● 私の上にいる男が首に手を伸ばしてくる。締められたのか、段々意識が薄れてきた。 背中とアスファルトの間に引っ張られた髪の毛が痛い。 痛いのはそれだけじゃなかったけど、時々ぶちぶちと抜ける感覚が辛かった。 髪が傷んだら、切らなきゃ。短くなったら、せっかく彼に貰った髪飾りが着けられなくなる。 全部夢だ。 全部全部全部全部全部全部全部全部。 だから、この暗くなった視界が明るくなったら、わた井sは布団で目がサメて、今怒っていた琴hあぜんぶzEnbuゼンブ全部ぜん部全部善夫ぜんうb全部全部全部えzんぶ全部全部前部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全―― 全部、消えてしまえ。 ● 三高平市センタービルの地下に構えられた本部、その中のブリーフィングルーム。 その一室では、怪しい――それ以外の表現が難しいが、あえて言うならアラビア風の服を着た女が書類をめくっていた。彼女は部屋の扉が開いたことに気がつき、立ち上がると軽く両手を広げて、相手を――リベリスタを出迎えた。 「よく来たね、期待の新星。今日の仕事は、動く死体をひとつ、動かなくすることだ」 彼女――『まやかし占い』揚羽 菫(nBNE000243)は操作盤に向き直ると、鼻歌交じりに指を動かし、さっきから流れていた映像をもう一度再生する。 『全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全――』 少女の声から、血を吐き潰れた蛙のような音に変わっていく言葉。 部屋に響くそれに顔をしかめると、菫は少しだけ笑った。 「酷いノイズだろう。映画かドラマだったら、こんなの間違いなくリテイク(撮り直し)だ。 だが、残念ながら現実ってのはそうはいかない。やり直しはきかないし、勧善懲悪なんて望むべくもない」 ぽいと投げ渡された書類に目をやると、映像の中で怨嗟の声をあげていた少女の写真があった。 「名前は――そうだな、『髪飾りの少女』でいいだろう。さっきの彼女が死亡後、その死体がエリューション・アンデッド化する。さっきのあれは、死亡前の状況を確認したものだ。 ――ああ、今からいっても助けることはできない。あの事件は、今日の――」 ちらりと部屋の壁にかかった時計を見て、菫は僅かな時間だけ目を伏せ、それから先程までと同じように皮肉げな笑みを浮かべる。 「ついさっきの話だ。放置された死体が革醒し、自分を殺した男を殺すまで、あと少し、かな」 行きずりの犯行だという。ただ目があった。それだけで少女は××され殺された。 死体がすぐに見つからないように、男は少女の死体を捨てるつもりなのだという。今まさに、車に乗せて人通り少ない郊外の野原――今年の猛暑で雑草は高く伸び、かき分けて横たえられてしまえば、草が枯れるまで見つかりそうにもない――に向かっている。 男は少女の死体を放置し、引き返そうとした直後に、動き出した死体に殺されるだろう。 「急げば、男が殺されるより早く現場に到着することが出来る。 ――見殺しにしたい者もいるかもな。だが、この男の生存は絶対条件だ。 あと、E・アンデッドは不運すぎた彼女の憎悪が染み付いて、世界への憎しみを募らせているようだ。 さて、頑張ってくれよ、リベリスタ」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:ももんが | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年10月31日(木)22:31 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●maiden 長い髪の方が好きだって言ってたから。 夏の暑いのも頑張って、やっと伸ばした髪だったのに。 「なんかさ、すごい暑苦しくない? それ」 だからそう言われた時は驚いたけれど。 「――だから、はい。その……プレゼント、なんだけど。ちょっとは彼氏っぽいこと、してみようかと思って」 それは髪飾りで。付けてみて、って言われるままに付けてみたら、似合うって言われた。 嬉しかった。 顔が赤くなったのを自覚して、恥ずかしくて。 初めて手をつないで駅まで歩いて、また明日ねって。 だけど――明日なんて、来なかった。 ● 一気に駆け寄りながら姿勢を低くして、『無銘』佐藤 遥(BNE004487)は無銘の柄に手をかける。 今まさに、むくりと起き上がった少女に向けて、足は止めない。年の近い少女にしか見えない死体に、遥は僅かに歯噛みする。なんて理不尽。 (でも、ボクたちは神様じゃないから) 既に起きた物事を書き換えられるようなペンなど持ち合わせていないから。遥に出来ることは、刀でもって終わらせること。雑念は振り払え。目の前にいるのは、斬るべき敵だ。 「――行くよ」 虚ろな少女の目に自分が映ったのを見て、呟く。遥の最適化されたギアが齎した速度は、目覚めたばかりの少女の動きを牽制するには十分だ。 遥に続いて、少女を足止めするべく駆け込んだ折片 蒔朗(BNE004200)の眉尻は少し下がり気味だ。 「あなたが被害者なのは、よく分かっていますけど……」 幻視に隠した翼を広げ、数センチの低空飛行から滑りこむように少女の腕を掻い潜り、大振りの太刀で斬りつけるのは死の刻印。神秘が被害者を加害者に変えようとするなら、それを防ぐこともリベリスタの仕事なのだ。『やったれ!!』蛇穴 タヱ(BNE003574)もまた、少女の前に立ちふさがると清姫に全身から生み出した気糸を乗せ腕を振り被る。 (アタシは前衛、まずは目標の前進を阻止する――) ちらりと『保護対象』に目をやる。突然飛び込んできたリベリスタたちに動揺している男。この男をエリューションから守りぬくには――。 「少しでも距離を取る事が不可欠っす。敵を釘づけにしやしょう」 タヱはほかのリベリスタが男を引き止めに向かっていることを確認し、自分に言い聞かせる。相手は事前調査で強化が報告されているE・アンデッド。それだけに麻痺させられれば御の字だったが、少女の死体は清姫の熱に動じないままに、目の前に現れた存在たちを淀んだ瞳で見つめ返していた。 イリア・ハイウインド(BNE004653)はやりきれなさに頭を振る。赤を交えた銀の髪が揺れた。 「女性を……酷いことをして、殺す。それもただ衝動的なままの犯行だなんて」 とても、とても許しがたい事だと。だというのに――イリアは振り払うようにもう一度髪を揺らす。 「倒すべきはエリューションですよね。……やります」 細い旗がなびく槍を構えて、イリアは防御姿勢の指示を飛ばす。 「愛の無い行為は感心できないわ」 紅をひいた唇から同意とも感想とも取れる言葉を漏らし、ルクレツィア・クリベリ(BNE004744)は暗視装置の熱感知を作動させる。だが、まだそれを装着はしない――先にやるべきことがある。事態の把握などできそうにもない男へと歩み寄り、その顔をのぞき込んだ。 「わたくしの目をご覧になって?」 ――我ラノ指示ニ従エ――。 「あんたたち、一体……指示? はい、従います――」 意志の弱い男なのだろう。ルクレツィアの紅い瞳が、瞬時にその魔力を発揮する。催眠の浸透を確認して、ルクレツィアは暗視装置を身につけた。 暗示を受けた男の、脆弱な理性を更に剥落させた様に真柄 いちる(BNE004753)は眉を寄せた。 「揚羽ちゃんはどうして、男を生かせって言うんだろう?」 言いようのない不快感を抱えたまま、いちるは目を閉じクロスを握りしめる。その手を中心に次々と集まり始めるマナを取り込み、己の力の高まりを感じ――いちるは水色の瞳を半眼に開き、儚く笑った。 いちるはかわいそうな少女のことよりも、その男に興味を抱いたのだ。 ――その時、男へと一気に距離を詰めて来た者がいた。 その人物は男の胸ぐらを掴むと同時に、逆手を股間へと伸ばす。 「アンタが犯人ネェ。見つけられてよかったワ。 御託を抜かす暇があンならアタシの言う事に従いなさい……潰すぞ。 人が殺せても自分が不能になるのは恐いわよネェ?」 伊達に長年オンナやって無いのよ、とは彼女(?)自身の言だが――『二丁目の女王』マダム・フォンティーヌ(BNE004755)がその眼光で睨みつけども呆けて動じない男の、先ほどまでとは打って変わった様子に、僅かな時間だけ毒気を抜かれたようだった。 指示されるのを待つ男のあまりにも情けない様子は、自分の本能を抑える程度の理性すらない証左。 (任務は了解、けれども、守る、守るって何ですかね) マダムが、少女から庇うように男の近くに立ったのを、マダムとほぼ同時に来た『soliloquy』イズル・Z・シュタイフ(BNE004727)が複雑な表情を浮かべて確認する。 (こんなクズ野郎は間に合ってしまうのですか……) 復讐心、だと思ったのだ。 少女の憎悪は、世界のために取り上げられ、切り捨てられた。イズルにはそう感じられたのだ。 その少女を助けるのには、間に合わなかったのに。 「胸糞悪いです」 射手の感覚を研ぎすませながら、イズルは丸型ランプを掲げる。ほのかに照らされた少女の姿が、自分とだぶるような気がして見えて――その時、死の川の向こうから追い返された少女のよどみ切った目が。 確かにイズルを見つめていた。 「――!?」 それぞれの顔を見回した少女は、相手が何者なのかを考えていたのかもしれない。 訪れた存在が何者なのかを知る方法など彼女にはなく、たとえ生前の記憶があったとしても彼女の知識には『リベリスタ』なるものは存在しなかったが――少なくとも、己の敵だとは認識したのだ 「汚い」 炎を載せたその言葉は、おそらく生前のままに澄みわたっていた。 ● 吐き散らされた呪詛の火炎は、周囲へと燃え広がることはなかったが――ひとの体にくすぶり続ける。 暗示のままにどこか朦朧とした様相の男を除けば、この場にいる誰一人としてその炎を浴びなかった者はいなかった。 「こんなの何度もやられたら――」 遥はちらりと蒔朗を見る。少女の黒炎が特に執拗に取り巻いたのは蒔朗だった。しかし最も危険な状態だったのは男を庇うために炎を受けるしかなかったマダム――裏社会には慣れていても、革醒者としての実戦経験の少なさが響いたのだ。それでも膝を屈さなかったのは『女王』の矜持が故か。だが、万が一にも続けて受ければ、どうなるか。 刀を上段に振り被ると、遥は己の速さの全てを込めて振り下ろす。返す刀をも斬撃に用いた、隙がどこにも存在しない連撃。無銘は少女を澱みなく追い詰め、一時的にその体の自由を奪った。 「痛いのも、苦しいのも。もう終わりにしましょう。 ……こんな風になる前に、助けられなくてごめんなさい。どうかもう、苦しまないで下さい」 その隙に間合いを奪ったのは、火にまかれたままの蒔朗である。彼の身につけた熱源を視る暗視装置には、その身を焼く黒い火が映らない。視覚的には見えているし、こんなにも熱いのに。文字通り暗く冷たい憎悪の炎を宿すような事態が、この少女が望んだもののはずがなかった。 「辛かったよな。痛ェよな」 「そのまま抜けて、右です!」 蒔朗と同じように少女の懐に飛び込んだタヱの呟きは、同情よりも親身な響きを有していた。その場で立ち止まりかけたタヱの耳にイリアの指示が飛び込む。はっとして声の方を見ればなるほど、イリアが示したのは次の一手の為の布石。それらを打つのはレイザータクトの得意とする仕事だ。 「髪飾り、よく似合ってたわ――大丈夫、貴女は今でも綺麗よ?」 絡みついた黒炎がドレスの柄のようにすら見えるルクレツィアが、ブリーフィングで見た、飾りを付けた少女の姿を思い出して囁くような詠唱の中に言葉を交える。接近戦の不得手な彼女がゆっくりと距離を取りながら展開させた魔法陣は、紅く細い指先の示した相手に神秘が形作る弾丸を撃ちこんだ。 「髪飾りはどこに忘れてきたです?」 妬みや悲しみを内包した炎が古傷を炙る痛みに集中を奪われないように、麻痺した少女の、その髪を傷付けないように動きを見切った瞬間に魔弾を放ち――そうして相手を注視したからこそ、イズルはそれが気になっていた。万華鏡の見せた過去の中で、首を絞められていた少女の髪には飾りがついていたはずなのだ。衣服もそう、少女の土気色の肢体を隠すものが髪の他に一切ない。 「せんせい、大丈夫?」 いちるはサングラスの奥からさっと人数を数えると、高位存在の意思を探り呼びかける。癒やしの息吹が呪炎を吹き消し皆の怪我を塞ぐのを見て、少し安堵する。マダム・フォンティーヌは軽く手を上げると、心配ないワ、とだけ答えた。 身動きの取れない少女に対し、先と同様に遥のソニックエッジが、タヱのメルティーキスが叩きこまれ、少女の体力を削り取っていく。それを見ながら、しかし蒔朗は太刀を下ろして周囲を見回し始めた。 草叢の揺れや音。そして熱源。異常があれば、予告された増殖性革醒現象が起きれば、すぐに対処できるようにと。そうしてできた隙間に少女が顔を向けた瞬間、間髪をいれずイリアは槍を突き出した。相手の意表をつく攻撃は、イリアの狙い通りに深く突き刺さる。追撃するようにマジックミサイルを放つルクレツィアも、虫の革醒を警戒する。どこに現れるのかわからぬ以上、前衛だけに任せるわけにもいかないのだ。特に回復の必要はないと見たいちるが召喚した魔力矢、イズルのアーリースナイプと、少女は次々と攻撃を叩きこまれていく。 どうして? 男の前に立つマダムの耳に聞こえたのは、空耳だったかもしれない。 だが、確かに何かを少女は呟いた。自分だけが苦しんでいる事に気がついたのか、少女の表情――目は相変わらず濁って虚ろだが、口の周りの表情筋だけが辛うじてそれを形作っている――が歪んだのだ。 「オマエ、モ――」 無理に搾り出された、汚れた声が、彼女の哀れを増幅し、天を仰ぎ、虚空振り回された腕が周囲の空気を引き裂いていく。どうして自分だけが苦しまなければならないのだと。 ●Iron Maiden 他人の肌の温度がこんなに不快なものだと思わなかった。 駅までつないだ手の温かさがもう思い出せない。 痛い。 重たい。 苦しい。 悲しい。 吐き気がする。 惨め。 歴史が、人間が、両親が、自分自身が、好きだった彼が、気持ち悪いものだったのだと思った。 なのに、助けて欲しいと思ってしまった。 「たすけ――」 「黙れ」 首を締められた。 ● 「あ……あ……ああああああああああッ!?」 接近戦を挑んでいた遥の記憶の中に、知らない記憶が書き込まれていく。 革醒していなければ、その「殺された」記憶だけでも死に至ったろうが――リベリスタである現状、酷い抑圧を受ける、その程度で済んでしまう。それでも、生まれつき革醒していたわけでない遥にはその苦痛がわかってしまった。絶叫は意識するまでもなくほとばしり出たもの。記憶が押し付けてきた嘔吐感に耐え、胸を押さえた。自分がこんな目に遭わされたら、正気を保っていられるだろうか? 「――最悪だ。こんな最期、女の子には酷すぎる」 怒りの表情を浮かべ呼吸を整えようとする遥とは対照的に、沈鬱な表情を浮かべたのはタヱだ。 (我慢しやすよ。してみせる) 幼さと経験は比例するものではないと、タヱは身を持って知っている。 天井の染みなら数え飽きた。 だからこそ、何が欲しかったのかはわかっていた。 「辛かったよな。痛ェよな。でも大丈夫、全部が夢だ。アタシらが夢にしてやる。 目が覚めたら、何も無いさ。だから、安心して眠ってくれ」 「……こんな、酷いこと、を」 少女の呪詛の範囲内にいたのは、イリアも同じだ。 苦しい、怖い、痛い、辛い――そんな記憶をぶつけられて、まるで自分がそんな目にあったように感じて。 それでも、これは所詮「一部」でしかないのだと、冷静に判断することさえできてしまう。 追体験にすぎない。これは「自分の身に降りかかった屈辱」ではないのだ。 (実際に味わった貴女は……もっと辛かった。それに比べたら……このくらい、大したこと) 「間に合わなくてごめんなさい。 助けてあげられなくてごめんなさい。 抱き締めて慰めてあげたいけど――でも今はそれは許されない。 貴女を止めないといけないから」 空と翠のオッドアイは、涙を流さなかった。生きているイリアが泣くことなら、後からでも出来るから。 前線にいたタヱたち3人の様相に、マダムが眉間にしわを寄せる。彼女らが自力で立ち直るには相当の時間を必要とするだろう。しかし、それを待つことは出来ない。 不意に、りりりりりり、と大きな音がした。いや、ずっと聞こえていた音だ、意識するまでもない背景音として紛れていた、虫の声が、あまりに大きく――! 「そこです!」 コオロギの飛び出して来るより早く、蒔朗がまっすぐに指さした場所。それはやはりというべきか、マダムに、正確にはマダムの背後の男に最も近い草の中。 「狭い浮世の何とやら、何処にもクズって居る物よねェ。 ――被害者の彼女はご愁傷様。若い身空で高過ぎる授業料だったわね」 その腕で虫の頭突きを受け止めながら、マダムはひとりごちる。弾かれ落ちた虫に突き刺さる、道化のカードと魔術弾。蒔朗とルクレツィアがはなったそれらは、虫を即座に撃墜する。 いちるが再び呼びかけた聖神の息吹が、マダムの怪我と、遥たちの枷をかき消した。満身創痍の少女と、怪我や弱体化を打ち消したリベリスタたちと――勝敗はここで確実に決したのだ。 「Es tut mir leid, dass es so gekommen ist. 取り返しは付かない。だから、あなたの悪夢、全部! 全部! 全部! 破壊するです!」 追体験こそ受けなかったが、イズルは例え自分がそれに苦しめられても希望が残ることを知っていた。 ――イズルは『髪飾りの少女』ではないのだから。 未来が待つか、閉ざされたかの違い。ただそれだけで、その違いが何よりも大きくて。 歪められた生命を断ち切る魔弾は、もう一度生者の世界に逃れることなどないように死者を貫いた。 ● 「ねェ、アンタ。分かるわよね? アンタはもう逃げられない」 「……ねえ。ちょっと殴らせてよ? いい? いいよね? ボクのほんとはキミみたいなひと、ぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶ死んじゃえばいいって思うよ」 未だ暗示で朦朧とした男に、マダムといちるがクロスを、拳を握りしめて詰め寄ろうとするのを、蒔朗とタヱが間に入って首を振った。 「殺れる物なら殺りてェが、そいつは筋が違いやすね」 革醒者の力で武器まで用いて殴れば、間違いなく男は死ぬ。 手加減して一発殴るくらいなら、と甘い誘惑もなくはなかったが――たとえば殴ったとして、その怪我を回復すればそれで済むという問題ではない。そうでなくてもおそらく、この戦闘に関する記憶は多少曖昧なれど彼に残るのだ。魔眼の暗示、催眠は所詮その程度のものでしかない。司法の手に委ねるつもりのリベリスタも少なくない中、今の程度なら警察も妄言と流す可能性もあろう。だが怪我を受けた記憶、強い痛みの記憶は、どう考えても魔眼でごまかせる範疇を超えていた。 だからかけ直した魔眼で、リベリスタたちは男に簡単な暗示をふたつ言い聞かせた。 ひとつ、警察が来るまでここを動くな。 ふたつ、己の罪は素直に吐け。 「こうするのが正しいんだって、分かってはいますけど。 でも、彼女にこれだけしか報いる事が出来ないっていうのは……悔しいですね。 力を手にしてもこんなにも無力なんだなって、それがとても悔しいんです」 蒔朗は少女の遺体に手を合わせる。 男の罪は残念ながら、毎日の食卓を飾るニュースの中ではありふれたもののひとつでしかないのだ。 イズルは警察への通報を終えて通信を切る。 目の前にいる男の人相は当然の事、車のナンバーも万華鏡の映像で確認できていた。あとは少女を拉致していたのを目撃した、と伝えるだけのことだった。何件かの似たような事件があったらしく、警察はその通話に対し熱心に確認を取ろうとしていた。 「叶うなら、ここであの男の人を叩き斬ってやりたいけど」 遥は刀の柄を、血がにじみそうなくらいに強く、強く握り締めた。 イリアも、男の顔を見ることも無く背を向けた。 「行こう。……ボクたちが、我慢していられるうちに」 「せめて、これで被害者が帰るべきトコへ帰れたらいいンすけどね……」 遠くから赤色灯の回る光が近づいてくるのが見える。 ぼーっと突っ立っている男の、置いてきた車の中でやがて服や鞄、髪飾りが見つかるだろう。 ――あとは神秘の関わることのない話だ。 <了> |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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