下記よりログインしてください。
ログインID(メールアドレス)

パスワード
















リンクについて
二次創作/画像・文章の
二次使用について
BNE利用規約
課金利用規約
お問い合わせ

ツイッターでも情報公開中です。
follow Chocolop_PBW at http://twitter.com






かたわらははらわたか


 朝の空気は随分と冷たさを帯びるようになった。そう遠くない内に、身を切るような寒風に変わるのだろう。
 前へ前へと進む愛犬のリードに手を引かれながら、彼は何気なく周囲を見回した。
 小さな丘の上の神社を中心とした、広い公園。イベント等を執り行う広場以外は高い木々に囲まれているせいもあり夜は暗く人通りもないが、木漏れ日の降り注ぐ朝は吹く風も爽やかで気持ちのいい穴場である。
 そう考え、息を吸い込んだ時だった。噎せ返るような生臭さが漂ってきたのは。
 ぎゃん、と愛犬が鳴く。今まで聞いたこともないような切羽詰った声に慌てて視線を戻せば、首からリードではない長い太い紐が伸びている。
 ……紐?
 疑問に思ったその一瞬に、愛犬は上空に吊り上げられた。
 ぬめぬめと光る紐……綱引きに使う荒縄のようなものから、大本から生臭さは漂ってきている様子だ。
 引き下ろそうとする間に、別の縄が伸びてくる。

 先が鉤爪状になったその縄は毛皮に覆われた腹に伸び――食い込み、引き千切り裂いた。
 先程よりも痛切な鳴き声が一回響く。
 赤い内容物が零れ出して、気付いた。
 これは紐でも縄でもない。内臓だ。
 ビクビクと痙攣する愛犬に構わず、腸ははらわたを引きずり出して行く。

 異様な光景と強くなった生臭さに一歩引いたその足を、赤く滑る何かが絡め取った。

 絶叫。
 濡れた音。


「……えー、後半は音声オンリーで失礼しました。ぼくがそんなに何度も見たくないってのもありましてね、あ、皆さんのお口の恋人断頭台ギロチンです」
 溜息と共に赤ペンを指先で回し、『スピーカー内臓』断頭台・ギロチン(nBNE000215)は笑った。
「昨日、散歩途中であった男性と犬の死体が内臓を抜かれた状態で見付かりました。……ま、ご覧の通りアザーバイドの仕業です」

 縄のように見える部分は一部だ、とギロチンがモニターに出した姿をこの世界の生き物に当てはめるならば、イソギンチャクだろうか。巨大な、赤黒いスナイソギンチャク。
 ただしその姿は異様に平たく、人と比べて遥かに大きい。
 そして何より――そこから伸びる触手は、生物の腸の如く灰色がかった薄いピンクで、多くの部位は赤黒いものがこびり付いていた。触手に覆われた中央部に時折見え隠れするのは、口だろうか。石のようなものが幾つも螺旋状に並んだ奇妙な形状をしている。
 巨体から判断するに、密集したその一本一本が一般的な成人男性の腕ほどもあろう。

「基本行動は自らと似た構造の『餌』を取り込もうとする事ですね、知能はそこまで高くありません。見知らぬ場所を警戒しているのか今の所その公園から動く様子もない。……とはいえ、空腹になれば本能が勝って移動するでしょうから猶予はあまりないですが」
 ふう、と肩を竦める。
 公園は現在立ち入り禁止にしている為に犠牲者が増える心配はないが、放置しておけば同じ、という事だ。
「そんな訳で、皆さんにはこの――識別名『腹裂き』の討伐に向かって頂きます。注意事項としては見た通り、触手ですね。それで絡め取った上で腹を割いて中身を取り出す様子ですので、そうなれば皆さんでも無傷とは行かないでしょうから」
 モニターに映し出されなかった『その後』の光景。
 自分に降りかかるとなれば、うんざりとするような話だ。
「ただまあ、ぼくも皆さんの内臓が引き出される光景は見たくないですから――どうかお気を付けて。こんな生物がこの公園にいたという事を、嘘にして下さい。宜しくお願いします」
 


■シナリオの詳細■
■ストーリーテラー:黒歌鳥  
■難易度:NORMAL ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ
■参加人数制限: 8人 ■サポーター参加人数制限: 0人 ■シナリオ終了日時
 2013年10月28日(月)23:15
 ホルモン的なもの。黒歌鳥です。

●目標
 アザーバイド『腹裂き』の殲滅。

●状況
 仕掛ける時間帯は任意。小さな丘を中心とした広い公園です。
 広場ではなく、アスレチック等のある少々高い場所にアザーバイドはいます。
 高い木々が多く、20m以上の飛行は攻撃が非常に通し難いでしょう。

●敵
 ・アザーバイド『腹裂き』
 巨大な平たいイソギンチャクのような姿をしています。触手を含まないで全長5m以上。
 本体というべき土台の部分から無数の触手が伸びています。
 警戒心からその場を動いてはいませんが、近場に獲物が来たら捕食行動を行うでしょう。
 また、数の多い触手を使い1Tに3回攻撃を仕掛けてきます。麻痺無効。
 ・絡め取り(物遠単/呪縛)この攻撃を受けた場合、呪縛とは別に絡め取り状態となり回避ダウンを食らいます。BS回復有効。
 ・割腹(物遠複/失血、圧倒、致命、上記絡め取り状態の場合は必殺追加)
 ・身を震わせる(神遠全/ブレイク)

●備考
 D・ホールは既に閉じているのか周囲にはありません。
 内臓ずるずるされないようにお気を付け下さい。
 
参加NPC
 


■メイン参加者 8人■
ソードミラージュ
戦場ヶ原・ブリュンヒルデ・舞姫(BNE000932)
インヤンマスター
ユーヌ・結城・プロメース(BNE001086)
スターサジタリー
雑賀 木蓮(BNE002229)
ナイトクリーク
月杜・とら(BNE002285)
プロアデプト
レイチェル・ガーネット(BNE002439)
ホーリーメイガス
神代 楓(BNE002658)
ダークナイト
黄桜 魅零(BNE003845)
デュランダル
五十川 夜桜(BNE004729)


 捕食とは、生命が自らを存続させる為に必須の行為である。
 この世界では人間を除き、必要以上の捕食は行わない、もしくは被捕食者との数の兼ね合いによって必要以上の捕食が叶わないが、それは捕食者と被捕食者の関係性がサイクルとなっているからだ。
 例えばこの触手の腹を割いて腸を食らい死体を投げ出す行為も、それが何らか触手の『餌』を得る為の輪を円滑に回すからこそ受け継がれてきた手段なのかも知れない。
 だが、それはあくまで『彼の世界』の話。
 ボトムと呼ばれる世界に置いて、『腹割き』と名付けられた彼の行動は――タチの悪い虐殺行為に他ならなかった。

「触手と内臓が似た構造なのか? ふむ、機能も似ていたら面白いが」
 資料を思い返しながら、『普通の少女』ユーヌ・プロメース(BNE001086)が首を傾げる。そこに異形への恐怖はなかった。狩人が未知の獲物に挑むよりも更に事務的な、『対象の観察』があるに過ぎない。
 内臓だけを選り分けて熟れたアケビのように食らうとは、全く勿体ない。意外とグルメ、と評してもいいだろうか。だがそのグルメはこの世界では認可されない。ユーヌにとって彼は麓に下りて人に害をなす獣となんら変わりない。
「飢えるより前に死に絶えろ」
「ふふ。そうですね、まさに化け物としか言いようのない異世界からの来訪者――ドキドキしてしまいますけれど、速やかに殺させていただきましょう」
 腹を裂き命を奪う化け物も、『シャドーストライカー』レイチェル・ガーネット(BNE002439)にとっては自らを高める手段の一つに過ぎない。朗らかにも聞こえるその言葉は、被虐に傾倒するが故ではなく――或いは彼女の研ぎ澄まされた殺意の一端なのか。
 身を拘束し仕掛ける事を得手とするレイチェルにとって『本職』であるその存在はいっそ観察し続けたいくらいだったけれど、そういう訳にいかない。
「あと一日早く、ここに駆けつけることができていたら」
 立ち入り禁止のテープを乗り越えながら、『戦姫』戦場ヶ原・ブリュンヒルデ・舞姫(BNE000932)は小さく呟いた。万華鏡の予知も全ての神秘事象を知る事が叶わなければ、リベリスタがそれを網羅する事もまた叶わないのを舞姫は知っている。どうやっても取り零しが、後一歩及ばない事がでてきてしまう。
 けれど、それをどうしようもなかった、だなんて諦めるのは嫌だ。舞姫は一つの視線を外し、鞘を握る掌に力を込めた。
 力のない者が奪われるだけ、なんて事は嫌だった。
 それは五十川 夜桜(BNE004729) も同じ。
「こういう人を食べちゃうのって、何か……」
 黒髪を揺らし、空を仰ぐ。陽光に目を射られてフラッシュバックする記憶。
 人を食べるエリューションやアザーバイドは、珍しくない。時には螺子の外れたフィクサードだっている。けれど、事例だけを取れば『珍しくはない』と言われてしまうそれだって、降りかかった方にとってみれば人生を一転させる悲劇なのだ。
 力を持たぬ時分に『食われた』弟を思い出す。許せない。今でも許せない。
 陽光から顔を背けた夜桜の顔に、髪が掛かった。
「ああ。誰かの人生を奪う奴は許せない」
 眉を寄せた『銀狼のオクルス』草臥 木蓮(BNE002229)も首肯する。あれは無辜の人の命を奪った。だとすれば、やることは単純明快だ。撃ち抜いて叩き潰してやる――と、考えた所でふと、隣を歩く『Small discord』神代 楓(BNE002658)と目が合った。
「あ、合縁奇縁ってやつだな、うん……えっと、頑張ろうな……?」
「う、うん、宜しく」
 同級生である二人だが、微妙に挨拶がぎこちない。それもそのはず。
 ――触手依頼で俺以外全員女性、なんて喜んだのが間違いだった。
 遠い目をした楓が前回木蓮と共にした依頼は、服を切り裂く若干駄目な感じのフィクサード依頼だった。いや駄目だったのは味方の一部だったかも知れない。ともかくその上に今度は触手となれば年頃として何となく気まずい。
「しかも俺の知ってる触手と違うじゃねーか畜生」
 思わずぼやいた言葉と同様、楓が想像していた触手は違う。何かこう、浪漫的なやつだ。間違っても腹掻っ捌いて内臓ばら撒くスプラッタ存在じゃない。
 この場合、腹割きが違うと言うべきか、彼の触手感が偏っているというべきか。
 と、彼の目の前を歩いていた『骸』黄桜 魅零(BNE003845)の尻尾がぴん、と立った。
 視線の先には、木々の合間に揺れる灰色がかったピンクと赤の、太い縄……のようなもの。
「えっ。なにこれまさか、骨がない生き物なのでしょうか」
 動きは蛇にも似てけれど蛇よりも軟体に近く、時に太さも変えて蠢いていた。直視した魅零は、思わずその場で頭を抱える。
「うわーーー!!! 一番嫌な生物だー!!!」
 映像で想像はついてはいた。何となく考えないようにしていた。でも現実は残酷だ。
「骨か肉が無いのは私の頭の辞書では生物ちゃううう!!」
 無脊椎動物全否定発言を口走る魅零の座右の銘は『どんなに違ったって、全部中身は骨と肉。故に殺せない訳が無い』――つまり、骨のないものは彼女にとって何か生物じゃないヤな感じの何かだ。楓が期待していたようなちょっとえっちな触手よりかタチが悪く感じる。いや、実際行動だけ見れば段違いに害だが。
「大丈夫! ちょっと触手が太いだけだよ、とらの脚の方が太いし!」
 フォローか微妙な台詞を吐きながら『箱庭のクローバー』月杜・とら(BNE002285)は自らの褐色の太ももをぱん、と叩いてみせる。華奢な彼女の脚の方が太いかと言われれば、場所によっては微妙そうな気もしたが。
 うう、と嘆く魅零が、それでも結界を周囲に巡らせた。
「さあ、害獣駆除だ」
 見計らったユーヌが変わらぬ淡々とした声で告げ――戦闘の幕は切って落とされる。


 攻撃範囲。そう判断した舞姫が飛ぶ。
 滑っているのは血液か。人の血か、それとも元の世界での獲物か。随分と保湿性が高いらしい。
「もう、誰も傷つけさせはしない」
 目を眇め、跳躍と共に放つ魅惑の一撃。野生の食物連鎖を手繰る生き物の勘、翳された一本の触手が舞姫の刃を受け止めた。柔らかい。なのに簡単には通らない。太いゴムの管を、カッターで切ろうとしているようだ。弾け飛んだ光が、煌いて落ちる。
 蠢く触手の向こうに、『口』が見えた。螺旋の歯が生えた、赤い口。
 距離を測りながら、レイチェルは自らの行動を脳内シミュレート。より早く、より正確にその爪を放つ為、神秘の理論で上書きする。触手の数は何本だ。十本、二十本、もっと。
 この全てが統一された意思、或いは本能に従い襲ってくるのか。軌道を読むのは手間だろう。そもそも重力に素直に従う訳でもない、自在にしなる巨大な鞭が複数本飛んで来るとなれば、それを完璧に読み切るのは簡単ではない――どころか不可能に等しいだろう。それでも。
「……やってみせましょう」
 黒猫は不敵に笑う。
 伸びた触手が、舞姫の脚に腕に絡み付いた。常人ならば容易く折れる力を以って締め上げられる。手足ならばまだいい。だがこれが頭や首だったとしたならば、胸だったとしたならば、苦痛を感じる間もなくお陀仏だ。
 だがそれも、生きたまま腹を裂かれ腸を抉り出されるよりはマシかも知れなかった。
「餌場を外れて迷い込み、食物連鎖から外されて潰され朽ちてゴミとなる」
 宙に浮いた小柄な体は、足元に突き出た木の根を一顧だにしなかった。ユーヌは普段は隠す翼で足元の不利を取り払い、生み出した符の一枚を引き千切る。
 占い結果は、見るまでもない。
「不運だな?」
 凪いだ声が現在と未来を告げた。そこに何の咎がなくとも、彼は消される運命だ。
 異世界の占星術をおもてなし代わりに受けた腹割きの触手が、ユーヌへと伸びる。ギリギリかわしたそれだが、太いそれが彼女の左右を挟むように地に刺さり、その動きを阻害した。

「モツが好きとか、どこの親父だ!」
 ユーヌに加えて放たれる、とらの一枚。切られたカードの絵柄はジョーカー、破滅を告げる不吉の道化。まあ、獣も内臓が好きだろう。柔らかく栄養に富んだ部分。理屈は分かるがそれと口から出る言葉はまた別である。自分がモツのような姿をしているくせに。
「まあ、迷子だと思うと可哀想なんだけどネ」
 呟いたのは、ほんの少しの同情。別に彼は意図してこの世界に落ちてきた訳ではないのだろう。そこまでの知性があるようには思えない。望まぬ異世界への旅の結果討伐対象となるとは、ユーヌの言う通りに完全な不運だ。
 思いを馳せる。もしかしたら、あちらの世界ではこの外見が超プリティでもふもふしたい感じで、誰かが大事に飼っていたペットで……。
「……いや、流石にその可能性は低いと思うけど」
 想像から意識を戻せば目の前に存在するのは、血に滑る巨大な触手を持った――化け物だ。
 三次元の多角攻撃。ある程度想定はしていたが、一本が真っ直ぐ襲って来る訳ではない。
 となれば、全部まとめて薙ぎ払え。
 舞姫を捕らえ、ユーヌの動きを阻害する触手へと木蓮はMuemosyune Break02の銃口を向ける。一呼吸も必要ない。こればかりは数撃ちゃ当たる、だ。
「誰の腹も裂かせてなんかやらないぜ!」
 叫びと共に放たれる、無数の弾丸。あっという間に地面に巣を作った彼らは、触手に減り込み、掠っては抉りその役目を全うする。

 一、二、三本。カウントする間も惜しい、飛んで来た触手を、魅零は太刀で叩き落す。白い腕が身軽に大物を振り回しても、全てを落とすのは叶わず幾本かが巻き付いた。場所を選べなかったのだろう、腹割きの好むものが詰まった腹部を締め上げられて、魅零はそれこそ口から内臓を吐き出しそうな圧迫感に襲われた。
「う、ぐ」
「魅零さん!」
 女性が生きたまま内臓を引き出される光景に昂奮を覚える性癖の者もいるだろう。一種の倒錯、もしくは表裏一体のエロスとタナトスの魅力か――生憎というか幸いというか、楓はそこまで業が深くない。
 ひと息吸い込んで、鳴らすのは聖神の癒しを請う音。突如響いた音への警戒、そして腹の中身を潰す事に気付いたのか魅零の体から触手が離れた。
「大丈夫?」
「うん、まあ、だだだだ、大丈夫!! 楓君の盾は私だから、うん! 内蔵引きずり出されても多分再生するから!! 多分!」
「いや、多分だと困るけどお願いするよ」
 若干冷や汗を垂らしている魅零に庇って貰うのは男として若干情けない感じもする話だったが、役割を考えれば順当な事だ。変に拘って仲間を危険に晒すよりは、よっぽど潔い。ので、仕方ない事だ。何にせよ、唯一の男子兼唯一の回復役である楓が倒れれば、これでは済まないスプラッタの光景が増えるに違いなかった。
 仲間に次々と襲い掛かる触手に、夜桜は一度きゅっと目を瞑りその意識を研ぎ澄ます。
 熟練者の多いこの面子と比較すれば、彼女は経験と実力において一歩劣ってしまうけれど……。
「実力不足は分かってる。でも、気持ちだけは負けないよ!」
 己への鼓舞と、再確認。見開いた目が見詰める現実。
 いつ誰が、腹を裂かれるか分からない。その恐怖はあるけれど、自分だってリベリスタの、アークの一員だ。遠慮なく行け、と言ってくれた先輩たちに、見せられるものがあるといい。
 夜桜はもう、力のない女の子ではないのだ。
 自分を、誰かを守る事のできる――覚悟を決めた、革醒者。
「絶対に、倒してやるんだから!」


「うぇ、ぐ」
 肉に鉤爪が引っ掛かった。釘に引っ掛けた絹の如く皮膚を容易く切り裂いて行くそれに、圧迫された声が木蓮から漏れる。てろり。流れ出したのは、夥しい血だけではない。
 穴に潜む虫を引っ掛ける爪のように暴れる触手に、内臓の一部を千切られた気がする。度を越えた苦痛を脳が認識するよりも早く、耳に届く楓の癒し。
 危うく途絶えかけた意識を引き戻されて、木蓮は彼に向けて微かな笑顔で手を振った。
 それにほう、と安堵の息継ぎをした楓の心に、ふと悪魔が囁く。
 内臓を裂くという事は、即ち今の木蓮のように服も一緒に裂くという事だ。
 つまり、楓の回復が傷を癒せば――服はぼろぼろ、中は綺麗と言う眼福状態が作れるのではないか。よしそれ採用。やる気出て来た。
 ……目の前でスプラッタを繰り広げられて尚、この発想が出てくる辺りは別の意味で業が深いかも知れない。

 だが楓がそんな余計な事にまで意識を向けられるのは、即ち戦況が良い方面で安定しているという事だ。血と内臓が寸分の隙間もなく飛び交う戦場であれば、回復役は必死にならざるを得ない。
 この戦場に赴いたメンバーの最大の利点は、ブリッツクリークを付与した舞姫のみならず素の速度に秀でたレイチェルとユーヌという先手を打って不利を与える事が可能な人員が複数存在した事だろう。
 触手の位置や本体の向ける注意によって三度の攻撃は場所も速度もバラバラに飛んでは来ていたけれど、その攻撃全てが彼らの内の誰よりも早く動く事は不可能であった。
 元からリベリスタの数より少ない手番を更に削れれば、その分損傷は少なく済む。
 結果として、楓の前に立ち続けた魅零の努力もあり――回復は万遍に不足なく、仲間へと届いている。

「流石、操り方や狙い所は恐ろしい程に的確だ」
 でも。
「今のは私の方が少し早かったですね」
 微笑んだレイチェルのすぐ手前で、触手が凍り付き動きを止めていた。彼女や舞姫の攻撃はしばしば腹割きを上回り、攻撃を十全には行わせない。
 舞姫の前には、切り落とした触手の一本が落ちていた。柔らかく硬い、厄介な代物ではあったが……刃が通れば切れない事はない。夜桜にこまめに視線を送りながら、彼女は先程掻き回された内臓の違和感に腹を少しへこませた。チェーンソーやら何やらで望まず慣れっこになってしまった感覚だが、それでも舞姫はまだ運命も削らず立っていられている。
 別の触手が、蠢いていた。
 だがそれは何かを意図的に狙うというよりは、ただばたついているだけ。
「腹を空かせて必死に求めて、可愛いな?」
 全く与えてやる気はないけれど、そんな事を呟いてユーヌは彼の不運を叩き付ける。回復は持っていないが、絡み付かれたことによる不利益は彼女の光で多くが解除されていた。例え鉤爪の攻撃で癒しを拒まれていようと、楓の番が来る前にその不利は焼き消されている。
 割腹という行為自体への嫌悪というか目新しさはないが、絡み付かれて中身を晒すというのは気分が良くない。『普通の少女』としては秘めていたいものだろう。
 自らの翼で巻き起こした風で、落とした触手。
 とらが見たそこに痛覚があるのか、そもそもこの生き物に痛覚があるのかは分からない。が、手段を見る限り、腹割き自体は獲物を痛め付けて遊んでいた訳ではない。
「『内臓うめぇ☆』とか言って無邪気に食事してただけだろうし、ぬこよりは罪深くないだろうけど」
 そこに『悪意』は介在しなかったのだろう。
 人と比べて知性の低い腹割きにとって腸を抉り出すのは捕食行為の一つに過ぎず、この攻撃も防衛本能から来る行動。敵対存在を警戒し、動く事を控えたのは――『そちら』では彼ですら被捕食者に容易くなり得るからかも知れない。
 共存できないが故の自己防衛としては正当だが、無益な殺生だ。
 だとしても――生きる為であったとしても、この来訪者は『人を食らう化け物』に違いはない。
 郷に入れば郷に従え。従えないならば、排除されるのみ。
「ボトムに来たらボトムのルール適用なんだから! 人を殺めたら、駄目だー!!!」
 魅零の体から立ち上る、人道に則った台詞とは似つかわしくない黒い瘴気。動きが鈍る腹割きに向けて放たれた闇は、今日誰に何度授けられたかも分からない不吉を齎した。
 レイチェルが動きを止め、魅零によってその振り払いを困難にされた腹割きに向けて夜桜は剣を構える。狙いはその本体。皆が道を作った、その一点。
「思い知らせてあげるんだから!」
 不足を補うために研ぎ澄ました一刀に全力を込め――振り下ろした刃は、未だ残る触手の合間を抜けて本体を切り裂いた。


「ふふ、皆さん無事で何よりです。私も有意義な時間でした」
「いなくなって良かったーーー! でもギロチンにしばらくホルモンだけは見たくないわ、って言っておかなきゃ!」
「ふむ、腸詰めはどうだ」
「アウトォ!」
 解放された喜びに万歳する魅零やレイチェル、ユーヌに微妙に視線を送る楓から少し離れ――木蓮は手に持った花束を道に置いた。
 捧げられる黙祷。
 目を瞑る木蓮の後ろで、舞姫も頭を垂れた。
 運が悪かった、なんて言葉で済ませるのはあまりに悲しい。
 これが、ほんの少しの弔いとなれば。

 彼女達の背を見る夜桜の視界が歪む。頭を打った訳でもないのに、ゆらゆらと。
「? 夜桜ちゃん大丈夫、どこか痛い?」
「……う、ううん」
 覗き込むとらの表情も、横にぶれる。涙が零れそうで、泣きそうで……でも、唇を上げて笑った。
「何でもないよ。大丈夫」
 自分は無力なままではないと、証明できたのだから。
 気付けば先に歩き出していた仲間が二人を振り返っている。
「さあ、帰りましょう」
 笑ったレイチェルの手招きに――夜桜ととらは、顔を見合わせ駆け出した。
 

■シナリオ結果■
成功
■あとがき■
 一体である以上、それなりに強力な設定にはしたつもりだったのですが、
 終わってみれば同じ能力のもう一体出しておいても大丈夫だったな……という感じでした。
 とは言え、それもきちんと皆様が自らの役割を果たしたからです。
 クリオネの捕食とかは怖いですね。
 
 お疲れ様でした。