

 雷音は動揺を隠して探索に没頭した。無造作に散乱した書類や実験道具にも微細ながらも情報は宿っている。
「ここよりももっと下? 大きな実験が行われているんだね」
 新品の道具は地階に搬入され同じフロアで使用され、ここにあるのは少々劣化したり型が古くなったものばかりのようだ。

 セキュリティの強固な場所を見つけると嶺は片端から壁をすり抜け内部を見た。見つかるのは書類の山と何に使うのかわからない様な特殊な実験道具ばかりだ。小さな物は目に見えない程、大きなものは人が1人以上入れそうな縦長の水槽のような入れ物までだ。
「ここもハズレかしら?」
 期待もせずに壁を抜けた嶺は驚いて目を見張った。この部屋はそれ自体がひとつの装置であるかのようだった。そして、今もちゃんと動いている。中央には大きな円柱形の密閉された水の中に……人間が漂っている。
「これは……」
 嶺の声に水の中で瞼が開いた。

 綺紗羅は1時間ほど掛けて慎重に研究棟上部を探索し、まぁまぁ条件をクリア出来るものを選んだ。強固なプロテクトを突破するにはPCの状況や性能も大きく関与する。処理速度の鈍いものでは役に立たないのだ。
「今度こそキサに突破できないものはないよ」
 綺紗羅はジャラジャラとUSBメモリーを取り出すと机の上にぶちまけた。そしてその1つをPCに刺すと電源を入れる。この戦いは終始綺紗羅の優勢だった。あちこちに分散した情報の保護を突き崩し集中させ複製をUSBメモリーに書き込んでゆく。
「発生、遺伝、減数分裂、テロメア……こっちは既にほぼ確率されている体外受精のデータね」
 卵の成熟、採取、顕微鏡下での受精、母体に戻すタイミング、等々だ。
「まさかここで不妊治療ってわけじゃないよね。筆者は……配島が?」
 どの資料も作成者の署名は配島聖となっている。

 戦って戦って戦って、血と汗と涙と、ノーフェイス達の恨みと呪いの言葉にまみれてイリアの任務は終わろうとしていた。
「……しに、たくな……い」
 最期まで生きたいと願う子供の頭に鉄槌を振り下ろす。潰れた身体から飛び散る液がイリアにかかる。美しかった装甲はそんな断末魔の残滓と死の匂いにまみれている。それでも後悔はない。
「ありがとう」
「お陰で助かりました」
 リベリスタ達が礼を言ってくれた。
「……はい。辛かったわね」
 真っ白なハンカチを差し出され、初めてイリアは自分が泣いているのに気が付いた。

 義衛朗はひとりトラックに運転席にいた。どうしても病院から運び出した物が大きすぎたり多すぎたりして、これ以上コンパクトな運搬が出来なかったのだ。まだ真っ暗な道をひた走る。と、ヘッドライトが車道に人の姿を映す。そのまま速度を緩めずに過ぎることも出来たが義衛郎はブレーキを踏んだ。
「アークの方ですね。私は三尋木のフィクサードで便宜上浅黄と呼ばれている者です」
 長い少し茶がかった髪の女が言った。
「オレに何か用か?」
「その荷物の中に『彼女』はいますか?」
「いや……」
 義衛郎は首を振った。
「部屋一杯の装置なんてトラックじゃ運べないだろう。まぁ、上が欲しがれば移送するだろうがな」
「ありがとうございました」
 浅黄は丁寧に礼を言うと、歩道へと退き闇に消える。

 長い夜が明けようとしていた。
「来ました」
 短い言葉で真昼は仲間達に敵の接近を知らせた。
「三尋木の人達なのだよね。ボク達、ずっと君達を待っていたんだよ」
 病院の正門で待ち構えていた雷音は冷たい目で10人ほどの男達を見つめる。
「アークですか? やれやれですね」
 リーダーっぽいやたらとスーツにピンの飾りをつけた帽子をかぶった若い男が言った。
「やれやれ?」
 真昼の全身に止めようとしても止められない激しい怒りの感情が走る。
「何をしたんですか? 何故したんですか? 答えないなら、答えれないなら、答えがあまりに下らないなら……アナタ達もいっそ死ねばいい」
 怒気は闘気となって真昼に渦巻く。男は慌てて両手を挙げた。
「待って待って。自分の仕事はノーフェイスの回収だったんですよ」
「凛子ちゃんに言っといてくれ。謝らないからなって。だから『人魚姫』も返さない。あれは谷中かが……」
 俊介が言ったその時、アクセス・ファンタズムからコールが鳴る。
「ゆうり? どうした……こっちも伝える事がある。え? 配島が?」
 突然、回線が切断され互いの声も届かなくなる。その間にフィクサード達の姿も消えていた。

■シナリオ結果■
成功
■あとがき■
 お待たせいたしました。リプレイをお届けします。今回も大変お疲れさまでした。尚、以下が今回皆さんが入手した情報や行動、目にしたものです。色々盛りだくさんになってしまって、ごちゃごちゃしてしまったかもしれません。済みません。

朱鷺島さん:研究棟の地下で実験を、階が上になればなるほど資料編纂をしていることがわかりました。
霧島さん:お友達との会話は途中で切れてしまいました。人魚姫の事は伝えきれていません。配島の名前が出たのは確認しましたが、詳細は聞き取れませんでした。
須賀さん:浅黄というフィクサードに会いました。カルテなど沢山の資料を回収しています。
銀咲さん:研究棟2階と3階をぶちぬいた大きな研究室を発見しました。内部は部屋全体がひとつの装置となっていて、中央には円柱形の水槽があり人間の女が入っています。全身は生命維持装置と接続されていて、生きているようです。
小雪さん:院内のネットワークにアクセス出来ました。研究資料は配島聖の署名があるものばかりで、不妊治療の研究と似た症例報告が多数ありました。
鷲峰さん:研究棟で2体のノーフェイスを撃破、1人のフェイトを得た能力者と出くわしましたが、逃げられてしまいました。
椎名さん:橋本さんたち3人の遺体は須賀さんが運び出しています。夜明けに来た10人のフィクサード達は研究棟へ向かったのが視えました。
イリアさん:多くのノーフェイスを倒し、別動のリベリスタ達に感謝されました。