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崩界に至る病

●ペンション『さざら』の穏やかな一日
 ある山岳地帯は季節によって多くのスキー客の訪れることで知られ、オフシーズンの今でもそこそこの観光客が入っていた。
 ペンション『さざら』はそんな土地の奥まったところにあり、ひとつの家族が細々と経営する小さな宿だった。
「ごめんください、予約していた松原というものですけど」
 一組の男女が入り口のドアを潜り、カウンターの前に立った。
 恐らくオフの割引に乗じて敢行にやってきたカップルだろう。あまり運動の得意そうで無い細身の男性と、かわいらしい雰囲気をした小柄な女性という組み合わせだった。
「はいはい、松原さんですね?」
「ええと……」
 女性がカウンターのまわりをきょろきょろと見回すが、店員らしき人影は無い。
「こっちです」
 不思議に思っていると、カウンターの向こう側からぴょんと幼い少女が身を乗り出した。
 隠れていて見えなかったが、どうやら彼女の声だったらしい。
 小学生低学年といったところか。少女は鍵付きの引き出しをあけると、クローバーの飾りのついた古風な鍵を取り出した。
「いらっしゃいませ。お部屋へごあんないしますっ」
 にっこりと笑う少女。
 鍵を握って歩き出す少女に、カップルは顔を合わせて笑った。
「えらいね、お店の子なの?」
「うん。今お母さんはお料理してるから……あっ、ううん。しゃちょうが、お料理中なのです。おと……しはいにんは、お掃除中です」
 口を押さえて言い直す少女に、カップルは再び笑った。
 なるほど、母が社長兼コックで、父が支配人兼掃除夫。そしてこの子がさしずめコンシェルジュといったところだろう。
「お部屋にごあんないする前に、ロビーをごしょうかいします」
 階段を上ると、広い部屋があった。外の景色を見ることの出来る大窓が備えてあって、内装は牧歌的でおちついたつくりだ。
 テーブルにはでっぷりとした初老の男性が座ってスマートフォンをいじっていた。
 父親……ではなさそうだ。
「おい」
 娘(ミキというのだったか)に呼びかける男。
「なんでしょうか……えっと、藤崎さん」
「俺の名前はどうでもいいんだよ。電波が届かないぞ。wifiの設定はどうなってる」
「わい、ふぁ……?」
「ああもういい! くそ、これじゃあ株価のひとつも確認できん。場末のペンションはだめだな、まったく」
 ぶつぶつと言って端末をしまう男。あまり良い人柄ではなさそうだ。
 そっと通り過ぎようとすると、男性のほうへ呼びかけてきた。
「おいあんた。ここへ泊まる客か」
「わしは藤崎(ふじさき)ってもんだ。不動産業の社長をやってる」
「はあ……ええと、」
「はい、そうですが松原(まつばら)です。こっちは彼女の牧場(まきば)です」
「まきば? 牛でも飼っていそうな名前だな。まあ牛みたいな乳しておるし、あながち間違ってもおらんか。ガハハ!」
「はあ……」
「ねえ、いこ」
 この人とはあまり関わり合いにならないほうがよさそうだ。顔色を悪くした彼女(牧場)に目配せをして、彼らは部屋へと案内して貰った。

 松原・牧場という一組のカップルが部屋に到着したころ、一組の親子がロビーへとやってきた。
 四十代程度の女と、中学生程度の少年である。
「あのー! すみません、いませんかあ!?」
 女はキッチンの方へ金切り声で呼びかけると、返事が待ちきれないというように台をしたたかに叩いた。
「あ、はいぃ。東山さん……どうかしましたでしょうか」
 キッチンの奥から若い女性がやってくる。
 社長兼コックの女性で、奥の札のところに『佐皿君恵(さざら・きみえ)』と書かれていた。糸目をした、穏やかそうな女性である。
 再び台を叩く女(東山というらしい)。
「どうかしましたかじゃないわよ! ねえ、悪いんだけど何かお菓子はないかしら。ポテトチップスがあるといいんだけど」
「ええと、そういったものは……チョコレートでしたらいくつかありますけれど」
「ダメよ! 啓太ちゃんは甘い物はきらいなの! 買いに行くことだってできるんでしょう? 用意して頂戴よ」
「あの、しかし……一番近いお店まで一時間はあるので……」
「何かあったのかい?」
 君恵が困った顔をしていると、清掃道具を持った男がやってきた。
 口ひげをたくわえたワイルドな風貌の男で、体つきもいい。名札に『佐皿岬(さざら・みさき)』と書かれている。
 その姿をみつけて、東山がキッとにらみ付けた。
「あ、あなた店長さんよね」
「ハハ、支配人のつもりなんですがね。トラブルですか?」
「この人がうちの子に食事を出さないって言うのよ。どういうサービスしてるの? こっちはお金払ってるのよ!?」
 酷い言いようである。
 だが岬は表情を変えないまま、東山の後ろで小さくなっている少年に目を向けた。次に妻の君恵に目を向ける。
「詳しく聞かせてくれ」
「ポテトチップスが欲しいそうなの」
「そうよ! そのくらいどこにだってあるでしょ!?」
「ねえ……」
 今にも掴みかからんばかりの東山だったが、後ろの少年がぽつりともらした。
「べつに、チョコレートでもいいよ」
「啓太ちゃん? だめよ、そういうのは虫歯になるから」
「でもないって」
「いいの。ママに任せておきなさい」
 ニコニコとした顔で言うと、再び岬をにらむ。
 すると、とてとてと小走りに少女がやってきた。ミキである。
「わたし、ポテトチップスならもってるよ。あげるから」
「ミキ、いいのかい?」
「うん。おきゃくさん、欲しがってるんでしょ?」
「なによ、あるんじゃない。さっさと出しなさいよもう!」
 ミキの持ってきた菓子袋をひったくると、少年を連れて部屋に戻っていく東山。
「ガハハ! 客商売も大変だなあ、佐皿さん」
 一部始終をみていたらしい藤崎がようやく声をかけてきた。
 君恵は頭をさげてキッチンへ戻り、ミキはその手伝いをすると言ってついていった。
 残された岬は頭をかいて笑った。
「最近はこういうお客さんも増えましたからな。ペンションを高級ホテルと勘違いしていらっしゃる」
「まったくだ。あんたにここを売ってから随分立つが、はじめのころはあんな客居なかったぞ」
「そうでもないんですが……しかしまあ、藤崎さんのようにあしげく通ってくれる方がいるから続けていけるんです。感謝してますよ」
「よせ。どうせ仕事場から逃げるための時間つぶしだ」
「『場末のペンション』ですからね。時によっては携帯電話もつながらない。それがいいんでしょう?」
「そんなんじゃあない。ま、いい逃げ場にはなったがな、ガハハ!」
 こうして、今日もペンション『さざら』での時間は穏やかに進んでいく。

 けれど明日、ほぼ全員殺すことになる。
 あなたが。

●ひとをころす依頼
「アザーバイドの駆除を行なってください」
 眼鏡の男性フォーチュナがまず最初に述べたのがそれだった。
 彼がいうには当チャンネルに流れ着いたウィルス型アザーバイドがあるペンションの人間に寄生したらしく、それを駆除することが目的らしい。
「ESNEPSUS(エズニプサス)という微細なアザーバイドで、人体とほぼ一体化する形で寄生します。まあ、寄生するだけで特別な異常はおきませんので、宿主に自覚はないでしょう」
 しかし、エズニプサスはある程度の時間をかけて他人に感染し、徐々に拡大をはかる性質をもっている。やはりここはアザーバイドらしさというべきか、神秘非神秘にかかわらずあらゆる防壁を突破して拡大できるようで、隔離するにも自然と外へ漏れ出てしまうだろう。
 当然、数が増えればそれだけこの世界の崩界が進むことになる。
「幸いペンションの中だけで済んでいる現状なので、駆除も楽に済みそうですね」
 そう言って、フォーチュナは説明書きをした紙を手渡してきた。

 『エズニプサスの駆除条件』
 ・宿主に明確な自意識があること。
 ・宿主を完全に死亡させること。
 ・付近に感染者が自身を含め2人までしかいないこと。

「ペンションには10人います。全員が感染者ですので、8人以上殺してください。それだけです」
 眼鏡のブリッジに指を当て、彼は言った。
「全員無力な一般人です。簡単でしょう?」


■シナリオの詳細■
■ストーリーテラー:八重紅友禅  
■難易度:EASY ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ
■参加人数制限: 8人 ■サポーター参加人数制限: 0人 ■シナリオ終了日時
 2013年10月23日(水)00:31
八重紅友禅でございます。
補足だけを書きます。

●エズニプサスの駆除について
 宿主が明確な自意識をもっている状態で宿主を殺害してください。
 睡眠、気絶、催眠術状態など非自覚状態で殺害した場合どこかへ転移してしまう可能性があります。そうなればもう捕捉することはできません。
 不殺状態をはじめ、何らかの形で感染者が3名以上生存していた場合は失敗となります。2名までは成功範囲内です。
 一応、失敗しても半径1キロくらいの人間を一夜にして皆殺しにすれば取り返しがつくとも言われていますが、当然無駄な殺生が大量に増えます。
 殺害する人数は10人中8人までで充分です。念を入れたい場合は全員殺害しても構いません。
 感染者のリストは以下の通りです。ご相談の材料にしてください。

 松原良一:宿泊客。ひとのよさそうな男性。牧場と婚約中。
 牧場さやか:可愛らしい女性。松原と婚約中。同じ部屋に泊まっている。
 篠原修造:不動産屋社長。金持ち。ペンションの長い常連客。
 東山圭子:宿泊客。暴力夫と離婚して中学生の子供を育てている四十代女性。
 東山啓太:男子中学生。内気で母の言うことには忠実。
 佐皿岬:ペンションを経営する家族。支配人兼掃除夫兼父親。
 佐皿君恵:社長兼コック兼母親。
 佐皿ミキ:ひとり娘。両親の手伝いをしている。


 以上です。
 さて、あなたはどうしますか?
参加NPC
 


■メイン参加者 8人■
スターサジタリー
リリ・シュヴァイヤー(BNE000742)
デュランダル
雪城 紗夜(BNE001622)
ダークナイト
鋼・剛毅(BNE003594)
プロアデプト
ヤマ・ヤガ(BNE003943)
ソードミラージュ
鹿毛・E・ロウ(BNE004035)
ソードミラージュ
各務塚・思乃(BNE004472)
クリミナルスタア
篠ヶ瀬 杏香(BNE004601)
マグメイガス
ルクレツィア・クリベリ(BNE004744)

●X月X日、午前11時25分。
 なだらかな丘をそよ風が吹き、草をそよそよと鳴らす。
 『必殺特殊清掃人』鹿毛・E・ロウ(BNE004035)は両手を頭の後ろで組んで、草の斜面に寝転がっていた。
「いやあ、喉かですねえー」
「あぁ、そうさねェ」
 横では片膝を立てた篠ヶ瀬 杏香(BNE004601)が、缶ビールのプルタブを開けていた。
 水のように飲み干し、数秒で空にする。空き缶を握りつぶして足下に転がす。
「あの兄ちゃん……ヤなやつだね」
「はい?」
 糸目のまま顔だけ起こすロウ。
 杏香は新しく缶ビールを取り出して、手の中でもてあそんだ。
「言った以上の情報は必要ありませんとさ。周りになんもないペンションさ。他に誰か居るなら見て分かるし、『選ばず全員殺したい』ならリストがそもそも必要ないから、あれが必要最低限なんだと。どうせそこまでしか分からなかっただけだろうに」
 手の中で、まだ開封していない缶ビールがぐしゃりと握りつぶされた。
 眉を上げるロウ。
「まあ、アレも万能じゃありませんからねえ。何でも分かれば今頃国が買えている。っと、噂をすれば、連絡が来ましたよ」
 形態をポケットから取りだして、メーラーを開いた。
「『残り』を確認したそうで」
「ふうん。どんなやつだい」
「知りたいんです? それがですねえ――」

●X月X日、午前11時30分。
「メールですか? たまに通じない時があるんです。そのぉ、ごめんなさいねぇ」
「いえ、大丈夫です。お気になさらないでください」
 『蒼き祈りの魔弾』リリ・シュヴァイヤー(BNE000742)は携帯を鞄にしまうと、佐皿君恵にほほえみかけた。
 人の良さそうな顔で微笑み返す君恵。
「それにしても羨ましいわ。ご夫婦で旅行にいらしたんですか?」
「…………」
 沈黙するリリ。その横に首を巡らせている全身甲冑の男が、はたと気づいて君恵に向き直った。
 幻視をかけた『疾風怒濤フルメタルセイヴァー』鋼・剛毅(BNE003594)である。今は大柄な男性かなにかに見えていることだろう。
 剛毅は君恵を見て、リリを見て、もう一度君恵を見て、次にリリと口を揃えてこう言った。
「「ただの知り合いです」」

 『心殺し』各務塚・思乃(BNE004472)はロビーの椅子に腰掛けていた。
 彼女のそばを、東山圭子が足早にやってくる。トイレに入るつもりなのだろうか。
 笑顔で会釈をしたが、目を合わせる様子も無い。
 そのまますれ違おうとした圭子を遮るように、思乃は声をかけた。
「息子さんと二人で旅行ですか?」
「…………ええ」
「私も子供たちを連れてくればよかったかしら。人だと、寂しいわ」
「ふうん……ああ、そう」
「離婚をしてね、子供たちを親に預けているの。今は傷心旅行中」
「それはご愁傷様ね。私、トイレに行きたいんだけど」
 もう話を続けたくない。そんな様子の彼女に、思乃は更に踏み込んでいく。
「離婚はしたけど、子供は可愛いの。できれば女の子も欲しかったけれど、もう無理よね。あなたはまだ、欲しかったりするの?」
「……っ! うるさいわね! アナタに関係ないでしょ!」
 手を触れていれば叩いてはらっただろうという剣幕で、圭子は足早に部屋へ戻っていった。あれだけ理由にしていたが、トイレへたつのは諦めたらしい。
「…………」
 乱暴に閉められた扉を、思乃は氷のような瞳で眺めていた。

●X月X日、午後13時15分。
 個人経営のペンションというわりに、妻がふるう料理の腕はたいしたものだった。
 ライ麦のパンや魚のムニエル、自家製ドレッシングのサラダに自家製バター。それに加えて納屋のそばにある燻製機で作られたベーコンやスモークエッグ加わった、それは豪華な昼食がでたのだ。
「たいした料理だったろう。こんな面倒な経営はやめて、料理店でも出せばいいと言ってるんだがね。彼はどうもペンションに拘るんだ。まあ、おかげで俺の寝泊まりが楽でいいんだがな。ガハハ!」
 篠原修造は出っ張った腹をさすりながら笑った。
 ペンションの外に設置されたテーブルでのことである。
 冬場はさすがにしまっておくが、この季節にはあえてテラス席として開放しているらしい。
 修造とルクレツィア・クリベリ(BNE004744)は、向かい合って紅茶を飲んでいた。
「まあ、お詳しいのね。経営者の方とお知り合い?」
「土地の持ち主と売り手の関係さ。この辺は昔から妙な噂が経っていたから買い手がつかなくてなあ。やれ狼男が出るだの、吸血鬼が出るだのと。迷惑な話だ。オオカミ少年でもまだマシな嘘をつく」
「まあ、吸血鬼……」
 ティーカップに口をつけるルクレツィア。
「恐いか。俺ぁ映画でしか見たことが無いんだが……知ってるかい、オーストラリアの監督がやったやつでね、丁度あんたみたいな格好をした吸血鬼が出てくるんだ。男をたぶらかして心身共に喰っちまうっていう……ま、知らんか。ポルノ映画だしな! ガハハハハ!」
「あら、まあ……ちなみに、それ。どんなお話なの?」
「なんだ、ポルノに興味があるのかい。奇抜なお嬢さんだ。なぁにたいした話じゃない。男が嵐の山を歩いてたら変な洋館を見つけて、入ってみたら美女が居る。もう一目惚れさ。ベッドと食事を借りてるうちに情熱がたまっちまうって流れだ。でも女がこう言うんだな。『わたくしを愛した男はみな死んでしまうの』。そして男はこうだ。『僕は愛するあなたを置いては死にません』と。でも死ぬんだな、これが! 世の中はうまくいかんな。ガハハハハハ!」
 紅茶を水のように飲んで笑う修造。
「どうしたね。まさか吸血鬼にシンパシーでも感じたかい」
 目を瞑るルクレツィア。
「いいえ、ちっとも」

●X月X日、午後17時15分。
 夕闇が空をむしばみ、西に僅かな茜色を残すころ。
 薄暗い納屋の中、蝋燭式のランプが灯った。
「やぁ、またせたね。それじゃあお話ししようか」
 『偽悪守護者』雪城 紗夜(BNE001622)は冬用の暖房器具に腰掛けて言った。
「ミキちゃん、でいいんだよね?」
「…………」
 紗夜の向かいには佐皿ミキが転がっている。
 書き違いではない。転がっていた。
 足首と膝をロープで巻かれ、両手の親指が腰の後ろで結ばれていた。
 目の端には涙をためてはいるが、口には捻ったシャツか何かが巻き付けられ布越しにむーむー叫ぶばかりである。
「ごめんね。きみを一人にしておきたかったんだ。騒がれたり逃げられたりしたら、困るからね」
 まるでこの状態が当たり前であるかのように話し続ける紗夜。
 現実にはまず目にしないであろう大きな鎌を肩に担ぎ、口元は笑っている。
 しかし目元はマスクに覆われ、表情はよく分からなかった。
「私かい? 私は悪魔だよ。世界を守る悪魔なんだ。嘘じゃ無いよ。その証拠に、今からきみには死んで貰うんだ。世界のために、死んで貰うんだ」
 ミキは首を振り、むーむーと叫ぶばかりだ。
 紗夜はほおづえをついた。
「知りたいことはあるかい? 私の知ってることなら、何でも教えてあげるよ。死ぬ前にさ、あるだろう?」
 のっそりと立ち上がり、鎌の先端をミキの首にかける。
 草を刈るように。
 命を狩るように。
 ぷつりと、猿ぐつわが外れた。
 ミキの唇がうごく。
「――」
「ふうん、そんなこと」
 首が真上に飛び上がり、噴水のように血が吹き上がった。
 それを顔に浴びながら、紗夜は曖昧な笑顔を作った。
「悪魔はね、嬉しいときに涙が出るんだよ」
 納屋の中が真っ赤に染まっていく。
 紗夜は目を閉じた。
「ほんとうだよ」

●X月X日、午後18時45分。
 配膳を頼んだ娘が見当たらない。そう聞いた佐皿岬は娘を探しに納屋を訪れていた。
「……ミキ、いるのかい?」
 岬は納屋の扉をあけ、そしてぴたりと固まった。
 まず見間違いだと思った。
 そこらじゅう真っ赤に染まった納屋のなかに、マスクをした女がひとり。
 向かい側には、首のない少女がひとり。
 それがミキだと気づくまで、随分と時間が必要だった。
 女が独り言のようにつぶやく。
「これでもね、引き籠もってしまうくらいには繊細な女の子なんだよ、私は。そうは見えないかな?」
「なん、ですか……これは?」
「なにって、駆除ですよ駆除」
 背後に気配を感じた。
 感じたときには既に胸から刀が突き出ており、それが分かった頃には横向きにばっさりとえぐり斬られていた。
 口から血を吹き、崩れ落ちる岬。
 内容物がその辺に零れてしまわないようにと、ロウは納屋の中に彼を蹴り込んだ。
「いやー、一人になるチャンスを伺っていたんです。雪城さんがミキちゃんを連れ込んでくれていなければパニックになるところでしたよ。実にタイムリー。ファインプレーです」
「……それはどうも」

●X月X日、午後19時00分。
 娘を呼びに行った夫が帰ってこない。
 一体何をやっているのか。気になりつつも料理を済ませ、君恵はひとりキッチンの火を止めた。
 その時である。急にバチンと電気が消え、しばし明滅したあとで再び点灯した。
 何らかの調子でブレーカーが落ち、自家発電に切り替わったのだろう。
「あら、いやだわ。トラブルが続いて……」
 そうしていると、後ろから足音がひとつ。
 君恵は振り向かずに言った。
「ごめんなさい。今準備しますから、ロビーでお待ちになっ――」
「いや、その必要は無い」
 言葉を遮った……のではない。
 全身甲冑の男、剛毅が君恵そのものを『叩き切った』のだ。
 とれて吹き飛んだ腕と首が、壁にバウンドして大鍋の中に落ちた。
 一旦置いてぷくりと浮かんだ君恵の横顔をを覗き込んでから、剛毅は次にコンロのノブを確認した。
「うむ、よし。火は消えているな。火事になったら大変だ、念のために元栓も切っておかないとな……」
 コンロの裏にある元栓ノブを締めていると、後ろで大きな物音がした。
 振り向く。
 東山圭子が、その場に腰を抜かして座り込んでいた。
 当然の反応である。
 急に電気が消えたからとペンションの人間に文句をつけようとしたら、肩口からばっさりと切断されて転がっていたのだ。
 そのうえ全身鎧の男が生首の入った鍋を眺めて何事か呟いていれば、腰を抜かさないほうがおかしい。
「しまったな。見られてしまったか」
「な、なによ……や、やめて……」
 震えた声をあげながら、ずるずると張って逃げようとする圭子。
 手が誰かの足に当たった。
 振り向くと、思乃が立っていた。
「た、助けて! 私を助けなさいよ! でなきゃ警察を呼んで! 何してるの!」
 足を掴んでゆする。
 対して思乃は、そよかぜにでも吹かれているような様子で彼女の言葉を無視した。
 かわりに、髪の毛を掴んで引っ張り上げる。
 常人ではありえない力で持ち上げられ、圭子は形容しがたい悲鳴をあげた。
「お子さんのことは?」
「……は?」
「今、お子さんのことは、考えなかったの?」
 ぽかんと口を開ける圭子。
 言っている意味が理解できないのだろう。
 パニックに陥っているからか、それとも元からなのか。
 わからない。わからないが。
「ここでは場所が悪いから、部屋へ行きましょうか」
 思乃は圭子の髪を掴んだまま、息子啓太がいるであろう部屋へと向かった。

●X月X日、午後19時05分。
「簡単だ……」
 『必要悪』ヤマ・ヤガ(BNE003943)は、ベッドに腰掛けていた。
 クッションを膝に乗せ、両手を揃えて、窓の外を見ていた。
 それだけならば何もおかしなことではない。
 おかしなことは主に二つだ。
 ここが東山親子の部屋であること。
 釣り下げ型の室内電灯から東山啓太の首つり死体がぶら下がっていること。
 以上である。
「しかし、これを簡単と言ってしまっていいのか? ふむ……」
 パチンパチンとドアの外から音がした。
 出口に巻き付けたワイヤーを切断している音だろう。
 やがてドアが開き、思乃が入ってきた。
 圭子を引きずってである。
「け、啓太ちゃ……あっ、ああああ! あああああああっ!」
 言葉にならないわめき声をあげる圭子。
 酷いとか、人殺しとか、なんでとか、そんな内容だと思う。
 ヤマはその様子をひとしきり眺めてから、思乃の顔を見やった。
「ここへ連れてくる必要があったのかの」
「必要は、ないわね。ただ……」
「ただ?」
 表情を変えずに問いかけるヤマ。
 表情を変えずに答える思乃。
「絶望、させたかったのよ」
 ヤマは深く長く息を吐くと、圭子の首に糸を巻き付けてやった。

●X月X日、午後19時05分。
「外が騒がしいな。またあのモンペ女が騒いでるのか。夜までご苦労なことだ」
 篠原修造はテーブルに二つのグラスを並べ、ウィスキーの瓶を開けていた。
「食事の知らせもこないしな。どうやら佐皿さんも手を焼いてるらしい。最近はこういう客が多くて迷惑してるんだ」
「そうなの。大変ね」
「しかし悪い客ばかりじゃない。こうしてお嬢さんみたいにイイ女とも出会える! この出会いに乾杯といこうじゃないか」
 グラスを二つ手に持って振り返る。
 振り返った途端、彼はグラスを両方とも取り落とした。
 砕けちるグラス。
 流れて広がるウィスキーに、真新しい血液が混ざり込んだ。
 そのうえに、ばしゃんとおちる男の手。修造の手だ。
 修造の額には、真っ赤な色をした串のようなものが刺さっていた。
 その様子を見下ろして、ようやく立ち上がるルクレツィア。
「さて、と。隣はどうなっているかしら」
 扉を開けて外へ出る。するとほぼ同じくして隣の部屋からリリが出てきた。
「あら、終わったの?」
「……はい。すべて」

●X月X日、午後18時30分。
 時は遡り、松原良一と牧場さやかの部屋。
 ここに至るまで、松原良一と牧場さやかはどうしていたのか?
 そんな問いには、三つの言葉で説明がつく。
 生きていて。
 震えていて。
 死にかけていた。
「あなたがたは、世界をもおかすウィルスに感染しております。それらを駆除するにはあなたを殺害するほかありません」
 壁際に寄り添った男女に向けて、一丁ずつ銃をむけるリリ。
「大丈夫。私は御使いです」
 二人の膝にそれぞれ一発ずつ銃撃。
「死後は神の御許み送って差し上げましょう」
 二人の腕にそれぞれ一発ずつ銃撃。
「そこにはあらゆる幸せがあり」
 腹に一発ずつ。
「全ての罪は赦され」
 胸に一発ずつ。
「一切の悲しみや」
 肩に一発ずつ。
「災いからまもられます」
 そして二人の額に銃を押しつけ、瞑目した。
 引き金にかけた指を。
「In Paradisum deducant te Angeli――Amen」
 ただ引いた。
「主よ、私は幸いです」

●X月X日、午後21時00分。
 私は名乗るほどの者では無い。しがないライターをやっていて、その気分転換にと友人二人でオフシーズンのペンションに泊まっている者だ。
 しかし友人はといえば昼前からベッドに入ったきり起きてこず、揺すってみても『あと五分』を繰り返すばかりだ。
 かくいう私も宿泊客の一人と話しているうちに妙に眠くなり、気づけば夜遅くまで眠ってしまっていた。
 食事をとりそこねた。ここのは美味しいと聞いていたのに。
 せめて残り物をもらっておこうと、私は部屋を出た。
 室内は真っ暗だ。
 もう消灯時間なのだろうか?
 携帯電話で足下を照らしながらキッチンまで行く。
 ごめんください。声をかけるが返事は無い。キッチンの中を覗き込んで照らしてみた。
 そこで、私は思わず悲鳴をあげてしまった。
 真っ赤な死体だ。
 まるで私の仕事着のように真っ赤な死体が転がっている。
 転がるように逃げ出し、部屋へと舞い戻った。
 混乱していたのだろう。私は入る部屋を間違えてしまったようだ。
 だってそうだろう。私の部屋に、親子の首つり死体などない。
 みっともなく腰を抜かし、廊下を這いずる。
 その途中で、ベッドの上で手を組んだカップルの銃殺死体が目に飛び込んできた。
 その隣の部屋では、血の池に沈む男がいるではないか。
 なんだこのペンションは。
 気づいたときには死体だらけじゃないか。
 私は部屋に残した友人のことも忘れ、転げ落ちるように、いや実際転げ落ちてペンションを飛び出した。
 外は寒い。だがあんな場所よりはマシだ。
 裏側へ周り、納屋らしき場所へと転がり込む。
 ここも真っ暗だ。
 携帯もどこかへ落としてきた。
 手探りで照明スイッチを探し……ていると、不意に灯りが付いた。
「なんだ、もう目がさめたのかい」
 真っ赤な髪をした女が、真っ赤な納屋の中にいた。
 これまた赤いめを細める。
「あんた……ふうん、何か手違いでもして慌ててるのかい? いや、人の死体を山ほど見て驚いてる。そうだね?」
 女は手にナイフを持っていた。
 私は悲鳴をあげて這いずった。
「いや、良かった良かった。あんたが一般人じゃなかったら殺してるとこだったよ」
 首根っこを掴まれる。
 暴れる私に、女はナイフの柄を叩き付け……。

●X月Y日
 ペンション『さざら』で大量殺人が発生。
 生存者にその疑いがあるとして捜査を行なっているが、本当のところは未だに分かっていないという。
 

■シナリオ結果■
成功
■あとがき■
 suspense syndrome――to dead end.