●よわむしもやし 小此木坂貫はいわゆるもやしっ子だった。いじめられっ子とも言う。 彼には特技と呼べるようなものはない。 もやしっ子な彼は当然のように体育が苦手だ。 かと言って勉強もとりわけ評価が高いわけではない。 小学四年生で二次性徴を迎える前であることも手伝い、朝礼ではずっと最前列をキープしている。 何より坂貫の一番特徴らしい特徴と呼べる気の弱さが、最も彼を苦しめていた。 なんてことはない、もやしっ子はごくありふれたいじめられっ子でもあるのだ。 小学校ではよくあることで、たまたま坂貫がその役目を背負わされたに過ぎないと言えるだろう。 しかし、当然のことながら彼の毎日は憂鬱だ。 憂鬱で陰鬱だった。 坂貫の心を唯一慰めているのは、彼が住む近くの公園にある花壇で咲き誇る花々だ。 花が好きな坂貫は、誰とも顔を合わさなくていい日の出前に、一人花壇を眺めに行くのが日課である。 そして、今日もそんないつもと同じ毎日だった。 一つだけ、いつもと違っていたことは、普通ならば花壇にあり得ないものが植えられていたことだ。 「もやし……?」 その言葉通り、花に紛れるように生えていたのはもやしだ。 もちろん昨日までこんなものはなかった。 誰かの悪戯かと思い、坂貫がなんとはなしにもやしへと手を伸ばした、その時―― 「え?」 いきなり急成長するように伸びたもやしは、人型をとり、少年を見下ろす。 何が起きたのか理解の追いつかない彼に、鞭のようにしなる無慈悲な腕の一振りが叩き付けられ、花壇に赤く黒い花を咲かせた。 ●不幸の連鎖を断ち切るために 大体の状況を説明し終えた『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)は、ポツリと漏らす。 「萌やしっ子って、漢字にすると途端に可愛らしくなるわよね」 それが話を聴き終えた者達へ彼女なりに場を和ますためのユーモアなのかはさておき、彼女は続きを語る。 「今回の相手は植物型のE・ビーストよ。一匹が発見されればあっという間に仲間も集まってくるわ」 実際に現れる数は、フェーズ2が一匹にフェーズ1が四匹の計五匹。その細長い体躯には、少しばかりだが純粋な物理打撃と風による攻撃を受け流す効果もあるようだ。 「見かけはひょろひょろとしているけど、必ずしも中身までがそうとは限らないってことね。エリューションも、人もね」 イブが指した人が、犠牲になる少年なのかは不明だ。それはもしかすれば、そうあって欲しいというイブの願いなのかもしれない。 「それと、少年が襲われるのは未来の話で、E・ビーストはどうやら弱々しい体格の子供を狙う習性があるみたい」 つまり、少年が襲われるより先に囮を使って誘き出すことも、そのまま少年が襲われる瞬間を狙い助けに入ることもできるだろう。 どちらを選ぶかは任せるつもりのようだ。 「貴方達なら大丈夫だと信じているわ。あの子の不幸もここで止めてあげて」 リベリスタを送り出すためのその言葉は、やはり彼女の優しい願いが込められていたのだった。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:上履太郎 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年10月31日(木)22:30 |
||
|
||||
|
■メイン参加者 8人■ | |||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
●夜の帳に萌やしは生える 夜明け前の公園に差す光は街灯のみ、人気のないそこには本来誰もいるはずがない。いや、なかったと言うべきだろう。 色とりどりの花々が栄える花壇の近く、公衆トイレの物陰に集った彼らはこれから始まる戦いに集中し―― 「もやし」 という掠れ声を『まだ本気を出す時じゃない』春津見・小梢(BNE000805)がカレーを片手に発した。 「もやし」 無感動な様で『クオンタムデーモン』鳩目・ラプラース・あばた(BNE004018)が続く。 訂正しよう。緊張感なんてなかった。 とは言え、流石に全員がここまで自由というわけではない。 『チャージ』篠塚 華乃(BNE004643)は暖光の雫で、周囲を照らしここでの準備がスムーズに行くよう手伝っている。 その光に照らされながら、『レッツゴー!インヤンマスター』九曜 計都(BNE003026)が、鮮やかな手際で可憐で儚げな十歳程度の華奢な少女に早変わりしてみせた。 「怪盗ってすごいよねー! 本当に別人みたい!」 その変貌っぷりには華乃も手放しで驚く。身長や声まで完全に別人と化しているのだ、その反応も当然というものだろう。 そんなリアクションに気を良くしたのか、それとも元々あった悪戯心が疼いたのか、計都はうるうると涙を滲ませて、上目遣いで離宮院 三郎太(BNE003381)を見上げる。 「三郎太おにいちゃん……、わたし、がんばる……ね」 憧れのお姉さんが、萌え要素の塊みたいな美少女に変身してかけてきたアプローチに、三郎太は赤面して反射的に目を逸らした。本人としてはもっと大人として落ち着いた反応を取りたいと思いはするが、そう上手く行くものではないようだ。 「九曜さん! 囮とはいえ無茶はしてはだめですよっ。約束してくださいっ」 と三郎太に念を押されて大丈夫と改めて約束を交わした上で、計都は作戦を決行するため花壇へと向かっていく。 彼女が花壇の前で屈んで花の様子を確認すると、異変はすぐに現れた。 「これは……っとと!」 ぴょこん、と花壇に一本だけ生えた不自然なもやし。それが数瞬のうちに人型の化物へと激変した。 成長するというよりは巨大化すると表現すべき反応だ。ひょろりとした異形の生物が伸びていく様子は、常人ならば恐怖と困惑に固まってしまうだろう。 気持ち悪さは感じつつも冷静さは保ったままに、E・もやしの登場で思わず計都が飛び退く。 その場所に、E・もやしの鞭が叩き付けられた。 直ぐ様逃走を始めようとするものの、増殖されたとしか思えぬ具合に現れた残りのE・もやしが彼女を囲むように現れる。 「がっでむ……!」 もやし達の行動が思ったよりも早い。これは不味いなと軽くテンパりつつ、陣地を生み出し何とかこの場から逃げようとあがく。 無論、せっかく見つけた好みの獲物を前に逃走なぞ許そうはずもない。出現するとほとんど同時にE・もやし達は鞭状の腕を大きく腕を振るい、計都を殴打しようとする。 仮に彼女が脚力を鍛たえているという自負があったとしても、こうも矢継ぎ早に襲われ続けていては完全に避けきることなど不可能だ。 半分は躱しているが、言い換えると残りは着実に彼女にダメージを与えている。これじゃあジリ貧だと悟った計都は、無茶であるとは自覚しつつダメージ覚悟でもやし達の隙間を抜けていこうとしたのだ。 しかし、襲われていた彼女より早く行動を起こしていた者達がいた。 「伊藤参上ー!」 獲物発見からいち早く飛び出した『いとうさん』伊藤 サン(BNE004012)が、インドラの矢を放ち、E・もやし達を燃え盛る炎で包み込む。 「もやしだか大根だかロンギヌスだか知らないけど、弱い奴を見下さないと生きていけない様なクズは大嫌いだー。だから絶対負けないよう」 わざわざ弱い者を選び襲う。そんな弱き者を見下したフィクサードのやり方に、伊藤は強い嫌悪を覚えていた。あるいは、そんなやり方と重なった、いじめっ子達へと向けられていたかもしれないが。 「ここまでですよ」 伊藤に続く流れで、『痛みを分かち合う者』街多米 生佐目(BNE004013)も奈落剣・終で近くの敵を切り裂く。 陣形が崩れ始めたE・もやしの中に、『みにくいあひるのこ』翡翠 あひる(BNE002166)割って入る。器用な低空飛行は、まさに飛び込むという形容が相応しく、計都の腕を掴み誘導する。その中で、聖神の息吹にて彼女を回復させることも忘れない。 逃走は上手くいったかと思いきや、他のE・もやしと比べても二回りは巨大なリーダー格が、計都をターゲットに腕のまめもやし弾を発射する。 そこへ横合いから計都に追いついた三郎太が、両腕を広げて相手の弾丸を正面から受け止めた。 「ぐうぅぅ!」 それは決して浅くはない傷だ。それでも、誰かを守りたいから、誰かの役に立ちたい、という感情が痛みを上回りそのまま戦闘は続行される。もっとも、たった今彼が守りたかった相手は、ただ一人ではあるのだけども。 もやし達が荒れ狂う中、八人のリベリスタが揃い踏む。 真の勝負はこれからだと、ここにいる者達は鋭い視線でE・もやしへと闘争心をぶつけているのだった。 ●花壇前の鉄火場 夜の闇は人も花も、そして異形も全てを包み隠してしまう。陽光が昇らない、漆黒の公園。 閉じた世界を席巻するのは、ゆらゆらと傾きながら迫るもやし型のフィクサード達だった。 闇に闇を重ねるように、生佐目の瘴気が暗黒となってE・もやし達を覆う。 その闇をつんざくのはもやしが撃ち出す弾頭だ。 ブロックを優先に動く三郎太がそこへ割って入り、ダメージを肩代わりする。 まだ耐えられるはずにも関わらず、身体に力が入らなくなる。肉体そのものが虚弱化しているのだ。 これ以上はやらせないと伊藤がさらにインドラの火をばら撒く。連続して攻撃をばらまかれ、E・もやし達もそれぞれ距離を取り単独で動き出す。 その隙にあひるが三郎太の身を癒やして虚弱を回復させていた。周りを見て、傷付いた者を優先的に回復していくのが彼女の役割だ。 手足の付いたもやし……もやしだとしても放っておくにはあまりに危険な敵なのだと、仲間に助けられて三郎太は改めて自分の任務を認識する。 計都は既に怪盗を解除し、通常通り戦闘へと参加していた。変身していなくとも彼女の身体が華奢なことには変わりなく、恐らくそのまま花壇に出向いていても襲われるのは変わっていなかったかもしれない。 しかし、一旦本格的な戦闘に突入してしまえば、E・もやし達は攻撃対象を適宜変更して戦っていた。時には鞭を、相手が遠ければミサイルをそれぞれが使い分けている。 ならばと、計都も仲間達を援護するため印を結んで防御用結界を作り出し、味方の補助と援護へと自分の役割をシフトさせた。 獲物を狩るはずが、思わぬ敵の登場にしっかりとしたチームワーク。E・もやし達にとってはどれもが想定外だった。 元々そこまで高い知能を備えているわけではないが、狼狽という意識の隙間が彼らを追い込んでいく。 「僕の相手はキミ!」 花壇の管理というのは見かけ以上に手間暇がかかる。余計な雑草や害虫を駆除して、水や肥料も適度に与えなければならない。そういう苦労を知っている華乃が狙ったのは、花壇のすぐ近くで暴れる一匹だ。 「それじゃあ、いっくよー!」 打撃が効かないのなら突けばいいと、メガクラッシュの威力を槍の穂先に乗せて一気に吹き飛ばす。小柄な体躯からは想像もできない威力にもやしも何が起こったのかと混乱する程だ。 暗視で敵を視ているあばたは思う。 萌やしの語源は発芽させる『萌やす』であり、文字通り穀物や種子を発芽させている。 関東では緑豆や大豆を使用した太くて歯ごたえのあるものが好まれ、関西ではブラックマッペを使用した比較的細いものが好まれる傾向にある。安価ながらビタミンが豊富。 このように素晴らしい食物がもやしであるわけだが、 「そんな気配が、全く感じられない!」 割と一方的な気がしないでもない納得のいかなさを乗せられたB-SSがもやし数匹を襲う。ただでさえバランスが悪いもやしは足元を撃ちぬかれ転倒する者もいた。 ついでに小癪にも仲間を庇おうとした一匹は直接捕まえて、頭らしき縫いを撃ち抜き、そのまま動かなくなった。 相手がもやしの上に背負っている武装がなまじ大きい分、倒すというより処理とか消毒という言葉が似合いそうな状況である。 仲間がやられて焦りと怒りを孕んだリーダー格のもやしが、あばたを狙い鞭を振るわんとするが、そこへ現れたのがカレーを咀嚼しつつデカい皿を構えるエスニック衣装の女だった。 しかも本人の防御力から、攻撃しても想定しているより養分を奪い取れない。 「カレーにかかればもやしなんてただの嵩まし食材にすぎないのだ」 いや、別に至高の食材決定戦やっているわけじゃないですけど。 約一名完全に空気が違うフリーダムが混ざりつつも、もやし達の戦力は着実に削られていく。 ●調理完了 誤算だらけだったE・もやしが態勢を整え直すには、あまりに時間がなさ過ぎた。 鞭で相手の体力を吸収できても、それより遥かに強力な反撃を返されて、劣勢へと追い込まれたもやし達。 もう一つの特性である打撃の受け流し体質も、別種の武装で応対されてはまともに発揮できず、リベリスタ達の猛攻を受け続けていた。 「乱暴するもやしは、一匹残らず、もやし炒めにして全部食べちゃう! ……じゃなくて、倒しちゃうよ! むきーっ!」 栄養価高いし、手早く料理できるし、どんな調理でも美味しいし生命力だって高くて名前も可愛い。 そんなもやしは、あひるにとって縁の下の力持ちに思えた。 (なのになのに、そうやってイジメる子たちも、ひどいし……これから育つ子に乱暴する、わるいもやし……ゆるさない!) 内心に強い怒りをマジックアローに変えて、E・もやしの一体を撃ち抜く。その一矢が残り僅かだったもやしの生命力を奪い去りトドメを刺した。 華乃は先程吹き飛ばした一匹を追い、距離を縮めていく。 何故か自分が狙い撃ちされるのか? もやしがプレッシャーから放ったミサイルに、彼女は迎撃されそうになる。が、 「あわわ!」 慌てて首をすくめつつ身体を下げて何とかやりすごす。ただし無理な態勢なまま突っ走っり続けた弊害により、前傾姿勢で勢いがついたまま止まれなくなった。 「細かい事はもういいや! 真正面からぶちぬいちゃえ!」 ならばいっそこのまま自分のやりやすいように突っ切ってしまえ! そんな開き直りが生み出したデッドオアアライブの破壊力は、E・もやしへと直撃しその身体を粉々に吹き飛ばした。 残った二匹は再び揃い腕部の豆もやしミサイルを連射する。その標的となったのは生佐目だ。 「っぐ! まだです」 爆撃をくらいふらつきながらも距離を詰めて一匹を切り割る。何とか一匹を仕留めて膝を付いた所へ、三郎太と計都が彼女の傷を癒やすためすぐに駆け付ける。 「ボクが皆さんを回復し続けますっ! 後は考えず攻撃に集中してくださいっ!」 その言葉に応えるよう、あばたの弾丸が二匹目を撃ち倒す。これで残るは一匹。 「美味しくいただいてやるー」 貼り付かれるように散々攻撃を妨害されてきたリーダー格のもやし。仮にもリーダー格がほとんどカレー皿一枚で好きなようにやられている気がする。 その邪魔をしていた張本人の小梢が、ずっと手にしていたカレー皿で反撃の殴打に出た。 べちん、という鈍い音が生々しく響きE・もやしは後退るが、身体をしならせて威力の一部を受け流す。 このままで終わってたまるか。そんな意思があるのかはわからないが、お返しとばかりに全身を捻り、溜めた膂力を一気にぶつけるよう全力でもって腕の鞭を叩きつけんと振りかぶる。 そこへ駆けこむように突っ込んでくる者がいた。伊藤だ。 こっちの攻撃が間に合うどうかはギリギリで半々といったところか。それでも彼は走る。 間に合わなければ自分が直撃を受ける。わかっていても伊藤は止まらなかった。負けないと、彼自身がそう宣言したからだ。 見栄を張って、死に物狂いで格好つけるためひた走り、彼は行く。 最後の一歩を跳躍に変え頭から飛び込み、鞭が打ち下ろされる瞬間にリーダー格の体を掴んで、逆に大雪崩落で地面へと叩き付けた。 自分がぶつけようとしていた力ごとカウンターでその身に返されたE・もやしは、逃がすことのできない衝撃に潰され、そこで息絶えた。 ●昇る朝日は陽にあらず こうして全てのもやしは倒された。花壇が荒らされないよう気を使っていた三郎太は、花が無事なことを確認して、ほっと身体の力を抜いた。 「花壇は無事だね。良かった!」 華乃も無事坂貫と花を守り切れたことに一安心したところで、早起きと疲労が重なり眠気となって彼女を襲う。一部のメンバーは船を漕ぎだした華乃と共に待機所へと戻った。 陣地が解除されて十数分。そこへはいつも通りにいつもの日常を過ごすためやってきた華奢な少年、坂貫が懐中電灯を片手に現れた。 当たり前の日常。当たり前の逃避。それこそが彼の毎日で、けれど今日は当たり前のまま全てを終えることはできなかった。 「あなたも花が好きなの?」 不意に声をかけられて驚いた坂貫は、びくっとしつつ振り返る。そこには、再び幼い少女の姿へ変化した計都の姿があった。 さらにその後ろには、数名の男女。 「あなた、達は……?」 いきなり現れた者達におどおどした様子で困惑する少年に、小梢は宣言する。 「カレーの妖精です」 「はい?」 「カレーをいっぱい食べれば丈夫になるよ」 「はい……」 リアルタイムにカレーを食べながらカレー推しをされて、彼の混乱は加速する。 ただ、いとけない少年にとって、不思議な衣装に身を包む美人のお姉さんはとても神秘的で、もしかしたら本当にカレーの妖精なのかも。なんて思えてしまう。 「綺麗なお花が、沢山咲いていたから……皆で見に来たの。君も、お花好きなの?」 すかさずあひるがフォローを入れつつ、坂貫に語りかける。 「……うん」 「お花って、育てるの大変なんだ。水のあげすぎもダメだし……お日様と、栄養だって必要。それでも、愛情をかけて育てると、綺麗に咲いてくれるの」 「そう、なんだ」 花の手入れがそんなに難しいだなんて知らなかった。自分とは違うんだ、などと少年は思う。けれど、あひるの言葉はそこで終わらなかった。 「君もまだ育ち盛りだから……沢山ご飯食べて、お日様に当たって運動して――そうしたらもっともっと大きくなって、強くてカッコイイお兄さんになっちゃうかもねっ!」 「僕が?」 そんなこと考えたこともなかった。そしてそんなことを言ってくれる人も。 坂貫の様子は、やはり知らない人に囲まれてまごついているが、けれどそれだけでもなくなりつつあった。 不思議な人達。皆美人で、どことなく浮世離れしているようにも感じる。そんな中、一人だけ男の伊藤が口を開く。 「僕は天使でも妖精でもないから何も出来ないけど、これは言えるよ。今日も一日頑張ろう! 生きてたらきっと何か素敵な事がある。諦めたら終わりってどっかの偉い人も言ってたよ」 「本当に、そうなのかな?」 生きていたら素敵なことがあるって、本当にそうなのだろうか? 少なくとも、こうして花を見る時間以外で、彼の心が落ち着くことはずっとなかった。ずっとずっと、無かったのだ。 「だって、僕は……」 「わたし、学校でいじわるされてて、ここで花をみるのが楽しみだったの」 坂貫の声のトーンが、目に見えて落ちる。そんな空気を察したのか、膝を抱えて花壇を眺めながら、計都が静かに呟く。その言葉に、坂貫は大きく動揺した。 「え、君、も……!」 そしてやってしまった、とも思う。その反応で、自分がいじめられていると言ってしまったようなものなのだから。 計都は顔を上げて坂貫を真っ直ぐに見つめる。 「ねえ、二人で変わってみない? もやしだって、強くて大きな豆の木になるわ」 突然の申し出に、坂貫はどうしていいのかわからなくなる。周りの人達は優しげに微笑み彼を見守るだけだ。 「ね、約束しよ?」 坂貫を後押しするように計都は小指を曲げて差し出す。その意味を理解した少年は、胸に小さな決意を灯して自分の指を絡ませる。 「うん……!」 素敵なことなら、今確かにここにある。 これからも大変なことはたくさんあって、きっと何度も悲しい思いをすることにもなる。けれど、そんな日々の中でも彼はきっと今日という日を忘れないだろう。 まだ夜の明けない闇の中、しかし指切りをする少年の笑顔は朝日よりもずっと綺麗に輝いていた。 |
■シナリオ結果■ | |||
|
|||
■あとがき■ | |||
|