● 三高平市までの切符を買って振り返った矢先、アークのフォーチュナ『まだまだ修行中』佐田 健一(nBNE000270)はセーラー服を着たポニーテールの少女にポケットテッシュの束を押しけられた。 とたん、腕からぽとぽととテッシュが零れ落ちる。 健一は反射的に身をかがめ、地面に散らばったテッシュへ手を延ばした。 ふと、顔を上げると髪を揺らして走り去っていく少女の後ろ姿が見えた。 「あ! ち、ちょっと待って、君!」 制止の声が聞こえなかったのか、聞こうとしなかったのか。 少女の姿は帰宅ラッシュ時の雑踏にまぎれて見えなくなってしまった。 「なんだかなぁ……」 テッシュを拾い集めてくれた親切なサラリーマンに礼を言い、白い小山を抱えたままどうしようもないような気持ちを吐き出して発券機の前を離れた。 とりあえず、鞄の中にポケットテッシュを放り込む。勿体無いので捨てるつもりはない。押し付けないでちゃんと渡してくれれば気持ちよく受け取ったのに。たぶん、あの子はテッシュ配りに飽きたか、何か回避不可能な用事――友だちからカラオケの誘いがきた、とかでバイトを放り出したんだろう。 近頃の子はまったく、と健一はジジ臭いセリフを呟いた。 改札を入ったところでくしゃみが出た。 ちょうどいい、と鞄からポケットテッシュをひとつ抜き出す。自然と裏の広告に目がいった。 【ブドウ狩り】 来るもの拒まず。 覚醒者のみなさん、挑戦をお待ちしております。 (なんだこれ?) 短い文面の下に手書き風の地図。ちゃんと作られた広告ではない。 鼻をかむついでに紙を出してみたらコピー用紙だった。家庭用のプリンターで印刷してカッターで切ったのだろう。 「ブドウ狩り、か。楽しそうだけど、季節外れな上に――」 覚醒者、とゴシック体で印字された部分を指で強くはじく。 帰ったらすぐに本部へ行って、万華鏡で調べてみよう。 健一は丸めたテッシュをゴミ箱へ捨てると、下りホームの階段を駆け上がった。 ● 「インターネットの裏サイトで知り合った若い覚醒者たちがフィクサード組織を立ち上げました。ブドウ狩り、と称する広告で呼び集めたフィクサードやリベリスタを無差別に襲っています。ブドウ狩りのブドウは漢字で書くと、武士の武に道……」 そこまで言って、健一は机の上に目を落とした。 今回もまたリベリスタたちの前に紙の資料はなく、当然のように和菓子とお茶が置かれている。 「どうぞ。夏に出す菓子ですがまだギリギリ……ピオーネとマスカットを1つぶ皮ごと求肥で包み、粉砂糖を振りかけたものです。うっすらと紫が透けて見えるのがピオーネ、薄緑がマスカット」 健一は自ら入れた熱い茶に手を伸ばしつつ、こちらもシャレてみましたと淡く笑った。 「さて、問題のフィクサードたちですが、全員レベルにして5程度のヒヨッコです。年齢は14歳から18歳。組織の名前はまだ決まっていないというか、意見が分かれて決められないというか。そんな彼らが武道狩りと称して、格上の覚醒者相手に1対1の決闘を行っています」 ため息をつく音があちらこらちから聞こえてきた。 ――今回は無知で無謀な子供たち保護か。 やれやれ、と誰かが呟いたあきれ調子のセリフを、跳兎の主人はゆるりと首を振って落とす。 「侮っていると返り討ちにされますよ。リーダー格の御代 紅葉(みだい もみじ)、この娘はホーリーメイガスなんですが、実にやっかいな代物を所持しています」 巨大モニターに古めかしい手鏡が映し出された。 「アーティファクト【武道銅手鏡】です。使用者のフェイトを消費するかわりに任意の敵1体の実力を写し取り、対象となる味方1体に寄与する力があります。単純に実力がレベル10の敵が相手なら、味方の実力を一時的に5+10のレベル15にすることができるものです」 どういう理屈か、本来使えないはずのスキルも一時的に使えるようになるらしい。もちろん、体力も気力も、その他もろもろレベルに応じて底上げされる。 「……とは言うものの、なにごとにも限度があります。あまりに強すぎる者の力を写し取ろうとすれば、手鏡はその力の重さに耐え切れず割れてしまうでしょう。例えば、キースさんとか。まあ、これは極端な例ですけど。そうですねぇ、アークトップクラスぐらいならなんとか……」 健一は葡萄の上菓子を楊枝でさすと口の中へ放り込んだ。 「【武道銅手鏡】を御代 紅葉から取り上げて壊してください。恐らく、彼女は自分の運命を削っていることに気づいていません。手鏡を壊さなければならない理由はもう分かっていますよね?」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:そうすけ | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2013年10月28日(月)23:16 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 過半数勝利で手鏡譲渡という、『ライトニング・フェミニーヌ』大御堂 彩花(BNE000609)の提案は受け入れられなかった。大事な手鏡を賭けの道具にしたくない、というのが紅葉の言い分だ。 「カレイド・システムのことは知っている。けど、フェイトがどうのという話は信じない。どうせわたしを怖がらせる嘘でしょ」 紅葉は暗く尖った声でそう言い放つと社の中へ姿を隠した。 「やるしかねえな」 『悪童』藤倉 隆明(BNE003933)がこきり、と首の骨を鳴らす。 「よし、じゃあアタシが一番ね。よろしく」 抱えていた包みを境内の隅に置いて、『三高平の悪戯姫』白雪 陽菜(BNE002652)はスターサジタリーの少女を対戦相手に指名した。少女はサナと名乗った。 社の奥でキラリと光るものがあり、サナの体がまばゆく輝きだした。 「信じてもらえるとは思ってないけど、アタシ達もノーフェイスになった紅葉を殺したくなんてないって事だけは憶えておいて!」 陽菜が闇を広げつつ地を蹴って一気に間を詰める。慌てて放たれた矢が耳の横を通り過ぎ、金の髪が渦を巻きながら後ろへ流れていく。闇の中で月の加護を得て淡く光る気糸を放った。 暗闇の中で攻撃を受けたサナはパニックに陥った。気糸の絡んだ腕を無理やり引いて矢を撃つが、その多くは陽菜の体に触れることなく大地に小さな穴を穿っただけだった。 陽菜がサジタリアスブレードを開く。 「見せてあげる。本物のスターサジタリーの技」 細い光の柱がサナの体を貫き、ふたりを覆っていた闇が晴れた。 サナの肩を抱いて戻る自陣からは歓喜の声が、背後の敵陣からはブーイングの声が上がった。 「負けて死ぬならまだしも捕虜になるなんてサイテー! サナ、舌噛み切って今すぐ死んじゃえば?」 「黙れ!」 『ならず』曳馬野・涼子(BNE003471)がフライエンジェの少女を睨みつけた。指を曲げて戦いの場へ呼び出す。 「むかつく!」 「キララ、平常心でし」と後ろから空手着姿の少年が叫ぶ。 フン、と鼻を鳴らし、手鏡の光を浴びてフライエンジェの少女――キララは空へ飛び上がった。 涼子は敵陣に向かって生存者の有無を問うた。いるなら戦う前に運ばせて欲しい。 「倒した相手なんて、どうでもいいでしょう?」 「よくない! 覚醒者はひとり残らず殺すって決めたンだから!」 シネ、と怨念のこもった声と供に、隼よろしく両翼を折りたたんだキララが急降下してきた。音速の刃が涼子を切り裂く。左肩から腰骨の辺りまで一直線に血が噴出した。 「ぎゃはは! エラそうにしてたワリに弱いじゃん!?」 血の掟を刻み込んだ体はやすやすと倒れはしない。足を踏ん張って耐え、痛みと怒りを黒いオーラに変換する。 「格下ぶちのめして強くなったって言うなら、見せてみなよ。その強さ」 涼子はキララに向けて八岐大蛇を解き放った。八つの牙が涼子の血で穢れた羽根を食い散らす。 「や、やってくれたわね!」 キララの体を中心に黄金に光り輝く曼荼羅が展開された。 ――八神閃光 叫び声とともに辺りの景色が白く飛ぶ。 涼子は閃光がもたらした無力感に歯をくいしばり、両腕を上げてガードした。自分ならこの好機を決して見逃さない。続けて打ち込まれるであろう攻撃に身を硬くして待つ。だが、いつまでたっても痛みは襲ってこなかった。ゆっくりと目をあける。すごいすごいと、キララは仲間たちと一緒になってはしゃいだ声をあげていた。 甘い。 これでよくすべての覚醒者を殺すと大見得が切れたものだ。もっとも、ここで自分たちが彼らの暴走を止めなくては、いずれは甘さも青さも取れて、本当に手に負えなくなるだろう。 涼子は振り返ったキララの顔面に硬く握った拳を叩き込んだ。鼻の骨が折れる鈍い音。噴出す鼻血。大きく見開かれたキララの目に怯えの色が浮かんだが、構わずもう一発、拳を見舞う。引き戻した腕に黒いオーラをまとわせ―― 「やめて!」 叫んだのは眉の下で黒髪を真っ直ぐ切りそろえた袴姿の少女だった。 「やめて。キララちゃんとサナちゃんを返して。もう私たちのま――」 「それ以上言うな、美鈴君!」 「悟くん……」 肩から銃剣を提げた少年がやり取りに割って入ってきた。少年は右目から頬にかけて機械化している。 「今更ですが、そちらの提案を人質の交換という形で呑みましょう」 勝手に決めるなだし、と怒る空手少年をなだめ、悟と呼ばれた少年は社の奥へ意味ありげな視線を送った。紅葉の許可が出たのだろう。悟のうなずきに応えて熊と虎の少年が低い木の階段を駆け上がっていく。社の中から男が二人、担ぎ出されてきた。サキとキララが少年たちに引き渡される。 涼子の肩に『刹那の刻』浅葱 琥珀(BNE004276)の手が置かれた。 「お疲れ、涼子」 琥珀は笑顔で袴少女、美鈴を指名した。 「君が可愛いからこそ、その薙刀を血で汚すのは似合わねーって思っちゃうなぁ……。そうだ! 俺が勝ったらデートしよっか!」 えっ、と美鈴が頬を赤くする。 「美鈴! なに照れてるでし!」 「琥珀! お前というやつは!」 両陣営から怒号が飛んだ。 ひょいと肩をすくめて『紅蓮の意思』焔 優希(BNE002561)の叱咤を軽く受け流すと、一転、琥珀は真顔に戻る。美鈴も表情を引き締めると薙刀を構えた。 「ちょっと痛いが覚悟しろよ?」 琥珀が駆け出すと同時に美鈴の体から漆黒のオーラが解き放たれ、鎧のごとく変化して全身を包み込んだ。震動破砕刀が唸りをあげて美鈴の体を切り刻む。赤く色づいた葉のように美鈴の血が風に舞い、痛みを堪えて突き出された薙刀の刃が琥珀のわき腹を抉った。 両者すれ違い、立ち位置を入れ替えて向き直った。直後、美鈴が膝を折って崩れる。 「まだまだ!」 美鈴は気合と供に立ち上がり、頭の上で薙刀を回転させた。とたん、美鈴からにじみ出た暗黒闘気がまったき闇をもたらす霧となって琥珀を包みこんだ。 予備知識がなければ慌てふためいたかもしれない。視力を完全に奪われても琥珀は落ち着いていた。熱感知で弧を描きながら移動する美鈴の動きを完璧に捉える。 琥珀は熱の塊りとなって見える美鈴に向けて神秘のカードを放った。ひゅ、と風きりの音がしてカードが落とされたと知るや、琥珀は見えぬ目を開いたまま走り出した。赤い影のような美鈴の手の内で闇が一際深まっている。ダークナイトの技、奈落剣・終とあたりをつけた。あれを打ち込まれたらちょっとマズイ。薙刀が振りおろされるより僅かに早く、琥珀は美鈴の懐へ飛び込んだ。美鈴の胸元へ死と不吉を込めたダイスを落とす。 「あ……」 美鈴の吐息とともに琥珀の目を覆っていた黒い霧が消えた。一拍置いて光が開花するようにしてダイスが爆ぜた。爆風が収まり、美鈴の体がゆっくりとその場に崩れ落ちていく。 美鈴の長い黒髪が地に落ちる前に抱きあげたのはやはり琥珀だった。 「どう、バトルは面白い? 俺は君と戦えて楽しいよ。殺し合いじゃなかったら、もっと爽やかでワクワクするぜ。だって生きてりゃ成長するし、今後何度でも戦えるだろ?」 薙刀が美鈴の手から滑り落ち、乾いた地面の上でカランと音をたてた。 またしても両陣営から怒号が飛ぶ。 「妬かない、妬かない」 へらり、と笑って琥珀はお姫さまを自陣に連れ帰った。呆れ顔いっぱいの中、陽菜だけが手を叩いて琥珀をねぎらった。 ムッツリ顔の優希が人質の交換を求めると、虎のビーストハーフがずい、と前に出てきた。 「美鈴は自ら門下にくだった。人質じゃない」 したがって交換には応じられない、と虎は吠えた。 「ふむ。まだ1対1を続けるか。心意気は悪くは無いが、無益な殺生を好むのであれば武人とは言えん」 「黙れリア充! どいつもこいつも戦いの場に色事を持ち込みやがって」 「何を言っておる。俺を琥珀と一緒にするな!」 虎が怒りに髭を震わせながら、腕を上げて優希の背後を指差した。つられて振り返るとそこには―― 真っ赤な布に白地で『一気呵成』の文字。焔 優希の応援旗が風を受けてはためく。製作者の陽菜はその横で、クラッカーを片手にニコニコしながら飛び跳ねている。包みの中身はこれだったのか。 「優希ファイト~! ど素人に今まで経験してきた修羅場の違いを教えてやれ~!」 優希は慌てて顔を戻した。 「違う、誤解だ」 「リア充死すべし、男前滅びるべし!」 聞いちゃいねぇ。虎はまさしく野生の咆哮をあげて襲いかかってきた。 がっしりと組んだ瞬間に熱い鼻息が顔にかかった。接近戦は望むところだったが、これは暑苦しい。離れようとした瞬間、逆に奥襟をつかまれてしまった。 「くっ!」 優希は即投げされないように腰を落とすと雷を纏った拳で虎の鳩尾を打った。相手が襟を離すまで繰りかえし打ち込む。 「聞け! オレには――」 「他にも彼女がいるのか!?」 許せん、と虎が嫉妬の炎に自分で勝手に燃料をぶち込んでキレる。 ふたりの周りで火の粉が起こり、浮き上がった土埃と一緒になって渦を巻く。気がつけば螺旋を描きながら熱風に抱きしめられて天へ登ろうとしていた。 (烈火塵旋風……正に灼熱の竜巻だな、良い技だ) だか、と優希は心中で続ける。技は元より信念も鍛錬も、俺は貴様等に挫かれるほど軟な物を持ち合わせてはいない、と。 努力を積み重ねた末に己の実力でしっかり掴み取った技であったなら、しかけられたが最後、予め知っていようがいまいが抵抗を試みる余裕などまったく無かっただろう。所詮、幻は幻。優希は修羅の気迫を持って凍てつく拳を突き上げた。 「その身に刻め、氷炎黒風掌!」 熱気と冷気がぶつかり合い、渦に乱れが生じた。捩れて折れ曲がった竜巻の中で力関係が逆転する。小さな水蒸気爆発を周りで幾つも引き起こしながら、先に地面へ叩きつけられたのは虎のほうだった。 ● 「まだ続ける気?」 『蜜月』日野原 M 祥子(BNE003389)は、虎――名前は翔太というらしい――と交換した男の手当てを済ませて立ち上がった。境内の中央にはすでに対戦相手となる熊が仁王立ちしている。 熊は無口な性質らしい。頭二つほど高いところから、つぶらな瞳でじっと祥子を見下ろしている。 「いいわ、つきあってあげる」 祥子は隆明に目を向けた。隆明は、分かっているとうなずき返した。 鏡が跳ね返した光りを浴びて熊の毛皮が黄金色に燃え上がる。 「ずいぶんたのしい遊びを見つけちゃったのね。でもそれ結構危ないオモチャなのよ。知ってた?」 熊は無言。動かない。 しょうがないね、と祥子は自ら歩み寄った。リーガルブレードで仕掛けようとしたとたん、熊が動いてくるりと天地がひっくり返った。あ、と思ったときには背に痛みを感じていた。慌てて飛び起きる。熊は何事も無かったかのように元いた場所に立っていた。 (スカートの下に短パンをはいてきてよかった) 心配顔の隆明へ手のひらを向けて、大丈夫と片目をつむってみせる。もう油断しない。軽くステップを踏んで熊から付かず離れず距離をとり、毛むくじゃらの胸に腹に、地道に拳を打ち込んでいく。効いているのか、いないのか。太いもみ上げに囲まれた顔の色は変わらない。しかし―― それまで平然と祥子の攻撃を受け止めていた熊がいきなり体を二つに折った。ぐえ、とえずいたあとで頭を持ち上げて、潤んだ目を社の奥へ向けた。 祥子が体で熊の目から社を隠す。 「もう一度言う。あの子がノーフェイスになったら、あたしたちはあの子を殺すわ。素のままのあなたたちには手も足も出せないでしょうね」 ――だから彼女にフェイトの無駄遣いをさせないで。 熊は頭を下げた。 空手着の少年が仲間の制止を振り切って走り出した。 「紅葉! オイラが女をどかすでし、手鏡を猛に――!」 横手から隆明の猛烈なタックルを受けて少年は吹っ飛んだ。 「てめえの相手はこの俺だ」 「「恋(レン)!」」 隆明は恋と呼ばれた少年の背に馬のりして押さえ込むと人質の交換を要求した。敵陣からの返事はなかった。 「漢字で恋って呼ぶなでし! オイラのことはカタカナでレンと呼ぶでし!」 恋がもがきながら喚く。 「なら、このまま試合続行だ。どっちの拳が上か正々堂々勝負しようぜ。さぁ、来な。てか、どっちも同じだろ?」 「ぷくく。老化で耳が遠いオッサンには違いが聞き取れないでしね」 隆明の瞳孔がきゅっとすぼまった。 「コロス」 「隆明さん!」 たしなめる祥子の声に隆明が腰を浮かす。隙をついて這い出た恋に手鏡の光が当てられた。空手着ついた土埃を払い落としながら立ち上がる。 「ふむ、まぁ折角だから三つほど教えてやるよ、喧嘩の仕方ってヤツをな」 気合を入れて恋が踏み出した。隆明が玉砂利を恋の顔に向かって蹴り飛ばす。わっと声をあげて恋が目を隠したのを見計らい、袖から妖狢を手の内に落とすと足を狙い撃った。 「一つ、相手の不意を突け。二つ、動けぬよう足を潰せ」 「卑怯でし!」 「うっせー! 喧嘩にヒキョウもヘチマもあるか」 隆明は銃をしまい込むと拳を振り上げて恋へ突っ込んだ。相手が息を吐ききった瞬間に拳を叩き込んで肺に空気を入れさせない。そのまま途切れることなく拳を見舞う。恋は必殺技を出すどころか反撃を完封されて、堪らず地面に膝をついた。 「三つ、倒しても気を抜くな」 それでも隆明は攻撃を止めなかった。思いっきり恋を蹴り飛ばす。 「四つ、容赦なく止めを刺せ。……あ、すまん。四つだったぜ」 やりすぎ、と祥子に叱られながら、ぐったりとした恋の体を担ぎ上げて隆明は自陣へ下がった。 代わって『デストロイド・メイド』モニカ・アウステルハム・大御堂(BNE001150)が前へ進み出る。 「一体一の戦闘はあまり得意じゃないんですがね……。まあお嬢様のご命令も一応ありますからやりますけど」 「楓君」 出ようとしたポニーテールの少女――紅葉に面影が似た――楓を悟が引き止めた。二言三言、耳打ちして楓を下がらせると、社へ向かって手を上げる。武道銅手鏡の光が悟に当てられた。モニカも同時にプロストライカーをかけて能力強化した。 「ボクがお相手しましょう、メイドのお嬢ちゃん」 実際は悟少年よりはるかに年上である。しかし、モニカはあえて訂正しない。攻撃に最適な距離をとって仕掛ける。 悟は肩を打たれるとすかさず反撃に出た。 「貴女たちはとても強い。だから初めからコレだけ使わせてもらいます」 悟の体からにじみ出た黒いオーラが鈍色の銃身に吸い込まれた。死神の弾が発射音と供に撃ち出される。1発目はハズレだったようだ。 モニカもまた死神の魔弾を撃ちつづける。 両の太ももを打ち抜かれ、動きを止められた悟が膝立ちで銃を構えて放った4発目。ついに死神の鎌がモニカを捕らえた。目に見えぬ神秘の銃弾がモニカの胸の真ん中から背中へ、血の筋を引きながら突き抜けた。時が止まる。静寂。どっと音に聞こえるかのごとく、モニカの背中から鮮血の翼が飛びだし広がった。 「モニカ!!」 致命であって必殺ではない。分かっていてもその背の傷の酷さに彩花が叫ぶ。 モニカは倒れなかった。血の気が失せて真っ白になった唇の端をきゅっと釣り上げて不敵に笑う。 「地獄への道先案内としては上出来ですが、死神としては少々役者が足りていないようですね」 ゆっくりと殲滅式自動砲の銃口を上げて悟に狙いを定める。 「死神の弾丸っていうのはこうやって撃つもんですよ」 私の撃つ『死神』は狙った相手を確実に仕留める一撃必殺の魔弾―― 悟が体を捻りながら仰け反り、手にしていた銃剣が空に投げだされた。 倒れるモニカの体を駆けつけた彩花が抱きとめる。 光に包まれながら飛び蹴ってきた楓の足を、彩花は聖骸闘衣をまといガントレットで受け止めた。 「力とは得る事そのものは勿論、得るまでの過程に得たもの……つまりは『経験』も大事な財産です。それを無視して得た力に、本来の方法で得た力に勝てる道理があるでしょうか?」 彩花にはじき返された楓は影人を呼び出した。 「勝ってきたわ、これまでは。万華鏡だっけ? どうせ知っていたんでしょ、予め。だったらこれはどう?」 あ、と思ったときには遅かった。いつの間にか社から出てきていた紅葉が、武道胴手鏡で楓の体を照らした。悟の入れ知恵による2度目の寄与。楓の筋肉が大きく盛り上がる。 「あんたたちなんて、ニンジンとピーマンより嫌いよ!」 鬼神が影を引き連れて雷とともに舞い乱れる。 彩花は瀕死のモニカの上に覆いかぶさった。重く激しく、痺れを伴う蹴りが容赦なく背に撃ち落された。 反射的に出された彩花の拳をかわして、鬼神の蹴りは助けに集まってきたリベリスタたちを圧倒的な力でもって叩きのめした。 「手鏡がある限り、あたしたちは負け――!?」 突如、楓は心臓辺りの服をぎゅっと掴むと歯を食いしばった。額に汗を滲ませると社へ顔を向けて、「も、紅葉……回復を」と左手を伸ばす。しかし。 「無駄です。彼女は……あなたの姉妹はもう、あなたの声に応えられない」 彩花は静かにモニカから離れると立ち上がり、自爆した楓の横をゆっくりと通り過ぎて社へ向かった。ノーフェイスと化した楓が手鏡を胸に狂った笑みを浮かべる。 「可哀相に」 風が彩花の背を覆う黒髪を揺らした。暮れる空の下で神気を帯びた右腕が輝く。 ライトニングファングより繰り出された十字が、武道胴手鏡もろとも紅葉を切り裂いた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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